▼最終章『道は(事象の)地平の彼方に』 ♯5

 【グォイド・プラント】が動いている……そのことに〈ファブニル〉艦長アストリッドが気づいたのは、すでに【ガス状巡礼天体ガスグリム】から【グォイド・プラント】が飛び出す直前であった。

 【グォイド・プラント】最奥空間、対消滅爆弾の抉った球状空間にて、【オリジナルUVDビルダー】へと向かった〈じんりゅう〉を追撃せんとするグォイド群を、〈ナガラジャ〉〈ジュラント〉と共に撃破した〈ファブニル〉は、自らも〈じんりゅう〉が通過した球状空間最奥の開口部を通過して【グォイド・プラント】後端から飛び出し、〈じんりゅう〉の向かった【オリジナルUVDビルダー】の手前で、さらなる追撃グォイドを迎え打たんとした。

 だが、その必要は無かった。

 【グォイド・プラント】の後端から〈ファブニル〉一行が飛び出して時点で、【グォイド・プラント】それ自体が【ガス状巡礼天体ガスグリム】最奥から前方の出口へと向かって移動を開始しており、【オリジナルUVDビルダー】であり〈じんりゅう〉が突入した後と思しき鏡面状の膜が張られた巨大リングから、すでに【グォイド・プラント】は100キロ近く離れていたのだ。

 最初は〈対消滅爆弾〉の爆発時の圧力を受けて、【グォイド・プラント】が前方に押し出された結果かと思ったが、それだけではなく、【グォイド・プラント】は背面部からうすぼんやりとしたUV噴射を放ちながらゆっくりと加速していた。

 【グォイド・プラント】は自立移動が可能だったのだ。

 アストリッド達は驚愕したが、鑑みておくべき可能性ではあった。

 【グォイド・プラント】はただグォイド艦を建造するだけの施設では無い可能性がある……と。

 どうやらグォイドは〈じんりゅう〉追撃を諦め、代わりに【グォイド・プラント】そのものをもってして、地球に攻め込むつもりになったらしい。

 詳細は不明だが、【グォイド・プラント】は直径だけでおよそ3000キロあり、全長はさらにその数倍はあると思われ、それは月のサイズに匹敵する。

 そんな物体が地球圏に現れたら、それだけで地球に大災厄をもたらすことだろう。

 アストリッドはゆっくりと増速してゆく【グォイド・プラント】の追跡を直ちに決断した。

 すでに〈ファブニル〉〈ジュラント〉〈ナガラジャ〉は、これまでの戦闘で、UVキャノンと対宙レーザー(と〈ナガラジャ〉の宇宙皮むき器スターピーラー)以外の武装は使い切っていた。

 仮に全武装使用可能でも、三隻で【グォイド・プラント】を破壊できる可能性は皆無に近い。

 ならば……アストリッド達は直ちにこの危機を、【ガス状巡礼天体ガスグリム】の外で戦っているはずのSSDF迎撃艦隊に伝えるべきだと判断したのだ。

 だから大急ぎで【グォイド・プラント】内に再突入して元来た道を引き返し、その道中に存在したグォイド艦を蹴散らしながら【グォイド・プラント】の正面部に開けた破孔から飛び出た。

 だが、手遅れだった。













“だから言っただろう? 無理だと……”


 思考に直接響く【アーク・グォイド】からのクラッキングによる声なき声に、ケイジの脳裏にほんの一瞬、過去の人生が蘇った。

 グォイドとの種の存亡を賭けたいくさの時代に生まれ、若くして航宙士となってその激戦の中に身を投じ、宇宙の塵となるはずだった。

 たかが17歳の少年には、それ精一杯のはずだった。

 【ANESYS】適正がある少女に生まれたわけでもなく、特別な血筋や才能に恵まれているわけでも、経験値があるわけでないただの若造なのだ。

 暴風雨のような運命の流れに、自分というちっぽけ存在など、誰からも振り返られる間もなく吹き飛ばされて当然の、取るに足らない存在だと自分でもよく分かっていた。

 だが実際のところケイジは、紆余曲折を経て〈じんりゅう〉に乗り、太陽系中を回ってグォイドによる人類滅亡の危機に直面しては、これに対処してきた。

 幾度かの奇跡としか言いようのない幸運に恵まれ、〈じんりゅう〉と自分は生き延び、人類は今も存続している。

 だが奇跡が運や偶然と同義であるならば、そう何度も起きるわけがない。

 少なくとも次の奇跡を期待して行動するのは危険だ。

 それが培ってきた経験値や知識やスキルによってなされたものでない以上、次の瞬間、奇跡など起きずに破滅が訪れることもありえる。?

