▼第八章『Portals』 ♯3

『惑星間実体弾投射砲レールガン!? ……ってアレか!? お前たちが木星で遭遇したヤツか!?』


 アストリッド艦長の問いかけに、ケイジは一瞬沈黙した。

 見た瞬間、電撃的にそう直感したわけだが、はたしてそれがあの謎の黒い六角柱の正体で合っているだろうか?

 他のもっと穏やかで平和的で、誰も困らないオブジェクトである可能性は無いだろうか?

 残念ながら、その可能性は一つも思いつかなかった。


『アストリッド姉さま、残念ながら私もケイジ一曹と同意見です。

 うちのエクスプリカ・ダッシュも同じ見解です……。

 観測して得られたあの巨大六角柱のデータ、【ガス状巡礼天体ガスグリム】の現在位置とSSDFの迎撃予定位置、そして私達が木星で戦った惑星間実体弾投射砲レールガンの記録から考えても、他の可能性は考えられません』


 ケイジが答える前に、〈ナガラジャ〉からアイシュワリア艦長が告げた。

 “惑星間実体弾投射砲レールガン”とは、その名の通り、惑星間での使用を前提とした巨大実体弾投射砲のことだ。

 宇宙では射程距離が無限である実体弾は、全て惑星間実体弾足り得るのだが、この場合の“惑星間実体弾投射砲レールガン”は発射から着弾までの期間が戦闘用に使える範囲の物を指す。

 ケイジ達が約一年前に木星で遭遇したのは、数十億年前に木星赤道直下に設けられ、太陽系を現在の惑星配置にした存在と考えられるものであった。

 それは木星の赤道直下に設けられたシンクロトロンを周回させることで、月サイズの実体弾体を亜光速まで加速し、一日足らずで木星圏から内太陽系にまで届かせる能力を持っており、グォイドによって活用されたそれは、人類を滅ぼしかねない脅威となった。

 その惑星間実体弾レールガンとの遭遇が切っ掛けで、人類は木星の同物体及びオリジナルUVDを生み出した存在を〈太陽系の建設者コンストラクター〉と呼称することになったのだ。

 今【ガス状巡礼天体ガスグリム】の中心軸で発見されたそれは、見た限りでは木星で遭遇した惑星間実体弾投射砲レールガンに比べれば、その規模はかなり小さい。

 木星の惑星間実体弾投射砲レールガンが、その内側に地球がいくつも入るだけのサイズを有する、赤道直下に設けられたシンクロトロンを周回させる方式なのに対し、【ガス状巡礼天体ガスグリム】中心軸の惑星間実体弾投射砲レールガンは、円筒の中心軸を端から端まで直線で加速方式だ。

 加速距離も短ければ、砲身を兼ねた六角柱状の加速路の直径も小さい。

 だからこの【ガス状巡礼天体ガスグリム】内惑星間実体弾投射砲レールガンが放てる弾体の質量も速度も、木星のそれに比べれば大きく劣るはずであった。

 だがそれは気休めにしかならない情報であった。

 いくら比較して小型とはいえ、砲身部内径は千キロはある。

 そして加速路も【ガス状巡礼天体ガスグリム】の全長から考えて優に数万キロはあるはずなのだ。

 この規模で加速し放たれた実体弾がなんであれ、人類が人為的に対処できるとは思えなかった。


『…………これが連中の切り札ってわけか!』


 アストリッド艦長が忌々し気に呟いた。

 考えてみれば、可能性の一部としてでも推測して然るべき事態ではあった気がする。

 内太陽系人類圏に侵攻するに際し、【ガス状巡礼天体ガスグリム】がグォイド艦隊だけを使ったゴリ押し的侵入を試みるとは、これまでのケレスや木星や【ザ・ウォール】でのグォイドの数々の企みを考えた場合、未来予測としてはいささか単純すぎる気がする。

 グォイドとの宇宙戦闘でまず始まるのは、実体弾投射砲による撃ち合いであり、人類がこれまでグォイドの大規模侵攻を迎撃できたのは、メインベルト外縁に実体弾投射砲を多数配置し、メインベルトの小惑星自体を実体弾の弾体にできたからだ……とする説もある。

