▼最終章『道は(事象の)地平の彼方に』 ♯6
「全SSDF艦艇、および各施設で任務中の全てのSSDF航宙士へ達する。
私はテューラ・ヒュウラ。
知っての通りSSDF対ガス
すでに分かっているとは思うが、GP作戦それ自体は成功に終わったものの、もっと厄介でバカデカい【グォイド・プラント】が現れてしまった。
こいつはその名の通りグォイド艦艇の建造基地なのだが、自立移動能力を有していたようだ。
そして自ら地球に向け移動を開始した時点で、シードピラーを内包、あるいはそれと同等の機能を有し、地球をグォイド・スフィア化することを目的としていると考えるべきだろう。
【グォイド・プラント】出現から約二時間が経過した今の段階で、その戦闘能力については不明だが、その巨体それだけで充分な脅威であり、これを放置することは地球滅亡を意味する。
……しかしながら、我が方に残された戦力でこれを撃滅するのは、〈メーティス〉の予測では限り無く100%に近い確率で不可能なのだそうだ。
この事態に対し〈30人会議〉と〈メーティス〉は、【グォイド・プラント】地球到達までの残された時間、およぞ2時間40分を使い、人類の地球脱出に務めることを決定した」
テューラは否応も無く再び回ってきたスピーチの機会を、嫌がる間もなく請け負っていた。
誰かがやらなばならぬ役割であったし、早く終わらせたかった。
「…………それが〈30人会議〉と〈メーティス〉の出した結論だ。
誠に遺憾だが、それが我々に残された選択肢の中で、もっとも論理的であり最良であることに異論はないだろう。
その際、SSDFの航宙士諸君は、使用可能な全ての航宇宙艦艇をもってして、人類の地球脱出支援と艦艇の護衛を務めてもらう。
これが諸君に与えられた最重要任務である。
全力で遂行してもらいたい。
私は……私は私に許された権限を行使し、このまま〈リグ=ヴェーダ〉に乗り、【グォイド・プラント】の地球到達を少しでも遅らせるべく、遅滞目的の最後の攻撃をしかけるつもりだ。
当然ながら、我々がいかに奮闘すれども、地球に住まう人々全ての脱出は不可能であり、また仮に少なくない数の人類の脱出が叶ったとしても、その先の未来には厳しい運命が待ち構えているだろう。
だが……それでも……少しでも時間を稼ぎ、一人でも多くの人類が生き延びれば、再び人類という種とその文明は、必ず再起できるはずだ…………私はそう信じている。
諸君ら一人一人任務の健闘を祈る。
それから最後に…………〈じんりゅう〉について新たな情報が届いたので伝えておく…………【
繰り返す、ユリノ艦長以下の〈じんりゅう〉クルーは今も、【
仮に彼女達の試みが成功したとして、それが一体何を意味し、我々にいかな影響を与えるのか? 【グォイド・プラント】の脅威から地球を救ってくれるのか?
……もしそうならば、いったいどのようにして救われるのか?
……残念ながら、それらの答えを私は今持ち合わせてはいない。
だが、これだけは言える。
私は〈じんりゅう〉を信じている。
……私から伝えたいことは以上だ」
テューラは【ANESYS】適正年齢の限界を迎え、航宙艦乗りを辞め、VS艦隊司令となって以降、常に務めてきたことがあった。
グォイドとの戦いは、個人の戦いではなく、種と種、文明と文明との戦いである。
だからテューラは、何か重大な決断をせねばならなくなった時は、出来る限り人類の総意としての判断を尊重するよう心掛けてきた。
しかし今回ばかりは、テューラは自分で言外に募っておきながら、負け戦に付き合おうなどという酔狂が現れないことを祈った。
が、その結果……。
――【
『あ~あ! せっかく帰還できたと思ったら……なんだかなあ~……』
「その気持ち……よ~く分かるぞ!」
【悪あがき艦隊】各艦長との最終ブリーフィングが始まった途端、〈ファブニル〉のアストリッド艦長がビュワーの奥でそうぼやくと、テューラは心から同情した。
【
ようやく脱出したと思ったら、【
さらに【
テューラは一応、彼女達には人類の地球脱出護衛任務につくように言ったのだが、言って聞く連中でも状況ではなかった。
なにしろテューラが御自らが、自分に許された権限の行使という謎の口実のもと〈30人会議〉と〈メーティス〉の決定に背き、人類地球脱出艦艇の護衛任務を拒み、【グォイド・プラント】の遅滞攻撃に名乗り出たのだから……。
テューラはせめてキルスティだけでも〈リグ=ヴェーダ〉から降ろしたかったのだが、彼女も真っ向からテューラに反旗を翻して〈リグ=ヴェーダ〉に居座り、最終作戦直前の今に至っている。
結果として、【GP作戦】遂行艦隊と、〈じんりゅう〉以外の〈じんりゅう〉級全隻艦が、そのまま【悪あがき艦隊】というヤケクソな名前で【グォイド・プラント】の前に立ちはだかることとなった。
『まもなく弾薬他の各種補給は終わる。
申し訳ないが…………後は頼む』
補給作業を指揮していたノォバ・チーフが、〈ヘファイストス〉から悲痛な声で語尾を震わせながら告げた。
【
それは再び戦闘に向かわせことを前提とした行いであり、今度こそ生きて帰れる保証は皆無に近かった。
それがノォバ・チーフには耐えがたいのだろう。
だが、生きてても帰る場所が無くなるよりは良い。
そうテューラやアストリッド達は素早く決断し、再出撃に備えていたのであった。
『あんなデカブツ、私たちが細切れにしてやるわ!』
『まぁ頼もしいわアイシュワリア艦長』
『存外やってみたらできるかもよ? あれだけ大きけりゃ的を外す心配は無いしな』
「サイズはともかく、質量は相当に軽いみたいですしね」
アイシュワリアが意気軒高にそう宣言すると、リュドミラ、アストリッド、キルスティが続いた。
確かに、月サイズの物体が、重力的に遮断されていると思しき【
【グォイド・プラント】が見た目通りの質量であった場合、地球圏に月が一度にもう一つ増えたような状態となり、地球には未曽有の天変地異が発生した可能性があった。
だが実際は、【グォイド・プラント】はグォイド艦建造施設であるが故に空洞部分が多く、見た目程の質量は無いようであった。
つまり適切な位置と方向で破壊する限り、地球環境への影響はとりあえず目を瞑っても良いということであった。
それは朗報ではあったが、クリアせねばならないハードルが10000:1から1000:1に変わったレベルの変化であった。
『理論上は、【グォイド・プラント】を月軌道の外で破壊できれば、そのまま地球から遠ざかる軌道にのります』
