▼第三章『海中大戦闘』 ♯2


 プローブによる【インナー・オーシャン】の索敵と警戒は、ここの〈じんりゅう〉が着水した瞬間から、ケイジとて考えなかったわけではなかった。

 ただ、重力下かつ海上という通常の使用空間とはまったく異なった現場で、すぐに使用可能なプローブなど〈じんりゅう〉には積んでいなかったのだ。

 そうでなくてもケイジ以外のクルーが【ANESYS】から目覚めない今、既存のプローブを調整して使うにしても、純粋に手が足りなかった。

 ケイジにそれを可能とする知識やスキルがあったとしても、艦長代理を務めるのに精一杯で、今まで他のことなどできはしなかった。

 そしてつい一時間程前まで太陽表層で行っていた【ヘリアデス計画】とムカデ・グォイドとの戦いで〈じんりゅう〉のプローブは消費されており、残り少ないプローブは慎重に使う必要があった。

 だが〈ナガラジャ〉はそうでもなかったらしい。

 この海でどうやってプローブを使用可能にしたのかすぐには分からなかったが、〈じんりゅう〉と違い、〈ナガラジャ〉はクルーが健在で、残存プローブに余裕があったならば可能だったのだろう。

 〈ナガラジャ〉が有大気惑星である火星圏や木星圏を主な活動エリアにしてきたことも、〈ナガラジャ〉がプローブを使えたことと関係あるに違いない。

 そして〈ナガラジャ〉は、【ガス状巡礼天体ガスグリム】内の調査索敵と、一番近くに墜落したはずの〈じんりゅう〉を発見・合流する為にプローブの使用に踏み切ったのだ。

 ケイジはほんの一瞬でそんなことを想像していたが、事態はそれどころではなかった。


「今空から何か来るって言った? 空から来るって…何が!?」

[マダワカラン!]


 〈ナガラジャ〉が放ったプローブが、上空から来る複数の何かを捉えたというエクスプリカの報告に、一瞬我が耳を疑ったケイジは思わず訊き返したが、エクスプリカの答えは簡潔だった。

 

『ああ〈ナガラジャ〉より〈じんりゅう〉、すでに知ってると思うけど、お客さんが来たみたい。

 何か来るかは分からないけど、何が来るにせよ、とりあえず〈ナガラジャ〉はアナタ達を引っ張りながら潜航させることにするわね!』


 そこへさらにアイシュワリア艦長の通信音声が飛び込んでくると、ケイジは「お、お願いしま~す!」と即答する以外なかった。

 今の〈じんりゅう〉は機能不全状態もはなはだしく、またケイジがアイシュワリア艦長の立場でも同じ判断をしていたからだ。

 エクスプリカはワカランと答えていたが、【インナーオーシャン】の上空とは、ガス雲で隠された【ガス状巡礼天体ガスグリム】の中心部方向からということだろう。

 これまで得た情報が確かならば、そこにはグォイドの本拠地施設があるはずであり、〈じんりゅう〉と〈ナガラジャ〉の今いる位置のすぐそばからは、先刻から乱流により艦を激しく揺さぶっている元凶の巨大な黒い柱が、今も海底をさらいながら移動しつつ、その上部を張るか上方に伸ばしてガス雲へと消えている。

 件の飛行物体はその柱の上部から来たのだという。

 ならばつまり接近中の物体は、突然【ガス状巡礼天体ガスグリム】へと侵入してきた〈じんりゅう〉級三隻に、対処するために放たれたグォイドだと考えるべきだった。

 【ガス状巡礼天体ガスグリム】内に侵入した〈じんりゅう〉級三隻に、ここに巣食うグォイドが気づかないわけがなく、いつかは対処される時がくるとは思っていたが、その時がついにきたのだ。

 自分がグォイドの立場ならそうするし遅すぎるくらいだとケイジは思った。

 だが同時にケイジは、エクスプリカの報告に猛烈な違和感を覚えていた。


「有大気重力下を飛ぶグォイド…………」

『気になるよね~』


 ケイジが言い知れぬ違和感を覚えながら我知らずそう呟くと、それを繋がったままの通信回線で聞いていたアイシュワリア艦長が同意した。

 そしてケイジがエクスプリカに「プローブのカメラ映像を見せてくれ」と言うのとほぼ同時に、〈ナガラジャ〉でアイシュワリア艦長が同じことを命じるのが聞こえた。

 直後にビュワーに映された映像は、基本的に、画面一杯の銀色っぽいガス雲だけであった。

 

