▼第六章『ウェーブ(女子航宙士)よ聞いてくれ!』 ♯3

「…………ですが、制作中のアニメをあみADや絵コンテ・演出のアイディアを用いて変更するにしても、監督の判断を仰ぐ必要があります。

 ……というより彼女が指揮してくれなければ、今出たアイディアを活かすことは技術的に不可能でしょう」

「なんだかんだで監督は監督だからなぁ……」


 制作進行を担当してるらしいサヲリ副長の発言に、絵コンテ・演出と呼ばれているカオルコ少佐が後頭部で手を組みながらぼやくように答えた。


「……その〈じんりゅう〉とかいう航宙艦を、一からモデリングする時間を頂きたきそうろう…………そもそも〈じんりゅう〉がどないな姿か分かりまへんけども……」

「当然なのですが背景としては、内装も〈びゃくりゅう〉と違うなら新たにモデる必要があるのです」

「そのユリノ艦長って沢山出番あるのかな……そんなにバージョン用意してないけど……」

「音楽は関係ないよね!? OPもEDも歌詞も決まって無いし、まったく今まで通り遅れてる感じ?」

「モーアクは二人とも暇だぞ……いま・・はな」


 ルジーナ中尉にしか見えないメカ監督が、何かにショックを受けて自分の机に突っ伏していた頭を僅かに上げて呻くように言うと、シズ大尉にしか見えない背景監督に、フィニィ少佐にしか見えないキャラ監督、グレたミユミにしか見えない音楽監督が次々と申告し、最後にクィンティルラ大尉とフォムフォム中尉にしか見えないモーアクなるポジションの二人が告げた。

 その会話を、部屋の隅にとりあえずあてがわれた自分専用席で縮こまって聞きながら、あみADとなったケイジは、やはりユリノ艦長が監督を担っていると確信すると同時に、これから自分のすべきことを必死で考え続けた。

 不用意に発言してしまったプランAに関することは、全て妄想系オタク女子の勝手に考えた制作中のアニメの構想ということで、多大な犠牲を払いつつも辛うじてごまかすことに成功した。

 だが、そのお陰で狂人扱いされずに済んだものの、再び事情を説明するのがより困難になってしまった気がする。

 そもそも何をどうすれば、この〈太陽系の建設者コンストラクター〉異星AIの繰り出した試験をパスしたことになり、彼女達が本来の自分の記憶を取り戻して、プランAに関する情報を伝えて理解してもらえるのか…………。

 さらにここにてあみADは、新たな事実に気づき愕然とした。

 これまでに得た情報から推測して、ここ【第一艦橋】で製作されようとしているアニメは、間違いなくこの時代のこの場所で誕したアレ・・のパイロット版第一話だ。

 あみADは、ケイジだった時に数え切れないくらい何度も何度も繰り返して見たアニメである。

 ……そのアレの第一話の内容はもちろん、タイトルまでもが思い出せなくなっていたのだ。

 色々複雑な思いを抱けども、間違いなくアレの大ファンであったはずの自分が、アレのタイトルを思い出せなくなるなどあり得ないことであった。

 恐ろしいことに、アレに関する記憶は、現在進行形で思い出せなくなりつつあった。

 第一話の内容や、主題歌の歌詞やメロディやOP映像などの記憶が、どんどん思い出せなくなっていた。

 だが、何故思い出せなくなったのかはすぐに察しがついた。

 〈太陽系の建設者コンストラクター〉の異星AIの仕業に違いない。

 逆にアレの第一話が正確に思い出せてしまったならば、そのまま制作してしまえば良くなってしまうからとプロテクトされたからに違いなかった。

 逆に言えば、アレを苦労して作らせるのが〈太陽系の建設者コンストラクター〉の異星AIの試験の内容なのかもしれない。

 そしてこれが事実ならば、ケイジと同等かそれ以上のアレに関する知識をもつシズ大尉やルジーナ中尉がいるにも関わらず、アニメの制作が難航している説明もつくし、ユリノ艦長達が結局自分達を本当のアニメ制作スタッフと思い込むようになった経緯も分かる気kがした。

 その推測を裏付けるかのように、あみADは自分の“あみAD”としての記憶が、ただこれからどう彼女として行動すればいいのか悩んでいただけで、まるで最初から覚えていたかのように湧き出てくるのを感じていた。

 あみADがどこでいつ生まれ、どういう少女時代を送り地上のSSDF広報部に入るに至ったかが、SPADのパスワードや自室の位置など、必要とする知識が、まるで自分・・の記憶であるかのように思い出せたのだ。

