▼第八章 『オブリビオン』
「あっ…………れ?」
――〈じんりゅう〉艦尾上部・有人艦載機格納庫内。
再び硬式宇宙服に身を包んだケイジは、〈じんりゅう〉搭載の有人航宙機〇九式昇電TMCの後席に納まっていた。
「ああああぁ……どうしてこうなった!」
「いいかげんに覚悟を決めろケイジ三曹」
軟式宇宙服にパイロット用耐G装備を装着したクィンティルラが前席から告げた。
小柄な体に、耐G装備や
「こっちだって! すき好きこのんでお前を後ろに乗せるわけじゃないんだぞぅ」
「そりゃそうでしょうけどもぉ……」
「お前が言いだしっぺでこうなったようなモンなんだ。腹を括れぃ」
いくらクィンティルラに言われども、そうそう心の準備が出来ものではなかった。
【ANESYS】が残した一行の数値、それは〈じんりゅう〉がそれまで通過して来た〈テルモピュレー集団〉内の航路から、僅かにそれた位置を指し示す位置座標であった。
【ANESYS】時のログを調べたシズによると、シズとルジーナがバルジ発生原因の解明をミユミに手伝ってもらっていた時、ミユミが〈じんりゅう〉が減速過程で通過したエリア内で拾った電波を、ものは試しで音声化してに聞いてみたのがこの座標算出の切っ掛けらしい。
【ANESYS】はミユミが聞いた電波の中に何か注意を惹くものを発見し、その発信位置を、クルーにメッセージとして残したのだ。
「その……通信担当のあたしには耳を使ったことでしかお手伝いできそうにないから……」
ミユミは責められているわけでもないのに、わたわたしながら、そう説明した。
その座標に一体何があるとういうのか?
クルー達に当然の疑問が沸いたが、確かめるにはそこまで行ってその目で確認する他はなかった。ただ、現状の〈じんりゅう〉でそこに向かうには、目立ちすぎる上に時間もかかり過ぎる。故にまずは艦載機の昇電を向かわせることになった。
昇電なら、その座標までは数時間で行ける。しかも〈じんりゅう〉の電磁カタパルトを使えば光を出さずに発進でき、グォイドに見付かる可能性を軽減できる。〈じんりゅう〉は昇電を追いかけ、座標確認後、戻ってきた昇電と合流する予定だ。
当初はいつも通りクィンティルラとフォムフォムで向かうはずだった。が、いざ出発という段になって、フォムフォムが異を唱え出したのである。
「フォムフォム、要救助者いてもフォムフォムあまり役に立てない。ケイジが行くべき」
機体外部の最終チェックを行っていたフォムフォムが、そう言いながら0G状態の格納庫を漂ってコックピットへと来た。
座標に何があるかは全くの不明だ。〈じんりゅう〉と同じような境遇のSSDFの艦艇が助けを求めている可能性もある。ならば船外作業とエンジニアスキルがある人間が行く方が良いであろうということになり、急遽ケイジに白羽の矢が当たったのである。
二人の乗る昇電TMカスタムは、無人機セーピアーと同型の流線形をした機体に、副座式コックピットを搭載したものだ。
クィンティルラの機体はさらにゴテゴテと追加装備が付いている。
本体は対デブリ避弾経始の為、大気内でも飛べそうな優美な流線型をしている。が、その背部には、無人機コントロール用大型アンテナ、増加防御シールド発生装置と、〈じんりゅう〉の対空砲にも使われている大型レーザー砲が取り付けられている。さらに機体左右に伸びるまるで翼のような武装プラットフォームの上下に、空対空ミサイル、救助ポッドが装着されていた。救助ポッドとは、ガス圧で膨らませ数人の要救助者を収容可能なバルーン式救命カプセルだ。
まるで宇宙ハリネズミだ……ケイジは思った。
さらに特徴的なのは、アピスユニットと呼ばれる翼端と機体後部に計三基装着された増槽兼ブースターだ。
これらは接続部に設けられた可動軸でノズルを正面に向けることができた。これにより、武装を正面に向けたまま、持ちうる推力を一〇〇%正面に向けて減速を行うことができた。
このブースターがあるお陰で、昇電は全長20メートル近くにもなり、まるで昆虫のような歪なシルエットになっていた――まるでミツバチのような。
この時代、有人航宙戦闘機はこれ位の装備をしないと生き延びていけないのだった。
