▼第八章『Portals』 ♯2


『みなさ~ん! 上昇効率を少しでも上げる為、【ガス状巡礼天体ガスグリム】の回転とは逆行するコースで上昇したいと思いますがよろしいですかぁ~?』


 サティが上昇の為に「ヨイショ~!」とばかりに気張りながら尋ねると、アストリッドは艦長席のひじ掛けを握りしめ、微かな上昇Gに耐えながら瞬時に思考を巡らせた。

 円筒状の【ガス状巡礼天体ガスグリム】前部開口部分より、なおも水平方向に降り注ぎ続ける実体弾小惑星の雨の中を、【ジグラッツ】に沿うように上昇を続けていた〈じんりゅうドラゴン(命名サティ)〉と同じくドラゴン化した〈ファブニル〉と〈ナガラジャ〉であったが、回転する円筒である【ガス状巡礼天体ガスグリム】内では、そのように垂直に上昇するのは必ずしも効率的ではない。

 【ジグラッツ】内部を吸い上げられる海水に紛れて垂直上昇するというプランBが崩れさった今、【ジグラッツ】の外で垂直上昇する意味は無かった。

 サティは自らが、この有大気遠心重力下で円筒の中心部まで上昇するという体験をしているからこそ、体感で効率的な上昇コースが分かったのだろう。

 【ガス状巡礼天体ガスグリム】が円筒の内壁に、【インナーオーシャン】を存在させる程の海水を張り付かせる重力が存在しているのは、それが全ての原因ではないが、【ガス状巡礼天体ガスグリム】がロール回転することで生じる遠心重力が働いているからだ。

 そしてその遠心重力から飛び立ち、【ガス状巡礼天体ガスグリム】の中心部に行きたいのならば、ストレートに円筒の中心部に向かうよりも、【ガス状巡礼天体ガスグリム】の回転方向に逆らうコースで上昇を試みた方が、エネルギー効率が良い。

 【ガス状巡礼天体ガスグリム】の回転とは逆方向に進み続けることで、【ガス状巡礼天体ガスグリム】の回転速度を完全に相殺すれば、〈じんりゅう〉級一行は、宇宙空間を漂っているだけの状態となり、その周囲で【ガス状巡礼天体ガスグリム】が勝手に高速回転しているだけとなるはずだ。

 遠心重力から抜け出したくば、遠心重力を生む回転を無視してしまえば良いのだ。

 逆に言えば、遠心重力が働いている状況とは、円筒の回転方向に従っている状況だともいえる。

 とはいえ【ガス状巡礼天体ガスグリム】内部を満たすガス大気の抵抗がある為、完全な無情力状態に至ることができるのは、【ガス状巡礼天体ガスグリム】中心軸付近まで昇らねばならないことに変わりはなかった。

 アストリッドはサティの意見に異存は無かった。

 このまま【ジグラッツ】に沿って上昇して、またコウモリ・グォイドの大群でも現れたら嫌だし、【ジグラッツ】の基部で他のグォイドに待ち伏せされるのも嫌だった。

 自分がグォイドの立場なら絶対にそうする。

 【ジグラッツ】上端基部という分かりやすい位置に向かうのは、【ジグラッツ】内部を海水に紛れて上昇できるという大きなメリットがあったからであり、そのプランBが崩れ去った時点で、【ジグラッツ】のそばにいることは回避すべきと思えた。


『アストリッド姉さま、私はサティに賛成です』


 〈ナガラジャ〉からアイシュワリアが告げると、もうサティの案を採用しない理由など無かった。

 アストリッドは、サティの問いかけから十秒弱の黙考の後に結論を出した。

 アストリッドは「お願いサティ」と伝えると、〈じんりゅう〉を先頭に、細長い二等辺三角形の陣形となった〈じんりゅう〉級三隻は、〈じんりゅう〉を包むサティの手動で上昇コースを反りかえるように斜めに変針した。

 【ジグラッツ】の巨大な柱が視界から消えると、謎の心細さを感じたが仕方無かった。


「サティ、それとIDNの方々よ、しばし艦を任せた!