 それはケイジが近い将来、本当にあみADになってしまう可能性を示唆していた。

 この世界ではそれが自然であり、そうなっても誰も困りはしないのだ。

 あみADは真っ青になりながら猛烈に焦ると同時に、そこまでの自分の推測に一応は納得したが、それでも、では何故に〈太陽系の建設者コンストラクター〉の異星AIはこんなことさせているのか? の謎については余計に深まるばかりであった。

 だがどちらにせよ、もし今実行可能なことで、その答えに近づける手段があるとすれば、それはやはり一つしかなかった。


「アニメを…………」


 あみADは勢いよく立ち上がった。


「アニメを作りましょう!」

「いや最初っからそう言ってるって……」


 拳を固めて宣言したあみADに、モーアク(小)が即つっこんだ。


「しかしまぁあみADの言う通りです。

 ここで時間を無駄にしていても仕方がありません。

 寺浦課長からアニメ制作の続行が指示された以上、出来る限りのことを行うまでです」


 制作進行となったサヲリ副長が、〈じんりゅう〉での副長としての彼女と変わらぬ毅然とした声音で宣言した。


「まず寺浦課長から使用許可がおりた軍用サーバーを起動し、EXプリカをインストールしてアニメ制作に活かせる状態にします。

 残された時間でアニメを完成させるには、それしかありません。

 ワタシと背景・編集、およびメカ監督とモーアク二人はその作業に従事。

 絵コンテ・演出、音楽監督とあみADは監督の自室に行き、監督に状況説明のうえここに呼び戻してください。

 抵抗を試みた場合は力ずくでも引きずり出してくれてかまいません」

「あ……あのボクはぁ……?」


 何か物騒なことを言い出した制作進行に、黒縁メガネがやけに似合うフィニィ……ではないキャラ監督が訪ねた。


「キャラ監督は、留守番兼〈びゃくりゅう〉を〈じんりゅう〉に変更したバージョンでの制作続行に備え、ここでできる作業を進めていてください」

「Oh……」


 一瞬、束の間の安らぎ(お休み)が得られるのではと仄かに期待していたらしいキャラ監督は、立ち上がりかけた腰を、再び自分の席に沈み込ませた。

 あみADは制作進行の決断に異存はなかった。

 おそらくユリノ艦長もまた、自分を監督と思い込んだ状態だろうが、早いうちに会っておくことに越したことはない……いや会いたかった。

 あなたが【ANESYS】したまま眠っている間に、色んなことが起きたんだと伝えたかった。


「よっしゃ行きましょう!」


 率先して【第一艦橋】を飛び出したあみADに、残るメンツが若干引いた視線を送っていたことに、彼女は気づかなかった。











「まぁ……これでアニメ制作がラクになったら苦労はしないんでしょうけどネ!」


 【第一艦橋】のある棟の地下二階にまで続く階段を降りながら、メカ監督は若干ヤケクソ気味にぼやいた。

 照明は生きているが、それでもどこか薄暗く、ひんやりとした基地内地下の当該区画には、地下牢じみた鉄格子がはまっており、その錠前を寺浦課長から預かった鍵であけると、その奥に今の基準で言えば性能の割にバカでかいコンピュータの筐体であった。

 大型冷蔵庫を三大ほど束ねたようなそれは、どうやってここまで運んだのかは分からないが、少なくともここから運び出すのは現実的ではなかった。

 ここまで電源ケーブルその他の物理ケーブルを運んで、【第一艦橋】まで物理接続するしかない。

 

「その為のオレたちかい!」

「…………」


 メカ監督の背後で、ケーブルの束を抱えて運んできたモーアク二人がぼやいた。

 肉体労働担当で呼ばれたことに、今頃気づいたらしい。

 さらにその奥には制作進行と、その背後に隠れた背景・編集が続いている。

 一応、EXプリカ強化計画は順調に進行中だ。 

 下手をすれば100年以上前のコンピュータ・サーバーを起動し、それでアニメ制作支援AI〈EXプリカ〉の処理能力をあげるという策は、確かに理にかなったアイディアだ。

 多少古かろうと腐っても軍用サーバーならば、アニメ制作には充分過ぎる程の処理能力があるだろう。

 ……とは思うが、それが簡単にできるならば、とっくの昔に実行されていても良いはずなのに……とメカ監督はチラリと思ったりもした。




 