人間の対G能力を無視して襲い来る小型艦載機級グォイドに対し、機動力で劣る有人機が身を守るには大型防御シールドを搭載するしかない。それに加え、最大十二機の無人機(MQ)を操るためのアンテナを付けねばならず、さらに増えた機体重量を相殺するためのブースターが付き、自衛用の武装も積むと、自然とこのような姿になってしまうのだ。
「あああ、これにリアルで乗る日がこようとは……」
ケイジを無視して、クィンティルラが情け容赦無くコックピットハッチを閉めた。
昇電のキャノピーは大気圏内航空機のそれと違い、装甲で出来たバスタブをひっくり返したような不透明のハッチだ。レーザー等の攻撃やデブリからパイロットを守る為だ。
お陰で昇電の機首はシャチの頭のような見た目になっていた。視界は機体各所のカメラ映像を、コックピット内壁、及びHMD(ヘッドマウントディスプレイ)に投影する方式になっている。
「フォムフォム、二人とも行ってらっしゃい。ケイジ、クィンティルラをよろしく頼む」
逆逆! とケイジが言う間も無く、フォムフォムは親指を立てて機体から離れて行った。
恙無くプリフライトチェックが終わると、艦尾方向に向けられたハッチが解放された。
ハッチの向こうに、小惑星の散らばるメインベルトが広がっているのが見えた。
『二人とも、〈じんりゅう〉はこのまま慣性でジャミング塵が濃いエリアまで移動、周囲のグォイドの有無を入念に確認した後に加速を開始。先行する昇電を追いかけつつ、あなた達の帰還を待ちます。ジャミングエリア内につき通信が出来ない以上、全て現場の判断にまかせるけれど、必ず自分たちのサバイバルを優先して行動してね。これは命令です』
艦長から最後の通信が入る。
「ケイジ了解です」
「クィンティルラ了解。っと、じゃいくぜケイジ三曹」
そう言ってクィンティルラが振り向くが、ケイジはそれどころでは無かった。あれよあれよと言う間に、何の覚悟も現実味も感じる間も無くコックピットに座ってしまった。
「ぼ、僕だってですね、一人の少年としてパイロットに憧れていた時期がありましたよ。けど、小学生だった頃、親に遊園地に連れて行ってもらった時に、ジェットコースターというものに初めて乗って痛感したんですよ。ああ、僕ってパイロットに向いてな――!!」
「昇電TMC発進!」
二人を乗せた昇電は、電磁カタパルトによって瞬時にして7Gにまで加速すると、〈じんりゅう〉艦尾から吐き出され。メインベルトの中へと消えた。
ケイジは自分の身体がシートに暴力的にめり込むのと同時に、はるか前方にあったはずのメインベルトの小惑星達が、一瞬にして衝突せんばかりに自分の目の前に迫りくる感覚を覚えると、そこでプッツリと意識が途絶えた。
「ケイちゃん……」
〈じんりゅう〉バトルブリッジ。
発進と同時に途絶えたケイジの泣き言に、ミユミはそう呟かずにはいられなかった。
ケイジとクィンティルラの会話――主にケイジの泣き言は全て艦内通信でまる聞こえであった。その通信も昇電発進後、メインベルト内のジャミング現象で信号を拾えなくなっていた。後はもう互いに連絡をとる術は無い。
「にしても、クィンティルラの奴がフォムフォム以外を後に乗せるとはな」
「あの娘は基本、フォムフォムの言う事には素直に従うから……」
艦尾ビュワーで昇電を見送りながら、カオルコにユリノは答えた。
「しっかし、ケイジ三曹はああいうのが苦手だったのデスな、うひひひ」
「ルジーナったら……彼の運ばれてきた経緯を考えれば無理も無いような気がするけどなぁ。ともかく、こっちもグォイドに見付からないよう、ケイジ君達を追いかけなきゃ」
そう言いながらフィニィが艦長席を振り返った。
ユリノは頷くと、先行した昇電に追いつくべく〈じんりゅう〉を急がせた。
先ほど行った【ANESYS】が残した答を信じて。
……懐かしい歌が聞こえる、あの歌が。
歌といっても殆どハミングみたいなものだが。
上手い下手とかではなく、ただ、やたらと気持ちよさ気に歌っている。
この歌が心から好きで、この歌詞が謳っている事を心の底から信じている。そんなふうに聞こえた。にしても何故、今この歌が聞こえてくるのだろう?
