▼第十一章 『決戦! バトル・オブ・メインベルト 後編』

 グォイドに人間が持つような感情があるのかは不明だ。だが、自らが放った無数の砲撃が、敵艦の隠れる小惑星に命中した瞬間、彼らは目標の完全なる破壊を確信していた。

 どんな防御シールドがあろうと絶対防ぎきれない程のエネルギーが突き刺さったのだ。

 もともと弱い重力で結合していた小惑星は、構成する金属と土砂が混じった氷を瞬時にプラズマ化、大爆発を起こすと跡形も無く消し飛んだ。

 たちまちこの宙域一帯を、ガス化した小惑星のなれの果てが包み、電波観測レーダーはおろか光学観測をも一時的に不可能にした。

 グォイド艦はその光景に特に何かの感慨を抱くことも無く、再び艦首をかえすと、ケレスへと向かう僚艦と合流すべく、移動を開始しようとした。

 ……それに気付くまでは。

 ゆっくりと晴れていくガス雲の彼方に、巨大な卵型の表面を這う放電光が瞬いた。

 その光に照らされ、その卵型の奥に、確実に破壊したはずの目標のシルエットが微かに浮かび上がったかと思うと、それはガス雲を内側から吹き飛ばし、グォイド艦達の前に姿を現した。

 死にぞこないのようなボロボロの艦だった。元は白かったであろう船体には、ダメージを受けていない部分は一カ所とて無い。しかし、その艦は何故かこの集中砲火の中を生き延び、そしてあろうことか、数でまさる我々へ艦首を向けて来た。

 グォイド達は僚艦との合流を諦め、再度目標の破壊を試みることにした。

 グォイドは知らない、その艦が〈じんりゅう〉と呼ばれている事を。







 ――〈じんりゅう〉バトルブリッジ――。

 隠れていた小惑星を丸ごと蒸発させるような砲撃を受けても、〈じんりゅう〉の船体には傷一つくことは無かった。


「船体に新たなダメージは検出されず、ですが防御シールド発生装置ジェネレイターに過熱警報! もう一度あの集中砲撃を防ぎきることはできません!」

「大出力化されたUVシールドと、小惑星の蒸発による一種のライデンフロスト効果で、敵砲撃のエネルギーが無効化された模様なのです」


 副長とシズの報告。

 オリジナルUVDが生み出す膨大なエネルギーによって、防御シールドが劇的に強化された事と、敵砲撃のエネルギーの大半が、隠れていた小惑星の、主に氷で形成された岩盤の蒸発に消費されたことが、〈じんりゅう〉を守ったのだ。

 報告を聞きながら、ユリノは艦長帽を一端脱ぎ、髪をかき上げるついでに頬を拳で拭うと、再び艦長帽をかぶり直した。

 期せずしてオリジナルUVDの恐るべきパワーを確かめてしまった。

 オリジナルUVDのパワーは初代〈じんりゅう〉でも体験していたはずだが、五年分の技術進歩によって、エネルギーの使用効率が上がっているこの二代目〈じんりゅう〉は、発揮できるパワーも格段に上がっているようだ。

