第一章『ゴースト・プロトコル』  ♯3



「……思いのほか……ボロボロですね」

「うむ……前は見た時は……といっても遠くからほんのちょっとの間見ただけだったけれど…………

 なんか……思ってたよりも…………やられてるな…………」


 肉眼で見える距離となり、メイン《目視》・ブリッジの正面窓の彼方から

ゆっくりと接近する〈じんりゅう・テセウス・・・・〉は、艦首と右舷側面にかなりのダメージを受けていた。

 それはすでに再三にわたって報告されてきたことであったはずだが、今カメラ映像ではなく、直接おのれの目で確かめてみると、抱いていた印象よりも、あの〈じんりゅう〉がはるかに損傷を受けていたことに軽く驚いた。

 だが超巨大帯状天体【ザ・ウォール】で行ってきたという戦闘の激しさを考えれば、むしろ〈じんりゅう〉は原型を留めてい過ぎるとも言えた。

 なにしろ主機関にオリジナルUVDを搭載しているというだけでなく、そのメインフレームまでもが夢物語みたいな方法でオリジナルUVDと同質の物質に入れ替わっており、それを利用して土星赤道上の敵施設に体当たりを慣行し、これを破壊したというのだから……。

 それどころか、今見えるこの航宙艦は、【ザ・ウォール】に墜落・大破した後で、異星遺物【ウォール・メイカー】によって一度原子レベルまで分解された上で再構成されたものなのだという。

 だからこの航宙艦がはたして本物の〈じんりゅう〉なのか? については議論の必要があるはずであり、それ故に〈じんりゅう・テセウス・・・・〉と呼び、区別することにしている。

 だが、〈ウィーウィルメック〉の光学機器によるセンシングと、自分達の肉眼で確認する限り、これが本物の〈じんりゅう〉あるいは本物とは別であったとしても本物と同質の〈じんりゅう〉であると考える他なかった。

 二人はなんとなく、再生されたという事実と、『オリジナルUVDと同質の物質でできた』というフレーズから、〈じんりゅう〉そのものが生まれ変わり、オリジナルUVDと同等に絶対破壊不可能になった印象を受けていたが、よく考えるまでもなくそれは誤解であり、〈じんりゅう〉の艦首と右舷は中破判定を受けても良いレベルのダメージを受けていた。

 だが、実際にこの目で〈じんりゅう〉を確認し、最も強く抱いた感想はそのことの驚きでは無かった。


「…………ホントに……この艦が?」

「理性では分かっていても、信じ難いですね」

「まったくだ」


 〈じんりゅう〉は全長約350m、全高全幅共に約150mの艦だ。

 それが大きいと考えるか小さいと考えるかは主観次第だが、〈ウィーウィルメック〉よりはやや小さく、どう考えても『黙示録アポカリプスキャンセルデイ』などという、全内太陽系人類圏から肉眼で確認できる

天文学的現象を起こした艦には見えなかった。

 だが確かにこの艦が人類を救ったのだ。

 どんなに信じ難くともそれが事実であると、今は認めざるを得ない。

 そして自分達の使命は…………


「緊張しているのですか? 艦長」

「私が? ……まさか!」

「先ほどから脚が毎秒七、八回間隔で震えてますよ」

「や……やっかましい! ………………ほんの少しだけだ! 緊張してるのは!」

「無理もありません艦長、下手に繕うより、そのままでいた方が良いかと」

「…………」


 二人の見守る中、リバース・スラストで減速噴射をかけながら接近していた〈ウィーウィルメック〉は、相対速度を〈じんりゅう〉に合わせると反転し、艦首を共にして同行すると、ボーディング・チューブを接続させた。

 人類はおよそ二カ月ぶりに〈じんりゅう〉とランデブーを果たしたのであった。











 ユリノが他のクルー達と共に、〈じんりゅう・テセウス〉右舷エアロックの前で緊張しながら出迎えの時を待っていると、複数のロックの外れる金属音と、ガスの抜ける音の後に続いて、分厚いハッチが左右に開き、人影が現れた。

