▼終章 『ヴィルギニー・スターズ』
恐ろしく深い眠り、戦術思考統合システム【
まるで身も心もとけて宇宙と一体になってしまったかのような、そんな深い眠りから、猛烈な悲しみと喪失感を感じながら、まだ目覚めたくないという願いとは裏腹に覚醒した。
零コンマ数秒という僅かな時間に、自分が何者であり今どこで何をしていたのかという記憶、何故、猛烈な悲しみを感じているのかという理由が、一瞬にして否応も無く蘇る。
そうだ、彼はもういないのだ。
艦長帽を脱ぎ、髪をかきあげながらブリッジ内を見まわすと、クルーの誰もがユリノと似たり寄ったりの表情であった。
通信席のミユミは、顔を両手で覆ってひたすら肩を震わせていた。
つい一瞬前まで“アネシス”であった時の記憶が、まるで他人事のように蘇る。
【ANESYS】中の記憶は、ひどく表層的なものしか残っておらず、何をやったかは覚えていても、何故行えたのか、どうやって行ったのかはよく思い出せない。
まるで夢の中の出来事のようだ。
はっきり覚えているのはシードピラーの着床を阻止できたということだけ、それが事実だとは分かっていても、まるで夢のようで現実味を感じられない。
皆に何か言わないと……何か言わねば……艦長としての使命感がユリノにそう思わせる。が、何も言うべき言葉が思いつかない。それでも口を開きかけたその時、艦首方向を映すメインビュワーから光が溢れたのと同時に、ブリッジを暴力的な衝撃が襲った。
「!!!」
余りにも突然過ぎて、無様に悲鳴をあげることしか出来なかった。
艦が砕け散るのではないかという程の衝撃、シートベルトをしていなければ、座席から放り出され隔壁に叩きつけられ死んでいたかもしれない。
〈じんりゅう〉は攻撃を受けたのだ。だがどこから?
「艦首大破! 艦首防御シールド展開不能!」
コンソールに必死に捕まりながら副長が告げる。
コンディションパネルの艦首部分が真っ赤に染まっていた。轟沈は免れたようだ。が、艦首にあった防御シールド発生装置ごと艦首自体が消滅してしまっていた。それは次の攻撃には耐えられないことを意味していた。
砲撃を受けた慣性で回転をはじめた〈じんりゅう〉をフィニィがなんとか止め、大破した艦首をその攻撃を行った主へと向けた。
「シード……ピラー……」
ケレス地表を覆う巨大なドーム状の爆煙を突き破り、地表に衝突しグシャグシャに破壊されシードピラーの艦首が、ゆっくりと浮上してくる姿がそこにあった。
グォイド艦のメインエンジンの爆発と、ケレス地表への衝突は、シードピラーからその存在目的を達成する能力を完全に奪った。が、航宇宙戦闘艦としての能力まで奪ったわけでは無かったのだ。
ハリネズミのごとくシードピラーの表面に張り巡らされた対宙迎撃用砲塔の砲身が〈じんりゅう〉を向く。その砲塔は一基一基が〈じんりゅう〉の主砲搭と同等の大きさがあった
『〈じんりゅう〉! 逃げろ! 早く!』
叫ぶクィンティルラの通信がブリッジに響く。
昇電は〈じんりゅう〉の周りを旋回しながら何も出来ないでいた。
シードピラーの最初の砲撃は、〈じんりゅう〉から身を守る術を奪い去った。いかにオリジナルUVDの大推力があっても、この距離で敵の砲撃を回避することなど不可能だ。
ユリノは歯を食いしり、ただ目の前に迫るシードピラーを睨むことしか出来なかった。
クルー達の視線が自分に集まるのを感じる。その表情は思いのほか穏やかだった。
やれるだけのことはやったよね――そうその瞳は語っている気がした。
――そうかもしれない……そうかもしれない! だけど……。
