第一章『ゴースト・プロトコル』 ♯2
『
その人口天体こそが、人類が土星の背後に観測した金色のラインであった。
その人工天体は【ザ・ウォール】を名付けられ、何とか全員無事に脱出した〈じんりゅう〉クルー達は、同じく【ザ・ウォール】に五年前に不時着していた恒星間移民船〈アクシヲン三世〉のクルーと合流、協力しあい、同艦を〈じんりゅう〉搭載のオリジナルUVDを換装することで再起動させ、〈アクシヲン三世〉に乗り【ザ・ウォール】からの脱出に成功した。
そしてその過程で、〈じんりゅう〉クルーは〈アクシヲン三世〉装備の【ANESYS】デヴァイスを用いて、【ザ・ウォール】を生み出した異星遺物【ウォール・メイカー】を操作している異星AIとのコンタクトに成功。
【ザ・ウォール】の崩壊を指示・実行させると同時に、実は巨大な
再生された〈じんりゅう・
これを破壊することで【グォイド増援光点群】の正常な減速を阻止し、太陽系を通過することを強制させることで、内太陽系人類圏を守ったのであった。
【ダークタワー】破壊を成し遂げた〈じんりゅう・テセウス〉は、〈アクシヲン三世〉の恒星間移民への旅立ちの為の加速を補助した後に、内太陽系人類圏への帰還の途についた。
子細は省くとして、これが〈じんりゅう・テセウス〉より送られてきたデータにより、内太陽系の人類が知った『
素直に信じるには、あまりにも壮大かつ突飛な出来事であった。
が、見上げた星空に現れた金色のライン=【ザ・ウォール】も、それが霧散した後に現れた【グォイド増援光点群】も幻ではなく、人類はどんなに葛藤があれども、このデータ信じる他なかった。
さらに加速した【グォイド増援光点群】が土星圏タイタンに衝突し、同衛星を半壊させたことで、土星圏グォイド本拠地は、人類とグォイド両者にとって想定外の大ダメージを受けていた。
これにより、少なくとも当分の間、人類はグォイドの大規模侵攻を恐れる必要は無くなっていた。
このまま二度と土星圏のグォイドは、大規模侵攻を行うことが出来ない可能性すらあった。
それはつまり、人類のグォイドに対する勝利であり、グォイドにより滅ぼされる恐怖からの解放であった。
『
【グォイド増援光点群】は少なくないダメージを受けたが、それが彼らにとって、もっとも損害の少ない選択肢であったからだ思われる。
もちろん、グォイド増援の脅威が完全に去ったかについてはまだ確定ではなく、また太陽系内のグォイドが一掃されたわけではない。
『
その数は決して少なくはなく、さりとて大規模侵攻艦隊には及ばない規模ではあったが、太陽系全体に散らばった野良グォイド艦隊として、無視できぬ厄介な存在となっていた。
だが、SSDFの戦力での対処は決して不可能ではなく、太陽系内からのグォイドの完全掃討も、時間の問題でしかなくなっていた。
人類は、迂闊に油断はすまいと警戒しつつも、人類が救われた可能性にどうしても思いを馳せずにはいられなかった。
そしてその想像の中には、グォイドのいない太陽系を、どの国家間同盟が統べるかというシミュレーションも含まれていた。
その最中に〈じんりゅう・テセウス〉より送られてきたデータには、同艦が〈太陽系の
〈太陽系の
だがその存在を、真剣に信じ、受け止める人類はごく少数であった。
『木星文書』に記されていたように、太古の太陽系に、オリジナルUVDを生み出し、自在に操る何者か来訪し、この恒星系を人類が誕生するに至った状態に加工、調整した……などと言われても、
少なくとも、その事実が我が身に直接的影響が無い限りは……。
だが『
多くの人類がその目で見た異星遺物作の【ザ・ウォール】は、けっして幻ではなく、それは同時に〈太陽系の
そして限定的とはいえ、〈じんりゅう〉は【ANESYS】を用いて〈太陽系の
一部の人類が、そのことが意味する重大性に気づくのは当然と言えた。
仮にグォイドの脅威が完全に太陽系から取り除かれる日が来たならば、その後の人類の行方についてイニシアチブをとるのは、〈太陽系の
その結論に至った人間の行動は、〈じんりゅう〉の内太陽系人類圏への帰還を待たずにすでに始まっていた。
光速の限界からリアルタイム通信こそまだ行えないものの、内太陽系人類圏への〈じんりゅう〉接近に伴い、グォイドによる傍受を気にせず行えるデータ通信が再開されてから数日――。
内太陽系人類圏から、SSDF航宙艦が〈じんりゅう〉のエスコートの為に合流しに来る…………というメッセージを受信した直後に、それとは別に新たな暗号メッセージは届いた。
それはVS艦隊司令部のみが使用できる【ANSYS】でなければ解読できない最上級の暗号メッセージであった。