 宇宙を旅してきたグォイドに対し、故郷で防衛する側の人類は、実体弾投射砲の弾体に使う資源に困らなかったのだ。

 つまり、宇宙戦闘の勝敗のカギは、実体弾投射砲が握っていると言っても過言ではない……とも言えるかもしれない。

 ならば、グォイドの本拠地たる【ガス状巡礼天体ガスグリム】が、その巨大さを利用した実体弾投射砲を使おうとしても不思議ではないはずだった。

 外宇宙より【ガス状巡礼天体ガスグリム】が侵略対称の恒星系に侵攻した際に、この規模の惑星間実体弾投射砲レールガンを使用されてしまったならば、対処は非常に困難になる。

 たとえ木星のそれと規模は劣れども、〈太陽系の建設者コンストラクター〉の製造した物以外では最大規模の惑星間実体弾投射砲レールガンなのだ。


『でも、なんで今まで使わなかったのかしら?』


 アイシュワリア艦長が呟くように疑問を投げかけた。

 その疑問に関しては、ケイジはすぐに推測を述べることができた。


「無暗に遠距離から撃ったとしても、内太陽系のSSDFに対処される可能性が増すだけじゃなく、そもそもSSDF艦隊が終結していないために、攻撃としての効果が期待できなくなるからじゃないでしょうか。

 グォイドは、【ガス状巡礼天体ガスグリム】の内太陽系侵入にともなって、迎撃の為のSSDF艦隊が集結し、尚且つ実体弾の発射から命中までの対処が、時間的に困難な距離になるのを待っていたのでしょう。

 もしくは…………」

『撃ちたくても撃てなかったのかもしれんな……』


 言っている内にもっと重大な可能性に気づいたケイジの言葉を、アストリッド艦長の声が継いだ。


『【ガス状巡礼天体ガスグリム】内ってのは、【ジグラッツ】で【インナーオーシャン】の底をさらわなくちゃならんくらいに資源が枯渇してるんだろ?

 だからこのタイミングまでは撃ちたくても撃てなかったのさ』

『このタイミングって?』

『我々SSDFが、超長距離・大質量加減速移送艦〈ヴァジュランダ〉でメインベルトの【集団クラスター】を実体弾替わりに撃ち込んでくるタイミングをさ…………』

『…………』


 アイシュワリア艦長が、自分の問いに対するアストリッド艦長の返答に沈黙したように、ケイジもまた、アストリッド艦長の告げた言葉の意味を理解し回復しかけた顔色を再び青ざめさせた。

 確かに【ガス状巡礼天体ガスグリム】内の、このは宇宙を何十億年と巡礼する過程で堆積してきた資源は、グォイドが他の恒星系を侵略する為に消費されつくされたと思われていた。

 【ジグラッツ】はその残り少なくなった資源を、【インナーオーシャン】の海底からこそぎ取る為に建造されたに違いなかった。

 つまり、我々の太陽系に侵入した時点で、【ガス状巡礼天体ガスグリム】には実体弾に使えるよな資源は無いと考えられることになる。

 仮に多少の資源があっても、それはシードピラーを主としたグォイド艦隊の艦艇建造に回されたのだろう。

 だがしかし、新たな資源は舞い込んできた。

 敵勢力から【集団クラスター】一つ分もの資源が…………。


『…………私達……敵に塩を送っちゃった感じですかねぇ?』


 アイシュワリア艦長あ冗談めかして言おうとして失敗した。

 皆、自分達人類がしでかした大失敗に気づいてしまったからだ。

 先刻、崩壊した【ジグラッツ】から脱出した際に、自分達は火の玉となって【ガス状巡礼天体ガスグリム】内に侵入した人類の放った小惑星実体弾が、【ジグラッツ】同士の間で展開したUVシールドの膜のようなものでキャッチされるのを目撃した。

 【ガス状巡礼天体ガスグリム】は……というよりグォイドは、【ガス状巡礼天体ガスグリム】の移動に伴って前方から侵入してくる物体を、【ガス状巡礼天体ガスグリム】の円筒の前部開口部から数層にわたって設けられた【ジグラッツ】の発生するUVシールドで受け止め、資源として活用するシステムを構築していた。

 そのシステムによって、人類の放った小惑星実体弾は、まんまと資源として奪われ、今、【ガス状巡礼天体ガスグリム】中心軸を砲身とした惑星間実体弾投射砲レールガンとして放たれてしまったのだ。

