▼最終章『道は地平の彼方に』 ♯3


 とても全長4キロの船体が行う動きではなかった。

 だがこの膠着円盤で何億年も過ごしてきた敵グォイドにとってはお手の物だったのかもしれない。

 ケイジはそのグォイドと目が合ったような気がして、思わず「ヒッ」と息を呑むのと同時に、その細長い巻貝のようなグォイドは鋭く尖った先端部から、マズルフラッシュと共に実体弾をバースト射撃した。

 敵グォイドの先端は実体弾の砲口だったのだ。

 ケイジは一瞬三途の川を渡りかけた気がしたが、〈じんりゅう〉が沈むことはなかった。

 代わりに〈じんりゅう〉はアヴィティラ化身の操舵と思われる猛烈なロール機動で実体弾を回避した。

 ケイジは実体弾がUVシールドを掠めた際の衝撃が、フィードバックしてブリッジを揺さぶるのを感じたが、それよりも感がシェイクされたことの方が百倍苦痛だった。

 今回も辛うじて〈じんりゅう〉は沈まなかったが、敵弾はついに〈じんりゅう〉のUVシールドには達した。

 ただ直撃ではなかった為に、〈じんりゅう〉のオリジナルUVD出力の強靭なUVシールドが敵弾を無理矢理逸らしてくれただけだ。

 次はこうはいかないだろう。

 数秒後にでも敵グォイドはさらに接近することで、照準修正された新たな実体弾砲撃を〈じんりゅう〉に直撃させ貫いてもおかしくなかった。

 その時はUVシールドはもたないだろう。

 ケイジは〈じんりゅう〉のロール機動が終わると同時に、敵グォイドの位置を再確認しようとした。

 だが敵グォイドの姿は見えず、さらに数秒が経過しても〈じんりゅう〉に新たな実体弾が命中することもなかった。


[敵艦、左舷後方7時、距離300きろノ位置マデ後退!]


 エクスプリカが敵位置を教えてくれた。

 敵グォイドは何故か〈じんりゅう〉から距離をとったらしい。

 ケイジはビュワーに拡大投影され敵グォイドの姿に戸惑った。

 敵グォイドは〈じんりゅう〉を沈める絶好のチャンスを自ら放棄したに等しい。

 しかし、その理由はすぐに分かった。

 ビュワーの望遠映像内で、敵グォイドは前半部分の白にピンクのラインが入った貝のような円錐部分の基部を、数基のダクト状にぱっくりと展開させ、ロール回転させながら、そのダクト部分を下面に走る膠着円盤のプラズマガス流に浸していたのだ。

 その光景を見た瞬間、ケイジは全てに合点がいった。

 敵グォイドは〈じんりゅう〉に実体弾を撃たなかったのではなく“撃てなかった”のだ。

 何故ならこれまでの〈じんりゅう〉への実体弾砲撃で、蓄えていた実体弾を撃ち尽くしてしまったからだ。

 これが弾体を撃ち尽くした普通の実体弾投射艦ならば、これで無害になるのだろうが、今相対してる敵グォイドの場合は違うのだ。

 敵グォイドはダクト状の装置をプラズマ流に浸すことで、超高速で膠着円盤のを形成している物質を取り込み、それを材料にして新たな実体弾を体内で製造しているのだ。

 つまり敵グォイドは実体弾を一旦撃ち尽くしても、膠着円盤の上にいる限り幾らでも実体弾を補充し、再び撃ちまくることができる。

 ケイジは雪国である故郷で雪合戦した時のことを思い出した。

 雪合戦の最中に、雪玉の材料に困ることなどない。そこいらじゅうに雪玉の材料はあるのだから。

 グォイドとの宇宙戦闘において、最も敵を屠った武装は双方ともに実体弾投射砲であった。

 ただ実体弾は何も無い宇宙では補充ができない為に、それ以外の武装が発達し、使われてきたのだ。

 だから弾体の補充に困らない実体弾投射砲艦がもしも存在したならば、遺憾ながらそれは最強の宇宙戦闘艦ということになる。

 実体弾投射砲など有していない〈じんりゅう〉にとって、それは最強最悪の敵であった。

 今〈じんりゅう〉を動かしているアヴィティラ化身は……ユリノ艦長達クルーは、いかにしてこの最強最悪の敵と戦おうとしているのか?