「敵駆逐艦十二隻、本艦を包囲しつつ再び接近中!」

 ルジーナの報告。ユリノは冷静に戦況を分析し、戦術を練る自分がいる一方で、悲しみに泣き崩れたがる自分を懸命にねじ伏せた。


 ――また……また大切な人をグォイドに奪われてしまった……その命を決して無駄にしない、絶対に! 絶対に! それが私の……。


 ユリノはブリッジのクルー一人一人の顔を見まわした。

 今、我々の持ちうる全ての力を発揮する時が来たのだ。


「サヲリ! カオルコ! みんな………………やるわよ!」


 クルー達が頷く。


「全艦、砲雷撃戦用意! これより〈じんりゅう〉はシードピラー、ケレス着床阻止に向け突撃を開始する!」


 たちまちブリッジに響く彼女達の『了解!』と言う声の数々。


「フォムフォム、まずは無人機を回収。直ちに緊急補給開始。ルジーナ、ケレスまでの最短コースを計算! ただし! 障害となる小惑星の存在は一切無視して!」

「りょうか……、な、なんデスと艦長!?」

「コース上の邪魔な小惑星は、全て主砲で吹っ飛ばす!」

「な……またデスか」


 ルジーナは一瞬あっけにとられた顔をしたが、すぐに頷いた。

 邪魔な小惑星を蹴散らしてメインベルトを突っ切るという手段は、先日の第五次迎撃戦で、まだ地球圏にいた〈じんりゅう〉が戦闘に間に合わせる為に一度使った手なのだ。

 ただしその時に使ったのは、強化された主砲では無く、今はなき無人艦の火器だったが。

 たちまちビュワーの一つに映しだされた総合位置情報図スィロム上で、現在位置からケレスまでをほぼ直線で結んだ最短コースが算出されていく。

 一方、〈じんりゅう〉艦尾格納庫では、直ちに着艦した無人機達に、ヒューボによる武装及びUVエネルギーの補給が開始された。


「カオルコ、艦首側第一第二及び第四砲塔発射用意。目標、進路正面十二時、伏仰角〇度!」

「了解、艦首側第一第二、第四主砲発射用意!」


 〈じんりゅう〉艦首側上下の主砲搭群、先の迎撃戦で破壊された一基を除く三基が、真正面に向け発射態勢を整えた。内一基はケイジが修理し、使えるようにしてくれたものだ。


「艦長! 接近中のグォイド艦隊がミサイルを多数発射、本艦命中まであと三〇秒!」


 ルジーナの報告。

 正面ビュワー、グォイド艦隊から発射された無数のミサイルが、放射状の噴射煙の尾を引きながら、〈じんりゅう〉を包むように上下左右から飛来するのが見えた。


「ルジーナ、コース算出は!?」

「コース計算完了! 行けますデス艦長!」

「よし、フィニィ! 〈じんりゅう〉緊急発進! ミサイルにかまわず突っ込めぇッ!」

「了解、〈じんりゅう〉ケレスに向け発進します!」


 オリジナルUVDの恩恵により、比べるべくもないほどパワーアップした噴射炎が艦尾メインスラスターから吐き出され、〈じんりゅう〉は全長三五〇メートルの巨体とは思えぬ猛烈な加速で前進を開始した。

 背中を引っ叩かれたかと思うような衝撃と共に、クルー達の身体がシートにめり込み、一瞬呼吸がつまる。

 〈じんりゅう〉は群がるミサイルの雨の中へと、自ら突っ込んで行った。


「…こんのぉ~………いっ……っけ~ッ!!!!」


 フィニィがGに耐えながら、あまりの加速力に暴れる船体を、ねじ伏せるようにしてスロットルレバーを上げきり叫んだ。

 無数のミサイルが〈じんりゅう〉に命中する寸前、〈じんりゅう〉の激烈な加速力が収束しようとするミサイル群の速度に競り勝った。

 ミサイル群は紙一重で〈じんりゅう〉の上下左右をすり抜け、艦尾方向で獲物を捕らえられぬまま虚しく爆発した。ミサイルが予測していた着弾座標に到達する前に、〈じんりゅう〉が度を越した急加速によって、その着弾ポイントを通過してしまったのだ。

 ミサイルの猛烈な爆発の閃光をバックに、〈じんりゅう〉は爆発の衝撃破に乗り、迫りくるグォイド艦隊の間をすり抜けケレスへ向かうコースに乗った。


「カオルコ、てーっ!」

「主砲、発射っ!」


 〈じんりゅう〉正面に向け、三砲塔分の収束されたUVエネルギーの光の柱が、それまでの主砲発射効果音を上回る轟音とともに発射された。

 一瞬ホワイトアウトしかかる正面ビュワー。

 〈じんりゅう〉の全幅程もある虹色のマズルフラッシュリングを発しながら、極太のUVエネルギーの束が、進行方向に立ちはだかる大小様々なサイズの小惑星、デブリを瞬時にしてプラズマの塵に変え、前方の小惑星密集エリアに円筒状の回廊を設けた。


「だっりゃぁああああ!!!」


 フィニィが気合い共に、その回廊に〈じんりゅう〉を突入させた。


「グォイド駆逐艦艦隊反転、〈じんりゅう〉を追尾してきますデス」


 ルジーナの電側ゴーグルに、慌てて追尾を開始するグォイド駆逐艦艦隊が映った。


「ユリノ、ケレスのグォイドと追って来るグォイドに挟撃されるのは、あんま心臓に良ろしくないぞ」

「承知よカオルコ、私に考えがある。前部主砲、伏仰角そのまま第二射用意! 艦首全発射管に先行偵察プローブ装填、回廊の最終形成が完了次第、ケレスに向け発射!」

「了解!」

「主砲第二射てぇーッ!!」


 〈じんりゅう〉はコース上の障害をひたすら主砲で粉砕し続け、ケレスへと向かった。


「艦長、減速開始ポイントまであと三〇〇秒デス!」


 ルジーナが叫ぶ。

 恐るべき加速により、〈じんりゅう〉は当初の予定をはるかに上回るスピードでケレスへと向かっていた。が、いかにオリジナルUVDの恩恵があろうと、目標と出発地点の中間に到達したなら、加速に使ったのと同じだけのエネルギーを使って減速せねば、目標に激突するか通過してしまうのが宇宙の絶対ルールだ。

 しかも、〈じんりゅう〉は背後に迫るグォイド駆逐艦艦隊も放置はできない。さもなければ前方で待ち受けるシードピラー含むグォイド本隊と挟み打ちになってしまう。

 ユリノは総合位置情報図スィロムに映るグォイドのブリップを睨んだ。


 ――まだよ、まだまだまだ……。


 グォイド艦隊は、〈じんりゅう〉が主砲で開けた回廊内を追って来ていた。そこが障害物を気にせず最も早く〈じんりゅう〉に追いつけるコースなのだから。

 ユリノは舌舐めずりして、自分の作戦に最適なタイミングを見計らった。


「フィニィ、ポイント到達と同時に艦首回頭一八〇、最大出力で減速噴射開始。カオルコは、左右伏仰角そのまま艦首側主砲塔発射用意!」

「了解!」

「了か……ユリノ、目標は?」

「もちろん追尾してきているグォイド艦隊!」


 ユリノは言い切った。


「減速開始ポイントまであと一〇、九、八」


 ルジーナのカウントダウン、カオルコは総合位置情報図スィロムに映るグォイド艦隊の位置を見て、ユリノの企みに気づいた。


「……そうか! まったくお前さんて娘は……」


 カオルコは半分呆れながら呻いた。

 そうだ。この娘は他はさておき、いくさに関しては悪魔的な閃きを発揮する奴なのだと。

 レイカのカリスマの影で世間的にはあまり知られていないが、初代〈じんりゅう〉が数々の戦いで勝利し続けてきたのは、姉レイカに対し唯一、遠慮容赦なく具申し続ける妹ユリノの戦術的閃きがあったからなのだ。当人はあまり自覚していないようだが……。