 なるべく早く【ガス状巡礼天体ガスグリム】中心軸を覆う雲に隠れて!

 中心軸付近で無重力空域に入り次第、そこで上昇を止めて慣性航行しつつ、中心軸部の様子を探る!」

『アイアイマム!』


 アストリッドは思い切り良く、艦の操舵を人外の知的生命体に任せることにした

 このドラゴン形態になった以上、操舵に関してはそうしておくのが最良と思えたからだし、考えるべきことはまだまだある。

 小惑星実体弾は変わらず飛来を続けているが、新たなグォイドの襲来が無いのは、そのお陰も考えられた。

 何かを考え、何かを決断するなら今しかない。


「で、この小惑星の雨あられの正体は分かった?

 いつまで続くのか分かる!?」

「実体弾と思われる飛来小惑星の数は、そのピークを過ぎた模様! 徐々にですが飛来数が減少傾向にあります!

 このペースで行けば、あと数分で止みます!」


 アストリッドの問いに対し、電測担当クルーがすぐに報告を返した。

 それはとりあえず朗報ではあった。

 小惑星実体弾が〈じんりゅう〉級一行に直撃する可能性は、飛来し続ける時間が長ければ長い程高まる。

 小惑星実体弾のお陰で、グォイドも〈じんりゅう〉級への対処どころではなくなってきてもいるが、それでこっちも沈められては困った。

 もっとも、小惑星サイズの実体弾がそういつまでも飛来し続けるわけがないとも思っていたが……。


「で、どこの誰がどこから撃ってきたってのさ?」

「それが……アストリッド艦長……」


 普段はアストリッドに手厳しいはずの〈ファブニル〉副長が、珍しく口ごもった。


「…………常識の範囲内で、今のタイミングで【ガス状巡礼天体ガスグリム】に対し、小惑星を実体弾代わりにして撃ち込んだ存在を、推測することはまだできておりません……」

「……………………常識の…………範囲内……で?」


 アストリッドはすぐに歯切れの悪い副長の報告の、聞きなれない言い回しに気づいた。


「まず……すくなくともアレはグォイドの仕業とは考えられません。

 我々を狙った可能性も一応検討しましたが、それでは件の小惑星実体弾で【ジグラッツ】までもが破壊された説明がつきません」

「そらそうだ」

「しかしながら、同胞たる内太陽系のSSDFが放ったのだとしたら、大いな齟齬が生じます」

「まだここに来るわけがないんだよねぇ?」

「常識的にはそうなります。

 本来の【ガス状巡礼天体ガスグリム】命中時期は、今から三か月後のはずです。

 それよりも早く……我々がここへと来た【ヘリアデス計画】の直後、僅か一週間足らずで、天王星公転軌道の内側に入ったばかりの【ガス状巡礼天体ガスグリム】に対し、小惑星実体弾が命中することなどありえないのです」

「でも……何故か届いてきている……なんでえ?」


 アストリッドの問いに、副長は他人事みたいに訊いてくれるなという顔返した。


「…………確証の無い突飛な推測ならばあります」

「聞きましょう」


 アストリッドは再度尋ねた。

 副長のもの言いからして、常識から外れた方の答えを、彼女は信じてると分かったからだ。

 副長はビュワーを操作しながら渋々説明を続けた。


「私達が【ジグラッツ】内部から放り出されてから、現在まで観測してきた小惑星実体弾の数と規模は、まさしく私達が【ヘリアデス計画】を行っていた時点で、SSDFがメインベルト内で〈ヴァジュランダ〉を用いて行おうとしていた、【集団クラスタ】の小惑星をまるごと実体弾にした攻撃と同レベルでした。

