▼第九章『Tomorrow`s Affair』 ♯3
「行って……しまいましたなぁ……ホントに……」
「…………」
その時ノォバ・ジュウシロウは、消え去ったワープゲイトの彼方に、【
いや、答えられなかったというべきだろう。
――SSDF第八艦隊所属・現地修理用・技術支援艦〈ヘファイストス〉メイン・ブリッジ――
SSDF第八艦隊〈ヴィルジニ・ステルラ〉は、司令であるテューラ自ら前線指揮の為〈リグ=ヴェーダ〉に乗り、ほぼ全ての戦闘艦艇をともなってワープゲイトの彼方に行ってしまった。
結果、第八艦隊に残されたのは、支援艦〈ヘファイストス〉を始めとした支援艦と補給艦のみとなっていた。
ノォバはワープゲイトが閉じてしまった今でも、自分も向こう側に行くべきだったのでは? と自問自答せずにはいられなかった。
もちろん、【
【
だからテューラは第八艦隊の〈ヘファイストス〉他の支援艦・補給艦には、【カチコミ艦隊】に【
その命令は理にかなっていたし、ノォバに断る権限もなかった。
これから始まるであろう【
その後にまだ【
だから直接【
一応【ヘリアデス計画】で得たオリジナルUVDを用いた作戦が用意されてはいるが、上手くいく保証などない。
だからノォバは、せめて自分だけでも同行すべきだったのではないか? とまだ悩まずにはいられなかったのだ。
あの時、ひたすら妻レイカの帰りを待ち続けていた日のことを忘れたことなどない。
あの日から、いやあの日を含めた全てにおいて、ノォバは誰かの帰りを待つのが大嫌いだった。
だからノォバは、自分だけ【
その彼の元に、〈じんりゅう〉から送られた【ANESYS】による圧縮データの内容が知らされたのは、ワープゲイトの消滅後、すぐのことであった。
だが一つだけ確かに理解していたことがあった。
――〈じんりゅう〉バトル・ブリッジ――
『やぁみんなお待たせ! この戦力で足りると良いんだけれど……』
通信用ビュワーに、初めて目にする〈ジュラント〉艦長のリュドミラ中佐が映りそう告げると、ケイジはすでに涙と鼻水で顔をぐちゃぐちゃにしていた。
【グォイド・プラント】とそこから次々と発進する大艦隊へと突き進む〈じんりゅう〉の背後で、ワープゲイトは確かに開いた。
おそらく【ガス
そしてそこからどう見ても〈アクシヲン三世〉と関係ある巨大航宙艦を接続した〈ジュラント〉や、10隻以上の〈ウィーウィルメック〉の同型艦、ハリネズミのごとく武装した〈リグ=ヴェーダ〉や無人駆逐艦が現れた。
さらに見覚えのないバカでかいブースター状の物体を四基束ねられたものを抱え、真っ先にワープゲイトを潜ってきた〈昇電〉が、〈じんりゅう〉の真横に遷移して翼を振って挨拶したかと思うと、ケイジが何か反応する間もなく〈じんりゅう〉後方に回り込み、そのまま艦尾に突っ込んできた。
ケイジはバトル・ブリッジを襲った衝撃で舌を噛みそうになりながら、〈昇電〉が艦尾艦載機格納庫に着艦したのと同時に、抱えていた謎ブースターを〈じんりゅう〉の艦尾、補助エンジンナセルの後端にドッキングさせたのを悟り、すぐさまコンディションパネルで確認した。
その謎ブースターが実際にブースターなのか、何か他の機能があるのかは不明だが、ともかく一基につき一柱のオリジナルUVDが搭載されているらしい。
ケイジは驚く他なかったが、事態の推移は、ケイジにその謎ブースターについて考える時間さえ与えてはくれなかった。
ともかく、増援を望むメッセージは無事内太陽系の人類に届き、皆は来てくれたのだ。
これを奇跡と呼ばずにして何と呼ぼうか!
