第一章『ゴースト・プロトコル』 ♯4
――〈ウィーウィルメック〉とのランデブー三日前――
『確かに一度切除し、しばらくの間保存してから再び再接合は、当艦の医療技術可能です。
ですがその場合、たとえ肉体的機能が元に戻ったとしても、彼の心的外傷後ストレス障害により、当該部位の機能に問題が発生する可能性があります』
「えぇ~! マジそうなのか副長~…… じゃあ……まぁ仕方がない……ちょん切るのは勘弁してやるかぁ~」
「まぁまぁクィンティルラ殿、絶対に
「最初から無茶だとは思っていたけれどもな……で、ということは、何を着せるのだ?」
「いつもの
「フォムフォム……ミユミよ、それじゃつまらない」
「じゃぁシズのゴスロリドレスでも着てもらう? 案外似合うかも!」
[ふぃにぃヨ、イカニ下ガすかーとデけいじガ細見デアッタトシテモ流石ニしずノニハ身体ガ入ラナイダロウ]
「じゃ何を着てもらえば…………じゃなくて! みんなケイジ君をオモチャにしない!」
外から濁って聞こえてくる不穏な会話に気づき目が覚めると、ケイジは医療カプセル内の液体の中に漂っていた。
さすがに目隠しの白い布のカバー(ケイジが乗艦してから付けられるようになった)が被されており、外から見えないようになってはいるが、いきなり全裸でカプセルに放り込まれ、目覚めるなり切り落とす落とさないなどという会話が聞こえれば、ケイジは震えるしかなかった。
そしてどの部位を切り落とす落とさないを話し合っていたのかについては、けっして考えないようにした。
テューラ司令からの【ゴースト・プロトコル】が届いた直後、ケイジまず医療室の治療カプセルにほぼ問答無用で放り込まれたのであった。
そして慢性的睡眠不足と、カプセル内のリラックス効果で落ちるように眠ってしまったのだ。
一応、何故いきなり医療カプセルに入れられたのかは、眠りにつく直前に外から聞かされてはいた。
医療カプセルを利用して、エステを試みようというのであった。
ケイジは【ケレス沖会戦】で顔面含む左半身に、未だ癒えぬ大火傷の痕があり、今さらエステなどしても無駄だとは思ったのだが、そんなことは今の女子クルー連中には関係無いらしい。
彼女達は新たな遊びを手に入れ、夢中になっているようにしか見えなかった。
医療カプセルの機能をフル使い、ケイジを立派な女の子にしてあげる! と。
そして目が覚めると……ケイジはまず何か薄ら寂しいような寒いような感覚に気づき、続いて医療カプセルの機能によって、肌の角質が除去されると同時に、頭髪とまつ毛眉毛以外の体毛が、奇麗に、ツルツルに、全脱毛されていることに気づき、カプセル内で声にならない悲鳴をあげた。
女性航宙士にとっては当たり前のことだったらしい。
航宙艦内で女性クルーが身だしなみの為にと、浴室等でムダ毛処理をして万が一排水管が詰まると、宇宙では大惨事に繋がる恐れがある。
そのため、医療カプセルには脱毛機能があり、女性クルーはそれを利用するのであった。
ムダ毛処理を諦めるという選択肢は無かった。
ちなみに男性の髭剃りについては、吸引機能付き電動シェーバーで問題なく処理されている。
ともあれケイジは16才にして、生まれたての赤ん坊に戻ったかと思う程にツルツルスベスベになった肌に困惑した。
だがケイジの受難は、まだ始まったばかりであった……。
ことの責任の全てを、キルスティ少尉に求めるのは早計であると言えるかもしれない。
確かにキルスティ少尉の記した【木星文書】内で、〈ユピティ・ダイバー〉が木星【ザ・トーラス】内にいる〈じんりゅう〉に向かった際に、同艦にクィンティルラ大尉と共に乗り込み、その後〈じんりゅう〉臨時機関長として活躍した人物を、バカ正直にケイジと書くわけはいかない事から、でっちあげた架空の女性航宙士が、この騒動のきっかけではある。