シードピラーの表面の多数の砲塔、その砲身一つ一つにエネルギーが集まる。その総エネルギーは一瞬で〈じんりゅう〉を蒸発させられるだろう……苦しむ間もない程に。
そして光は放たれた。
………………が、予測されたは終末が訪れることはなかった。
ユリノが恐る恐る顔を上げると、シードピラーの放った眩いばかりのUVエネルギーの光の束は、見えない障壁によって完全に阻まれ、〈じんりゅう〉真正面で放射状に飛び散っていた。
「艦長! 無人シールド艦〈ヘリアンサス〉デス!」
ルジーナが叫んだ。
〈じんりゅう〉は、その三隻――艦首に巨大な防御シールド
「VS804旗艦〈ジュラント〉より入電」
ミユミの報告、同時に通信用ビュワーの一つに、艦長帽をかぶった軟式宇宙服姿の美女が映しだされた。
『ユリノちゃん、それと〈じんりゅう〉のみんなお待たせさま!』
「リ……リュドミラ艦長!? なんでここに!?」
『あなたのとこの無人機君が教えてくれたのよ。それと来たのは私達だけでは無いわ』
メインベルトの外へ、半ば駄目で元々で送った伝令用無人機セーピアーが、ちゃんと通信可能域まで辿りついてケレスの事態を伝えてくれたのだ。
「私達だけでは無い?」
リュドミラ艦長の言葉に、ユリノは思わず繰り返した。
『お前達だけに良いところは持って行かせないぞユリノ』
『まったく、私らだけ置いてけぼりなんて冗談じゃないわユリノ姉様!』
「……まさかアストリッド姉にアイちゃん!?」
後方に現れたのは、無人シールド艦を操っていた第804VS艦隊旗艦、リュドミラ艦長率いる〈じんりゅう〉級4番艦・広域絶対防御母艦〈ジュラント〉だ。
彼女の艦隊は防御能力に特化した艦で構成されいる。
〈ジュラント〉は、〈じんりゅう〉と同型の赤紫色の船体の艦首に、巨大な防御シールドディフレクターを装備した艦だ。
第804VS艦隊はこれらの防御シールドを用いて、傷ついた艦を今のように防御シールドを延長展開させて守り、その間に補給や応急修理を行うことが出来るのだ。
同じく、〈じんりゅう〉右舷に現れたのはアストリッド艦長率いる第803VS艦隊旗艦、〈じんりゅう〉級3番艦・長距離精密狙撃艦〈ファブニル〉。
濃緑色の〈じんりゅう〉級船体の艦首部分が、丸々巨大なUVエネルギーキャノンの砲身になっている。遠距離砲撃戦に特化した艦だ。
左舷に現れたのはアイシュワリア艦長率いる第805VS艦隊旗艦、〈じんりゅう〉級5番艦・高機動近接格闘艦〈ナガラジャ〉。
鮮やかなオレンジ色の〈じんりゅう〉級船体、その艦首の
三隻とも最新のプリズムコーティング塗装技術により、太陽光の熱吸収問題を解決した鮮やか極まりない色合いの艦達だった。
一体いつの間にここまで……? その疑問の答に、ユリノはすぐに思い至った。
三隻とそれが操る無人艦隊は、〈じんりゅう〉が生み出した大量のグォイド艦の破片に紛れてここまでやって来たのだ。
今ここに、人類が持ちうる全てのVS艦隊が集結したのであった。
「みんな来てくれるだなんて……」
『まったく、私は〈ファブニル〉だけで良いと言ったんだがな……、なら自分らも行くと言って聞かんのだ』
「テューラ司令!」
最後に通信用ビュワーに映しだされたのは、初代〈じんりゅう〉副長にして現VS艦隊総司令のテューラの姿であった。
彼女の通信は、新たに後方に現れた高速巡洋艦から届いていた。
『ど派手にやられたものだなユリノよ。間に合って何よりだ』
「……」
ユリノはテューラの言葉に、胸が一杯になって一瞬何も答える事が出来なかった。
「……ありがとう。みんな……ありがとう!」
『初代〈じんりゅう〉時代の仲間のピンチだ。どこへだってかけつけるさユリノよ』