それは少なからずプランAが成功したことを意味していた。
仮想現実を通じたケイジの内太陽系のSSDFへの連絡は、無事届いたのだ。
プランの成功をどんなに信じていようが、結果が出るまでは確認のしようがなく、正直ケイジは不安でたまらなかったが、仮想現実内で会ったキルスティ少尉がうまい事やってくれたに違いない。
そしてケイジのメッセージが内太陽系のSSDFに届く一方で、ユリノ艦長達〈じんりゅう〉クルーは、【ガス
ケイジは溢れそうになる嗚咽を辛うじて耐えながら、ワープゲイトから現れた数々の艦たちを見つめ、ワープゲイトの奥から放たれた実体弾攻撃に感激し、そしてワープゲイトの消滅と同時に、それまで一人ぼっちでいた〈じんりゅう〉バトル・ブリッジの各セクションの座席があったはずの床が開き、下からあふれ出る光と共に、長い長い【ANESYS】を終えた彼女達が昇ってくるのを待った。
ユリノ艦長……サヲリ副長……カオルコ少佐……フィニィ少佐……ルジーナ中尉にシズ大尉にミユミちゃん……確かに彼女達は返ってきた。
ケイジはクルー一人一人が無事なのを確認し、安堵で溶けそうになった。
ケイジが目覚めた時と同じ様に、極めて速やかに(かつ乱暴に)医療カプセルから引きずり出され、全自動アームで服を着せられて運ばれてきたのだろう。
まだ少し濡れた髪の毛を額に張り付かせ、ゆっくりとまぶたを上げ目覚めた彼女達の表情には、若干疲れのようなものが見えたが、ケイジと目が合うと微かにほほ笑んで見せた。
そしてわずかに遅れて、フィニィ少佐とその隣のルジーナ中尉の席の背後の床が開くと、いつの着艦していた〈昇電〉から、クィンティルラ大尉とフォムフォム中尉が補助操舵・補助電測席にかけながら無暗に元気よく「YEAH!!」とばかりに上昇してきた。
〈じんりゅう〉クルーはこうして再び全員が揃ったのだ。
「〈昇電〉で外で大暴れしてきた方が良かったかい?」
「ダメ! 危ない!」
座席が上がりきった途端にそんなクルー覚醒後の第一声を発したクィンティルラ大尉に、ユリノ艦長が即却下した。
実に当然の判断である。
ケイジはそれよりも何よりも、艦長達に訊きたいこと言いたいことが山ほどあった。
「あ……あの艦長……」
「あの………………その…………ケイジ君……その……ありがとう……ホントにありがとうね……」
しばし沈黙の後、ケイジが無理矢理何か言おうとしたところで、ユリノ艦長はケイジのグチャグチャの顔から何か察したのか、ケイジがそれ以上何か言う前に、クルーの皆を代表するかのようにそう告げた。
ただその表情が、久しぶりにクラスメイトにでも会った時かのように妙によそよそしく、さらに仄かに頬を赤らめていたので、ケイジまで顔が熱くなってしまい、それ以上何も言えないのであった。
「大丈夫よケイジ君……向こうであなたがしてくれたことは全部覚えてるから。
だからありがとう! 心配かけちゃってゴメンね!」
「…………」
ユリノ艦長にそう言われ、ケイジはいよいよもって嗚咽が漏れそうになって歯を食いしばり、それを見ていたクルー達を少し動揺させた。
アストリッド艦長やアイシュワリア艦長には心配無いなどと言ってはいたが、こうして自分の目で彼女達の帰還を確認するまでは、保証など無いと思っていたのだ。
それに、ケイジは仮想現実内での自分の行動に、必ずしも自信や確信があったわけではなかった。