 観測された小惑星実体弾のサイズや組成などの特徴も、得られたデータを検証した限り、極めて酷似していると言えます……」

「つまり、あの小惑星実体弾は、メインベルトの【集団クラスタ】である可能性がめっちゃ高いってこと?」

「ですが…………そうであったとしても、ここへと到達したタイミングの謎は解けません」


 副長は大きくため息をつきながら、ビュワーに映る【集団クラスタ】と観測した小惑星実体弾の比較図から、映像を切り替えた。

 それは画面の周囲を銀のガスで囲まれた、宇宙空間の星々の画像であった。

 小惑星実体弾の飛来と同時に観測していた、【ガス状巡礼天体ガスグリム】前部開口部から見える内太陽系の星々の画像だ。


「我々は【ジグラッツ】から放り出されたことで、意図せずして【ガス状巡礼天体ガスグリム】の開口部を、銀のガス雲に邪魔されずに観測する機会を得ました。

 それでも小惑星実体弾の飛来により、観測は困難を極めたわけですが、僅かとはいえ【ガス状巡礼天体ガスグリム】前部開口部の向こうの宇宙空間から、内太陽系の星々を観測できたことにより、今【ガス状巡礼天体ガスグリム】が太陽系のどの位置まで進行しているかを知ることができたのです…………」


 その画像は、内太陽系の星々が映っているとはいっても、弱々しい太陽の光以外は、ただの宇宙空間を映した画像とは一見区別がつかなかった。

 だが、宇宙の専門家たる航宙士であり、艦長ですらあるアストリッドは、すぐにその画像に映るものの異常に気付いた。


「アレ……なんか……近くない?」


 アストリッドが呟くように言うと、副長は沈黙を返した。

 それは違う答えを期待していたにも関わらず、アストリッドが副長自身の推測を裏付けてしまったことに、落胆したからのように見えた。


「ごく微かですが、太陽の輝きの中に無数の小さな影が映っていることが確認できました。

 その影のサイズと数から、この影がメインベルトの小惑星群や内太陽系の惑星であること分かりました。

 ですが……艦長がおっしゃったように、あまりにも観測して分析して得られた距離が近いのです。

 【ガス状巡礼天体ガスグリム】からメインベルトまでの距離が…………」

「…………」


 アストリッドは、副長があまり言いたく無さそうな理由が分かってきた。


「観測したデータから、現在の【ガス状巡礼天体ガスグリム】の位置を逆算すると、【ガス状巡礼天体ガスグリム】はすでに土星公転軌道のかなり内側にいることになります……」

「【ガス状巡礼天体ガスグリム】の移動速度が思いの他速かった……とか……」


 アストリッドはダメ元で訊いてみたが、副長は首を横に振った。


「その位置は、SSDFが〈ヴァジュランダ〉で放った【集団クラスタ】を用いたの小惑星実体弾が、【ガス状巡礼天体ガスグリム】命中する予定の宙域でもあります…………。

 【ガス状巡礼天体ガスグリム】が加速して、予想よりも早く土星公転軌道のかなり内側に入っただけでは、小惑星実体弾が予定通りの位置で命中した説明がつきません」

「つまりSSDFが〈ヴァジュランダ〉で小惑星実体弾を撃って、それが【ガス状巡礼天体ガスグリム】に命中した宙域は、SSDFの予定通りだったわけね…………」

「そうです。

 撃った者、狙った物、当たった時の場所までは、SSDFの思惑通りだったのです。

 ただ一点の異常を除いては…………」


 〈ファブニル〉副長は、この期に及んでもまだ己の推測を口にすることをためらっていた。

 気持ちは分かる。

 だが、自分達に時間的猶予は起こされておらず、迷っても変わらないのであれば結論は急がねばならなかった。


「つまり副長は、あの小惑星実体弾は間違いなく我々SSDFがメインベルトから発射した、【集団クラスタ】を用いた小惑星実体弾群で、それが今、このタイミングで【ガス状巡礼天体ガスグリム】に命中したのは………つまり…………」


 アストリッドもまた、いざ口にしようとするとどうしても躊躇わずにはいられなかった。


「つまりぃ~…………【ガス状巡礼天体ガスグリム】の中と外では時間の進む速度が違うからだって言うんでしょ!?」

「…………」


 アストリッドが半ヤケクソになって言い切ると、副長はじめとしたクルーが(この艦長……ナニ言ってるんだろ……)的な視線を返してきたので、アストリッドは若干の釈然としなさを覚えた。


「だって他に考えられないだろう?

