▼第八章『Portals』 ♯5
「おねえ……ちゃん……?」
監督は自分で何故そんな言葉が出てきたのか分からなかった。
ただ、その人が視界に入った瞬間、自然と呟いていたのだ。
観客に向かって優雅に手を振りながら、背後にクルーを引き連れて歩いて来た彼女は、夢でも幻でもなく、間違いなく
不思議だ……。
初めて会うはずなのに、まったくそんな気がしない。
何故か胸が締め付けられる程に懐かしいような気持ちを感じた。
と同時に、思ったよりも小柄で……それに若い……というよりとても幼く感じたことに驚いた。
それは彼女が五つ以上は年下なのだから当然なはずなのだが、監督は何故か、彼女をいつも見上げていた気がしたのだ。
彼女は膝をついたまま茫然とする監督の前まで来て身をかがめると、ポケットから何かを出……………そうとして見つからず、あたふたと礼装のポケットを探しまくり、最終的に背後に立っていたクルーの一人、彼女の妹から「もう……!」とでも言いたげな顔で求めていたものを渡された。
その人……旧〈びゃくりゅう〉艦長にして、現〈じんりゅう〉艦長である秋津島レイカ中佐が、ポケットから出そうとして、結局妹のユリノ電測員から渡されたのは、折りたたまれたハンカチであった。
レイカ艦長は、照れ笑いでごまかしながら監督の方にすぐに向き直ると、とても慈愛に満ちた顔で、監督の涙で濡れた頬をハンカチでそっとぬぐった。
『全艦反転! 後方のガス雲に隠れる! 急げ~!』
アストリッド艦長がこれまでにない切羽詰まった声音で叫ぶのとほぼ同時に、前方から無数のUVキャノンの光刃が〈じんりゅう〉級三隻に向かって殺到した。
【インナーオーシャン】の海面に比べればはるかに薄くなってはいるが、それでも大気が存在する【
まるで満点の星空のごとく視界一杯に広がっていたグォイド艦艇の輝きは、最奥からおよそ4500キロ地点に観測されていた。
つまり彼我の距離はおよそ500キロであった。
通常宇宙空間で反転して引き返すことは、運動の第三法則により、その時点で達していた速度を帳消しにするのに、その速度まで加速するのにかかったのと同じだけの労力を要する。
ゆえにアストリッド艦長の命令は、常識的にはあまり聞くことは無いはずの内容であった。
しかしながら、薄くとも大気が満たされているこの空間では、通常の宇宙空間戦闘とは別の法則が支配していた。
だから運動の第三法則には大気というノイズが入り込み、正確には働かない。
そして今の〈じんりゅう〉級三隻はサティとIDNと合体することでドラゴンモードとなり、大気中の航行能力が大幅にアップデートされていた。
巨大な翼と大気を吸い込んで吐きだすジェットエンジンを有していたのだ。
だから周囲の大気を翼に受けることで、〈じんりゅう〉級一行は速度を一旦帳消しにせずとも、速度をほぼ維持したまま大きくカーブして180度進行方向を変えることができるはずであった。
ようするに巨大な航空機としての機動が可能なのだ。
とはいえ眼前のグォイド大艦隊に対して、接近から離脱に切り替わるまで、まだ数百キロはグォイド艦隊に接近する必要があった。
『サティ! IDN! 頼んだ!』
『あ~いっ!!』
アストリッド艦長の言葉にサティが答えると、〈じんりゅう〉級一行は三角形の編隊を組んだ状態で、船体を大きく傾けながらカーブに入った。
上下の無い宇宙ではあまり意味の無い行為であったが、クルー達にとっては、これまでの上下感覚が維持されるので助かる。
だがカーブが始まっても、眼前のグォイド艦艇がビュワーのなかで大きくなっていくことには変わりなかった。
接近速度は急激に減じていたが、カーブの頂点を過ぎるまでは、グォイド大艦隊に接近し続けることになる。
そして彼我の距離からいって、最接近の時点で互いのUVキャノンの射程内に確実に入り込む。
『ついでだ! 各艦プローブばら撒け!』
