▼第九章『Tomorrow`s Affair』 ♯2


「敵レギオン・グォイド多数、急速に接近中! UVキャノンの射程まであと180秒!」


 ワープゲイトを潜り、【カチコミ艦隊】全艦が【ガス状巡礼天体ガスグリム】内最奥空間に突入完了した直後に〈リグ=ヴェーダ〉電測担当クルーが報告してきた。

 接近するレギオン・グォイド群は、ワープゲイトを潜る前から、ワープゲイトの彼方に見える〈じんりゅう〉級三隻のさらに向こうに目視観測できていたのだが、テューラはあまり警戒していなかった。

 ほぼ静止しているように見えたからだ。

 だがそれは大きな誤解であった。

 【ガス状巡礼天体ガスグリム】内では時間進行速度が遅延する為に、外からはそう見えていただけに過ぎない。

 実際は電測担当が告げたように、まだ敵主武装のUVキャノンの射程まで3分近くあるが、レギオン・グォイド群は猛烈な速度で接近中であった。

 だが、今一番警戒すべきはレギオン・グォイド群ではなかった。

 【カチコミ艦隊】にはレギオン・グォイド群よりも先に対処すべき敵がおり、そしてその準備はすでにほぼ終わっていた。







「〈じんりゅう〉よりの圧縮データの送受信を確認!

 さらに全【カチコミ艦隊】艦艇、およびワープゲイト後方の我が方の実体弾投射砲艦隊を遠隔操作オーバーライドしています!」


 ――〈リグ=ヴェーダ〉内作戦指揮所MC――


 クルーから届く報告に、テューラは「やっぱりねぇ!」とだけ答えた。

 ワープゲイトが開いた直後に、真っ先に起こるであろうと既に予測されていたことであった。

 〈じんりゅう〉はワープゲイトが開くと同時に、【ANESYS】の超高速情報処理能力を用いて、〈じんりゅう〉級三隻が【ガス状巡礼天体ガスグリム】内で収集した情報とこれまでの経緯を圧縮データ化して、内太陽系人類及び【カチコミ艦隊】に伝達すると同時に、【カチコミ艦隊】の陣容やこれまでの内太陽系人類圏の動向のデータを収得し、さらに【ANESYS】の遠隔操作オーバーライド能力を用いて【カチコミ艦隊】を操り、これから始まる激戦を少しでも有利にするよう振舞うであろう……と。

 そしてその時、遠隔操作オーバーライドによってどんなリクエストが〈じんりゅう〉からあり、【カチコミ艦隊】およびワープゲイトの向こうの内太陽系のSSDFは何をさせられるか? についても、ある程度予想と準備ができていた。

 



 【カチコミ艦隊】には、〈ウィーウィルメック〉のオプション装備や、〈ジュラントwithアクシヲン二世〉搭載以外、実体弾投射砲艦の投入はほぼ行われなかった。

 それは、基本的に長距離砲撃が主任務である実体弾投射砲艦は、巨大とはいえ半閉鎖空間である【ガス状巡礼天体ガスグリム】内では、そのアドバンテージを発揮できないと判断されたからだ。

 それどころか、敵のUVキャノンやUV弾頭ミサイルの射程内に接近を許してしまった場合、実体弾投射砲艦は他の艦種に対し非常に脆弱な艦種となってしまう。

 ほぼ抵抗手段がない為だ。

 だから半閉鎖空間である【ガス状巡礼天体ガスグリム】内に、実体弾投射砲艦を突入させるのは、非常にリスキーな行いということになる。

 だがそれだけが実体弾投射砲艦の【カチコミ艦隊】不参加の理由ではない。

 少なくない数のオリジナルUVD搭載艦艇を【カチコミ艦隊】に参加させるその交換条件として、実体弾投射砲艦のほとんど全てが内太陽系のSSDF【ガス状巡礼天体ガスグリム】迎撃艦隊本隊に回されたからだ。