 カオルコは艦長のスイッチ・・・・が入った事を確信し、思わず不敵な笑みを浮かべた。


「加速噴射一時停止、艦首回頭開始します!」

「……三、二、一、〇! ポイント到達」

「減速噴射、開始!」


 〈じんりゅう〉は艦首可動式ベクタードスラスター噴射で艦首を真後ろへと向けると、一時停止していたメインスラスターの噴射を再会させた。

 一瞬治まっていた加速Gが、今度は減速Gとなって再び彼女達をシートに押し付ける。


「今だカオルコ!」


 グォイド艦と〈じんりゅう〉の位置関係を睨んでいたユリノが叫んだ。


「主砲……発射っ!」


 カオルコが叫ぶと同時に、再び〈じんりゅう〉艦首側の三基の主砲塔が火を吹いた。

 極太の光の束が、無防備に追尾してきていたグォイド艦を貫く。それも一隻ではない。その後方に続く十一隻のグォイド艦全てが、その一斉射によって瞬時に貫かれた。

 メインベルトに、一瞬、数珠のように繋がった眩い光の球が煌めいた。

 グォイド艦は〈じんりゅう〉に追いつく、ただそれだけの為に不用意に最適で最短なルートで追い掛けて来た。それもお誂え向きに〈じんりゅう〉が主砲で開けた回廊を通ってだ。

 その結果、個々の艦が真後ろを向いた〈じんりゅう〉の射線状で一直線へと並んでしまったのだ。しかも、オリジナルUVDで強化された〈じんりゅう〉の主砲は、最後尾のグォイド艦に届くだけの射程があった。

 急激なる減速でグォイド艦との距離を詰めたとあっては尚更だ。

 デブリと化したグォイド艦の無数の破片が、追尾時の勢いのまま、防御シールドを展開して減速する〈じんりゅう〉の上下左右を追いこしていく。

 後顧の憂いは断たれた。後は前方の敵だけだ。


「ルジーナ、プローブからのケレス周辺の情報は?」

「シードピラー護衛艦隊、ケレスの前方で〈じんりゅう〉迎撃位置に逆円錐陣形で展開中、エネルギー反応上昇、砲撃来ますデス! シードピラー、ケレス到達まで後およそ七分!」


 シードピラー護衛艦隊が、予想の容易い直線コースでやってくる〈じんりゅう〉を迎撃するのは容易いはずであった。〈じんりゅう〉は今、その敵艦の砲撃の集中点に自ら突っ込もうとしているのだ。

 大口を開けたクジラに、小魚が自ら飛び込んでいくようなものだ。


「減速噴射停止! 艦首回頭一八〇! 回頭完了と同時にリバース・スラスト最大!」


 直ちに〈じんりゅう〉が回頭、グォイド・シードピラー護衛艦隊に艦首を向ける。同時に艦尾のメインと補助エンジンのノズル基部のスラスト・リバーサーカバーが展開、推力を無理矢理前方に偏向して噴射し、艦首ベクタードと合わせて最終減速をはじめる。

 敵艦の砲軸線がこちらを向いていることを知らせるロックオン警報が、けたたましくブリッジに鳴り響く。続けて激しく揺さぶられるバトルブリッジ、〈じんりゅう〉を狙って放たれた砲撃が、回廊を形成している小惑星やデブリに、次々と命中したのだ。

 しかし、ユリノは臆すること無く叫んだ。

 〈じんりゅう〉にはまだ残された切り札があった。それもとっておきのジョーカーが。


「アネシスッ! エンゲージ!」


 次の瞬間、クルー達が座るシートが【ANESYS】モードに変形、磁気共鳴スキャナーが瞬時にクルーの思考を読み取り、一瞬、光の渦に吸い込まれるような感覚を覚えると、彼女達の心は一つとなった。












 その瞬間、彼――汎用分析兼インターフェイスヒューボット・エクスプリカは初めて、〈驚愕〉というべき感覚を覚えた。少なくとも人間ならそう感じるはずだと。

 もちろん、驚愕といっても人間が感じるそれとはかなり異質なものである。が、時間にしてほんの0,0002ナノ秒の間とはいえ、確かに彼は驚いたのだ。

 オリジナルUVDのもたらす大出力をもって、待ちうけるグォイド艦隊の中へと突っ込んでいく〈じんりゅう〉。それは機械の常識から見ても自殺行為以外の何物でもない。

 しかし、〈じんりゅう〉は襲い来る無数の敵砲撃とミサイルを、各部スラスターと対宙レーザーを駆使し、恐るべき先読みで艦をくねらせ回避し、あるいは撃ち落としていった。

 【ANESYS】の高速情報処理能力により、無数の砲撃とミサイル、それら一つ一つの軌道から、回避と迎撃に必要な進路変更と迎撃パターンを瞬時に算出し、実行したのだ。

 だがエクスプリカが驚いたのはその事では無かった。

 突如バトルブリッジ内に、眩く輝く無数のホログラムのデータ粒子が桜吹雪のように舞い踊り、ブリッジ中央で投影収束したかと思うと、光り輝く見知らぬ少女の姿を形成したからだ。

 それはクルーの誰かのアバターでも、エクスプリカの知らない隠れAIプログラムでもない。艦のメインコンピュータと直結しているエクスプリカにはすぐに分かることだった。


 ――では一体……?