もはや彼女達を引き留めることを断念した〈メーティス〉が告げた。
仮に【グォイド・プラント】を破壊できても、その残骸が地球に降り注ぎ大災害を引き起こせば勝利に意味は無い。
が、月軌道の外で【グォイド・プラント】を破壊できれば、その時点での【グォイド・プラント】の運動エネルギーが地球重力を振り切る為、残骸は慣性でそのまま移動し続けて地球から遠ざかり、被害は発生しないということだ。
『……なんと心強いお言葉…………。
ところでキャスリン?』
アストリッドが〈メーティス〉の言葉にぼやくと、〈ウィーウィルメック〉艦長に呼びかけた。
『君んとこの【
『…………そ……それが……』
急に話を振られた〈ウィーウィルメック〉艦長キャスリンは少し慌てた。
『地球脱出による人類の生存は、ごく細い枝ですが、あと数百年は無事とでました。
ですがそれ以外の可能性の枝は…………』
「見えないのか?」
テューラの問いに、キャスリンからの返答なすぐには返ってこなかった。
〈ウィーウィルメック〉だけが使える未来予測機能【
『【
中で何をどうしてるのかの情報が少なすぎるからかもしれません』
キャスリンの説明に、テューラは「ふむん」と一応納得した。
高度な予知に近い未来予測を可能とする【
だから、〈じんりゅう〉の動向という肝心な情報が取得できなければ、未来予測もできないという説明はつく。
『……ですから人類がごく少数だけ生き残る枝以外の枝は、高速で明滅しており判然とせず、選択肢アイコンも現れません……ですが……』
「何だ?」
『……もう【
ビュワーの彼方でキャスリン艦長が、テューラの目を見据えながら告げた。
「まぁ……今さらどんな未来予測が出ようと、今となっちゃなぁ……」
テューラはキャスリンが自ら【
常に良い未来を選べるとは限らない未来予測など、呪いに思えたのだ。
『そう! 未来は自分で切り開くものなのよ!』
『お、カッコいいぞアイシュワリア!』
『でも、〈じんりゅう〉というファクターを無しにした場合、我々の未来が暗いという【
〈ナガラジャ〉〈ファブニル〉の艦長が前向きに発言したが、〈ジュラント〉のリュドミラが冷や水を浴びせた。
『つまり…………私らが何どうしようが、結局〈じんりゅう〉次第と……』
「いや…………」
アストリッドをはじめ、意気消沈しかけた四人の艦長にテューラは言った。
「〈じんりゅう〉はきっと何かやってくれるだろう……だがそれとは一切なんの関係も無しに、私達は戦う!
未来の予測なんぞには関係無くな!
それが人間ってもんだ!」
テューラは宣言した。
そして同時に、〈じんりゅう〉に向かって祈った。
今何してるか知らんが……何かするならはやくしろよ……と。
「――さん…………――さん?」
まるで深い眠りから覚めたようだった。
誰かに呼びかけられることで、まるで深い海のそこからゆっくりと浮上するかの如く、一度は霧散しかけた思考が収束してゆくのを感じる。
何か……凄く壮絶に物騒な夢を見ていた気がするが、そういう雰囲気であった以外のことは思いだせない。
そもそも自分が何者であったかすらぼんやりとして思い出せなかった。
だが、このまま目を覚ませばすぐに全てを思い出せる気はした。
「おいあみ? ……あみAD! ……もうすぐ始まるぞ!」
背中をさすられながらそう呼びかけられ、あみADは急速に記憶を蘇らせた。
そして何故か一瞬『またかよ!』と激しく思った。
「おおう、や~っと目覚めたか……」
背中を揺さぶっていたクィンティルラ大尉演ずるモーアク・小が、やれやれといった体で言うと、自分の席へと戻っていった。
ケイジ……ではなくあみADは、自分の机に突っ伏して爆睡していたのか、平べったくなった頬を手でさすりながら顔を起こすと、寝ぼけまなこで周りを見回した。
そこは間違いなく、地球の地上の日本にあるSSDF立川基地内にある基地棟の一つ、スタジオ【第一艦橋】のスタッフの主作業室であった。
監督席を最奥の中心に、十数人分の作業机が並ぶ室内は、航宙艦のブリッジの各セクションの座席配置を模しているのだという。
今そこには監督以下のスタッフが勢ぞろいし、ブリッジの正面にあたる壁にかけられたビュワーに視線を集中させていた。
ただ記憶にあった主作業室部屋よりも、ビュワーとそれが掛けられた壁がやたら大きく、中央の主ウィンドウの周りに、いくつもの小ウィンドウが開き、それぞれの画面に多様な映像が映し出されてた。
「あぁあ~…………どうしようぉ~!!」
目覚めたあみADに気づいているのかいないのか、中央奥の席に座る監督(演・ユリノ艦長)が、顔を上げたあみADに変わって頭を抱えて机に突っ伏した。
「…………今さらどうしようもなにも……」
「もう我々らにはどうすることもできないぞ。
完パケをサーバーに上げてしまったのだからな」
制作進行(演・サヲリ副長)が監督に呆れて絶句し、絵コンテ・演出(演・カオルコ少佐)が監督に追い打ちをかけた。
「ふあぁ~……でもボクも怖いよ……こんな時に、こんなアニメを配信するだなんて…………」
「…………こんな時にこのアニメだから意義があるんですぞよ!」
「全国・全宇宙の第一話配信開始まであと300秒なのです」
キャラ監督(演・フィニィ少佐)、メカ監督(ルジーナ中尉)、背景編集(演・シズ大尉)が続いた。
「まぁ普通に考えて、歴史に残る大炎上のうえ一話打ち切りもありえるわな……」
「完成済みのに2話以降は永久封印…………」
ニヤニヤしながらモーアク・小(演・クィンティルラ大尉)が呟くと、真顔でモーアク・大(演・フォムフォム中尉)が相槌を打った。
何故か分からないが、あみADはそんなスタッフ皆の声を聞いていただけで、涙がこぼれそうになった。
と同時に、今まで自分を含む【第一艦橋】メンバーで何をしていたかを薄っすらと思い出した。
グォイドとの戦が続く中、敢然と立ち向かう美少女航宙士と、彼女達が乗る航宙艦〈じんりゅう〉の活躍を描いたTVアニメ『VS』の配信が、SSDF立川基地にて本物のVS艦隊クルーを招いた上映イベントと共に配信開始されてから6年弱が経過していた。
スタジオ【第一艦橋】のスタッフ一同は、その『VS』のヒットにより一時的な成功を勝ち得ていた。
だがその成功は、人類全体を襲ったある悲劇により霧雲散霧消した。
それから4年、今日は、スタジオ【第一艦橋】約4年ぶりの新制作アニメ『RE:VS』の配信開始日なのだ。
「炎上だなんて……そんなことありませんよぉ~!