 人類は投げたボールを撃ち返され、自ら自分の首を絞めたことになる。


『あちゃぁ~……………………』


 アストリッド艦長が万感の思いを込めてそうリアクションした。

 事実上、小惑星実体弾を受け止めて投げ返した形になるわけだが、それを常識的な想像力で予測しろとは無理な話だったかもしれない。

 だがケイジは同時に、人類が主機にオリジナルUVDを用いた超長距離・大質量加減速移送艦〈ヴァジュランダ〉と、その姉妹館の〈アラドヴァル〉を建造し、メインベルトに小惑星密集エリア【集団クラスター】を設けたように、オリジナルUVDを有するグォイドが、〈ヴァジュランダ〉と姉妹艦の〈アラドヴァル〉と同等の機能を持った何かを建造することは想像しておくべきだったと、今更ながら思った。

 これまでいくつもの異星文明と戦い、蹴散らしたうえで太陽系へとやってきたグォイドなのだ。

 〈ヴァジュランダ〉と〈アラドヴァル〉と同等の敵と対峙した経験があり、それに対処する手段だって用意してあると考えるべきだった。

 【ガス状巡礼天体ガスグリム】に巣食っているグォイドは、人類が小惑星を実体弾代わりにして撃ち込んでくることを百も承知で、虎視眈々と待ち構えていたのだ。

 グォイドは己が本拠地たる【ガス状巡礼天体ガスグリム】内に、オリジナルUVDを用いた〈ヴァジュランダ〉と同等のUVエネルギー制御機構を持つ【ジグラッツ】と巨大惑星間実体弾投射砲レールガンを始めとした機構を設け、【ガス状巡礼天体ガスグリム】が移動に伴って前方から飛来した実体弾ふくむ物質を回収し、撃ち出すことを可能にしていたのだ。


『私達は【集団クラスター】一つ分の実体弾を撃ち返されるってこと?』

『それは大いにあり得る話でしょう。

 もっと早く私が気づいて上げられれば良かったのですが……』

 

 アイシュワリア艦長の呟きに、異星AIデリゲイトが答えた。


『私を形成している異星文明のAIの戦闘記録には、太陽系人類の皆さまの小惑星実体弾攻撃と、まったくの同様といまでは言わずとも、大質量実体弾を【ガス状巡礼天体ガスグリム】に撃ち込むというコンセプトの攻撃が試みられた記録が複数あります。

 ですが、それらが効果を上げたという記録はありません。

 なぜ効果が出なかったの謎は、今、皆さんと共に【ガス状巡礼天体ガスグリム】中心軸にたどり着くことができて、初めて知ることができたのです』

『まぁ、【インナーオーシャン】に居ながらにして分かるこっちゃないよなぁ……』


 申し訳なさそうに語るデリゲイトに、アストリッド艦長が慰めるように言った。


『…………とはいえ、このまま放置しておいて、最大で【集団クラスター】一つ分の小惑星実体弾を撃ち返されたとして、内太陽系で迎撃態勢をとってるはずのSSDF艦隊は……持たない……持たないよなぁ…………』


 アストリッド艦長は自分で言い出して自分で気分を沈み込ませた。

 回収した小惑星実体弾の全てを、グォイドがそのまま全部撃ち返すか、それとも新たなグォイド艦艇の材料として活用するかは、推測のしようもなく、アストリッド艦長はそのすべてが反撃用実体弾に使われることを想像してしんなりとしていたが、ケイジはたとえ撃ち返される量が半分であっても、SSDF艦隊を打ちのめすのには充分だと思った。

 たとえ量が半分になったとしても、人類がこれまでのグォイド大規模侵攻迎撃で経験してきた実体弾攻撃の総量を、はるかに上回るのだから……。


『先ほど観測した【ガス状巡礼天体ガスグリム】中心軸砲……便宜上〈センターキャノン〉と呼称しますが……放たれた弾体の詳しい情報までは、アングルの関係と、観測で来たのがあまりにも瞬間的過ぎた為に分析はできませんでした。

 ですが、使用目的から考えて、いわゆる散弾として放たれると推測します。

 散弾といっても、一つ一つのサイズが数十メートルはあると考えられますが……』

『…………』


 デリゲイトの推測に、すぐに反応できる者はいなかった。

 打倒な推測だとケイジも思った。

 ひと塊の実体弾を放ったところで、回避されればお終いだが、無数の小さな弾体からなる散弾として放たれたならば、受ける側としては厄介極まりないだろう。

 速度と質量的に防御はほぼ不可能であり、散弾ゆえに回避もままならないはずだ。

 それにグォイドにとってただの散弾として放つならば、【ガス状巡礼天体ガスグリム】内で回収した小惑星実体弾を、再び自らが撃ち返す為の実体弾の弾体に加工する行程が少なくて済む。