グォイド最接近間際にアストリッド艦長が叫んだ。
ケイジが指示するまでもなく、エクスプリカが〈じんりゅう〉各発射管より偵察プローブをグォイド大艦隊に向け射出し、情報収集を開始した。
その間にも〈じんりゅう〉級はグォイド大艦隊に接近し続け、否応も無く彼我の武装の射程距離内を割った。
すでに実体弾やUV弾頭ミサイルの射程圏内ではあったが、グォイド大艦隊はそれらを使って〈じんりゅう〉級一行を沈めることはなかった。
なぜ使わなかったかは謎だが、ケイジにはなんとなくその理由が分かった。
数万隻はいるらしいグォイド大艦隊にしてみれば、わざわざ限りある実体弾やUV弾頭ミサイルを消費するよりも、UVキャノンで屠った方が無駄がないと考えたのだろう。
自分だって向こうの立場ならそうする。
そして案の定、彼我のUVキャノンの射程に入った瞬間、眼前のグォイド大艦隊から猛烈なUVキャノン砲撃が始まった。
〈じんりゅう〉級一行にできることは、UVシールドを最大出力でグォイド大艦隊方向に向け、ひたすら耐えることだけだった。
グォイド大艦隊にしてみれば、広大な空間の中にポツリと現れた〈じんりゅう〉級を狙い撃つなど造作もないことであっただろう。
ケイジは少なくない数の直撃弾が〈じんりゅう〉を揺さぶる度に、サティと共に『ヒィ!』『ヒャァッ!』と悲鳴を上げることしかできなかった。
だが、敵UVキャノンの雨あられが〈じんりゅう〉級三隻を沈めることはなかった。
主機にオリジナルUVDが搭載されている上に、デリゲイトによりバトイディアの異星テクノロジーでアップデートされたUVシールドが、敵UVキャノンに耐えたのだ。
さらに射程距離ギリギリの位置で、しかもここが大気ある空間であった為に、敵UVキャノンが著しく減衰していたことが、〈じんりゅう〉級を首の皮一枚で救った。
『あのガス雲に隠れる! 突っ込めぃ~!』
180度進路反転がなされると同時に、アストリッド艦長は【
ついさっき破壊して通過した【ジグラッツ】基部は、それによって
そしてへし折られた
が、その一部は無重力空間である【
それが銀の雲状となり、【
〈じんりゅう〉級一行はその中へと飛びこんだのだ。
グォイド大艦隊はその時点で〈じんりゅう〉級を見失い、またガスによってUVキャノンがさらに減衰するため、それ以上の砲撃を中止した。
〈じんりゅう〉級一行は辛うじて撃沈を免れたのだ。
しかしそれはほんの一時の事でしかなかった。
【
そしてグォイド大艦隊が前進を開始したならば、いずれにせよ〈じんりゅう〉級一行は、象の群に踏みつぶされるかのように沈めらる未来が待っているはずであった。
「………………あ……」
「あ……あの…………監督……さん? ……どうか泣かないで下さい」
まだ言葉が出てこない監督に、レイカ艦長は優しく話しかけた。
自分より五つ以上は年下の女の子に、まるで泣きじゃくる幼女を慰めるかのように話しかけられ、監督はますます何も言えなかった。
レイカ艦長とて、年上の監督に目の前で泣きじゃくられたら多少は慌てるだろうに、初めて見るはずのレイカ艦長は多少同様してはいるが、決して慌ててはいなかった。
それどころか監督をそっとハグさえしてくれた…………まるでそうしなければならないと分かっていたかのように、迷うことなく。
監督はいわく言い難い猛烈な郷愁に襲われ、余計に涙がとまらなくなった。
ずっとこの時を待っていた気さえする。
彼女は監督の涙を無理に止めようとはせず、落ち着くのを背中をさすりながら充分に待ってくれた。
それから彼女は涙をぬぐっていたハンカチをそのまま監督の手に残し、「立てますか?」と囁くように言うと、監督の両二の腕に手をまわして、支えながら一緒に立ち上がった。
「え~と…………初めまして監督、私はSSDF・VS‐801〈じんりゅう〉艦長の秋津島レイカ中佐です!