 不可能を排除して最後に残った可能性が、たとえどんなに信じられなくとも真実である……って昔から言うだろうに?」

「いや……まぁそうなんですが……」

「理屈は分からないけど! 【ガス状巡礼天体ガスグリム】の中では、外よりも時間の進む速度が遅れているって考えないと辻褄が合わないじゃない!

 だから、ここにきて一週間かそこらで、そとでは三か月経過して、小惑星実体弾がここへやって来ちゃったんだよ!」

『あ……あの…………アストリッド艦長………………俺は…………向こうで…………』


 唐突に聞こえてきたゾンビのうめき声めいた男の声に、アストリッド軽く艦長席かた飛び上がった。

 目覚めて以来、半グロッキー気味だったケイジ一曹が、多少は回復したらしい。

 通信用ビュワーに、ヒューボによって額にアイスパッドを張り付けられ、点滴をされたケイジ一曹が、息も絶え絶えな状態で映し出された。


「ケイジ少年! もう大丈夫なのか!?」

『…………』


 アストリッドは待ちわびていたケイジ一曹の回復に、思わず声のボリュームを上げたが、画面の向こうの少年はまだ本調子には程遠い顔色をしていた。

 アストリッドはとしては、向こう・・・から帰ってきたケイジ一曹に一刻も早くその首尾を聞きたかった。

 ……のだが、かなり乱暴に叩き起こされた上に、〈じんりゅうドラゴン〉のアクロバット飛行が重なって、脳がシェイクされてしまったケイジ一曹を、今すぐ質問責めにすることはできなかった。

 〈じんりゅう〉のドクターAIから、いま無理を強いると、ケイジ一曹の脳や記憶に重大ダメージを与える……とストップがかかったという事情もある。

 だが、安静にしていながらも、ここ数分の〈ファブニル〉バトル・ブリッジ内での会話を聞いていたケイジ一曹は、何か思う事があったらしい。


「分かった……無理はするな……無理じゃない範囲で言いたいことがあるなら言ってくれぃ!」


 アストリッドが折衷案的要望を告げると、ケイジ一曹は眉間を指でもみほぐしながら口を開いた。


『向こうの仮想現実世界で……キルスティ少尉に会いました……』

「……………ん? なんだって?」

『その少尉と会った時点では……俺には……自分の記憶は無い状態だったんですけど…………〈じんりゅう〉で目覚めた瞬間、全ての記憶が蘇ったんです…………』

「お……おおう」


 一生懸命語るケイジ少年には悪いが、アストリッドはケイジ一曹の言っていることの8割くらいが理解できなかった。

 が、彼の向かった仮想現実でキルスティ少尉に会ったという事実が、とても重大であることは分かった。


「キルスティ少尉って……あのプールサイドパーティであった………『木星文書』書いたあの娘か!」

『少尉は内太陽系に残されたクィンティルラ大尉とフォムフォム中尉の乗った〈昇電〉を通じて、ここにいる〈じんりゅう〉で実行中の【ANESYS】に繋がったみたいなんですが………。

 ……そういえば少尉が言ってたんです。

 こっちでは三か月が経過してるって…………』

「…………」

『やっぱり、こっちでは時間の進みが遅いみたいですよ…………俺は向こう・・・に二カ月くらいいたはずなんですけど…………』


 アストリッドは一部理解できなかったが、ケイジ一曹は小惑星実体弾の飛来と、【ガス状巡礼天体ガスグリム】前部開口部から見た観測データ以外から、この【ガス状巡礼天体ガスグリム】内部では時間の進行速度が遅延するという確証を得たと言いたいらしかった。


「じゃやっぱり今【ガス状巡礼天体ガスグリム】の外では、もう三か月以上経ってるってって言った?

 ……そんな……じゃここでぼやぼやしてた、アッと言う間に……|」

「ガス状巡礼天体ガスグリム】は内太陽系の奥深くに……」


 副長がアストリッドの言いたくなかったことを、今度は代わりに言ってくれた。


『アストリッド艦長、〈ナガラジャ〉でもエクスプリカ・ダッシュの分析を検討した結果、同じ結論に至りました。

 ……っていうかのんびりはしてられないじゃないですかっ!?』


 通信を聞いていたアイシュワリア艦長が告げた。

 アストリッドは〈ナガラジャ〉ではまったく別の答えが出てはしないかと期待していたのだが、無駄だった。


『我々がここで何かやるなら、急がないと……』

「すでに【ガス状巡礼天体ガスグリム】の前方に展開していたグォイド艦隊と、メインベルト外縁にて迎撃予定のSSDF艦隊が戦闘に入っている可能性も大いにあります!