 あみADとなったケイジは大いに焦りながら、先頭を悠々と歩き行く絵コンテ・演出に続いて、監督……つまりユリノ艦長の自室前へと向かった。

 途中、立川基地の広々とした屋外を移動していた最中に、あみADは、今自分がいる世界を見回し、これが一種の仮想現実であると信じるのに苦労した。

 いわゆるVR技術ならば、23世紀初頭までの人類文化のなかで誕生進化し、ケイジも訓練用シミュレーションとして体験したことがある。

 が、これを仮想現実などという言葉で割り切るには、あまりにも現実的過ぎた。

 この世界が、人類製VRをはるかに超えるテクノロジーで生み出された、〈太陽系の建設者コンストラクター〉製VRなのだから当然といえば当然かもしれない。

 あみADは自分の女性へと変化した肉体で呼吸する度に、鼻腔を通過する地球の空気の臭いや、聞こえてくる風音や鳥の鳴き声、肉体訓練中のSSDF訓練生の息遣い等の、基地の人々の喧噪までもが再現されていることに気づき、うすら寒い恐怖を覚えた。

 久しぶりに見た気がする地上から見える御前中野の“そら”は、ほんのり曇っており、頬を撫でる風や湿度から、今の季節を体感させた。

 グォイドとの戦いで気候が変動した地球の地上では、あまり季節というものはあてにならないが……。

 いったいこの世界がどこまで再現されているのか、見当もつかなかった。

 はたして視界の彼方にいるSSDF訓練生や、先ほどあった寺浦課長などの人間たちは、どこまで再現されているのだろうか……いわゆるNPCみたいな存在なのだろうか? …………と考え出したら切りが無い。

 あみADはケイジであった時に、実はここに来たことがある。

 日本出身でSSDF隊員の訓練を受けていたのだから、ある意味必然と言えた。

 これがタイムトラベルものの映画であれば、過去の自分と遭遇することで生じるパラドックスを心配するところだったが、あみADは基地内のそこかしこに張ってあった毎年恒例らしい『SSDF立川基地祭』を予告する映像ポスターの日付から、ケイジとしての自分がここに来るのは約三年後だと分かり、余計な心配をするのをやめた。

 と同時に、〈じんりゅう〉クルー達がなぜ本当の自分達のことを忘れ、アニメ制作スタッフだと思い込むようになったかが分かりかけてきた気がした。

 このほぼ現実と寸分違わぬ世界でこのような身分と記憶を与えられ、周囲の人間からもそのように扱われて過ごしていれば、〈じんりゅう〉クルーである方の自分が、夢か妄想のように思えてしまうことだってあり得るかもしれない。

 あみADはまだここに来て30分も経ってないが、ユリノ艦長達はここで何日……何カ月と過ごしてきたはずなのだから……。

 ユリノ艦長達の精神にどんな変化があっても不思議ではないと思えた。

 まだこっち・・・へ着て30分も経過してない自分であったが、すでにケイジであることを忘れつつあることを感じていたからだ。

 一刻もはやくすべく事を達成しなければ、自分もまた彼女達のようにこの世界の住人になってしまう。


「お~い監督ぅ? メールにも返信が無いからここまできたぞい。

 出勤できそうかぁ~?」


 SSDF隊員宿舎の一室の前に来た絵コンテ・演出は、一度大きく深呼吸すると、ドアをノックしてから中まで響くよう大きめの声で尋ねた。

 数秒間耳を澄まして待っても、中からの反応は無かった。


「…………あの、監督が出てこないってのは、その〈びゃくりゅう〉が沈んだからなんですよ……ねぇ?」

「……まぁ勝手に我々がそう思い込んでいるだけかもしれんが………おそらくは」


 あみADがおずおずと訪ねると絵コンテ・演出は答えてくれた。


「監督……意外と繊細だからなぁ……ショックだったんだねぇ……人が死んでるんですものねぇ……」

「我々だって充分にショックだったのだ……ましてや彼女のポジションだったならば……」


 音楽監督の言葉に、絵コンテ・演出は頷きながら続けた。

 あみADはその言葉だけで、だいたいの経緯と監督の気持ちが分かったような気がした。


「しょせん私達のやってることは虚業だ……無くても人の生き死にには直接は関係ない。

 今のご時世にそれで飯を食って生きているだけでも、けっこう肩身が狭いのだけどな…………。

 アニメなんぞわざわざSSDFの予算で作らなくても良い……他にリソースを回すべきだ! ……と言う人間も内外に少なくない。

 にも関わらず、戦場で死者が出る度に人殺しの片棒を担いでる呼ばわりされかねない……実際、我々が制作したアニメに影響されてSSDFに入隊した人が戦死たならば、そういうふうに言えなくもないわけだし……。