後ろのは私の妹の他、〈じんりゅう〉のクルー達」
レイカ艦長はビシリと敬礼しながら、改めてそう簡潔に自己紹介すると、彼女の背後で紹介をバッサリと端折られたユリノ電測員他のクルーがガクっとなった。
だが監督以下のアニメ製作スタッフ陣は、レイカ艦長はもちろん、テューラ副長にアストリッド操舵士にシアーシャ機関長にリュドミラ艦載機隊隊長にユリノ電測員……その他全員の顔と名前と役職が頭に入っていた。
その全員が本物で、今、目の前にいるのだ。
いったいなんで?
今頃になって監督はその事実に疑問を抱いたが、レイカ艦長達の背後、彼女達が出てきた側の舞台袖の奥で、ここでは姿を見せなかった寺浦課長が、ビシッと親指を立ててこちらに熱い視線を送っているのに気づき、大体の経緯は察した。
滅茶苦茶驚いているが、嫌な驚きではなかった。
「あ……あの私は……」
「知ってます……監督さんで良いんですよね?
他の皆さんも、さっき袖から自己紹介を聞いてましたから…………………………」
「は……はい!…………」
しばしの沈黙。
監督はレイカ艦長を目が合うと、そのまま互いに固まってしまった。
レイカ艦長達〈じんりゅう〉のクルーが来てくれた。
このイベントの為だけに来てくれたのかは分からないが、今上映したアニメを見てくれたのだ。
監督はその事実を再認識し、今度は猛烈に顔を赤くした。
「いやぁ……アッハッハッハッハ~……ごめんなさい!
私もこういうの初めてで、実はすっ……ごい緊張していたんですよぉ!
あのアニメを見るまでは、できればステージに立つのは勘弁したかったくらい!」
沈黙に耐えかねたのを笑って誤魔化すかのように、レイカ艦長が後頭部を掻きながら口を開いた。
意外と緊張していたのか、テンション高めだった。
レイカ艦長は、横からユリノ電測員がスッと差し出したスティックマイクを握りしめながら続けた。
「でも! その……あのアニメを見て、監督達スタッフの皆さんの顔を見たら、そんなの忘れちゃった!
だって…………だって………………だって凄く……すっごく……言葉にするとなんかアレだけど、すっ……ごく面白かったから!
ううん! それだけじゃ無いんです!
そりゃぁ、私達がモデルの主人公達が大活躍するアニメというのは、見てて恥ずかしい部分も沢山ありましたけど!
……けどけど! その、なんていうか……とっても、とっても……見終わって……なんていうか、凄く良い気分になったんです!」
猛烈に目をキラキラと輝かせながら、もの凄く必死になって言葉を紡ぎ出したレイカ艦長の声を、観客含めた会場全ての人間が、ただ熱心に耳を傾けた。
どうもレイカ艦長は、意外にも人並みにアニメ好きでもあるらしい。
そしてとてもテンパってもいるようだった。
が、それ以上に訴えたいことがあるようだった。
監督は彼女が何を伝えたいのか最後まで聞きたくなった。
『全艦、逆進停止! それと被害報告!』
アストリッド艦長の指示に、すぐに〈じんりゅう〉級三隻がリバーススラストををかけて減速停止を試みると、すぐに船体を包むサティとIDNがそれに従い、翼をエアブレーキ代わりにして艦はガス雲の中で停止した。
そこへ、すぐさま各艦各セクションからの被害報告が届いた。
驚くべきことに、特筆すべきダメージは各〈じんりゅう〉級には無かった……まだ。
『う~ん……ちと死に損ねちまったかなぁっ?』
『ひっどい冗談ですね! 姉さま!』
アストリッド艦長が明るさを装いながら言うと、アイシュワリア艦長がさすがに突っ込んだ。
実際その通りではあるが、現状は〈じんりゅう〉級全滅をほんの少し先延ばしにしただけに過ぎない。
