~メモリアル・ファーム・ホテル - ハッピー・バースデイ~
幸恵夫人は今朝からそわそわ落ち着かいながらも、一心にケーキ作りに没頭していた。今日は半年ぶりに一人娘のユキに会える日なのだ。
そして今日は彼女の25回目の誕生日。
健三は妻幸恵とメモリアル・ファーム・ホテルの一室のテーブルに着くと、娘が現れるのを今や遅しと待っていた。もうあれから20年になるのだ。彼は感慨に耽られずにはいられなかった。
コツコツ
ノックの音がしてドアが開くと、半年ぶりに会う25歳になったばかりの我が子の変わらぬ笑顔が現れた。
「お父さん、お母さん、元気だった?」
「ユキちゃん、お帰り。」
もう既に幸恵夫人は涙ぐんでいた。
「ユキ、お帰り。さあ今からお前の25歳の誕生祝いだ。」
そう言って健三は部屋の電気を消し、ポツッと着火ライターに火を灯し、ケーキの真ん中に立つ2本の大きなローソク、周りに並ぶ五本の小さなローソクに火を灯して行った。
「まあ素敵、お母さんが作ってくれたの?」
そう言いながらユキは夫妻の前に置かれた椅子に腰かけた。
ハッピー・バースデイ・トゥー・ユー、
ハッピー・バースデイ・トゥー・ユー、
ハッピー・バースデイ・ディア・ユキちゃーん、
ハッピー・バースデイ・トゥー・ユー
夫妻の合唱が終わり、ユキは身を乗り出してケーキのローソクに顔を近づけ、思いっきり「フーッ」と息を吹きかけた。
しかし、ローソクの火は何事もない様にメラメラと相変わらず揺らめいていた。
「あら、ごめんなさい。もう一度みんなでやりましょう。」
幸恵夫人は気を取り直すと、今度は親子三人で一緒に息を吹きかけた。
今度こそローソクの炎は消え、部屋は真っ暗になった。
「アハハハハハ・・・・・」
親子の笑い声が闇の中でしばらく続き、25歳の誕生祝いが始まった。
22年前、娘の由紀が三歳の時、小児白血病と診断され、治療も空しく翌々年、五歳の若さでこの世を去った。
夫妻は彼女が余命を宣告された時から、身長、体重、体つきや顔のみならず、感情、知識、記憶、希望、嗜好、考え方、性格などのあらゆる生体データを保存するサービスを利用して保存を始めた。
そして由紀が亡くなった半年後に、そのサービスで再びユキとして会える様になったのである。
ユキは夫妻と同じようにコンピュータの中で年をとり、実社会と同じように色々な出来事に遭遇し、学んだり、悩んだり、喜んだり、悲しんだりして人格形成をしながら成長するのだ。
だから、半年置きに再会する時に何の違和感もなく、普通の人間の様に自分の体験談を親に話して聞かせる事が出来るのである。立体映像の向こう側ではあるが。
「お父さん、お母さん、今日は私のためにプレゼントをありがとう。私から二人に知らせたいことがあるの。」
彼女はここで頬を染めて少しうつむいたが、やがて意を決したように顔を上げると後ろを振り向いて呼んだ。
「タケシさん、入って。」
驚く夫妻の前で再びドアが開き、一人の青年が入って来た。
「私たち結婚するの。」
あっけにとられた健三はしばらく茫然と青年を見つめていたが、やがてポツリと言った。
「そうすると来年は私たちの孫を見せてくれるのかい?」
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