 とはいえ……そんなことは全部事前に分かっていた……そのはずだったんだがな……可能性は理解しているつもりだったさ……でも実際に起きてしまうとだな…………」


 絵コンテ・演出はそれ以上多くを語ろうとはしなかったが、言いたいことはあみADにも何となくは分かった。

 〈びゃくりゅう〉が沈んだことで、ここのアニメ制作スタッフとしての彼女達は初めて、宇宙で生き死にのかかった戦いが繰り広げられてることを実感したのだろう。

 そしてそれまで知ってはいても、実感はできていないことにさらにショックを受けてしまったのだ。

 それはケイジ・・・であった時に、初代〈じんりゅう〉が沈んだ時に受けたショックと似ているのかもしれない。

 恐ろしいのはこのショックを受けた出来事が、これからも起き続けるかもしれない……いや確実にこれからも起き続けることだ。

 グォイドとの戦いが続く限り、SSDFを題材にしたアニメを作るとはそういうことなのだ。

 主役に据えた艦が沈み、キャラのモデルとなったクルーが死に、作ったアニメを見て航宙士を志した人間が、グォイドとの戦いで命を散らす可能性がある。

 それを避けることなど不可能だった。

 その未来を想像して受け止めることなど、誰にだってそう簡単にできることではなかった。


「え~と……あの……監督ぅ……あたしです、音楽監督です……。

 その……もう聞いてるかもしれないけど、〈びゃくりゅう〉は沈んだけれど、クルーはほとんど無事だったみたいですよ~。

 レイカ艦長もアニメに出す予定だった女子クルーはみんな無事ですって……だからぁ~その~………………」


 音楽監督になったミユミが、何か言わねばとばかりにドア前に立って説得に挑戦したが、やはり中からの反応は無かった。

 あみADは絵コンテ・演出と音楽監督からの視線を感じた……次はお前が挑戦する番だ……と。

 あみADとなったケイジはよろよろとドアの前に立ち、まずはノックしようと拳をあげたが、少し前に【第一艦橋】でまくし立てたような気力などとうに消え失せていた。

 ユリノ艦長……いや監督がショックを受けている理由が分かったとして、自分に何が言えるのだろうか……。

 たかだか17年の人生しか生きていない人間に、説得力のある言葉などつむげる気がしなかった。

 むしろ、あなたのその気持ちは至極まっとうなリアクションなので、このままアニメ制作から手を引いた方が、個人の人生としては幾分かは幸せなのではないでしょうか……と、言うべきだとさえ思ってしまった。

 今の世でアニメを制作するということは、死ぬ心配こそないかもしれないが、茨の道と言う他ない気がした。

 あみADの知るユリノ艦長は、責任感があると同時に優しい人間だった。

 そんな人間だからこそ、艦長で監督であり、そんな人間だからこそ、今の事態に他の誰よりもショックを受けているのだ。

 だからあみADは…………。


「艦長……………あの………ボクは!」

「艦長? また艦長って言った……どったのあみちゃん?」


 一瞬、何か重大なことに気づきかけたあみADは、ミユミの呼びかけにより我に返った。

 今、自分の思考の中で、わずかな矛盾というか疑問のようなものに触れた気がした。

 だがその感覚は我に返った途端に雲散霧消してしまった。

 

