▼第三章『海中大戦闘』 ♯1
――〈斗南〉ドック内調整中のVS‐806〈ウィーウィルメック〉バトル・ブリッジ――
「あと五、六回回は言うつもりなんだがなぁ…………」
生身の二名および、八名のホログラムクルーふくむ全〈ウィーウィルメック〉クルーが、【プランK】最終準備の為に忙しなく作業を進める中、新たに追加された医療カプセルに、キルスティが今まさに入らんとするところであった。
〈ウィーウィルメック〉クルーに混じり、ここまでの機材の準備を指揮していたノォバ・チーフにそう話しかけられると、キルスティは微かな溜息と共に動きを止めた。
――キルスティがテューラ司令とノォバ・チーフに自身の案を具申してから三日後――
「キル坊よ、どうしてもお前さんじゃなきゃダメなのか?」
「ダメです……少なくとも私以上の適任者はいません……残念ながら」
キルスティがこれまで何度も繰り返されてきた問いに、これまでと同じ答え返すと、ノォバはため息だけでそれに答えた。
パイロット二人が、【
チーフに訊かれたように、他に適任者がいればキルスティとて喜んでこの役目を交代することに異論は無かった。
だが、クィンティルラ大尉とフォムフォム中尉の脳波パターンの比較検討サンプルとして、キルスティの脳波パターンが必要とされたのと同じ理由で、今回もキルスティ自身が〈じんりゅう〉クルーのこの奇妙過ぎる【ANESYS】に参加するしかなかった。
他にこの試みに向かわせられる【ANESYS】適正者が〈斗南〉内にいないから……というだけでなく、キルスティは一応は〈じんりゅう〉の元クルーであったという理由もあった。
【ANESYS】は適正さえあれば、誰とどの組み合わせで行ってもパフォーマンスを発揮できるシステムというわけではなく、超高速情報処理能力を発揮するには、10名前後のクルーの組み合わせの相性が重要になってくる。
キルスティは一時とはいえ、〈じんりゅう〉クルーをこなしてきた身であり、彼女が今〈じんりゅう〉クルーで行われる【ANESYS】に途中から加わることは、他の誰かと比べた場合、相性の上で最良であると言えた。
むしろ全人類の中で、キルスティ以上にこの試みに相応しい人間などいないと言っても良かった。
「チーフ、この三日間でもう存分に検証はしてみたんでしょ?
月の〈メーティス〉もこの考えに賛同してますし、【ANESYS】投入後はアビーも見てくれてます。
覚悟決めて下さい」
「そうだよチーフ~」
「案ずるより産むがやすしっていうよぉ~!?」
「ダメでもともと、うまくいきゃ儲けもんくらいの気分でいこう」
「大丈夫! 死にゃしないって!」
「最悪ウチらみたいになりゃ良いじゃん!」
「チーフびびってるぅ?」
「わたし……チーフの仕事を信じてる! 絶対に信じてるから!」
「……(無言でセルフスローモーション敬礼)……」
キルスティがチーフになんとか言葉を返すと、〈ウィーウィルメック〉のやたらテンションの高いホロウクルーの言葉が次々と後に続き、チーフはフリーズした。
チーフとて、キルスティ以外にやらせたいなどという、自分の望みが叶わないことくらい分かっているのだろう。
それ以上チーフがキルスティを止めようとすることはなかった。
自分達には悩む時間も残されてはいなかった。
超長距離・大質量加減速移送艦〈ヴァジュランダ〉とその姉妹館の〈アラドヴァル〉が、【ガス
【
キルスティの〈じんりゅう〉【ANESYS】投入作戦【プランK】には、アビー……すなわち〈ウィーウィルメック〉の【ANESYS】のサポートが必須であり、開始するならば、〈ウィーウィルメック〉がまだ〈斗南〉にいる今しかなかった。