だが、思い起こせばあの時、木星赤道上空の〈ヘファイストス〉で、発進直前の〈ユピティ・ダイバー〉に
ただ外から見ただけでは、
がしかし“誰か”が乗ったということまでは隠しようがなかった。
だからキルスティ少尉は、【木星文書】を記すにあたり、その目撃証言をごまかしつつ、数々の〈じんりゅう〉内での出来事と整合性がとれるように、【木星文書】内で架空の女性航宙士をでっち上げるしかなかったのだ。
――そして〈ウィーウィルメック〉のクルーに会う可能性が出てきた今、ケイジはその架空の女子クルーに化ける必要がある……理屈の上では理解できた。
が、本能の部分では大いに危険信号を感じていた。
こりゃ色々な意味でヤバい! とてもヤバイ! と。
キルスティ少尉が考え出した女性クルーは、当然ながらケイジの意向をまったく無視して考えられたものであった。
【サートゥルヌス計画】中で連絡がとれないどころか、消息不明だった頃に書かれた文書なのだから当然だ。
せめて、少しでも相談できたならば……とケイジは思わずにはいられなかったが、仮に自分の意向が反映されていたとしても、演技などまったく未経験の自分が化ける限り、大して違いはないだろうと思い直した。
「あ~驚かせちゃった? ゴメンゴメン、そんなつもりはなかったのよ立川アミ一槽…………川アミ一槽……よね?」
「?………………………………………………あ!」
ケイジはたっぷりと数秒間の不自然な間をあけてから、自分が呼ばれたことに気づいた。
そして後ろに立っていた女性が〈ウィーウィルメック〉のクルーであり、上官であるという結論に一瞬で達した。
「は、はい! ボクは自分でオレ、〈じんりゅう〉臨時機関長の立川アミ一槽であります!」
――〈じんりゅう〉右舷目視観測ウイング――
ケイジは突然この場に訪れた女性航宙士に一瞬茫然としてから我に返ると、床に這いつくばった状態からピョ~ンと立ち上がるなり、恐ろしく力んだ敬礼をしながら名乗った。
そしてその拍子に、肩に届く程に付け足され、うなじに二本の太い三つ編みにしていたウィッグの髪の毛が、慣性でペシリと顔面に直撃してびっくりした。
こういうことがあるのものなんだ! と。
すでに何度か繰り返した現象のはずなのだが、なかなか学べないのだ。
そして立川アミと呼ばれた中の人たるケイジは、自分がちゃんとその人物に化けられているかを、僅かな間に再度確認した。
立川アミという名前は、キルスティ少尉が【木星文書】内で記していた名前であった。
いかなる由来があってこの名前にされたのかは、キルスティ少尉に訊くまでは分からない。
とりあえず日本出身のケイジに合わせたのだろう。
人種の括りが曖昧な今のご時世であっても、ケイジの顔立ちで西洋風な名前では違和感しかないので助かった。
そのアミ一槽なる人物の、キルスティ少尉がでっち上げた基本的なプロフィールは、ケイジの経歴を踏襲して設定されていた。
航宙士訓練を終えたばかりのところで、機関部要員として第五次グォイド大規模侵攻迎撃戦に航宙艦クルーとして召集され、その際に戦闘で左半身に大火傷を負った。
それから半年の療養を経て復帰後に〈ヘファイストス〉に転属、その直後に発生した【木星事変】において、〈ユピティ・ダイバー〉の設計・建造に関わり、そのままコ・パイロットとして同艦にクィンティルラ大尉と共に乗り込み、紆余曲折を経て〈じんりゅう〉臨時機関長となる……。
キルスティ少尉なりに、このニセ情報が不自然にならないよう気を使ったのだろう。
ケイジの経歴に似ていることはもちろんだが、この経歴ならば、一部のマスコミが調べても、あまり彼女についての情報が残っていない説明がつく。
第五次大規模侵攻迎撃戦時の混乱で、多くの新人航宙士が亡くなると同時に、多くの個人データも失われたからだ。
そのデータの中に架空の人物が一人くらい紛れていても、気づかれる心配はまず無い。