 乗艦することになっていた〈ウィーウィルメック〉の艦長と第二副長の二人だ。


「…………初めましてユリノ艦長……乗艦許可を」

「……こちらこそ初めましてキャスリン艦長……喜んで乗艦を許可します」


 ユリノは辛うじて噛まずにキャスリン艦長に答えながら、彼女が差し出してきた右手を握り返した。

 もちろん、顔写真ならば事前にプロフィールから確認していたが、直に見るのとでは印象が違っていた。

 

 キャスリン・J・グリソム中佐、20歳。

 〈ステイツ〉内・北米テキサス州出身、だがユリノと同じように【ANESYS】適正を認められるとすぐに宇宙にあがり、9歳から月面でSSDF航宙士となる教育を受ける。

 プロフィールではそれからすぐ中佐となって〈ウィーウィルメック〉艦長として活躍する件となる為、その間にどんな人生を送ったのかは分からなかった。

 ただ、今目の前に現れた女性は、ユリノより若干背が低く、ネイティブアメリカンの血を、その大人びた顔立ちに色濃く現した美女であった。

 艦長帽を脱いだ頭は、ワインレッドのストレートヘアを後頭部でまとめており、艦長用コートで良く分からないが、プロポーションはルジーナをややボリュームアップさせたくらいか、先に見た顔写真では勇ましそうな表情であったが、今はそれを超えてユリノと同等に緊張しているように見えた。

 薄褐色の頬に、微かに汗を浮かべる程に……。

 【メルクリウス作戦】の終盤で声だけ聞いた時は、もっと快活な印象を受けていたのだが、意外と緊張する舘タイプなのかもしれない。


「キャスリン……そろそろ手を離しては?」

「!」


 隣に立つ〈ウィーウィルメック〉の第二副長に言われ、キャスリン艦長のは慌てて握手した上で両手で包み込んだユリノの手を離した。


「あ~こほん、すでに知ってるとは思うが、こっちはウチの艦の第二副長、セヴューラ・ヴュラ少佐だ」

「よろしくお願いいたします」


 キャスリン艦長に紹介された〈ウィーウィルメック〉第二副長は、そう言いながら丁寧に頭を下げた。

 実はユリノ達は、先ほどからキャスリン艦長よりも彼女の方に驚いていた。

 まず彼女の存在を知ったのが、テューラ司令からの〈ウィーウィルメック〉のクループロフィールが送られてきてからだった。

 プロフィール写真からでは分からなかったが、彼女は肌と髪の色を白くしたフォムフォムに瓜二つの顔立ちをしていながら、彼女よりも幼く、シズよりもさらに伸長が低かった。

 つまり彼女は小学生みたいな幼い少女だったのだ。

 そしてプロフィールにはやはり詳しくは書いていなかったが、おそらくはフォムフォムやクィンティルラやフォセッタのに違い無かった。


「少し驚かれているようですね、お察しの通り、私はそこのお姉さま達と同じ耐宙人です。

 お姉さま方……直接会うことができて、とても嬉しく思います」


 セヴューラ少佐は、驚くユリノを他所に、共に出迎えに来ていたフォムフォムとクィンティルラに近づくと、それぞれに熱い抱擁を行った。

 クィンティルラとフォムフォムは「お、おう」としかリアクションが出来ないでいた。


「…………」

「そうは見えないかもしれませんが、私達は〈じんりゅう〉にお招きいただけたことを、とても嬉しく思っているのですよ」


 茫然とするクィンティルラとフォムフォムから離れると、沈黙しているキャスリン艦長に代わってセヴューラ少佐が告げた。


「ああ……ええっと、こちらこそ! その……ホントはもっと盛大に歓迎したかったのだけれど……なにしろ少ない人数でやり繰りしてる艦だから、全員でお出迎えできなくて申し訳なく思うわ」

