第二章『バンド・オブ・シスタース』 ♯1
GN‐XXX‐2027特装実験戦艦〈
そして〈
【ANESYS】と呼ばれるその戦術思考統合システムは、すでに〈びゃくりゅう〉で実用化され、〈じんりゅう〉や〈ファブニル〉〈ジュラント〉の〈じんりゅう〉級戦艦で実践使用が開始されていたが、〈
いかに実戦で無視できぬ程の戦果を上げたとはいえ、決して多くはない割合でしか発見されない適正ある少女達が、相性の良い組み合わせとなった時にのみ、たった6分程しか使えず、必ずしも望みうる能力を発揮するとは限らない【ANESYS】は、研究と実験を行う余地がまだ充分以上にあると判断されたのだ。
〈ステイツ〉は自陣営内で発見された【ANESYS】適正者を各〈じんりゅう〉級戦艦に派遣する一方で、〈ステイツ〉出身の【ANESYS】適正者のみで構成されたブリッジクルーで運用される艦〈
他の国家間同盟からの干渉を、一切受けることなく自在に使えるコマとして。
「イアペトゥスでフライバイだと!?」
大艦隊を率いて土星圏グォイド本拠地へ攻め込むつもりが、逆に実体弾投射砲によって殲滅される危機が迫る最中、〈
――〈
「敵実体弾集団、着弾します!」
電測員の報告とほぼ同時に、接近が報告されていた新たなる敵実体弾の群れが、ビュワーの彼方で複数の僚艦を吹き飛ばし、さらにバトルブリッジを揺さぶった。
続いて次々とクルーからの損害報告が届く。
幸い〈
「艦長、後方補給艦部隊・護衛戦隊旗艦〈じんりゅう〉は、【ANESYS】による
〈
唯一無二の選択肢に思えた。
ジェンコは〈じんりゅう〉より送られてきたプランを瞬時にそう分析した。
もちろん、これまでの宇宙戦闘の常識から言えば無茶も甚だしい。 だが、状況からいって無茶でも実行せねば破滅が待つだけであった。
それに【ANESYS】でしかできない、【ANESYS】だからこそ実行できる撤退プランであった。
土星圏グォイド本拠地攻撃作戦の失敗が決定した今、速やかな撤退が急務であったが、宇宙でUターンをするのは簡単ではない。
しかし、何かの天体重力を利用すれば、速やかに進行方向を180度変えることも可能であった。
とはいえ本来は、実行しようと思ってすぐできることではない。
入念な計算や準備が必要なはずであったし、〈じんりゅう〉単独ならばともかく、戦術的機動の想定されていない補給艦部隊の艦全てに、同じようにフライバイを行えというのは無茶だ。。
だが【ANESYS】の超高速情報処理能力を用いて、補給艦を
それでもフライバイを行う為には、衛星イアペトゥスにも当然存在するであろうグォイドの迎撃設備の攻撃を、艦隊は潜り抜けねばならない。
だが、それでも補給艦部隊にあたえられた選択肢の中で、これが最も人類圏への生還の可能性が高いことが、ジェンコには瞬時に分かった。
「艦長、〈じんりゅう〉による補給艦部隊の撤退プランを、殴り込み艦隊旗艦
〈じんりゅう〉は直ちに【ANESYS】を起動、イアペトゥス・フライバイ・ターンを慣行する模様です!」
ジェンコの結論を待つまでもなく、通信士からの報告と同時に、土星圏を描いた
艦隊旗艦
補給艦部隊の全てが無事に生還の途につけるとは思えないが、これで少なくとも半数は故郷へ帰れるだろう。
ジェンコは去り行く補給艦部隊の
だが当然ながら、問題の全て解決したわけではない。
補給艦部隊がイアペトゥスのフライバイという手段が使えたのは、補給艦部隊が、土星圏グォイド本拠地殴り込み艦隊の最も後方の離れた位置におり、まだイアペトゥスの手前、土星圏の外側にいたからだ。
ジェンコ達の乗る〈
つまり自分達はイアペトゥスによるフライバイ・ターンは行えない。
だから殴り込み艦隊本隊は、理屈からいけばイアペトゥスより土星圏の内側にある衛星でフライバイ・ターンを行うしかなかった。
しかしそれは――――
「殴り込み艦隊旗艦
ジェンコが具申するまでもなく、通信士が告げてきた。
土星圏グォイド本拠地殴り込み艦隊本隊が生き延びる術があるとしたら、進路前方にあり最も近い衛星エンケラドゥスを使ってフライバイ・ターンするしかない。
