▼第七章『ケイジとドラゴン』 ♯5

 ボクがようやくモーキャプ・スタジオに戻った時は、そこはまさに戦場となっていました。

 なにしろ上映イベント開始まであと7時間と少ししかありません。

 ……にもかかわらず昨晩の段階で、ボクたちの作っているアニメ『VS(仮題)』はまだ完成には至ってなかったのです。

 監督以下のスタッフはそれぞれにまだ修正したい部分が山ほどあり、作業が許される時間ギリギリまで、それらを修正せんと大騒ぎをはじめていました。

 彼女達いわく…………、

『脚本のここのセリフとOPの恥ずかしい歌詞なおしちゃダメぇ~? あとタイトルも~!』

『タイトルは上層部からのお達しなので変更不可です』

『EXプリカぁ……ここのカットのアングルまるっと逆にしちゃダメかなぁ?』

『ここのカットだけレイカ艦長の顔描き直させて! 手描きでやる! 二時間でやるから! あとこのカットも!』

『〈びゃくりゅう〉のここのダメージのディティールいじらせてオクレでゲス!』

『この噴射エフェクトが気に入らないのです』

『ここの真空での爆発SE録り直していい?』

 ……等々と、この期に及んで際限なく好き勝手ことを言ってきやがっております。

 これに対しボクの直属上司にあたる制作進行は、作業中の各スタッフの寝ぐせでまくりの髪の毛を、イベント上映に向けて、彼女らの背後に立ってセットを行いながら、17:00の上映開始2時間前までを作業限界として、一応の作業許可を出しました。

 この段階では制作進行が最上級指揮官みたいなもんです。

 そして上映前に一回だけ最終確認で通しでこのアニメを試写し、上映会に挑もうというわけです。

 ちなみにモーアク(小)と(大)の二人にも、そこそこに自分のセクションでの仕事に修正希望はあったようでしたが、彼女達二人は上映イベントの司会進行を務める関係上、その打ち合わせとリハでここにはいませんでした。

 あの二人がMC(司会進行)をやるところなんて想像もつきませんけどね。

 キルスティちゃんはボクと共に、【第一艦橋】スタッフの小間使いとして例によって各セクションのお手伝いから、朝・昼食の調達、マッサージ、トイレ代行、上映会の準備に走り回りました。

 記憶を失う前のボクがしでかしたというもう一つの事柄に関しては、寺浦課長に完全にお任せすることが決まっており、特にすることはありません。

 問題は、その一件に関してはサプライズということで、ボクたち以外の監督以下のスタッフには一切ナイショにしてあることと、上映終了後はスタッフ全員登壇による舞台挨拶が予定されていることで…………。














 …………ナゼ?

 ……なぜ?

 ……何故…………?

 何故なのでしょうか…………?


 思えばIDNの方々は、ワタクシと初めて出会って、意思疎通が叶った当初から、常にそう問いかけていた気がします。

 今、こうして突然ブッ千切られた【ジグラッツ】から、大量の海水ごと放り出された瞬間も、IDNの方々は重力に引かれての自由落下に抗いながら、仮想現実に行ったケイジさん達の行動に一喜一憂しつつ、常に疑問を抱いていらっしゃいました。

 いったい何に対して“なぜ?”と問うているのでしょうか?

 それはおそらく全ての物事に対してだと思われます。

 おそらくIDNの方々と先祖を共にするワタクシには、外れているかもしれませんが、なんとなくIDNの方々の無数の疑問を抱く気持ちが分かる気がしたのです。

 なぜならばワタクシも同じだったからです。

 何故自分は生まれ、何故自分は自分であり、何故自分は生きているのでしょうか?