 ケイジはクルーを信じていたが、具体的にどうするかまでは想像の範囲外だった。

 だが彼女は敵グォイドが新たな実体弾を製造しているわずかな時間を座して待ちはしなかった。

 左舷後方に下がった敵グォイドに対し、〈じんりゅう〉は急減速をかけ瞬時に敵グォイドの真横……というより隣にまで移動すると、左舷に向けた全十二門の主砲を連続でぶっ放した。

 距離にして1キロも開いていない割にUVキャノンの命中率は今一つ悪いように感じられたが、それでも敵グォイドの巻貝のような船体前半部分に、UVキャノンの光の柱は次々と命中し、ついには敵UVシールドを貫徹して敵船殻に直撃した……。

 だが、その細長い巻貝の殻の表面は、焦げ付きはすれど貫くことはできなかった。

 敵グォイドの船殻は、〈じんりゅう〉の(オリジナルUVD出力の)UVキャノンが通じない程に分厚く頑丈なのだ。

 敵グォイドはUVキャノン命中の衝撃で激しく態勢を崩したが、それだけだった。

 すぐに態勢を立て直した敵グォイドは、向かい風状態のプラズマ流に自ら身を浸すことでさらに減速し、〈じんりゅう〉の左舷後方へと離れていった。

 ケイジは自分の目で見たものが信じられなかった。


[けいじヨ、良イにゅーすト悪イにゅーすガアル!]

「ふぁ! なんだって!?」


 エクスプリカの呼びかけにケイジは飛びつくように尋ねた。


[あヴぃてぃらハ奴ノコトヲ【アーク・グォイド】ト命名! 以後当該ぐぉいどヲ【アーク・グォイド】ト呼ベ!]

「……! で良いニュースは!?」

[今ノガ良イにゅーすダ!

 悪イにゅーすハあヴぃてぃら|ガ【アーク・グォイド】カラくらっきんぐヲ受ケテイル! 

 故ニ彼女ノ情報処理能力ガ著シク低下シテイル!

 ツマリ……トッテモヤバイゾ!]

「…………」


 ケイジはエクスプリカの言葉の意味が、一瞬理解できなかった。

 









『SSDF航宙士の諸君に達する。

 すでに知っているだろうが私は旧【カチコミ艦隊】指揮官にして、現SSDF対ガス状巡礼天体ガスグリム迎撃作戦、通称【GP作戦】の前線指揮官を担当することになったテューラ・ヒューラだ。

 戦闘指揮母艦〈リグ=ヴェーダ〉から話している。

 現在、SSDF対ガス状巡礼天体ガスグリム迎撃作戦開始まであと10分だ。 この最終作戦が実施される前のわずかな時間を利用し、少しだけ私の言葉を伝えておこうと思う。

 これから諸君らが実施する作戦は、文字通り人類の命運を賭けた戦いだ。

 人類という言葉は、この戦いが終わった後からは、まったく別の意味を持つようになるからだ…………』



 ――……数分後・〈リグ=ヴェーダ〉内作戦指揮所MC――



 テューラは作戦前スピーチを終えると同時に、猛烈な勢いで頬に脂汗を流しながら指揮官席に腰をとした。

 そして大きな溜息をついてからゆっくり顔を上げると、なんとも言えない表情のキルスティと目が合った。

 彼女の瞳は、無言で『our Independence Day! て……』と呟いているような気がしたが、尋ねる精神的余力はテューラにはなかった。

 テューラは今さらながら、頑なにスピーチを嫌がるユリノの気持ちがとてもよく分かった。

 テューラは自分だってこんな演説したくなかったんだよっ! ムギント提督のスピ原にこう書いてあったんだよ! と目で訴え返したが、キルスティに伝わってはなさそうであった。

 テューラはあくまで前線指揮官に過ぎず、この艦隊の正式な指揮官は、直近の二度のグォイド大規模侵攻迎撃戦の指揮をとったサー・パトリック・ムーギント大将なのだが、後方のオリジナルUVD搭載指揮母艦・アリゾナ級改〈エイブリーLシスコ〉に座上してる彼は、「歴史の教科書にはもう載り飽きた」と、このタイミングでのスピーチを命令という形でテューラに譲ったのであった。

 ヤだ! 何を言ったら良いか分からない! というテューラに、とっておきのスピーチ原稿を渡して……。

 

「………あの……良かったですよ……とっても……スピーチ……」


 キルスティが思い出したようにコメントした。

 それから気まずそうに顔を外景ビュワーに向けた。

 〈リグ=ヴェーダ〉から見る【ガス状巡礼天体ガスグリム】は、すでに肉眼で見ても視界を覆う程に巨大になって、作戦指揮所MC内のビュワーを埋める勢いで迫っていた。

 【ガス状巡礼天体ガスグリム】前方のグォイド艦隊は、背後の【ガス状巡礼天体ガスグリム】に比べればゴマ粒のように小さかったが、その中のシードピラー30隻の内一隻でも地球到達を許せば、止めることの不可能な人類滅亡への第一歩になりかねなかった。

