▼第八章『Portals』 ♯2
『みなさ~ん! 上昇効率を少しでも上げる為、【
サティが上昇の為に「ヨイショ~!」とばかりに気張りながら尋ねると、アストリッドは艦長席のひじ掛けを握りしめ、微かな上昇Gに耐えながら瞬時に思考を巡らせた。
円筒状の【
【ジグラッツ】内部を吸い上げられる海水に紛れて垂直上昇するというプランBが崩れさった今、【ジグラッツ】の外で垂直上昇する意味は無かった。
サティは自らが、この有大気遠心重力下で円筒の中心部まで上昇するという体験をしているからこそ、体感で効率的な上昇コースが分かったのだろう。
【
そしてその遠心重力から飛び立ち、【
【
遠心重力から抜け出したくば、遠心重力を生む回転を無視してしまえば良いのだ。
逆に言えば、遠心重力が働いている状況とは、円筒の回転方向に従っている状況だともいえる。
とはいえ【
アストリッドはサティの意見に異存は無かった。
このまま【ジグラッツ】に沿って上昇して、またコウモリ・グォイドの大群でも現れたら嫌だし、【ジグラッツ】の基部で他のグォイドに待ち伏せされるのも嫌だった。
自分がグォイドの立場なら絶対にそうする。
【ジグラッツ】上端基部という分かりやすい位置に向かうのは、【ジグラッツ】内部を海水に紛れて上昇できるという大きなメリットがあったからであり、そのプランBが崩れ去った時点で、【ジグラッツ】のそばにいることは回避すべきと思えた。
『アストリッド姉さま、私はサティに賛成です』
〈ナガラジャ〉からアイシュワリアが告げると、もうサティの案を採用しない理由など無かった。
アストリッドは、サティの問いかけから十秒弱の黙考の後に結論を出した。
アストリッドは「お願いサティ」と伝えると、〈じんりゅう〉を先頭に、細長い二等辺三角形の陣形となった〈じんりゅう〉級三隻は、〈じんりゅう〉を包むサティの手動で上昇コースを反りかえるように斜めに変針した。
【ジグラッツ】の巨大な柱が視界から消えると、謎の心細さを感じたが仕方無かった。
「サティ、それとIDNの方々よ、しばし艦を任せた!
なるべく早く【
中心軸付近で無重力空域に入り次第、そこで上昇を止めて慣性航行しつつ、中心軸部の様子を探る!」
『アイアイマム!』
アストリッドは思い切り良く、艦の操舵を人外の知的生命体に任せることにした
このドラゴン形態になった以上、操舵に関してはそうしておくのが最良と思えたからだし、考えるべきことはまだまだある。
小惑星実体弾は変わらず飛来を続けているが、新たなグォイドの襲来が無いのは、そのお陰も考えられた。
何かを考え、何かを決断するなら今しかない。
「で、この小惑星の雨あられの正体は分かった?
いつまで続くのか分かる!?」
「実体弾と思われる飛来小惑星の数は、そのピークを過ぎた模様! 徐々にですが飛来数が減少傾向にあります!