 むしろそれが自然なのではないか?

 ケイジは脳を〈じんりゅう〉と繋げることで、ごく短時間だけ【ANESYS】並みの超高速情報処理能力を獲得し、〈じんりゅう〉そのもとなって【アーク・グォイド】との一騎打ちに挑んでいた……わけだが、〈じんりゅう〉と一体でいられる貴重な時間を費やし【アーク・グォイド】と交戦し分析し思考して得た結論は、〈じんりゅう〉の武装では、奇跡でも起きないかぎり【アーク・グォイド】には勝てないという答えであった。

 さらに【アーク・グォイド】には、億年単位で培った経験値や知識やスキルがある。


“お前は勝てない……”


 ケイジはクラッキングしてくる【アーク・グォイド】の声を無視し続けてきたが、いつの間にか、無視ではなく何も言い返せないだけになっていた。


“お前たちは滅ぶ……消える……それが定められた未来だ……”


“そんなことはないわ……”


 ケイジは一瞬、クラッキングしてくるグォイドの声に、真っ向から抗う別の声を聞いた気がした。

 その次の瞬間、艦底部から突き上げられるような尋常で無い衝撃が襲ってきた。

 左舷後方にいる【アーク・グォイド】がぶつかってきたわけではない。

 その原因の主は、すぐに自ら正体を現した。


『お待たせしましたケイジさ~ん! お届け物で~す!』


 聞き間違いようのない底抜けに明るい声が、やかましくケイジの思考に響くと、声の主はそのまま船体下面を擦過していた降着円盤のプラズマ流の中から、〈じんりゅう〉を突き上げ姿を現した。

 いや、確かに姿を現したが、姿は見えなかった。

 ただ透明かつ巨大な何かが、プラズマ流の中に奇妙な空間を設けているので、そこに何かがいると判別できただけだった。

 しかし、間もなくその正体も分かった。 

 まるで薄い鏡面状の膜が剥がれていくがごとく、プラズマ流をかき分ける透明な空間から、数キロ単位のバカでかく前後に長い棒状砲身と、その後端に〈じんりゅう〉級六隻分相当のUV推進ユニットからなる物体が姿を現し、棒状部分の途中にある支持アームで〈じんりゅう〉に下部から強引かつ乱暴にドッキングを果たしたからだ。

 ケイジはその物体の正体にすぐに気づいた。

 VS‐804〈ジュラント〉が下部に接続していた〈アクシヲン二世〉のセンターフレームと推進部だ!


『え? お前あの時死んだんじゃなかったの? ですって?!

 やだなぁケイジさ~ん! ワタクシはもう死んじゃいますぅ……とか、これでお別れですぅ……なんて一言も言ってませんよぉ~!

 あの時はただ、少々休憩をいただきますって言っただけです!

 あの爆弾でワタクシだいぶ小さくなっちゃいましたからねっ、本当にちょっとだけ一休みしていたんです。

 そしたらそしたらですね! 〈ジュラント〉のジュリーアヴィティラさんに、〈じんりゅう〉にコレを届けてくれって渡されたんです。

 で! 受け取ったコレと一緒に、慌てて皆さんの〈じんりゅう〉を追いかけて、あの輪っか(オリジナルUVDビルダー入り口のリング)を潜ったら、飛んでもないプラズマの流れにのまれてしまってですね!

 メチャクチャになって〈じんりゅう〉を見失ってしまったんですよ!

 でもケイジさんの声が聞こえたんで追いかけていってみたら、や~っと流れの遠くで〈じんりゅう〉を見つけて! ヤッタ~!! って思ったら! あの可愛い色合いのグォイドさんと〈じんりゅう〉との戦いが始まっちゃってですね!

