▼最終章『道は地平の彼方に』 ♯2

「〈メーティス〉より最優先の緊急遂行指令を受信!」


 内太陽系への帰還を果たしたと同時に、数多の通信を受けていた【カチコミ艦隊】であったが、その多くの呼びかけの中から何を優先して確認すべきはすぐに判断ができた。

 月の戦略AI〈メーティス〉より受けた最優先の緊急遂行指令ならば、当然最優先せねばならず、緊迫したキルスティの報告と同時に、指揮官席コンソールに届いた指令所の画像に目を通したテューラは、一瞬猛烈にうんざりとしたが直ちに指令された作戦実行を命じた。


「〈ウィーウィルメック〉へ緊急指令!

 そのトゥルーパー・グォイドの群を操って、グォイド艦隊を指定時間に指定宙域に釘付けにしろってよ!」


 テューラが指示するまでもなく、すでに〈メーティス〉からの指令を受け、その意味と必要性を理解していた〈ウィーウィルメック〉は、ただちに行動を開始した。

 【ガス状巡礼天体ガスグリム】内部の遠心重力から解放されたトゥルーパー・グォイドの群が、意思を持った砂鉄の塊のごとくうねり狂うと、黒く鋭い花びらをもった巨大な菊の花のような姿となってグォイド大艦隊に襲い掛かった。

 グォイド大艦隊は【ガス状巡礼天体ガスグリム】内から現れた艦隊と、【ガス状巡礼天体ガスグリム】前方にいた艦隊とが合流し、一気に数を倍加させていたが、テューラの目には、数が増した分だけ密度も増しており、トゥルーパー・グォイドの群で包み込むだけならば、なんとか可能に見えた。

 グォイド大艦隊の表層部に位置する艦さえトゥルーパー・グォイド群によって沈められれば、その内側のグォイド艦の散開を妨害することができるかもしれない。


「テューラ司令?」

「今、【ガス状巡礼天体ガスグリム】前方のグォイド大艦隊に向かって、〈ヴァジュランダ〉〈アラドヴァル〉が放った小惑星実体弾が接近中らしい!

 それをグォイド艦隊が回避できないようにしろってさ!」


 テューラは指令の意味を教えて欲しそうな顔のキルスティに、先んじて伝えてやった。

 〈ヴァジュランダ〉〈アラドヴァル〉により、メインベルトを構成する【集団クラスター】を実体弾代わりにした攻撃がすでに幾度も行われ、次に到達する小惑星実体弾が、実行可能な最後の小惑星実体弾の攻撃らしい。

 しかし、その効果を最大限に上げるには、これまでの小惑星実体弾攻撃で学習した結果、グォイド大艦隊の艦艇が分散しており、このままでは最後の小惑星実体弾攻撃が無駄になってしまう。

 そこでグォイド大艦隊の外周部分をトゥルーパー・グォイドの群で覆い、敵艦隊を無理やり小惑星実体弾の通過位置に固定しろと戦略AI〈メーティス〉は言ってきたのだ。

 いかに【ガス状巡礼天体ガスグリム】中の全てのトゥルーパー・グォイドが結集した群といえど、グォイド大艦隊の前では数が充分とは言えなかったが、同じことをSSDF迎撃艦隊で行うよりも数百倍効率的であった。

 ちなみにノォバ・チーフからの『でかしたテューラ! そのまま一隻でも多くグォイド共を沈めやがれ!』という要求は、言われなくても【ガス状巡礼天体ガスグリム】から出る前からひたすら実行中だった。


「……で、その小惑星実体弾の到着はいつなんですか?」

「…………今から約5分後だとさ……」


 テューラの答えにキルスティは絶句した。


「【カチコミ艦隊】全艦は、トゥルーパー・グォイド群によるグォイド大艦隊の釘付け行動をしつつ、このまま前進加速して敵艦隊側部を突っ切り、SSDF迎撃艦隊との合流を果たす!