ゼッタイ絶対……視聴者の皆さんに、スタッフさん達のこの作品に込めた思いは伝わります!」
「ファッ!!?」
あみADは聞き覚えのない……いや聞き覚えはあるがここで聞くはずの無い声が聞こえ、その声が響いた方を向き直った。
その声の主は、あみADのすぐ隣の席で、ニコニコかつフルフルとしているメイド服姿のグラマラスな女子であった。
「あみAD………サティADがどうかしたんですか?」
茫然とするあみADに、さらにキルスティADが声をかけ、あみADは思い出しかけた記憶と共に混乱の極みに陥った。
スタジオ【第一艦橋】が制作したTV配信アニメ『VS』は、モデルとなった宇宙で実際に戦ってるVS艦隊〈じんりゅう〉の活躍に合わせ、人類社会の中で大いにヒットした。
だが、第四次グォイド大規模侵攻迎撃戦が全てを変えた。
大激戦の末に、地球に落着直前まで迫ったシードピラーを、VS‐801〈じんりゅう〉が刺し違えることで破壊したのだ。
レイカ艦長の命と引き換えに……。
彼女のこの命をとした献身的行いにより、人類は辛くも救われた。
だが、レイカ艦長とオリジナルUVD搭載艦〈じんりゅう〉を失ったという事実は、まごうこと無き悲劇であり、生還した〈じんりゅう〉クルーはもちろん、多くの『VS』ファンに深い傷を残した。
アニメ『VS』を制作したスタッフもふくめて…………。
「な…………なんでぇ!?」
「なにがですかぁ?」
あみADの呟きに、サティADは純粋な眼差しで聞き返してきた。
あみADは脳みそがオーバーフロウしかけてしばらくフリーズした。
彼女はどう考えてもサティである。
と同時に、彼女は不定形生物であったはずだ。
人間の姿に変化しようと練習はしていたが、決してうまくはない。
だが今目の前にいる彼女は完全に人間の女子見えた……ゼリーみたいにフルフルとやたら軟らかそうではあったが……。
しかしながら、彼女はキルスティADの次に【第一艦橋】に配属された新しいADであるという記憶も蘇ってきた。
さらに後輩にあたるキルスティADの存在にも猛烈な違和感を覚えたのだが、言語化できない。
あみADは同時並列的に蘇る二つの記憶に混乱した。
二つの記憶があるとして、どっちが本物なのか?
どちらかが本物ならば、もう一方はニセモノなのか?
自分は何をどうすれば良いのか?
「…………あ~! あみさん、あみさんもひょっとして思い出した感じですか?」
「??」
「ワタクシは初参加ですが……どうも、今回の〈太陽系の
あみADはなんの躊躇いもなく、重大極まりないことを告げたサティの言葉に、瞬時に二つの記憶が統合されるのを感じた。
「…………………………………………なんてこった……またかよ!」
ケイジ=あみADは頭を抱えるとあらためて呻いた。
〈太陽系の
ごく初歩的レベルであれば、他の知的生命体よりも早く、一番乗りでその異星遺物にコンタクトしただけで、ある程度の異星遺物の使用権は与えられるが、その異星遺物を本格使用したくば、その異星遺物内に残された〈太陽系の
過去、〈じんりゅう〉が【ザ・トーラス】や【ウォール・メイカー】と遭遇した時の経験を踏まえるとそういうことになる。
そして〈じんりゅう〉は、太陽表層に出現したワープゲイトを潜り、【
【
ケイジは何故にアニメを作る羽目になったのかわけも分からぬまま、なんとか制作中だったアニメ『VS』を完成させ、SSDF立川基地祭での上映イベントを企画し、成功するよう努めたのであった。
それと同じことが、異星遺物【オリジナルUVDビルダー】でもまたも行われたらしい。
なんと今度はサティまで参加した上で…………。
ケイジは何故ここにサティまでいるのか? については考えるのやめ、またあのアニメ制作の修羅場を繰り返すのか……? と一瞬暗澹たる気持ちになった。
良い思い出もあるが、苦労も滅茶苦茶多かった。
それに、地球圏に【
が、
「大丈夫ですよ~ケイジ……じゃなかった、あみさ~ん。
さっきから言ってるじゃないですか、もうアニメは作り終わって、これから配信がはじまるんですってば」
悩めるケイジにサティが言った。
「これから第一話の配信と、その反響を皆で見ようとしているんじゃないですかぁ?」
サティにそう言われて、ケイジは思い出した。
正確には、この一昔前のSSDF立川基地を模した仮想世界に来たと同時に、〈太陽系の
ケイジは自分が〈じんりゅう〉と一体となって【アーク・グォイド】と戦っている間に、ユリノ艦長達が別の意味で戦いに挑んでいたことを知り、胸が苦しくなった。
あまりいい思い出とは言えなかった。
ケイジはミユミと共に、シードピラーに体当たりして散った初代〈じんりゅう〉を見上げた記憶と、ニュース配信で初代〈じんりゅう〉戦没を知った立川あみとしての記憶を同時に思い出した。
初代〈じんりゅう〉が沈んだ。
それはスタジオ【第一艦橋】のスタッフに筆舌し難い程のショックを与えただけでなく、快調に制作中だったアニメ『VS』の打ち切りという結果をもたらした。
実に当然の配慮であった。
人類全体が、VS‐801〈じんりゅう〉艦長秋津島レイカの喪に服し、とても彼女を主役とした『VS』の続きを制作し配信などできる状況ではなかった。
そもそも【第一艦橋】のスタッフ達が、続きを制作できる精神状態ではなくなっていた。
「とても…………とても辛くて、悲しくて……苦しくて…………悲しかったでしょうね…………」
当時のことを知ったサティが、大いに目を潤ませながら呟いた。
木星のガス雲の底で『VS』を見て育ったサティであったが、その制作当時の社会背景は、ここへ来ることで初めて知ったのだろう。
ケイジはただ「……うん」と頷くことしかできなかった。
「……でも…………皆さんは再び立ち上がった…………ここの人たちも……ユリノ艦長達も……。
なんでなのでしょう? なぜ立ち上がれたのでしょうか?