 その疑問を中心とした様々な疑問と、それに答えを求める欲求が、結果として今のワタクシを形成しているのだと思うのです。

 どう考えても、今はそれどころではないはずなのですが……IDNの方々は、自分達の置かれた状況とまったく同じレベルで、仮想現実の行く末も重要と考えているようでした。

 ですが当然、三隻の〈じんりゅう〉級の方々は違います。


『なン……っじゃぁ! こりゃぁっ!?』

『……流星雨? 流星の雨の中に【ガス状巡礼天体ガスグリム】が突っ込んだとでも言うの!?』


 アストリッド艦長とアイシュワリア艦長が、あまりに突然の出来事に半パニックになって叫ぶ一方、〈じんりゅう〉級三隻は【ジグラッツ】からの意図せぬ脱出に成功はしたものの、猛烈な速度で落下を続けていました。

 【ジグラッツ】内を海水によって下方へと流されていたところを脱出すべく、降下していた勢いはまだ消えてはいなかったからです。

 慌てて一同は、頭を上に向けて噴射をかけて減速を試みます。

 主機オリジナルUVDが不調な〈じんりゅう〉をスマート・アンカーで引っ張っていた〈ファブニル〉が、〈じんりゅう〉の重量に耐えきれずに一行の中から離れそうになったのを、〈ファブニル〉が慌てて艦尾スマートアンカーを放ち、引っ張るのを手伝って減速を試みます。

 しかし、再び上昇に転じたくとも、なかなかそうは状況が許しませんでした。

 ワタクシ達は約5000キロはあると推測される【ジグラッツ】を昇る途中で、海水ごとその外に放り出されたわけですが、それによってはじめて、【ガス状巡礼天体ガスグリム】内の銀色の雲に覆われていない【インナーオーシャン】の数千キロ上空の景色を見ることができていました。

 【ガス状巡礼天体ガスグリム】の中心軸周囲と最奥は、相変わらず雲が覆っていましたが、【ガス状巡礼天体ガスグリム】内壁を覆う【インナーオーシャン】上空の雲は、今は眼下のはるか下方数千キロにあり、【ジグラッツ】の下端も、その周囲に集まってたトータス・グォイドも、雲が隠して見えませんでしたが、その雲の層自体がワタクシ達のはるか下方にあるため、ワタクシ達の上下の雲の間の開けた空間から【ガス状巡礼天体ガスグリム】の内部……特に【ガス状巡礼天体ガスグリム】進行方向は何にも邪魔することなく見わたすことができました。

 ですから理屈から言えば、細長いコップのような円筒状の、【ガス状巡礼天体ガスグリム】前部の開けた空間の彼方には、【ガス状巡礼天体ガスグリム】の進行方向たる守るべき太陽系の輝きが見えるはずなのです。

 ……が、今は太陽の輝きを見るどころではありませんでした。

 正体不明の流星雨が、まだまだ継続して【ガス状巡礼天体ガスグリム】前部開口部から、こちらに向かって降り注いできているからです。


『回避~ッ! ……しつつなんとか減速して落下を止めろ! ……できればっ!』


 アストリッド艦長が歯切れ悪く叫びました。

 【ガス状巡礼天体ガスグリム】内部へと侵入したその何百という数の流星は、【ガス状巡礼天体ガスグリム】内部の大気に接触したことで、分裂と共に減速すると燃えさかる火の弾となって、もうもうたる煙の尾を引きながらワタクシ達に向かってきます。

 その数とサイズは、いつワタクシ達に命中してもおかしくありませんでした。

 アストリッド艦長が『できれば』などとおっしゃったのは、命中すると分かってから回避など、とうていできやしないからです。

 ですから事実上ワタクシ達は運任せにしている状況でした。

 いくつかの流星が、先に破壊された【ジグラッツ】の別の位置に命中し、破壊して柱を断ち切っては、巨大な破片を【インナーオーシャン】へと落下させていきます。

 ですが、【ガス状巡礼天体ガスグリム】内に侵入した流星雨の大半は、ワタクシ達のいる位置まで到達する前に、【ガス状巡礼天体ガスグリム】の開口部に展開された、巨大なUVシールドでできたと思われるネットにより受け止められ、あるいは通過の際に減速させられ、ここまで到達する量と速度が濾しとるようにして減らされていました。

 どうやらUVネットを展開しているのは、ワタクシ達が侵入したのとは別の、もっと【ガス状巡礼天体ガスグリム】の開口部よりにある【ジグラッツ】のようです。

 

『おそらくですが、我々より【ガス状巡礼天体ガスグリム】の手前側にある別の【ジグラッツ】が、【ガス状巡礼天体ガスグリム】に対して放たれた実体弾代わりの小惑星群を、UVシールドで網を作って資源として受け止めているようですね』

『はあっ!? なんですってデリゲイト!?』


 アイシュワリア艦長が状況を推察したデリゲイトさんに訊き返しました。


『今【ガス状巡礼天体ガスグリム】に向かって撃たれた実体弾代わりの小惑星って言った!?