『かかか、勘違いしないでよねユリノ姉様、私達が打ち漏らしたシードピラーなんから、私達が後始末しに来ただけなんですからね!』
なんとか礼の言葉を絞り出したユリノに、アストリッドとアイシュワリアが答えた。
『再会を喜ぶのは後だ。とりあえずこいつを始末しようじゃないか』
テューラは不敵に微笑むと叫んだ。
『全ヴィルギニー・スターズ! あの死に損ないのシードピラーを撃滅せよ!』
『了解!』
三人の艦長が答礼し、即座に三隻のVS艦が動き出す。
『なぁユリノよ、いくら目も当てられない程にボロボロにやられたとはいえ、その艦は〈じんりゅう〉なのであろう? 主砲の一発くらいは撃てるのではないのか?』
挑戦するように、それでいてどこか優しく〈ファブニル〉艦長アストリッドが尋ねた。
ユリノは即座に副長を向いた。
「二番砲塔、一門だけならヒューボットの応急修理により、出力27%で使用可能です!」
「シズ、【ANESYS】は?」
「再使用したとして、現状で実時間3秒間だけなら可能なのです」
ユリノはその報告を聞くと大きく頷いた。
「……よし……みんな!」
ユリノの目配せにフィニィが頷くと、満身創痍の〈じんりゅう〉は前進を開始した。
『ユリノちゃん、防御ならうちの無人シールド艦にまかせて!』
〈ジュラント〉艦長リュドミラの言葉に合わせ、先ほど〈じんりゅう〉を守ってくれた無人シールド艦ヘリアンサスの内一隻が、先導するように〈じんりゅう〉の前にでた。
『あと〈じんりゅう〉艦載機パイロットのクィンティルラちゃんにフォムフォムちゃん?』
『は、はい!?』
ふいにリュドミラに声を掛けられ、クィンティルラが上ずった声で答えた。
『爆装した無人機を一〇機程持ってきたんだけど、連れて行くかしら?』
『も、もちろんであります!』
クィンティルラが即答すると、〈ジュラント〉が搭載していたセーピアー編隊が昇電の元に飛来、共にシードピラーへと突撃を開始した。戦場での安全な救援と補給を専門とする〈ジュラント〉は、当然、多数の補充兼直援用無人艦載機も搭載されているのだ。
〈ジュラント〉をテューラの乗る高速巡洋艦の守りに残しつつ、三隻のVS艦と艦載機群がシードピラーへと加速する。
シードピラーが対宙砲撃を開始した。無数に放たれるその一射一射が、戦艦の主砲並みの威力がある。
まず〈ファヴニル〉と〈ナガラジャ〉の艦長が叫んだ。
『アネシス・エンゲージ!』と。
三隻のVS艦は、攻撃を防御シールドで受け止め、あるいは回避して突き進んだ。
まず、アストリッド艦長の〈ファブニル〉が加速、対宙砲火を交わしながらシードピラー上方へ抜けると、艦首を真下に向け、必殺の艦首超大型UVキャノンを放った。
砲身全長で〈じんりゅう〉が搭載している主砲の七倍、口径で一〇倍ものサイズがある艦首キャノンは、桁外れの威力を持つ分、当然ながら連射は出来ず、外してしまうリスクを考えればとても実用的な武装とは言い難い。だが【ANESYS】を使えば話は別だ。
〈じんりゅう〉がオリジナルUVDのパワーで行った全主砲一斉射撃と同等か、それ以上の巨大な光の柱が、シードピラーの分厚い防御シールドを貫通、内部の防御シールド発生装置の一つを正確に貫いた。
シードピラーの防御シールドを貫通したのはそれだけでは無い。一撃、また一撃と、シードピラーの上方から全六筋の光の束が迸ると、シードピラー直上で一点に収束、残りの防御シールド発生装置を貫いていく。
第803VS艦隊所属の長距離精密狙撃無人艦〈シボル〉だ。
〈ファブニル〉と同様に、サイズこそやや小さいものの、艦首が丸々UVキャノンとなっている全六隻のそれは、〈じんりゅう〉が破壊したグォイドの残骸に隠れながら、その威力を一点に集中させることにより、シードピラーの防御シールドを貫いたのだった。