このペースで行けば、あと数分で止みます!」
アストリッドの問いに対し、電測担当クルーがすぐに報告を返した。
それはとりあえず朗報ではあった。
小惑星実体弾が〈じんりゅう〉級一行に直撃する可能性は、飛来し続ける時間が長ければ長い程高まる。
小惑星実体弾のお陰で、グォイドも〈じんりゅう〉級への対処どころではなくなってきてもいるが、それでこっちも沈められては困った。
もっとも、小惑星サイズの実体弾がそういつまでも飛来し続けるわけがないとも思っていたが……。
「で、どこの誰がどこから撃ってきたってのさ?」
「それが……アストリッド艦長……」
普段はアストリッドに手厳しいはずの〈ファブニル〉副長が、珍しく口ごもった。
「…………常識の範囲内で、今のタイミングで【
「……………………常識の…………範囲内……で?」
アストリッドはすぐに歯切れの悪い副長の報告の、聞きなれない言い回しに気づいた。
「まず……すくなくともアレはグォイドの仕業とは考えられません。
我々を狙った可能性も一応検討しましたが、それでは件の小惑星実体弾で【ジグラッツ】までもが破壊された説明がつきません」
「そらそうだ」
「しかしながら、同胞たる内太陽系のSSDFが放ったのだとしたら、大いな齟齬が生じます」
「まだここに来るわけがないんだよねぇ?」
「常識的にはそうなります。
本来の【
それよりも早く……我々がここへと来た【ヘリアデス計画】の直後、僅か一週間足らずで、天王星公転軌道の内側に入ったばかりの【
「でも……何故か届いてきている……なんでえ?」
アストリッドの問いに、副長は他人事みたいに訊いてくれるなという顔返した。
「…………確証の無い突飛な推測ならばあります」
「聞きましょう」
アストリッドは再度尋ねた。
副長のもの言いからして、常識から外れた方の答えを、彼女は信じてると分かったからだ。
副長はビュワーを操作しながら渋々説明を続けた。
「私達が【ジグラッツ】内部から放り出されてから、現在まで観測してきた小惑星実体弾の数と規模は、まさしく私達が【ヘリアデス計画】を行っていた時点で、SSDFがメインベルト内で〈ヴァジュランダ〉を用いて行おうとしていた、【
観測された小惑星実体弾のサイズや組成などの特徴も、得られたデータを検証した限り、極めて酷似していると言えます……」
「つまり、あの小惑星実体弾は、
「ですが…………そうであったとしても、ここへと到達したタイミングの謎は解けません」
副長は大きくため息をつきながら、ビュワーに映る【
それは画面の周囲を銀のガスで囲まれた、宇宙空間の星々の画像であった。
小惑星実体弾の飛来と同時に観測していた、【
「我々は【ジグラッツ】から放り出されたことで、意図せずして【
それでも小惑星実体弾の飛来により、観測は困難を極めたわけですが、僅かとはいえ【
その画像は、内太陽系の星々が映っているとはいっても、弱々しい太陽の光以外は、ただの宇宙空間を映した画像とは一見区別がつかなかった。
だが、宇宙の専門家たる航宙士であり、艦長ですらあるアストリッドは、すぐにその画像に映るものの異常に気付いた。
「アレ……なんか……近くない?」
アストリッドが呟くように言うと、副長は沈黙を返した。
それは違う答えを期待していたにも関わらず、アストリッドが副長自身の推測を裏付けてしまったことに、落胆したからのように見えた。
「ごく微かですが、太陽の輝きの中に無数の小さな影が映っていることが確認できました。
その影のサイズと数から、この影がメインベルトの小惑星群や内太陽系の惑星であること分かりました。
ですが……艦長がおっしゃったように、あまりにも観測して分析して得られた距離が近いのです。
【
「…………」
アストリッドは、副長があまり言いたく無さそうな理由が分かってきた。
「観測したデータから、現在の【
「【
アストリッドはダメ元で訊いてみたが、副長は首を横に振った。
「その位置は、SSDFが〈ヴァジュランダ〉で放った【
【
「つまりSSDFが〈ヴァジュランダ〉で小惑星実体弾を撃って、それが【
「そうです。
撃った者、狙った物、当たった時の場所までは、SSDFの思惑通りだったのです。
ただ一点の異常を除いては…………」
〈ファブニル〉副長は、この期に及んでもまだ己の推測を口にすることをためらっていた。
気持ちは分かる。
だが、自分達に時間的猶予は起こされておらず、迷っても変わらないのであれば結論は急がねばならなかった。
「つまり副長は、あの小惑星実体弾は間違いなく我々SSDFがメインベルトから発射した、【
アストリッドもまた、いざ口にしようとするとどうしても躊躇わずにはいられなかった。
「つまりぃ~…………【
「…………」
アストリッドが半ヤケクソになって言い切ると、副長はじめとしたクルーが(この艦長……ナニ言ってるんだろ……)的な視線を返してきたので、アストリッドは若干の釈然としなさを覚えた。
「だって他に考えられないだろう?