 ワタクシ、グォイドに見つかって撃たれたら大変と思いまして、慌てて姿を隠しながら、〈じんりゅう〉にコレをドッキングさせるチャンスをお伺いしていたのです!

 で! 今や~っとこうして巡り合えたんですよぅぅぅぅ!

 っていうかケイジさん自分と喋るの速くなりましたね?』


 サティはケイジが訪ねるまでもなく、勝手に一気に超高速でまくし立てた。

 サティはその気になれば【ANESYS】と同等の速度で思考し、今のケイジ相手にでもテレパシーで会話することもできるのだった。

 サティは最後に見た時よりも、〈対消滅爆弾〉のダメージで大分サイズを減じていたが、それでもなんとか自らを薄い膜にした上で、〈アクシヲン二世〉の骨組み&推進部を包んでステルス状態となり、プラズマ流に隠れながらここまで来たらしい。

 膠着円盤のプラズマ流の高温高圧はサティにとっても危険であったが、骨組み&推進部のUVシールド発生機能が彼女を守ってくれると同時に、彼女のエネルギー供給源となってくれていた。

 〈アクシヲン二世〉の骨組みと推進部には制御AIが残されており、サティはそれにサポートしてもらうことで、〈アクシヲン二世〉の推進部の推力を使って、自らはステルス膜であることに専心しつつ、【アーク・グォイド】に被発見されることなく移動し、〈じんりゅう〉とのランデブーを果たしたのだ。

 ケイジは超高速情報処理能力で、エクスプリカを介しつつそのAIからサティの語りきれぬ細部を理解した。


[いや……だってケイジよ……今はともかく、当時のお前の脳みそじゃこんな上手くいくかも分からん計画、悠長に説明してる時間なかったじゃないか!]


 エクスプリカが言い訳がましく言った。

 確かに、〈対消滅爆弾〉の爆発直後の錯綜した状況下で、〈ジュラント〉が分離した骨組み&推進部をサティに協力させた上で〈じんりゅう〉に届け、再接続させようとしている……などとは、あまりにもアクロバティック過ぎる。

 そんな成功するかも怪しい計画を、当時〈じんりゅう〉と繋がっていない状態の脳の処理能力しかないケイジに、のんびりと説明をしようとは判断しなかったことは、今のケイジにならば理解できた。


『それよりもケイジさん!』

[ちゃっちゃとこれを使って【アーク・グォイド】を始末しろい!]

『はや~く!!』


 ケイジはかつてないサティの剣幕に、再び艦尾格納庫に納まるサイズとなった彼女が船内に避難したことを確認すると、慌てて〈じんりゅう〉を加速させながら、彼女が届けてくれた〈アクシヲン二世〉の骨組み&推進部の活用方法を模索した。

 ケイジが〈じんりゅう〉では【アーク・グォイド】に勝てないという結論に至った理由は二つあった。

 一つは武装面で、〈じんりゅう〉が【アーク・グォイド】の装甲を貫けないことだ。

 【アーク・グォイド】の船体装甲は、億年単位で形成圧縮した膠着円盤の構成物質で出来ているらしい。

 それがUVキャノンでもUV弾道ミサイルでも貫けない以上、【アークグォイド】を倒すには、敵と同じ実体弾投射砲が必要であった。

 もちろんそれは〈じんりゅう〉にとって、無いものねだり以外の何物でもなかった。

 だが今、サティが来たことにより状況は激変した。

 彼女が届けてくれた〈アクシヲン二世〉の中心軸フレームと推進部は、オリジナルUVD搭載出力により〈じんりゅう〉にさらなる推力をもたらしただけでなく、それ以外の機能も有していた。

 超特大の実体弾投射砲としての機能だ。













“如何なることがあろうと、お前が勝利することはない……諦めろ……”


『くぉ~ら~!』


“滅びよ……それがさだめだ……”


『……ちょっとアナタ! さっきから何を言っていらっしゃるんですかぁ!?』


“反抗など無意味だ……”


『陰気なことをクドクドと!

 滅びろ! ……だの消えろ! ……だのいなくなれだの!

