▼最終章『道は地平の彼方に』 ♯4


 グォイド艦隊側面を覆う煙幕とグォイド艦の爆発による爆煙が晴れるのを、テューラ達は固唾をのんで見守った。

 少なくない数のグォイド艦が、月のマスドライバー群から放った苦物資源パレットの直撃を食らい沈められたはずだった。


『敵艦撃破数、およそ40……全体の13%です』


 先んじて爆発光を分析したのか、〈デリゲイト〉が煙幕が晴れるのを待たずに告げた。

 〈デリゲイト〉の声音に落胆を感じたのは気のせいなのか、テューラには分からなかった。

 直後、煙幕が晴れて現れたのは、大して数の減っていないグォイド艦隊であった。

 〈空間屈曲トライアングル〉を使った月からの実体弾狙撃は、期待したほどの成果を上げていなかったのだ。

 奇妙だったのは、爆煙が晴れると同時に敵艦隊右舷側、テューラ達から見て左方向に向けて、薄い虹色に光る長大な円錐状のUVシールドが複数現れたことであった。

 複数のシードピラーが円錐の底部でシールド発生源となり、先端部を左方向60キロ以上彼方へと向けている。

 シードピラ以外のグォイド艦は、円錐の内部や底部の影にいて健在であった。

 テューラはすぐにグォイド艦隊が鉱物資源パレットに耐えた理由を悟った。

 長大な円錐の先端を、実体弾の来る方角に向けることで、実体弾を逸らしたのだ。

 垂直な壁で実体弾を受け止めれば容易く貫徹されるが、斜めに受け止めれば、実体弾の運動エネルギーを真っ向から受け止めずに、方向だけをわずかに変えることで身を守ることが可能だ。

 もちろん、円錐型のUVシールドを展開したくらいで実体弾を防御できたならば、人類もグォイドもこれまでの戦闘で苦労はしていない。


『あの巨大な円錐型UVシールドは、オリジナルUVD由来出力で展開されているようですね』


 〈デリゲイト〉の報告に、テューラは座席のひじ掛けを拳で叩いた。

 予想してしかるべき事態であった。

 グォイドも総数不明のオリジナルUVDを有しており、それを使用してくる可能性は充分にあった。

 ただこれまでの戦闘でその存在を確認できなかったので、対処のしようが無かったのだ。

 グォイドとて、こういう使い方は想定してたわけではなかったのかもしれない。

 グォイドはメインベルトから始まったこれまでのSSDF迎撃艦隊との戦いで、今日までの数か月にわたり多数のSSDF実体弾投射艦からの砲撃を受けた。

 その経験がグォイドに進歩を促し、オリジナルUVDの出力を用いた円錐型UVシールドによる、実体弾防御術を獲得させてしまったのだ。

 そして敵の確保していたオリジナルUVDは、当然の如くシードピラーに搭載されていたことが判明した。

 ということは、ただでさえ強敵であるシードピラーが、さらに厄介極まる存在になったということであった。


『鉱物資源パレット群の第二弾が到達します』


 〈デリゲイト〉が淡々と告げた。

 次の瞬間、視界の左方向に先端を向け横倒しとなった虹色に光る複数のUVシールドの円錐表面に、無数の水平に近い斜めの直線の閃光が瞬いた。

 目に留まらぬ速度で達した鉱物資源パレットが、円錐状UVシールドに接触した瞬間が、肉眼ではそのように見えたのだ。

 今度は円錐の内側にかくれたグォイド艦には、一隻の被害もなかった。


『敵艦隊に新たな損害は確認できず。

 敵艦隊、減速して次の鉱物資源パレットの回避を試みる模様。

 こちらの月からのマスドライバーを用いた砲撃作戦は完全に読まれたようですね』

「対処策は!?」

『〈メーティス〉にも私にも、特に有効なアイディアはありません。

 鉱物資源パレットによる攻撃は、もう効果を期待しない方が良いかもしれませんが、敵艦隊の釘付けはまだ辛うじてなされています。

 耐えて本命のGP作戦の成功率を上げるだけです』


 〈デリゲイト〉は淀みなく答えた。

 テューラ達人間よりもAIの方がよほど覚悟が決まっているようだった。


『SSDF迎撃艦隊は、敵艦隊左舷側に攻撃をしかけて下さい。

 敵の円錐状UVシールド展開方向とは反対側を狙えば、多少の効果が狙えるかもしれません』

「…………わかった!」


 テューラは〈デリゲイト〉の言葉に従い、すぐさま艦隊各艦への命令を下そうとした。

 だが、事態は彼女の指示を待たずに進行した。


『左舷10時方向3万キロと5万キロの二か所にUV爆発閃光を観測、慣性ステルス航法のミサイル、もしくは飛宙機により、〈空間屈曲トライアングル〉二基が破壊されたものと思われます。