 グォイドとの宇宙戦闘の勝敗の9割9分は、グォイド艦隊が内太陽系への接近中に行われる実体弾投射砲艦の撃ち合いで決まるといっても過言ではない。

 ゆえに人類の最高意思決定機関〈30人会議〉は、オリジナルUVD搭載艦艇の【カチコミ艦隊】への参加を許諾はしたが、実体弾投射砲艦の参加は許可しなかった。

 彼らにとって【カチコミ艦隊】は、いわばSSDF【ガス状巡礼天体ガスグリム】迎撃艦隊本隊のフェイルセーフ、あるいはプランBであり、人類の存亡を賭けて全戦力を投入する程までには信じられていなかったのだ。

 SSDFの保有する全実体弾投射砲艦は、ほぼすべてがSSDF【ガス状巡礼天体ガスグリム】迎撃艦隊本隊に組み込まれた。

 テューラにしてみれば、〈30人会議〉のその判断は当然であり不服はなかった。

 だが、実体弾投射砲艦の【カチコミ艦隊】への参加が叶わなかったとしても、支援してもらう術は存在した。



 テューラは、メインベルト内のワープゲイト形成予定位置に、三分割されたムカデ・グォイドのボディ〈ジューズ・リング〉に納められた状態の、ワープゲイトの形成に必要な計42柱のオリジナルUVDを浮かべると、その手前に、まだ実体弾の砲撃開始までには時間的余裕のあるSSDF【ガス状巡礼天体ガスグリム】迎撃艦隊本隊の実体弾投射砲艦に待機してもらっておいたのだ。

 【ガス状巡礼天体ガスグリム】に対しても、その前方を先行して進行中のグォイド大艦隊に対しても、まだ距離があり実体弾投射砲発射のタイミングと位置の最適なウィンドウが開いていない為、【カチコミ艦隊】に属していない実体弾投射砲艦にすべきことはなく、テューラの希望する位置で待機してもらうことは可能だったのだ。

 そして今………まだ出番の訪れるはずではなかったSSDF実体弾投射砲艦、約百隻の艦首実体弾投射砲口が向けられていた空間には、ワープゲイトが形成され、その奥へと突入した【カチコミ艦隊】のさらに彼方の【ガス状巡礼天体ガスグリム】最奥空間では、【グォイド・プラント】とそこで建造され今まさに発進せんとするグォイド大艦隊の姿があった。

 ワープゲイトが形成された瞬間、〈じんりゅう〉より【ANESYS】を用いて行われた強制遠隔操作オーバーライドにより、各実体弾投射砲艦はクルーが事態を理解するよりも早く、メインベルトの【集団クラスター】内にいながらにして、【ガス状巡礼天体ガスグリム】最奥空間に向け、ワープゲイト越しに毎秒数発単位での全力実体弾砲撃を開始した。


「ヒッ!」


 キルスティが〈リグ=ヴェーダ〉のすぐ横を通過した実体弾に、思わず小さな悲鳴を上げるのが聞こえた。

 真空空間からワープゲイトを潜ることで、瞬時にして【ガス状巡礼天体ガスグリム】内の有大気空間に突入した無数の実体弾は、弾体前方に生じた断熱圧縮現象により、その表面にプラズマをまとった光の弾丸となって【ガス状巡礼天体ガスグリム】最奥、【グォイド・プラント】に吸い込まれていった。

 ワープゲイトの彼方のSSDF実体弾投射砲艦と、【グォイド・プラント】の間には【カチコミ艦隊】が進行中であったが、当然のごとく〈じんりゅう〉の【ANESYS】による強制遠隔操作オーバーライドで位置を微調整され、実体弾は掠ることさえなく、当然【カチコミ艦隊】艦へのダメージは皆無であった……直近で通過する実体弾を体験した各艦クルーの心的負荷はさておき……。

 