 急げっ! 味方の実体弾で沈められるぞ!」


 テューラは叫んだ。

 【ガス状巡礼天体ガスグリム】内部において、グォイド大艦隊の周囲をトゥルーパー・グォイド群と共にらせん状に周回しながら【ガス状巡礼天体ガスグリム】の外へと脱出を果たした【カチコミ艦隊】は、出口で待っていたもう一方のグォイド大艦隊の端を抉るようにして、一目散に無理矢理通過を試みた。

 進路前方のSSDF迎撃艦隊からの支援砲撃が、【カチコミ艦隊】の脱出をサポートする。

 見通しがやたら良くなり、無重力となった以外は、【ガス状巡礼天体ガスグリム】内部で行われたのと変わらぬ激しい戦闘を繰り広げながら、合流して巨大になったグォイド大艦隊から【カチコミ艦隊】が地球方向への脱出を果たすその直前、無数の見えない弾丸が【カチコミ艦隊】後方でグォイド大艦隊を襲い始めた。

 小惑星実体弾が到達したのだ。

 見えない何かに引っぱたかれたかのようにグォイド艦艇が横方向へと吹っ飛ばされると、次々と爆沈してゆく。

 テューラやキルスティ達が背中に冷や汗をかく中、彼女らの背後で無数のグォイド艦が、トゥルーパー・グォイドの群により散開することが許されず、無数の小惑星実体弾に貫かれ、あるいは爆沈した僚艦から距離をとれずに誘爆により沈んでいった。

 【カチコミ艦隊】残存艦艇は、こうしてSSDF迎撃艦隊との合流を果たした。







 火星公転軌道内への侵入を果たし、地球へと向かう【ガス状巡礼天体ガスグリム】前方グォイド艦隊とSSDF迎撃艦隊との戦いは、当然ながら大量のデブリを発生させた。

 そして数々のUV爆発等の原因で発生・悲惨したデブリの中には、少なくない割合で地球へと到達するものもあった。

 地球へと向かう【ガス状巡礼天体ガスグリム】の前方で発生したデブリなのだから、当然の現象であった。

 そして最低でも秒速数キロ単位の速度で、グォイドやSSDF艦だった残骸が、地球の重力圏に到達し、地表へと激突せんとした。

 宇宙での戦闘に耐えうるグォイドとSSDF双方の艦艇の残骸は、大気圏で完全に燃え尽きることなく、地表に落下し、甚大なカタストロフを発生させる可能性が十分にあった。

 地表に住まう市井の人々は、ただそれを恐怖と共に待ち受け、見上げていることしかできなかった。

 だが、ついに地球へと到達した残骸群が、地球の地表へと落下することはなかった。

 それらは大気圏表層へと到達する直前に、その瞬間まで不可視状態であった巨大UVシールドに阻まれ、その表面を滑りながら削られるようにして、行き場をなくした自らの運動エネルギーにより燃え尽きっていった。

 その光景は、虹色のオーロラのような淡い光のベールとなって、赤道一帯上空を中心に地球を覆い、地球全土に住まう人々がその目で見ることが可能であった。

 人々はまだ終末が訪れないことに安堵した。

 それが地球赤道上空の衛星軌道に建造されているオービタル・リング上に三か所に、【ヘリアデズ計画】により太陽で回収されたオリジナルUVDを主動力に用いて新たに増設・建造された地球最終防衛用巨大UVシールド発生装置〈アイギス〉の成果であることを、ほとんどの人々が理解していた。

 が、【ガス状巡礼天体ガスグリム】と共にォイド艦隊が地球に到達してしまったならば、〈アイギス〉だけではとうてい守り切れないこともまた、充分に理解していた。

 だから人々は天を見上げながら祈った。

 SSDFの勝利を……各〈じんりゅう〉級の勝利を……そして帰還を。










「あ~!! …せ~っかく生きて帰ってきたと思ったのに!!」

「大勢の人が引き留める中、御自ら『行こう』って言ってきかなかったのは司令じゃないですか……無事に帰ってこれただけ幸運だと思います」


 頭を抱えるテューラに、キルスティが今は聞きたくない事実を突きつけてきた。


――【カチコミ艦隊】の内太陽への帰還から8時間後……、月近傍にて待機中のSSDF迎撃艦隊と、合流を果たした【カチコミ艦隊】〈リグ=ヴェーダ〉内作戦指揮所MC――


「……それに、私達は向こうにいた時間は半日も無じゃないですか……」

「オオゥ…………」


 【ガス状巡礼天体ガスグリム】内でトゥルーパー・グォイドの大群に【カチコミ艦隊】が覆われた時は、べそをかく寸前だったキルスティが、今はけろりとして鋭くテューラに追い打ちをかけると、テューラは何も言い返せなかった。