 鉱物資源パレット攻撃はもう不可能になしました』

「!!ッ」
















「エクスプ……」


 ケイジは機械らしくなく長考しはじめた〈じんりゅう〉のインターフェイスボットに怒鳴ろうとして、〈じんりゅう〉の右舷側を巨大な物体が通過し、思わず喉を詰まらせた。

 辛くも衝突を免れたが、ケイジにはその物体が船体下面を擦過する膠着円盤に対し、垂直にそびえる二本の巨大な柱を見た気がした。


「なんだ今のっ!?」

[恐ラク……我々ガ通過シタわーぷげいとカト思ワレル!]


 この質問に対してはエクスプリカは即答した。

 と同時に、左舷側にあるBHの方を向いたワープゲイトの分析図がビュワーの隅のウィンドウに拡大投影された。

 それは【ガス状巡礼天体ガスグリム】最奥空間で、〈じんりゅう〉がつい先刻飛び込んだのと同種の巨大な輪っかであった。

 というより、〈じんりゅう〉が飛び込んだワープゲイトの出口というべきだろう。

 ただ、今は〈じんりゅう〉に対して真横を向いているため、ケイジにはそのそばを通過した際に、二本の巨大な柱だと認識したのだ。


「……でも……なんで……おかしくないか!?」

[俺ニモワカラン!]


 ケイジの『もし、あのリングが膠着円盤を一周してまた〈じんりゅう〉の元に来たならば、あまりにも速すぎる』という質問は、尋ねる前に突っぱねられた。

 エクスプリカによれば、左舷に見えるBHは金星の公転軌道程のサイズがあるという。

 そのBHの周りを、あのワープゲイトが周回しているにしては、〈じんりゅう〉がそこを飛び出てから再び出会うまでの期間が短すぎる。

 〈じんりゅう〉が降着円盤に飛び出てからまだ2分も経過していないはずだ。

 なのに金星公転軌道ほどの円周をもつBHの周りを、あのワープゲイトが一周してきたのならば、あのワープゲイトは亜光速並みの速度で移動していることになる。


[考エテモ分カラン!

 ココハ高重力デ空間マデ歪ンデイル。

 見タ目通リ、理屈通リニハイカン!

 ソレヨリモけいじヨ……オ前サン、自分ノ脳ヲ〈ジンリュウ〉ニ繋グッテコトガ、ドウイウ意味カ分カッテルンダヨナ?……]

「俺の決意が鈍る前に早くせいってば!」


 ケイジはワープゲイト周回速度の奇っ怪さを切って捨てたエクスプリカの問いに、自分で言い出しておきながら、早くも決意が揺らいでいるのを自覚しながら叫んだ。

 事態は一刻一秒を争う。

 BMI(ブレイン・マシン・インターフェイス)は、グォイドとの戦いが始めるはるか前から開発が進められ、主に大気圏内用戦闘機の操縦システム等に装備され、人類同士の戦いで使われてきた。

 それがグォイドとの戦いが続く現代において、戦闘航宙艦のコントロールに用いられていないのは、戦闘機の何百倍もの質量と体積と複雑なシステムを有する航宙艦を、個人のパイロットの脳で制御し、ましてや宇宙戦闘を行おうなどと試みた結果、脳が耐えきれずに数多くの犠牲者を出してきたからだ。

 ゆえに複数の脳で航宙艦をコントロールする【ANESYS】が誕生したのだ。

 そして〈じんりゅう〉の【ANESYS】のアヴィティラ化身は、ここ【オリジナルUVDビルダー】を統べる〈太陽系の建設者コンストラクター〉の異星AIとのコンタクト、【アーク・グォイド】との戦闘、同グォイドからのクラッキングの対処で、いかに超高速情報処理能力を有すれども手一杯であり、このままでは戦闘で物理的に負けるか、クラッキングで負けるかのどちらかだ。 

 しかし、ケイジが脳をBMIとしても使用可能な【ANESYS】の|デバイスを用いて〈じんりゅう〉に繋げることで、情報処理能力を少しでも向上させ、アヴィティラ化身への負担をわずかでも減らすことができれば、勝機はあるかもしれない。


[一応断ッテオクガ、実行シタ場合、オ前ノ脳ニ深刻ナだめーじアルイハ死ガ訪レル可能性ガ大イニ…………ヨシ、ヤロウ!]