不可能を排除して最後に残った可能性が、たとえどんなに信じられなくとも真実である……って昔から言うだろうに?」
「いや……まぁそうなんですが……」
「理屈は分からないけど! 【
だから、ここにきて一週間かそこらで、そとでは三か月経過して、小惑星実体弾がここへやって来ちゃったんだよ!」
『あ……あの…………アストリッド艦長………………俺は…………向こうで…………』
唐突に聞こえてきたゾンビのうめき声めいた男の声に、アストリッド軽く艦長席かた飛び上がった。
目覚めて以来、半グロッキー気味だったケイジ一曹が、多少は回復したらしい。
通信用ビュワーに、ヒューボによって額にアイスパッドを張り付けられ、点滴をされたケイジ一曹が、息も絶え絶えな状態で映し出された。
「ケイジ少年! もう大丈夫なのか!?」
『…………』
アストリッドは待ちわびていたケイジ一曹の回復に、思わず声のボリュームを上げたが、画面の向こうの少年はまだ本調子には程遠い顔色をしていた。
アストリッドはとしては、
……のだが、かなり乱暴に叩き起こされた上に、〈じんりゅうドラゴン〉のアクロバット飛行が重なって、脳がシェイクされてしまったケイジ一曹を、今すぐ質問責めにすることはできなかった。
〈じんりゅう〉のドクターAIから、いま無理を強いると、ケイジ一曹の脳や記憶に重大ダメージを与える……とストップがかかったという事情もある。
だが、安静にしていながらも、ここ数分の〈ファブニル〉バトル・ブリッジ内での会話を聞いていたケイジ一曹は、何か思う事があったらしい。
「分かった……無理はするな……無理じゃない範囲で言いたいことがあるなら言ってくれぃ!」
アストリッドが折衷案的要望を告げると、ケイジ一曹は眉間を指でもみほぐしながら口を開いた。
『向こうの仮想現実世界で……キルスティ少尉に会いました……』
「……………ん? なんだって?」
『その少尉と会った時点では……俺には……自分の記憶は無い状態だったんですけど…………〈じんりゅう〉で目覚めた瞬間、全ての記憶が蘇ったんです…………』
「お……おおう」
一生懸命語るケイジ少年には悪いが、アストリッドはケイジ一曹の言っていることの8割くらいが理解できなかった。
が、彼の向かった仮想現実でキルスティ少尉に会ったという事実が、とても重大であることは分かった。
「キルスティ少尉って……あのプールサイドパーティであった………『木星文書』書いたあの娘か!」
『少尉は内太陽系に残されたクィンティルラ大尉とフォムフォム中尉の乗った〈昇電〉を通じて、ここにいる〈じんりゅう〉で実行中の【ANESYS】に繋がったみたいなんですが………。
……そういえば少尉が言ってたんです。
こっちでは三か月が経過してるって…………』
「…………」
『やっぱり、こっちでは時間の進みが遅いみたいですよ…………俺は
アストリッドは一部理解できなかったが、ケイジ一曹は小惑星実体弾の飛来と、【
「じゃやっぱり今【
……そんな……じゃここでぼやぼやしてた、アッと言う間に……|」
「ガス
副長がアストリッドの言いたくなかったことを、今度は代わりに言ってくれた。
『アストリッド艦長、〈ナガラジャ〉でもエクスプリカ・ダッシュの分析を検討した結果、同じ結論に至りました。
……っていうかのんびりはしてられないじゃないですかっ!?』
通信を聞いていたアイシュワリア艦長が告げた。
アストリッドは〈ナガラジャ〉ではまったく別の答えが出てはしないかと期待していたのだが、無駄だった。
『我々がここで何かやるなら、急がないと……』
「すでに【
すくなくとも、我々が【
「分かってる! 言われんでも急ぐさ! ……そこで何ができるかは別だが……」
アストリッドは焦るアイシュワリアと副長に、そう答えることしかできなかった。
「でも……【
アストリッドは自分で出した答えに、そう自分で疑問を投げかけずにはいられなかった。
『さぁ…………でも多分……きっと…………』
ケイジ一曹がうわ言のように呟いた。
「何か心当たりでもあるのか? ケイジ少年よ!」
『…………ひょっとしたらですけどね…………すっごいすっごい重力源があるんじゃないですかね?