「お互い〈じんりゅう〉級に乗るものとして、事情は理解しております。

 こちらでも、あの〈じんりゅう〉に行ってみたいと言うクルーを、キャスリン艦長がなだめるのが大変だったんですよ」

「ちょ……押すなよセヴィー」


 ユリノは軽いデジャヴを感じながらセヴューラ少佐に言うと、彼女は隣のキャスリン艦長の背中を押しながら答え、キャスリン艦長が消えそうな声で第二副長に抗議した。

 ユリノはその光景を見て、デジャヴの正体に思い至った。

 なんだか出会ったばかりのフォセッタ中佐とスキッパーに似てるのだ。

 なんだか見ために反して、姉と妹の関係が逆みたいだ。

 それに……耐宙人といえば……それはグォイドとの戦いに勝つために、人工的操作で生み出された人間だ。

 ユリノの知る限り、木星圏に存在した耐宙人のプラントは、グォイドによって破壊され、新たな耐宙人は以後存在しないはずであった。

 が、クィンティルラやフォムフォムとそっくりでありながら、彼女らよりも明らかに幼いセヴューラ少佐が存在するということは、その認識が誤りであったということになる。

 その事実は、ユリノの〈ステイツ〉という国家間同盟への疑念をより深くさせることはあっても、その逆にはならなかった。

 【メルクリウス作戦】の終盤で、オリジナルUVDを回収し、水星のSSDF人造UVDプラントをグォイドから守って以降、地球圏ではプチ〈ウィーウィルメック〉ブームが巻き起こり、艦長以下クルーのプロフィールも、SSDF広報部から人類社会へ大いに喧伝された。

 だがそこにはセヴューラ少佐の名も無ければ、彼女が同艦の第二副長であるということも記されてはいなかった。

 出せなかったというのが正しいのかもしれない。

 第二副長は、〈じんりゅう〉で言えばカオルコのポジションであり、そこにもう生まれてはいないはずの幼い耐宙人が存在することを、〈ステイツ〉は秘匿しておきたかったのだろう。


「皆さん、よろしければそろそろ作業を始めてもよろしいでしょうか?」

「あ……ああ、もちろんよ! お願いします」


 ユリノの思考は、セヴューラ少佐の声によって遮られた。

 ユリノはすぐに〈じんりゅう〉の目下最大の問題解決を、〈ウィーウィルメック〉の二人に頼んだ。

 いろいろと引っかかる部分はあるが、今は先に成すべきことがあった。

 そして補給とは別の、例のプロトコルが達成できるならば、それで良かった。

 もちろん、ユリノ達はこの無茶で前例の無い指令を全うする為の準備は整えていたが、完璧か? と問われたならば、何も言葉は返せないのだ。

 それに、ユリノ達には努力のしようもない問題のあった。

 乗艦したキャスリン艦長とセヴューラ少佐の任務は補給だけではない。

 この〈じんりゅう・テセウス〉の臨検もまた、彼女達にに与えられた任務であったのだ。










『……なんか〈ウィーウィルメック〉の艦長さん、思ったよりも…なんていうか…………………普通だね。

 ………………にしてもクィンティルラとフォムフォムにまだ妹がいただなんて……』


 耳につけた小型インカムから、メイン・ブリッジ待機組のフィニィ少佐の呟きが聞こえた気がしたが、ケイジは何も答えなかった。

 右舷エアロックから乗艦した〈ウィーウィルメック〉クルーの映像は、そばに置いたSPAD個人携帯端末の画面にも映されており、一応は確認したが、今はそれには目もくれず、眼下に見える航宙艦に夢中だったからだ。