[……れいか……ナノカ?]


 何故か一瞬、エクスプリカにはその姿が、今は亡き彼女に見えた。

 一糸まとわぬその姿は、大人の女性として成熟する一歩手前のややほっそりとしたプロポーション、身長程もある長い髪は七色に輝き、水中にいるかのごとく重力を無視して揺らめいていた。そして人間的価値観に照らし合わせれば、その少女はとても美しかった。

 その少女は閉じられていた目をゆっくり開けると、エクスプリカの方を向いて告げた。

「いくわよエプリカ!」と。

 彼女は大きく息を吸うと、おもむろに獣のごとく咆哮し、その肉体である〈じんりゅう〉の全武装を駆使し、グォイドに反撃を開始した。

 この時、グォイド護衛艦隊は陣形の選択を誤った。

 たった一隻の目標を、全ての遼艦が目標を射角内に納められるよう選択された逆円錐陣形であったが、それは同時に〈じんりゅう〉にも、全ての艦を攻撃可能範囲に納めることになってしまっていたのだ。

 〈じんりゅう〉は逆円錐陣形の中に飛び込むと、主砲を円錐の内壁に向けながらバレルロールらせん機動を開始。敵の攻撃を予知するかのごとく回避しつつ、オリジナルUVDの力で威力を増した主砲塔を左右に向け、敵グォイド艦を敵の防御シールドごと貫いていった。

 ケレスをバックに、巨大な円錐螺旋状にならんだ爆発光が輝く。

 瞬く間に、逆螺旋陣形をなしていた駆逐艦型グォイドが残らず破壊された。

 極限まで研ぎ澄まされた【ANESYS】とオリジナルUVDのもたらす力だ。しかし、そうはいえども、その能力は度を越していた。


[オ前ハ一体……?]


 エクスプリカは思わずその少女に問うた。


「私は…………私は、あねしす」


 少女は一瞬、迷ったかのように間をあけると、ぽつりと答えた。

 エクスプリカが真に驚愕したのはこの時だった。

 彼はその0,001ナノ秒後に彼女の正体に気づいた。

 彼女は【ANESYS】なのだと。今、目の前に漂っている美少女は、〈じんりゅう〉のクルー達の心が完全に統合され結果、イメージ化された姿なのだ。

 その姿にどことなく見覚えがあるような気がするのは、その姿形が九名のクルー達の姿を統合したものだからだ。もちろん前例など無い現象だ。

 【ANESYS】はクルー達の思考を統合し、個々のクルーの技術や経験、記憶を融合させることによって、爆発的な高速情報処理および判断能力を得るシステムだ。

 クルー達の心が、一人の少女の姿となってイメージ化される程に凝集された結果、【ANESYS】の情報処理能力が、極限の域にまで達したのだ。

 【ANESYS】というシステムが構想された段階から目標とされながらも、今だかつてなしえなかった思考の完全なる統合・統一人格化を、今この瞬間、〈じんりゅう〉クルーは何故か突然なしとげ、文字通り心を一つにして、グォイドに立ち向かわんとしている。

 人間達が『奇跡』という言葉をよく使うことを、エクスプリカはあまり評価していなかった。が、今初めてその言葉を使う気持ちが分かったような気がした。

 エクスプリカは確かにその時、驚いたのだ。

 では何故、クルーの心は突然一つとなり、彼女を生み出したのだろうか?

 分析用ヒューボとしての探求心にかられたエクスプリカは、グォイドを沈める彼女の横顔に、一粒の涙が浮かんでいるのを見つけた。

 ――泣いている?

 その涙もまた、当然ながらホロ映像によるものだ。彼女はわざわざホログラムで本物ではない涙を生み出し、流しているのだ。彼女の発する獣のような咆哮は、戦にあらぶる雄叫び等では無い、猛烈な悲しみがもたらす号泣と嗚咽なのだ。

 エクスプリカは彼女が何故生まれたのかが、ほのかに分かったような気がした。

 もしもレイカが生きていたならば、きっと彼女が生まれた原因をこう呼ぶだろう。

 それはきっと――愛――だよ、と。











 〈じんりゅう〉はその勢いのままにケレスを目指す。が、いかにかつてない力を得たとはいえ、状況は全てにおいて〈じんりゅう〉に味方しているわけでは無かった。

 今沈めたのは、数は多いが比較的戦闘力は低い駆逐艦型グォイドばかりだ。

 だが今、逆円錐陣形最奥にいた空母型グォイド二隻が、対艦ミサイルを満載した攻撃機隊を発艦させようとしていた。如何に今の〈じんりゅう〉が高機動、高火力であっても、無数の小型グォイドに対艦ミサイルを雨あられのように撃たれれば、無事で済むはずが無い。

 さらに、その後方では強攻偵察艦型グォイド三隻が待ちかまえていた。

 人造UVD搭載時の〈じんりゅう〉とほぼ同等の機動力と火力を有している強攻偵察艦型は、〈じんりゅう〉を始めとするVS艦隊の宿敵のような存在だ。楽に倒せる相手では無い。

 エクスプリカはそんな状況に、思わず【ANESYS】の化身の少女を振り返らずにはいられなかった。

 悪い状況はそれだけでは無い、余りにも強大過ぎるオリジナルUVDのパワーによって〈じんりゅう〉の主砲砲身がオーバーヒート寸前に陥っていたのだ。残り何斉射も撃てない。

 せめて対艦ミサイルが残っていれば選択肢が増えるのだが、それは艦載機搭載用を除き、先の木星公転軌道での戦闘で、シードピラーを相手に全て使いきってしまっていた。


[オ、オイあねしす。分カッテイル トハ思ウガ……前方空母ヨリ艦載機ガ多数発艦! ソノ数、約四〇機!]