 すくなくとも、我々が【ガス状巡礼天体ガスグリム】最奥の異星遺物に着く前にそれが始まってしまうであろうことは不可避です!」

「分かってる! 言われんでも急ぐさ! ……そこで何ができるかは別だが……」


 アストリッドは焦るアイシュワリアと副長に、そう答えることしかできなかった。


「でも……【ガス状巡礼天体ガスグリム】の内と外で時間の進行に差があるだなんて…………なんで……どんな理屈で……そんなとんでもないことが……?」


 アストリッドは自分で出した答えに、そう自分で疑問を投げかけずにはいられなかった。


『さぁ…………でも多分……きっと…………』


 ケイジ一曹がうわ言のように呟いた。


「何か心当たりでもあるのか? ケイジ少年よ!」

『…………ひょっとしたらですけどね…………すっごいすっごい重力源があるんじゃないですかね?

 【ガス状巡礼天体ガスグリム】の中心の奥に……たとえばBHみたいな……』

「BH? ……BHって……まさかブラックホール!?」











 アストリッドはケイジ少年の発言を、あり得ないと切って捨てることができかった、

 UVエネルギーは疑似重力を生みだすことができる。

 そして重力をコントロールできるということは、空間さえもコントロールできることを意味する。

 オリジナルUVD42柱が集まることで、ワープゲイトという超光速移動FTLを可能とするゲイトを作ることができたようにだ。

 そして重力と空間をコントロールできるということは、時間さえも操れる可能性があった。

 時間とは、人間の尺度では一定不変に思えるが、強大な重力と、歪んだ空間に応じて伸び縮みする。

 人類の知るその最も有名な例が、BH……すなわちブラックホールだ。

 あまりに高重力ゆえに星としての形を失い、あらゆるものを吸い込む空間の穴となってしまった星の周囲では、空間もまた引き延ばされており、引き延ばされた空間の分だけ、時間・・もまた引き延ばされているのだという。

 つまりBHに近づけば近づく程、時間の進行速度が遅延してゆくのだ。

 もしも【ガス状巡礼天体ガスグリム】の最奥にあるという〈太陽系の建設者コンストラクター〉の異星遺物が、そういったBH並みの重力を操る機能があるならば、一応は【ガス状巡礼天体ガスグリム】の内部で外よりも時間が遅延する理屈は通ることになる。

 なにしろ〈太陽系の建設者コンストラクター〉の異星遺物のすることなのだから、あり得ないとは言いきれなかった。

 〈じんりゅう〉級のいる【ガス状巡礼天体ガスグリム】の内部が、同最奥にある〈太陽系の建設者コンストラクター〉の異星遺物【オリジナルUVDビルダー】が発する時間遅延エリア内だったのだ。

 


『仮説…………ですけどね…………』

「…………う~む……」


 アストリッドは力無くそう言うケイジ一曹に、冗談っぽく言ってくれるなと思った。

 もし【ガス状巡礼天体ガスグリム】最奥にある〈太陽系の建設者コンストラクター〉の異星遺物がBHと同質のものならば、進んで近づきたい場所ではない。

 だが、目的地はまさしくそこであり、急がなければ【ガス状巡礼天体ガスグリム】は確実に猛烈な速さで内太陽系内に進んでしまのだ。

 進む以外の選択肢など無かった。

 だからアストリッドはせめて祈ることにした。

 すでに【ガス状巡礼天体ガスグリム】前方のグォイド艦隊と、戦闘に突入している可能性が大である内太陽系のSSDFが、【ガス状巡礼天体ガスグリム】の侵攻に少しでも耐えていてくれることを……。

 そしてもう一つ………


「それで……向こう・・・での首尾はどうだったんだ? ケイジ一曹、そろそろ教えてくれないか?