 ケイジは一瞬、エクスプリカが物騒なことを言って諦めるよう説得しているかと思い期待したのだが、「やっぱり?」とケイジが言う前に、エクスプリカは途中で180度意見を変えた。


[確カニ……オ前ハ〈ばといでぃあ〉デ、〈ジンリュウ〉ガ【ガス状巡礼天体ガスグリム】内ニ入ッテ以来、目覚メナカッタゆりの達ヲ【ANESYS】ニ繋ガルコトデ目覚メサセタ。

 あれトハ事情ガ大分異ナルガ、彼女達トノ絆ガアルオ前ナラ何トカデキルカモシレナイ……]


 エクスプリカが勝手に納得しだした。

 エクスプリカが言っているのは、ケイジが仮想現実で立川あみDとなって、ユリノ艦長ら演ずる製作スタッフ達と共に、地球のSSDF立川基地の【スタジオ第一艦橋】にて、広報アニメ『VS』を作る羽目になったことを言っているのだろう。

 恐ろしいことに、あの世界からケイジが目覚めてまだ一時間も経過していない……。

 確かにアレとは事情が違い過ぎる。

 だがそうこうしている間に、医療用ヒューボ三台がバトルブリッジに入ってきた思うと、床を滑ってケイジの掛ける機関コントロール席のケイジを囲み、点滴やAEDをスタンバイしはじめた。


[簡単ニハ死ナンヨウニ出来ル限リノ医療的さぽーとハシテオク。

頼ンダゾ!]

「わ、ちょっと待っ――」


 ケイジが今さらのように狼狽えるのを無視して、ケイジの座る機関コントロール席の【ANESYS】用のデバイスが展開すると、ケイジの思考は問答無用で〈じんりゅう〉と一体になった。

 無理に例えるならば、それまでの肉体が粒子レベルで分解され、代わりに〈じんりゅう〉の船体がケイジの新たな肉体となるよう感覚を覚えながら、ケイジ最後の瞬間、ワープゲイト発見と同時に閃いていた一つの可能性の正体に気づいた。

 再びワープゲイトを通ることができれば、クルーの皆と共に、〈じんりゅう〉は故郷に帰れるかもしれない……と。

 ケイジのその希望に、冷や水を浴びせるかのうように、霧散しかけたケイジの思考に呼びかける声があった。


“……消えろ”










『〈ヴァジュランダ〉と〈アラドヴァル〉、キルゾーン到達まであと10分、しかし敵艦隊が減速し、キルゾーン後方に離脱してしまっています。

 このままではGP作戦は不発に終わります』


 テューラは〈デリゲイト〉の報告に「ンなこと言われんでも分かったとるわい!」と怒鳴り返しそうになったが、辛うじて堪えた。

 現在、SSDFによる月からの鉱物資源パレット攻撃は、それを可能にしていた〈空間屈曲トライアングル〉を破壊されたことで、敵艦隊へ命中させることが不可能になった上に、敵艦隊の減速を促してしまった。

 鉱物資源パレット攻撃は〈空間屈曲トライアングル〉の喪失で事実上続行不可能になっていたのだが、それを知らない敵艦隊が、新たな鉱物資源パレット攻撃への警戒を解かなかった為だ。

 鉱物資源パレット攻撃は、敵艦隊の数を減らすだけでなく、敵艦隊を本命の攻撃のキルゾーンへ誘導することが目的であったのだが、鉱物資源パレット攻撃が想定外にグォイドを刺激してしまったのか、事態は人類の望まぬ方向へと転がりつつあった。

 この事態を打開する為の選択肢は一つしかなかった。


『テューラ司令……』

「分かってる!

 〈リグ=ヴェーダ〉、〈ウィーウィルメック〉級とIDN達、および実体弾投射砲艦を除く足の速い戦闘艦艇で、敵艦隊中央を突破し、敵艦隊背面に移動する!」


 テューラは作戦指揮所MC中央のホロ総合位置情報図スィロムに、指先で艦の移動ルートを光るラインで描きながら命じた。


「しかる後に反転し、敵艦隊を背面より攻撃!

 敵艦隊をキルゾーンまで押し出す!」

『…………え』


 迅速な次の指示を求める〈デリゲイト〉の呼びかけに、テューラは即答したつもりだったのだが、どうも〈デリゲイト〉の予想外の答えを言ってしまったようであった。


「…………他に何か名案があったか?」

『いえ、そういうわけでは…………』

「司令、敵艦隊に突っ込むのは良いとして、どうやって減速反転するんですか!?」


 穏やかに呆れる〈デリゲイト〉に続き、キルスティが大真面目に訪ねた。

 もっともな質問だった。

 真空無重力の宇宙において、止まって引き返すという行いは、大気のある地球上で行うよりも何倍も難しいからだ。

 常識的に考えれば、敵艦隊内を通過し、減速し、一旦それまでの速度をゼロにし、再び来た道を引き返すまでに相当な時間を必要とし、その間に敵艦隊にタコ殴りにされるに決まっている。