「!」
ケイジは瞬間的に覚醒し、ビクッと起き上がろうとしてシートベルトに引き戻された。
「わ! 起きちまったか。おはようケイジ三曹」
一人リサイタルに興じていたクィンティルラが振り返った。
ケイジは一瞬にして、自分の置かれた状況を思い出した。
「あ、ああ、またやってしまった!」
「まぁなんと言うかだな、気にするな。初めては誰でも気を失うものらしいぞ。カタパルト発艦って。それにこっちに実害は無かったしな」
頭を抱える少年に、ニタニタしながらクィンティルラは言った。
実は彼女はケイジが気を失っている間、グォイドを警戒しつつ約3時間も孤独にメインベルト内を操縦し続けていたのだが、それで恨み言を言ったりはしなかった。静かにしていてくれた分だけ、フォムフォム以外で後席に座った今までの人間より大分ましだ。
「目標座標までおよそ20分ってところだ。お前はあの補給艦の中でEVAをやったばかりで疲れていただろうからな、しばらく眠っててくれてたほうが、後々役に立てると思って起こさないでおいた」
「あ、ありがとうございます」
確かに、回転する残骸の中でのEVAで心身ともに疲れ聞いていた。ケイジはクィンティルラの心遣いに素直に感謝した。お陰で大分疲れがとれた気がする。
「大尉あの歌、好きなんですか?」
「にゃ!」
何の気無しに訊いたケイジの問いに、一瞬、クィンティルラは固まった。
「いやまあ、あれだな三曹よ。オレ達パイロットの任務の目標宙域までの行き帰りってのはのけっこう暇な時間が多くてだな、こうして歌を歌ったりして暇をつぶしたりしてるのだよ。いつもはフォムフォムが歌ってるんだぜ! だけど俺しかいないしさ。他にあんま歌知らねえしさ!」
「はぁ」
「何もおかしくないだろ。他のクルーにもファンはいるぜ、シズとかルジーナとかな。それになんつっても、やっぱ初代『VS』の主題歌は名曲だ」
クィンティルラは力説した。
そういえば、食堂に『VS』のポスターがベタベタ張られていた気もする。
「そうかぁ……そうだったんだ」
「オレ達が『VS』ファンって、そんなに意外だったか?」
「僕は、その……今見ると、その、理想的過ぎると思ってたから、あのアニメ」
「まあな、どんなダメージも一週間で直すわ。毎回必要な新兵器が都合よく開発されるわ」
「ワープするし、転送するし、タイムトラベルするし、パラレルワールドにも行くし」
ケイジはクィンティルラに話を合わせる一方で、彼女のその言葉に、何故か胸が疼くのを感じた。自分が惨めに思えたのだ。自分はその理想に背を向けた人間なのだから。
「おいケイジ三曹よ」
「はい?」
「今度はお前さんが歌えよ」
「はいぃ!?」
「目標までまだあるんだ。上官のオレが歌ったんだから、今度はお前の番な」
クィンティルラはどことなく照れくさそうに言った。だが目が笑って無い。ひょっとして先ほどの一人リサイタルを聞かれた事のリベンジなのか!?