[あんのうん飛行物体、数六、現在海面ヨリ高度2000m。

 我々カラノ水平距離約80キロ。

 現場デ本艦上空到達マデ約6分]


 ケイジの目には見えなかったが、エクスプリカにはその位置が正確に分かっているらしい。

 そして間もなくビュワー画面内に、アンノウン・オブジェクトと表記の上でマークされた件の飛行物体が、小さな黒い点となってケイジにも確認できた。

 最初それは、プローブが浮かぶ海上の波の動揺が激し過ぎて、画面の上下を激しく行ったり来たりしていたが、それはやがて補正され安定した映像となった。

 そして画面内の黒い点は時間経過と共に数を六つに増やし、猛烈な速度で接近するのにあわせ、やがて黒い点から蝙蝠なのような左右対称の翼のようなシルエットへと変化していった。


『よし! 当該アンノウン・オブジェクトを暫定コウモリ・グォイドと呼称することにする!

 艦の水中推力をゆっくり上げて! 今はともかく距離をとるわよ!』


 アイシュワリア艦長の指示が聞こえる。

 ケイジはいきなり決められた新種のグォイドの呼び名に、多少思うところが無くもなかったが、そのあとの判断にはケイジも大賛成だった。

 飛行する敵グォイドに対し、水中を進む〈ナガラジャ〉〈じんりゅう〉の速度はあまりにも遅い。

 〈ナガラジャ〉もまた、〈じんりゅう〉と同様にUVシールドの形状を能動的に変化させ続けることで、前身推力を得る水中航行方法を行っていた。

 おそらく〈じんりゅう〉と同じ様に考え、その結論に至ったのだろう。

 この航法は水中にしては速度も出せる割に、静穏性にも優れているはずであった。

 アイシュワリア艦長がただ加速を命じたのではなく“ゆっくり”加速せよと命じたのは、急加速によって意図せぬ音を発し、〈ナガラジャ〉と〈じんりゅう〉の位置がばれないようにするための配慮だろう。

 が、〈ナガラジャ〉と〈じんりゅう〉の位置は、墜落時にすでに大まかにだが把握され、それからこの水中航法を実現するまでの愛に発した音により、現在のおおよその位置が把握されている可能性は大いにあった。

 あの海中を移動中の黒い巨大な柱が、〈ナガラジャ〉〈じんりゅう〉の存在を察知し、聞き耳を立てている可能性がある。

 それに黒い巨大な柱が海底を擦る際の甲高い音が、アクティブソナーの代わりとなって、〈ナガラジャ〉〈じんりゅう〉を発見していたとしても不思議ではない

 ……でなければ、そもそもあの空飛ぶグォイドが現れることも無いだろう。

 ケイジはハッして、水中使用になった総合位置情報図スィロムを確認した。

 〈ナガラジャ〉の放ったプローブは有線方式であり、〈ナガラジャ〉艦尾から伸びるケーブルで牽引された状態で〈ナガラジャ〉と〈じんりゅう〉の間の水上に浮かんでいた。

 どうやら〈ナガラジャ〉のプローブは、翼か何かを有しており、〈ナガラジャ〉に引っ張られる力を凧のように上方に行く力に変換し、沈むことなく海上に浮かび続けているらしい。

 幸いにもケーブルの長さにはまだ余裕があり、潜航を続けていても、プローブからの映像が途切れることはなかった。

 ……というより、本来宇宙船である〈ナガラジャ〉と〈じんりゅう〉の潜航限界深度に対し、宇宙用有線プローブのケーブル長が有り余ていると言った方が正しいかもしれない。

 問題は、例の飛行グォイドが〈じんりゅう〉級二隻を迎撃するために飛来してきたのだとして、その手段と対処方法であった。

 ケイジはビュワー画面に目を凝らし、コウモリ・グォイドを観察し続けた。

 これまで数々のグォイドとの戦いを経てきたケイジの本能が、猛烈な違和感を覚えさせていた、その違和感の正体を突き止めるために……。






 すでに明確なシルエットやディティールが分かる程に、コウモリ

グォイドは接近していた。

 謎の悔しさを感じるが、コウモリ・グォイドはそれ以外の呼称は考えられないような姿をしていた。

 ようするに巨大な左右対称の黒い翼だ。

 紙飛行機な鋭い三角形ではなく、横長の逆三角形に近いシルエットをしている。

 ただし鳥のような羽毛は泣く、表面はなめらかで、体表は他のグォイドと同じ様に黒地に極彩色の紋様が入っている……ゆえにコウモリ……じゃなきゃ蛾の親戚に見えて仕方がない。