キルスティがパイロット二人と共に〈ウィーウィルメック〉に来ているのもその為だ。
テューラ司令とノォバ・チーフにこの案を具申して以来、ノォバ・チーフは消極的な反対の態度をとってきた。
理由は……キルスティのような年齢の娘にやらせるには危険過ぎる……という至極常識的なものであった。
それに対し、テューラ司令の方は意外と協力的であった。
もちろん入念な検証と安全確保は厳命したが、明確な反対はせず、今こうして実行の時を迎えようとしている。
キルスティはそこに何か隠し事があるような気がしたが、深く追求するのはやめておいた。
自分で言い出したことだが、いざ実行直前になると、人並に不安は感じるものなのだ。
せっかく苦労して真相を解明し、【
できうる準備だけならば、この三日間で万端に住ませたはずだった。
あくまで出来る準備……思いついたことでことで、実行可能な準備に限るが……。
『こちらの準備終わりました。
キルキルの〈じんりゅう〉【ANESYS】への投入はいつでもOKです』
「……こっちもだ……」
同じく〈ウィーウィルメック〉内へと運ばれた、クィンティルラ大尉とフォムフォム中尉の入ったカプセルの影から、アビーが顔を出しながら報告すると、ノォバ・チーフも渋々続いた。
技術的な問題が一部不明瞭であったが、試みること自体は実行可能な状態となったのだ。
クィンティルラ大尉とフォムフォム中尉の思考は、〈昇電Ⅱ〉の【ANESYS】のデヴァイスを通じ、〈昇電Ⅱ〉のメイン・コンピュータへと通じていた。
だが、当然ながら〈昇電Ⅱ〉には【
それにも関わらず【ANESYS】が維持されているのは、〈昇電Ⅱ〉から飛ばされた【ANESYS】の思考データが、なんらかの〈太陽系の
今回は【ANESYS】のデヴァイスでキルスティのデータ化した思考を、パイロット二人の思考と共に、同じく〈ウィーウィルメック〉に運び込まれた〈昇電Ⅱ〉のコンピュータに送ることで、キルスティを〈じんりゅう〉の【ANESYS】に途中参加させようと試みる。
成功するかはやってみなければ分からない。
失敗すれば、キルスティは【ANESYS】に参加できず、すぐに目覚めるだけだ。
だが結果がそうであれば、まだマシな方かもしれない。
キルスティの【ANESYS】の参加が成功したとしても、クィンティルラ大尉とフォムフォム中尉のように、【ANESYS】に囚われたまま、いつまでも目覚めなくなってしまうことが懸念された。
その場合、外部から安全に目覚めさせる手段は、今の所は発見されてはいない。
「そ…………そういう時の為に、最初っから医療カプセルに入るんじゃないですかぁ」
「そんなの当たり前の準備だ。
…………フンッ、お前さんもいつか親になりゃ俺の気持ちも分かるよ」
チーフに話しかける体で、自分で自分をなだめるかのようにキルスティが言うと、精一杯の技術的フェイルセーフを施したチーフはそう答えた。
キルスティは何かチーフの安心する答えを返してあげたいとは思ったが、何も浮かばなかった。
チーフの言う通りならば、当分の間はチーフの心配する気持ちは理解できないからだ。
キルスティの試みが上手くいき、【ANESYS】への統合が成功し、なおかつパイロット二人のように目覚めなくなった場合でも、医療カプセル内に最初からいることで生命維持に支障はないはずだし、目覚めない合間に、SSDFの対【