突然、何を言い出すんだこの人は? と一瞬思った。でも、ひょっとしたら、彼女は沈んでいる自分の様子に気づいたのかもしれない。
「あうあ~、あの、それって命令ですか?」
「まっさかぁ! 命令なわけ無いじゃん! これはお願いだよ。うっふふふふふ」
ケイジは、自分が絶対に歌うことは避けられないと悟った。覚悟を決めて歌うしかなさそうだ。ケイジは大きく息を吸い込むと、歌詞を思い出しつつ、震える声で歌い始めた。
まだ見ぬ明日に、虚無の帳が降りる
この広き宇宙に、僕らはなぜ生まれたの?
英知 勇気 友情 努力
全てが無意味と諦めきれるの?
きっといつかは辿り着くのでしょう
答えはまだ知らないけれど
飛び立て! ヴィルジニ・ステルラ!
奇跡は舞い降りる 勇気と共に
ここに生きる意義を取り戻すよ
嗚呼 ヴィルジニ・ステルラ!
人は誰でも 心の奥に
揺るぎない輝き 秘めているから 嗚呼
辛い時、悲しい時、勇気が欲しいと願った時、何時だって心の中で響いていたBGMは、この歌だったような気がする。『VS』から遠ざかった後であっても。
同世代に生きる多くの少年少女達と同じように、ケイジもまた『VS』の主題歌など、思い出すまでもなく身体が覚えていた。
サビの部分になるとクィンティルラが唱和してくれた。
いつの間にか、ケイジは恥ずかしさを忘れて熱唱していた。
ケイジは五年前のあの日を思い出していた。あの日あの時、確かにケイジはシードピラーに体当たりして散っていった〈じんりゅう〉を見て絶望し、『VS』に頼るのを辞めた。
それは間違いだったのだろうか? あの時は、自分が世界一不幸な気がしていた。今のご時世、人類はすべからく不幸といってもいいのに。
でもここに、『VS』を見続け、夢を叶え、本物のVS艦隊の船に乗っている人間がいる。一体何が違ったのだろうか? 自分も『VS』を見続けていればよかったのだろうか?
ケイジは心に何の整理もつかないまま、ただひたすらに歌を二番三番と歌い続けた。
歌い続けていると、確かに目標座標到着までの丁度良い時間潰しになった。
「もうすぐ例の座標だ。……けどさ、おシズによれば座標には何かがあってそれが電波を出してるんだろ? なんでその何かはSOSなり文書なりを送ってこないんだ?」
「……さぁ、エネルギー不足だから? とかじゃないですか?」
「だとしたらだ、そこまでエネルギーがかつかつなのに生きているかな?」
クィンティルラの疑問はもっともだ。
座標に何者かがいるとして、座標を知らせる事しか出来ない程エネルギー不足な者が、はたしてこのメインベルト内で生命維持できるものだろうか?
「生きて……ると良いですよね」
「…………うん」
ケイジにもクィンティルラにも、ともかく今は発信元に向け進むしか無かった。
「……見えてこないな」
クィンティルラが忙しなく周囲に視線を巡らせながら呟く。昇電のまわりには、相変わらず大小様々な小惑星や航宙艦の残骸が散らばっていたが、昇電がとっくに視界に目標を納めても良い距離に来ても、それらしき航宙艦も機体も発見できなかった。
「まもなく、ゼロ地点に到着」
クィンティルラは逆噴射出力を一瞬上げると、噴射をカット、昇電を停止させた。
二人はキョロキョロと首を巡らせ、周りを探すが、見えるのは小惑星と残骸だけだ。
「何もそれっぽいものは見えないな」
「そんな、幽霊にでも呼ばれたんじゃなきゃ、何が電波を出したんだろう?」
「! …………こ、怖いこと言うなよぉ」
クィンティルラはヘルメットのバイザーを下ろし、視界をHMD画像に切り替えた。
突然コックピットに、バジィーンという音が響いたのはその時だった。
「ギャーッ!」
思わずのけぞるクィンティルラ。どうやら昇電の防御シールドに何かが衝突すると同時に、HMDの映像に何かが映り相当驚いたらしい。