【ANESYS】の高速情報処理能力を使ったが故になせる超精密射撃だ。
防御を失ったシードピラーに、今度は昇電率いる無人飛宙機編隊が突っ込んで行った。
「うおっりゃぁぁあ!!」
叫ぶクィンティルラ。
昇電と無人機編隊はシードピラー表面を舐めるような低空で通過しつつ、その対空砲塔群に次々と対艦ミサイルを撃ち込んでいった。既にミサイルを撃ち尽くしていた昇電は、ブースターをパージしてぶつける。
正確無比なミサイル攻撃は、シードピラー上面部の対空砲塔を一つ残らず破壊、迎撃能力を奪い去った。
身を守る術を失ったシードピラーにすかさず突っ込んでいったのは、鮮やかなオレンジ色のVS艦〈ナガラジャ〉だ。
〈ナガラジャ〉はシードピラーの手前で、左舷からその特徴的な補助エンジンナセルを真横に切り離した。補助エンジンブナセルは〈じんりゅう〉の艦首スマートアンカーに使われているのと同様の特殊ワイヤーで主船体と繋がれており、それが補助エンジンと〈ナガラジャ〉との間で直線となってピンッと張り詰めている。
ワイヤーを横一文字に張らせてシードピラーに突き進む〈ナガラジャ〉。
〈ナガラジャ〉が巨大な六角柱たるシードピラーの上面を通過する直前で、その極細ワイヤーが光り輝いた。主船体から発せられたUVエネルギーをワイヤーを伝わらせたのだ。
そのワイヤーが、シードピラー上部装甲に艦首方向から接触、そのまま装甲に食い込むと、千切れる事も無く〈ナガラジャ〉のスピードにあわせて前進し続けた。結果、幅約一キロ、長さ五キロのシードピラー上面装甲が、まるでカンナの削りかすのごとく丸くなって虚空に舞った。
これこそが高機動近接格闘艦〈ナガラジャ〉の特殊兵装――その名も
〈ナガラジャ〉はこの装備をもちいて数々のシードピラーの装甲をひん剥いてきたのだ。
守りの〈ジュラント〉、砲撃の〈ファブニル〉、斬撃の〈ナガラジャ〉……この三艦が各々の能力を合わせることによって、第五次グォイド大規模侵攻艦隊本隊の殆どのシードピラーが沈められたのである。
艦首を破壊され、防御シールドも対空砲も、装甲すらも破壊されたシードピラーに、最後に突撃していったのはユリノ艦長率いる〈じんりゅう〉であった。
艦首を破壊され、フィギアヘッドも特徴であったシュモクザメのような艦首可動式スラスターを失い、補助エンジンも二基だけとなり、主砲塔もその殆どが使用不能となったその姿はまさに満身創痍、たとえシードピラーが相手でなくとも、沈められる敵など無いように思える姿であった。が、〈じんりゅう〉は飛んだ。
前方には防御シールドを失った〈じんりゅう〉の為に、〈ジュラント〉の【ANESYS】によって操られた無人シールド艦ヘリアンサス一隻が、先導してシールドを展開して守ってくれている。
今〈じんりゅう〉は孤独ではない、仲間達の艦がいる。そして彼が残したオリジナルUVDがある。ユリノも、他のクルー達も、誰一人として恐れてなどいなかった。
『アネシス・エンゲージ!』
ユリノとクルー達は同時に叫んだ。再び彼女達の視覚が光に包まれていく。
今の〈じんりゅう〉に許されたのはただ一発の主砲と、わずか3秒間の【ANESYS】だけだ。が、彼女達にはそれで充分であった。
◇◇◇
『頭上、ピストルの形にして伸ばした右手の彼方に、シードピラーの長大な上面が通り過ぎていくのが見えた。
背面飛行する〈ジンリュウ〉のブリッジから見上げるその光景を前にして、一瞬、撃つのを惜しむような感情が生まれたことに、ワタシは驚いた。