 メインベルトでワープゲイトが通じ、〈じんりゅう〉級三隻との連絡がとれた時点で、あらかじめ予測してしかるべき事態ではあった。

 だが、テューラは【カチコミ艦隊】がほんの半日もしない時間【ガス状巡礼天体ガスグリム】内で過ごしていた間に、【ガス状巡礼天体ガスグリム】の外では数か月が経過し、【ガス状巡礼天体ガスグリム】がすでに地球の目前まで来ていた現実を、容易には受け入れられないでいた。

 【ガス状巡礼天体ガスグリム】内部の時間遅延現象の原因は今だに不明であったが、時間の遅延のレベルから考えて【ガス状巡礼天体ガスグリム】内部の中心軸の奥に行くほど、その遅延レベルが上がることが、帰還した【カチコミ艦隊】と【ガス状巡礼天体ガスグリム】の外での時間進行速度の差を分析した結果判明していた。

 それはつまり、【ガス状巡礼天体ガスグリム】の最奥【グォイド・プラント】へと向かった〈じんりゅう〉級四隻にとっては、まだ【カチコミ艦隊】と別行動をとってから一時間……いや下手をすると数分しか経過していない可能性があるということであった。

 それは〈じんりゅう〉級一行がまだ無事である可能性が高くなったと喜ぶべきことなのか、任務達成までの道程が遠のいたと嘆くべきなのか、テューラには判断がつかなかった。


『ここに無事帰ってこれたからって、安心されても困るんだけどな……』


 脱力するテューラに、通信用ビュワーの向こうからノォバがそう告げた。

 〈リグ=ヴェーダ〉と〈ウィーウィルメック〉および〈無人量産型ウィーウィルメック〉は、現在〈ヘファイストス〉を始めとした支援艦による補修と補給にあたっていた。

 その間に各艦クルー達は食事にシャワーに睡眠と、貴重な休息を摂ることができていた。

 〈ウィーウィルメック〉によるコントロール下に置かれたトゥルーパー・グォイド群は、その数を10%以下にまで減じていたが、それでも数千匹単位はまだ健在であり、補給中の【カチコミ艦隊】の周囲を巨大な輪になって周回しながら防衛にあたっていた。

 ノォバ・チーフ達は当初、その異様極まる光景にあからさまに怯えていたが、今は動じていられる状況ではなかった。

 【カチコミ艦隊】の内太陽系への帰還直後に到達した、最後の小惑星実体弾攻撃により、【ガス状巡礼天体ガスグリム】前方艦隊へ想定以上の大ダメージを与えることができ、SSDFは僅かであったが態勢を整える時間を得ていた。

 だが今も【ガス状巡礼天体ガスグリム】内にで作戦行動中の〈じんりゅう〉級四隻を別にした場合、地球圏の人類に残された戦力はもう残り僅かであり、残存【カチコミ艦隊】艦である〈ウィーウィルメック〉と〈量産型ウィーウィルメック〉が、事実上の残存SSDF迎撃艦隊の中核となってしまっていた。

 新たな無人駆逐艦やUV弾頭ミサイルは今も各SSDF施設で製造されているが、もう戦艦級のSSDF艦艇は〈ウィーウィルメック〉級を除けば数隻しか残っていない。

 無人艦の大量投入により、人的資源の損耗は最低限に抑えられていたが、これから先は従来の既存有人艦を前面に出す以外なかった。

 せめてもの追加戦力として、【カチコミ艦隊】と共に【ガス状巡礼天体ガスグリム】から脱出したIDN達が、半クラウド状態の異星AI〈デリゲイト〉を通じて名乗りを揚げてくれていた。

 彼(彼女?)達には、もはや用途を慎重に選んでいられなくなった【ヘリアデズ計画】回収のオリジナルUVD十柱が景気よく与えられ、さらにUV弾頭ミサイルランチャーキャニスターを持てるだけ持たせることで、十隻分のミサイル巡洋艦相当として戦力に加えられた。