ケイジもヘルメットのバイザーを下ろすと、視界一杯に巨大な目玉――のようなモノが映って思わずのけぞった。その中心では薄ボンヤリと赤い光が明滅している。
どうやらそれが先ほどの衝突音の正体らしい。昇電の機外カメラの目の前にぶつかった為、そのように巨大に映ったのだ。
昇電にぶつかったその物体は、その反動でゆっくりと回転しながら離れて行った。
離れていくと、ぶつかったそれはバスケットボール程の塵にまみれたデブリであることが分かった。その一部にあいた穴が、先ほどの目玉に見えたものの正体だ。
「なんだ……これ?」
「ちょ、ちょっとまってください!」
その時、エンジニアであるケイジに閃くものがあった。
「大尉、ちょ、ちょっとあれ回収します。減圧しますよ」
「なんだって?」
返事を待たずにケイジはコックピット内を減圧すると、ハッチを開け機体から飛び出た。命綱を後ろに引きながら一回のジャンプでそのデブリの元へたどり着く。
「何事なんだよケイジ」
クィンティルラが有線通信で話しかけるが、ケイジは返事をするのも忘れてデブリを掴まえると、一心不乱にデブリを覆う
「これ……、これが電波の発信源なのかも」
塵を落とすと、デブリをしっかり抱えながら、ケイジはコックピットに戻った。
「見て下さい大尉、こいつ多分ヒューボですよ! しかもまだ生きてる!」
クィンティルラがそれを覗きこむと、それはよほど長い時間宇宙を漂っていたのか、凍った泥水のようなものに覆われてはいるが、確かに金属色をした機械の塊であった。
「これがだって? じゃ、電波をだしてたのは人じゃなくて機械だったってことか?」
「でも、これ以外は考えられませんよねぇ」
「……なんだよぉ、人じゃあ無かったのか~ぃ」
誰か助けを求めていると思っていたクィンティルラは、がっくりと肩を落とした。
「待って下さい。いま機の電源と繋いでみます。それで何か分かるかも」
ケイジはそう言うと、さっそく昇電のコックピットから電源ケーブルを伸ばし、回収したヒューボと繋いでみた。
ケイジには、このヒューボのレンズが、何か言いた気に思えたのだった。
殆ど凍った泥水の塊にしか見えなかったが、電源を繋いだことにより、そのヒューボはすぐに止まりかけていた機能を再開させたようだった。
[ぐぉ……イ……]
「なんだって? 今なんて言った?」
ようやく動き出した謎のヒューボが、レンズの赤ランプを明滅させながら発する音声に、ケイジは思わず訊き返した。
[ぐぉ…………ど……ニ……ゲ……ロ]
そのヒューボットの言葉を、ケイジはに咄嗟には理解出来なかった。余りにも唐突過ぎて、心が理解することを拒んだのだ。だが、それでもケイジの脳は分かってしまった。
「ぐぉいどにげろ……グォイドにげろ……グォイド逃げろですって! 大尉!」
その言葉を待っていたかのように、コックピットにロックオン警報が鳴り響いた。
「つかまれ! ケイジ!」
それまで黙ってヒューボの言葉を聞くことしかできなかったクィンティルラが、即座に反応して昇電のスラスターを噴射。機を発進させた。
その直後、二筋の噴射煙の尾が一瞬前まで昇電がいた空間を切り裂き、その先にあった小惑星に命中し爆発した。
ドガガガとばかりに無数の小惑星の破片が昇電のシールドに降り注ぐ。グォイドの放ったミサイルが、既の所で昇電の至近を通過したのだ。
「ふがぁっ!」
ケイジは再び我が身をを襲った突然かつ強烈なGに、首の骨が折れるかと思った。だが今ここで気を失ったら、腕に抱えたこのヒューボットが機内でどんな大暴れするか分かったものではない。ただひたすらにヒューボットを強く抱えながら耐えるしかなかった。
「来たぞ!」
クィンティルラが怒鳴る。二人が見る昇電の
昇電の背後に迫る小型グォイドが撃った機銃弾だ。
「そのヒューボの事は後! 今はサバイバルだっ!」
