▼第六章『ウェーブ(女子航宙士)よ聞いてくれ!』 ♯2
――その十数分前・〈じんりゅう〉医療室――
『良いかケイジ一曹、というわけで……これから君にユリノ達が実行中の、〈太陽系の
ゆえに最終ブリーフィングで再確認をしておく』
長期カプセル医療用スーツに着替えたケイジが、治療カプセル内に横わたると、顔の前に位置するミニビュワーの彼方で、プラン
『ケイジ一曹が〈太陽系の
逆に言えば、この場にいる他のクルーでは参加不可能なわけなのです。
具体的なケイジ一曹のコンタクトは、〈じんりゅう〉の【ANESYS】用デヴァイスを、個人用BMI(ブレイン・マシン・インターフェイス)として用いることで可能とします。
しかしながら、ユリノ艦長らが【ANESYS】を用いてコンタクトをしているのに対し、ケイジ一曹は【ANESYS】のデヴァイスを使いはしますが、技術的またシチュエーション的限界から、あくまでケイジ一曹個人としてしか参加はできません。
ゆえにケイジ一曹は個人の脳の情報処理能力のみで、ユリノ艦長らが実行中の異星AIとのコンタクトを行わねばならないわけです。
が、これは正直なところ医学的にはあまり安全とは言い難い行いです。
【ANESYS】より劣る情報処理能力は、可能な限りバトイディアと三隻の〈じんりゅう〉級のメインコンピューターで分散処理して補いますが、この問題がコンタクトの最中にケイジ一曹に影響を及ぼす可能性は否めません』
「……た、頼もしいお言葉…………」
ケイジは少しでも自分の心を落ち着けようと、皮肉を交えながらデリゲイトの説明にそう答えた。
一歩間違うと、自分は廃人にでもなってしまうということらしい。
ケイジはその事実から目を瞑りつつ、気になっていたことを尋ねた。
「で、結局ユリノ艦長達が
むしろ、このプランAの一番大事な部分が、事ここに至っても未だにふんわりしているのが大問題だった。
[アクマデ医療かぷせる内のゆりの達〈じんりゅう〉くるーカラ得ノ生体医学的計測でーたカラノ推測ニナルガ、ヤハリ一種ノ仮想現実ニテ日常生活ニ近イ体験ヲシテイルト思ワレル。
心拍数、脳波ソノ他モロモロノ数値ガ、彼女達ノ普段ノ生活ノソレト酷似シテテイルカラダ]
「仮想現実で日常ねえ……」
エクスプリカの答えに、ケイジはまったく疑問が張らされないまま呟いた。
なぜ〈太陽系の
『でもケイジさ~ん、日常生活ということは、つまり危険な目にはあってないってことですよね!?
良かったじゃないですか~!』
「…………な、なるほど」
ケイジは能天気なサティの言葉に、今だけは多少救われる気持ちになった。
もしも、死んでは生き返る戦闘を、無限に繰り返すようなゲーム世界にでも放りこまれたらどうしようかと思ったが、その心配はないらしい。
『けど問題は山ほどあるのよケイジ一曹、簡単にいえば、
バカ正直に向こうの世界に長時間いると、あなたの脳みそがオーバーヒートで最悪命に関わる危険性がある。
上手くいくかはやってみないと分からないけど、ケイジ一曹の脳に医学的に危険が迫っているとこちら側で判断された場合は、
その呼び戻しが成功したとして、プランAがまだ成功していない場合、再びケイジ一曹を
アイシュワリア艦長が気乗りし無さそうに告げた。
サティの言葉でちょっとだけ上向きになったケイジの心は、再び不安で満たされた。
分かっていたことっだが、【ANESYS】で行っている超高速情報処理に、ケイジ個人の脳で途中参加すれば、脳に甚大な不可がかかって当然であり、最悪命に係わる。
「……で、最終的に俺にどうしろと…………」
『達成目標は二つ……いや三つか……四つかな……』
「…………」
ケイジの問いに、アストリッド艦長が早速不安極まる出だしで答えた。
『一つ目は〈太陽系の