 〈デリゲイト〉は早々に〈メーティス〉との協議をすませ、人類の対グォイド戦闘への協力を申し出てくれていた。

 こうして【カチコミ艦隊】を加えたSSDF迎撃艦隊は、残る全戦力をもって、【ガス状巡礼天体ガスグリム】迎撃の最後の作戦を準備していた。


[我々の準備の進捗状況と、〈ヴァジュランダ〉と〈アラドヴァル〉の戦域到達予定時刻から考えて、グォイド大艦隊と【ガス状巡礼天体ガスグリム】との最終迎撃作戦【GP作戦】は、今から6時間後、月機動外縁にて決行となります]


 月のSSDF戦略AI〈メーティス〉が、ついに決定された最終迎撃作戦のブリーフィングを開始すると同時に、〈リグ=ヴェーダ〉内作戦指揮所MCに火星以内の内太陽系を描いたホロ総合位置情報図スィロムが投影され、その中に地球のすぐそばに集結したSSDF迎撃艦隊の姿が確認できた。


「それって……地球の目と鼻の先じゃないですか……」

[我々は背水の陣となりますが、諸々の条件が揃うタイミングと位置から言って仕方がありません]


 〈メーティス〉が告げた最終迎撃戦闘の概要に、思わずキルスティが呟くと、まるでそれに答えたかのように〈メーティス〉は続けた。


[これが人類存続の為の最後のチャンスなります。

 【GP作戦】の基本的な行動要綱はシンプルです。

 他の参加艦艇同様、〈ウィーウィルメック〉級部隊はトゥルーパー・グォイドを用いる他、ありとあらゆる手段を用いて先の戦闘と同様に敵艦隊を〈ヴァジュランダ〉と〈アラドヴァル〉の戦域到達予定位置に誘導の上で釘付けしていただければ結構です]

「…………」


 そう告げる〈メーティス〉に、テューラはキルスティ達同様、何も言う事ができなかった。

 すでに当初の一割し残っていないトゥルーパー・グォイド群で、〈メーティス〉の言う作戦を実行するのは相当困難だと分かっていたからだ。


[事ここに至っては、これ以上に有効な戦術は無い状況なのです。

 しかし良いニュースもあります。

 グォイド大艦隊の艦艇数は、これまでの戦闘で最大時の20%まで減らすことができました。

 敵実体弾投射艦も空母も排除に成功しています。 

 我々は敵艦隊中心部に位置するシードピラー30隻を、その護衛を破って撃破さえできれば、地球を守ることができるのです]


 テューラは他のクルー共々〈メーティス〉の説明に「本当にそれだけかぁ?」と言いたくなったのを辛うじて答えた。


[また、【ガス状巡礼天体ガスグリム】は月軌道のやや内側で地球に最接近し、後は遠ざかる一方と考えられます。

 それ以後、グォイドが【ガス状巡礼天体ガスグリム】から地球に攻撃を仕掛けてくる可能性は急激に減少すると思われます。

 つまり、この一戦さえ乗り切れば、人類とグォイドとの戦いは終結するのです]


 ホロ総合位置情報図スィロム内で、地球に危険な程に近づいた【ガス状巡礼天体ガスグリム】が、そのまま止まることなく太陽系の外を目指して移動を続けた。

 グォイドがどのように判断するかは確定できないが、宇宙の法則でいえば、地球を離れようと移動している【ガス状巡礼天体ガスグリム】内から出撃して、地球に向かおうとするのは非常に非効率ではある。

 多分に希望的観測ではあるが、少なくとも【ガス状巡礼天体ガスグリム】が地球から離れれば離れる程、グォイドが地球へ向かうことの非効率度合いが増してゆき、地球を狙う可能性が減ることは間違いない。