これを撃てば、一つの任務が終わり、彼との航海と、彼が望んだシードピラーのケレス着床阻止も叶ってしまう。
その後で、再び“彼女達”となったワタシを待っているのは、猛烈な喪失感と悲しみであろうということは、今のワタシには嫌という程分かっていたからだ。
[ドウヤラ一度キリノ奇跡ッテワケ デハ無カッタ ヨウダ ナ]
傍らにいたエクスプリカが言う。私はただ黙って頷いた。
ワタシは再び目覚めた。……先刻の【ANESYS】時の出来事は一度限りの夢や幻などでは無かったのだ。
今のワタシはそれまでの、ただグォイドと戦うことだけを考えていたワタシとは違う。
今のワタシにはホログラムではあったがはっきりとした“姿”があった。目に映る手足があり、背中を撫でる髪があった。もちろん物理的な肉体ではないのだけれど。
ワタシは伸ばしたの手を見つめながら、遅延した時間の中で実感していた。これらは全て彼が与えてくれたものなのだ。だが、それが意味することを私はまだ見出してはいない。
ワタシはワタシの使命をこなすだけだ。……それがきっと彼の望みでもあるのだから。
「ぱあんっ」
そう口に出して、ピストルに見立てた右手を振り上げると同時に、〈ジンリュウ〉の主砲最後の一発を放った。
ワタシは目を閉じ、短い“ワタシ”であった時間を終え、彼女達へと還っていった。
これでワタシの役目は終わり、もう二度と、今と同じようなワタシになれることはないだろう。ワタシという存在自体が、彼女達には悲しみの思い出過ぎるだろうから……。
――だがしかし…………、ワタシはその瞬間、思わず閉じかけた目を見開き、振り返った。
ワタシとなり、彼女達であった頃の数百数千倍もの思考速度と情報処理能力を得たワタシであっても、微かな閃きとしか言いようのない感覚を、視線の先から突然感じたからだ。
ただ言えるのは、その閃きのような感覚が、なんとなくではあるけれど、そう悪くない未来を予感させるものだということだけ。
ああ、だが、その閃きの正体を付きとめるには、ワタシにはもう時間が無かった。
ワタシはせめて、その閃きのような感覚の来た先を、彼女達に伝わるよう努め、そして今度こそ彼女達へと還っていった。』
〈じんりゅう〉主砲、最後の一門の出力は三割弱にまで落ちていたが、シードピラーの剥きだしのUVDを破壊するにはそれで充分であった。
【ANESYS】によって完璧なタイミングと照準で放たれたUVエネルギーの柱は、シードピラーの巨大な艦体を動かすべく束ねられた十数基のUVDを正確に貫いた。
UVDが封じ込めていた莫大なエネルギーが瞬時に解放される。たちまち激しい誘爆を繰り返し、シードピラーはその艦体を直下のケレスを覆い隠す程の巨大な光球へと変えた。
爆発の熱と衝撃破が、ケレス周囲の微小惑星群とグォイドの残骸を吹き飛ばしていく。
シードピラーから遠ざかる〈じんりゅう〉の背後を、その衝撃破が襲いかかる。他のVS艦隊の三隻とテューラ司令の乗る艦にも、絶対的な破壊力の衝撃破が襲いかかった。
……が、爆発の閃光が止んだ後にも、彼女達の艦はそこに存在していた。
【ANESYS】を使った高域絶対防御母艦〈ジュラント〉と、〈ジュラント〉が操る無人シールド艦の防御シールドによって守られたのだ。
ケレスを賭けた〈じんりゅう〉を始めとするVS艦隊と、シードピラー率いるグォイドとの戦いは、ようやくここに終結した。
メインベルト〈テルモピュレー
爆発の破壊力は、直下にあったケレス表面の地層を抉りとり、齧られたリンゴのような有様に変えていた。
【ANESYS】から目覚めたユリノは、その身体を深々と席に沈めながら、メインビュワーに映るそのケレスをぼんやりと見つめた。