 だがこの問題に関して、テューラには一応解決策を思いついていた。

 テューラ自身、凄く良いアイディアと思って言ったわけでは無かったが、それを告げた時のキルスティ達のリアクションは、今一つであった。

 だが、テューラ達は躊躇っていられる状況ではなかった。

 10分以内に敵艦隊をキルゾーン内に押し込まねばならない。

 それに失敗すればこの戦いの敗北がその時点で確定してしまう。


「準備出来次第、直ちに実行せよ!」


 テューラは他の誰からも、自分のアイディアより良い案が出ないのを確認すると、迷いを断ち切るように命じた。

 SSDF迎撃艦隊は、宇宙戦闘の常識から考えれば、とてもあとで反転するとは思えない程の加速で全身した。

 テューラは視界の中で大きくなってゆく敵グォイド艦艇の姿に、早くも後悔し始めていた。













“消滅せよ……”


[いいかケイジよ、俺の推測通りなら、お前は自分の身体が〈じんりゅう〉の船体になったような気分になっているかもしれない。

 それは錯覚であると同時に、一面の真実でもある……]


“消滅せよ侵入者よ……”


[お前の想定では、寝ている間に自分の脳の情報処理能力を他力本願的に、ただレンタルするくらいの気分だったかもしれない。

 だが残念ながら、実際のところは脳を繋いで【ANESYS】に力を貸すのはそう都合よくはいかない。

 アヴィティラ化身は現在のタスク全てに、同時並列的に自分が関わるよりも、ある程度役割分担をして、それぞれが己のタスクに注力した方が良いと判断したようだ。

 その方が安全だからだ]


“去れ……滅びよ……邪魔だ……”


[つまりだ……【アーク・グォイド】との戦闘は、お前に担当してもらう。

 その方が、思考混濁症にならずに済む可能性が高い]


“いなくなれ!”


 ケイジは再び【アーク・グォイド】が連射した実体弾を、〈じんりゅう〉そのものとなってヒイヒイ逃げるようにしてなんとか回避しながら、同時並列的に知覚し、理解しうることが可能となった情報量の多さに、自分の意識がぼやけるような感覚を覚えた。

 が、おそろしく滑らかに聞こえるエクスプリカの言葉に目が覚めた。

 エクスプリカの言う通り、ケイジは自分の脳の処理能力を【ANESYS】に貸すということを、かなり軽く考えていたかもしれない。

 その考えの甘さのしっぺ返しを今受けることになったのだ。

 今はそれまでとても目では追いきれなかった〈じんりゅう〉の周囲の降着円盤上の状況が、ハッキリと把握できた。

 再び、【アーク・グォイド】は左舷後方に離れ、次の実体弾を生成し始めたも確認できた。


“死ね!”


 さらに同時に、聞き慣れない声で呼びかけられ続けている。


[それからケイジよ、現在【アーク・グォイド】から行われているクラッキングが、お前の思考にアプローチしてきている可能性がある。

 無視して【アーク・グォイド】との戦闘に集中しろ]


 「簡単に言ってくれるよ!」とケイジは口には出せなかった。

 思うだけで言ったのと変わらないからだ。

 エクスプリカが[……だろうなぁ]と答えた。


“我の邪魔をするな……”


 その声は……いわゆる音声ではない声なき声は、耳を塞げない今のケイジに幾度も幾度も穏やかでないことを訴えかけてきた。

 それこそがエクスプリカの言うクラッキングであることは、今さら確認するまでもないことであった。

 ケイジは人類初の異星からのクラッキングに対し、かなり恐怖していたのだが、少なくともケイジにとってはただの呼びかけに過ぎず、正直拍子抜けしていたが、煩わしいことには変わらなかった。

 その声は、言っている内容こそ物騒であったが、どこか語彙も稚拙で幼い気がしたのだ。

 まるで幼い子供にでもののしられているかのようで、正直怖くない。

 “消えろ! いなくなれ! 邪魔だ!”云々と言われて、はいそうですかと従うわけもなく、そうとしか言えない【アーク・グォイド】のクラッキングへの恐怖は急速に失せていった。

 だからケイジは、そのクラッキングボイスから必死に意識を逸らしながら、対【アーク・グォイド】戦闘に集中しようとした。


[緊張しなくていいぞケイジ!

 【アーク・グォイド】と戦えと言っても、【ANESYS】がお前に求めているのは、同グォイドの攻略方法だ。

 お前が〈じんりゅう〉を動かしているように感じられても、実際は【ANESYS】のサポートがある。

 お前が望むだけでフィニィ少やクィンティルラ並みの操舵、カオルコ並みの砲撃ができるぞ!]