「ん? すいません、今なんか言いました?」

『ううん……なんでも、相変わらずケイジくんは、こういうのに目がないんだねぇ……』


 一瞬遅れてケイジは慌てて聞き返したが、フィニィ少佐は呆れたような声でそうこぼすだけだった。


 ――〈じんりゅう〉右舷観測ウイング――


 ようやく間近で見ることが叶った〈じんりゅう〉級最新鋭艦は、細かな差異を無視して一言で言うならば、青くて長い〈じんりゅう〉であった。

 ケイジは〈じんりゅう〉のセンサーセイルの両端に設けられた目視観測用エリアに上がり、そこから窓越しに〈ウィーウィルメック〉を見下ろすように目視観察していた。

 このチャンスを逃す手は無かった。

 今の自分はかなりの難題が降りかかっている身だが、それはそれ、これはこれである。

 単なる現実逃避でもあるかもしれない。

 だが幸いにも、我が身の性別欺瞞作戦とは別に、〈ウィーウィルメック〉の性能調査も指示されている。

 ここでこうして〈ウィーウィルメック〉を観察するのも、大事な任務の一貫であり、なんの問題もない。

 決して最新鋭の航宙艦を個人的に直に見たいからだけではない。

 それにここにいれば、乗艦したはずの〈ウィーウィルメック〉のクルーと鉢合わせする心配もない。

 鉢合わせしなければ、性別露見の心配もないはずだ。

 だからケイジは心置きなく、この艦を観察することができた。

 微小プリズムを用いた若干紫がかかったような鮮やかなコバルトブルーのカラーリングは、〈ステイツ〉が艦隊旗艦などで良く使う色だ。

 つまり、この配色は象徴的目的の為であり、何かの機能的理由からこのカラーリングになっているわけでは無いと考えられる。

 他に気が付く船体の差異で言えば、戦体表面各部のセンサーや放熱フィン、対宙レーザーが最新モデルになっており、中央船体側面のパネルラインが、こちらの〈じんりゅう〉とは微妙に異なっていた。

 これらは同じ型の航宙艦でもよくある現象なので、〈ウィーウィルメック〉の特徴として重要視すべきかは、判断がつかなかった。

 気になるのはやはり〈じんりゅう〉を上回る全長だ。

 公開スペックによれば全長400mに達しており、中央船体の全長は〈じんりゅう〉と変わらないが、艦首と艦尾がそれぞれ引き延ばされることでこの全長となっている。

 このストレッチされた容積は、何に使われているのだろうか?

 艦尾周囲にX字型に配置されている補助エンジン・ナセルもまた、引き延ばされた艦尾推進ブロックに合わせ、全長が〈じんりゅう〉の補助エンジン・ナセルよりも若干延長された新モデルが使われていた。