 それって……誰が撃ったって~のよ!?』

『状況から考えて皆さん太陽系人類文明の同胞の方々ではないでしょうか?』

『!』


 デリゲイトさんの答えに、尋ねたアイシュワリア艦長も聞いていたアストリッド艦長も、明らかに動揺しつつ一瞬沈黙しました。

 ワタクシにはその理由が分かります。

 確かに人類の方々は【ガス状巡礼天体ガスグリム】に対し、メインベルトを形成している小惑星の【集団クラスター】を、実体弾代わりにして【ガス状巡礼天体ガスグリム】に放ちました。

 ですがそれが命中するのは、ワタクシ達の記憶によれば、およそ三か月は先の話だったはずなのです。

 それがなぜ今【ガス状巡礼天体ガスグリム】を襲っているのでしょう?

 ワタクシにはこの謎の答えが見当もつきませんでした。


『おそらく【ガス状巡礼天体ガスグリム】にある全ての【ジグラッツ】は、こうして実大質量体弾による攻撃を受けた際に、本来であれば同じ中心基部から放射状にそびえる【ジグラッツ】同士の間で、UVシールド製のネットを複数張り、【ガス状巡礼天体ガスグリム】内にUVネットの層を作り、侵入してきた大質量実体弾を減速させた上でキャッチし、資源として活用するのでしょう。

 ですが、我々の侵入した【ジグラッツ】は、我々が侵入に際して内部機構を散々破壊した為、UVネットの展開に不具合が発生し、大質量実体弾を受け止めきれずに、こうして小惑星の命中で破壊されてしまったのだと思われます。

 それはそれとして皆さん、今はそれよりも早く上昇に転じないと、このままでは【インナーオーシャン】の海面に叩きつけられますよ』


 デリゲイトの忠告に、それまでただデリゲイトの説明に耳を傾けていたアイシュワリア艦長とアストリッド艦長は、揃って『分かってるわ~い!』と怒鳴り返しました。

 しかし、すでに事態は対処してどうにかなるレベルを超えていました。

 言っているそばから、大気との接触で燃え盛る巨大な塊となった小惑星実体弾が、〈ファブニル〉〈ナガラジャ〉と、曳航している〈じんりゅう〉の間を通過すると、三艦を繋ぐスマート・アンカーを断ち切ったのです。


『!!!』


 主機オリジナルUVDが不調である〈じんりゅう〉は、今だに残る落下の勢いを相殺できず、猛烈な勢いで落下し、〈ファブニル〉と〈ナガラジャ〉から離れていきました。

 今〈じんりゅう〉をコントロールしているエクスプリカさんの、悲鳴のような哀れな電子音が遠ざかって行きました。













 17時を回ったSSDF立川基地の空は、沈みかけた夕焼けを基地建物が良い感じに隠し、中央広場に設けられた特設ステージをアニメを見るには程よい暗がりにしました。

 昼間は基地楽団のコンサートなどで使われたステージの奥には、巨大スクリーンが張られており、アニメ上映の準備は万端です。

 無駄に広い基地の端にある【第一艦橋】からここまでを、数か月ぶりに全力で走ってきたボク達は、せっかく制作進行により準備され、数カ月ぶりにキチンとしていた身なりを、肩でぜいぜいと息をして乱しながら、なんとか舞台袖にたどり着きました。

 そして完成したてのアニメの完パケの納まったデバイスを、監督が上映担当スタッフに渡した途端、今か今かと広場に集まった観客の前に、思い切りよく二人の女性がステージ上に飛び出しました、


「さて~……本日お集りのみなさまこんばんは~!