これはほっといてもユリノ艦長達が達成するかもしれないけどね』
アストリッド艦長はディスプレイの彼方で指折り数え始めた。
『二つ目はクィンティルラとフォムフォムに、ワープゲイトを用いた【
まぁ、二人に伝えることができたとして、その後で内太陽系にいる二人が無事に目覚めて、これを聞いたテューラ司令がお偉いさん方を説得できるかは未知数だけどな……』
「…………」
『三つめは、ケイジ一曹自身のサバイバルだ。
最優先事項にしてやれなくてもうしわけないが、君は君自身の安全を三番目に優先してくれ。
まず君が無事でいてくれないことには、他の達成目標も挑戦できなくなるからな』
「は……はぁ……」
『で、四つ目がユリノ達を無事に連れ戻すことだ。
三つ目と四つ目は、同列のプライオリティーみたいなもんだがな……連中に戻ってきてもらわんと、〈じんりゅう〉が戦力にならないから、こっちでのドンパチがヤバイことになる。
OK?』
ケイジは三番目と四番目の優先順位について、多少思うことが無くもなかったが、コクコク頷きながら指でOKサインを出してから、数秒遅れて「OKす!」とようやく声に出して答えた。
『こっちはこっちで平行してプランBを実行に移す。
仮にユリノ達が異星AIの試験をパスして、ケイジ一曹がワープゲイトを用いた【
内太陽系のSSDFがワープゲイトを用いた【
それまでじ~っとここバトイディアで息をひそめて待っていられたら良かったのだが、トータス・グォイドが迫っている以上仕方がない。
ケイジ一曹が目覚めた時、我ら〈じんりゅう〉ズがどんな状況に陥っているか……楽しみにしていてくれ!』
やっと覚悟を決めたケイジに、アストリッド艦長が追い打ちをかけ、ケイジは再び真っ青になった。
分かっていたことだが、非常に間の悪い時に非常に分の悪い賭けにでようとしている。
わずかな可能性に賭けると言えば聞こえは良いが、事実上の自殺行為に等しい。
猛獣から逃げる為に崖から飛び降りるようなものだ。
ケイジはもちろん緊張していた。
バイタルの異常を、医療室のドクターAIが心配するくらいだった。
だがケイジは不安は大いにあれど、このプランAをやりたくないとは最後まで思うことはなかった。
断る……やっぱり止める! などという選択肢は最初から持ってはいなかった。
必要とされている任務だからという理由ももちろんある……だがケイジの心中を締めていた最大の理由は他にあった。
『では、問題なくばケイジ一曹よ、プランAを開始する!
向こうのユリノ達をよろしくな!』
アストリッド艦長が告げると、アイシュワリア艦長、サティ、デリゲイトがそれぞれ『ユリノ姉さま達を頼んだわよ』『いってらっしゃ~い』『御武運を』と告げ、ケイジを見送った。
ケイジはこうして、ユリノ艦長達が待つ〈太陽系の
個人でしか使わないとはいえ、【ANESYS】のデバイスを用いた|向こうへの思考の投入の瞬間は、よく覚えていない。
最後に光の回廊を見た気がする。
そして微かな睡魔に似た感覚から目覚めると、ケイジは地球のSSDF立川基地にいたのであった。
しかもせっかく化ける必要のなくなった立川あみの姿で……。
もちろんケイジは大パニックに陥りかけたが、同時にようやくユリノ艦長達に会えることに……少なくともその見通しが立ったことに、心が満たされるのを感じていた。
正直なところ、ケイジは〈じんりゅう〉クルーの皆に会いたくて会いたくてたまらなかったのだ。
ケイジとエクスプリカとサティだけで過ごすには、〈じんりゅう〉はあまりにも広すぎた。
――SSDF立川基地広報部第8課2係【第一艦橋】――
「まぁま、とりあえず落ち着いてあみAD、面白い展開だとは思うからさぁ」
「今のは今後の『VS』の展開についての話でしょうか?