問題は見た目をどうするか? であったが、〈じんりゅう〉女子クルーが大騒ぎした割に、これも選択肢はあまりなかった。
キルスティ少尉が送ってきたプロフィールには、いつかケイジがこの人物に変装する可能性があることを予期していたのか、バストアップだけであったが顔写真があったのだ。
それは画像編集で火傷痕を消したケイジの顔に、長く伸ばした頭髪を合成しただけの写真であった。
否応も無く、ケイジの変装はこの写真を元にすることとなった。
写真に合わせ、とりあえずウィッグで伸ばされた髪の毛は、様々な選択肢の中から、二本の三つ編みで左右に垂らすことにされた。
長い前髪で顔立ちをいくらか隠すのは規定路線として、三つ編みにしていくらか束ねるなりしないと、ケイジが上手く長い髪の毛をさばけないからだ。
……他の女子クルーと被らない髪型から選ばれたという説もある。
ケイジの左半身の火傷痕や、顔面左上に装着された再生保護カバーについては、医療カプセルで多少は目立たない色にできたとはいえ、それ以上は現状どうすることもできなかったので、経歴通りに第五次グォイド大規模侵攻迎撃戦で負った怪我が、まだ治っていないという設定でいくことにした。
これが理由で、年頃の女の子が写真に映りたがらず、ビジュアル情報がプロフ写真以外に残されてないという言い訳ができる。
顔については、さらに眉毛を整え、まつ毛を増やすことで良しとした。
服装については、ワンサイズ大きめの
現〈じんりゅう〉臨時機関長にしてエンジニアなのだから当然だった。
様々な服装をシミュレートしていた〈じんりゅう〉女子クルー陣は大いに残念がった。
が、大きめのジャンプスーツはならば、いくら細身とはいえ、女性と同じとはいかないケイジの体形もいくらかはごまかせる。
しかもただのジャンプスーツではない。
万が一とはいえ、〈ウィーウィルメック〉のクルーらによって、赤外線カメラやX線等何がしかのセンシングがされても、中の人間が男性だと透視できないような特殊生地を裏地に仕込んだ特性ジャンプスーツを、艦内の万能縫製機で仕立てて着こむことにした。
ケイジはそのジャンプスーツの下に、いくらか詰め物をしたスポーツブラを装着することで、無くはない程度のバストを表現した。
そして腹にはコルセットを巻くことで、無理やりウェストのくびれを生み出した。
知っている人間から見れば、胸を膨らまして髪を長くしたケイジ以外の何者でもなかったが、これで首に巻いたチョーカー型ボイスチェンジャーで声色を女性のものにすれば、初対面の人間には充分にごまかせると判断された。
これ以上下手にいじっても逆効果と判断されたとも言える。
…………こうして、架空航宙士・立川アミ一曹は現実の世界にあらわれ出でた。
だが、大騒ぎしてケイジをいじくり倒した〈じんりゅう〉クルーのリアクションは――――「なんか、そんなんでも(思った程可愛くはなら)なかったね……」――――というユリノ艦長の呟きに集約されていた。
ケイジは「だから言ったじゃ~ん!!」と叫びたくなるのを辛うじて耐えた。
「……………………はじめましてアミ一槽、私は〈ウィーウィルメック〉副長のジェンコ・ウィンタース少佐よ」
ジェンコ副長と名乗った女性は、ケイジに対しほんの一瞬、沈黙と困惑した表情をみせたが、すぐに朗らかな顔に戻りケイジに答礼した。
最初は自分の女装が見破られたのか!? とヒヤヒヤしたが、彼女の視線から見て、どうやら自分の顔面についてる火傷再生用の保護カバーに気づいたかららしい。
自分はもう慣れてしまったが、初見ではやはりそこそこに痛々しく、ショックな見た目なようだ。
ケイジは性別の方は誤魔化せたらしいと安堵するやら、女性化した自分の声にビックリするやらで心臓が苦しくなった。
「……大丈夫? そんなに驚かせちゃった?」