 ????? ………(観客からの返事を待つ間)。

 本日は、SSSDF立川基地・基地最祭にお集りいただき、誠にありがとうございます!」

「ありがとうございます!」


 モーアク(小)に続いてモーアク(大)が深々と頭を下げました


「今、この特設ステージに集まってくださっているということは、皆さんこれからここで何を行うかは、もうポスターやチラシやネット情報などでご存知ということですよね!?」


 舞台上からオーディエンスに向かって耳を傾けるモーアク(小)。


「はぁいッ! そうなんです!

 これまで何作かの短編SSDF広報用アニメを制作してきました、当SSDF立川基地が誇る、広報部第8課2係がお送りする最新作が、今日これから上映されるんです!」


 普段は聞かないような流暢なしゃべりでモーアク(大)が告げると、ボク達は袖幕の奥でビックリする一方、観客から盛大な拍手が返ってきました。

 さすがモーションアクターといっても俳優の端くれなだけあって、人前に出るのは得意なようです。


「みなさんご存知のように、現在地球から木星圏まで版図を広げた私達人類は、グォイドという深宇宙からやってきた未曾有の脅威に対し、SSDF……太陽系防衛艦隊を結成し、多くの人間が航宙士として宇宙に旅立ち、地球や月や火星、木星圏に住まう人々をグォイドから守るべく、日々戦っています。

 これから上映するアニメ作品は、そういった宇宙で戦っているSSDFの人々を称え、応援し、そして見て下さった方々に、いかに宇宙の航宙士達が戦っているのかを知ってもらうべく制作した作品なんです!」


 そこまでモーアク二人が司会進行を進めると、すでに会場を埋め尽くさんばかりに集まっていた観客から、再び盛大な拍手が巻き起こりました。

 幸いにも、今日ここに集まった人々は、今回のアニメ上映について好意的なようです。

 割合は少なくとも、対グォイド反戦派の人だって混じっている可能性もありましたが、第三次グォイド大規模侵攻をSSDFが見事退けたこともあって、一般市民たちのSSDFに対する印象は良好なようです。


「さて! 前置きはこれくらいにして、さっそく上映に移りましょう! 実はつい15分前まで制作していた出来立てほやほやの作品、全世界初公開です!

 『VS(仮題)』パイロット版をご覧ください!」


 ボクはその瞬間を、とても不思議な気持ちで迎えていました。

 結局上映2時間前に行った最終確認試写でも、監督達は満足が行かずにギリギリまで修正作業を行っていたわけですが、もう何度も試写を見てきたボクには、もう見なくとも目を閉じれば、このアニメの全てが思い浮かべられるようになっていたからです。











『ワタクシが向かいます! 〈ファブニル〉〈ナガラジャ〉は先に行って下さい!』


 気づくとワタクシは、そう叫んで〈じんりゅう〉を追いかけていました。

 自分で言っておきながら、〈じんりゅう〉を追いかけてどう助ければ良いのか皆目分かりません。

 ですが、ここで〈ファブニル〉と〈ナガラジャ〉さんを行かせるわけには行きません。

 下手をすれば共倒れになりかねませんし、ワタクシが行くと言わねば、アストリッド艦長とアイシュワリア艦長は、〈じんりゅう〉を助けに行くと言い出しかねませんでした。

 仮に言わなかったならば、〈じんりゅう〉を見捨てたと気を病みかねません。

 だからワタクシが〈じんりゅう〉を追いかけたわけですが…………何故かIDNの方々も一緒についてきてしまいました。


『ああああああ……みなさんまでワタクシに付き合うことは…………』


 それまで海水内を上昇していたので問題なかったのですが、基本的にワタクシもIDNの方々も、重力に逆らって空中を上昇するのは得意ではありません。

 ですから〈じんりゅう〉を追いかけるといっても、それまで必死に行っていたUV噴射を止めて、単に自由落下したようなものです。

 それはもし、〈じんりゅう〉救出後もそのままであった場合、【インナーオーシャン】の海面に叩きつけられることを意味していました。

 ですからワタクシはIDNの方々に留まるように言ったわけなのですが………………そんなワタクシの言葉を聞いているのかいないのか、IDNの方々は明確な意思を持って〈じんりゅう〉を追いかけて行きました。