やっと終わった……何もかもが。
もちろん、この戦いはグォイドとの数多の戦のうちの1ページにすぎない。そう分かってはいるのだけれど。
【ANESYS】を終えた直後では、なおさら以前の出来事がすべて夢のように思えた。
ユリノは我知らず下唇を噛んでいた。そうしないと嗚咽が漏れ出してしまいそうだった。
思い切り、恥も外聞も無く泣きじゃくりたかった。勝利なんていらないから。
だがここはブリッジでクルー達の前だ。願いを実行するのは後にしなければならない。
『ユリノ艦長、ごくろうだったな』
通信用ビュワーにテューラ司令の姿が映し出された。彼女は勝利にも、〈じんりゅう〉が無事であった事実も、そんなことは当然だといった表情だ。
が、彼女のことを少しでも知っている人間から見えれば、彼女が心から〈じんりゅう〉クルーのことを心配していたであろうことが、容易に読み取れた。
『まったく……死んではいないとは思っていたがな、まさか、さすがこんなド派手な事をやらかすとは……さすが〈じんりゅう〉といったところか……』
「……運が……運が良かっただけです」
ユリノはなんとかそれだけ答えた。
『ふむ、報告はあとでゆっくり聞こう。〈じんりゅう〉がどうやってあれだけのグォイドを沈めたのかも含めてな。とりあえず修理用ヒューボを持ってそっちに接舷する。修理がひと段落つくまで、お前も含めてクルー達は休息をとれ』
「了解」
ユリノが答えると、テューラからの通信はプツリと切れ、代わりに残り三隻のVS艦の艦長が短い別れの通信を送ってきた。
彼女たちには、まだメインベルト内に侵入しているかもしれないグォイドを探索する任務があるらしい。
〈ジュラント〉〈ファブニル〉〈ナガラジャ〉のクルー達は久しぶりの再会を味わう間も無くケレスを去って行き、再びブリッジに沈黙が訪れた。
誰も何も言わなかった。ただ黙って各々の席でじっとしている。かといって眠るわけでも無く、ただ何もしないというその貴重な時間を、彼女たちはただ満喫した。
満身創痍の〈じんりゅう〉の現状を考えれば、まだすべきことも、話し合うべきことも多々あったはずだが、今回ばかりは、自分たちの欲求に逆らえなかった。
気を利かせたエクスプリカが、クィンティルラとフォムフォムの乗る昇電を〈じんりゅう〉に収容してくれていた。彼にも気を遣わせるほどにクルーは疲れて見えていたようだ。
が、その沈黙は二分もしないうちに破られた。
ブリッジ内に突然警告音が響いた。だがグォイドの攻撃や、艦体に異常事態があったことを示す警告音ではない。
「報告!」
ユリノは殆ど本能で叫んだ。
「SSDF救難信号です。発信元は本艦からおよそ十五万キロのメインベルト内……ここケレスと本艦がオリジナルUVD換装作業をしていた場所との中間デス!」
電側ゴーグルで
「……なんでそんな遠くから信号が届くの? ジャミングエリア真っ只中なのに……」
「艦長、おそらくですが、さっきのシードピラーの大爆発で、周囲のジャミング物質の塵が吹き飛ばされたのが原因かもしれないのです」
ユリノの疑問に、シズがすぐに答えた。
「にしたってなんであの場所から?……ルジーナ、発信元の艦の詳細は?」
「……これは……救難信号を出したのは艦では無いようデス……え、これって……」
「なに!?」
「救難信号は本艦所属のセーピアー07からです!」
「!?」
セーピアー07と言えば、たしか救援を呼ぶ為に飛ばした無人機だ。このセーピアーのお陰でテューラ司令とVS艦隊が駆けつけ、今ユリノ達はこうして生きているのである。
それが何故こんな所にいるのか!?