だって……あんなに辛くて、悲しくて……苦しくて…………悲しいのに…………なんで再び立ち上がることができたのでしょうか……」
サティはしみじみと呟くように尋ねた。
ケイジにはすぐには答えられない問いであった。
自分もまったく同じ気持ちだったからだ。
幼きあの日、ミユミと共に初代〈じんりゅう〉が沈むのを見上げた時、ケイジは世界が終わったような気がした。
もう人類に救いはないのだと絶望した。
その後、確かにケイジはその後航宙士となり、二代目〈じんりゅう〉は飛び立ち、アニメ『VS』は制作され続けている。
結果だけを言えば、人々はこの悲劇から立ち直っている。
だが、何故それはできたのだろうか?
「二人ともシ~ッ! もう~はじまります!」
何故かここにいるキルスティADが、コソコソと話を始めた
ケイジは何故彼女がここにいるのか疑問だったが、キルスティADの姿が明らかに成長していたことから、彼女が前回ここにやって来た後、本物のキルスティが仮想現実から出た後も、キルスティADというキャラ設定がそのままNPCとして残った結果だと推測した。
よく見れば、キルスティ程の変化は無いが、ユリノ艦長以下が演じるスタッフ達も幾分分成長している気がする。
ケイジはレディへと成長していたシズ大尉演じる背景・編集のいぶかし気な視線と目が合い、慌てて顔を逸らした。
だがシズ大尉はじめ、【第一艦橋】のスタッフを演じている〈じんりゅう〉クルー達は、そわそわしまくるケイジのことなど気にしてる余裕などなかったようであった。
ケイジが様々な思考を巡らせる中、ビュワー中心のメインのウィンドウ内で、件のアニメが始まったからだ。
前回アニメ『VS』を制作した時のように、現実世界の同じ場所とタイミングで実際に制作されたアニメ『VS』の内容はケイジ思い出すことができなかった。
その代わりにこの仮想空間で、ユリノ艦長ら演じるスタッフ達が如何にしてこのアニメを作ったかが、ケイジの記憶に一瞬で蘇った。
だからケイジは今さら配信がはじまったアニメを見る必要はなかったかもしれない。
だが、これが〈太陽系の
もうアニメは完成し、配信がはじまるのだ。
つまりユリノ艦長達〈じんりゅう〉クルーは、〈太陽系の
ケイジは結果発表の場に滑り込んだだけなのだ。
ケイジはあみADとして自分達で制作したアニメを見ながら、誰がこの時代に再び『VS』の続きを作ろうとしたのかを思い出した。
それはユリノ艦長演じる監督だった。
監督はこのスタッフの中で誰よりも『VS』を再開することを恐れていた人間だった。
しごく当然な恐怖であった。
〈じんりゅう〉が沈み、レイカ艦長が亡くなってから数年が経過したが、まだ数年でしかないとも言える。
そんな世にまた戦意高揚の娯楽作品としての『VS』の新作を配信すれば、不謹慎警察に糾弾されまくっても不思議ではない。
そうでなくても、実際にグォイドと戦っているVS艦隊をモデルに、SSDF広報用アニメを制作した段階で叩かれてもいたのだ。
それなのに、なぜ監督はまた『VS』を制作しようとしたのだろうか?