だが――
「敵実体弾集団、新たに接近中! 発射元は……エンケラドゥスです!」
電測員の報告が、無情な現実をブリッジに伝えた。
「え~っと~……ちょっと整理させて下さい。
つまりジェンコ副長がボクをここに連れてきた理由は…………ボクが【ANESYS】適正者ではなく、なおかつこれまで【ANESYS】を外から見てきた経験があることから、ここの皆さんの【ANESYS】を見て有用な意見が聞ける……かもしれない……ってのと、そのぉ……そちらの【ANESYS】の
「そ」
借りてきた猫のように縮こまりながら問う〈じんりゅう〉機関長の少女に、ジェンコは簡潔に答えた。
彼女は驚くと同時に、まったく納得がいっていない顔をしていたが無理もない。
アミ一曹の唇が声にはならないが、「ホントにぃ?」と呟く形に動いたのをジェンコは見逃さなかった。
ジェンコ自身、説得力の無い説明だと思っていた。
〈ウィーウィルメック〉の【ANESYS】が
驚くのも無理はない。
ジェンコ自身、
つまり部外者でこの事実を知るのはアミ一曹が最初だ。
むしろ、そんな理由や裏事情さえ説明されずに、よくここまでついて来てくれたと彼女に感謝すべきだろう。
だが――
「……ってことは、以前何かの目的で行った【ANESYS】の後に、何がしかの
「そうだよ」
「いったいどんなのが……どんな形でそのメッセージは残っていたんですか?
そもそもいつ、何を求めて行った【ANESYS】でそんな答えが出たんですか?
っていうか、〈ウィーウィルメック〉の【ANESYS】も
立川アミ技術一等宙曹は、ここまでついて来たからといって、さっさとこちらの要件を済ませて帰ろうなどというつもりはなく、気になったことへの質問を我慢するつもりもないようだった。
ジェンコは大きくため息をつくと、できるかぎり答えることにした。
「…………話せば長くなるかもよ?」
そう注釈を入れるのは忘れなかった。
〈ステイツ〉もまた、他の国家間同盟と同様、同時期に〈日本〉が〈びゃくりゅう〉と〈じんりゅう〉で得た【ANESYS】のノウハウと、〈じんりゅう〉の設計に関する技術供与を受け、独自の〈じんりゅう〉級航宙戦闘艦の建造を決定した。
〈ステイツ〉だけが〈じんりゅう〉級を保有しないことで、他の国家間同盟に後れをとることは許されなかった。
また、土星圏グォイド本拠地攻撃計画の歴史的失敗を埋め合わせるには、たとえ【ANESYS】や〈じんりゅう〉級の有用性に多少の不満はあれども、利用できそうなものはなんであれ活用せねばならなかった。
……にも拘わらず、〈じんりゅう〉級航宙艦の中でもっとも最後に就役したのは、すでに得るこは不可能なファーストペンギンの特権を諦め、他の国家間同盟の出方を十分に伺ってから最も対グォイド戦に有効な〈じんりゅう〉級航宙戦闘艦を求めたからだ。
だが、〈ステイツ〉の〈じんりゅう〉級のデビューが遅れた最大の理由は、そのクルーに選ばれた少女たちによる【ANESYS】にあった。
〈ステイツ〉は〈
そして時は過ぎ【木星事変】の終わり、木星より放たれ水星へと向かうグォイド。スフィア弾の迎撃時に、〈ステイツ〉は〈ウィーウィルメック〉の投入を決断した。
「ひょっとして…………」
「先に言うわ、その通りよ」
「まだ何も言ってませんけど…………」
「私達は【ANESYS】を用いて、あなた達〈じんりゅう〉が木星で発見・回収したオリジナルUVDを実体弾代わりにして、グォイド・スフィア弾を破壊することを予測していたの。
そして放たれたオリジナルUVDを回収するのに、最も適した行動をとったわけ」
「………………凄いっすね」
ジェンコは蔑まれても仕方がない行動だとは思ったが、アミ一曹は静かにそう呟いただけだった…………内心思うところはあったかもしれないが……。
ジェンコはアミの反応については何も言わないでおいた。
もちろん、口で言う程簡単な所業では無かった。