興味深い展開だと思いますが、今はまず主役メカ〈びゃくりゅう〉が使えなくなった第一話をどうするか考えるべきだと思いますが」
あみADとなったケイジは、ユリノ艦長とルジーナ大尉除く〈じんりゅう〉クルーに再開できたことに感激し、すぐさま伝達すべきことのすべてをまくし立てたが、すぐにそれは早まり過ぎたことを悟った。
「にしても唐突じゃない?」
「伏線もへったくれもないのです」
「説得力あるかなぁ……見た人への」
「…………」
首を傾げながら次々と言われ、あみADは返す言葉も無かった。
「だいたいさぁ、何だい〈じんりゅう〉てのは?」
「航宙艦の名前だよね」
「それが、グォイドとの最終決戦でレイカ艦長らが乗る二号ロボ……いえ二号戦艦なのですか?」
サングラスにジーンズに革ジャン姿のやたら偉そうなミユミに、黒縁メガネ姿のフィニィ少佐、ちゃんと制服を着たシズ大尉が訪ねた。
言動といい服装といい、三人とも、カオルコ少佐とサヲリ副長と同じように、あみの知る彼女らと同じ様でどこか違う。
「それにさっきからユリノ艦長ユリノ艦長と言うとるが、誰?」
「レイカ艦長の妹のことか?」
SSDF
幸いにも彼女達は服装以外はあまり変化がない。
ケイジはやっと再会を果たした彼女らに、早くも自分の正気が疑われはじめていることを察した。
そして
「ダイジョブかいあみちゃん? ……医務室連れてこうか?」
妙に太々しいキャラになったミユミが心配げに声をかけてくると、ケイジ……いや、あみADは、ぷるぷると顔を振って遠慮しておいた。
どうやら目の前にいる〈じんりゅう〉クルー達は、演技なのか本気なのかまだ分からないが、何故かアニメ制作スタッフをやっているらしい。
そしてケイジ演ずるあみADもまた、スタッフの一人として彼女達は認識しているようだ。
それを今否定して、自分の認識の方を押し通すのは得策ではないとあみにも分かった。
つまり彼女達との会話は慎重に行わねばならない。
「え、え~とおかまいなくミユミちゃん」
「ミユミちゃん? 誰それ? もしかしてあたし?」
「!!」
あみADは早速つまづいた。
ミユミは自分を指で示しながらきょとんとした顔をしていた。
しかしその顔が、あみに対し狂人を見る顔に容易く変わる可能性をあみは感じた。
「さっきからちょいちょい聞きなれない名前をさ、私らのこと見ながら口にしてるよね~?」
「ああ……カオルコ……ちゃん? サヲリちゃん? は確か〈びゃくりゅう〉の交代ブリッジクルーにいるけど、他は知らん名前ばっかだ。
誰だっけ?」
ミユミの言葉に、カオルコ少佐が乗っかってあみの持って行きたくない方向へと話を広げ始めた。
「ユリノちゃんが艦長? ……って言っていましたね。
あとミユミにルジーナ、フィニィ……クィンティルラとフォムフォム……は〈びゃくりゅう〉のパイロットにもいた気がしましたけれど…………」
シズ大尉がここぞとばかりに記憶力を発揮する。
ケイジはその会話とここにいる彼女達の顔を見て、やはり彼女達は自分をここのアニメ制作スタッフだと思っていることを確信した。
自分達が〈じんりゅう〉クルーであることを忘れた……というかそんなことの可能性は露ほどにも思い浮かびもしないらしい。
信じるだの覚えてないなだの忘れただのは関係無い、ここはそういう設定のそういう世界なのだ。
それは事前に言われてた仮想現実で日常を送っているらしいという情報からも合致するし、ユリノ艦長達が三日以上までたってもまだここにいる理由の一部が分かった気がした。
何故かは皆目分からないが、アニメ制作というタスクを課せられた立場となって、それが未だに終わっていないからなのかもしれない。
あみは、
寺浦課長とかいう怖そうな婆さんの話から推察した限りならば、今は〈びゃくりゅう〉が沈んだ直後であり、それでいてまだ〈じんりゅう〉の存在を知らない時代の設定なようだ。
そしてこの部屋はSSDFの広報用アニメの制作現場であり、そのスタッフを何故かカオルコ少佐たちは演じているのだ。
あみはいつの間にか、無言の視線が彼女達から集まっているのを感じた。
あみに対し、今まくし立てたことがいったい何なのかの答えを待っているのだ。
もちろん、ここが仮想現実で、今あなた達は忘れてますが、実は皆さんは約8年後の航宙艦〈じんりゅう〉のクルーで、現在グォイドの本拠地で、人類の命運を決める最終作戦中なんですよ~!!! ……などとゴリ押しすることはできなかった。
彼女達の視線は、そんなこと言っても信じてくれはしないどころか、医務室行きにされかないと物語っていた。
だからあみにできる選択肢は、最初にカオルコ少佐が言ったことに乗っかることしかなかった。
「…………そうなんでっすよぉぉぉぉぅ!