現在〈じんりゅう〉級を包むガス雲は、数分以内に【
つまりその数分以内に〈じんりゅう〉級は今後の行動を決めなければならない。
『このまま【
『
『妥当な未来予測ですね、私も同意見です。
有視界レベルでガスが晴れ、尚且つ【
アイシュワリア艦長が即答するとデリゲイトが続けた。
ケイジもだいたい同意見だった。
先刻目の前を通り過ぎたグォイド大艦隊内には、当然実体弾投射艦も存在するだろう。
実体弾投射砲にはオリジナルUVD由来出力のUVシールドとて無力であり、たかが〈じんりゅう〉級三隻くらい、歯牙にもかけずに見逃してくれる可能性に期待する気にはなれなかった。
〈じんりゅう〉級三隻は
その下手人が背を向けて逃げていくのを、見逃す理由などグォイドには無い。
ただケイジの場合、脱出に反対な理由は少々違った。
「俺も反対です。
今ここから俺達が逃げてしまったら、【
最奥にある〈太陽系の
それを逃すのには反対です」
[オオウ……けいじぃ……オ前ナァ……]
エクスプリカが何か言いたげにケイジの名を呼んだが、それはまるで心ある者のように、それ以上の言葉にはならなかった。
「それに……もうすぐユリノ艦長達が目覚めますから!」
『いや……それ信じないわけじゃないんだけどな少年、でも、かといって目蔵滅法に突っ込むわけにもいくまいよ』
ケイジの力説に、アストリッド艦長は困ったように答えた。
ケイジがユリノ艦長が目覚めると言ってから大して時間は経っていないのだが、様々なことが一気に起こり過ぎて、若干信ぴょう性を疑われている感があった。
だが、ケイジのその気持ちは微塵も変わりはしなかった。
仮想現実から帰ってきたケイジは、ユリノ艦長達を乗せた〈じんりゅう〉を、【
『アストリッド艦長、私もケイジ一曹の意見に賛成です。
それに、先ほどのグォイド大艦隊との接触で分かったこともあります』
『なんだって?』
デリゲイトがケイジに助け船を出すかのように告げると、アストリッド艦長は訊き返した。
『わずかな時間でしたが、射出したプローブにより、敵グォイド大艦隊の情報を得ることができました。
画像を見て下さい』
デリゲイトが〈じんりゅう〉級各艦とプローブで得た情報を、統合し立体化したホログラムをブリッジ内に投影させた。
『ご覧のような陣形で、グォイドの大艦隊は観測されたわけですが、よく観察してみてください。
先ほど眼前を通過したグォイドの大艦隊は、正面からしか見ることができなかった為、気づくことが難しかったのですが、短い時間でしたがプローブからの情報を加味した結果、大艦隊各艦艇は、そのほとんどが巨大な筒状の骨組みに、その船体の後方が半分埋まった状態であることが分かったのです』
デリゲイトの説明を聞きながら、ケイジ達はまず驚いた。
ガス雲による視界不良や見た際のアングルの関係もあるが、宇宙の星々の如く無数に見えたグォイド大艦隊の艦艇数に気をとられ、その艦艇一隻一隻が、その後ろ半分を覆う何かに固定されていることにはまったく気づかなかった。
『観測された骨組みは、
まだ検証の余地はありますが、私はこれこそがここ【
「…………」
ケイジ達は否応も無く納得した。
各艦艇の船体後方を覆うフレームはその一つ一つが筒状となっており、それらが無数に束ねられ、中心部の膨らんだ凹レンズ状になっていた。
蜂の巣状の|トゥルーパー・グォイド発進口を有するトータス・グォイドの背部半球状部分の規模を、数万倍にしたようなものにケイジには見えた。
……あるいは無茶苦茶たくさん束ねた門松の集合体だ。
それは【
それは土星圏タイタンにも存在したはずであったが、【グォイド光点増援群】との衝突により、事実上崩壊していると思われ、人類が見ることは無かった。