 仮に地球が陥落しても、まだ火星や木星圏があり、一応地球からの一般市民の避難も続いてはいるが、まだ完全なる自給自足態勢が確立されているわけではない両星は、地球無しの状態でグォイドに勝つことは不可能だろう。

 そしてゴマ粒のように小さく見える艦隊であっても、300隻以上のグォイド艦がシードピラーの周囲を固めており、現SSDF迎撃艦隊が艦対艦戦闘でこれを打ち破るのは、敗北前提の消耗戦の覚悟が必要だった。


『間もなく【GP作戦】開始時刻です。

 迎撃艦隊は所定の行動を開始してください』


 〈デリゲイト〉が告げた。

 彼女は迎撃艦隊に属したIDN内の、異星人造UVDの制御コンピュータ間で半クラウド化し、月の戦略AI〈メーティス〉と一体化に近しいレベルで連携し、本作戦の監督進行を行うことになっていた。

 ……ということは、【GP作戦】は実は人類初の異星文明との対グォイド共同作戦だったわけだが、テューラ達はその事実に頓着しているどころではなかったので、その事実がフォーカスされることはなかった。


『指定艦艇は指定座標へのスモーク、およびUV弾頭ミサイルの発射を開始してください』


 〈デリゲイト〉の声が響くと同時に、〈リグ=ヴェーダ〉とその左右前後上下に展開したSSDF迎撃艦隊各艦艇から無数のミサイルが発射された。

 作戦指揮所MC内のメインビュワー画面左右上下の縁から、逆放射状に噴射炎が画面中央に向かって伸びて行く。

 それらは敵グォイド艦隊までの距離の半分も行かぬ間に、たちまち敵の放つ対宙迎撃レーザーにより切り裂かれ、爆発し塵となった。

 宇宙戦闘においてミサイルは、光速で達する対宙レーザーにとっては余りにも低速であり、遠距離からの発射では目標到達前に迎撃されてしまう確率が非常に高く、現距離でのUV弾頭ミサイルの敵グォイド艦への命中はは期待できなかった。

 だが、それは当然SSDFにとって織り込み済みの事態であった。

 グォイド艦隊に向かって放たれたミサイルの大半は、敵の光学観測を妨げることが目的の煙幕スモーク弾頭であった。

 それらは敵艦隊左右方向へ向かう段階で迎撃されると、爆発と同時に艦隊と同等のサイズの巨大な白い煙の塊となり、巨大化し続けながら慣性のままにグォイド艦隊に向かった。

 グォイド艦隊は向かってきたSSDFのミサイル群が、主に煙幕弾頭だとすぐに理解したが、その中にUV弾頭が混ざっている為に迎撃を続けないわけにはいかなかった。

 結果として、グォイド艦隊は一定の期間、艦隊左右の視界を奪われる状況となった。

 そのわずかな時間がグォイドにとっての重大な隙となった。

 

『UV弾頭ミサイル第二射および実体弾UVキャノンの発射を開始してください』


 最初煙幕がグォイド艦隊に達する直前、〈デリゲイト〉の新たな指示と共に、SSDF迎撃艦隊がUV弾頭ミサイルおよび実体弾、UVキャノン……ようするに攻撃兵装の全てをぶっ放した。

 UVキャノンは有効射程外であり敵艦艇のUVシールドを貫徹できなかったが、承知の上だった。

 そもそもが目くらましと足止めが目的の攻撃であった。

 放たれたUV弾頭ミサイル、実体弾、UVキャノンは敵グォイド艦隊左側面および上下に向かって殺到した。

 これにより敵グォイド艦隊は、左右は煙幕、上下はSSDF艦隊の砲撃により、左右上下方向への散開が著しく阻害された。

 その瞬間を狙い、月のマスドライバー群より、実体弾代わりに放たれた鉱物資源パレットが殺到した。






 人類にとって地球の衛星・月は、太古の昔より地球の守護者のような存在であった。

 グォイドに対するSSDFの基地として役立ってきたことはもちろん、太古より地球に命中するはずだった数々の隕石を、その背面で受け止めてきたと言われている。

 しかし不幸なことに、人類の存亡を賭けたこの最後の戦いにおいて、月はその位置において人類に味方してはくれなかった……少なくとも自主的には……。





 人類はグォイド遭遇以前から、宇宙開拓の橋頭保として月を開発し、他の惑星開発や宇宙ステーション建造の為の鉱物資源調達の場として利用してきた。

 当然の帰結として、その地表には、月面で採掘された鉱物資源を地球圏外へと輸送する為のマスドライバー(大質量射出装置)が数多く建造されており、まだUDOと呼ばれていたグォイドとの初遭遇戦でも大いに活躍してきた。