両手を腰の後ろに回して覗き込むように近づいてきたジェンコ副長に、ケイジは言葉が出てこないまま、顔をぷるぷると左右に振り、また顔面を直撃した三つ編みの先端に「ぶへっ」っとなった。
「ホントにぃ? いやまぁ疑うわけじゃないんだけれど……」
「大丈夫です! ホントです! それよりも…………」
ケイジはなんとか自分を落ち着かせると同時に、今更ながら新たな疑問にぶち当たった。
この〈ウィーウィルメック〉
『はじめまして〈ウィーウィルメック〉の艦長さんと第二副長さん、ワタクシはサティ、木星生まれのクラウディアン、ピッチピチの5才で~す!』
「…………」
「…………」
――〈じんりゅう〉中央艦載機格納庫――
『わぁ~〈じんりゅう〉の皆さん以外の人にお会いするのは久しぶりなので緊張しますぅ~!』
中央格納庫にみっちりと詰まったサティがそう言って身もだえすると、キャスリン艦長とセヴューラ少佐は、同行したユリノの背後に“ひぃっ”と短い悲鳴を上げながら隠れた。
無理もない……とユリノはしみじみと思った。
サティが無害かつ友好的なのは、彼女と過ごしてみて初めて理解できることであり、初見でそれを分かれというのは無茶なのだ。
『あああ……どうかお二人とも、怖がらないで下さいぃ~』
ユリノの心中を無視して、サティが水色の触腕で逃げる〈ウィーウィルメック〉の二人を追いかけ始めたが、彼女はこれを放置した。
キャスリン艦長が意外と大人しい人間なことは、ここまでですでに分かってきたが、セヴューラ少佐もサティにはちゃんと恐怖するらしい。
この瞬間だけ見る分には、年相応の女児にしか見えない。
ユリノは臨検という名目で、〈じんりゅう〉の調査に来たらしい二人が、サティにおびえる姿に若干の清々しさを感じていた。
予想はしていたが、やはり臨検はあまり気分が良いものではなかった。
〈ウィーウィルメック〉の新型ヒューボが艦内各所で臨検を行う一方で、キャスリン艦長らもまた、エアロックから艦内方々を回りながら〈じんりゅう・テセウス〉の臨検を行った。
具体的にはサンプル採取と各種機材による検査により、
〈じんりゅう・テセウス〉と〈じんりゅう〉に違いが無いならば、無いものを証明するのは困難が予測された。
ユリノはシズとカオルコ、ルジーナを伴って、そんな彼女達に同行してきたのだが、有り体にいって、キャスリン艦長はさておき、セヴューラ少佐はこの結果に不機嫌そうであった。
ルジーナいわく「どこぞのドラマに出てくる
悪気は一切ないのかもしれないが、キャスリン艦長が後ろでハラハラしているのを傍目に「我らの艦より旧式」「我らの艦は最新」「作りが古い」「掃除が行き届いてない」「内装のセンスがイマイチ」等々と、言わなくても良いことを呟きまくるセヴューラ少佐に、ユリノは苦笑いするしかなかった。
もちろんセヴューラ少佐が、悪気があって口にしているわけでない事は分かっている。
むしろ彼女の、フォムフォムを小学生にしたような、見た目通りの幼さを見れたような気がして、少し安心したくらいであった。
だが、それはそれとして格納庫まで来てサティにおびえる彼女を見て、ようやく少し気分が晴れたのであった。
〈ウィーウィルメック〉の二人は、人類が初めて遭遇する友好的不定形知的生命体サティの処遇を決める為の参考にと面会にきたので、そんなサティが二人を怯えまくらせるのは、本当はよろしくないはずだったのだが……。
ユリノは始まる前は多少緊張した〈ウィーウィルメック〉とのランデブーであったが、この調子なら無事終えられる気がしてきていた。
懸念材料であった立川アミ一槽の出番もなさそうである。
ユリノは微かに安堵した。
だからシズの身に起きた異常にも気づかなかったし、右舷目視観測ウイングで起きていることにもまったく気づかなかった。
「ああ、私がここに来た目的ね?