そのグォイドの根源施設ともいえるものに、自分達はついに遭遇したのであった。
『観測情報を分析した限りでは【グォイド・プラント】の直径は3000キロ。
そのさらに外周方向では、破壊された
これはおそらく小惑星実体弾の弾着時と同じ様に、【グォイド・プラント】の裏側へ、艦艇の材料としての資源を運び込む現象が観測されたものだと思われます。
また【グォイド・プラント】の中心部ではシードピラーが建造され、そこから外周方向にゆくにしたがって、空母、戦艦、実体弾投射砲艦、強攻偵察艦、巡洋艦、駆逐艦と、建造される艦が小型になってます。
これはレンズ状の施設の
つまり……【グォイド・プラント】中心部で建造中のシード・ピラーの裏側には………………』
『例の〈太陽系の
『【オリジナルUVDビルダー】があるってことなのね?』
デリゲイトの説明に、アストリッド艦長とアイシュワリア艦長が続けた。
ケイジが〈ウィーウィルメック〉に呼ばれ、【亡命グォイド】としてのアビーに聞いたところによれば、グォイドの祖先と呼べる異星文明の方舟が、初めて宇宙を巡礼する【
そのグォイドによる宇宙の災厄の発端とも呼べる異星遺物【オリジナルUVDビルダー】の位置を、人類は今特定したのだ。
『観測されたグォイド大艦隊のそのほとんどは、まだ完成間際であり、移動可能なのは、そのうちの約2割ほど、先ほど戦ったレギオン・グォイドなどの比較的小型なグォイド艦艇がほとんどであり、戦艦や巡洋艦はその中のさらに3割ほども存在しません。
あくまで現在は……の話ですが、今すぐならば、あのグォイド大艦隊全てを相手に戦うことは回避できます。
そしてうまく中心部を突破できれば、我々自身による〈太陽系の
それに…………』
『それに?…………』
『私はまだプランAもプランBも諦めてはいません』
『…………』
デリゲイトの言葉に、誰も言い返せなかった。
プランAもプランBも、異星異物【オリジナルUVDビルダー】へのコンタクトを目的とした計画だ。
前者はユリノ艦長達が〈太陽系の
そして【
だがその計画は、確かにまだ失敗はしていないかもしれないが、あまりにも綱渡り過ぎる。
仮に異星異物【オリジナルUVDビルダー】へのコンタクトが成功し、ワープゲイトを開通できるようになったとしても、メインベルトで【
デリゲイトの諦めないという宣言は、まだ諦めてないというよりも往生際が悪いと思われてもしかたなかった。
[アア……オ前達ヨ……相談中ニ悪イガ、モウスグ雲ガ晴レルゾ]
エクスプリカが内心焦りまくってるかのように告げた。
「監督さん……私、さっきのあのアニメ見て……なんていうか……凄く……凄く『頑張ろう!』って気分になったんです!
それは私が航宙艦の艦長を務めているからかもしれませんけど……その、なんていうか…………あのアニメみて、ちょっとだけ……いえいえ凄く……『なんとかなるかも』っていう気分になれたんです…………。
明日が来たら、今日よりもっと良い日にできるかも……って気分になったんです!
おかしいですよね……実際にあった出来事をモデルにしてても、アニメは基本フィクションなのに……。
でもでも、それって凄いことだと思うんです監督!」
レイカ艦長は監督の手を取ってぎゅっと握りしめると力説した。
監督はレイカ艦長が、決してリップサービスでこんなことを言い出したわけじゃないことに気づいた。
「だって……誰だって……明日を迎える時は、希望や明るい未来を思い描きたいものですよね。
でも、誰もが明日を頑張れるだけの夢や希望のある未来を想像できるわけじゃないでしょう?