 また良く見れば艦首ベクター推力偏向・スライダーユニットも前後に長く、正面面積が小さくなった新モデルになっていた。

 このこちら・・・の〈じんりゅう〉との差異から考えて、まず考えられるのは、〈ウィーウィルメック〉が〈じんりゅう〉よりも推力を強化された艦であるということだ。

 実際【メリクリウス作戦】の終盤では、恐るべき短時間で金星圏から水星圏に急行し、〈じんりゅう〉が放った木星オリジナルUVDの回収を成し遂げた。

 それは主に使い捨てブースターの使用により達成されたことが確認されているが、もちろんそれだけで成し遂げられる所業ではない。

 新型の補助エンジン・ナセルと、艦首ベクタード推力偏向・スライダーユニットも一役買ってはいるだろうが……。

 トンビに油揚げ的行いの是非はさて置いて、船体自体に相当な基本推力が無ければ不可能な所業である。

 しかも、今はともかく、当時の水星圏へ移動中の頃の主機はまだ人造UVDであったはずだ。

 少なくとも〈ウィーウィルメック〉は、設計段階からかなりの高推力艦として建造されたことだけは、間違いないと感じた。

 前々から第二次土星圏グォイド本拠地再攻撃作戦を企んでいるという〈ステイツ〉の噂からも、この推測は合致している。

 敵陣を攻撃するならば、迎撃に耐え、短時間で接敵できるよう前面投影面積を増やさずに推力を増した艦が理想的なはずだからだ。

 もっとも、土星圏グォイド本拠地は攻撃する必要性は、つい最近無くなってしまったかもしれないが…………。


 ――……けど、それだけなのかな……? ――


 ケイジは自分の推測を自分で疑った。

 〈じんりゅう〉級航宙戦闘艦がデビューして、すでに8年が経過し、その艦に五隻の〈じんりゅう〉級が建造され、数多くの戦果を残している。

 そして数々の戦闘と戦訓から、それぞれにクルーや戦闘スタイルにそってカスタマイズがなされていた。


 VS‐803〈ファブニル〉は、大口径UVキャノンを用いた長距離精密狙撃艦から、実体弾狙撃艦につい最近改装されたそうだ。

 VS‐804〈ジュラント〉は高出力UVシールドを用いて、戦闘宙域にて僚艦を守りつつ補給を行う高域絶対防御母艦となった。

 VS‐805〈ナガラジャ〉はUVエネルギーをまとわせたワイヤーで敵艦を切り裂く特殊兵装、宇宙皮むき器スターピーラーを搭載した高機動近接格闘艦だ。


 VS‐802~804までの四隻の〈じんりゅう〉級は、就役時はともかく、現在は見た目も能力もまったく異なった航宙戦闘艦へと変貌していた。

 それら4隻に続く5隻目の〈じんりゅう〉級にしては、〈ウィーウィルメック〉の見た目は、あまりにもベーシックな〈じんりゅう〉にそっくり過ぎなようにケイジには見えたのだ。

 国家間同盟の中でもっとも力を持つ〈ステイツ〉ともあれば、既存の〈じんりゅう〉級から得たデータから、最初から〈じんりゅう〉級など建造せずとも、【ANESYS】を搭載した新型航宙戦闘艦を開発建造できそうなものだ。

 およそ8年前、〈びゃくりゅう〉をアップデートして設計・建造された〈じんりゅう〉級は、設計当初の想定クルーよりもはるかに少ないクルーで運用されることとなり、結果として無駄も少なからずある艦となった。

 〈ステイツ〉が建造し、オリジナルUVDの搭載を許すような艦ならば、ただ推力が増してるだけの〈じんりゅう〉級であるはずがないと言った方がいいかもしれない。

 そのレベルなら新造せずとも現用艦の改修でもなんとかなるはずだ。

 少なくともケイジ達の乗るVS‐802〈じんりゅう〉に、長い以外はそっくりな艦にはならないのが自然な気がする。

 だが、ただ外側から見ただけでは、〈ウィーウィルメック〉の正体についてケイジが考察できるのはこのあたりが限界であった。

 いくつかの可能性は思いつくが、確証を得るには根拠となるものがまだ無さ過ぎた。

 だからケイジは、残された時間をひたすら個人的趣味の範囲で、この最新鋭航宙艦を鑑賞することに使うことにした。

 機械的画像データのみならず、心のアルバムに残るように心掛けながら…………。

 しかし、ケイジのその思惑は程なく崩れ去った。








 その少し前――


「要請のあった補給物資はこれで全部です」


 タブレットでチェックしながら告げるセヴューラ少佐の声と共に、二機一組のヒューボ計4機によって挟まれるようにして、連結され1.5m×2m×3mの立方体状となったパレットが2ブロック、エアロックを通過しユリノ達の前に運ばれてきた。