 燃え盛る千数百発の実体弾は、さらに【カチコミ艦隊】にむけ接近中のレギオン・グォイド群をも素通りすると、各種のグォイド艦がすっぽりと納まる円筒が、無数に束ねられて円盤状に形作られた【グォイド・プラント】のうち、中心部と外周の丁度中間位置に、円形上に着弾した。

 その位置にて、発進の時を待っていた建造完了間際のグォイド実体弾投射艦数百隻は、活躍の時を迎える間もなく、正確無比に撃ち込まれた実体弾によって貫かれると、次々と轟沈していった。

 〈じんりゅう〉の【ANESYS】は、SSDFの実体弾投射砲艦の最優先目標に、敵グォイドの実体弾投射砲艦を選んだのであった。

 なによりもまず敵実体弾投射砲艦をまず殲滅すべきだ、と。

 そしてそれが可能なタイミングはこの瞬間しかないと判断したのだ。

 宇宙空間での航行中ではなく、【グォイド・プラント】内で隣接して建造中であったグォイド艦の轟沈・爆発は、すぐ隣のグォイド艦への誘爆をも巻き起こした。

 無それが連鎖反応となって、無数の虹色のUV爆発光が【グォイド・プラント】に光の円を描くと同時に、【ガス状巡礼天体ガスグリム】最奥の薄い大気を震わせ、轟音を響きわたらせた。

 

「幸先良いな!」

「喜んでる場合じゃないですよぉ!」


 【ガス状巡礼天体ガスグリム】突入直後にあげた大戦果に、緊迫した作戦指揮所MCの空気を変えようと、小さくガッツポーズをしながら言うテューラにキルスティが告げた。


「敵実体弾投射砲艦の実体弾発射を確認、轟沈直前に発射していた模様!」

「!?」


 クルーが報告を最後まで言い切る前に、前方から飛来してきた無数の燃え盛る実体弾が、レギオン・グォイド群の隙間を通過し、さらに〈リグ=ヴェーダ〉のすぐ横を通過した。

 同じように大気との断熱圧縮現象により、プラズマに包まれた高速の敵実体弾は、現在の彼我の距離では、発射されてからその接近を報告する時間さえ無い。

 しかし、敵実体弾投射砲艦が放った実体弾は、一隻とて【カチコミ艦隊】を沈めることは無かった。

 最初から〈リグ=ヴェーダ〉もその他の【カチコミ艦隊】も狙ってはいなかったのだ。


「!」


 テューラは慌てて後方を振り返った。

 敵が死に際に放った実体弾は、【カチコミ艦隊】を狙ったものではなく、ワープゲイトの彼方のSSDFの実体弾投射砲艦を狙ったものに違いないからだ。

 目には目を、歯には歯をというつもりなのだ。

 しかし、敵実体弾がSSDFの実体弾投射砲艦に届くことは無かった。

 敵実体弾がSSDFの実体弾投射砲艦に届く寸前、実体弾の向かう先に浮かんでいたSSDFの実体弾投射砲艦が消え去ったからだ。

 敵実体弾は燃え盛ったまま、何もない【ガス状巡礼天体ガスグリム】内の銀のガス雲が渦まく空間を進んでいくだけだった。

 〈じんりゅう〉のコントロールによりワープゲイトが閉じたからだ。

 テューラは思わず安堵のため息をついた。

 ワープゲイトが形成されてからまだ2分も経過していない。

 だがここまでは、多少ひやりとはしたがおおよそ事前の計画通りであった。

 ワープゲイトが形成されると同時に、〈じんりゅう〉の【ANESYS】を用いた強制遠隔操作オーバーライドで、ワープゲイトの外から実体弾投射砲艦により先制実体弾攻撃を行う。