 エクスプリカの言葉にケイジは多少の心強さを感じた。

 いくら〈じんりゅう〉と一体になったといっても、ケイジのセンスで【アーク・グォイド】の実体弾を回避できるとは思えなかった。

 だが、だからといって【アーク・グォイド】の攻略方法を見つけろと言われても困るしかない。

 ケイジは【アーク・グォイド】に初遭遇した瞬間から、エクスプリカに言われるあでもなく必死に状況を整理し、【アーク・グォイド】の撃破手段を考えたてきた。

 それが思いつかないから、他力本願的に自分の脳の【ANESYS】への提供を言いだしたのだ。

 ケイジ自身が考える限り、〈じんりゅう〉で【アーク・グォイド】に勝つのは非常に困難であった。

 【アーク・グォイド】は五柱以上のオリジナルUVDを搭載していることが確認され、少なくとも〈じんりゅう〉と同等のUV出力を有している。

 その上で無限に撃てる実体弾投射砲と、降着円盤上での航行と戦闘に特化した船体と推力をもっているのだ。

 それも恐らく何億年も前から、今日この時に備えてだ。

 スペックの上でも覚悟の上でも、降着円盤上という戦場での経験値の上でも〈じんりゅう〉は劣っていた。

 しかしこの【アーク・グォイド】は必ず倒さねばならない。

 【アーク・グォイド】を倒さずして、〈じんりゅう〉がここまで来た目的は達成できない。

 ケイジは【アーク・グォイド】に遭遇した瞬間から、その結論に至っていた。

 これまでケイジは〈じんりゅう〉と共に、木星と土星でグォイドに操られた〈太陽系の建設者コンストラクター〉の異星遺物に遭遇し、その遺物のコントロール権をグォイドから奪うべく、異星AIとのコンタクトを行ってきた。

 その際に異星AIに出された条件は二つ、人類が異星遺物を扱うに足るる存在であることの証明と、先に異星遺物を操っていたグォイドの排除であった。

 ゆえに今、地球に迫る【ガス状巡礼天体ガスグリム】をグォイドから奪いたくば、【アーク・グォイド】を倒さないわけにはいかないのだ。


 ――だが……どうやって……――


 ケイジは【アーク・グォイド】を倒す方法など浮かばぬまま、再び実体弾が撃てるようになる前に、左舷後方にいる【アーク・グォイド】の位置まで後退し、左舷に向けた主砲での再攻撃を試みた。

 【アーク・グォイド】はこの動きに対し、自らも後退することで攻撃を受けるのを避けようとしたが、そこへ〈じんりゅう〉が追いつきそうになったところで急に前進加速に切り替え、〈じんりゅう〉の前方へと躍り出た。

 それは〈じんりゅう〉にとってチャンスであるはずだった。

 いかにオリジナルUVDを複数持つ【アーク・グォイド】であっても、艦尾のスラスターノズル周りは弱点のはずだからだ。

 しかし、左舷から前方に主砲塔を旋回させながら斉射したUVキャノンが届く前に、【アーク・グォイド】ははるか前方に離れていってしまった。

 ケイジは慌てて〈じんりゅう〉を加速させ、【アーク・グォイド】の後方から射程圏内に納めようとする。

 この時、ケイジは奇妙な感覚を覚えた。

 【アーク・グォイド】も〈じんりゅう〉も、加速すればするほど膠着円盤の外側方向へと移動しているのだ。

 それはBHの高重力と、回転に伴う遠心力が釣り合うことで存在する降着円盤上で加速すると、BHの重力に対して遠心力が優勢になり、結果として降着円盤の外方向へと否応も無く押し出されてしまっているのであった。

 ということは、逆に不用意に減速した場合、膠着円盤の遠心力の加護を失い、BHの高重力に引き寄せられ、下手すればそのままBHに吸い込まれてしまうはずだ。

 そして同じ理由で、【アーク・グォイド】が無暗に上昇して、決して安全とはいえない膠着円盤のプラズマ流から離れないのは、遠心力の発生してる膠着円盤から上下方向に離れれば離れるほど、BHの高重力に引き寄せられ、ともすればそのままBHに吸い込まれてしまうからなのだ。

 ケイジがその事実を理解したのとほぼ同時に、右前方に加速遷移した【アーク・グォイド】が、その長大さを感じさせぬ機敏さでヒョイと反転すると、艦首である砲口をこちらに向け、実体弾を乱射しながら〈じんりゅう〉へと突っ込んできた。


