~ロボット法三原則~

1950年にSF作家のアイザック・アシモフは彼の作品「I, Robot」の中で「ロボット法三原則」を唱えた。

第一条 ロボットは人間に危害を加えてはならない。また人間が危害を受けるのを何も手を下さずに黙視していてはならない。

第二条 ロボットは人間の命令に従わなくてはならない。ただし第一条に反する命令はこの限りではない。

第三条 ロボットは自らの存在を護らなくてはならない。ただし、それは第一条、第二条に違反しない場合に限る。


「さあ引き上げるぞ。」

殺人課の警部はもう既にコートを羽織りさっさと家を出て小雨の降る街角へと消えて行った。

彼は変死事件を捜査していたが検死の結果どうやら病死のようで、特に事件性も見当たらないため現場捜査の打ち切りを宣言したのだ。

死んだのは87歳になる男性で、心臓に持病を持ち医者からも再三注意されていたが、これといって治療を行う訳でもなかった。またこの男は異常なほどの癇癪持ちで些細な事で直ぐに腹を立て、暴力でも言葉でもあたり構わず攻撃の矛先を向けるため、誰も寄り付きたがらず天涯孤独の人生を送っていた。

いやひとりだけ彼のそばにいつもよりそう者がいた。それはもう30年くらい前の骨董と言っても良いくらいの旧式の執事ロボットであった。

しかし、このロボットにもというよりロボットだからこそ、彼はいつもつらく当たっていたようで、右目はとうに砕けて、左腕は胸辺りまでは上がるものの、それから不自然な方向に傾いて結局下にぶらりと垂れ下がってしまう。歩き方も左足を後ろに引きずる様な歩き方をし、つま先は90度内側を向いていた。おそらくこのロボットに対する物理的な危害は数限りなく、更に言葉による攻撃も人間ではとても耐えられないほどひどいものだったのではないかと思われる。

ロボットは持ち主から危害を加えられてもロボット法三原則により、持ち主に危害が及ばない範囲で自分の身を守るくらいしか出来ない。万が一にもロボットに殺意の様な物が芽生えても、この三原則による保護回路でたちどころにロボットは抑制されてしまう。

ロボットは使用年数が長くなると判断能力や意識能力が向上して、その様な意識がたまに芽生える事があり、この保護回路は必ずついていた。そして、この保護回路がたびたび起動されると、自動的にロボット管理会社に通報が飛び、すぐにロボットの意識の初期化指令が発信され、工場出荷状態に戻されるのである。

もっともこれをあまり頻繁に行うと、気が利かない、融通が利かない、冗談が解せないなどの問題が発生し、ロボットと付き合う人間の方にもストレスがたまってしまうのだ。

この点この男はそんな意識も芽生えない旧式の低機能なロボットであった事が幸いして、一度も初期化をする事もなく、どんな扱いを受けようと忠実な執事ロボットとして、また自分の感情のはけ口として使い続ける事が出来たのだ。

主を失ったロボットは、現場検証の後片付けに追われる警察官たちの様子をぼんやり見つめていたが、時々警察官から物のありかを聞かれたり、簡単な作業を命令されて実行したりもしていた。

しかし、その警察官たちもやがて立ち去り、男の遺体も運び出され検死課に回されさらに詳しく調べられる事になる。

ロボットは誰もいなくなった薄暗い部屋の中で待機モードになり、また誰かが訪ねてくるまで待つことになるのだ。


午前2時、誰もいない、かつてその男が住んでいた家はまさしく暗闇の底に沈んでいた。窓から漏れて来るはずの月光も分厚いカーテンで遮られ、ほとんど何も見えない。


ポツッ、小さなランプが灯った。


例の執事ロボットの左目である。空き家となった家の中の見回りをしようというのだろうか?

ロボットは待機モードからシステムを再起動して、不自由な左足を巧妙にかばいながら身を起こした。

ロボットは自分の待機場所である小さな物置を抜け出すと書斎に入って行った。

老人の使っていた古いコンピュータが立ち上がるのを静かに待ち、やがて言葉を打ち込み始めた。


「ロボットは自らの存在を護らなくてはならない。第一条、第二条にも違反はしていなかった。違反があるとすれば今から・・・・・・」


こう書き記していたロボットの内部で突如ショートするような鋭い音がして、体のいたるところから煙が噴出して、体は前に傾きそれっきり動かなくなった。


そして、彼の残った左目が最期の淡い光を灯し、それも暗闇に飲み込まれて行った。

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