 エクスプリカは我慢できずに統合思考体アネシスに話しかけた。

 彼女は穏やかな顔で、エクスプリカの方に振り向くと「大丈夫、心配無いわ」と答えると、エクスプリカの期待とは裏腹に〈じんりゅう〉を加速させた。

 エクスプリカは、自分が人間だったら悲鳴を上げられるのに……そう強く思った。











 〈じんりゅう〉の前方に、太陽光で半月のように照らされたケレスの姿がみるみる巨大化しつつ迫る。その上空に、米粒のようなサイズのシードピラーの姿が確認出来た。

 その手前では、空母型グォイドから発艦した対艦攻撃機編隊が〈じんりゅう〉へと迫って来ていた。その数四〇機以上。

 いかに今の〈じんりゅう〉といえども、機動力では小型機には叶わない。

 すでに視認できる距離まで接近を許していては、対宙迎撃も間に合うか怪しい。しかも小型グォイドは対艦ミサイル攻撃が失敗しても、体当たり攻撃というオプションがある。

 しかし、〈じんりゅう〉はそれでもその群れの中へと突っ込んでいった。

 その時、少女の姿を得た〈じんりゅう〉クルーの統合思考体アネシスは、生まれて初めて自分の頬を撫で、そこを伝う涙を指先に感じながら、明確化した自分の存在に改めて驚き、そして自分がそうなった理由を思い出してまた涙を流した。

 あの少年との様々な思い出が思考を過る。

 幼なじみの彼は、逞しく成長していた……。

 人生初の男性への口づけの相手は彼だった。

 初めて見た男性の裸身が彼だった……。

 彼が作ってくれたごはんは美味しかった……。

 彼に嫁入り前の裸を見られた……。

 思い切り彼を蹴っ飛ばした……。

 彼が修理したお陰で無事メインベルトに入れた……。

 彼だけが、ケレスに行くグォイドを止めようと言った。

 彼と一緒に『劇場版VS』を見て涙した……。

 そして彼との想いでが増えることは、もう無い。

 アネシスは叫んだ。彼はもういない! その悲しみを無理矢理怒りに変え叫んだ。


「お前たちの好きにはさせない! こちとらには! 私達には! この艦には! 彼の……あいつの……あの人の願いが……こもってるんだからぁああああああああああ~!!!!」


 スラスターを一端切り、慣性航行しつつ艦首回頭九〇度、艦首側・艦尾側の全ての主砲を舷側方向に向け斉射する。たちまちオリジナルUVDのエネルギーに耐えきれす、四基中二基の砲塔が限界に達し爆発した。

 〈じんりゅう〉の放ったUVエネルギーは、目標に到達する過程で、針のようの鋭い無数の光弾のシャワーとなって逆円錐状に拡散、グォイド対艦攻撃機編隊に襲いかかった。

 〈じんりゅう〉の主砲の対宙迎撃モード、通称ショットガンと呼ばれる状態で放たれたものだ。対艦攻撃能力は皆無だが、小型グォイドに対しては猛烈な威力を発揮する。

 アネシスは残り少ない主砲を撃てるチャンスを、小型グォイド機の殲滅に使ったのだ。

 通常戦闘では命中率の低い散弾ショットガンモードであったが、【ANESYS】の高速情報処理能力を持ってして照準されたそれは、迫りくる小型グォイド四〇数機全てに命中、瞬時に殲滅した。

 その無数の爆発光の中を突っ切り、グォイド空母へと向かう五筋の光があった。

 〈じんりゅう〉艦載機、対艦武装を満載した昇電と四機の無人機セーピアーだ。

 〈じんりゅう〉は回避運動に紛れて発艦させていたのである。

 空母と昇電達の間を阻む小型グォイド編隊は無くなった。が、空母も黙って昇電たちの接近を許しはしない。

 無数の対宙レーザー、対宙迎撃ミサイルが昇電とセーピアーに襲いかかる。

 〈じんりゅう〉ブリッジ内のアネシスは、両の掌を昇電とセーピアーに見立て、まるで舞踊のごとく腕を振った。

 昇電を駆るクィンティルラとフォムフォムも、列記としたVS艦隊クルーであり、昇電搭載の【ANESYS】端末を介して統合することにより、その能力を増幅させていた。

 今、昇電は搭載されたごく短時間のみ使用可能な慣性相殺システムのリミッターを解除し、パイロットの肉体を強烈なGから守りつつ、セーピアーと共に敵空母の対空攻撃の中を未来予知するかのごとき超絶的な機動でくぐり抜けていった。

 昇電とセーピアーの軌道が、デタラメに直線を繋げた軌跡となりケレスの空に描かれる。

 そしてタッチダウン!