〈ウィーウィルメック〉の【ANESYS】が、〈じんりゅう〉の回収した木星オリジナルUVDを横取りできたのには、まだアミに伝えることのできない事実があった。
木星オリジナルUVDが回収できたのは、木星から〈じんりゅう〉がグォイド・スフィア弾を追いかけてくるよりも、ずっと前であったなどとは……まだ言えなかった。
ジェンコは重大な事実をいくつも隠しながらアミに説明することに、人間らしい罪悪感を抱かずにはいられなかったが、今は彼女の説得を優先させた。
【木星事変】から二カ月弱が経過し、全人類が震撼した『
状況から考えれば【ANESYS】を使うのは当然の判断だ。
〈ウィーウィルメック〉の【ANESYS】の
〈ウィーウィルメック〉……つまり〈ステイツ〉だけが保持していた〈アクシヲン三世〉や、その他諸々の機密情報を、【ANESYS】が加味した結果と思われる。
そしてその【ANESYS】の終了後に、〈ウィーウィルメック〉の
『大至急〈じんりゅう〉臨時機関長立川あみ一等宙曹ト、
「…………ってなわけよ……わかった?」
ジェンコが頭を捻って可能な限り端的に話すと、背後で待つだけだったブリッジクルーらが何度も頷いた。
ジェンコは改めてアミ一曹の顔を伺ったが、彼女が今の説明で納得いったのか、いかなかったのかは、わざわざ訪ねるまでもなく分かった。
若干の……極めて若干のハプニングはあったものの、キャスリン艦長とセヴューラ少佐、および〈ウィーウィルメック〉の新型ヒューボによる〈じんりゅう〉の臨検は、順調に進んでいった。
主な目的は、この【ウォール・メイカー】によって再生された〈じんりゅう・テセウス〉から、破壊されたはずの元の〈じんりゅう〉との差異を見つけることであったが、それは今この場で答えが出るような問題ではなく、船体各部からヒューボ達がサンプル採取するだけで精一杯であった。
本格的な検査と結論は、地球圏宇宙ステーション〈斗南〉に帰還した後、そこの機材を用いて行われ、答えが出されることだろう。
サティの処遇も、今となっては頭の痛い問題だが、これまでの人類への彼女の貢献を考えれば、悪いようにはならないはずだ……とテューラ司令からのメッセージにはあった。
そうであれば良いのだが…………今日のキャスリン艦長とセヴューラ少佐の、サティとの出会いが、後で悪い影響を及ぼさないか……ユリノは彼女らにサティがトラウマを与えていないかが気がかりだった。
シズのリミッター解除事件で一時てんやわんやになったが、主機関室の新たなオリジナルUVDの確認も無事に終わった。
元は【ウォール・メイカー】そのものであった疑惑のある物体であり、理屈からいけばこのオリジナルUVDにも異星AIが宿っている可能性があったが、今のところその存在は確認されていなかった。
表面にらせん状に刻まれた紋様が異なる以外、〈アクシヲン三世〉に移設し、遠くマクガフィン恒星系へと旅立った元〈じんりゅう〉のオリジナルUVDとの違いは、あらゆる手段で調べても見つけられなかった。
これらの結果は、ユリノ達がある程度予想していた通りであったが、逆にキャスリン艦長やセヴューラ少佐にとっては、収穫が無かったとも言えるかもしれない。
ユリノは彼女達が〈じんりゅう〉のアラ探しに走らないか心配になったが、特にその気配は感じられなかった。
シズとの一件以来、セヴューラ少佐も自分の振舞いに多少思うところがあったのか、あるいはあの一件以降、ものすごく縮こまりながらも同行を続けているシズが怖いからなのか……若干しおらしくなって艦内の臨検を続けている。
こうして一行は、〈じんりゅう〉右舷に出来たUV弾頭ミサイル破孔痕へと来ていた。
オリジナルUVDと同質の物質へと変わった船体メイン・フレームを直接目視確認するためである。
とはいっても……ただ見る以外に出来ることなどほぼ無かったが……。
「これが…………ねえ…………」
キャスリン艦長のその呟きが、思ったよりもしょぼかった……という意味なのか、それとも心の底から感嘆したが故の呟きだったのか、ユリノには判断が付かなかった。