 そのマスドライバーが、目的が違う以外、機能的に実体弾投射砲とまったく同一の装置であり、兵器として転用することができたからだ。

 単純に、月が【ガス状巡礼天体ガスグリム】と地球との間に立ちはだかっていてくれたならば、今回の迎撃戦闘において月のマスドライバー群でグォイド艦隊を叩くことができたのだが、運命か宿命か……月は【ガス状巡礼天体ガスグリム】から見て地球の影に入る直前であった。

 当然ながら、月のマスドライバー群から【ガス状巡礼天体ガスグリム】前方のグォイド大艦隊を直接狙うことは、地球が邪魔で不可能であった。

 しかし裏技が人類には存在していた。

 【ヘリアデス計画】時に、ムカデ・グォイドのボディごと入手していた多数のオリジナルUVDだ。

 正直人類はオリジナルUVDを持て余し気味であった。

 オリジナルUVDがあっても、それを搭載するに相応しい航宙艦や装置などの使い道が無かったからだ。

 が、今回は違った。

 ムカデ・グォイドの節三つずつをUVワイヤーで繋ぎ、一辺100キロの三角形にした装置〈空間屈曲トライアングル〉十数基を、月から月公転軌道沿いに、戦闘宙域手前まで等間隔で並べていたのだ。

 この新兵装〈空間屈曲トライアングル〉は、オリジナルUVDの無限のUV出力で、力任せに三角形の中の空間を数度だけ歪めることができる。

 この三角内を通過した物体は、速度に関係なく、方向を変えることが可能なのであった。

 それが十数基並ぶことで、断面が三角形の緩いカーブを描いたパイプの中を、地球の影に位置した月のマスドライバー群から放たれた鉱物資源パレットが、実体弾と変わらぬ速度で飛翔した。

 結果、直進するはずだった鉱物資源パレットは、速度を落とさぬまま三角形のパイプ内を通過することで、地球の影にあった月から緩いカーブを描きながらグォイド艦隊の側面に到達したのである。

 グォイド艦隊は、鉱物資源パレット到達予定時刻にタイミングをあわせて行われたSSDF迎撃艦隊からの煙幕と砲撃により、視界を遮られた上に散開することを封じられ、突然煙幕を突き破って艦隊右側面から襲ってきた鉱物資源パレット気づくこともできぬまま、まともにこれを食らうこととなった。




 見えない何かが突然グォイド艦隊右側面を覆う煙幕を蹴散らしたかと思うと、次の瞬間、SSDF迎撃艦隊の視界の彼方で、無数のUV爆発光が瞬いた。

 それは間違いなくグォイド艦艇の爆発による輝きであった。














「クラッキング? クラッキングってあのクラッキング!?」

[ソウダ! あヴぃてぃらハ今、ぐぉいどカラト思ワレル電子戦ヲ仕掛ケラレテイル!]


 ケイジは我が耳を疑い訊き返したが、エクスプリカの返答はケイジの聞き間違いではないこと告げた。

 俗に言う“クラッキング”あるいはハッキングと呼ばれる行いは、ケイジの理解で語るならば、コンピュータを用いて標的コンピュータ内のプログラムに電子的に侵入し、攻撃することだ。

 ケイジが驚いたのは、人類同士の争いの中でならばともかく、グォイドとの戦いでこれまでクラッキングされた記録など無かったからだ。

 グォイドが人類のSSDF艦艇等にクラッキングをしてこないのは、グォイドが人類を知的生命体と認識していなかったからだ……という説や、人類が遭遇したグォイド艦艇には、電子戦を行うだけどスペックが無いからだという説が唱えられてきた。

 グォイド艦艇は、人類の航宙艦に宿る(クルー含む)知性に比して、コンピュータとして考えた場合の情報処理能力が低いことがこれまでに分かっている。

 それは、グォイド艦艇の生産性を上げる為の処置であり、またグォイド艦艇間で情報処理をクラウド化して処理しつつ、より大型で知性の高い命令系統の上に位置するグォイドからの指示に、ただ従うだけなのだと思われていた。

 人類はUDOとの遭遇当初は、異星技術によるクラッキングを恐れ、SSDF航宙艦のメインコンピュータ等には施せるだけのセキュリティを施したが、実際にクラッキングを受けた事例は無かった。