 そんなこと言われてハイそうですかと言うことをきいてくれるわけないじゃないですか~っ!』


 ケイジが〈じんりゅうwith アクシヲン二世〉となって得た大推力で加速し、【アーク・グォイド】とのドックファイトのような戦いを続ける最中、サティはケイジがこれまで無視するよう努めてきた【アーク・グォイド】の声に、真っ向から情け容赦なく反論した。


『どうせワタクシ達を倒すおつもりなら、クドクド言ってこないさっさとワタクシ達を倒せば良いことじゃありませんことかしらっ!!?』


 今まで聞いたことも無い勢いで怒鳴るサティと【アーク・グォイド】との超高速のやり取り……というか口喧嘩めいた何かに、ケイジはなるべく口を挟まない方針をとることにした。

 それどころでは無かったし、良く考えなくても、これまで散々人類を殺し、侵略してきたグォイドなんぞとの、特異な状況とはいえ初の言語を用いたコミュニケーションに、自分がやる立場になんてなりたくなかった。


『だいたい何のメリットもないのに、アナタ方の言うことを素直に従う意味なんて無いじゃないですか!?』


“対価ならある……”


 〈じんりゅう〉と【アーク・グォイド】が、互いに実体弾投射砲を撃つポジションを争って加減速と変針を繰り広げられる中、驚いたことに、これまで一方的に言いたいことを告げるだけだった【アーク・グォイド】が、サティの言葉に反応した。


『あら! 我々の滅びと引き換えにどんな対価を下さると言うんですか?』


 サティは【アーク・グォイド】の返答に、素直に訊き返した。

 【アーク・グォイド】は再返答した。



“覚えておいてやる……未来永劫に……”














『何を……覚えておくですって?』


 予想外の【アーク・グォイド】の答えに、サティはケイジの訊きたいことを訊き返してくれた。


“お前たちの種と文明の有する有効な情報を覚えておいてやる………………それらの情報は、我々と共に未来永劫、不滅となる”


『………………』


 【アーク・グォイド】の言葉に、さすがのサティも一瞬沈黙した。

 【アーク・グォイド】の言わんとしていることを理解するのに、今のケイジでも一瞬の間を必要とした。


 ――……つまりアンタは、自分達にとって都合の良い俺達の情報だけはパクッて、有効活用してやるから後は滅びろって言うのか!?


 ケイジは思わず、湧き上がる怒りを抑えながら自ら訊き返していた。


『ちなみにお聞きしますが……あなたの言う有効な情報とは何ですか?』


“主に宇宙航行や宇宙戦闘に関する科学技術だ”


『他はいらない……と?』


“その通りだ。

 その対価として、お前たちの情報は我々が有意義に使う。

 結果として、お前たちの存在した証はこの宇宙で永遠に活かされ続ける。

 対価として充分な価値はある”


『ざっけんな~!!!!!!!』

――ふざけるな~っ!!


 ケイジはサティと共に声なき声で叫んでいた。












――このド畜生がぁ~!!――


 ケイジは叫びながら、左舷後方でプラズマ流から実体弾を形成中の【アーク・グォイド】の隣まで、一気に〈じんりゅう〉を減速させると、左舷UVシールドで体当たりしながらUVキャノンを叩き込んだ。

 効果がないことなど百も承知だった。

 だが怒りに任せて叩き込んだ。

 もちろん、【アーク・グォイド】の取引に応じる気などなかった。

 取引に応じようが応じまいが、【アーク・グォイド】との戦いに敗れれば結果は変わりない。

 自殺するか負けるかの違いくらいしかない。

 それをさも正当な取引かのようにのたまう【アーク・グォイド】に一瞬、思考が真っ白になるほどの怒りを覚えた。

 そしてこの考え方こそがグォイドの基本行動理念であり、その理念のもと、これまで多くの異星文明を滅ぼし、今太陽系人類滅ぼさんとしているのだ。

 ケイジは取引に応じる気も、負ける気もさらさらなかった。

 だが実際にその二択以外の結果を出すのは容易ではない。

 ケイジが導き出した【アーク・グォイド】に勝つために必要な二つのもののうち“実体弾投射砲”は手に入った。

 残るもう一つの必要なものについても…………ケイジはすでに持っていた。

 問題はそれを使う勇気がケイジにもてるかどうかであった。


『ケイジさん……ケイジさんなら出来ます……どうかやっちゃってください!』


 サティがケイジの背中を押してくれた。


[ケイジよ……スマンがもうあまり時間は無いぞ……。

 だがまぁ……お前ならできるだろう…………オレ好みの方法じゃないだろうが…………本気でやるのか?]