「ミユミちゃん!」
ユリノは考えるより先に、テューラとの通信を繋げさせていた。
『その無人機なら、水先案内として〈じんりゅう〉に向け先行させていたのだがな。戦闘が始まって、目標がケレスと分かった段階で、我々がそちらに先回りした際はぐれたのだ』
テューラ司令は突然呼び出され、恐ろしく真剣な表情で聞いてきたユリノに、少々驚きながらも説明してくれた。
テューラ達に回収されたセーピアー07は、他のVS艦隊と共にメインベルト内の〈じんりゅう〉の元に向かまで、小惑星間の回避コースを示すべく先導していたのだが、戦闘が予想より早く開始されたどさくさで、行方不明になったらしい。
『にしてもなんで無人機が救難信号など出すのか? 〈じんりゅう〉愛用の無人機というなら回収艇を向かわせるが……』
「いえ司令! 自分らが行きます!」
ユリノは何故か即答していた。
『なにぃ!? いやお前、だって今の〈じんりゅう〉じゃ……』
「お願いです!!」
『……』
自分は何故、突然こんなことを必死に嘆願しているのだろう? ユリノは自分でそう思いながらも、自分を止めることが出来なかった。
「お願いします!」
テューラはユリノの剣幕に一瞬目を丸くすると、短く分かったと答えた。
せっかく救援の為に駆けつけてくれたのに、我ながら酷い話だとユリノは思ったが、ユリノは「感謝します!」と答えるなり〈じんりゅう〉の発進をフィニィに命じた。
ユリノの指示を待たずに、ルジーナがすでにコース算出を終えていた。
〈じんりゅう〉は即座に救難信号を発する無人機セーピアーの元へ発進した。
クルー達は何の疑問も口にしなかった。その顔は先ほどまでの放心状態から、明確な目標を持った顔へと変わっていた。まるで何かを心から祈り、信じている様な……。
――皆、私と同じ考えなの……?
そうユリノは思ったが、では自分がこの事態をどう考えているのかと言われたら、何か明確なものがあるわけではない。ただセーピアー07が救難信号を出していると知った瞬間に、考えるより先に行動に移っていたのだ。
いや、正確には言葉にして出すには、あまりにも突飛で儚く、自分に都合の良すぎる思いつき過ぎて、口にすることが躊躇われただけだ。
何故セーピアー07があんな場所で救難信号を出しているのか? 自分とクルー達の予測は限りなく妄想に近いものであり、それが現実であるとするならば、天文学的な御都合的偶然が重ならなければならないはずだ。
だがユリノは考え続けた。自分の予想……いや願望が現実である屁理屈を。
――だって彼が見つかった時も、セーピアー07からの救難信号だったし!
オリジナルUVDが起動したあの時、彼の脚が挟まっていた仮設フレームは、人造UVDが投機されるのと同時に、バラバラになったはずだ。彼の脚だって開放されたかもしれない。
人造UVDが投棄された後ではもう〈じんりゅう〉に戻ることは出来ないが、ともかく彼は再び自由にはなれたはずだ。それから爆発までどれくらい時間があったのだろうか?
――考えて秋津島ユリノ! 考えるのよ!
テューラ司令の話からすれば、丁度戦闘が開始された頃には、セーピアー07は〈じんりゅう〉の隠れていた小惑星のそばまで来ていたかもしれない。
もし、人造UVDから飛び退いた彼が、爆発の直前に、偶然にも駆けつけたセーピアー07にまでたどり着けたなら、あるいは……。
でも人造UVDの爆発に身体が耐えられるだろうか?