いや、キルスティとパイロット二人が問答無用で最前線に行ってしまう可能性があるのは大問題かもしれないが……。
キルスティを〈じんりゅう〉の【ANESYS】へと送り込んでくれる〈ウィーウィルメック〉の【ANESYS】と
だからキルスティは、最低限死にはしないさ! と腹をくくることにしていた。
こういう時、テューラ司令がいてくれればなんだかんだで心強いのだが、【
キルスティに出来るのは、もう【プランK】を実行に移すことだけだった。
キルスティはいつの間にか成長してた肉体に伴い、新調した
「ま、俺がここにいることが許される限りは見守っててやんよ」
『作戦の成功を祈ってますキルキル!』
チーフとアビーにそう言われながら、カプセル内を真上から覗き込まれると、キルスティは一瞬、自分が棺桶に入ったような縁起でもない感覚を覚えた。
『じゃ、キルスティちゃんいい加減はじめっわよ~』
〈ウィーウィルメック〉の副長のジェンコ少佐が、とても軽い調子で告げると、カウントダウンが始まった。
『あ、そうそう私思ったんだけどさぁ~………………
え~と……なんだっけ?』
今まさに〈じんりゅう〉の【ANESYS】へダイブしようという正にその瞬間、視界の隅にふらりと笑われたジェンコ副長に、おそろしく気になることを言われ、キルスティは思わず起き上がりたくなった。
が、すでに始まっていた睡魔にも似た【ANESYS】統合フェイズがキルスティを許さなかった。
『あ、そうそう! 〈じんりゅう〉クルーが、パイロットズを含めて今も全員が【ANESYS】してるっていうけどさ…………あの娘……立川アミちゃんって今どうしてんのかな? ……って
だって彼女は【ANESYS】適正無いでしょ……だから……』
「!」
キルスティは何か言おうとして何も言えぬまま、眠るようにして目覚める不可思議な感覚と共に、恐ろしく久しぶりの【ANESYS】へと没入していった。
キルスティとて
ただ推測のしようもないので、あまり考えてこなかったのだ。
だが、ジェンコ副長の言う通りだ。
〈じんりゅう〉では今、一人だけ【ANESYS】に加わることなく、起きてるクルーがいるはずであった。
『ああじゃキルスティちゃ~ん行ってらっしゃ~い』
キルスティは|ジェンコ副長の軽い見送りの声を聞きながら、
――その〇○○時間前――
『おおっとそうであった!
ワレのことは“ナギ”とでも呼ぶが良い……ダァ~ッハッハッハ――――』
状況にまったくそぐわぬ高笑いを上げるそのホログラムの美女は、現れた時と同様に唐突に途切れた。
それでも突然乱流の中から〈じんりゅう〉の前に現れ、スマートアンカーを用いて艦を力強く牽引してくれた〈ナガラジャ〉は、変わらずに牽引を続けてくれていた。
――【
[〈ジンリュウ〉オヨビ〈ながらじゃ〉、順調ニ乱流圏カラ離脱中、安全圏マデアト約10分]
エクスプリカの報告に合わせ、ケイジはバトル・ブリッジ内の揺れが減少方向に転じていくのを感じた。
〈ナガラジャ〉のア
「た……助かったのか……?」
[ソノヨウダ]
ケイジは焦るなと自分に入念に言い聞かせてから尋ねると、エクスプリカはシンプルに答えた。
機械にしては若干曖昧な答えだったが、今はそれで納得することにした。
一歩間違えば〈じんりゅう〉は、あの巨大掃除機の先っちょに吸い込まれるところだったのだ。
当然吸い込まれたら無事では済まなかっただろう。
この巨大掃除機柱の存在理由はなんとなく推測できたが、今はそれよりも先に気がかりなことがあった。
「エクスプリカ、〈ナガラジャ〉に通信を繋いでくれ!