 そうして、やがて人類がもうグォイドの脅威に怯えずにすむ時代が訪れるという。

 テューラはそんな時代がうまく想像できなかったが……。


「で、トラクタービームが勝手に大量に製造された謎は解けたのか?」

『うんにゃ、まったく見当もつかない……まぁ出来上がっちまったモンは仕方が無いし、邪魔になる程かさばるもんでもないから、今搭載可能な艦艇全て装備させてるよ』


 テューラの問いにノォバ・チーフが答えると、聞いていた人間たちは「マジで?」という顔をした。


『だって……もったないだろ?』


 ノォバ・チーフがどこか拗ねたかのようにそう言うと、テューラ達は何も言い返せなかった。

 【カチコミ艦隊】の【ガス状巡礼天体ガスグリム】脱出に前後して、オリジナルUVDを主動力にしているSSDF各施設にて、勝手に自動工作機械群が稼動し、【ガス状巡礼天体ガスグリム】内〈バトイディア〉で〈じんりゅう〉級に装備された異星文明技術の装置〈トラクタービーム〉と同じものが大量生産された事件は、未だに明確な真相を突き止められないでいた。

 〈メーティス〉とトラクタービームを〈じんりゅう〉級に搭載させた当人である異星AI〈デリゲイト〉は、〈デリゲイト〉が有していたトラクタービームの設計図を、各SSDF施設にて使用中のオリジナルUVDが勝手に読み取り、製造したのだと推測している。

 オリジナルUVD内には〈太陽系の建設者コンストラクター〉の異星AIが宿っており、それが行ったというのだ。

 だが、何故、何に使う為に製造されたかは謎のままだ。

 〈太陽系の建設者コンストラクター〉製の何らかの武装でも製造されたならば、それでグォイドと戦えという意思を読み取れなくも無いが、トラクタービームで何をすべきなのか、何をして欲しいのかは皆目わからなかった。

 トラクタービームは、グォイドと戦っていた他の星の文明圏では曳航用スマートアンカーの類として使っていたというが、原理も今製造された意図も謎のまま、各迎撃艦隊の艦に搭載させるのは、冷静に考えればとてもヤケクソな行いな気がするが、テューラは黙っておいた。

 今は使えそうなモノがあるならば、何でも使えるようにしておくべき時だ。


『一応私からも一言申し添えておきますと、製造されたトラクタービームは、機能的に問題はないとお伝えしておきます。

… …とはいえ〈じんりゅう〉級三隻が【ガス状巡礼天体ガスグリム】内部で使ったレベルで使用できるとは、思って欲しくはないですが……。

 あの現象は、〈バトイディア〉に保管されていた純正トラクタービームユニットを、【ガス状巡礼天体ガスグリム】という閉鎖空間の中で、オリジナルUVD出力の〈じんりゅう〉が使用した結果、一種の共鳴現象が巻き起こしたことで成された現象に過ぎません。

 今回製造されたトラクタービーム・ユニットは、曳航目的では問題なく使えますが、その限界出力や耐久性は〈バトイディア〉で提供したものには遠く及びません』


 通信用ビュワーの中で、異星AI〈デリゲイト〉を示すアイコンが点滅しながらそう告げた。

 テューラは否応も無く、【ガス状巡礼天体ガスグリム】内部で〈じんりゅう〉級一行がトラクタービームを使い、【カチコミ艦隊】とグォイド大艦隊の移動方向を無理やり反転させた瞬間を思い出した。

 あれが可能ならば、今のグォイド大艦隊の戦いはもちろん、一定宙域への足止めも楽にできそうな気もしたが、そう短絡的にはいかないらしい。


「それで……結局、【ガス状巡礼天体ガスグリム】それ自体はどうしようもないのか……」


 テューラはかねてから抱いていた懸念を口にした。


[それについては、内部で行動中の〈じんりゅう〉級に期待する以外ない状況です。

 【ガス状巡礼天体ガスグリム】は現在得ている情報から分かる限りでは、同移動天体は〈太陽系の建設者コンストラクター〉の意向に従って銀河を回遊する一種の播種船のようなものであり、グォイドの存在さえなけれな無視しても構わないと考えられます。

 とはいえ、不確定要素の塊のような存在であり、我々の期待と予想を裏切る事態が発生する可能性は否めません。

 しかしながら、それらが我々には推測も対処もしようのない事象ならば、我々は我々に実行可能なことに注力すべきと判断しました]