 ビュワーに映る情報が正しければ、そのサイズは〈昇電〉や〈セーピアー〉等のSSDF製飛宙艦載機の倍くらいの全長全幅がある。

 いわゆる飛行機にしては速度が遅い気がするが、それは単に向こうが急いでいないか、その必要が無いだけかもしれなかった。

 ケイジの知る飛行機に存在するジェットエンジンや、プロペラのなどの推進機構は、見た限り発見できなかった。

 ひょっとしたら翼それ自体が、推進と飛行を司っているのかもしれない。

 中央の胴体に相当するパーツは、存在しないか翼と一体化していて確認できない。

 ただ猛禽類の脚部のような、折りたたまれた骨のような何かが中央に一対並んでおり、それによって見慣れたものが吊るされているのが確認できた。


『ねぇデボォザ、アレってひょっとして…………』

『ミサイルの類に見えますね姫様』


 同じものを見ていたらしい〈ナガラジャ〉バトル・ブリッジからの艦長と副長の会話が聞こえた。

 確かに、コウモリ・グォイドが脚部に吊り下げている、体長と同等のサイズ先端の丸っこい円柱状の物体は、宇宙でグォイドと戦ってきた人間にはUV弾頭ミサイルの類にしか見えなかった。

 だがケイジは、このシチュエーションであの物体がミサイルであることなどあり得ないと分かっていた。

 確かにミサイルの類ではあったが、もっと相応しい呼び名があった。


「魚雷だぁ~っ!!!」


 ケイジは思わずナチュラルに立川アミ女子っぽいっぽい金切り声をあげた。










 

[こうもり・ぐぉいど、懸架シテイタ物体ヲ投下! 着水!

 投下サレタ物体、数六、潜航シツツ本艦ニ向カッテ高速デ移動ヲ開始!]


 瞬く間にコウモリ・グォイド六機の内三機が〈ナガラジャ〉〈じんりゅう〉の上空を、追い越し、真上から見て二隻を六角形に包囲する形になった途端、エクスプリカが告げた。

 ケイジは総合位置情報図スィロムを睨みながら、その報告が意味することを理解し絶句した。

 六機のコウモリ・グォイドによって、〈ナガラジャ〉と〈じんりゅう〉はあっさりと前方左右後方すべてから魚雷を投下され、退路を失ってしまったのだ。

 〈ナガラジャ〉ブリッジからも、事態の深刻さを理解し、アイシュワリア艦長らが息を呑む様子が伝わってきた。

 同時に、キョワンキョワンというかつて聞いたことの無い連続音が絶え間なく聞こえてきた。

 『この音はなに?』というアイシュワリア艦長に、むこうナガラジャのエクスプリカ・ダッシュが[おそらく探信音ダネ]と答えるのが聞こえた。


「こりゃアカン…………」


 ケイジはそう呟くことしかできなかった。

 コウモリ・グォイドが投下した物体は、水中特化型のミサイル……いわば“魚雷”であった。

 つまりこの【インナーオーシャン】の海中で、最も目標撃破に効果的な兵器である。

 ケイジの映画などで見た記憶が確かならば、魚雷は自前のアクティブソナーから探信音を発し、標的から反射されてきた音から目標の位置を把握し、自動追尾してくるという。

 その目標への接近速度は、当然ながら〈ナガラジャ〉〈じんりゅう〉を大きく上回るであろう……なにしろ水中に合わせて生み出されたものなのだから……。

 本来は航宙艦であるはずの艦が無理やり水中を進んでいるだけの存在に、速度で負けるわけがなかった。


[魚雷六たいみんぐヲ合ワセ〈ながらじゃ〉〈じんりゅう〉全方位から同速度で接近中! 推定到達時間オヨソ4分後。

 一方こうもり・ぐぉいど六機ハ、投下位置カラ元来タ方向ヘ離脱、帰還スル模様]

 