 仮にワタクシが行かないのならば、自分達だけでも行くと言わんばかりに…………。









 今にして思えば、とても普遍的なというか、とてもベタな作品になった気もします。

 そもそも結果的にですが実話ベースになっちゃった物語ですが、意図してそういうベタな作品を監督は描きたかったような気もします。

 僕は目を閉じながら、上映のはじまったアニメの内容を思い浮かべました。


 “23世紀の初頭、深宇宙より襲来したグォイドによる未曾有の危機に対し、人類は太陽系防衛艦隊SSDFを結成し、これに立ち向かった。

 そしてその中に、適正のある少女でしか使えない超高速情報処理システム【ANESYS】を用いて戦う航宙戦闘艦があった。

 名は〈びゃくりゅう〉。

 人類は多くのレイカ艦長率いる〈びゃくりゅう〉をはじめとした、多くの航宙士の活躍により、何とか第三次グォイド大規模侵攻を乗り越えた。

 しかし太陽系には多くの野良グォイドが残され、新たな人類の脅威となっていた…………”


 今のご時世、子供でも知っている内容がナレーションで厳かに語られると、超長距離・大質量加減速移送艦〈ヴァジュランダ〉を護衛すべくメインベルト内【ゴリョウカク集団】で奮戦する〈びゃくりゅう〉の活躍が始まります。

 それは勇壮でもあると同時に、ま悲壮でもあり、決してカッコイイとだけ見える描写ではありませんでした。

 まだ宇宙に進出してUVテクノロジーを獲得したばかりの人類の航宙艦では、野良とはいえ数で勝るグォイドに勝つのは難しいのです。

 〈ヴァジュランダ〉防衛戦は実際にあった出来事ですが、監督達はほぼ想像と成り行きで、この悲壮な戦いを描きました。

 野良グォイドの猛攻により〈びゃくりゅう〉に敵弾が命中し、傷ついてゆく度に、観客達が息を呑むのが微かに聞こえてきます。

 メカ監督が渾身のモデリングをした〈びゃくりゅう〉は、一時は出番無しになるかもと思われましたが、こうして獅子奮迅の活躍をすることとなりました。

 ですが、その活躍も限界を迎えようとします。

 数少ないグォイドに対するアドバンテージである【ANESYS】を使い切り、〈びゃくりゅう〉の武器弾薬の全てが使用不能となったのです。

 ですが、ボクは心配などしていませんでした……なぜならば…………。









 …………ナゼ?

 ……なぜ?

 ……何故…………?

 何故なのでしょうか…………?


 IDNの方々は、生き残る見込みのない落下の最中も、変わらずにそう問い続けながら、落下中の〈じんりゅう〉の目前までたどり着くと、イカのような姿の後部を傘のように広げ、〈じんりゅう〉の速度と同調しました。

 ワタクシもそれに続きましたが、〈じんりゅう〉の重さを引き上げる有効策などやはり思いつきませんでした。


『エクスプリカさん! エクスプリカさん! どうすれば!?』


 ワタクシは分からないことは人に尋ねることにしました。

 今の〈じんりゅう〉を動かしているのはエクスプリカさんです。 ですがワタクシの問いに対するエクスプリカさんからの返答は、なかなか返ってきませんでした。

 エクスプリカさんにも、どうすれば良いのか思いつかないからかもしれません。

 そうこうしているうちにもワタクシ達は落下し続け、一時ははるか遠く眼下にあった【インナーオーシャン】上空の銀の雲が、いつの間にか間近に迫り、ワタクシ達を包み込みました。


[アア……さてぃヨ……悪イガ俺ニア何モ良イあいでぃあハ浮カバン……。

 ダガ、良イあいでぃあヲ思イツキソウナ奴ナラバ…………]


 ようやく答えてくれたエクスプリカさんはそんなことをおっしゃいました。

 その一方で、ワタクシ達を覆っていた銀の雲が晴れると、遥か下方についさっきまで潜っていた【インナーオーシャン】の海面が広がりました。

 海面まではまだ数分の距離がありましたが、どちらにしろそこに叩きつけられたらオシマイです。

 それだけではありません。

 ワタクシはその広い広い【インナーオーシャン】の中心に、千切れて海面に落下した【ジグラッツ】が立てた盛大な水柱……というより爆炎に近い白い半球状の水しぶきと、その波紋というにはあまりのも巨大な同心円状の波、その周囲を覆う黒く蠢く無数の塵のようなものを目撃しました。

