〜ホームヘルパーの女〜

「あらあらいけない。カーテンを開けて、新しい空気を入れて。」

そう言いながら女性はテキパキと窓を開け、散らかった物を手早く片付け、持ってきた花を花瓶のすっかり萎びた花と取り替えた。

部屋の真ん中では老婆が彼女の動きを目で追いながらぽつりといった。

「だんだん寒くなって、洗濯物も乾きにくくなるし、これからいやな冬になって行くのね。」


彼女は老婆に振り向きにこりと笑いながら思った。


これを思ったというならばであるが。


『理由、北緯35度における地上からの放射熱量が太陽からの輻射熱量を上回り、一日当たり平均0.27%ずつ寒冷化進行。顧客コード1A4978T−337452の脈拍毎分57.8回、血管収縮率3.12%増加。ストレス値7.08%、誤差±0.30%上昇。

マシンコードHH-54229R3精神安静化処置モードに移行。』

「もう秋ですもの。でも秋は食べ物も美味しいし、私新しい秋の新鮮素材を使ったお料理習って来ましたのよ。今日はそれを作ってみようと思いますの。もし失敗しちゃったらごめんなさいね。」

彼女はそう言うと端正な顔立ちに不似合いな茶目っ気たっぷりな表情で舌をペロッと出して肩をすくめておどけてみせた。


実際には5200種を越える世界各国の料理のレシピを記憶しており、名だたる3つ星シェフから和食、中華料理、北欧料理、イタリア料理、スペイン料理は言うに及ばず鍋料理、寿司職人、人気ラーメン店、アメリカのバーガーショップ、アフリカの民族料理などのノウハウと技術を蓄積し、味と香りと色合いを相手の好みに合わせて自動的に調合するシステム『GRME』を搭載しており、人間でいう所の謙遜と言うには恐れ多い高性能な機能を持っていた。


そう、彼女は老婆の沈んだ心を察知しわざと初心者の振りをしたのだ。


彼女のアクションプランニングジェネレータで予測計算されたマインドチャージプロセスは高確率でサクセスエンドし、老婆はようやく顔をほころばさせた。

しばらくすると台所から空腹な者には拷問にも等しい得も言えぬ香りが小さな部屋を満たし、やがてささやかなランチが始まった。

「あなたこの料理、本当に習ったばかり?とっても美味しいしわ。」

そう言って老婆は皺深い顔をクシャクシャにして笑った。

やはり最高の料理は人に最高の時をもたらすものなのだ。

心配げな表情を安心した表情に変更しながら彼女は頷いた。


老婆へのサービスが終了し次の顧客コード5D3112U−944282に向かう途中、カスタマーサポートセンターから着信があり、その顧客は今朝6時42分に生命活動を停止したので予約はキャンセルされた。

彼女はサービスポートに戻りバッテリーチャージし待機モードに移行すると返信して無表情な顔で振り向くと歩行用モーターを回転させた。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る