 エクスプリカの情け容赦のない報告。

 悔しいことに、六匹のうち、五匹のコウモリ・グォイドは魚雷を落とすなりさっさと発進した基地か何かへと帰っていってしまった。

 魚雷を投下したなら残っても意味はなく、残る一匹は戦果確認なのかもしれない。

 そして接近中の魚雷は、近くに投下された順番に一基ずつ接近するのではなく、一度に六発が同時に到達するようコントロールされているらしい。

 その方が確実という判断なのだろう。

 確かに近い順から一基ずつ接近し起爆した場合、前に起きた爆発音により、後続の魚雷の接近が妨げられかねない。

 それよりも六発の魚雷が一度に起爆した場合の方が、たとえ標的から距離が離れていても、増大した水中衝撃波による撃破が狙える。

 ケイジはすでにチェックメイトをされた気分になった。

 〈ナガラジャ〉のバトル・ブリッジでも、ケイジと同じようにアイシュワリア艦長が真っ青になっているに違いない……ケイジは勝手にそう思っていた。

 が…………


『ねぇ私思うんだけどさぁ、あのコウモリ・グォイドってさ、うちら包囲したけど、そこまで正確に位置は把握してなくない?』

『確かに、位置を把握していたならば、最初からもっと範囲を絞ったピンポイント魚雷攻撃が可能だったように思います。

 ……とはいえ、結果的に本艦は窮地に陥っている異常、敵の選択は正しかったと言えるわけですが……』


 アイシュワリア艦長の言葉に、副長のデボォザ少佐が即座に答えた。


『これ仮に私ら単艦だったら、ギリギリ逃げれるよね』

『はい、我が艦の今の推力とUVシールドを持ってすれば可能かと』

[……というか今の〈じんりゅう〉が重すぎるんだネ。

 〈じんりゅう〉のオリジナルUVDが使用可能だったら、加速潜航して逃げられるんだけれドナ]


 〈ナガラジャ〉の艦長・副長の会話にエクスプリカ・ダッシュが加わり、ケイジは話の流れが怪しげな方向に変わった気がしたが、止める勇気は無かった。

 今の〈じんりゅう〉はオリジナルUVDが使えず、推力が出せないことも問題だが、UVシールド強度が出せず、潜航深度に限界があることが問題だった。

 仮に迫りくる魚雷に対し、〈ナガラジャ〉に引っ張られながら深海深く潜航しようと思っても、魚雷の前に水圧に負けて圧壊轟沈することだろう。

 仮に魚雷の爆発深度よりも低く潜航できたとしても、その後おきる魚雷の爆発の衝撃派で上方から押し下げられ、結局は水圧限界深度に追いやられて圧壊するはずだ。

 それに対し、主機関をオリジナルUVDに換装した〈ナガラジャ〉ならば、この窮地であってもパワアップした推力とUVシールドで力任せに脱することは可能だろう。

 つまり今の〈じんりゅう〉は、〈ナガラジャ〉にとって足手まといと言われても仕方なかった。


「あの~…………アイシュワリア艦長?」

『仕方無いですね姫様……片方が生き残るか、双方共倒れになるかであれば、どちらを選ぶべきかは明白です』

[なんにせよ、早めに判断した方が良いネ]


 ケイジが恐る恐る声をかけたところで、言わんとしたことをデボォザ副長が言ってしまい、さらにエクスプリカ・ダッシュの声が重なるとケイジの声を出す勇気は萎んでしまった。

 もちろん、ユリノ艦長以下の〈じんりゅう〉クルーの命を預かっている立場で、〈じんりゅう〉を見捨てて〈ナガラジャ〉は逃げてとは言いたくはないが、他に選択肢など思いつかなかった。

 だがしかし…………


『よし決めた! 

 プローブを囮にする!

 大至急プローブに、囮として目立ちまくりながら潜航するよう自動航法プログラムを入力。

 〈ナガラジャ〉は〈じんりゅう〉を牽引したまま、プローブのケーブルを切り次第、静穏航法前回で浮上する!』

『え…………』


 話の流れをまったく無視したアイシュワリア艦長の指示に、一瞬〈ナガラジャ〉バトル・ブリッジに沈黙が流れた。

 が、アイシュワリア艦長が凄い剣幕で『ただちにかかりなさい!』

と怒鳴ると、デボォザ副長は『アイアイ・プリンセス!』と答え、アイシュワリア艦長の指示は実行に移された。

 結局ケイジに出来たことは、その直後に始まった艦の上昇Gに、ひじ掛けをしっかり握っていることくらいであった。







 アイシュワリア艦長の作戦は、コウモリ・グォイドおよびそれが放った魚雷が、必ずしも〈ナガラジャ〉〈じんりゅう〉の位置を正確には把握しておらず、それゆえに六発の魚雷を広範囲で投下し、必ずその範囲内にいるようにした上で同時起爆し、〈ナガラジャ〉〈じんりゅう〉を六発分の衝撃波で確実に沈めようとしている……という推測から考え出されたものであった。

