~男の行方~

21世紀初期と比べると21世紀末期はさすがに西洋の産業革命を元にした化石資源による大量生産で需要と供給を満たす産業構造も見直され、エネルギー転換も順調に進み、今では21世紀初期に盛んに唱えられたクリーンエネルギーが現実のものとなり、かつて人間が破壊し狂わせた自然環境はかなり修復されて来ていた。

昔からすると理想的な世界へと変わって来たのだろうが、だからと言って今の社会に問題がないかと言えば、相変わらず紛争はこの地球上のどこかで繰り広げられ、不幸な出来事はいつの時代にも起こるものだ。

これは人間の性である。しかし、不幸は決して絶望ではない。人々はそれを乗り越えて新たな幸福を模索して行くものであり、これもやはり人間の性と言えるだろう。

今、私立探偵の私の目の前にも一つの不幸を背負って相談にやって来た依頼者が、すがるような目で私に訴えかけている。


「父が突然行方不明になったんです。私は一年ばかり海外に出かけていまして、その間なんの音沙汰もなく、便りのないのは良い便りとばかり気楽に考えていました。でもようやく帰って来て一人暮らしの父を訪ねてみるとマンションにはすべて鍵がかかり、合鍵で入ってみると室内はきれいに片づけられて、紙屑ひとつありませんでした。冷蔵庫の中には何もなく、荒らされた様子もなければ、郵便受けにも何もありません。他の住人やマンションの管理会社や役所に問い合わせたところ、半年前くらいから父を見た人は誰もいませんでしたが、十分な蓄えはあったので水道光熱費、住宅ローンなどは毎月自動引き落としできちんと落ちていました。血縁者の連絡先も分からずそのままになっていたとの事です。一か月前に警察が来て事件の可能性はないかと鍵を開けて室内を調べたそうですが、その時も先ほどお伝えした状態だったとの事です。でも父は本当に何かの事件に巻き込まれたのでしょうか?」

そう言って彼女はうつむいた。


私はとりあえず彼女の父親が住んでいたマンションに同行する事にした。

ロックを外す鈍い金属音がして、ドアは静かに開いた。私たちはマンションの一室に入って行った。


「なるほど最近まで誰か住んでいたようにきれいな状態ですね?」

私は室内をくまなく観察した。

ソファー、キッチン、ベッド、タンスにクローゼット、どの部屋も隅々まで調べたがどこもかしこも実によく掃除が行き渡っていた。しかし、私は一つ奇妙な事に気が付いた。


あまりにもきれいに片付き過ぎているのだ。


清潔好きな父親だったらしいが、生活感が感じられないほど室内は整然と掃除が行き渡っている。それから私は浴室の脱衣場に行き、大きな掃除ロボットがうずくまっているのが目に留まった。

「それは最近はやりのマンションに備え付けの掃除ロボットで、排気ダクトで掃除のごみは室外に廃棄される様になっているのです。それが何か?」と彼女は言った。

「そうですか?」


「お父さんの行方が分かりました。」

鑑識の結果を聞いた私から連絡を受けて事務所に駆けつけた彼女に、私は口に出すのも惨すぎる事実を伝えていた。しかし、私はつらい真実を伝える覚悟をした。これが私の職務なのだ。

「犯人は掃除ロボットです。」

彼女はポカンとした顔で私の顔をみつめた。

「お父さんは多分半年以上前に浴室で倒れられたのでしょう。そしてそのまま亡くなった。そして.......」

そこで私は一旦話すのをやめ大きく深呼吸をした。

「そして、長い間かけて掃除ロボットがお父さんの亡骸を.....」

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