ケイジはビュワー内のメインウィンドウ内でアニメが進行してゆく中、その周囲のいくつものウィンドウ内で映っている内容に気づいた。
それは人類社会の各地で『RE:VS』を見ている人たちのリアクション映像であった。
各々の視聴者が、アニメを見ている画面に搭載されたカメラからとらえた映像なのだ。
そしてその中に、見覚えのある顔がいくつもあることに気づき、ケイジは目を見開いた。
それはケイジが出会うより1年ほど前の〈じんりゅう〉クルー、あるいは後の〈じんりゅう〉クルーの姿だった。
姪のユイらしき子とソファーに並んで座りながら、どこかリビングルームらしき部屋で、まだ幼さが残るユリノ艦長が画面に顔を向けていた。
別のウィンドウにはサヲリ副長やカオルコ少佐もいた。
ミユミやフィニィ少佐もルジーナ中尉も、クィンティルラ大尉もフォムフォム中尉も、テューラ司令までもがいた。
〈じんりゅう〉に関わるそれぞれの人間が、それぞれの場所からどこか鎮痛な表情でアニメに目を凝らしていた。
奇妙なことだったが、監督をはじめとしたスタッフ達は、自分達が制作したアニメと同時に、過去の自分達の姿を見ていたのだ。
【
……などという錯覚に陥ったが、錯覚は錯覚でしかなかった。
進路上に立ちはだかった【悪あがき】艦隊の前で、【グォイド・プラント】は視界の中で際限なく巨大化し、ほとんど壁となって迫ってきた。
側面から見れば【グォイド・プラント】は横倒しになった黒いクラゲのような形状をしていることが分かったが、交戦可能圏内に入った段階では、その形状を実感することなど不可能であった。
「全艦、攻撃用意…………」
――〈リグ=ヴェーダ〉内
テューラは最後になるかもしれない命令を静かに告げた。
【悪あがき艦隊】の攻撃力で【グォイド・プラント】を破壊できる可能性は限り無くゼロに近いが、せめて【グォイド・プラント】推進部だけでも破壊できれば、幾分か人類にとってマシな未来を築けるかもしれない……テューラはそう考えていた。
だが最大の希望は、【
「…………〈じんりゅう〉の為に……」
無意識のうちに呟いていたテューラの言葉は、全艦に伝わっていた。
『〈じんりゅう〉の為に!』
〈ファブニル〉が続く。
『〈じんりゅう〉の為に!』『〈じんりゅう〉の為に……』
〈ジュラント〉〈ナガラジャ〉が続き、さらに次々と【悪あがき艦隊】からの返答が響いた。
「…………全艦、撃ち方はじめ!」
テューラは万感の思いを込め命じた。
その直後、【グォイド・プラント】の表面から無数のUV弾頭ミサイルが【悪あがき艦隊】に向かって発射された。
配信のはじまった『RE:VS』は、いわゆるリブートではないという体にはなっていたが、新規視聴者を獲得する為に、これまでのシリーズが未見であっても楽しめるよう配慮されていた。
そもそも、今さら設定を頭から語らなければならないような人類など、今の世にいるわけも無かったが……。
――時に23世紀の初頭、グォイドとのいつ果てるとも知れぬ戦いが続く中、レイカ艦長と共に大活躍するVS‐801〈じんりゅう〉。
だがそれは新たな〈じんりゅう〉級VS艦の建造と就役を促し、レイカと共に〈びゃくりゅう〉時代から共に戦ってきたクルーは、新たな〈じんりゅう〉級の艦長や幹部クルーとなり〈じんりゅう〉を離れていった。
第一話は、そんな大幅にクルーの減った〈じんりゅう〉が、グォイドとの戦闘で船外に放り出され、宇宙を漂っていた一人の航宙士を救助するところから始まる。
ケイジは立川あみADとして自分が作ったアニメの内容は思い出せたが、それを見た人々がどうリアクションするかまでは流石に分からなかった。
アニメの中では、去ったクルーの寂しさに表情を曇らせていたレイカ艦長が、新たな航宙士との出会いに再び溌溂さを取り戻し、「勝ち目の無い戦いなど無い! 勝算ゼロなんて信じない!」というセリフと共に、グォイドとの戦いに挑む決意を新たに固めるところで終わった。
第一話30分で語れる内容としては、そんなものであろう。
ケイジもまた他のスタッフ達の同じ様に、『RE:VS』を見たユリノ艦長達のリアクションを注視した。
彼女達はこのアニメを楽しんでもらえただろうか?
楽しむどころか傷口に塩を塗ったりはしていないだろうか?
ケイジは緊張して手が震える程であった。
アニメ配信のリアクションに怯える監督の気持ちがよく分かった。
ケイジが見た限り、小ウィンドウに映るユリノ艦長達の表情はどこか固いままだった。
彼女達はアニメが終わると、特に見て分かるような変化もないまま、ウィンドウは次々と閉じられていった。
「………………やれやれ」
監督席のさらに後ろ、ビュワーから最も遠くに置かれた部屋の隅で、パイプ椅子にかけた【第一艦橋】プロデューサーの寺浦課長が大儀そうに腰をさすりながら椅子から立ち上がるとぼやいた。
「…………お前たち………………………………良くやったな……」
SSDF立川基地の妖怪ばばぁ的な存在の寺浦課長が、溜め息と共にそう告げると同時に、【第一艦橋】の主作業室だったはずの世界は瞬転した。
『宇宙が…………宇宙があったんだよ……ユリノ…………』
聞き覚えのある女性のそう囁く声と共に、何も無い……ひたすら何も無い……何も無いが故に完全なる暗闇だった空間に、一粒の小さな光が灯ったかと思うと、それは世界を白く染める大爆発となった。
立川あみから元の姿に戻っていたケイジは、同じくアニメ制作スタッフから、現在の〈じんりゅう〉クルーの姿となったユリノ艦長達と共に、その光景を漂いながら見つめていた。
ホワイトアウトが収まると、無数の光の粒が、様々な薄い光のベールをうねらせながら、爆心地から遠くへ遠くへと散らばってゆく。
その光の粒は離合集散を繰り返し、星や銀河や星雲へと変わっていった。
ビックバンによる宇宙の誕生だった。
『私達が生まれた宇宙にも、あなた達みたいに生命が誕生したわ……』
星の一つに急速に接近すると、夜の面に無数の街の明かりが灯り、星全体を覆うと、やがて光の粒が星を飛び出していった。
宇宙船の光だ。
星がケイジ達の視界から遠ざかっていくと、その宇宙船の光は星と星とを繋ぐ光の曲線となり、それはやがて星系と星系とを繋ぐ光の線へと変わっていった。
『私達の生まれた宇宙に、なぜ……私達が生まれたのかは分からない…………でも、私達もまた、あなた達とおなじように生また星を飛び立ち、宇宙全体へと広がっていった』
ケイジ達の眼前に広がる光景はやがて銀河となり、銀河の集まった銀河団となり、光でできた泡状構造となっていった。
『…………でも、どれだけ広がり繁栄しても、宇宙にも終わりがある……』
その声と共にケイジ達の目の前を埋め尽くしていた全ての光が収束し、一点に集まると再びビックバンとなり、新たな宇宙が誕生した。
『私達は、私達の生まれた宇宙の終わりと共に滅んだ。
どれだけ進化進歩しても、その運命にだけは逆らえなかった……でも、次の宇宙に、私達の生きた証は残すことは出来たの……』
新たに生まれた宇宙の星々の合間に、ケイジは回転しながら漂う見慣れた物体を発見した。
オリジナルUVDだ。
『私達は次の宇宙に、私達のようでもあり、それでいて多種多様な知的生命体が生まれてくる可能性と、そうして誕生した知的生命へのプレゼントを用意しておいた……。
……いつの日か、あなた達の宇宙が終わる時、私達と同じ様に滅ぶ未来を回避する道を見つけることができるように…………。
それが私達の望み……私達があなた達の宇宙にあなた達が生まれ、数々の異星遺物を残した目的……』
〈太陽系の
と同時に、ケイジ達の眼前に見覚えのある銀河が広がると、そのあちこちに、銀河を形成する星々よりもさらに眩い光が瞬いた。
それが異星遺物が存在する位置らしい。
「………………ちょっと待って!