ケイジはあの世界でのアニメ制作スタッフ・あみADとなった時、第一話を制作したら監督を辞すると言い出したユリノ艦長を、なんとしても引き留めたかった。
そして、自分にはその力はないことを重々理解もしていた。
だが同時に、あの世界のあの時代にならば、まだ生存しているある人物ならば、あるいはユリノ艦長……いや監督の決意を覆せるかもしれない……と思いついてしまったのだ。
しかし、それがユリノ艦長にとってようやく受け入れ始めたその人の死に対する心の傷を、再び穿り返すだけなのではないか? と不安だったのだ。
たとえそれがそのシチュエーションでケイジに許された唯一にして最良の選択肢であったとしても、自分にそんな権利も資格もありはしないと思っていたのだ。
結局、ケイジは自分の行いの顛末を見る前に、仮想現実から目覚めてしまった。
あれから結局、アニメ上映イベントで何がどうなったのか? ケイジは知らない。
結果から察する分には事はうまく運んだようだが、ケイジはそれでも、目覚めたユリノ艦長がどう思っているのか不安でたまらなかった。
「あの……私達なら大丈夫だってばケイジくん……そんなに穴が開くほど見られると……その……」
ユリノ艦長はケイジの表情から、ケイジの思いとは明後日の方向に何か想像したようであった。
直前まで長い長い【ANESYS】を行っていたユリノ艦長達は、【ANESYS】の超高速情報処理能力でもってして、ワープゲイトを開けた瞬間から、内太陽系のSSDFと、そこから支援に来たSSDF【カチコミ艦隊】と高速でデータのやり取りを行っており、さらにケイジがこれまで体験した【
ケイジの自分でもいわく言い難い複雑な心中までは、さすがに分からないようだったが……。
だからユリノ艦長達は、これから自分たちが何をすべきかは、ケイジが心配するまでもなく把握しているはずであった。
そして実際、ユリノ艦長達は悩むこともなく次の行動に移った。
ユリノ艦長は矢継ぎ早にテューラ司令と通信を交わすと、〈じんりゅう〉級と【カチコミ艦隊】がすべきことを訴えた。
ケイジはその時になって初めて、ユリノ艦長の考えを知った。
薄々予想していたことだが、ユリノ艦長達は【ANESYS】を用いた【
が、完全ではなかった。
遺憾ながら〈じんりゅう〉クルーは4日間以上【ANESYS】を続けて、たった一回だけワープゲイトを形成することに成功したに過ぎなかったのだ。
それによって【カチコミ艦隊】という増援を呼ぶことはできたが、それで【
内太陽系の人類を、【
【バトイディア】内でデリゲイトに聞かされたことが正しければ、そういうことになる。
そうして〈太陽系の
【ガス
だが、それを実現するには、【ガス
その為にユリノ艦長はまず、〈バトイディア〉で装備したトラクター・ビームによる【カチコミ艦隊】の減速と、交差して【
ケイジ自身、その性能や効果にまだ懐疑的だったトラクター・ビームであったが、ユリノ艦長達は【ANESYS】時にこれが使いものになることを確信していたらしい。
ユリノ艦長はテューラ司令を言いくるめて一時艦隊の指揮権限を得ると、〈じんりゅう〉級ふくむ全【カチコミ艦隊】を、前方から迫るグォイド大艦隊に突っ込ませた。
そして彼我の実体弾以外の武装の有効射程に入った瞬間、戦端は開かれた。
「ところで………………ねぇケイちゃん?」
「!?」
凄まじいUVキャノンの撃ち合いの最中、ふとミユミに呼びかけられ、ケイジは何故か本能的危機感を覚えた。
「ケイちゃんはさぁ…………その、覚えてるの?