 事実上、撃たれて回収した際に砕けた小惑星実体弾を、寿司の銀シャリを固めるかのごとく、ただ少し固め直して撃ち返すだけで良いのだ。

 放たれた実体弾は、目標であろうSSDF艦隊に到達する過程で自然とバラけ、回避も防御も困難な散弾になるはずであった。


『それで…………ワタクシ達としては、いったいどうしたら良いのでしょうか?』


 重苦しい沈黙に耐えかねたかのようにサティが尋ねた。

 グォイドの企みの一旦はこれで明らかになりはしたが、だからといってここで自分達に出来ることなど何があろうか?

 正直に言えば、完全な手遅れだと思っていた。

 SSDFがメインベルトから放った小惑星実体弾は、もう全て【ガス状巡礼天体ガスグリム】に取り込まれてしまった。

 その事実は今更どうすることもできない。

 ぶっちゃけた話、人類がメインベルトの【集団クラスター】を小惑星実体弾として放った段階で、もう手遅れだったのだ。

 だがしかし……………………ケイジはふと頭上を横切る巨大六角柱・中心軸砲〈センターキャノン〉を観察しているうちに、あることに気づいた。






 巨大な黒い六角柱状中心軸砲センターキャノンは、視界の中でゆっくりと水平にロール回転していた。

 その回転速度は、静止しているように見えて実は動いている雲のようで、一回転を終えるのには、十数分はかかるように見えた。

 【インナーオーシャン】に遠心重力を生み出す【ガス状巡礼天体ガスグリム】のロール回転運動に対し、〈じんりゅう〉一行は逆らう形で中心軸付近まで上昇した。

 だから〈じんりゅう〉から見れば、止まってる中心軸砲センターキャノンは回転して見えている…………というだけではなかった。

 【ジグラッツ】は、【ガス状巡礼天体ガスグリム】の中心軸から複数が放射状に伸び、【インナーオーシャン】の海上を、海底に堆積した資源を求めて移動する。

 だから【ガス状巡礼天体ガスグリム】の回転にシンクロはしていない。

 だが、さりとて今の〈じんりゅう〉が【ガス状巡礼天体ガスグリム】中心軸付近で、【ガス状巡礼天体ガスグリム】の回転を相殺したことで無重力状態を得たように、【ジグラッツ】も【ガス状巡礼天体ガスグリム】の回転を完全に相殺して海上を移動しているわけではなかった。

 【ジグラッツ】が静止した状態で、【ガス状巡礼天体ガスグリム】だけが回転している状態であった場合、【ジグラッツ】に対する【インナーオーシャン】海面の速度があまりにもありすぎてしまうからだ。

 これまでに目撃した海上を移動する【ジグラッツ】の速度から見て、それはありえなかった。

 これは海面に接触する際に、【ジグラッツ】と海面との速度差があり過ぎると、海水が爆発してしまう程の衝撃が常時発生することになって、とても資源採集どころではなくなってしまうからに違いない。

 つまり【ガス状巡礼天体ガスグリム】と【ジグラッツ】ふくむ中心軸砲センターキャノンは、アナログ時計の長針と短針のような関係で、穏やかな速度差を維持しながら回転を続けているのだろう。

 だからケイジの見ている中心軸砲センターキャノンのロール回転は、結果的に【ガス状巡礼天体ガスグリム】のロール回転よりもゆっくりであった。

 言い方を変えるならば、今は雲に隠れて見えなくなってしまった【ガス状巡礼天体ガスグリム】の内壁たる【インナーオーシャン】は、眼前に見える中心軸砲センターキャノンの回転速度をはるかに上回る速度で回転しているはずであった。

 そして、ケイジは視界の中で、水平に伸びる中心軸砲センターキャノンに対し、その上下方向から黒い髪の毛のような細く黒く、まっすぐよりも微かにたわんだ糸のようなものが見えるのに気づいた。

 それは中心軸砲センターキャノンの回転にシンクロして、下方に伸びる糸は中心軸魔から遠ざかるほどさらに細くなって見えなくなり、上方に伸びるそれは中心軸砲センターキャノンから遠ざかるほど太さを増していき、「あ、危ないかも」と思った頃には〈じんりゅう〉級一行のすぐ横……と言っても数キロは離れた位置を、ガス雲をかき混ぜながら、見おぼえるのある姿となって通り過ぎた。