[モチロン可能ダ]
ケイジの指示に、エクスプリカは心外だとばかりに答えると、すぐに通信用ビュワーに〈ナガラジャ〉バトル・ブリッジの映像が浮かび上がった。
「じじ……〈じんりゅう〉より〈ナガラジャ〉へ、救援感謝します! そっちの状況を知らせて下さい!」
ケイジは〈じんりゅう〉代表として〈ナガラジャ〉に呼びかけることに多少の緊張を感じたが、今はそれどころではなかった。
映像で確認する限り、〈ナガラジャ〉バトル・ブリッジ内のクルーは、【ANESYS】からの覚醒の最中なようであった。
当然経験は無いが、【ANESYS】を終えた時は眠りから目覚めるような感覚なのだという。
〈じんりゅう〉級三隻が【
つまり〈ナガラジャ〉はムカデ・グォイド相手の三隻同時【ANESYS】からまだ再【ANESYS】が可能にはなっていないはずだった。
おそらく、それでも〈ナガラジャ〉は、合流しようと探していた〈じんりゅう〉の窮地を知り、無理に【ANESYS】を使用して助けてくれたのだ。
先刻の〈ナガラジャ〉のア
そうでなくてもユリノ艦長以下の〈じんりゅう〉クルーが目覚めないという気がかり極まりない現象のこともある。
〈じんりゅう〉と違い【ANESYS】が終わったことは確かなようだが、〈ナガラジャ〉にも何か起きていてもおかしくない。
ケイジは真っ青になりながら〈ナガラジャ〉に呼びかけ続けた。
[〈じんりゅう〉へ、心配しなくてもこっちは大丈夫ダヨ]
『んん? あぁアミちゃんか…………いつからあなたが通信担当になったのぉ?』
ケイジの呼びかけに、〈ナガラジャ〉搭載のエクスプリカ・ダッシュに続き、若干寝ぼけたようなアイシュワリア艦長の声が返ってきて、ケイジは安堵のあまりどっとシートに身を沈めた。
ビュワーの彼方では、アイシュワリア艦長以下の〈ナガラジャ〉クルー達が、頭部を覆う【ANESYS】用デヴァイスが収納されていくのと同時に目覚めていくのが確認できた。
「エクスプリカ、向こうのエクスプリカに〈じんりゅう〉の現状を報告!」
[ソレナラ〈ながらじゃ〉ガ牽引スルノト同時ニモウヤッタ。
向コウノくるー達ハ【ANESYS】デ〈ジンリュウ〉ニ何ガアッタカ一通リ理解シテイルハズダ]
「……マジかよ……」
ケイジは機械と【ANESYS】の便利さに、今さらながら少し驚いた。
『ああ〈ナガラジャ〉より〈じんりゅう〉へ、そっちのおよその状況は把握しているわ。
今はあなたが艦長代理なのね……』
「艦長代理……」
『諸々の問題は今はほっといて、とりあえず安全圏への脱出を優先しましょ!
デボォザ! 良きにせい!』
『アイアイプリンセッ!』
ケイジの心配を他所に、いつもの調子全開のアイシュワリア艦長の通信は、ケイジが『艦長代理』というワードに衝撃を受けている間に、〈ナガラジャ〉クルーへの指示に変わり、そのまま映像は途切れた。
[〈ながらじゃ〉ハくるー、船体共ニ健在ナヨウダ。
タダ、今ノ【ANESYS】デ判明シタコトダガ、ドウモ連中モ【ANESYS】デ
向コウノ
「……マジかよ」
シートに沈むケイジに、受け取った〈ナガラジャ〉のこれまでの行動をエクスプリカが説明した。
「向こうにも色々あったんだなぁ……」
[アアア、ソレカラけいじヨ、タッタ今最新ノ情報ガ入ッタゾ!]
しみじみ呟いていたケイジは、エクスプリカのその報告に、緊張感が宿っていることにすぐに気づいた。
[墜落地点カラココニクルマデニ、〈ながらじゃ〉ガ海上ニ放ッテオイタぷろーぶガ、本艦ニ接近スル複数ノ物体ヲ確認シタラシイ]
「なんだって!!」
[ソノ物体ハ例ノ黒イ柱上部カラ発進シタト思ワレル]
「ちょっとまて……ってことは……」
[ソノ物体ハコノ海ノ上空カラヤッテクル]
エクスプリカは告げた。
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