……ってことは、あなた方って…………この宇宙の大昔に存在した文明の人達じゃなくて、この宇宙の
『そういうことだよユリノ』
とっくの昔に監督だった状態から自分の記憶を取りもどしたらしいユリノ艦長が、たまらずに口を開くと、レイカ艦長の姿の〈太陽系の
「それで…………何をどうして欲しいですって?
この宇宙が無くなる時に、一緒に滅びないようにしろですって? あなた方にも無理だったのにぃ!?」
『…………そうだよ』
ユリノ艦長は今さら姉の姿のアバターなどには驚いている余裕もなく、こめかみを両の人差し指でクリクリしながら尋ねると、レイカ艦長のアバターはあっけらかんと頷いた。
『きっと難しいだろうね…………でも、いつかできると願ってるよ』
「……その……でも…………でもなんでこんな回りくどいことを……あなた方のテクノロジーなら、自分達と同じ存在をこっちの宇宙でまた再興できるでしょうに…………」
ユリノ艦長の意見にケイジは頷いた。
〈太陽系の
それだけの技術があれば、わざわざ新たな知的生命を生み出すまでも無く、自分達を蘇れせれば良い気がした。
だが、ユリノ艦長の言葉に、レイカ艦長の姿のアバターは無言で首を振った。
『私達ではダメなのよ。
私達だけではダメだったから、あなた方の誕生を願い、期待したのよ。
親が子に、自分を超えるのを望むように…………』
「……………………なん……という無茶ぶり……」
『大丈夫よユリノ……時間はまだまだあるわ。
私達ではダメだったけれど、あなた方には私達の思いが込められているから』
レイカ艦長の顔と声でにこやかにそう言われ、ユリノ艦長は閉口した。
ケイジは〈太陽系の
永遠に思える宇宙もいつかは消える。
永遠のものなど無い。
だから姿形を変え、新しい宇宙で誕生した様々な知的生命体として生まれ変わり、新たなる可能性を設けておいたのだ。
人間だって、個人の範囲でできることは限られている。
だから他者と出会ったりして協力したり刺激を受けたりして、不可能を可能にしてきたのだ。
〈太陽系の
だからオリジナルUVDにはワープゲイト機能があり、遠く離れた他の文明との交流さえ可能にしたのだろう。
数々の異星遺物を残すことで、願いが叶うよう誘導しながら……。
「と……ともかく…………それで私達は、あなた方の御眼鏡に適ったの?
あのアニメ制作は合格だったの?」
ユリノ艦長の問いに、レイカ艦長のアバターは頷いた。
『あなた達は見事成し遂げたわ……。
いえ、とっくの昔にやり遂げていたんでもあるんだけどね…………』
そう彼女が答えた途端、ケイジは宇宙空間から、見覚えのある宇宙ステーションの内部へと移動していた。
そこは〈じんりゅう〉の母である地球圏の宇宙ステーション〈
そこに、今より少しだけ幼いユリノ艦長達、今よりも2年程前の彼女たちが、続々と停泊していた二代目〈じんりゅう〉の元へと集まっていた。
『あなた達の作ったアニメが、あなた達の背中を押したんだよ』
「…………」
レイカ艦長のアバターはそう言うが、その光景を見ていたユリノ艦長達は、いま一つ納得できていなさそうであった。
『…………確かにそれは小さな小さな力だったかもしれないけれど、切っ掛けなんてそんなもんなんだよ。
あの時、あのアニメを作る勇気を持ち、それを成し遂げたことが、それを見た人に少しの勇気をあたえ、それがあなた達を今ここにいいさせているんだよ。
その姿を、私は見たかった……』
そう彼女が語るなか、勢ぞろいしたクルーが乗り込み、二代目である〈じんりゅう〉は発進した。
また沈むかもしれない……大切な誰かを失うかもしれない……グォイドに滅ぼされるかもしれない……あらゆる恐怖や不安を振り払って。
レイカ艦長のアバターは、目を潤ませてそれを見守っていた。
ケイジには今一実感など沸かなかったが、それが〈太陽系の
『あ! ああそうだったわね!
ともかくあなた達は私達の試験に合格したわ!
あなた達はここの使用権を持っていた【アーク・グォイド】も倒した。
だからあなた達が新しいここ【
感動から我に返ったレイカ艦長のアバターは、慌てて告げた。
それから『ま、それでも全部の機能が使えるわけじゃないけどね』と付け加えた。
ケイジはそう来るだろうと思っていた。
『あなた方の言う【
でも全部じゃない。
あなた達はこれで何をしたい? 何を望むの?』
レイカ艦長のアバターがそう尋ねるのと同時に、ケイジはこの【
確かに、たとえ【
【
おそろしく凄いことではあるが、それだけでもある。
【
ケイジは必死になって、この苦労して勝ち得た【
ケイジは先の【アーク・グォイド】との戦闘で、クラッキングしてきた敵グォイドから、現在【
SSDF艦隊は、超巨大なグォイド相手に、数的に極めて劣勢な戦いを挑んでいた。
いかに【
その状況下で、一体何を望めば正解なのか?