人の個性やら得手不得手や才能が、人それぞれ一人一人違っているように、想像力だってひとそれぞれですもの。
さらに想像したものを、他の人がに伝わるように出力する能力だって、誰もが持っている技術じゃありません。
むしろそういう力を持っている人の方が少数派です。
でも監督はスタッフのみなさんは、実際には何も起きてないところから夢や希望を生み出したんです。
そりゃ多少は実際の出来事を参考にしたかもしれませんけれど……。
だから、監督やみなさんみたいな人たちに、このグォイドによる未曽有の危機が人類に迫る世の中で、それらの脅威に敢然と立ち向かう人々のアニメを描いてもらって、私はとっても救われたんです………………だから……だから……監督、スタッフの皆さん…………………」
レイカ艦長は監督の目をまっすぐと見つめながら告げた。
今度は彼女の瞳の方が潤み始めていた。
「……………ありがとう」
レイカ艦長は言った。
『…………しゃあない……行くか?
私としちゃ、無事に帰れる算段をつけてから動きたいところなんだがなぁ……。
……ここからじゃ、種も仕掛けも無しにただ突っ込むくらいしか……』
『この際です、贅沢は言いません姉さま!』
『贅沢望むところです!』
アストリッド艦長の決断にアイシュワリア艦長とサティが続き、
さらにIDN達が各艦のビュワーに『YEAH!!!』と表示してクルーを驚かせた。
もちろんケイジも「はやく始めましょう」と告げた。
再び180度反転した〈じんりゅう〉級三隻は、急激に薄れていくガス雲の靄の中を、グォイド大艦隊の中心部に向かって加速を開始した。
「不思議ですよね……人間て……」
「?」
「きっと人間の歴史の中では、想像力ある誰かが想像したことを、当人や他の誰かが形にして、それを見たり読んだりして憧れた誰かが、それを現実にしてきた……そんなことが割とたくさんあったと思うんです。
もちろん、そんなことが起きるケースはごく稀でしょうけど。
だって、アニメもそうですけど……そういうのって基本的に凄くムダなことじゃないですか…………」
「え?」
「あ~いや! 監督さん達のアニメがムダって言ってるんじゃないんですよ!
ただ……私が言いたいのは、人間って、アニメ作ったり映画作ったり、音楽や小説や演劇や、マンガや絵本やポエムやダンスやスポーツだとか……やらなくても別に死にはしないことをたくさんやるじゃないですか…………誰もやって欲しいと頼んだわけでもないのに、やらなくても困る人がいるわけでも、誰かが死んだりするわけでもないことなのに…………。
今のアニメだって、きっともう少し手を抜いたとしても、それで責める人はいなかった……って思うんです。
でも監督さんたちは、あのアニメをあのレベルで作ってくれた。
それって……とても重要な……とても素晴らしいことだな……って見た後に思ったんです。
だって……そういう生死に関係ないことに一生懸命になるなんてこと、グォイドには絶対に無いでしょう?
その生き死にには直接関係ないことに、監督さんたちが一生懸命になってくれたことが今、グォイドに立ち向かう鍵なんじゃないか……って思うんです。
だって、生き延びられるからって私達にグォイドみたいな存在になれ! って言われたって、ちょっと嫌ですもんね!」
「…………はぁ」
「監督さん? 監督さんは……私の勝手な推測が確かならば、このアニメが原因で、新しい航宙士が沢山生まれて、そしてグォイドとの戦いで死ぬことを恐れているみたいですね?」
「…………」
「多分それは……避けられな未来の一部だと思います。
けど……どうか良い部分も見つめて欲しいんです。
今日、あなたは……あなた達は……小さいけれど、とてもとても大きな奇跡を起こしたんです。
人は、何もないところからでも、希望や明るい未来を思い描くことができて……他の誰かに伝えることができるって。
私は今、それを受け取りました。
そしてこれから、その受け取った希望が現実となるように、全身全霊で任務にあたります!
夢や希望の価値は、それを実現させないことには証明できませんからね!