「……まぁ……そうなるよなぁ」


 テューラは過去に何度も〈30人会議〉で自分が言ったことを〈メーティス〉に言われ、頭を掻いた。

 感覚的にはとても信じられないが、【ガス状巡礼天体ガスグリム】それ自体は地球にとって無害と考えられていた。

 少なくとも【ガス状巡礼天体ガスグリム】それ自体に人類に対する害意は無いと考えられる。

 これまで得た情報によれば、【ガス状巡礼天体ガスグリム】は銀河中の恒星系にオリジナルUVDをばらまき、そこに知的生命体を芽吹かせる為の存在らしい。

 〈太陽系の建設者コンストラクター〉がなぜそんなことを始めたかは分からないが、それだけならば人類に害は無いはずだ。

 恐ろしいのは全幅だけで地球直径ほどもある【ガス状巡礼天体ガスグリム】が月軌道のすぐ外を通過することだ。

 常識的に考えれば、ロシュの限界が訪れ、下手すれば月や地球は砕け散りかねないはずだった。

 だが〈太陽系の建設者コンストラクター〉の超テクノロジーで生み出された【ガス状巡礼天体ガスグリム】は、奇妙な極まることに、そのサイズの割に外部への重力の影響を一切ひき起こしていなかった。

 細長いコップのような底の塞がれた円筒状をした【ガス状巡礼天体ガスグリム】が、外部への重力の影響を遮断していると推測されていた。

 ともあれ、グォイドの問題を無視すれば【ガス状巡礼天体ガスグリム】通過に伴う地球圏への影響は皆無らしい。

 テューラはグォイドの心配をせずに済むならば、地球のすぐそばを通過する【ガス状巡礼天体ガスグリム】を是非のんびりと見物したいものだと思った。


[逆に言えば、万が一【ガス状巡礼天体ガスグリム】それ自体による問題が発生した場合、対処は内部にいる〈じんりゅう〉級四隻に任せる他ありません]


 〈メーティス〉はそうブリーフィング冒頭の説明を締めくくった。

 テューラは「そこが一番心配なんだが……」とは言えなかった。











 ケイジは〈じんりゅう〉が白く輝くガス雲のレコードの上を高速で移動しているのか、それともレコードの方が高速で回転しているのかよく分からなくなってきていた。

 おそらくその両方なのだろう。

 〈じんりゅう〉が船体をロールさせ、左舷側に見えるようになった視界の彼方では、ただ黒いとしか言いようのない巨大なかまぼこ型の闇が、円盤上を行けども行けども常にこちらに向き続けていた。

 もし安全と無事な帰還が保障された状況であったなら、眺め続けているのも矢房かではない光景であったが、残念ながら人類発のBH接近観測は、平和とは程遠いシチュエーションであった。


[アノBHハ直径ガ金星公転軌道ホドモアル、降着円盤ノ内側が最終安定軌道ダ!

 ソコヨリ内側ニ入ッタラ〈ジンリュウ〉ノ推力デハ脱出デキナクナルゾ!]

「ンなことは分かってらい! それより敵の正――」


 ケイジが最後まで告げる前に、バトルブリッジ内がシェイクされたと同時に、新たな至近弾が〈じんりゅう〉を掠め、〈じんりゅう〉すぐそばのガス雲表面に盛大なガス柱を立てたかと思うと、そのガス柱は膠着円盤の回転に伴ってすぐさまはるか後方に消え去っていった。

 ケイジはその攻撃手段がUVキャノンやUV弾頭ミサイルではなく、いわゆる実体弾の類であり、それを〈じんりゅう〉がからくも回避したことを瞬時に悟った。

 UVキャノンなら光の柱が目視できるはずだが、すでに数回繰り返された攻撃では何も見えなかった。

 UV弾頭ミサイルならば、ガス柱どころではないもっと派手な爆発が起きるか、〈じんりゅう〉の回避直後に近接信管にる爆発が、〈じんりゅう〉のすぐそばで発生したはずだ。

 故に考えられるのは実体弾砲撃だ。

 つまり直撃を受けたら〈じんりゅう〉といえど沈められかねない。

 〈じんりゅう〉が【ANESYS】中であり、アヴィティラ化身による操艦中でなければ、回避などできずにすでに沈んでいただろう。

 しかもこれまでの砲撃の着弾位置は、徐々に〈じんりゅう〉へと近づいていた。

 敵艦が接近しているのか、射撃制度が上がっているのか、アヴィティラ化身の操艦による回避運動をもってしても敵砲撃が命中するのは時間の問題に感じられた。


「敵はどこで何者なんだ~っ!?」

[BHヲ背ニ左舷方向から撃ッテキテイルコトダケハ分カッテイル!