 すでにケイジがやろうとしていることを察したエクスプリカが、皮肉交じりにケイジを(恐らく)励まし、そして確認した。

 ケイジはわざわざ答えたりしなかった。

 ケイジに残された時間は残り30秒もない。

 だからケイジは最後のマニューバを即開始した。







 BHを取り巻く降着円盤上での戦いには奇妙なルールが存在する。

 加速すれば降着円盤の外側へ、減速すれば内側へ、否応も無く移動させられ、減速し過ぎて降着円盤内側に行き過ぎてしまえば、BHの高重力から脱出不可能になってしまう。

 降着円盤の回転方向から考えて、ポジション的には【アーク・グォイド】のように標的に対し左舷後方から狙うのが理想だが、それは同時にBHに吸い込まれる危険もはらんでいた。

 標的前方で180度回頭して狙う選択肢もあるが、危険な割に成功率は低い。

 【アーク・グォイド】がこれまで理想的ポジションから〈じんりゅう〉を狙うも、まだ沈めることができないでいたのは、単に【アーク・グォイド】にとって〈じんりゅう〉が想定を超えた反応速度と回避能力を持っていたからだ。

 だが、これまでの戦闘で【アーク・グォイド】も学習し敵実体弾は確実に〈じんりゅう〉をとらえ始めてる。

 ケイジに残された時間と、【アーク・グォイド】の学習レベルから逆算して、後一回の敵実体弾の回避が精一杯であり、二回目以降はケイジの脳が耐えきれなくなっており、〈じんりゅう〉が実体弾を回避することはできないでろう。

 ゆえにケイジはまず、次なる敵実体弾の対処に勤めた。

 ただこれまで通りの回避を行うつもりはなかった。


『ケイジさん……謙虚なところがケイジさんの魅力的ではありますが、どうか今だけは信じて下さい……自分を……』


 サティの声が心に響く。

 ケイジは〈じんりゅう〉の隣にいた【アーク・グォイド】が再度減速し、降着円盤の内側へ内側へと移動しつつ〈じんりゅう〉の背後から実体弾の砲口を向けたのを感じながら、その時を待った。


『ケイジさんは木星でワタクシと初めてあった時も、土星や太陽表層でグォイドと戦った時も、ケイジさんがいたから、ケイジさんであったからこそ、〈じんりゅう〉とユリノ艦長達の助けとなったんです……』


 ケイジは【アーク・グォイド】の実体弾の砲口が〈じんりゅうWAⅡ〉を捉える瞬間を狙って、企みを開始した。


『ケイジさんならできます……ケイジさんだからできるんです!

 ワタクシはそう信じています!』


 ケイジは必ずしもサティの言葉に心を動かされたからというわけではなかったが、【アーク・グォイド】にはできず、今の〈じんりゅう〉にならば可能なことを探し、そして一つのアイディアを閃いた。

 推力・防御力・攻撃力は、サティが〈アクシヲン二世〉の実体弾&推進部を届けてくれたことで同等となった。

 降着円盤上での経験値は【アーク・グォイド】の方が勝っている。

 それにより戦況は、まだ【アーク・グォイド】の方が有利であると言えたが、〈じんりゅう〉には〈エックス・ブースター〉があった。








 〈エックス・ブースター〉は、土星圏から帰還した際に〈じんりゅう〉が持ち帰った〈太陽系の建設者コンストラクター〉の技術データを元に、ノォバ・チーフが製造した四柱のオリジナルUVDを搭載した〈じんりゅう〉用増加ブースターだ。

 〈じんりゅう〉の補助エンジンナセルをそのまま巨大化させて、トラス構造のフレームで繋ぎ、〈じんりゅう〉艦尾に接続させたそれは、その名の通りのブースターとして、〈じんりゅう〉の推力を上げるだけでなく、一種のマテリアル・プリンター(立体造形機)としての機能も有していた。