 その意思も能力も無かったからだ。

 だが、ここ【オリジナルUVDビルダー】にて遭遇した【アーク方舟・グォイド】は違ったのだ。

 【アーク・グォイド】は初めて【オリジナルUVDビルダー】を訪れたグォイドの始祖にして、今は無き文明のデータの箱舟であり、グォイドの命令系統の頂点に立つ存在と思われる。

 ……ならば当然知性はある……あるどころか人類の有する戦略AI〈メーティス〉や、他のどの知性をも上回る情報処理能力を持っていても不思議ではない。

 そしてここ【オリジナルUVDビルダー】にまで訪れた〈じんりゅう〉という存在を、【アーク・グォイド】が知性無き存在だとは思うわけも無かった。


「で! アヴィティラ化身はそのクラッキングに勝てそうなのか!?」

[辛ウジテ持チコタエテイル!

 【アーク・グォイド】ハあヴぃてぃらニ対シ、コノ場所カラノ退去と降伏ヲ求メツツ、〈ジンリュウ〉ノ船体制御ヲ奪オウトシテキテイル!

 コレニ対シあヴぃてぃらハ、〈太陽系の建設者コンストラクター〉ノ異星AIトノこんたくとモ並行シナガラ対抗シテイル為、彼女ノ情報処理速度ヲモッテシテモ操艦ガ疎カニナッテル! 非常ニ危ウイ状態ダ!]

「おおぉおお…………」


 思っていたよりも数倍厳しい状況にケイジは呻いた。

 クラッキングなんて人同士の争いの中でしか聞かない言葉だと思っていた。

 ましてや異星のテクノロジーによるクラッキング対策など、アヴィティラ化身にだって初めての経験であり、苦戦するのは当然であった。

 散々苦労してここ【オリジナルUVDビルダー】たるBHの膠着円盤までたどりついたが、このままでは【アーク・グォイド】の実体弾かクラッキングのいずれかに負ける。

 エクスプリカの報告にショックを受けている合間に、プラズマ流から材料を取り込み、再び実体弾をため込んだ【アーク・グォイド】の砲撃が始まった。

 ケイジは再びシェイクされ始めたブリッジの中で叫んだ。


「エクスプリカ! 俺にできることは!?」


 ケイジはシートの上で身を突っ張らせながら叫んだ。

 このままでは負ける……これまでに得られた情報から考える限り、その結果しか考えられなかった。

 【亡命グォイド】のアビーの証言からでは、【ガス状巡礼天体ガスグリム】に到達した後のグォイドの始祖たる異星の種の箱舟が、何をどうして【オリジナルUVDビルダー】をコントロール下においたのかについては分からなかった。

 だが、今ここで起きていることから察するに、ここへとやってきたグォイドの始祖は、【オリジナルUVDビルダー】の異星AIとのコンタクトに成功し、【ガス状巡礼天体ガスグリム】を巣にしてオリジナルUVDを無限に手に入れることができるようになる一方で、最初にここへと訪れたグォイドの始祖たる方舟は、このBHの膠着円盤のそばで、いつ訪れるとも知れない敵に備え、何億年もかけ、あの半永久的に実体弾を補給して撃つことができる【アーク・グォイド】の姿へと己を進化させたのだと思われる。

 そこへ高々宇宙へ出て二百年かそこらの歴史しか持たない人類の艦が訪れて、簡単に勝てると思う方が間違いだった。

 だが……


「エクスプリカ!」


 ケイジは問いかけに対し、機械にしては異常に長い時間返事のないエクスプリカに再度尋ねた。


[…………ナイ……オ前ニ出来ルコトハ何モ無イゾ……]


 ケイジはエクスプリカがそう答える頃には、すでに確信していた。

 自分に出来ることが一つだけある。

 この高機動戦闘下では、ケイジは座席から移動はおろか立ち上がることさえ不可能であり、エンジニアとしてもEVA要員としても出来ることなどない。

 だが座席に固定されたこの状態でも、出来ることがたった一つだけある。

 そしてそれにエクスプリカが反対するであろうことも、よく理解していた。

 ケイジは【オリジナルUVDビルダー】に到達する直前、アヴィティラ化身が自分だけを〈じんりゅう〉から脱出さえようとして、それを阻止したことを思い出した。

 ケイジはその決断が、返ってユリノ艦長たちクルーの足かせになりはしないかと危惧していたのだが、今この瞬間、ケイジは自分の選んだ道が間違ってはいなかったことを確信した。


「エクスプリカ! 俺の脳を〈じんりゅう〉に繋げろ!

 【ANESYS】には繋がれなくても、俺の脳をプロセッサ代わりにして、アヴィティラ化身の情報処理の足しにする!」

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