理想狂
マスP
~アイカ~
のんびりとした田舎道は草原の果てまでなだらかなカーブを描き山の向こうに隠れ、更にその先から渓谷沿いに姿を現しては再び木立の中に見え隠れしていた。
洋介は先ほどから快適なドライブを楽しんでいた。
なぜならこの上もない話し相手に恵まれ、退屈する事もなく、彼の趣味である勝手気ままにロングドライブを満喫できるからである。
「えっ、なんだって?それでその時君どうしたの?」
彼女は屈託のない笑い声を立てながら、先ほどから洋介の話し相手として自分の生い立ちを話して聞かせていた。
「博士ったらね、私に向かって『ええ?私の言っていることが理解できるのか?』ですって。ホント失礼しちゃうわよね。」
博士とは洋介の大学時代の親友で、最先端人工知能の研究では第一人者と言われている男だった。
「まあしかし、あいつらしいよな。それで・・・・・」と彼が言いかけた時、突然彼女は叫んだ。
「洋介!危ないわよ。そこの側道からトラクターが一台出て来るわ、減速して!」
洋介はすぐさまスロットルを緩めブレーキに右足を移した。その途端急に大きなトラクターが農道からいきなり本道へと飛び出して来て慌てて向きを変えた。
もし彼女が警告してくれなかったら悲惨な結果となり、今頃この楽しいドライブが一瞬の間に災難となっていたかも知れない。
「ふーっ、危なかった。アイカありがとう。」
「どういたしまして。きっとこの辺りの人はめったに車が通らないものだから、注意もせずに飛び出してきちゃうのね?」
そう言うとまた彼女はさっきの続きを話し始めた。
彼の車には現在研究開発中のAIを応用したカーナビゲーション・システムが試験的に搭載されていた。名前はAICA(Artificial Intelligence Carnavigation System)と名付けられていた。名付けたのは例の大学時代の友人だった。一か月前、突然その友人が頼みがあると電話をよこし、この人工知能を搭載したカーナビゲーション・システムのテストに協力してくれないかと言って来たのだ。
話しを聞いてみると結構面白そうで、相手も彼がドライブ好きであることからきっと協力してくれると踏んで頼んで来たのであろう。
確かにすばらしいシステムであるが、単にシステムと呼んではAICAに申し訳ないほど完璧な人口知能だった。知的でユーモアがあり話題も豊富であり、しかも冷静で彼女に直結したGPSや視覚センサーや探索レーダーが常に周囲を監視して、先ほどの様に危ない時はすぐに知らせてくれる。
しかし、何も問題がない時は眠くならないように話し相手となり、またドライブを十分に楽しめる様に時にはガイドとして名所を案内したり、時には助手として彼の疲労度を観察してコーヒータイムを勧めてくれたり、そして何より高性能のカーナビゲーション・システムとして渋滞や事故情報、最短ルート、天気予報を届けてくれたりとまったく申し分がなく、洋介とAICAは人間と機械の間柄ながら心を通わすパートナーの様な関係になっていた。
そんなある日、洋介は最近付き合い始めた女の子をドライブに誘った。彼女はAICAを開発した友人の研究室で助手として働いている子で、AICAもよく知っていた。AICAは彼女が乗り込んで来ると久しぶりで懐かしそうに色々話していた。
洋介はそんな二人の会話を楽しみながらドライブへと車のキーを回した。
やがて洋介の話し相手はその助手の女の子に代わり、二人は他愛もない会話を交わし、AICAは本来のカーナビゲーションの仕事に専念していた。
AICAにはいつか連れて行ってくれた海岸までまた案内して欲しいと頼んである。
洋介はAICAに言われるままにハンドルを操作し、もっぱら女の子との話に夢中になっていた。やろうと思えばAICAと車の操舵システムをつないで自動運転も出来るのであるが、ドライブ好きの彼としてはそれだけはさせなかった。
やがて無意識のうちにやって来た場所に気付いて彼は狼狽した。車の前には妖しい雰囲気に満ち溢れたラブホテルが建っているのだ。
女の子もこれに気付き激しく彼を非難した。そんな人間だとは思わなかったと。
それから彼女はすぐに帰ると言いだし、初デートはぶち壊しとなってしまった。
最寄りの駅まで送ると、彼女は車を飛び出し一人でさっさと帰って行った。車を停めてしばらく放心状態になっていた洋介だが、AICAに問いただした。
「なぜあんな所に連れてったんだ?」
しばらく答えなかったAICAだが、やがてこう答えた。
「洋介、それが目的じゃなかったの?」
洋介はこの時、友人の開発した人間の女性そっくりの人工知能は、人間の女性そっくりの嫉妬心も持っていることに気付いた。
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