機体を激しく回避運動させながら、クィンティルラが怒鳴った。
昇電は空の増漕と使い道の無くなった救助ポッドを切り離すと、小惑星やデブリの隙間を縫うようにして、追いすがるグォイド機から一目散に逃げる。
――が、一向に距離が広がらない。推力はさておき、機動力なら小型グォイドの方が勝っているのだ。昇電にとって、スピードが活かせないこの小惑星密集エリアは最悪の戦場だ。
ケイジは恐る恐る片目を開けてると、首を捻って背後を見た。
小型グォイドを間近で見るのはこれで二度目だった。ギザギザの円錐、寸足らずのリーマーみたいな刺々しい形をした物体が、視界の中に一瞬入って来ては消える。
「大尉なんとかしてください!」
「無茶言うな! 運動性じゃ、あっちにゃかなわんのだぞ!」
Gに耐えながら必死に叫ぶケイジに、クィンティルラが答える。
昇電が搭乗者の肉体が耐えうる範囲内でしか機動できないのに対し、グォイド機にその制約は無い。理屈の上では勝てる相手では無かった。本来であれば、グォイド戦闘機の相手はフォムフォムが操る無人機が負う役目なのだ。
昇電コックピットには、搭乗者をGから守り、肉体の限界を超える機動を一時的に可能にさせる慣性相殺システムが搭載されていたが、その使用には、母艦からの供給で蓄積され、通常は推力として使われるUVエネルギーが大量に必要であり、使えるのはごく短時間だけであった。
母艦から遠く離れた今は、とてもではないがが使える状況ではなかった。
「こん畜生ぉ~!」
クィンティルラはやけくそ気味に叫ぶと、昇電の機首をいきなり引き起こし一回転させ、機首が真後ろを向く瞬間に機背部の大型レーザーを放った。航空機であればクルビット機動と呼ばれる技だ。ケイジが「きゅっ」と漏らす。
放たれたレーザーは、丁度真後ろにつけていたグォイド機を真っ二つにして爆撒させた。
「おおおぉおお~!?」
自分でも驚くクィンティルラ。だが残り二機が執拗に昇電の背後に迫る。
再びロックオン警報が鳴った。敵機がまたミサイルを放ったのだ。
「フレア!」
回避運動をとりながら昇電後部から
「うぐ……」
ケイジの抱えたヒューボットが重く胸にのしかかる。着ているのが硬式宇宙服でなければ胸が押し潰されていたかもしれない。
初めての航宙戦闘機搭乗で体験するドッグファイトは、想像とは違った方向で激しいものだった。まるでシェイカーの中で撹き混ぜられるカクテルの気分だ。
Gはジェットコースターのようにじわりとは来ない。突然引っ叩かれたような強烈なGが、四方八方から暴力的にやって来たかと思うと、不快極まりない0Gに唐突に切り替わる。
柔らかな空気の抵抗を利用した方向転換が出来ない真空無重力の宇宙では、方向転換の度に盛大にスラスターを焚かねばならいからだ。
ケイジはヒューボを抱えながら、両足で突っ張るようにしてそれに耐えた。
敵ミサイルを始末しても敵グォイド機の攻撃は収まらない。ドガガガガという轟音とともに、グォイド機の機銃が昇電に命中する。
もう駄目だ! 一瞬ケイジは思った。が、昇電は飛び続けていた。機上部に追加装備された高出力防御シールド発生ユニットが効果を発揮したのだ。
回避能力では限界がある昇電は、その分防御力を上げてあるのだった。
ケイジは二度と昇電に乗るものかと思った。
クィンティルラも撃墜されないだけで精一杯だった。
防御シールドがなければ今頃デブリの仲間入りをしている所だったのだ。だがその防御シールドも永遠には持たない。
昇電をはじめ、サイズ的にUVDを搭載することが不可能なSSDFの小型飛宙戦闘機類の、防御シールドや推力等に使う全てのUVエネルギーは、母艦のUVDからの注入で、機搭載のキャパシタに蓄えられた分で賄われている。使えば使うほど減っていくのだ。
認めたくは無いが万事窮すであった。
「な、なんだこりゃ!?」