『ありゃ【ジグラッツ】か!?』


 乱流に艦が揺さぶられる中、直径100キロ弱ある黒い柱が通過したのを目撃し、アストリッド艦長が叫ぶように尋ねた。

 

『我々が内部を通過した【ジグラッツ】とは、中心軸を同じくするものの別の【ジグラッツ】のようですね。

 我々が通過した【ジグラッツ】もあと数分でやってくるでしょう』


 デリゲイトがクルー達の心拍数の上昇など気にせずに理路整然と告げた。

 【ジグラッツ】は、惑星間実体弾投射砲レールガンであった中心軸砲センターキャノンを軸にして、放射状に伸び、【インナーオーシャン】の海面に接触している。

 ケイジ達〈じんりゅう〉の位置からは、アナログ時計の縁から、中心軸を回転する秒針(ジグラッツ)を見たようなものであった。


『つまりワタクシ達は、元々行く予定だった場所に、もうすぐたどり着くわけですね?』


 サティがやや呑気な声音で言った。

 紆余曲折を経たが、当初の目的地に着きそうだと言いたかったらしい。

 だがケイジは、その言葉に何か引っかかりを覚えた。

 【ガス状巡礼天体ガスグリム】は人類の撃った実体弾を【ジグラッツ】で回収、中心軸砲センターキャノンで撃ち返している。

 中心軸砲センターキャノンから放射状に生えている【ジグラッツ】もまた、【ガス状巡礼天体ガスグリム】の回転とは微妙にズレた速度で中心軸砲センターキャノンと共にロール回転を続けている。

 その結果というわけではないが、〈じんりゅう〉一行は、最初は内部を通過して中心軸まで移動しようとしていた【ジグラッツ】の内の一つの元に、今舞い戻ろうとしていた。

 その【ジグラッツ】の内部通過中に、人類の放った小惑星実体弾が【ガス状巡礼天体ガスグリム】に命中し、破壊された【ジグラッツ】から脱出した為…………


「ア~!!!!!!!!!!!!!!!!」


 ケイジはこの状況下で、自分達〈じんりゅう〉級一行に出来ることがあることにようやく気付いた。











「例のあの・・【ジグラッツ】の基部に攻撃を仕掛けようだって?」

『そうです! 今、ここにいいる自分達なら可能です!』


 アストリッドは突然喚き出したケイジ一曹に面食らいながら、必死に彼の言わんとすることを理解しようと努めた。

 そして同時に心のどこかで、ユリノ達も〈じんりゅう〉で、ケイジ少年のこういうのに毎度つきあってるんだろうか? とも思った。

 幸いにも、ケイジ少年のアイディアはすぐに理解できた。

 【ガス状巡礼天体ガスグリム】VS人類の戦いは、SSDFが考え無しに放った小惑星実体弾を撃ち返されることで、人類側の大ピンチとなり、それはグォイドの思惑通りとも思われた。

 だが、一つだけ……たった一つだけグォイドの思惑からはずれた現象がこの戦いの中で起きていた。

 【ガス状巡礼天体ガスグリム】内に侵入した小さな敵航宙艦が、こともあろうに【ジグラッツ】の中に潜り込んで、内部から柱を破壊しつつ、中心軸へと昇りつめようとしたのだ。

 そして最悪のタイミングで、敵小惑星実体弾は【ガス状巡礼天体ガスグリム】内へと着弾した。

 本来であれば【ジグラッツ】が展開するUVネットでつつがなく敵小惑星実体弾は回収され、【ガス状巡礼天体ガスグリム】内のグォイド施設にダメージは無いはずであった。

 だが、件の宇宙船が内部から【ジグラッツ】を破壊した際に、【ジグラッツ】のUVネット展開機能が喪失し、小惑星実体弾をまともに食らったその【ジグラッツ】が、その途中で断ち切られてしまったのだ。

 それは長大な【ジグラッツ】の長さから見れば、十分の一にも満たない長さを失っただけであった。

 だが、円筒状の【ガス状巡礼天体ガスグリム】内を、回転しながら【インナーオーシャン】の海底をさらっていた【ジグラッツ】にとっては、深刻なダメージでもあった。

 【ジグラッツ】は【ガス状巡礼天体ガスグリム】中心軸から複数が放射状に伸びつつ回転することでバランスをとっている。

 そのバランスがわずかとはいえ崩れてしまったのだ。


『確かにケイジ一曹の推測通り、ごくわずかですが中心軸砲センターキャノンのロール回転の軸がズレているのが確認できました。 

 しかもその回転軸のズレは僅かですが、現在進行形で増しています』


 デリゲイトが告げた。

 例えば扇風機の羽が一枚だけ取れてしまったならば、重心位置が回転軸よりも残る羽のある方向にズレてしまい、回転速度を上げれば上げる程、そのズレは遠心力により増していく。

 そのまま回転を続けたならば、その果てに何が待っているのか?