【
「BH? ……BHって……まさかブラックホール!?」
アストリッドはケイジ少年の発言を、あり得ないと切って捨てることができかった、
UVエネルギーは疑似重力を生みだすことができる。
そして重力をコントロールできるということは、空間さえもコントロールできることを意味する。
オリジナルUVD42柱が集まることで、ワープゲイトという
そして重力と空間をコントロールできるということは、時間さえも操れる可能性があった。
時間とは、人間の尺度では一定不変に思えるが、強大な重力と、歪んだ空間に応じて伸び縮みする。
人類の知るその最も有名な例が、BH……すなわちブラックホールだ。
あまりに高重力ゆえに星としての形を失い、あらゆるものを吸い込む空間の穴となってしまった星の周囲では、空間もまた引き延ばされており、引き延ばされた空間の分だけ、
つまりBHに近づけば近づく程、時間の進行速度が遅延してゆくのだ。
もしも【
なにしろ〈太陽系の
〈じんりゅう〉級のいる【
『仮説…………ですけどね…………』
「…………う~む……」
アストリッドは力無くそう言うケイジ一曹に、冗談っぽく言ってくれるなと思った。
もし【
だが、目的地はまさしくそこであり、急がなければ【
進む以外の選択肢など無かった。
だからアストリッドはせめて祈ることにした。
すでに【
そしてもう一つ………
「それで……
ユリノ達はまだ目覚めてうれないのか?」
『う~ん…………話せば長くなりそうなんですが…………』
『いいからはよ話なさいな!』
アストリッドの問いに対し、まだ半グロッキー状態のケイジ少年はうわ言のように答えると、アイシュワリアが焦れながら急かした。
正直、自分達が【
人類に勝ち目……いや気残る可能性があるとすれば、ユリノ達が実行中の異星AIとコンタクトの成果に掛かっている。
アストリッドは猛烈にユリノ達に会いたくて仕方なくなった。
『皆さん、お話ちゅうのところ申し訳ありませ~ん。
当機は間もなく【
雲の厚み次第では、すぐに雲の反対側にでちゃうかもしれませんので、どうか覚悟していてくださいね~!』
ケイジが答える前に、サティがそう告げると同時に、ドラゴン形態の〈じんりゅう〉級一行は、頭上を覆う雲の天井に、巻き付くようにして突入した。
いつの間にか小惑星実体弾の雨は止んでおり、不気味な風音だけがブリッジに響いた。
銀の雲はセンサーを通さないので、雲の向こうがどうなっているかは皆目わからず、雲の厚み次第では、いきなりグォイドの迎撃部隊の直近に〈じんりゅう〉級一行が顔を出す可能性もあった。
だからアストリッド達は必死で恐怖に耐え、雲から出る瞬間を待った。
『多分……多分大丈夫……ですよ……ユリノ艦長達はもうすぐ目覚めるはずです……そう俺は信じてます……だからアストリッド艦長達もアイシュワリア艦長達も信じて下さい……』
不安と共に雲の中を進む最中、ケイジ一曹は穏やかな声音で、今頃になってアストリッドの問いにそう答えた。
「ああ……信じる……信じるとも!」
アストリッドは、
巨大なパイプ状と予想される中心軸のガス雲に対し、サティは艦をパイプに巻き付くようにして上昇させた。
だから雲からの浮上は緩やかだった。
ゆっくりと、海面から潜望鏡を出す潜水艦のように、各〈じんりゅう〉級の船体上部センサーモジュールから浮上することで、〈じんりゅう〉級はドラゴン形態となった船体の大半を雲に隠しながら、ついに【
「なんだ……ありゃ……」
アストリッドは思ったままを口にしていた。
【
それは一本一本が数100キロはあり、【ジグラッツ】よりも張るかに太く、視界の手前から奥にかけて計6本を観測した。
そしてその太い柱と柱の間を、斜めに無数の細い柱が繋いでいる。
それは【
「艦長! 【
電測からの報告の直後、それは巨大六角柱の内部を稲光のような閃光を発しながら、【
『…………あれは…………あれは……惑星間実体弾だっ!』
通信用ビュワーの奥で、弱々しくシートにかけていたケイジ一曹が跳ね起きて叫んだ。
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