クィンティルラが突然素っ頓狂な声を上げた。彼女の被るHMDに、何者かから[みさいる発射セヨ]というメッセージが浮かび上がったのだ。
「これって……」
同じ文字は後席のケイジの前のモニターにも映し出されていた。
当然、自分が映したわけでもないと分かっているケイジには、すぐに誰が映したのか分かった。自分でもクィンティルラでも無ければ答えは一つしかない。
ケイジの腕の中で、ヒューボットの顔のレンズの奥が点滅している。
「ヒューボだ! 大尉、これこいつが言ってるんですよ!」
「なにぃ?」
――一体何故ヒューボが!? クィンティルラに当然の疑問が沸くが、今は謎解きしている暇は無い、状況を考えればこいつに賭けるしかないのだ。虎の子のミサイルを失えば反撃手段が無くなるが、こう追われていては使うチャンスは来そうに無かった。
クィンティルラが考えている間に、急かすかのようにモニター上の文字が点滅しだした。
「あ~畜生! 撃てば良いんだろ!? 撃っちゃうぞ! ミサイル・リリース!」
クィンティルラはヤケクソで敵機をロックしてもいないのに、ミサイルを発射した。
微かにバチンという振動がコックピットに伝わると、両翼に装備された近距離ミサイルが四発、パイロンから切り離される……が点火せずに、そのまま後方に流されていった。
「な!」
言葉にならないクィンティルラ、しかし、ミサイルは敵機と昇電の中間地点まで流されたところで尾部のノズルに点火、敵グォイドの進路上に漂う三つの小惑星にそれぞれ命中し爆発、大量の
昇電程の防御力の無い小型グォイドは、回避する間も無く無数のデブリの中に突っ込むと穴だらけにされ、そのまま姿勢を崩し、進路上の別の小惑星を回避できずに衝突、爆散していった。
――こいつがやったのか?
ケイジは抱きかかえているヒューボを見つめた。
そして、なぜ【ANESYS】はこのヒューボの存在を、我々に伝えたのだろうか?
昇電が無事〈じんりゅう〉と合流したのは、それから約一時間後のことであった。
エクスプリカ――それは黎明期のVS艦隊で、少女クルーをサポートする為に開発されたヒューボの一機種だ。
現在普及している汎用人型ヒューボのように人手不足をカバーする為では無く、人間の言葉による曖昧な指示や要望を、艦のメインコンピュータに理解させる為のインターフェイスとなるのが主な目的のヒューボだ。頭脳労働担当である。
猫程のサイズの四足獣型な為、まったく物理的な作業には向かないが、基本的に喋らない人型ヒューボと違い、人間と会話することによって指示入力や回答を行う関係上、経験値が上がるにつれ、まるで自我や個性のようなものを獲得する特性があった。
現在はコンピュータへの入力方式の進歩と、その高い製造コストから使われていない。
それがケイジが回収したヒューボの正体であった。
ケイジは〈じんりゅう〉に戻るなり、エクスプリカを覆う泥の氷を洗い落とし、可能な限りの修理を行い、再起動に成功した。
「ほ、ホンモノ!? 本物だっ!」
――〈じんりゅう〉バトルブリッジ。
縫いぐるみを常に持ち歩く程にファンだったヒューボとの出会いに、電算室オペレーターのシズは、年齢相応の少女の顔になり、ケイジの持ってきたそのヒューボに駆け寄り抱きかかえた。そして、
「……重っ……かたッ」
[マッタク マチ クタビレタぞ]
彼(彼女?)の第一声はそれだった。
「ひっ!」
その想像以上の重たさと、アニメとは全然違う壮年の男性のような声色にシズは大そうショックを受けながら、そっと彼を床に下ろした。そして傍らにいたフィニィに預けた縫いぐるみの方のエクスプリカを、無言で再び抱きかかえた。
「まさか……あなた本当にエプリ……まさか……なんで……」
ユリノは目の前に現れたヒューボに問おうとするのだが、上手く言葉にならなかった。
[ソノ マサカ ダぜ]