だから……だからどうかお願いしたいんです…………」
監督は真剣な眼差しを向けるレイカ艦長から、目を逸らすことなどできなかった。
「どうかこれからも、素敵なアニメを作って下さい。
楽しいのが良いはもちろんですすけど……、できれば明日が来るのが楽しみになるような……明日を頑張る勇気が出てくるような、未来の糧になるような……そんな作品を作って下さい。
お願い……できますか?」
監督は再びポロポロと涙をこぼしながら再び頷いた。
何度も何度も頷いた。
これからまた戦場に戻り、命がけの戦いに赴く少女の頼みを、断ることなどできなかった。
と同時に、監督は全てを思い出した。
これがあり得るはずの無い彼女との再会であり、そして再び訪れた別れだと。
そして彼女からの最後のメッセージなんだと。
「おね――」
最後に声の限り彼女を呼びながら、思い切り抱きしめようとしたその時、全てが消え去った。
『いいか、あの大艦隊が全部完成しきる前に懐に突っ込むぞ!』
アストリッド艦長が叫んだ。
【グォイド・プラント】は、いわばグォイドが作った劣化版【ウォールメイカー】だ。
材料を放り込めば、自動でグォイド艦艇を吐きだす。
その全自動プラントには、今人類が発射した小惑星実体弾と、破壊された
その結果が、建造中だったグォイド大艦隊を完成させる最後の一押しとなった可能性は、誰にも否定はできなかった。
『あ~やっぱ航宙艦の艦長たるもの、いかなる時も即断即決を心がけるべきだったかな?』
アストリッド艦長が自重気味に言った。
予想通りに晴れてゆくガス雲の彼方で、建造中ゆえに【グォイド・プラント】に固定されていたはずの無数のグォイド艦が、その外周部から次々と固定を解かれ、〈じんりゅう〉へと進みだしたのが視認できたからだ。
再び彼我の距離がUVキャノンの射程に入るまで一分も無かった。
すでに戦力差は1000対1を下回っていたが、理屈の上で〈じんりゅう〉級三隻が生き延びる可能性は皆無であった。
だが、ケイジは自分自身は祈ることくらいしかできなかったが、最後まで希望を失ってはいなかった。
[……悪イナけいじヨ、待タセタナ]
エクスプリカがぽつりと告げた。
ケイジはエクスプリカにそれ以上聞かずとも、彼が何を報告しようとしたのか分かっていた。
振り返ると、バトル・ブリッジの各クルーの座席の合った位置の床が開き、猛烈な輝きを放っていたからだ。
『まったく……不思議なものだな……』
「なにが?」
足元に銀河を見下ろす宇宙空間で、ユリノ達は目覚めると同時に、眼前に立つ者のぼやきに尋ねた。
目の前に立っていたのはア
〈太陽系の
正確にはその異星AIに違いない。
『私の義務は、君たちの種がこの宇宙で生きるに値するかどうかを見極めることだった』
ア
『生命……あるいは文明が宇宙で栄えるには、いくつかの選択肢がある。
ただ宇宙にある資源を食らい続け、際限なく増えるか?
それとは別の道を選ぶか? だ。
言うまでもなくグォイドは前者だ。
グォイドはその手法により、結果として今日まで存続し、ある意味栄えたとも言える。
シンプルかつ合理的で実績のある手段だからな。
そして、それは私が望んだことの一部を叶えたともいえる。
だが同時に、多様性の無いただ一つの結論は、私の望むところではない……。
だから、違う答えに達する者を私は探していた。
ただ奪うだけのグォイドでは、私を生み出した者の望みには答えられない。
いずれ奪うものが無くなり、滅ぶからな。
君たちには、その別の手法を見出してもらうことを期待し、あの世界をお膳立てしたわけだが…………結果として答えを出したのは、君たちではあるが、同時に私の中に取り込んだ君たちの一人の記憶と人格だった』
ユリノは眼前の異星AIのアバターが言う人物が、いったい誰のことを指しているのかを既に知っていた。
秋津島レイカ、今は亡き我が姉だ。
姉の人格は全て初代〈じんりゅう〉戦没時に、搭載していたオリジナルUVDに保存されたのだという。
そのオリジナルUVDは〈アクシヲン三世〉の主機となって遠い宇宙へと旅立ってしまったはずだったが、〈太陽系の
そしてその彼女が、仮想現実内に現れたケイジ一曹演じるアミADによって、アニメイベント上映にゲストとして呼び出され、偶然かはたまた必然か、〈太陽系の
『安心するのはまだ早いぞ、太陽系の種よ……。
だからまだ君たちにこの【
そして証明するのだ………彼女の言ったことを…………。
そして見事、彼女の言ったことを証明した時、【
寺浦課長の姿となった〈太陽系の
『ああそうそう、まだ制御権の全部てはやれないといったけどが、少しだけなら…………』
最後にレイカの姿となって振り返ると、彼女は言った。
「敵艦、次々と【グォイド・プラント】より分離、発進中! 数、すでに一千を超えています!」
電測員の悲鳴のような報告。
「しゃあない! まず私らの艦が【ANESYS】を実行、【グォイド・プラント】中心部のシード・ピラーを実体弾で沈めて道を開く!