私はあなたをウチのフネ〈ウィーウィルメック〉にご招待しにきたの」
「はいぃ!?」
「そんなに驚くことぉ?」
――右舷目視観測ウイング――
どこか悪戯っぽい笑顔を浮かべながら告げるジェンコ少佐に、ケイジ……もといアミ一槽は驚いて訊き返した。
「あの…………なんでぇまた……」
「こっちの艦長とセヴィーが伺ってるんですもの、こっちにも招かないとフェアじゃないじゃない?」
「なんでオレ! じゃなかったあたし……違うな! ボクなんですか!? あの、他のクルーも一緒に行きますよね?」
ケイジは一人称が定まらないまま願望を込めて尋ねた。
どう考えても自分は今、〈じんりゅう〉クルーの中で最も〈ウィーウィルメック〉に招待されてはいけない人間のはずであった。
〈ウィーウィルメック〉に興味はあったが、もし行くなら誰かと一緒じゃないと心細い! 絶対にボロが出そうと思った。
「残念だけれど、招待するのはアナタだけよ。
ひょっとして……嫌? 迷惑?」
アミの困惑を他所に、ジェンコ少佐はずいずいと身体を近づけ迫りながら効いてきた。
「あの……なんでボクだけ? 」
「それは…………ナイショ!」
「内緒ぉ!?」
アミは顔の前で指でバッテンを作りながら告げるジェンコ少佐に訊き返した。
元から明らかにおかしかったが、アミの疑念はさらに増した。
ようするにピンポイントで自分だけを、言えない理由で〈ウィーウィルメック〉に招きたいと言っていることになる。
アミは一瞬、やはり自分の性別がバレたのか? と考えたが、もしそうならば、この場で指摘しても事態は変わらないはずな気がした。
……ならば何故ジェンコ少佐はそんなことを行おうとしたのか? と考えてみても、アミには見当もつかないのだが……。
「ああアミちゃん、悪いけれど他の子たちへの連絡はできないわ」
ケイジが耳につけたインカムで、ブリッジに助言を求めようとしたのを見越してジェンコ少佐は告げた。
そして実際、アミが艦内の誰かに通信を試みても、誰とも繋がらなかった。
アミはイヤな汗が背中を伝うのを感じた。
どういう目的と手段でかは分からなかったが、ジェンコ少佐、あるいは〈ウィーウィルメック〉は、〈じんりゅう〉の艦内通信に何がしかの妨害を仕掛けていることになる。
それは敵対行動と受け取られても文句の言えない振舞いだ。
瞬時にしてアミの脳裏に、良くない未来のシミュレートが幾通りも浮かんだ。
「上手く説明できなくてゴメンね、でも、あなたを獲って食おうというわけじゃないんだよ!
すぐに〈じんりゅう〉に帰してあげる!
ただね…………、ここでは説明できない……というか、ウチに来てくれたら分かるというか…………ああ! もう! ともかくお願い!」
首を縦に振らないアミを壁際にまで追い詰めたジェンコ少佐は、それまで浮かべていた余裕の笑みから、急に余裕の失せた懇願すような表情に変わると、アミの両手を握って訴えた。
「…………」
アミは思ったよりも遥かに強い力で手を握られ、砕かれる! と驚きながら困った。
困る要素しかない状況に突然陥ってしまった。
常識で言えば断るべきだ。だが、同時にわずかな好奇心も湧き始めていた。
正直、ジェンコ少佐の言うこと成すこと謎だらけ過ぎる。
まったくもって予想がつかない。
その答えを知るには、自分が〈ウィーウィルメック〉に行くしか無いのだという。
アミはグォイドが絡んでいない問題で、こんな謎で面倒な状況に陥るとは思わなかった。
ただアミは一点だけ、ジェンコ少佐の頼み事で気づいたことがあった。
彼女は少佐であるにも関わらず、一槽(偽りの階級だが)のアミに命令はしなかったのだ。
命令した方がはるかに手っ取り早いにも関わらずにだ。
「あ……あのジェンコ少佐……一つだけ質問しても良いですか?」
アミは自分が、絶対に露見することが許されない女装中の男であることを一瞬忘れて尋ねた。
「ボクに危害を加えない事は信じるとして、ボクに何か悪事の片棒を担がせようってんじゃないですよね?」
アミの問いに、ジェンコ少佐は猛烈な速さで首を縦に振った。
「………………」
アミはジェンコ少佐の答にむしろ困った。
本来ならば何百通りおあるはずの彼女の頼みを断る理由が、ジェンコ少佐の答によって、もう一つも思い浮かばなくなってしまったからだ。
むしろ、〈ウィーウィルメック〉の中をとうとう見れることへの好奇心で一杯になりつつあった。
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