「少なくとも報告にあった通り、ヒューボの持ってきた手段では如何なるサンプル採取もできませんでした。
ゆえにこの銀色のフレーム部分が、おそろしく硬いということは間違いないようです」
セヴューラ少佐がかつてサヲリから聞いた報告と、全く同じ内容を告げた。
このメインフレーム構成素材置換現象も、〈ウィーウィルメック〉とのランデブー以前に散々調査はしていた。
こういった現象にそろそろ慣れ始めた自分やサヲリは、淡々と事実を受け止めたが、キャスリン艦長とセヴューラ少佐はまだそうはいかなかったようだ。
オリジナルUVDと同質になってしまったのならば、このメインフレームからサンプル採取など、いかなる手段でもできようが無い。
いかなる手段でも採取が出来ないというその事実と、鏡のような表面の反射率等もろもろの外見的分析結果から、これがオリジナルUVDと同質であると結論づける他ないのだ。
全員が
「へ~そうなんだ~……とは、納得いかないですよねぇ……」
「うむ、まったくだ」
ユリノはキャスリン艦長とセヴューラ少佐にそう声をかけたが、答えてくれたのはカオルコの方だった。
ともあれ、これで〈じんりゅう〉艦内で調べるべきところは粗方回ってしまった。
そもそも〈ウィーウィルメック〉の新型汎用ヒューボが、問答無用で艦内隅々まで問答無用ですべき調査を行っているはずだ。
人間達の方は、ここの調査が終われば、あとはキャスリン艦長達のリクエストに従い、艦内の見たい所へ行くことになっている。
もちろん、それは絶対に行わなければならないことでもなかった。
そもそも人間にできる調査など限界があるのだ。
シズの一件や、サティの問題もある。
ユリノはこの残った時間を、有効に活用できないかと思った。
今までロクに絡む機会が無かった……いや、初めて出会ったと思ったら苦労して回収した木星オリジナルUVDをかっさらわれたわけだが……なにしろ今後も共にグォイドと戦う仲のはずなのだ。
親交を深めておいてしかるべきだ。
「ああ…………ところでキャスリン艦長、セヴューラ少佐……」
ユリノは思い切って、どこか落胆したような途方にくれたような様子の二人に声をかけた。
「もしこの後時間に余裕があったら……よろしければ食堂でお茶でもいかがですか? せっかくの機会ですしぃ…………
お茶といってもぉ、
ユリノはそう言ったところで、突然隣にいたカオルコから無言の肘鉄を食らい呻いた。
ユリノとしては、糖分不足でご乱心めされたシズのこともあることだし、その埋め合わせと、他の〈じんりゅう〉クルーのキャスリン艦長達への紹介と、糖分補給を兼ねた時間を作れたら……と思ったのだが……。
ユリノはそう考えながら、凄い眼力で自分を見つめながら無言で顔をフルフルと左右に振るカオルコと、その奥のシズやルジーナの顔を見て、己の過ちに気づいた。
もし自己弁護するならば、ユリノもまた深刻な脳への糖分不足へと陥っていたらしい。
この三日間必死で対処してきた問題のことを、スコンと失念してしまっていたのだ。
だが、ユリノが慌てて取り繕う間もなく、事態は最悪の方向へと推移していった。
「…………そういうことでしたら……ちょうど昼食の時刻も近いことですし、いっそ食事にしてはどうでしょうか。
どうですキャスリン艦長?」
ユリノの祈りも空しく、まずセヴューラ少佐が素直にユリノの提案以上のことを言い出した。
そしてセヴューラ少佐の案に、言われたキャスリン艦長は一瞬ぽかんとすると、出会って初めて見るような微笑みを浮かべて答えた。
「ホントに? だったら私、〈じんりゅう〉名物のアレが食べたい!
あのショーガヤキとかいうランチ!」
ユリノ達が真っ青になる中、キャスリン艦長は目をキラキラさせながら告げた。
当然彼女が知るわけが無かった。
そのショーガヤキと呼ばれるランチをつくるならば、当然この艦の
その
……そしてユリノもまた知らなかった。
彼女達が必死でその性別を隠蔽しようとしていた
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