 その塵が塵などでは無いとはすぐに気づきました。

 コウモリ・グォイドとトータス・グォイドの放ったトゥルーパー・グォイドが、まだワタクシ達を見失った位置に居座っていたのです。

 それらは上空から落下してきたワタクシ達にすぐに気づき、獲物目掛けて急上昇してきました。









 状況は絶望的でした。

 残る一隻となった野良グォイドに対し、満身創痍となった〈びゃくりゅう〉が最後の推力を使い体当たりを決心する下りになると、観客達から鼻をすする音が聞こえてきた気がします。

 こういう感情を、この時代に生まれ育った人々は度々味わってきました。

 どんな時代のどこに生まれた人であっても、変わることなどないかもしれません。

 巨大な運命のうねりに翻弄され、全力で抗うも、力及ばず屈する時が人生にはちょくちょくあるものです。

 〈びゃくりゅう〉の敗北も、そういう仕方のない出来事の一つであったかもしれません。

 ボクは目を閉じたまま舞台袖から、静まり返った観客の方に耳を済ませました。

 ボク達は伝えたかったのかもしれません。

 いつの日か、回避不可能な大きなうねりに人類が敗北し、あらゆる夢や希望を諦める時がくるかもしれません。 

 人の時代が終わり、太陽系を違う生物が支配する日が来るかもしれません。

 でも…………今日ではない! と。


『お姉ちゃ~ん!!』


 監督が声を当てた〈びゃくりゅう〉艦長レイカ中佐の妹、ユリノの声が響くと同時に、盛大なミュージック……このアニメのメインテーマが流れはじめ、さらにUVキャノンのSEが続きます。

 確かに〈びゃくりゅう〉だけでは、野良グォイドには勝てませんでした。

 ですが、ボク達には新たな艦〈じんりゅう〉があるのです。

 オリジナルUVDを主機関にした最新鋭艦〈じんりゅう〉に乗り、レイカ艦長の妹ユリノが、戦場へと駆け付けてくれたのです。

 少し遅れて状況を理解した観客達から歓声が上がります。

 ボクは観客達のそのリアクションに耳を澄ませ、そして大いに満足しながら、急に襲い来た睡魔に身を任せました。

 監督……もう大丈夫ですよ…………絶対大丈夫ですから……このアニメが完成したら辞職するという監督に対し、そう念を送りながら…………。








[起キロけいじ! 緊急事態ダ~ッ!]

「ぷぁぁああぁ?」


 ケイジは液体で満たされたカプセル内で目が覚めると、思わず叫んでむせかえりそうになった。

 だが瞬く間にカプセル内が排水されハッチが解放されたかと思うと、メディカルアームでカプセル内から勢いよく引っ張り出され、カテーテルが問答無用で抜かれた悲鳴を上げるまもなく、迫ってきた無数の自動アームによって半強制的に医療用処置服からジャンプスーツ、さらに装甲宇宙服ハードスーツへと着替えさせられ、さらにいつの間にか背後に来ていた座席に座らせられると、恐ろしいスピードで〈じんりゅう〉艦内の通路を座席事移動させられ、気が付けば〈じんりゅう〉バトル・ブリッジの床から、機関コントロール席上って来ていた。

 ケイジは恐怖と混乱でフリーズする他なかった。


「…………」

[けいじ! ぷらんBハ失敗シタ! 〈ジンリュウ〉ハ現在、【ジグラッツ】ノ途中カラ外に放リ出サレ、半自由落下中! オリジナルUVDガ使エナイ本艦ノ現状推力デハ、海面落下前マデノ減速ハ不可能!

 海面衝突マデアト160秒!

 直チニ対処スル必要ガアルゾ!]

『ケイジさ~ん! 早いところどうにかしないと! 下にはグォイドさん達も待ってますよぉ!