 【カチコミ艦隊】にはいない実体弾投射艦の攻撃力を最大限にいかし、それでいて実体弾投射砲艦の損耗をゼロにする作戦であった。

 成功したこの目論見により、実体弾は【ANESYS】が狙った目標のほぼ全ての撃破に成功し、【カチコミ艦隊】は敵実体弾投射砲艦に怯える必要は無くなった。

 そして即座にワープゲイトを閉じたことにより、実体弾投射砲艦ふくむ味方側の艦艇の損害は今の段階では皆無だ。

 だが状況は良くはなったが、厳しいことに変わりはなかった。

 【ガス状巡礼天体ガスグリム】内最奥の【グォイド・プラント】で建造されていた大艦隊が、想定を超えて大艦隊だったのだ。

 その圧倒的な数による脅威は、すでに目前にまで迫っていた。




 テューラは〈じんりゅう〉が【ANESYS】を用いて知らせてきた、【ガス状巡礼天体ガスグリム】最奥のグォイド大艦隊の規模を知り、わずかに顔を青ざめさせた。

 眼前のグォイド大艦隊は、これまでのグォイド大規模侵攻艦隊を合わせた数よりも多かったのだ。

 幸いにも敵実体弾投射砲艦はその割合が少なく、誘爆現象が発生したおかげでほぼ殲滅することができたが、他の艦種はまだ健在であり、なによりまず接近中の無数のレギオン・グォイドの接近に対処する必要があった。

 だが、もう実体弾投射砲艦による支援砲撃は頼めない。

 ということは、残された手段は極めてスマートさからはかけ離れた昔ながらの方法しかなかった。


「全艦、全武装使用用意! 有効射程に入り次第、任意での使用を許可する!

 同士撃ちに留意しつつぶっ放せ!」


 テューラは命じた。

 覚悟していたことではあったが、ここから先は敵味方入り乱れての大乱戦になるだろう。

 好きで行いたいわけではないが、この状況でそれ以外の展開はあり得なかった。

 それからテューラは、乱戦が始まる前にしておくべきことを思い出した。


「こちら【カチコミ艦隊】旗艦〈リグ=ヴェーダ〉より艦隊司令のテューラだ。

 〈じんりゅう〉応答せよ。

 ユリノ!? 起きてるか!?

 〈ファブニル〉に〈ナガラジャ〉返事をせいッ!」


 テューラは人類史の最後を飾るかもしれない戦闘が始まる前に、一応ようやく再開できた〈じんりゅう〉級三隻に呼びかけてみた。

 自分らはこれでも〈じんりゅう〉級三隻を助けるつもりで来たが、この戦力差では焼け石にに水かもしれない。

 そのことを詫びたいわけでは無いが、声くらいは聞いておきたかった。

 ワープゲイトが閉じたということは、〈じんりゅう〉の【ANESYS】が終わっている可能性が大だった。

 だから話をするなら今だった。


『こちら〈じんりゅう〉艦長ユリノ、大丈夫です。

 いま【ANESYS】から目覚めました!』

『〈ファブニル〉アストリッド、船体、クルー共に健在!』

『〈ナガラジャ〉アイシュワリア、同じく元気です!』


 その声が届いた瞬間、作戦指揮所MCのクルー達が息を呑む音が聞こえた。

 〈じんりゅう〉級三隻がワープゲイトに消えてから約四カ月が経過し、世間的には戦没扱いにされかけていた各〈じんりゅう〉級が、クルーともども健在であることがついに今、確認されたのだ。

 〈リグ=ヴェーダ〉前方に並んで浮かぶ各〈じんりゅう〉級から届く声に、テューラは思わず声を詰まらせた。

 一瞬頭が真っ白になった。

 もちろん安堵したが、言いたいこと訊きたいことがありすぎて思考がオーバフロウ寸前になったのだ。

 だがじっくりと再会の喜びを味わっていられる場合ではなかった。


「お前たちぃ……………………。

 ……お前たち! 私らが連れてきた戦力は知ってるな!?

 何をすべきか指示をくれ!