「!!!!!」


 ケイジは〈じんりゅう〉の根幹部分に実体弾を命中させないだけで精一杯であった。

 船体前下部第四砲塔、〈エックス・ブースター〉の放熱フィン、主船体上部左舷の対艦ミサイルランチャー・キャニスターが吹き飛ぶ。

 ケイジは死神の鎌に喉を撫でられる気分で、迫る【アーク・グォイド】とすれ違った。

 だがただでは【アーク・グォイド】を通さなかった。

 ほぼ乱射のごとく浴びせかけたUVキャノンを、【アーク・グォイド】に真正面から命中させてもいたのだ。

 しかし、再び左舷後方に遷移した【アーク・グォイド】に、どれだけのダメージを与えられたかは不明だった。

 ケイジは少しだけこの降着円盤上での戦いのルールを理解できた気がした。

 

[ケイジよ、分かっているとは思うが、戦いを長引かせるなよ。

 あと一分以上〈じんりゅう〉に脳を繋げていた場合、命の保証はしかねるぞ]


 ケイジはエクスプリカの言葉に声なき声で叫んだ。
















「…………ぅおぉぉぉ!!」


 テューラはメインビュワーを覆うシードピラーの船体に、悲鳴を低い雄たけびに変えて誤魔化した。

 敵の砲撃がUVシールドを好き放題に叩き、〈リグ=ヴェーダ〉内作戦指揮所MCを揺さぶる。

 敵グォイド艦隊を真正面から突き破るのは、とても心臓に悪い行いと言えた。

 突入前に、まず濃厚な煙幕弾頭ミサイルを敵艦隊に向けて放ち、それを追うようにして突っ込んでいったが、敵艦の迎撃は運が悪ければ直撃して、即SSDF艦を轟沈させるだろう。

 SSDF突入艦隊約30隻は、煙幕の中で己の位置の露見を避ける為、一発の武装を放つことも許されずに、ただ黙々と突っ込んでいった。

 だが、敵艦隊突破直前までに喪失した艦は、想定の20%にも達しなかった。

 グォイド艦隊はまだ右舷方向からの鉱物資源パレット攻撃を警戒しており、円錐型UVシールドや鉱物資源パレットを迎撃するつもり砲を右舷側に集中していたのだ。

 加えて敵艦隊の実体弾投射砲艦はすでに存在せず、その中を到底反転してきた道を引き返す予定とは考えられぬ速度で駆け抜けた結果、突入したSSDF艦艇への迎撃はあまり注力されていなかったのだ。

 問題はこの後であった。


「突入艦艇全艦、トラクタービーム起動用意!」


 宇宙での常識では、宇宙船が来た道を引き返すのには、ただ通過する場合の何倍もの時間とエネルギーを要する。

 しかし、それらの問題をキャンセルする裏技がテューラ達にはあった。


「だから使えば良いだろう?

 ここで使う為に作られたのかは分からんが、例の“トラクタービーム”とやらをさぁ……」


 およそ五分前に、テューラが艦隊クルーに告げた時、キルスティ達は大いに呆れたという表情をしていたが、他に名案が浮かばない以上、テストなど一度とて行われていない異星のテクノロジーに頼る他なかった。


『全艦、カウントファイブでトラクタービームを使用してください。

 5……4……3……2……トラクタービーム照射!』


 艦隊の中でもっともトラクタービームに詳しい〈デリゲイト〉が、全艦に指示を送った。

 その瞬間、ほぼ針に近い細い円錐陣形を撮とっていたSSDF艦隊は、最後尾から前方の僚艦に向けて、装備されたトラクタービームを放った。

 黄金に輝く幅広のスポットライトのようなそのビームは、見えない鎖となって、前方の艦を繋ぎ留めた。

 そして前方の艦へ、また前方艦のへと光の鎖は繋ぎとめられ、戦闘を務める〈ウィーウィルメック〉と量産型〈ウィーウィルメック〉二隻が、SSF突入艦隊左舷前方、敵艦隊最後部に存在したシードピラーに向かって、最大出力のトラクタービームを放った。

 その結果SSDF突入艦隊は、シードピラーを支点にした巨大なブランコのように、前進に使っていた運動エネルギーを偏向し、利用された哀れなシードピラーをブン回しながら一瞬だけ前後方向への移動を完全停止すると、シームレスにUターンを開始した。

 それはちょうど敵艦隊の真後ろでの出来事であった。


「撃ち方はじめ!!」


 SSDF突入艦隊は艦隊の移動方向が180度変わるのと同時にテューラの指示が飛び、艦隊は全力で攻撃を開始した。

 UVキャノン、UV弾頭ミサイル、オプション装備の実体弾投射砲、それらが敵艦隊最後部のシードピラーやその護衛艦を襲う。


『敵艦隊、加速を開始しました』

「キルゾーンへの突入は!?」


 〈デリゲイト〉の報告に、テューラは総合位置情報図スィロムを睨みながら尋ねた。


『……成功です。

 このままいけば、敵艦隊は〈ヴァジュランダ〉〈アラドヴァル〉到達時にキルゾーン内に納まります!