 中身は待望の食料だ。

 たった10人しかクルーがいないので、補給すべき食糧はこれで事足りるはずであった。

 だから待ちわびた食料の到着も、済んでしまえば瞬く間であった。


「船外では我が艦のヒューボが、船体艦首と右舷の補修作業も行ってますが、すでに充分な応急補修は済まされているようなので、大した変化はないでしょう」


 セヴューラ少佐が続けたが、ユリノはろくに返事ができなかった。

 ユリノ達は食料の補給に安堵するよりも先に、それを運んできたヒューボに驚いたのだ。

 運んできたのが、〈じんりゅう〉を始めとした多くのSSDF航宙艦で使用されている汎用人型ヒューボではなかったからだ。

 〈ウィーウィルメック〉から補給物資を運んできたヒューボは、人型でこそあったが、汎用ヒューボよりも背が高く、そして細い腰、細長い手足をしていた。

 頭部も顔面部こそ球状のビュワーになっていたものの、人の頭蓋骨に近いサイズとフォルムをしている。

 どこか女性的で華奢なヒューボだった。

 初めてみる型のヒューボであり、恐らく最新型なのだろう。

 だが、その見た目から、既存の汎用ヒューボに比して何が優れてるのかは分からなかった。

 航宙艦内で使用するために汎用ヒューボは小型で軽量に作られ、手足に伸縮機能を設けることで、作業時に必要なストロークが確保されている。

 しかし、今あらわれた新型ヒューボは、汎用ヒューボよりも高身長であり、伸縮機能自体はあるようだったが手足は元から長く、その細さは非力さを感じさせた。

 手首などはユリノよりも細い程だ。

 正直、細くなったうえに、背が高くなった分だけ邪魔になりそう……とユリノは思った。


「べ……べつに見せびらかしにきたわけじゃないのよ、ウチでは今この新型ヒューボの実用試験中だったものだから……それに……」

「補給作業終了次第、直ちにこちらのヒューボを用いて〈じんりゅう・テセウス〉の臨検を始めさせて頂きますが、よろしいですか?」


 ユリノ達の表情に気づいたのか、キャスリン艦長が慌てヒューボについて説明し、その言葉を途中で途切れさせたが、セヴューラ少佐が引き継ぐように彼女の言えなかったことを告げた。

 最初から予定されていたことであった。

 〈じんりゅう〉は臨検を受ける。

 臨検が決定され、それが知らされる前から、そういうことになるだろうと予測していたことではあった。

 〈じんりゅう〉は一度完全に破壊されたところを、未知の異星遺物【ウォール・メイカー】の超技術によって蘇った艦だ。

 だがそれは、あくまでユリノ達〈じんりゅう〉クルーの報告によってのみ語られた情報である。

 つまり、内太陽系の人類からしてみれば、そんな突飛な話はユリノ達の単なる思い込みかもしれない……と思われても仕方がない。

 実は〈じんりゅう・テセウス〉は、破壊される前の〈じんりゅう〉とは完全に別物であり、またこのニセ〈じんりゅう〉を生み出した異星文明の、悪意ある内太陽系人類圏へのトロイの木馬的な罠かもしれない。

 僅かな可能性ではあっても、この可能性を看過して、〈じんりゅう〉を内太陽系の人類圏に帰還させられるわけがなかった。

 だから〈じんりゅう〉クルー以外の客観的な目での、この艦の詳細な調査分析の必要があったのだ。

 その為にこの新型ヒューボが〈ウィーウィルメック〉に搭載されていたわけではないだろうが、クルーの数は少なくとも、巨大な艦である〈じんりゅう〉内の調査分析は、到底生身のクルーだけでは成し遂げることなでできるわけがなく、〈じんりゅう〉の外から連れてきたこの新型ヒューボに動いてもらおうということになったのだろう。

 

「はいっ……どうぞよろしくお願いいたします!」


 ユリノはそれ以外に答えようが無かった。

 臨検されるということは疑われているということであり、けっしていい気分では無かったが……。

 ユリノが答えると、新たな〈ウィーウィルメック〉搭載の新型ヒューボが、ゾロゾロとエアロックを通過して〈じんりゅう〉へと乗艦してきた。






「お! いたいたぁ、こんな所にいたんだね!」


 突然呼びかけられ、ケイジが飛び上がるようにして振り返ると、見知らぬ女性が右舷目視観測ウイングの入り口に立っていた。

 〈じんりゅう〉に乗艦し、SPAD個人携帯端末の画面で確認していた〈ウィーウィルメック〉艦長と第二副長ではなかった。

 もちろん〈じんりゅう〉クルーでもない。

 金髪碧眼、カオルコ少佐程ではないが、グラマラスなボディを軟式簡易宇宙服ソフティ・スーツで包んだ見知らぬ美女であった。

 だからケイジは精いっぱいの演技力を駆使して、尋ねるしかなかった。


「ど……どちらさまでありませんことかしらん?」

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