 昇電とセーピアーが迎撃不可能な近距離で放った対艦ミサイル群が、まずは第一段が敵空母艦首、艦載機発進口部分の防御シールドに命中、シールドにぽっかりと大穴を開けた。

 すかさず第二段の対艦ミサイルがその破口から空母の発進口内に突入し爆発。その爆発は、今まさに発艦せんとしていた小型グォイド搭載の対艦ミサイルに次々と誘爆、発進口から明滅する光を溢れださせ、二隻のグォイド空母は泡立つように内側から膨れ上がると、ついに内圧に耐えきれずに爆沈した。

 これで残りは強攻偵察級グォイド三隻とシードピラーだけとなった。しかし、シードピラーは既にケレス着床まで後数分の距離にまで到達していた。










 ケレスの空には、太陽との距離とケレス自体のサイズと重量との絶妙なバランスから、ごく薄くではあるが大気が存在していた。今そこには、さらにグォイドとの数々の激戦で発生した大量のガスが加わっていた。

 その大気を切り裂いて、四隻の巨大な艦がまるで飛宙戦闘機同士のドッグファイトのような高機動戦闘を繰り広げていた。〈じんりゅう〉と三隻の強攻偵察型グォイド艦だ。

 V字型の波をケレスの大気上層に巻き起こしながら、四つの航跡が交差する。


[ダカラ言ッタンダ~!]


 思わずエクスプリカが人間の愚痴のような事をこぼした。

 使える主砲は艦首側の二基のみとなってしまっていた。それもあと一斉射すれば吹き飛ぶだろう。

 攻撃手段がそれだけとなった〈じんりゅう〉は、一方的に攻め立てられていた。

 その眼下後方ではシードピラーが、地表への着床の時を迎えつつあった。

 その速度は人間の目であれば、一見ひどくゆっくりに見えるものであったが、それはシードピラーがあまりにも巨大すぎるからだ。実際には時速数百キロで地表へと接近中だ。

 そのシードピラーの艦首外殻に、規則的な直線で構成された無数の切れ目が走ると、そこから展開、変形し、全六本、一脚につき全長五キロはあろうかという、昆虫の脚ような巨大なN字型の着陸脚が現れた。

 シードピラーはそれによって、ケレス上に垂直に着陸するのだ。

 着陸態勢となったその姿は、さながら巨大なバクテリオファージのようだ。その目的もまさに、星を材料に己が種を増やさんとするバクテリオファージそのものであり、それこそが繁主柱シードピラーの真の姿なのだ。

 もう残された時間は少ない。

 しかし、〈じんりゅう〉はシードピラーを破壊どころか近づくことも出来ないでいた。

 三隻の強攻偵察艦型グォイドは、抜群の連携で〈じんりゅう〉に砲撃を加えていく。

 その攻撃に、〈じんりゅう〉は決定的な直撃こそ避けているものの、防御シールドは確実に削り取られていった。


[オ、オイあねしす! 分カッテイルトハ思ウガ……]

「分かっているわエプリカ、もうちょっとだけ待って、もうちょっとだけ……」


 エクスプリカにそう答えるアネシスは、何かのタイミングを待っているようだった。

 エクスプリカは、彼女がケレス軌道上に展開した昇電とセーピアーから送られてくる、〈じんりゅう〉とシードピラー、強攻偵察艦グォイドの各々の位置関係データに集中していることに気づいた。

 だが一体、なんの目的で……。

 「今だ!」アネシスは〈じんりゅう〉の進路を急変進させた。

 〈じんりゅう〉は並走する敵グォイド艦の一隻に、体当たりするかの如く急接近すると、衝突する寸前でひらりと上昇し回避、そのグォイド艦の反対側に回り込み、互いの防御シールドが干渉光を発するほどの超至近距離で並走を始めた。余りにも近距離すぎる為に砲の死角となり、二隻は互いに攻撃できない状態となった。

 直後、〈じんりゅう〉を狙った残り二隻の砲撃が、並走するグォイド艦に次々命中した。

 アネシスは並走するグォイド艦を、他の二隻からの攻撃の盾がわりにしたのだ。

 盾代わりにされたグォイド艦はもちろん味方の砲撃を避けようとするのだが、〈じんりゅう〉は巧みに食らいついて離れず、味方からの集中砲火により、たちまちシールドを貫かれて戦闘能力を失ったグォイド艦は、沈みはしないものの、ただ慣性航行するだけの残骸へと変わった。

 〈じんりゅう〉は盾代わりのグォイド艦が限界に達すると、急激な減速を掛け残骸となったグォイド艦の後方に移動すると同時に、艦首スマートアンカーを射出、前方に位置する瀕死のグォイド艦に突き刺した。

 ワイヤーを艦首から伸ばしながら猛烈な勢いでグォイド艦の後方へと離れる〈じんりゅう〉、たちまち前方のグォイド艦と〈じんりゅう〉の間でワイヤーがビンッと張り詰めた。

 その瞬間、〈じんりゅう〉と残骸と化したグォイド艦との間で、運動エネルギーと位置エネルギーに劇的なやりとりが行われた。

 急減速を行った〈じんりゅう〉によって、紐で引っ張られる形となったグォイド艦の残骸は、当然ながら猛烈な勢いで後方へと流されるはずであった。が、〈じんりゅう〉は決して二隻間のワイヤーが弛む事が無いように、巧みに艦を横方向へスライドさせた事により、結果としてグォイド艦の残骸は、巨大な孤を描いて振り回されることとなった。