 ですが…………当SSDF突入艦隊も早く脱出せねば……もう間もなく――』

「全艦脱出急げ~っ!」


 テューラは〈デリゲイト〉の言葉を最後まで聞かず命じた。

 SSDF突入艦隊は、最大加速で再び敵艦隊内の突破を開始した。

 人類が【ガス状巡礼天体ガスグリム】前方グォイド艦隊に対して行った最後の迎撃作戦『GP作戦』が、もう間もなくグォイド艦隊に襲いかかるのだ。

 だが苦労してそのキルゾーン内に納めたグォイド艦隊の中に、自分達まで紛れていれば、グォイドの道連れになるのは避けようがなく、テューラは必死に突入艦隊の脱出を急かした。

 SSDF突入艦隊が敵艦隊内から脱出を果たすと、グォイド艦隊は突然突入し、好き放題暴れたた上で脱出を図る少数艦隊を追いかけるようにさらなる加速を開始した。

 それは敵グォイド艦隊を『GP作戦』のキルゾーンの中心部に誘導することとなり、人類にとっては望むところであった。

 背後から攻撃を受けるSSDF突入艦隊にとっては、心臓に悪い事態以外の何物でもなかったが……。

 しかし、それも耐えねばならないのはあとわずかの時間だけであった。


『〈ヴァジュランダ〉〈アラドヴァル〉到達まであと30秒。

同艦最終加速を開始しました。

 SSDF突入艦隊、キルゾーン脱出まであと……』


 〈デリゲイト〉はそれ以上余計なことは言わなかった。


『〈ヴァジュランダ〉〈アラドヴァル〉到達まであと10……9……8……』


 〈デリゲイト〉のカウントダウンが始まる。

 人類は、〈ヴァジュランダ〉〈アラドヴァル〉というオリジナルUVDを最初期に搭載した二隻の艦を、メインベルトの二か所から【ガス状巡礼天体ガスグリム】を挟むようにして、メインベルトを周回する小惑星密集エリア【集団クラスター】そのものを【ガス状巡礼天体ガスグリム】前方グォイド艦隊に加速してぶつけ、これまで戦ってきた。

 だが同目標を狙うのに使える【集団クラスター】を使いつくし、〈ヴァジュランダ〉〈アラドヴァル〉は本来の用途での戦闘参加はもう不可能になったかに思われた。

 だが、本来の用途以外であれば、まだ【ガス状巡礼天体ガスグリム】前方グォイド艦隊に行える攻撃手段があった。


『4……3……2……到達!』


 その瞬間、テューラ達の背後でSSDF突入艦隊に攻撃を続けるグォイド艦隊が、左右から迫る見えない壁にでも激突されたかのように、一瞬にしてまとめて一枚薄い金属の板に押しつぶされた。

 グォイド艦隊がいたはずの空間には、決して破壊されることのないオリジナルUVD数柱だけがクルクルと回転しながら浮かび残され、1秒にも満たない間をおいて、板にされたグォイド艦艇の人造UVDだったものが連鎖爆発した。


「うひゃぁ!」


 テューラはSSDF突入艦隊のすぐ後ろで発生した大爆発に、〈リグ=ヴェーダ〉が蹴っ飛ばされたかのように衝撃波で押され、短く悲鳴を上げた。


『〈ヴァジュランダ〉〈アラドヴァル〉、後方を通過します』


 大爆から数秒遅れての〈デリゲイト〉の報告、直後に全長全幅が数キロ単位の巨大な傘のような航宙艦が、SSDF突入艦隊の左右から高速接近し、グォイド艦隊の大爆発の上下を爆炎をかき乱すようにして通過し、また宇宙の虚空へ遠ざかっていった。




 〈ヴァジュランダ〉〈アラドヴァル〉は撃つべき【集団クラスター】を失ったが、複数のオリジナルUVD出力を有効に活かせる同艦を、このまま使わないでいるのはあまりにも無駄であった。

 そこで人類は、無人にした同艦そのものを大質量実体弾として、敵グォイド艦隊に体当たりさせるという戦術を考え出した。

 メインベルトから【ガス状巡礼天体ガスグリム】のいる位置までは相当な距離があったが、〈ヴァジュランダ〉〈アラドヴァル〉を前後反転させ、後方に向かって【集団クラスター】を放つに使った大出力のUVエネルギーを照射すれば、それはUV推進と同じ効果を発揮し、短時間での加速力はなくとも、長時間の加速継続で実体弾並みの速度での移動速度を出すことが可能となる。