 何か良いアイディアを考えてくださ~い!!』


 エクスプリカとサティが次々と悲鳴に近い声で訴えてきた。

 寝覚めのケイジにそれでいきなり理解するのは無理があったが、バトル・ブリッジのビュワーに映る光景を見れば、すぐに何が起きているかは察しがついた。

 画面一杯の【インナーオーシャン】の海面と、その中心でどデカい半球状の波しぶきと無数のコウモリ・グォイドとトゥルーパー・グォイドの群が蠢いてる光景が、みるみる迫ってきていたからだ。

 何か知らないが〈じんりゅう〉は今すぐ上昇に転じないと、海面とグォイドの群に叩きつけられる! それだけは辛うじて理解した。


「あ……えっと……」

[けいじ……ハヤ~ク!]

「…………アレだ……アレをしろエクスプリカ……」

[あれッテ何ダ!? あれジャワカラ~ン!]


 ケイジは思いついたことを言語化できす、両手を身体の横でパタパタさせながら大いに焦ったが、数秒のタイムラグを経て、なんとか言語化に成功した。


「アレ! アレだよ! ……つばさ! ……翼を作れば……!」


 ケイジは裏返った声で叫んだ。

 ここ【ガス状巡礼天体ガスグリム】は銀色のガス雲が内部を満たす世界だ。

 つまり翼があれば、ガス雲を生む【ガス状巡礼天体ガスグリム】内を満たす大気を、その翼で受け止めることができるはずだ。

 そしてそれができれば、翼の揚力で落下の速度を上昇に転換できるかもしれない。

 問題は何で〈じんりゅう〉の船体に翼を設けるか? であったが、UVシールドを使えばなんとか…………。


[けいじ! IDNガ……!]


 ケイジがUVシールドで翼を作れ! と言う前に、メインビュワーの画面内に無数のIDN達が現れると、その姿を不定形に変えて〈じんりゅう〉船体を包み込み始めた。

 呆気にとられるケイジの眼前で、ビュワーに文字メッセージが唐突に浮かび上がるとスクロールをはじめた。



“…………ナゼ? ……なぜ? ……何故…………? 何故なのでしょうか…………?

 アナタ方と出会った以来、わたし達はずっとそう疑問を抱いてきました。

 わたし達はなぜ生まれ、何をして? どこへ行くべきなのか? その答えを、あなた達がもたらすアニメや映画や様々な物語を中心に探してきました…………”

 


 ケイジが文字メッセージがIDN達が送ってきたものだと理解するのと同時に、数あるビュワーの一つに、立川アミが突然映し出され、画面に向かって話しかける映像が流れだしたのに気づいた。











「それは……きっと理想とか? を伝えたいんじゃ……ないかなぁあぁああぁ…………」

[理想とはなんだ?]

「色々だよ!」



 ケイジは瞬時に思い出した。

 これは向こう・・・の世界で立川あみADだった時に、アニメ制作への協力を拒むEXプリカを説得した時の会話だ。



「今回の場合は、人類がグォイドに勝利する未来とかさ……そういう理想の未来をボクらが先んじて描くことで、それを見た人がそれを目指し、ひょっとしたらいつかの未来、ボクらが作ったアニメを見た人が、グォイドに勝利する未来を勝ち取るかもしれないでしょ?」

[………………]

「正直なところ……グォイドと人類との戦いって、負ける可能性が多いにあるでしょう?

 でもね……そういう恐怖に負けずに、絶対に勝てるとまではいかずともさ……まだ勝ち目はどっかにある……勝算はゼロなんてことは無いって、見る人に伝えたいんだよ! このアニメの中で、頑張る人々を描くことでね!」



 EXプリカの映る画面に呼びかける立川あみADの言葉を、ケイジは不思議な気持ちで聞く他なかった。

 そんな事を言った気もするが、まるで夢での出来事のようだった。

 だがともかく、どういうわけかIDNは向こう・・・での一部始終を聞いていたらしい。



“何故生まれ、何をして、どこへ行くべきなのかは、その答はまだよく分かりません……。

 ですが、グォイドに滅ぼされ、その答えを得る道さえ断たれるのは忍びありません……”