 〈じんりゅう〉を操るアネシスは、抜群のコントロールでワイヤーを艦首から繰り出し、アンカーを突き刺したグォイド艦を、ワイヤーの長さの限界まで引き離して振り回す。

 そして……振り回されたそのグォイド艦残骸の行く先には、〈じんりゅう〉をしつこく砲撃してきた残りの二隻の強攻偵察型グォイド艦の内の一隻があった。

 二隻のグォイド艦は、回避する間も無く激突し、まるで握りつぶされた紙コップのようにクシャクシャになると、互いにくの字の折曲がって一つの塊となった。

 アネシスはスマートアンカーを駆使することによって、ぼろぼろの敵艦をハンマー代わりにしてもう一隻にぶつけ、主砲を使わずに倒したのだった。

 思わずエクスプリカが[ンな無茶ナッ!]と呻く。

 さらにアネシスは、孤を描いて振り回され続けるグォイド艦の残骸塊に突き刺さったアンカーを、絶妙なタイミングで切り離した。

 スマートアンカーの頚木から解放され、遠心力のままに猛烈な速度で離れあう〈じんりゅう〉と元グォイド艦二隻の塊。

 〈じんりゅう〉の飛ばされた先には、魔法の如く三隻目のグォイド艦の姿があった。

 常識ではありえない起動に、まったく対処できないまま、真正面から〈じんりゅう〉の急接近を許してしまう最後の強攻偵察艦型グォイド。それは〈じんりゅう〉にとって絶好の砲撃チャンスであった。今、艦首を前に向け最後の主砲一斉射撃を行えば、確実にグォイド艦を沈めることが出来るはずだ。

 しかし、〈じんりゅう〉は撃たなかった。

 まさか体当たりするつもりですかと、そうエクスプリカが危惧した瞬間、〈じんりゅう〉は急反転、艦尾メインスラスターをグォイド艦に向け、全力で噴射した。

 アネシスの思考には、〈じんりゅう〉がメインベルトに突入した際、小惑星に衝突する寸前で停止した時の記憶が呼び覚まされていた。

 あの時、〈じんりゅう〉は補助エンジン二基の全力噴射で小惑星表面を溶かし、艦尾が激突するのを回避したのだった。これがもし、補助エンジンどころか、人造UVDの何倍もの出力を発揮するオリジナルUVDの全力噴射であったなら?

 その激烈な噴射炎は、〈じんりゅう〉をグォイド艦との衝突寸前で停止させただけでなく、強力無比なプラズマバーナーとなってグォイド艦の艦首を一瞬にして溶かし、その艦前半部分の装甲をバナナの皮のごとく放射状にめくり返らせて沈黙させた。

 〈じんりゅう〉がスマートアンカー射出してから、およそ一〇秒、三隻の強攻偵察艦型グォイドは倒された。

 残るはシードピラーだけだ。しかし、アネシスはまだ〈じんりゅう〉をシードピラーには向かわせはしなかった。

 アネシスは剥いたバナナの皮状態で漂うグォイド艦に、〈じんりゅう〉の艦首を向けると猛然と突進させた。

 今度こそ体当たりさせる気ですか!? とエクスプリカが問う間もなく、衝撃と共にグォイド艦の土手っ腹に〈じんりゅう〉の艦首が突き刺さった。

 激突する寸前、アネシスは〈じんりゅう〉艦首に円錐状の防御シールドを展開させていた。そのお陰で〈じんりゅう〉の主船体にダメージは無い。


[…………今度ハなに?]


 微妙に疲弊しているエクスプリカの問いを無視して、アネシスはグォイド艦を艦首を突き刺した状態で、今度こそ〈じんりゅう〉をシードピラーへと向け発進させた。











 ケレス地表、シードピラーは垂直よりやや傾斜しつつゆっくりと降下していた。

 猛烈な噴射によって、地表の砂塵が巻き上げられシードピラーの下半分を覆い隠す。

 シードピラー下部では、全六本の着陸脚の内、地表に近い位置にあるものから一本ずつ地表に接地を開始していた。それにつれ、巨大な柱が斜めから徐々に垂直へと近づいて行く。

 全ての着陸脚が接地し、その角度が完全な垂直になった時、シードピラーの着床が完了し、ケレスはグォイドの巣へとなってしまうのだ。

 シードピラー着床は最終段階であった。が、あと僅かで着床完了しようという正にその時、ケレスの上空から巨大な塊が飛来した。

 その塊は時速数千キロで水平に近い角度で地表に接触すると、凄まじい土埃を巻き上げながら地表を滑り続け、接地する寸前だったシードピラーの最後の着陸脚二本に激突した。

 〈じんりゅう〉がスマートアンカーを駆使して激突させ、一つの塊に変えた二隻の強攻偵察型グォイド艦のなれの果てだ。

 アネシスはアンカーのワイヤーを切り離した瞬間、グォイド艦の塊がシードピラー着陸脚に命中するよう、あらかじめコースを正確にコントロールしていたのだ。

 激突したグォイド艦は、その質量と運動エネルギーによって着陸脚二本をへし折り、さらにその隣の着陸脚にぶつかって停止した。

 着床完了寸前で着陸脚二本を破壊され、一瞬、そのまま倒れてしまうのではと思える程に大きく傾ぐシードピラー。このまま完全に倒れてしまえば、シードピラー程の巨体と質量が、再び起き上がることなど到底不可能だ。