 〈ナガラジャ〉と〈じんりゅう〉が行っているUVシールドを用いた水中推進方法は、アクティブソナーを受けても、UVシールドで探信音を吸収して反射させないことに成功すれば、位置を発見されずにいられる可能性があるのだ。

 当然ながら、彼女のこの推測が間違っていた場合、〈ナガラジャ〉〈じんりゅう〉とその中のクルーは即あの世行である。

 その推測の正否はすぐに知ることができるはずであった。

 敵魚雷六発の接近にともない、ブリッジに響くキョワンキョワンというグォイドの探信音のボリュームが増してきたからだ。

 海上にいたプローブが、事前に施されたプログラムに従い、急速潜航を開始し、UVシールドを展開しているわけではないプローブが、魚雷のアクティブソナーにより発見され、囮としての効果を発揮し始めたからだ。

 問題は、降下するプローブ対し、浮上せんとする〈ナガラジャ〉〈じんりゅう〉がすれ違う瞬間であった。

 その瞬間がもっとも魚雷の近くを通ることになり、その瞬間に魚雷に起爆されれば……その時点で〈ナガラジャ〉〈じんりゅう〉は沈むことになる。


[魚雷群とト我ガ方ノ深度、間モナク交差スル]

「…………南三……」


 エクスプリカの実況を聞きつつ、総合位置情報図スィロムを睨みながらケイジは思わず呟いた。

 その瞬間は、数秒後にキョワンキョワンという魚雷探信音のボリュームが、上昇から低下に転じたことで分かった。


「…………かわしたのか?」

[……多分……ナ……ソレヨリモ――]


 さらに数秒待ってからケイジは思わず小声で尋ねたると、エクスプリカが曖昧に答えようとしたが、最後まで聞くことはできなかった。

 濁った重たい轟音が、足元から響いてきたからだ。


『推力最大! 総員衝撃に備えぃっ!』

 

 叫ぶアイシュワリア艦長。

 彼女の推測とギャンブルに近い選択は成功した。

 〈ナガラジャ〉と〈じんりゅう〉は無事に、潜航する魚雷をかわし、その爆発は二隻の遥か下方で起きた。

 だが、それで終わりでは無かった。

 真空宇宙と違い、水という物質で満たされた海中で発生したUV弾頭ミサイル六発分の爆発は、衝撃波となって広範囲に伝播する。

 これが上方で発生した爆発ならば、耐圧限界深度に押し下げられる心配をせねばならないところだったが、幸いにも魚雷は〈ナガラジャ〉〈じんりゅう〉のはるか下方で起爆した。

 だから深海に追いやられる心配は無いはずだった。

 新たにそれとは別の心配の必要があった。

 ケイジは下方からバトル・ブリッジの床を揺さぶるようにして、魚雷爆発の衝撃波が到達したのを感じた。


『あれ……ちょっと……上がり過ぎちゃうんじゃない?』

『それはそうでしょう姫様、上昇中に下から衝撃波を受けたのですから!』


 〈ナガラジャ〉から、どこか緊張感に欠けるアイシュワリア艦長の問いに、デボォザ副長が静かに焦りながら答えた……ような気がした。

 その会話を聞きながら、ケイジもまたアイシュワリア艦長の言葉に同意した。

 前方メインビュワーの彼方で、無数の歪んだ菱形の集まった波模様でできた天井が迫ってきていたからだ。

 〈ナガラジャ〉と〈じんりゅう〉は、衝撃波にのって海上へと出ようとしていた。





 戦果確認のために、魚雷投下位置上空を旋回中だったコウモリ・グォイドは、下方の海面一体・半径約1キロのエリアが急激に白く濁りだしたかと思うと、その水面がじわりと半球状に盛り上がり、次の瞬間盛大に弾け、真っ白な水柱が立ち上がるのを確認した。

 それこそが魚雷の爆発エネルギーが海面に達した際の現象であった。

 コウモリ・グォイドは特に感慨もなく、魚雷攻撃の成功を確信した。

 が、それは誤りであった。

 迸る水柱の中から、攻撃目標物とおぼしきオレンジと白の艦二隻が斜め上方に飛び出したかと思うと、弧を描いて海面に着水、魚雷爆発の水柱にくらべればはるかにささやかだが、それでも盛大な水飛沫を上げながら再び海中深くに潜航していったのだ。

 その光景を目撃していたコウモリ・グォイドは、直ちにこの事態を己の上位存在に連絡した。









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