つまり、メッセージの内容は、それだけ秘匿せねばならないものであるということであった。
グォイド相手にではなく……同じ人類相手に対して……。
――〈じんりゅう〉メイン・ブリッジ――
ケイジ三曹とサティを除くユリノ以下の全女子クルーにより、さっそく実行された短い【ANESYS】によって解読したVS艦隊最上級暗号メッセージは、テューラ司令からのVS‐806〈ウィーウィルメック〉がエスコートに向かうという連絡についての補足メッセージ映像であった。
『――――VS‐806〈ウィーウィルメック〉は、試験運用中であるということを名目に、まだ正式にVS艦隊の指揮下には入っていない。
つまり私には彼女らの艦について、どうのこうのと命令はできないということだ。
現在〈ウィーウィルメック〉は、同艦を建造したSSDF第二艦隊・月防衛艦隊〈ゴルゴネイオン〉の指揮下にある。
ついでに言えば、艦長キャスリン・J・グリッソム以下の同艦クルーは、公表情報が確かならば、全員北米あるいは月出身者で固められている。
これが意味することを、今さら口にするまでもないだろう……』
そこまでテューラ司令のバストアップ映像が流れたところで、カオルコとクィンティルラが、「どういう意味?」とユリノの方に真剣な視線を向けたが、幸いにもテューラ司令のメッセージがそのまま彼女らの疑問に答えた。
『…………こほん!
〈ウィーウィルメック〉が〈じんりゅう・テセウス〉の
あまり同胞を疑いたくはないが、〈ウィーウィルメック〉は第二艦隊〈ゴルゴネイオン〉……つまり建造国家間同盟〈ステイツ〉の意向により、お前たちの乗っている〈じんりゅう・テセウス〉を調査するつもりなのかもしれない。
もちろん、自分らの陣営の利益の為にな。
むしろエスコートよりも、監視と調査の為の可能性の方が高い、いや、そう思うのが自然で当然だ』
ユリノの周囲で、メッセージを共に見ているクルー達のうちの幾人が「む~」と微かに呻きながら眉を寄せた。
これまで人類全体の敵としてグォイドと戦ってきた彼女が、同じ人類からのスパイ行為を向けられようとしたのならば、そのようなリアクションも無理のない話であった。
ついでに言えば、現在の〈じんりゅう〉には〈ステイツ〉出身のクルーがいなかったことも、そのリアクションを後押ししただろう。
逆に〈ウィーウィルメック〉クルーは〈ステイツ〉出身者で固められてるらしい。
基本的にVS艦隊〈じんりゅう〉級のクルーは、艦長を除き、各国家間同盟出身のSSDF航宙士を取り混ぜて採用する取り決めになっている。
これは同じ国家間同盟出身のクルーで固めてしまうことで、〈じんりゅう〉級がその国家間同盟の利益優先で行動している疑いをもたれない為の処置だ。
各国家間同盟出身のクルーが混ざることで、各〈じんりゅう〉級は、あくまでグォイドとの戦いにのみにその性能を発揮することに専心でき、また国家間同盟もそれを信じることが出来るわけである。
だが、その取り決めは特に説明もなく破られたらしい。
元から互いの国家間同盟の猜疑心を産まない為だけの処置であり、罰則があるわけでもなかった。
こうもあからさまに破られるとは思わなかったが……。
『無理もない………………』
クルーの第一印象に反し、テューラ司令は〈ウィーウィルメック〉のこの行いに、ある程度は理解があるようだった。
『【
一度撃破されたにも関わらず〈太陽系の
オリジナルUVDを主機に搭載するだけでなく、そのメインフレームまでオリジナルUVDと同質の物質に置換され……。
それ以前に【木星事変】でも〈太陽系の
なんやかんやあって惑星間レールガン弾体と化したグォイド・スフィア弾の撃破を成し遂げぇ……。
人類が初めて遭遇する不定形知的生命体と、良好な関係を築いた艦……。
そんなの誰だって気になって気になって、調べたくなって当然だからなっ!』
徐々に声のボリュームを上げながらそう言うテューラ司令の、ビュワーに映る怒ってるのか笑ってるのかよく分からない顔には、言い知れぬ実感がこめられているような気がした。
確かに、当事者ゆえに客観性を失っていたが、はたから見たならば、〈じんりゅう〉の行いは、調査対象にされて当然であったかもしれない。
調査対象などという言葉では生ぬるいくらいである。
『そもそもだ……。
お前たちは何故か勝手に確信して安心しているのかもしれんが、我々にしてみたら、お前たちが乗ってる〈じんりゅう〉が、
一度完全に破壊されたはずの〈じんりゅう〉が、どこの馬の骨とも分からん異星遺物に、再び原子レベルで作り直してもらったなどとは、まだ信じられないのだ!