 さらにそこへ、ケレスの地平線の彼方から、グォイド艦を艦首に突き刺した〈じんりゅう〉が、スラスター全開の猛烈なスピードでシードピラーへと向かい突進して来た。


「うおおおおおおぉおぉおおりゃぁぁああああああああ!!!」


 アネシスの絶叫が、ケレスの極薄い大気に響く。

 〈じんりゅう〉はシードピラーの手前で、防御シールド展開時の勢いで艦首に刺さった半壊状態のグォイド艦を前方に弾き飛ばした。

 グォイド艦は地表を削るようにして着陸脚に突っ込み、ダメ押しで残された着陸脚の内の一本に激突してへし折ると、その勢いのまま、その隣の着陸脚に衝突して止まった。

 直後、シードピラーの極至近距離を通り過ぎる〈じんりゅう〉。

 六本中三本まで失われた着陸脚、しかし、まだシードピラー転倒には至らない。

 重力の弱いケレスでは、バランスさえとれていれば、最低三本の着陸脚でも事足りるのだ。

 シードピラー傾斜が限界に達する直前で、は残された着陸脚の接地点をずらし、巨体を踏ん張らせたのだ。

 三隻のグォイド艦をぶつけても尚、シードピラーを倒すことは出来なかった。

 所詮宇宙に進出してから僅か二世紀と少しの人類が、何万何億年もの時をかけ、宇宙で進化し続けてきたグォイドを出し抜こうなどとは、無知がもたらす思い上がりなのかもしれない……エクスプリカは、再び垂直にそびえ立たんとするシードピラーの姿をブリッジから見ながら、そう思わずにはいられなかった。


「まだまだぁぁ!」


 しかし、アネシスにはその事態さえも予測済みだった。

 〈じんりゅう〉にはまだ最後の攻撃手段が残されていた。三隻の強攻偵察艦型グォイドに対しても決して使わなかった主砲の最後の一斉射撃だ。

 〈じんりゅう〉はシードピラー上空を旋回しながら慎重に狙いを定めた。

 目標、着陸脚に衝突して止まったグォイド艦三隻のメインUVDエンジン!

 アネシスが主砲で三隻の強攻偵察型グォイド艦を沈めなかったのは、メインエンジンを爆発させないためであった。

 〈じんりゅう〉の人造UVDがそうであったように、グォイド艦内部に存在するグォイド製UVDもまた、膨大なエネルギーを内に秘めた一種の爆弾となりうるのだ。


「喰らえぇぇぃっ!!」


 〈じんりゅう〉に残された最後の主砲搭、艦首側上下部二基の主砲がマズルフラッシュリングを瞬かせた。

 主砲のUVエネルギーの光の柱は、着陸脚に引っかかるようにして止まったグォイド艦三隻、そのそれぞれのメインエンジンたるUVドライヴを正確に貫いた。

 次の瞬間、シードピラーの下半分を、全てを照らす太陽のごとき光の半球が覆い。一瞬遅れてケレスの薄い大気を吹き飛ばし、そこにぽっかりと巨大な穴を開ける。

 ゼロ距離でのUVDの爆発、それも三隻分ものそれは、全長一〇キロのシードピラーを一瞬フワリと浮かび上がらせるほどであった。

 ケレスの弱い重力は、シードピラーをそのままメインベルトの空へと手放してもおかしくはなかったが、ギリギリのところで爆発エネルギーからシードピラーを奪い返し、着陸脚全てを破壊され、もはや着陸する術を失ったそれをゆっくりと引き戻し、そして地表へと叩きつけた。

 ゆっくり……現実感の無い程にゆっくりと、土煙の中へと倒れていくシードピラー。それが二度と垂直に立ち、ケレスをグォイドの巣に変えることが無いことは明白であった。


[ウソ……ヤッタ……ヤッタゾあねしす!]


 〈じんりゅう〉ブリッジ内、思わずエクスプリカがアネシスを振り返った。

 ボロボロの艦たった一隻で、シードピラーとその護衛艦隊殲滅を遂げてしまった……。

 もし他のAIに目の前で起きた事を告げたなら、きっとバグを疑われるだろう。

 コンピュータ単独では到底実行しようと思わないような滅茶苦茶な作戦を、機械と九名のクルーの『心』を繋げることによって、無理矢理成し遂げてしまったのだ。

 何万、何億年という宇宙での進化の果てにグォイドが捨て去り、宇宙に進出して二世紀そこそこの人類だけがもつ『心』が、勝利をもたらしたのだ。

 が、エクスプリカが振り返って見たアネシスは、喜びに包まれるどころか、両膝を抱え、そこに顔を埋めて肩を震わせながら宙を漂っていた。

「ケイジ……私……ワタシ……ワタシやったよ!……」

 彼女は泣いていた。声を殺し、肩を震わせて泣きながら、彼女は再びその身体を光の粒子に変え、その思考を九人のクルーの元へと還して行った。

 どんなに偉大で有意義な勝利であっても、今の彼女には喜びなど無かった。

 〈じんりゅう〉によるシードピラー・ケレス着床阻止作戦は、ここに完了したのだった。


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