その……向こうであたし達とアニメ作ってた時のこと?」
今それを聞いてる場合じゃないんじゃ……と思ったが、ケイジはそう言えなかった。
時々UVシールドへの直撃弾がブリッジを揺さぶるのだが、ミユミは特に気にならないらしい。
他のクルーも同じ様に質問の答えを待つ視線を送ってくると、ケイジはとりあえず「……うん」と頷いておいた、実際覚えていたからだ。
仮想現実内でケイジは、自分が三鷹ケイジ一等技術宙曹であることを徐々に忘れ、自分を完全に立川あみADと思い込んで行動するようになってしまったが、こうして仮想現実内から目覚めた今は、向こうの世界で起きた全ての経験を思い出せた。
「あ~……」
「そうでしたか……」
「おお~っと」
「…………ホントにぃ?」
「ほほう……」
「おやおや」
「あ~らら」
「……フォムフォム」
自分が頷いた途端、戦闘中であるにもかかわらず、リアクションを欠かさなかったクルーの表情を見た途端、ケイジは「しまったぁ~っ!」と思ったが時すでに遅かった。
「……ってことはだケイジよ、お前さん……アレも覚えているのだな……」
「上映会の前日の夜でしたね……」
「楽しかったけどね!」
「みんな疲れてたし、ずっと入ってなかったのです」
カオルコ少佐、フィニィ少佐、ルジーナ中尉、シズ大尉が、その時を懐かしむように呟いた。
もちろん、その時とはいつで、その時に起きた何をのことを彼女達が言っているのか、ケイジはすぐに思い出した。
そして思い出されること……あるいは自分が覚えていることが如何な意味を持つか? ……ということも
「あ……あ~!!」
ケイジが驚きと共に、何か良い言い訳を述べようとする前に、ブリッジを急な減速Gが襲った。
アレほど取り付けを嫌がっていた〈ナガラジャ〉のアイシュワリア艦長が、最もノリノリとなって〈じんりゅう〉級三隻艦首艦尾に取り付けられたトラクタービーム・ユニットから、盛大な黄金色の巨大ビームを放ち、【グォイド・プラント】を発進した艦隊の引き留めつつ、【カチコミ艦隊】の減速を同時に行ったのだ。
ケイジはもちろん「ンなバカな!」と思った。
他に出来ることはなかった。
〈じんりゅう〉級三隻の艦首艦尾のトラクター・ビームのユニットは、使い終わった途端、盛大に爆発した。
ユリノ艦長は即座に次の作戦をテューラ司令に具申した。
「テューラ司令!
ここは薄いですが大気のある空間です!
それに対して敵艦は全て真空空間で戦うことを前提にしています。
そこに付け入れば多少は勝算が沸くはずです!」
まだトラクター・ビームによる減速に目を丸くしていた通信用ブワー内のテューラ司令に対し、ユリノ艦長は問答無用でまくし立てた。
「【ANESYS】で送ったデータの中に、この有大気空間での操舵プログラムが入ってます!
それを使ってこの空間での機動戦で、敵を翻弄して下さい!
〈じんりゅう〉は【グォイド・プラント】突入路を探し出し、見つけ次第突っ込みます!」
そうまくしたてたユリノ艦長の言葉の意味することを、ケイジはすぐに理解すると同時に恐怖した。
ユリノ艦長はここで〈じんりゅう〉ふくむ【カチコミ艦隊】全艦に“飛行機”となってドッグファイトの真似事をしろ! と言っているのだ。
確かに、真空宇宙とは異なり、ここには薄いとはいえ大気が存在する。
その相違点を突けば、グォイド大艦隊を出し抜ける可能性はあった。
だがケイジは同時に確信していた。
絶対に愉快なことにはならない……と。
「ところでケイジくん………さっき全部覚えているって言ったわよね……」
後方のグォイド艦隊からUVキャノンが飛び交い、〈じんりゅう〉の眼前に【グォイド・プラント】の巨体が刻々と迫る中、勇ましくテューラ司令に具申していたユリノ艦長が、急に冷ややかな声音となってケイジの方を向くと言った。
「そそそそそ……それって……あの日、イベントの前日の夜中に……皆で言った…………大浴場の…………こともぉ!?」
ユリノ艦長は声の冷ややかさを維持できず、途中から激しい動揺を見せながら尋ねた。
ケイジに異存はなかった……大方その通りであると認識していた……。
仮想現実内でのアニメ上映イベントの前日、ユリノ
当時はまったく意識しなかった………こともなかったが、今にして思い出してみれば、それはまことに素晴らしい経験であったと思う。
疲労と睡魔に襲われてはいたが、皆で背中を流し合い、湯につかったことで、スタッフの絆は深まり、翌日への英気が養われた気がした。
もし劣化しない記憶媒体にこの思い出を保存できるなら、ぜひ記憶させておきたいところであった。
…………と、思い出している顔を、ケイジはユリノ艦長他のクルーに恐ろしく蔑んだ瞳で見られているのに気づくのに、数秒の時間を要した。
『この……この…………この…………スケベぃものがぁ!!!!』
ユリノ艦長とミユミに顔を真っ赤にしながら叫ばれ、ケイジはこれ今する会話じゃないよね……という気持ちと、当時は自分はケイジの自覚のない女子だったんだから許しても……という釈然としない気持ちで一杯になった。
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