酸素は持つだろうか? 加速や爆発を受けた時のGに体はもつのだろうか?
圧倒的に不安要素の方が多い。でもユリノはもう、そう考えずにはいられなかった。
天文学的偶然がなんだ! 人類がこのだだっ広い宇宙でグォイドと遭遇した時点で“偶然”なんて言葉には意味など無くなったのだ。
ビュワーにセーピアー07の姿が映る距離まで来るなり、ユリノはいてもたってもいられず、ブリッジを飛び出して格納庫へと向かった。
胸が爆発しそうな程に鼓動が速まっていた。怖かった。もし違っていたらどうしようと。
これでもし救難信号がただの機械のトラブルか何かだったなら、自分は今度こそ、もう立ち直れなくなるかもしれない。姉を亡くした時点で、もう限界だったのだ。
格納庫へ続くエレベーターに入ったところで、後に続いてきたクルー達がどやどやと一緒に入ってきた。
「な、あなた達!」
カオルコも、フィニィも、シズ、ルジーナ、もちろんミユミ、そしてサヲリまでもがいた。
……というかブリッジには誰も残ってないのかよ!? そうユリノが問おうとしたところで副長のサヲリが、震えるユリノの手をぎゅっと握ってきた。
「ブリッジは…………エクスプリカに任せました!!」
「……」
自分と同じように、彼女の手も震えていた。そしてその瞳には期待と不安が入り混じっていた。他のクルー達の顔もそうだ。きっと自分も同じような顔をしているのだろう。
そうだ、あの【ANESYS】を行った瞬間から、いや、ひょっとするとそのもっと前から、自分達の彼に対する想いは同じなのだ。
ユリノは皆の瞳を見つめながら大きく頷いた。
格納庫では既に待っていたクィンティルラとフォムフォムが、開口一番「遅い!」と言って彼女達を迎えた。
九人のクルーが、皆で息をのんでセーピアー07の着艦を待つ。
あ…………待てよ……。
セーピアーが着艦する直前になってユリノは何かに気が付いた。
……もし彼が生きていて、無事に再会できたとしたら、私達はどうすれば良いのだろう?
ユリノはクルー達の顔を見た。皆この可能性に気づいているのだろうか?
VS艦隊のクルーに男女交際は御法度だ。
もし三角やら四角関係にでもなったら【ANESYS】どころでは無くなり、自分らのような若い女子だけを航宙艦に乗せる価値が無くなる。
だが今回の場合はどうだろう、先ほどの【ANESYS】の例からすれば、〈じんりゅう〉のクルー全員が、彼に対して同じ想いを抱いているはずだ。そしてその事実が恐るべき力を生み出したわけだが……。
――あ……れ? ひょっとして……。
ユリノは一瞬自分が何か、もの凄く重大で、とてもとても面倒な事実に気づいてしまったような気がしたのだが、それが何なのか固まらないうちに、セーピアーが着艦した。
そしてユリノの心の中は、彼が無事生きてセーピアーから出てきた時、どう彼を迎えるべきかで一杯になり、気づきかけた重大な事実は雲散霧消してしまった。
クルー達は自然と手を繋ぎ合って、着艦したセーピアーを迎えた。
まだ見ぬ未来への不安も恐怖も、皆となら耐えられそうだ。
そしてその十数秒後、ユリノはようやく自分に対し、恥も外聞も捨てて、思いの限りに泣きわめくことを許した。
時に23世紀の初頭、人類の存亡をかけたグォイドとの絶望的と言っていい
グォイドに対し、唯一互角以上に渡り合える艦隊
彼女達の艦隊である!
そしてその中に、一人の少年と出会った艦があった……。
秋津島ユリノ率いる〈じんりゅう〉と、そのクルー達の戦いと冒険の日々は続く!
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