 ぷらずまノがすデ光学観測ガ遮ラレテ、敵ノ正体ハマダ分カラン!

 ダガ敵ハ攻撃ヲ当テル為ニ接近シテキテイル、スグニドンナ奴カ分カルダロウ]


 エクスプリカがわめくように答える間にも、実体弾砲撃は続いた。 〈じんりゅう〉はさすがの【ANESYS】の操艦により、辛くも回避し続ける。

 ケイジは必死に座席で身体を突っ張らせながら、新たな疑問にぶつかっていた。


 ――敵は実体弾投射砲艦なのか!?――


 実体弾を放っているのだからグォイド製実体弾投射艦あるいは実体弾投射砲機能を有する艦だと考えるべきだが、もしそうならば、敵艦は少しばかり実体弾を撃ち過ぎだと思えたのだ。

 実体弾は、当然ながら搭載数には限りがあり撃てば無くなる。

 その実体弾をこうもバカスカと考え無しに撃つ程、ここのグォイドはアホなのだろうか?

 ここ【オリジナルUVDビルダー】に外敵が来るという想定自体、グォイドにはあまり無かったであろうことは想像に難く無く。

 大量のグォイド艦をここで何億年も待機させるくらいならば、ここへと通じるワープゲイトの手前に配備させるべきだ。

 だからここで〈じんりゅう〉を待ち受けていたのはたった一隻のグォイド艦しかいない場合も充分ありえるように感じた。

 そして【亡命グォイド】にして〈ウィーウィルメック〉のアヴィティラ化身・アビーから聞いたグォイドの成り立ちが真実ならば、ここで今〈じんりゅう〉に攻撃をしかけているのは、ここ【オリジナルUVDビルダー】に初めてたどり着いたグォイドの先祖にあたる異星文明の艦なのかもしれない。

 その艦が何十何百億年もここで【オリジナルUVDビルダー】の番をしている中で、進歩進化した物ではないのか?

 ケイジはそう推測した。

 その推測が的中していたのかはすぐに分かった。


[見エタゾ! 左舷後方8時方向! 距離120キロ]


 エクスプリカが叫ぶように告げた。

 弾かれたようにその方向に視線を向けると、外景ビュワーの彼方、ガス雲を破ってイルカのように浮上してきた物体が拡大投影された。




 一瞬、ケイジにはそれがグォイドには見えなかった。

 基本的に黒色をしたグォイドの船体に対し、今見えたのは〈じんりゅう〉の船体色に近いパールホワイトを基本色に、ピンク色のラインが端々にうねっているのが見えたからだ。

 そのフォルムはケイジの持つ知識で例えるならば、以前地球の南の島の砂浜で見かけた巻貝……それも恐ろしく鋭く細長い貝の一種のような、どこか生物的な曲面を有した円錐状の船体前半分に、後方にいかにも推力のありそうなエンジンナセルがいくつも束ねられ、盛大なUV噴射を放っていた。

 細長い棘のようなものや、イカの触腕のようなものが艦尾に伸びていたが、見た限り武装は確認できなかった。

 印象だけで言えば、グォイドよりもはるかに奇麗で美しい優美な艦に思えた。


[全長約4きろ! 全幅1きろ! 推力カラ推測スル限リ、複数ノおりじなるUVD搭載ト思ワレル!]

「でっか! やっば!」


 ケイジはエクスプリカの報告に思わずそうもらしたが、シードピラーに比べたらはるかに小型だ。

 だがオリジナルUVDを複数搭載しているならば、〈じんりゅう〉と同等以上のスペックを有していると考えるべきだった。

 〈じんりゅう〉がすぐさま主砲UVキャノンを旋回させ、砲撃を開始した。

 だがBHの降着円盤上の行われたUV砲撃は、強風に向かって放った放水のごとくグニャリと曲がって霧散し、現れた敵艦に届くことは無かった。

 その代わり、かのグォイドはこのプラズマ流吹きすさぶ降着円盤の上で、武装など確認できなかった船体をひょいと回し、艦首をこちらに向けると、鋭く尖った艦首先端から、花びらのようなマズルフラッシュと共に実体弾を発砲した。

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