 ユリノ達はまだ目覚めてうれないのか?」

『う~ん…………話せば長くなりそうなんですが…………』

『いいからはよ話なさいな!』


 アストリッドの問いに対し、まだ半グロッキー状態のケイジ少年はうわ言のように答えると、アイシュワリアが焦れながら急かした。

 正直、自分達が【ガス状巡礼天体ガスグリム】最奥に行ったところで、おそらくあるあろうグォイドの激しい迎撃をかいくぐり、〈太陽系の建設者コンストラクター〉の異星AIとコンタクトして、異星物としての【ガス状巡礼天体ガスグリム】のコントロール権を得ることができる可能性は、極めて低いとしか思えなかった。

 人類に勝ち目……いや気残る可能性があるとすれば、ユリノ達が実行中の異星AIとコンタクトの成果に掛かっている。

 アストリッドは猛烈にユリノ達に会いたくて仕方なくなった。


『皆さん、お話ちゅうのところ申し訳ありませ~ん。

 当機は間もなく【ガス状巡礼天体ガスグリム】中心軸付近のガス雲に突入しま~す!

 雲の厚み次第では、すぐに雲の反対側にでちゃうかもしれませんので、どうか覚悟していてくださいね~!』


 ケイジが答える前に、サティがそう告げると同時に、ドラゴン形態の〈じんりゅう〉級一行は、頭上を覆う雲の天井に、巻き付くようにして突入した。

 いつの間にか小惑星実体弾の雨は止んでおり、不気味な風音だけがブリッジに響いた。

 銀の雲はセンサーを通さないので、雲の向こうがどうなっているかは皆目わからず、雲の厚み次第では、いきなりグォイドの迎撃部隊の直近に〈じんりゅう〉級一行が顔を出す可能性もあった。

 だからアストリッド達は必死で恐怖に耐え、雲から出る瞬間を待った。


『多分……多分大丈夫……ですよ……ユリノ艦長達はもうすぐ目覚めるはずです……そう俺は信じてます……だからアストリッド艦長達もアイシュワリア艦長達も信じて下さい……』


 不安と共に雲の中を進む最中、ケイジ一曹は穏やかな声音で、今頃になってアストリッドの問いにそう答えた。


「ああ……信じる……信じるとも!」


 アストリッドは、向こう・・・で何が起きたのかはサッパリ分からなかったが、祈りこめてケイジ一曹に答えた。

 巨大なパイプ状と予想される中心軸のガス雲に対し、サティは艦をパイプに巻き付くようにして上昇させた。

 だから雲からの浮上は緩やかだった。

 ゆっくりと、海面から潜望鏡を出す潜水艦のように、各〈じんりゅう〉級の船体上部センサーモジュールから浮上することで、〈じんりゅう〉級はドラゴン形態となった船体の大半を雲に隠しながら、ついに【ガス状巡礼天体ガスグリム】の中心軸・無重力エリアを観測することに成功した。


「なんだ……ありゃ……」


 アストリッドは思ったままを口にしていた。

 【ガス状巡礼天体ガスグリム】中心軸に最初に見えたのは、視界を真横にはしる巨大な黒い複数の柱であった。

 それは一本一本が数100キロはあり、【ジグラッツ】よりも張るかに太く、視界の手前から奥にかけて計6本を観測した。

 そしてその太い柱と柱の間を、斜めに無数の細い柱が繋いでいる。

 それは【ガス状巡礼天体ガスグリム】前後から見たならば、直径が月の直径程もある巨大な骨組みでできた六角柱を形成していることがすぐに分かった。


「艦長! 【ガス状巡礼天体ガスグリム】の最奥より、あの骨組みの中心軸を通過する物体を観測!」


 電測からの報告の直後、それは巨大六角柱の内部を稲光のような閃光を発しながら、【ガス状巡礼天体ガスグリム】前部開口部から飛び出し、内太陽系方向へと射出された。


『…………あれは…………あれは……惑星間実体弾だっ!』


 通信用ビュワーの奥で、弱々しくシートにかけていたケイジ一曹が跳ね起きて叫んだ。

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