~メモリアル・ファーム・ホテル - 大泥棒、根住次郎~
2032年
「判決、被告を窃盗罪で懲役10年の刑に処す。」
判決文を読み上げる裁判官の声を根住次郎53歳は神妙な顔で聞いていた。窃盗罪としては最高刑の懲役10年を言い渡されたのだが、実際に彼の窃盗による被害額を考えると長いなどとは言えない。それでも刑法上致し方なかったが、これでようやく罪が確定した。
すぐに収監の手続きが取られ、彼は10年間の刑務所生活を始める事となった。
2042年
小さな常備灯が薄暗く照らす部屋に忍び込むとそこは、わけのわからない装置があちこちに無造作に置かれている雑居ビルの一室であった。
根住次郎の忍び足は完璧だった。
前に進む時に後ろに蹴り出すのではなく前のめりに体を倒して進む、着地する足はつま先から降り、しなやかに踵へとショックを吸収しながら体を支える。彼が長年の修業で独自に編み出した技は今も健在だ。これなら高感度の集音装置でも監視できないであろう。もっとも監視カメラも設置していないこの会社の社長が集音装置を設置しているとも思えない。
ろくに鍵も掛けずなんとも不用心な会社であるが、だからこそ彼の様な商売が成り立つのである。
それでも緊急の時はいつでも逃げ出せるように入り口からすべてのドアは開けたままにしてある。
部屋を見回すとこの会社は何かの装置を開発している小さなベンチャー企業の様であった。作業机が真ん中に置かれその上に、無数のコンピュータが積み重ねられていた。クリスマスツリーのリボンの様に張り巡らされたケーブルで繋がれたネットワーク装置は、緑や赤にランプを点滅させて正にイルミネーションだった。
ふと見ると部屋の片隅に小さな金庫が置いてある。目ざとく見つけた彼はそこに素早く駆け寄り調べると、なんとも旧式な金庫だった。ここでも彼は修業の成果を発揮し、造作も無く簡単に解錠すると中をのぞいた。
しかし、なんとしけた事に金庫の中には一万円札や千円札が数枚入っているだけであった。
こんな会社だから儲けもわずかしかないのだろう。
気の毒だがありがたく頂戴して、名刺代わりのカードを置いた。
『ネズミ参上!』
とその時部屋の明かりが点き、次郎はその場に立ちすくんだ。そして振り向くといつの間にか一人の男が作業机の向こうに立って拳銃を構えていた。
「おおおい、空き巣を働いたくらいで撃ち殺さないよな?」
微妙に体の位置を開け放ったドアの方に移動しながら彼は言った。
男は陰気な笑いを口元に浮かべてつぶやいた。
「さあそれはどうかな?最近はあまり殺しちゃいないけど。」
次郎はどきりとして動きを停めた。とんでもない所に忍び込んでしまったようだ。人殺しなどそんなに気にしないなど正気とは思えない。
とドアから数人の警官と一人の男が入って来た。その男を見て次郎は仰天した。目の前で拳銃を構えている男と瓜二つなのだ。
その男は拳銃の男に向かって言った。
「ご苦労さん。また一人捕まえたな?もういいよメモリーに戻ってしばらく寝ててくれ。」
そう言うとそばにあるコンピュータに何か打ち込むと、その男は部屋もろとも消えてしまった。
次郎はポカンと男の顔を見ると彼は澄まして言った。
「俺今、社会連動型育成シミュレーションシステムの開発中なんだ。いずれこれでサービスをする会社を始めるつもりなんだ。そうだなあ、表向きはホテルでそこでさっきの様なキャラクタが、依頼主と一人の人間として会話できるようなサービスなんかどうかと思っているんだ。」
こうして根住次郎は恨めし気な視線を立体映像装置に向けながら、警官に引かれて再び刑務所に戻って行った。
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