俺ぇ……いやワッタシぃ……ってかボクぅ……なんかここで働くって決まってからぁ、作ってるアニメについてのアイディアが泉の如く湧き出てきちゃって出てきちゃってもうタイヘ~ン!!」
あみは自分で言ってて恥ずかしすぎて気を失いそうになった。
メカ監督にとって〈びゃくりゅう〉戦没の報はショックであった。
それは直接的には、散々苦労してモデリング中であった主役メカ〈びゃくりゅう〉が、アニメ内で使えなくなったのの同義となったことが理由だった。
沈んだ航宙艦を主役メカとしたアニメなど、誰も見ないし制作自体が許されなだろう。
が、メカ監督はすぐにその理由でショックを受けている自分を恥じた。
野良グォイドとの戦いで、少なくない数の人名が失われているというのに、モデリング中だったCGが使えなくなったくらいでふてくされることが許されるはずなかった。
だから、今さらながら立ち直ったメカ監督は、やや遅刻しながらも【第一艦橋】に出勤した。
そして入室するなり、初めて会う立川あみADとやらに、顔を見られた途端盛大に驚かれてわけがわからなかった。
いったい何に驚いたのか……あみADは「わわわルジーナ中尉に目があるるぅ!!」とか何とか叫んでいた気がするが、ハッキリと聞き取れたかは自信がなく、あみADは聞き返しても答えてはくれなかった。
自分にそんなに目力があったのだろうか?
メカ監督はやや傷ついたが、それ以上にあみADがおもしろおかしくテンパっていたのでそのことは忘れた。
なんでもあみADはここへ配属になるなり、緊張のあまり自分の考えたSSDF広報用アニメの構想をまくし立てるという、ハイレベルな黒歴史を刻んでしまったらしい。
いわく〈びゃくりゅう〉が沈んだ後に、レイカ艦長らは〈じんりゅう〉という新造艦を受け取り、そのクルーとなって冒険を続けるのだそうだ。
そして5年後……世代交代してレイカ艦長の妹であるユリノが艦長となった時代に、人類は外宇宙から襲来したグォイドの
……あみADよ、造語の多様は控えよう! ということだけメカ監督は理解した。
ともかく凄い凄い一大叙事詩的構想があみADには浮かんでいたらしい。
なぜにいきなり五年後の世代交代した時代の物語を話し始めたのやら…………メカ監督をはじめとした【第一艦橋】の面々はあまり疑問は挟まず“そっとしておいてあげよう”という共通認識を暗黙のうちに抱くに至っていた。
あみADの無茶苦茶な構想を聞いて、メカ監督一瞬は笑いそうになったが、あみAD(ボクっ娘らしい)に自分と同じオタクの臭いを嗅ぎつけ、優しくしてあげようと決めた。
作っているアニメが、このまま最後まで作られるのかは分からないが、もし〈びゃくりゅう〉が沈んだこれからも制作を続けるならば、絶対に人手は必要になってくるからだ。
だからメカ監督はあみADを温かく迎え入れようと決めた。
「だが……確かに……だ。
あみADのぶっ飛んだ話の大半はさておいて、……沈んでしまった〈びゃくりゅう〉の代わりに、その~〈じんりゅう(仮)〉みたいな新しい航宙艦をモデリングしてもってくれば、一応はここまで作った素材を活かしてアニメ制作は続行できるんじゃないか?」
絵コンテ演出の発言に、あみADが無言でひたすら頷くのと同時に、メカ監督はハッと顔を上げた。
確かに、沈んだ〈びゃくりゅう〉を主役メカに使うことはもう無理っぽい。
だが、あみADの言ったように、〈じんりゅう〉のような新造航宙艦が実際に宇宙で建造され、それにもし本当にレイカ艦長達が乗ることになったならば……絵コンテ・演出の言うことは可能な気がする。
だが、それは同時に、何度も徹夜してモデリングした〈びゃくりゅう〉と、同等のクオリティの航宙艦のモデリングを、今これから完成させねばならないということでもあった。
メカ監督は自分の席の机に、べちゃりと崩れ落ちた。
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