 何をどうすればグォイドに対して勝ちになるんだ!?」


 テューラはなんとか意識を立て直すと、思ったままに訊きたいことを尋ねた。

 情けない話だが、【カチコミ艦隊】は先行して【ガス状巡礼天体ガスグリム】内部にいた〈じんりゅう〉級三隻が、【ガス状巡礼天体ガスグリム】攻略方法を見出していることに賭けてここに来ている。

 〈じんりゅう〉に達成目標が分からなければ、この状況下では最終的にグォイド大艦隊に戦力差で磨りつぶされるだけだ。

 レギオン・グォイドが迫る中、テューラは脂汗を流しながらその答えを待った。


『ユリノです…………これより〈じんりゅう〉は、前方でグォイド大艦隊を建造中の【グォイド・プラント】内部に突入、そのまま内部を突き破って【グォイド・プラント】の後方にあると思われる〈太陽系の建設者コンストラクター〉の異星遺物【オリジナルUVDビルダー】への直接コンタクトを試みたいと思います!

 【カチコミ艦隊】全艦は、その援護をお願いします!』

「…………そんな感じだろうとは思ってたよ!」


 テューラは久しぶりに聞くような気がするユリノのふわっとした無茶ぶりに、謎の安心感を覚えながらそう答えた。


「それでユリノよ……お前たちのその直接コンタクトとやらが成功すれば、まるっと上手くいくのか?」

『…………多分』

「それでユリノよ、とりあえず目の前のレギオン・グォイドの群に対しては…………?」

『突っ込んで蹴散らしてください!』

「あ、あの~…………その奥でも、【グォイド・プラント】とやらから次から次へとグォイド艦が発進してるですけど……」

『可能な限り、相手が集まっている内に沈めるしかありません。

 放置して【ガス状巡礼天体ガスグリム】全部開口部から外に出して、前方にいるグォイド大艦隊と合流させてしまった場合、我々の迎撃艦隊を安々と突破して地球に進撃できるだけの戦力になってしまいます!

 可能な限りここで足止めして、艦隊がここを出る前に、私達がコンタクトを成功させるしかありません!』

「ウチらだけで……この艦隊を…………」


 テューラは「無茶ぶりも大概にせえよ」と喉元まで出かけた言葉を辛うじて飲み込んだ。

 それしか無いのならば、それしか無いと考える他ない。


「司令! レギオン・グォイド群射程到達まであと45秒!

さらにレギオン・グォイド群後方の【グォイド・プラント】を発進するグォイド艦艇を多数確認! 敵接近艦艇総数1500隻を超えました」


 決断を迫るかのような電測担当クルーの報告。


「分かったユリノよ! こうなったらやってやるぅ!

 〈ファブニル〉〈ナガラジャ〉および〈ジュラントwithアクシヲン二世〉は〈じんりゅう〉に随伴して、【グォイド・プラント】に突っ込め!

 〈ウィーウィルメック〉と残る私らは、〈じんりゅう〉組に支援砲撃しつつ、前方【グォイド・プラント】より発進し続けているグォイド艦隊をここにくぎ付けにする!」


 テューラの指示に、すぐさま〈じんりゅう〉級各艦と【カチコミ艦隊】クルーからの返事がかえってきた。


「だが実際問題…………一回敵艦隊と交差しちまったら、逃した敵艦艇を追いかけるのはあまり現実的じゃないぜ……」

『大丈夫! 私に良い考えがあります!』

『わずかですが、こちらにもアドバンテージがあります。それを活かせば、目標達成は可能です!』


 決断はしたものの、不安を拭えずにぼやくテューラに〈ナガラジャ〉からアイシュワリアの声が届き、そこにユリノが続いた。

 運動の第三法則がストレートに働く宇宙戦闘では、一度目標地点を通過してしまった宇宙船が、再びUターンして目標地点にたどり着くのには、それまでの何倍もの時間と推進エネルギーを必要とする。