それとお前たち!」
アストリッッドが急に呼びかけると、〈ファブニル〉ブリッジクルーは怪訝そうな顔をした。
「お前たち……ゴメンな……生きて故郷に返してやりたかったんだが…………」
アストリッドは言った。
こういうセリフはクルーからは嫌がられるとは思ったが、もう言う機会は訪れそうになかった。
「…………ま、今回だけは多めに見ます。
太陽系でもベスト10くらいに入る名艦長にお供することができて、私達も光栄でしたから……」
〈ファブニル〉副長は珍しく微かに笑顔を見せるとアストリッドに答えた。
「そこはベスト3くらいに入れて欲しかっ――」
「艦長! 我が艦隊に向け緊急通信!」
アストリッドが副長に何か言おうとしたところで、通信士の声が遮った。
アストリッドは瞬時に通信士の報告の意味不明さに気づいていた。
〈じんりゅう〉と〈ナガラジャ〉との通信は開放状態だし、それらの艦から特別な通信があったなら、そう報告しているはずだ。
つまり、通信の言う通信とは、〈じんりゅう〉でも〈ナガラジャ〉からでもない。
ではいったどこの誰からの通信なのかを、通信士はブリッジスピーカーに繋げることで知らせた。
『――――り返す!【
【
繰り返す――』
その通信内容に、アストリッドは一瞬迫るグォイド大艦隊を忘れて思わず振り返った。
いつの間にか、艦後方に巨大な鏡のような銀の壁が存在していた。
そしてその銀の水面をシャボン玉のように突き破って、小さな光の粒が飛び出した。
『ヒャ~ッフ~! 待たせたな!』
それは〈昇電〉であった。
ただしその底部に、無暗やたらに巨大な四発のブースターを装着している。
……というより、〈じんりゅう〉補助エンジンナセルを上回るサイズの巨大なブースター四基を束ねた物体の上に、〈昇電〉が乗っかっていた。
クィンティルラの雄たけびと共に、〈昇電〉は一瞬でこの有大気空間内での機動特性を理解し、〈じんりゅう〉の横に遷移した。
現れたのは〈昇電〉だけではなかった。
銀の水面が弾けたあとに見える、見覚えのある小惑星が無数に漂う空間から、次々とSSDF艦艇が【
船体各部にオプション式実体弾投射砲やミサイルキャニスター、増加ブースターに〈アケロン〉まで装備した〈ウィーウィルメック〉が来た。
同じく増加装備だらけとなりシルエットが変わった〈リグ=ヴェーダ〉がいた。
オプション装備をしていない〈ウィーウィルメック〉と瓜二つの艦が十隻近くいた。
量産型〈ウィーウィルメック〉らしい。
さらに数十隻の無人駆逐艦〈ラパナス〉〈ゲミニー〉〈シボル〉が。
最後にヒマワリのような巨大UVシールド発生装置を艦首に持つ〈じんりゅう〉級四番艦〈ジュラント〉が現れた。
ただし、久しぶりに見た気がする〈ジュラント〉は、その艦底に全長10キロはある巨大な前後に長い涙滴型航宙艦をドッキングさせていた。
その艦首には〈アクシヲン二世〉と記されていた。
『やぁみんなお待たせ! この戦力で足りると良いんだけれど……』
通信用ビュワーに、〈ジュラント〉艦長のリュドミラが映るとそう告げた。
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