 アストリッドは少しだけワクワクしてきた。


『それだけじゃありません。

 俺達が意図せずして【ジグラッツ】を破壊し、中心軸砲センターキャノンの回転軸をズラしたお陰で、さっき発射された実体弾の照準もズレているかもしれないです!

 存外に、さっきの実体弾はSSDFに被害を与えてないかも…………』


 ケイジ一曹が興奮しながら早口で言った。


『少なくとも、あの【ジグラッツ】を破壊すれば、中心軸砲センターキャノンの回転軸がズレて、砲としては使い物にならなくなるかもしれないですね』


 アイシュワリアが言ってきた。

 まったく意図していなかったことだが、自分達の行動が、僅かな希望を生み出していたらしい。

 アストリッドはビュワーに映る中心軸砲センターキャノンを見つめた。

 ようするにアレを破壊すれば、メインベルトにいるSSDF迎撃艦隊は助かるらしい。

 問題は、我が方の戦力で細く見えるが実際はバカでかい【ジグラッツ】を破壊できるか?

 グォイドがすんなりそれを許してくれるか? 

 そして破壊した後はどうすれば良いのか? 

 ……様々な問題が脳裏を駆け巡る。


『もちろん、グォイドはすでに件の【ジグラッツ】の守りを固めている可能性は大いにあります。

 いえ、むしろ間違いなく、激しい迎撃があるでしょう。

 向こうも自分の弱点を大いに把握しており、私達という脅威の存在も認知しているのですから……。

 ですがアストリッド艦長、【オリオン文明グォイド被害者の会・同盟艦隊】の代表AI“デリゲイト”として進言します。

 元は中心軸まで昇ったら、後は出たとこ勝負だったプランBです。

 目先にやるべきことが出来たならば、迷わず実行に移すべきと考えます。

 それに…………』

「それに……なんだ?」


 アストリッドはAIにしちゃ若干ふんわりしたことを言い出したデリゲイトに訊き返した。


『私がここで誕生して十数億年が経過しましたが、ここまで来れたのはこれが初めてです。

 あなた方がそれだけ特別だったというだけではありません。

 私を形成した数々の文明の、グォイドの脅威に立ち向かおうとした意思が、今あなた方をここまで連れてきたような気がします。

 まさかオリジナルUVDを乗せた艦が三隻も来るとは思いもしませんでしたが…………。

 不安なお気持ちは察します。

 微力ながら全力で私はあなた方をサポートします。

 この【ジグラッツ】攻撃に賭けてみましょう』


 デリゲイトは中に人でも入ってそうな口ぶりで言うので、アストリッドはしばし返すことばが出てこなかった。

 良い話風に言ってるけど、割と運命論&根性論じゃない? と思わないでもなかったが、とっくの昔に腹は決まっていた。

 あんまりさっさと決断を表明すると、熟慮が足りないと〈ファブニル〉の手厳しいクルーに言われそうだったので、ちょっと再考している感を演出していただけなのだ。

 それに、もう一つ気になる点もある。

 アストリッドが〈じんりゅう〉との通信ビュワーに視線を送ると、画面の向こうで視線に気づいたケイジ一曹が言った。


『ユリノ艦長達ならもうじき目覚めます! 絶対目覚めます! だから艦長達を信じて下さい!』

「本当かぁ? ……あんまし待たせると、良いとこ全部ウチらが持って行ってしまうぞぉ?」


 アストリッドは半ばヤケになりながらケイジ一曹に言ってやった。


『はいは~い! サティおよびIDNの皆さんも準備OKで~す!』


 サティが能天気に言ってきた。

 「そう言うだろうと思ってたよ」とアストリッドは心中で返した。


 ――最初っから帰る見通しの無い作戦だったけどさ…………――


 アストリッドは大きく深呼吸すると決断した。


「じゃ仕方がない! いっちょやったるか!

 全艦、合戦態勢へ! 目標、例の【ジグラッツ】! 覚悟……じゃなかった準備が決まり次第、突撃する!」


 アストリッドは命じた。

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