「お~い、お前たち…………」


 そんなあみADの耳に、つい先刻聞いたばかりの声が響いた。

 振り返ると、宿舎の廊下を寺浦課長が片手に買い物袋らしきものを下げながら、ゆっくりと歩いてくるところであった。


「伝えにゃならんことがあって【第一艦橋】に戻ったら、キャラ監督しかいなくてな、ワシもここに行くつもりだったんで丁度いいわい……」

「伝え忘れた……って何かあったんですか?」

「な~に心配するほどのこっちゃないよ」


 寺浦課長の言葉に、絵コンテ・演出が心配気に尋ねると、寺浦課長は顔の前で手を振りながら答えつつ、監督の部屋の前までくると、ガチャリとドアを開けた。


「開いたのかい! ……ってわぁぁ!」


 寺浦課長がドアを開けるなり、ドアの裏側から監督の身体が倒れてきて、たまたま近くにした音楽監督は悲鳴を上げながら辛くも受け止めた。


「だ~か~ら~無理するなっちゅうとろうに!」


 寺浦課長は一緒になって監督を受け止めながらぼやいた。

 監督がドアの裏まで来ていたのは想定外だったようだが、監督に何があったのかは既に知っていたようだった。

 そしてそれが何かは、監督の顔を見ればあみAD達にもすぐに分かった。

 監督は明らかに熱っぽい表情でグッタリとしながら唸っていたからだ。


「こいつ今のご時世で風邪をひいたみたいだよ」


 寺浦課長が教えてくれた。










「みんな……ごめ~ん……」


 三人がかりで玄関からベッドへと運ばれた監督は、開口一番弱々しく謝った。


「ほんとに……めっちゃ考えて説得したのに完全ノーリアクションなもんだから、あたし監督に見捨てられたのかと思って焦りましたよ……」

「まぁまぁ……良かったじゃないか、ただの風邪なら」

「風邪って今でもかかるもんなんですねぇ……」

「心が弱っとると、抵抗力が落ちて風邪にかかりやすくなるからの、ワシャ安静にしとれ言うたんじゃがな……」

 監督の額に氷嚢を乗せながらぼやく音楽監督を絵コンテ・演出がなだめ、地上ならではの病である風邪との遭遇に“ケイジ”としてのあみADが驚くと、寺浦課長がそれに答えた。

 ともあれ、監督が今朝【第一艦橋】に出勤してこなかったのは、〈びゃくりゅう〉ショックで心身が弱ったところで、風邪に捕まったかららしい。

 一度監督の自室を訪れてその事実を知った寺浦課長は、見舞い用のブツを調達した後に【第一艦橋】経由でそのことを伝え、再び監督自室を訪れることにしたらしかった。

 結果として多少連絡が滞ったが、大事なかったことであみAD達はほっと安堵した。

 部屋の前を訪れた絵コンテ・演出達を迎え入れようとして、監督は多少余計にダウンはしてしまったが…………。

 これで監督が風邪ではなく、自分の意思で降板とでもなっていたならば、修羅場が待っていたところだった。

 ただの風邪ならば、復帰しだいまたアニメ制作に戻ってくれることだろう。


「ホントにごめんねみんな……心配かけて……あと課長……お見舞い品ありがとうございます……」

「あんまりしゃべるな…………今は眠っておけ」


 横たわる監督の弱々しい言葉に、寺浦課長が答えた。

 監督はその言葉に弱々しく頷くと、かけ布団を顔まで上げようとした。

 が、その手は途中で止まった。


「その……眠る前に課長とみんなに伝えたいことが二つあるの……」


 監督は熱で辛そうながらも真剣なまなざしで言った。


「ごめんなさい……私……私……今作っているアニメ第一話を最後まで作ったら……私……監督辞めます……」


 恐れつつもどこかで予感していた言葉だった。

 聞いていた一同は、静かに一呼吸するだけが精一杯だった。


「……その、もう一つの言いたい事って……なんだ?」


 なんとか気を取り直した絵コンテ・演出は、二話以降の監督辞退に何か言う前に、まずそれを尋ねた。


「それはね……ええ~と……あなた……どちらさま?」


 監督はあみADに視線を向けながら尋ねた。













「まぁ…………無理もないよなぁ…………」

「でもでもでもでも! 監督無しじゃ、たとえパイロット版第一話が成功したって意味ないですよ!」


 監督自室から【第一艦橋】への帰路、絵コンテ・演出の言葉に音楽監督が泣きつくように言った。

 アニメ制作は監督が辞めないことで無事に続けられる……ただし第一話だけ……その事実をどう受け止めるべきなのか、それぞれ歩きながら考えた結果だった。


「まぁ……作ってみたら、後で気が変わるかもしれんがの……」


 寺浦課長はそういう受け止め方だった。

 確かに監督の指揮で第一話までが作られることは朗報であった。

 が、それで安心などできるわけがなかった。

 どちらにしろ、完成した第一話がSSDF上層部のコンペを通らなければシリーズ化にはならないらしいが、どちらにしろ監督無しで第二話以降が作ることが可能とは思えなかった。

 あみADはそれぞれの意見を聞きながら、自分の中での答えを探した。

 最大の懸念は、果たして第一話さえ完成すれば、それで〈太陽系の建設者コンストラクター〉の異星AIからの課題はクリアということになるか? であったが、あみADは自分に課せられた使命とは関係ないところで、すでに答えは決まっていた。

 監督にはこんな形でアニメ制作から離れて欲しくない……そう思っていた。

 そして基地内の廊下を通りながら、つい先刻も見た毎年恒例だという『SSDF立川基地祭』の映像ポスターを再び目にした瞬間に閃いた。

 そして同時に、先ほど監督自室のドア前で思い至った違和感の正体にも気づいた。

 監督が〈びゃくりゅう〉の戦没にここまでショックを受けたのは、

監督がただこの世界・・の住人であるからだけとは思えない。

 監督がユリノ艦長であるからこそ、ここまでショックを受けたとしか思えなかった。

 ならば、あみADには思いつくことがあった。


「課長! 寺浦課長! 意見具申があります!」


 突然大声をあげたあみADに、残る三人がぎょっと振り返った。


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