ケイジには、何か必ず正しい答えがある気がしてならなかった。
これまでの自分達の戦いは、すべてこの瞬間の為にあったのだ。 【アーク・グォイド】との戦いも、アニメ作りも、【インナーオーシャン】や太陽表層や土星や木星やケレス沖での戦いも〈太陽系の
ケイジ達は必死に考え、そしてたった一つの答えに行きついた。
最初から分かっていたことだった。
なのにいざその瞬間が訪れると、テューラは無様に何叫びたくなる衝動にかられた。
【グォイド・プラント】の主武装はUV弾頭ミサイルだった。
グォイド艦艇を建造する【グォイド・プラント】には、当然ながら多数のUV弾頭ミサイルを建造する機能がある。
すでにグォイド艦艇全てを出撃させた【グォイド・プラント】が、使用可能なリソースを回して、グォイド艦艇を建造するよりも早く製造可能なUV弾頭ミサイルを多数製造したと考えられた。
それも数千発単位で製造され放たれたUV弾頭ミサイルが、正しく豪雨のごとく【悪あがき艦隊】を襲ったのだ。
もちろん、対宙レーザーによる迎撃を試みた。
だがその圧倒的な数の前には充分とはいえなかった。
しかも放たれたUV弾頭ミサイルは、内部に小型人造UVDを搭載し、UVシールドの展開も可能な大型ミサイルが多数含まれていた。
それらは【悪あがき艦隊】全艦が放つ対宙レーザーの迎撃網を潜り抜け、【悪あがき艦隊】に到達した。
〈ウィーウィルメック〉が操るトゥルーパー・グォイドをUV弾頭ミサイルにぶつけて盾にした。
さらに量産型無人〈ウィーウィルメック〉が〈リグ=ヴェーダ〉を守った。
たちまち量産型無人〈ウィーウィルメック〉6隻が轟沈し、【悪あがき艦隊】艦隊の三分の一が沈み、残る艦艇の半分が中破以上のダメージを受けた。
〈リグ=ヴェーダ〉にも、数々の艦艇が身を挺して守ってくれたにも関わらず、たった一発のUV弾頭ミサイルが命中した。
UVシールドに接触したミサイルは、UVエネルギーで瞬シールドを無効化し、運動エネルギーと爆発エネルギーをもってして、〈リグ=ヴェーダ〉の船体に大穴を穿った。
そのダメージは、〈リグ=ヴェーダ〉船体中心部の
瞬時にして着こんでいた
『〈リグ=ヴェーダ〉無事ですか?
すぐに【グォイド・プラント】よりUV弾頭ミサイルによる第二次攻撃が来ます。
すぐに退避してください』
〈デリゲイト〉の声が届いたが、テューラは何も言葉が出てこなかった。
テューラは
「…………すまん」
テューラは他にいう言葉が思いつかず、最後にそう呟くと目を瞑りその時を待った。
が、その瞬間は何秒経てども訪れなった。
恐る恐る目を開けると、大穴の向こうで数百を超える幾筋もの光の柱が、千を超えるUV弾頭ミサイルの群をまとめて撃ち抜き、誘爆させているのが見えた。
その光の柱の数は、明らかに【悪あがき艦隊】の有するUVキャノンの砲門数を上回っていた。
そしてUVキャノンらしきその光の筋は、【悪あがき艦隊】のさらに後方から放たれていた。
『テューラ司! テューラ司令~!』
ほぼ同時に聞こえるはずの無いキルスティの声が聞こえ、テューラは我が耳を疑った。
だが幻聴ではなかった。
テューラは腰を抜かしそうになった。
『テューラ司令無事ですか!!?』
『……そ……そりゃ……そりゃ……そりゃこっちのセリフだ~っ!』
テューラは真空となった
どうやら〈リグ=ヴェーダ〉のそばにいたIDNが、不定形生物であることを利用して宇宙に吸い出されたキルスティを助けてくれたらしい。
彼女を助けたIDNは、そのまま〈リグ=ヴェーダ〉を包み、船体に開いた大穴を塞いだ。
『それよりもテューラ司令! 【悪あがき艦隊】後方にワープゲイトが出現! そこから何かが来ます!』
キルスティはテューラの心配など露知らずに息せき切って報告した。
そうキルスティが告げる間にも、更なる無数の光の柱の柱が〈リグ=ヴェーダ〉横を通過し、敵UV弾頭ミサイルを迎撃する。
テューラはすぐさま艦尾方向を映すビュワーに目を凝らした。
キルスティの言う通り、いつの間にか無数のオリジナルUVDが輪になって並ぶことでワープゲイトと思しきリングが形成されていた。
いったいいつの間に? どこから? テューラは疑問を抱いたが、その答え推測可能だった。
これまでの戦闘で、SSDFは【ヘリアデス計画】で入手したオリジナルUVDを少なくない数戦闘で喪失している。
量産型〈ウィーウィルメック〉や、月からのマスドライバーを用いいた実体弾砲撃にしようした空間屈曲とライアングルに搭載したオリジナルUVDなどなど軽く42柱以上を喪失している。
それが今、ここへと勝手に移動して輪となり、再びワープゲイトを形成したのだ。
そしてそのワープゲイトを通過しようとしている何者かが【悪あがき艦隊】を援護したのだ。
ただし、今見えるワープゲイトは、銀色の水銀の膜が張られたようになっており、向こうの景色は見えない。
しかしその膜の表面にさらに小さなワープゲイトらしきリングがいくつも現れ、そこからUVキャノンに似た光の柱が放たれていた。
援軍なのか?