これがグォイドでは無くとも、そのぉ……〈太陽系の
テューラ司令は腕組みしながら不機嫌そうに告げた。
ユリノ達は、リアルタイムで謝ることもできず、ただ胸中で「ごもっとも!」と思いながら俯くぐらいしかできなかった。
今乗っている〈じんりゅう〉が、本当に〈じんりゅう〉なのかについてはユリノ達とて悩まなかったわけではなかった。
帰還の途につきしだい、すぐさまこの艦と、墜落前の〈じんりゅう〉の差異が無いか可能な限りの調査を行った。
その結果は微妙であった。
船体はもちろん、艦内のクルーの私物や食料にいたるまで、【ザ・ウォール】接触前の〈じんりゅう〉と寸分変わらなかった。
が、その結果はクルーが人力で調べたものでしかない。
高性能な機材やエクスプリカやヒューボを使っても調べてみたが、機材も彼ら自身も、異星遺物【ウォール・メイカー】で再生されたものなので、本物か否かの調査には使えないのだ。
ユリノ達がそれでも平気そうに見えるのだとしたら、単にどちらにしろこの〈じんりゅう・
『……それに……SSDFの他の国家間同盟の艦では、今のお前たちの位置に急行できて、一緒に帰れる艦などありはしない。
……これを良い口実にして〈ウィーウィルメック〉はお前らの所へと向かうということにしたのだろう』
テューラ司令の顔の横に、〈じんりゅう〉周辺の
が表示され、現在位置とオリジナルUVDを搭載しているが故の推力から、〈ウィーウィルメック〉がもっとも早く〈じんりゅう〉とランデブーができることが示された。
宇宙では惑星などの重力源を使ってスイングバイでもしない限り“行って戻ってくる”という行いは非常に難儀である。
いかに無尽蔵のエネルギーをくみ出せる人造UVDがあっても、それは変わらない。
だが、全SSDF航宙艦の中で、オリジナルUVDを搭載した〈ウィーウィルメック〉ならば、その難儀な行いが、少なくとも〈じんりゅう〉の次くらいには得意な艦ではある。
ゆえに、〈ウィーウィルメック〉以上に〈じんりゅう〉とのランデブーに適任な艦はいないのである。
『つまり、〈ウィーウィルメック〉の目的がなんであれ、実際問題〈じんりゅう〉は同艦とランデブーする以外の選択肢は無い。
………いや、飲まず食わずで自力で帰還できるなら構わないのだが……』
テューラ司令がそこで言葉を止めると、クルー達はギクリと身体を硬直させた。
〈じんりゅう〉が〈ウィーウィルメック〉とランデブーすることは、〈じんりゅう〉という艦をスパイされる可能性を高確率ではらんでいた。
が、かといって〈ウィーウィルメック〉のランデブーを拒否することはできなかった。
木星赤道直下に潜航する『紅き潮流』作戦。
木星・水星間を惑星間レールガンとなって飛翔した『メリクリウス作戦』。
そして慣性航行で土星グォイド本拠地を偵察する『サートゥルヌス計画』。
これら三つの作戦行動を経て、〈じんりゅう〉は一度として補給を行うことができなかった。
そんな暇など無かった。
それでもサートゥルヌス計画は、内太陽系人類圏への帰還までに〈じんりゅう〉搭載の食料が足りると判断されて実行が成された。
だがサートゥルヌス計画は、【ザ・ウォール】への墜落と、〈アクシヲン三世〉のピギーバック加速による太陽系からの発進補助を行った結果、〈じんりゅう〉の無補給帰還は当初の予定をはるかに上回ってしまった。
そしてその結果、とうとう〈じんりゅう〉積載の食料在庫が、危険域にまで減ってしまったのである。
〈じんりゅう〉は今、深刻な食料問題に陥っていた。
〈じんりゅう〉が〈じんりゅう・テセウス〉になったことによる、積んである食料ははたして本物なのか? などと考えていられる場合ではなかった。
内太陽系人類圏の惑星配置の関係上、〈じんりゅう〉が最も早くたどり着けるのは地球圏ラグランジュⅢにある宇宙ステーション〈斗南〉だが、そこへの到着までに〈じんりゅう〉の食料がもつかは怪しい。
〈じんりゅう〉艦内ではすでに通常食料は枯渇し、レーションを中心とした保存食での生活が始まっていた。
クルーが無理をすれば、〈斗南〉まで食料を持たせることは可能だ。
が、好きこのんで選択したい道ではなかった。
現状、〈じんりゅう〉艦内では臨時の
が、それも限界に近い。