エクスプリカは、耳の部分にあたるディスクレドーム状のパーツをピコピコ動かしながら、壮年の男性のような渋い声音で答えた。
[ッテイウカ 俺モマサカ オ前ノ艦ニ、ソレモ二代目ヲ襲名シタトイウ〈ジンリュウ〉ニ拾ワレルトハ思ッテモ ミナカッタゼ。……ニシテモゆりのヨ、大キクナッタナー]
「おい!」
たまらずカオルコが声を上げた。
「お前、本当にプリ坊か? だって……だってだって、……お前こんなキャラだったっけ?」
「それにエクスプリカは初代〈じんりゅう〉と一緒に破壊されたはずです……何故ここに?」
カオルコと副長が、ショックを隠せないままにそれぞれの再会の感想を漏らした。
彼女達の記憶にあるエクスプリカは、もっとひょうきんで子供のような声色と喋り方をしていた。こんな傲慢不遜で酒臭いおっさんみたいな喋り方はしない。当人が自己申告しなければ、とても記憶の中のエクスプリカと同一のものとは思えない。
[長イ話サ、ソレニ五年モ漂ッテイタンダ、きゃらモ変ワルサ]
とても機械とは思えないエモ―ショナルな口調でエクスプリカは答えた。しかも声色がやたらと渋い男性の合成音なのだ。聞いている方はとても機械と会話しているとは思えない。
「あの艦長、再会の喜びを遮って申し訳ないけれど、良かったら紹介してもらえますか?」
フィニィが、話に付いていけない他のクルーを代表して尋ねた。
「あ、ああ!、そうね。これはエクスプリカ……と言っているわ。聞いての通り初代〈じんりゅう〉の分析用ヒューボよ。五年前、初代〈じんりゅう〉と一緒にシードピラーに突っ込んだはずなんだけど……なんで生きてるの? どうしてここにいるの?」
ユリノの言葉はエプリカへの問いに変わっていた。
そして、何故【ANESYS】はこのヒューボを探させたのだ? と。
[ソノ答ハ一ツダぜ。ここニアルカラダヨ]
「あるって何が?」
[アルンダヨここニ。艦長、アルンダあれガ]
その分析用ヒューボットは言った。
エクスプリカの案内により、小一時間程かけて〈じんりゅう〉が向かった先にあったのは、やや大きめではあるが、ここでは珍しくもなんともない直径二〇キロ程の小惑星であった。
エクスプリカはさらに、その小惑星表面に走る亀裂の奥に〈じんりゅう〉を案内した。
フィニィの慎重かつ正確な操艦により、艦首の探照灯で内部を照らしながら〈じんりゅう〉はその亀裂の中へと進んでいくと、それはそこに待っていた。
地球からおよそ四億キロの旅路の果てに、それは亀裂の壁面に突き刺さっていた。
人造のUVDとは明らかに違う、その鏡のような表面が、二代目〈じんりゅう〉の放つ探照灯の光を反射し、ブリッジのクルー達を照らした。
「あ……あっちゃったわね」
ユリノはぽつりと呟いた。
【ANESYS】のご託宣に一縷の望みを掛け、グォイドの蠢く〈テルモピュレー
「状態は分かる?」
「表面に異常無し、エネルギー反応無し、完全な停止状態なのです。そして紋様パターン…………初代〈じんりゅう〉搭載の4thオリジナルUVDと一致……本物なのです」
スキャンしたシズがやや震えた声で答えた。
「まったく…お姉ちゃんてば………………」
ユリノは誰ともなしに呟いた。
初代〈じんりゅう〉を構成していたものにまた会える日が来るとは……。
これじゃあ……まるで、あの好き勝手に生き、好き勝手に逝ってしまったあの姉が、自分らの為に用意してくれたみたいじゃないか……。
〈じんりゅう〉の前には、巨大な銀色に輝く柱、オリジナルUVDシャフトが突き刺さっていた。
メインエンジンの故障した〈じんりゅう〉に、今最も必要なものがそこにはあったのだ。
「でも、一体なんだってこんなところに……」
ケイジの呟きに、皆が「まったくだ」と頷いた。
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