 それも〈太陽系の建設者コンストラクター〉テクノロジーのだ。

 〈じんりゅう〉が土星圏で遭遇した【ウォール・メイカー】と同種の機能を、人類の技術で再現して製造した結果、オリジナルUVD四柱を使わねば起動しない非効率なものとなってしまったが、それでも人類が有するそれまでのマテリアル・プリンターをはるかにしのぐ性能を備えているはずであった。

 問題は、これでいったいなにを出力するかであった。

 〈じんりゅう〉はつい先刻、【カチコミ艦隊】と合流して〈エックス・ブースター〉と〈じんりゅう〉との接続なされた直後に、【ANESYS】によって起動され、〈ウィーウィルメック〉用の追加装備を出力して同艦に渡していたが、ケイジはそれがいったいどんな機能を有するのかは知らなかった。

 ともあれ、理屈のうえでは材料さえ入手できれば、この環境下でも〈じんりゅう〉は新たな装備を生み出し、そして対【アーク・グォイド】に使えるはずであった。

 材料の問題であれ、ここ降着円盤を形成しているプラズマ流から、【アーク・グォイド】が実体弾を作るのと同じ要領で調達が可能である。

 はたして〈エックス・ブースター〉がケイジでも起動させられるか? という問題があったが、ケイジは割と楽観視していた。

 複雑な機械を出力させようというつもりはなかったからだ。





“我々との取引は、決して不公正なものではない……この宇宙において、数々の文明が芽吹いては跡形もなく滅び去っていった……”





 性懲りもなく【アーク・グォイド】が呼びかける中、今まさに実体弾砲撃を再開しようとする同目標に向かって、ケイジは〈じんりゅう〉艦尾〈エックス・ブースター〉で生み出したものを解き放った。




“この宇宙において、時の流れに打ち勝ち、滅びの宿命から逃れるられる文明など無い。

 だからこそ、唯一永遠である我々に覚えてもらうことこそが……”




――お前は少し黙りやがれ!――


 ケイジがそう吐き捨てると同時に、〈じんりゅう〉が〈エックス・ブースター〉で生み出して解き放った一辺が数キロ単位の巨大な黒い布は、プラズマ流にのって【アーク・グォイド】の艦首に一瞬で被さり、同艦の実体弾の砲口と視界を覆った。

 実に単純な戦術だった。

 目標が見えなければ撃っても命中させることはできない。

 【アーク・グォイド】は〈じんりゅう〉に実体弾を命中させる絶好のタイミングで視界を覆われた結果、実体弾を連射したものの、回避運動をとった〈じんりゅう〉に命中させることができなかった。

 ケイジが〈エックス・ブースター〉で生み出したのは、決して複雑な機械ではなかったが、巨大で強靭で柔軟で軽量な一種の布であった。

 それならば【ANESYS】ならざるケイジの命令でも〈エックス・ブースター〉は作ってくれたのだ。

 確実に命中させるつもりで実体弾を連射した【アーク・グォイド】は、一瞬で残弾を撃ち尽くした。

 そして慌てて船体をプラズマ流に浸し、プラズマ流の構成物質から新たな実体弾を生成しようとした。

 だがそれは不可能であった。

 〈じんりゅう〉が放った巨大布が、【アーク・グォイド】のプラズマ流取り込みダクトを塞いでいたからだ。

 一瞬、だが誕生以来数十億年の中で初めてのパニックに【アーク・グォイド】は陥った。

 その背後、【アーク・グォイド】右舷艦尾5時方向10数キロの位置に〈じんりゅう〉は遷移していた。


『有用な情報が欲しいなら、滅ぼすと脅迫しないで頼めば良いのに……。

 助けて下さい……手を貸して下さい……って』


“それは極めて非効率だ。

 協力、援助、友好は、理想的概念ではあるが、実用に耐えない。 我々がその概念によっては救われなかった”