 加速と減速に、同等の時間と推進エネルギーを必要とするからだ。

 だから一度前方から接近中の敵艦隊とすれ違ってしまったならば、敵艦隊が【ガス状巡礼天体ガスグリム】を出る前に追いつくのは非常に困難だ。


「良いアイディア…って……」


 テューラが思わずそうこぼしたが、すぐに考えなおした。

 問答するには、レギオン・グォイド群が接近し過ぎていた。


「ユリノ! 一時指揮を預けるから好きにしやがれ!」

『…………了解』


 テューラがヤケクソ気味に告げると、ユリノは意外なほどにすぐに了承した。

 テューラは一抹の不安を覚えると同時に、少し安堵もしていた。

 ユリノは凄い無茶をさせるに決まっているが、とりあえず彼女の言うとおりにすれば間違いないと信じられたし、第一肩の荷が少し降りた。


『全艦へ通達!

 全艦は送信したデータに基づき陣形変換!

 現行速度を維持したまま、前方より接近中の敵艦隊をまず通過する!

 〈ウィーウィルメック〉と〈ジュラントwithアクシヲン二世〉は搭載実体弾投射砲にて、【グォイド・プラント】中心部および、そこより発進したシードピラーを優先して攻撃開始!

 ともかく大物を出来るだけ沈めて!

 残る艦はを前方レギオン・グォイド群などの確実に倒せる艦を中心に攻撃!

 全艦クルーはベルト着用のうえ、敵艦隊を通過次第、急減速に備えて!』


 ユリノはまるで最初からそう言うつもりだったかのように命じた。

 その直後、レギオン・グォイドを始めとした【グォイド・プラント】より発進した艦隊の第一陣と、〈じんりゅう〉級三隻ふくむ【カチコミ艦隊】は互いにUVキャノン攻撃を開始した。

 テューラのそばでキルスティが「ふええぇぇぇ……」と押し殺した悲鳴を上げた。

 テューラにはキルスティの気持ちがよく分かった。

 見る見る視界からはみ出てゆくほどの、恐ろしい数の敵艦隊と真正面からすれ違うのは、有り体に言って滅茶苦茶怖かったのだ。






 前方の薄いガス雲のベール越しに、無数の星々が瞬いたかと思うと、それはUVキャノンの光の柱となって、円錐陣形となった〈リグ=ヴェーダ〉他の全【カチコミ艦隊】のUVシールドを叩いた。

 だが、損害はまだない。

 まだ有効射程に入ったばかりのレギオン・グォイドのUVキャノンでは、ここが有大気空間であり、エネルギーが急激に減衰されることもあって、【カチコミ艦隊】の艦のUVシールドを貫けないのだ。

 だがレギオン・グォイド軍の後ろに控えるそれより大型のグォイド艦艇のUVキャノンは、恐れるべき威力であった。

 だから各〈じんりゅう〉級がオリジナルUVD由来出力のUVキャノンで敵戦艦級から巡洋艦級のグォイド艦を沈めてゆく。

 艦のサイズは〈じんりゅう〉と同等の艦艇であっても、全〈じんりゅう〉級が、オリジナルUVD由来出力である分、UVキャノンの射程と威力で上回り、敵大型艦艇のUVキャノンの有効射程の外からこれを沈めることが可能だったのだ。

 さらに〈ウィーウィルメック〉と〈ジュラントwithアクシヲン二世〉が、搭載された実体弾投射砲にて円盤陣形の中心を進むシードピラーや戦艦級グォイドを屠ってゆく。

 だが、数で圧倒的に上回る敵艦隊の全てを沈めることなど叶うはずもなく、また真正面から円盤状の陣形で迫る敵艦隊との交差であったがために、【カチコミ艦隊】は瞬く間に敵艦隊の中をすれ違った。