 地球圏手前になるが、ギリギリで【ガス状巡礼天体ガスグリム】前方グォイド艦隊への到達が間に合う計算であった。

 しかも、いわゆるUVスラスターのような噴射炎は発さない為、光学観測でグォイドに発見される可能性は低かった。

 だが、如何に巨大な〈ヴァジュランダ〉〈アラドヴァル〉とはいえ、グォイド艦隊を体当たりで仕留めるのは困難であった。

 宇宙の広さに比べれば、目標グォイド艦隊は小さい。

 だから【ガス状巡礼天体ガスグリム】前方グォイド艦隊の左右から急接近した〈ヴァジュランダ〉〈アラドヴァル〉は、目標の手前で再び反転し、それまで推進に使い、【集団クラスター】の移動をも可能にするオリジナルUVD由来出力のUVエネルギーを広域照射したのだ。

 そのUVエネルギーは疑似重力となって【ガス状巡礼天体ガスグリム】前方グォイド艦隊を左右から挟み、さらにそこへ〈ヴァジュランダ〉〈アラドヴァル〉の運動エネルギーが上乗せされた。

 それはUVキャノンでも実体弾でもなかったが、グォイド艦艇を押し潰すのには充分な〈重力プレス機〉となった。

 いかにオリジナルUVDを搭載したシードピラーであっても関係無かった。

 真っ先に非オリジナルUVD搭載グォイド艦が潰され、オリジナルUVD搭載のシードピラーは一秒にも満たないわずかな時間耐えただけで、すぐに他のグォイド艦を追って板となって潰された。

 こうして、UVエネルギー照射空間であるキルゾーン内にいた【ガス状巡礼天体ガスグリム】前方グォイド艦隊を、ペラペラの板にした〈ヴァジュランダ〉〈アラドヴァル〉は、互いに衝突するギリギリの距離ですれ違い、再びメインベルトへと向かって飛び去っていった。

 人類は、数か月前から加速を開始させていた〈ヴァジュランダ〉〈アラドヴァル〉を用いることで、見事【ガス状巡礼天体ガスグリム】前方グォイド艦隊の殲滅を成し遂げたのであった。


「…………やったか?」


 テューラはグォイド艦隊の爆炎が納まるのを待ってから、慎重に尋ねた。

 爆炎の張れた空間に、グォイド艦の残骸以外で動くものは何もなかった。


『〈ヴァジュランダ〉〈アラドヴァル〉は、無理な運用で船体にかなりのダメージを負ったものの修復の範囲内、メインベルトまでかけて減速停止の予定』


 〈デリゲイト〉が告げるのをテューラは上の空で聞いていた。

 爆炎の張れた後にはグォイド艦はもう存在しなかった。

 だがその彼方には、相変わらず前進を続ける【ガス状巡礼天体ガスグリム】があったからだ。

 それがそのまま地球圏を通過すれば、人類の安寧が訪れるはずであった。

 だが…………


『…………か聞こえるか!? ……こちらSSDF・VS‐80…………ァブニル〉……現在………………が………………っている!

 全SSDFは直ちに…………せよ! 繰り返す! ……』


 そのノイズまみれの通信音声は、間違いなく【ガス状巡礼天体ガスグリム】から聞こえてくるものであった。

 そしてその通信音声の主が、一体なにを訴えたかったのかは、ノイズを除去するまでもなく分かった。

 銀色のガスの包まれた巨大な円筒状物体【ガス状巡礼天体ガスグリム】、その前方中心部のガスを突き破り、巨大な塊がゆっくりと姿を現したからだ。

 正面から見る限り、それは巨大な凸レンズのような半球状であったが、その表面は数々の攻撃を受けたお陰で歪に傷ついていた。

 レンズの直径は約3000キロ。

 その正体をテューラは知っていた。


『…………グォイド……プラントだ!』












 ケイジは降着円盤上をまるでドッグファイトするかのごとく飛翔しながら、数度にわたる【アーク・グォイド】との実体弾攻撃をかわし、あるいはUVキャノン攻撃しかけ、徐々に希望を失いかけていた。

 〈じんりゅう〉からの攻撃では【アーク・グォイド】への効果はなく、逆に〈じんりゅう〉の方は、【アーク・グォイド】の放つ無限の実体弾のダメージが蓄積し、徐々に命中精度を上げてきている実体弾が次こそ直撃するともしれなかった。


 ――…………みんな…………ゴメン…………ゴメン……本当に……――


 ケイジは希望を失いかけていた。

 その時――


『お待たせしましたケイジさ~ん! お届け物で~す!』


 底抜けに明るい声が、ケイジの意識に響いてきた。

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