 サティがポツリと告げると、【アーク・グォイド】は己の窮地を理解していないかのごとく、理路整然と答えた。

 ケイジは、混乱したまま艦尾を向ける【アーク・グォイド】に、〈アクシヲン二世〉の中心軸フレームを砲身にした実体弾を発射した。








 ケイジはサティから実体弾投射砲を受け取ったが、【アーク・グォイド】のようにおいそれと発射することはできなかった。

 【アーク・グォイド】のようにその場で補給することができないだけでなく、使用可能な実体弾の弾体が一発しか存在しなかったからだ。

 つまり最初の一射が最後の一射であった。

 ただし命中させれば間違いなく【アーク・グォイド】を沈めることが可能な弾体であった。

 なにしろ弾体として搭載されていたのは、オリジナルUVDなのだから。


『助けを求めるのが非効率的だからって、他所の文明滅ぼして回ってたんですか?』


“我々の最優先目標は、我々を生み出した文明の復活である。

 他の文明の存在を尊重したところで、目標達成のプラスにはならない”


『そんなこと……ないのに……』


 サティは悲し気に【アーク・グォイド】に言った。


『ワタクシはケイジさん達人類に助けてもらって、凄く嬉しかったですよ?

 だからワタクシ自身、人類の皆さんを助けようって思ったりもしたんです。

 アナタ達だって……同じことができたかもしれないのに……』


“否定する。

 実際、我々他文明の援助によって救済はされてはいない。

 また『かもしれない』という可能性だけでは、我々の方針を偏向する根拠にはならない。

 そして実際に、お前たちの文明は、他の文明との協力関係を築いたが、もうじき滅ぶ”




 【アーク・グォイド】はサティとの高速の会話の果てに、その瞬間、初めてケイジの思考に、声なき声以外の映像イメージを送ってきた。

 それは光刃飛び交う激烈な宇宙戦闘の光景であり、今この瞬間【ガス状巡礼天体ガスグリム】の外で行われているSSDF対グォイドとの戦いの光景であった。

 その光景は一瞬見ただけで、初めて見る巨大な……あまりにも巨大なグォイド艦に、もう数える程しか残っていないSSDF艦隊が摺りつぶされる直前であることが分かった。



“お前たちは滅ぶ”



 オリジナルUVDを用いた実体弾が命中する寸前、【アーク・グォイド】はそれを回避した。

 【アーク・グォイド】の至近を通過したオリジナルUVDは、降着円盤の内側の縁に沿って、ゆるいカーブを描きながら見えなくなった。







――まだだっ!!!!――




 ケイジは叫んだ。

 いったい【アーク・グォイド】が何故オリジナルUVD実体弾を回避できたのか?

 船体をデタラメに動かすことで、目隠しの巨大布の除去に成功したからなのか?

 はたまた単なる偶然なのか?

 ケイジには分からなかった。

 だが想定の範囲内ではあった。

 生まれて初めて、この降着円盤上という環境で、ドックファイトの真似事をしながら、試射することもなく発射したオリジナルUVD弾体を、そうそうたやすく【アーク・グォイド】に命中させられるとは、ケイジには自分でも思えなかった。

 だが決して【アーク・グォイド】の撃破を諦めたわけでもなかった。

 ケイジは残された最後の時間を使い、再び【アーク・グォイド】に向かって加速した。

 それを予期していたかのように【アーク・グォイド】は減速し、〈じんりゅう〉とすれ違って〈じんりゅう〉後方の実体弾射撃ポジションに移動すると、すばやく実体弾をプラズマ流から生成しつつ、砲身を〈じんりゅう〉に向けた。

 その瞬間を狙って、ケイジは全スラスト・リバーサーを用いて〈じんりゅう〉を急減速させた。







 ほんの一瞬の出来事であった。

 【アーク・グォイド前方から〈じんりゅう〉が急減速して接近すると、下部に接続した〈アクシヲン二世〉の中心軸フレームと推進部が、【アーク・グォイド】の細く尖った実体弾投射砲の先端に、被さるようにして激突した。

 一瞬遅れて【アーク・グォイド】が実体弾を放ったが、それは〈アクシヲン二世〉の推進部を貫通しただけで、その上部にある〈じんりゅう〉にダメージを与えることはなかった。