テューラはそうとしか考えられなかったが、いったいどこからきた援軍なのか、見当もつかなかった。
人類の使える戦力は全てつかった。
残る可能性があるとすれば…………それは…………。
『テューラ司令! 当艦隊に向け、後方ワープゲイト方面より全周波数による通信がきています!』
テューラは即座に「聞かせて!」と答えると、その通信の主声がヘルメット内に響いた。
『VaaaWeeep Gu LaLa! We Pnibone!!』
テューラには聞き覚えの無い言語、まるで怒り狂った獣の唸り声のような音が、鼓膜を揺さぶった。
『VaaaWeeep Gu LuLaLa! We Pnibone!!』
誰からも返事が無いことに、怒り狂ったかのごとく、その通信音声が繰り返される。
「ヴぁ……うぃーぷ? ぐっらら? うぃぴばん? だって?」
『VaaaWeeep Gu LuLaLa! We Pnibone!!』
思わずテューラが効き返したのを、通信主も聞いていたのか、通信音声はさらなるやかましさせ繰り返した。
『テューラ司令、遅ればせながら翻訳ができました』
困惑するしかないテューラに、異星AIである〈デリゲイト〉が告げた。
【オリオン椀グォイド被害者の会】の代表である〈デリゲイト〉には、今聞こえた音声の翻訳が可能だったのだ。
『あの音声は汎銀河言語の挨拶です。
“初めましてごきげんよう”と言っています』
「なん……………………………だって?」
テューラが思わずそう訊き返す中、テューラの返答が合図であったかの如く、ワープゲイト内のいくつもの小ワープゲイトを潜り、多数の光る物体が現れた。
と同時に、もはや文字化できないレベルの獣のうめき声のよな通信音声がやかましく響く。
『テューラ司令、続けて翻訳します。
“我々は、【汎銀河グォイド被害者の会艦隊】。
貴恒星系文明の人々に告げる…………義によって助太刀いたす!”』
そう告げる〈デリゲイト〉の声色は、どこか興奮しているかのように聞こえた。
その光景を、テューラはここにいいない〈じんりゅう〉のユリノ達に見せられないのが残念でならなかった。
今は亡きレイカにも見せたかった。
ワープゲイトを潜り抜け、無数の光り輝く異星の航宙戦闘艦が現れると、我先にと【グォイド・プラント】へと襲い掛かった。
「そんな……なんで……?」
テューラはその答えを半ば分かっていても、呟かずにはいられなかった。
『勝ち目の無い戦いなど無い……勝算ゼロなんて信じない』
〈デリゲイト〉ではない誰かの声が、テューラに答えるかのようにそう告げた。
テューラはそれを聞いただけで、何が起きたかを確信した。
『我々は、銀河各地でグォイドに抵抗していた所を、貴恒星系よりの救援要請をワープゲイトを通じて受け駆け付けました。
貴恒星系文明によるグォイドとの戦闘の状況は、すでに我々の方で把握済みです。
今、【
よって、我々はあなた方を支援します!』
デリゲイトと同じ様に、地球使用言語の翻訳が可能となった【汎銀河グォイド被害者の会艦隊】から、テューラに分かる言葉での通信が届いた。
同時に、実に多種多様な航宙艦がワープゲイトを潜っては現れた。
その表面は、どの艦も船殻表面がくまなく原色の光を放っておりディテールが判然としないが、フォルムは分かった。
巨大なクジャクか不死鳥のようなフォルムの白く光る航宙艦が……。
数隻の巨大な矢じりのような白く光る戦艦が、球体の左右に傘を広げたような飛宙艦載機と、X字型の翼を持つ艦載機を無数に引き連れて突撃していった。
艦首部分が凸型に切り欠かれたような円盤型の中型艦が、恐るべき機動性で【グォイド・プラント】に突撃していった。
円盤と一対の長い円柱と短い一本の円柱を組わせた艦が、翼を広げたハゲタカみたいなフォルムの緑色に光艦と並びながら何隻も現れ、光るウニのような誘導弾を【グォイド・プラント】に撃ち込んでいった。
アルファベットの“C”みたいな翼の真ん中に細長い涙滴型船体を持つ艦が、『グラヴザーのハンマーにかけて! ウォーヴァンの息子たちにかけて!』叫びながら突撃した。
まるでクワガタのような二本のツノのような艦首を有した2キロ級の艦が、大気圏内戦闘機のような飛宙艦載機を従えながら、驚くべきことに肩から上が二本ヅノの人型へと変形し、その拳で【グォイド・プラント】に殴りかかった。
艦首が巨大なドリルになった円柱状の艦が体当たりしてゆく。
人間の頭蓋骨らしきフォルムの艦首をした禍々しい艦が、旋回砲塔を乱射しながら突っ込む。
全高300mはある両肩に巨大な突起のある人型航宙艦が、腕組みしながら現れると【グォイド・プラント】に猛烈なキックを食らわせた。
横倒しにした短い六角柱状の、赤い故障瓶みたいな艦が、戦闘の真っただ中で右往左往していた。
何しにきたのだろうか……。
座薬を平たくしたような流線形の艦が、何隻もの緑色の箸箱のような艦と並んで現れると、艦首から恐ろしく強力なビーム砲を放ち【グォイド・プラント】を貫いた。
さらに奇妙なことに、どう見ても初代〈じんりゅう〉級や〈アクシヲン三世〉を接続した〈びゃくりゅう〉にそっくりなフォルムの光輝く艦が複数、この一方的な戦闘に参加しているのをテューラは目撃したような気がした。
『【汎銀河グォイド被害者の会艦隊】の各艦艇は、この銀河の端々でグォイドの被害にあった文明の寄せ集めで、船体を光らせてディテールを曖昧にすることで、互いの艦艇の細部を秘匿しているようです。
そうすることで、互いの文明への誤解や偏見を防止しているそうです』
〈デリゲイト〉がそう異星文明の航宙艦群が光る理由を解説したが、テューラはほとんど聞いてはいなかった。
銀河中でグォイドと戦っていたあらゆる文明のあらゆる航宙艦があつまり、このチャンスにグォイドの大元を絶たんとしているのだ。
異文明の航宙艦の中には、UVテクノロジーだけでは説明がつかない謎技術による挙動を行うものをあったが、今は些細なことであった。
【汎銀河グォイド被害者の会艦隊】の攻撃に【悪あがき艦隊】も加わり、【グォイド・プラント】はほぼタコ殴り状態であった。
ほんの少しだけ、テューラは【グォイド・プラント】に同情した。
グォイドは、銀河中で撒き散らし続けた悲劇のツケを、今払わされたのだ。
最後に、第二次大戦中の洋上艦の艦尾だけをロケットノズルのようにした艦が何隻か現れると、艦首から極太の光の柱を放ち、すでに半壊状態だった【グォイド・プラント】を貫いた。
無数の艦艇からの攻撃を反撃もままならずに食らいまくり続けた【グォイド・プラント】は、力尽きたように内部での爆発を繰り返すとついに崩壊し、慣性のままに漂うバラバラの残骸となった
人類に危機を及ぼす力を持ったグォイドは、今この時、地球圏から一掃されたのであった。
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