 こちらは無人駆逐艦をいくらか沈められただけだが、敵艦は一瞬で40隻近くを沈めることができた。

 問題はこの後であった。


『全艦、急減速に備えて!』


 陣形先頭を進んでいた〈じんりゅう〉〈ファブニル〉〈ナガラジャ〉が急減速し、瞬く間に【カチコミ艦隊】最後尾に遷移するなりアイシュワリアの声が【カチコミ艦隊】全艦に響いた。







 テューラはワープゲイト形成直後に、〈じんりゅう〉が【ANESYS】を用いて送ってきた圧縮データを読む余裕など当然無かった。

 だから各〈じんりゅう〉級が、〈バトイディア〉なるグォイドでも〈太陽系の建設者コンストラクター〉でもない文明の遺物内にて改修され、未知なる新装備を取りつけられたことなど知るわけがなかった。


『トラクタァァアアアアアアアアア! ビィイイィィィッム!!!』


 アイシュワリアがやかましく叫ぶと同時に、【カチコミ艦隊】最後尾に遷移した三隻の〈じんりゅう〉級の艦首と艦尾から、見たことも無い黄金色のビームが通過したばかりのグォイド艦隊と、そして【カチコミ艦隊】に放射されるのを、テューラは辛うじて確認した。

 その黄金のビームは、〈じんりゅう〉級の艦尾艦首からウネウネと曲がりくねりながら枝分かれして、まるで大樹とその根の様にグォイド艦隊と【カチコミ艦隊】それぞれに届き、黄金色に照らし包んだ。

 その直後、〈リグ=ヴェーダ〉内作戦指揮所MCを猛烈な減速Gが襲った。


「ひやあああああぁぁ!」


 キルスティが悲鳴を上げる。

 テューラはその悲鳴に隠れるようにして呻きながら、総合位置情報図スィロムとそれに映る数値から、離れつつあるはずの敵艦隊と【カチコミ艦隊】の速度差が、魔法のごとく急激にゼロに近づくのを確認した。








▼【トラクター・ビーム】

 それはUVエネルギーの疑似重力効果を利用し、対象物体を引き寄せることを可能とした光線であり、これを発明した文明では、人類でいうところのスマートアンカーにあたるものとして使われていたという。

 だからその異星文明の追加装備をされた〈じんりゅう〉級は、ワイヤレス・スマートアンカーとして前後に放ったトラクタービームで【カチコミ艦隊】を無理やり減速させようとしたのだ。

 だが、そのトラクター・ビームがオリジナルUVD搭載の〈じんりゅう〉級で使用された場合、〈じんりゅう〉級を中心に、グォイド艦隊を重し・・代わりにして、【カチコミ艦隊】全艦の減速に成功するどころか、互いに離れ合おうとする運動エネルギーを相殺した結果、すれ違ったグォイド艦隊全艦までを足止めすることに成功するとは、搭載させた異星文明とて知る由もなかったのであった。







 【カチコミ艦隊】全艦の減速がほぼ終了すると同時に、〈じんりゅう〉の艦首と艦尾に追加装備されたトラクタービーム・ユニットが、負荷に耐えきれずに爆発した。

 その所業を考えれば当然の結果であった。









『テューラ司令!

 ここは薄いですが大気のある空間です!

 それに対して敵艦は全て真空空間で戦うことを前提にしています。

 そこに付け入れば多少は勝算が沸くはずです!』


 まだトラクター・ビームについて驚いている段階のテューラに対し、ユリノが問答無用で告げてきた。


『【ANESYS】で送ったデータの中に、この有大気空間での操舵プログラムが入ってます!

 それを使ってこの空間での機動戦で、敵を翻弄して下さい!

 〈じんりゅう〉は【グォイド・プラント】突入路を探し出し、見つけ次第突っ込みます!』


 テューラはここの来たことを若干後悔しはじめながら、辛うじてユリノに「…………あいよ!」と答えておいた。





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