 その代わりに【アーク・グォイド】は完全に〈アクシヲン二世〉推進部に食い込んで固定され、自由を奪われていた。

 ケイジはこの瞬間を待って、〈じんりゅう〉を【アーク・グォイド】ごと急減速させた。





 これまでとじんりゅう〉と【アーク・グォイド】との戦闘で、ギリギリのところで決着がつかなかったのは、実体弾投射砲そのものが、宇宙の尺度においては発射から命中に時間がある為に、回避ができてしまうことが原因であると、ケイジは考えていた。

 しかも現環境下で長大な砲身の実体弾投射砲を撃った場合、砲口の向きが観測可能なため、実体弾発射前の回避が可能でもあった。

 だからケイジは〈じんりゅう〉が実体弾を撃っても、【アーク・グォイド】が回避する可能性は充分にあると考えていた。

 だからケイジは、実体弾を命中させるのではなく、目標を実体弾の通過位置に移動させる手段をとることにした。





 ケイジは木星赤道直下に形成されていた巨大円環状空間、【ザ・トーラス】内で起きたグォイドとの戦闘を思い出していた。

 あの時、〈じんりゅう〉は月ほどもあるグォイド・スフィアに強行着陸し、UVキャノン一斉射撃し、UVキャノンのエネルギーの束を【ザ・トーラス】内を一周させることで、グォイド・スフィアの背面に命中させるという無茶苦茶なマニューバをやってのけた。

 ここ、降着円盤でも同じことが可能だとケイジは閃いたのだ。

 【アーク・グォイド】にかわされたオリジナルUVD実体弾であったが、あらかじめ射角を精密に計算された実体弾は、BHの重力に囚われ、そのままBHを一周し、再び発射地点のそばに戻ってくるはずであった。

 もちろん、理論的には可能でも、実際には限り無く不可能に近い試みだ。

 そもそも、金星公転軌道ほどのサイズがあるBHの周りを、オリジナルUVD実体弾が一周して戻ってくるのははるか先の時間になるはずであった。

 だが、このBHをとりまく空間は光学観測では計り知れないレベルで歪んでいる。

 ケイジは自分達をここへと通したワープゲイトのリングが、ごく短時間で一周したのを目撃したことから、オリジナルUVD実体弾を放った場合の一周する時間と位置を正確に割り出したのであった。

 そしてオリジナルUVD実体弾が通過する位置の方に、【アーク・グォイド】を拘束した上で急減速させることで連れてきたのだ。

 ケイジが【アーク・グォイド】を撃破する為に必要という結論に至った二つ目は【犠牲】であった。

 何の犠牲も無しに【アーク・グォイド】は倒せない。

 だがユリノ艦長や、ミユミ達〈じんりゅう〉クルーを失うわけにはいかない。


「うぉおおおおおおおぉぉ!!!」


 ケイジは己の肉体で叫んだ。

 彼女たちの乗った〈じんりゅう〉で体当たりするわけにもいかない。

 失ってもこの後の〈じんりゅう〉の作戦行動に困らないものを犠牲にするべきであった。

 だからケイジは自分を犠牲にすることにした。

 【ANESYS】でも不可能かもしれない超高速情報処理を行い、無理矢理【アーク・グォイド】ごと〈じんりゅう〉を移動させるべき位置に移動させる。

 まことに遺憾ながら、一周したオリジナルUVD実体弾を【アーク・グォイド】に命中させるには、降着円盤の内側の縁まで赴くしかなかった。

 ケイジは一瞬、後でユリノ艦長やミユミ達〈じんりゅう〉クルーにめちゃめちゃ怒られる未来が見えて怖くなったが、その“後で”が訪れること自体が無いのだと思い至り苦笑した。


――ゴメンよ……みんな……後はなんとかしてくれよな――


 ケイジは〈じんりゅう〉と一体でいられるタイムリミットを超え、自分の思考が霧散していくのを感じながら、必死にスラスターを噴射し、〈じんりゅう〉の拘束から逃れんとする【アーク・グォイド】をねじ伏せ、求める位置への移動を果たした。

 次の瞬間、後方より戻ってきたオリジナルUVD実体弾が、艦尾から〈アクシヲン二世〉推進部ごと【アーク・グォイド】を貫通し、その際の衝撃で【アーク・グォイド】をいくつもの細長い残骸へと変えると、爆発した衝撃で〈じんりゅう〉を吹き飛ばした。

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