 IDN達はそう文字メッセージを送りながら、〈じんりゅう〉の船体下半分から後方に結合・合体していった。

 その塊となったIDN達に、『そういうことですね!』と得心のいったらしいサティがさらに合体し、〈じんりゅう〉をさらに巨大化させていく。



“あなた方の作ったアニメなどの物語の数々が、いわゆる作り話であることは理解できました……。

 ですが数多くある物語の中のごく一部にですが、グォイドとの戦いでの生存や、将来の希望に関する理想的未来を描くことで、見た人々が実際にその理想を実現させる効果があることを、わたし達は認めます……”



 〈じんりゅう〉船体の下方で、ひと塊となったIDNとサティの身体が左右に薄く伸び始めた。



“……いえ……理想を描くことで理想を実現する効果があると、信じたく・・・・なったというべきでしょう……。

 ですからわたし達は、自分達の行動でもってして、その希望を証明したいと思います…………”




 合体の末に、今や元の十倍近いサイズとなった〈じんりゅう〉の左右から、薄く伸びたサティ達の身体が【ガス状巡礼天体ガスグリム】の大気をはらむ翼となって、〈じんりゅう〉の落下速度を減じさせていく。




“理想を実現させる効果は、理想を実現してみて初めて実証されるのですからね……”



 ケイジは呆気にとられる一方で、真上から見たコンディションパネル内の〈じんりゅう〉のシルエットが一変しているのを確認した。

 IDNとサティで形成された〈じんりゅう〉のシルエットの数倍はある巨大な翼と、尾羽を兼ねた長い複数の尾、シルエットの先端には、まるで頭部の代わりのごとく〈じんりゅう〉の船体がついている。

 翼の下にはいくつもの円筒状の物体が懸架されており、ケイジはすぐにそれが大気を吸い込んで圧縮・加速の上で後方に吐きだすジェットエンジンの類だと分かった。

 おそらくだがその内部には、元バトイディア搭載の人造UVDが納まっているに違いなかった。


『名付けて〈じんりゅう〉ドラゴンです!』


 ケイジの言おうとしたことを、サティが誇らしげに宣言した。

 ケイジは「“りゅう”とドラゴンで被ってんじゃ……」と一瞬思ったが、今はそれどころではなかった。



“我々IDNは、これより全力で人類を支援します……みなで生きのび……理想を実現したり、疑問の答えを探す可能性と未来を残す為に……”



 IDN達は文字メッセージをそう締めくくった。



「エクスプリカ! 全武装ぶっぱなせ! 目標! 下のトータス・グォイドの天面!」



 海面到達数十秒前、ケイジの命令と共に〈じんりゅう〉ドラゴンが一斉攻撃を開始した。

 ほぼ同時にコウモリ・グォイドとトゥルーパー・グォイドの群が〈じんりゅう〉にまとわりついたが、それを無視して放たれた耐宙レーザー、UVキャノン、UV弾頭ミサイルがトータス・グォイドに真上から殺到する。

 その多くがトゥルーパー・グォイドの群に阻まれたが、落下による運動エネルギーで水増しされたUVキャノンの数発が、真上からの攻撃が想定されていないトータス・グォイド数隻をUVシールドごと真上から貫いた。

 主機関を破壊され、たちまち大爆発するトータス・グォイドの爆炎の中に突っ込む〈じんりゅう〉ドラゴン。

 一瞬、爆炎が〈じんりゅう〉ドラゴンに纏わりつくトゥルーパー・グォイドと、その周囲のコウモリ・グォイドの群までも包み、大気が存在するが故の衝撃波で破壊してゆく。

 その爆炎の中から水平状態で加速した〈じんりゅう〉ドラゴンが飛び出すと、半球状となって広がってゆく衝撃波を追い越し、その衝撃波を翼で受け止めると、そのエネルギーを上昇に転じさせた。

 

 〈じんりゅう〉のオリジナルUVDは未だ不調であったが、巨大な翼とUV式ジェットエンジンを得た〈じんりゅう〉ドラゴンは、残っていたトータス・グォイドの群の攻撃圏から瞬く間に離脱すると、すぐさま〈ファブニル〉〈ナガラジャ〉との合流を目指して加速していった。








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