ただでさえクルー達は、【ザ・ウォール】に墜落し、〈アクシヲン三世〉にたどり着くまでに、レーションで一週間ちかく過ごす経験をしたばかりなのだ。
出来るなら当分レーションのレの字も見たく無い。
故に、〈じんりゅう〉クルーは僚艦とのランデブーを待ち望んでいた。
ランデブーしてレーション以外の食事が補給される日を待ち望んでいた。
艦内では末期的症状として、残った貴重なチョコやクッキーなどのスナック菓子類が、貨幣としての価値を持ち始め、一部のクルー間で闇取り引きに使われているらしい。
現状がこれ以上続けば、クルーの精神衛生と人間関係が危険領域に達する可能性があった。
一刻も早く僚艦とランデブーし食料が補給され……日々の三回の食事がレーションではなくなり、さらにはデザートやスナックが再び口に出来る日がこなければ、〈じんりゅう〉艦内がどうなってしまうことか……ユリノは考えたくなかった。
この欲求の成就に比べたら、〈ウィーウィルメック〉のスパイ行動疑惑など、優先順位はだいぶ下位でよかった。
『…………というわけで、〈ウィーウィルメック〉のスパイ行動については、ジタバタしたところでどうしようもないので、基本的に放置とする!』
「えッ!?」
ユリノ達の望みを、まるでテレパシーで察したかのごとくテューラ司令が告げたので、ユリノは司令のメッセージをどこか聞き逃したのかと思った。
だが他のクルーも同様に驚いていることから、それはあり得なかった。
『隠そうと思って隠し通せることは無いし、やましいことがあるわけでもない。
〈ウィーウィルメック〉とランデブーしたら、〈じんりゅう・テセウス〉に関する情報は、好きなだけくれてやって構わない。
それどころか、いくら下心があるとはいえ、〈じんりゅう〉の窮地を救ってもらうことには変わりは無いのだから、ランデブー時は〈じんりゅう〉艦内に招いて歓待して差し上げろ。
それが仁義ってものだからな……。
ただし、渡した情報は、同時にパブリックな情報としてSSDFおよび全人類社会にも同様に公表するものとする!』
テューラ司令は力強く宣言した。
ユリノたちは一瞬「あや~……」と呆気にとられたが、すぐに司令の判断が妥当だと思い直した。
それが良い! そうしよう! と。
食料云々の問題はさておいても、テューラ司令の判断は、確かにそれ以外考えられない気がした。
スパイ疑惑が真実だとしたならば、〈ステイツ〉の他の国家間同盟を出し抜こうという野心を感じずにはいられないが、〈じんりゅう〉がここまでの旅で得た情報は、多くの人類に考えて欲しい事でもある。
……というかこんな重大な真実をはらむ情報は、〈じんりゅう〉クルーだけで抱え込みたくない。
だからむしろ、有してる情報は全ての人類に向け発信して、責任も共有してしまえ……という考えは大雑把で乱暴だが、妥当でもあると思えた。
特に、〈アクシヲン三世〉をピギーバック加速で送り出した際の【ANESYS】を行った後の、〈じんりゅう〉のメインコンピュータには、メモリー残量を圧迫する程の正体不明データが残されていた。
通常の【ANESYS】後でも、
ユリノ達はこの正体不明データの内容が、〈太陽系の
異星遺物【ウォール・メイカー】の異星AIとの対話を【ANESYS】を用いて行った経験からすると、その可能性は十分にあると思えたのだ。
もしそうならば、データの内容究明は人類の将来に関わっており、可能な限り多くの人手で、一刻も早く正体を究明した方が良い。
……だから全部わたしちゃえ……という考えは豪胆そのものだが、逆に言えばとてもテューラ司令はらしいとユリノには思えた。
『その一方でだ……。
現在我々に開示されている〈ウィーウィルメック〉のスペックも、黒塗りだらけの不完全なものだった。
少なくともまだ〈ステイツ〉には〈ウィーウィルメック〉の性能の全てを開示するつもりはないらしい。
その事実一点からしても、連中は油断できないわけだが…………とはいえ……だ。
同時にこれはチャンスと言えばチャンスだ。
お前たちはこの機会に、ランデブーした〈ウィーウィルメック〉が、いったいどんな航宙艦をなのか調べれば良い。
それくらいは試みても文句言われる筋合いはないはずだ。
トンビに油揚げの件もあるしな』
呆れるユリノ達を他所に、テューラ司令は表情にどこか邪悪なものに浮かべながら告げた。
“トンビに油揚げ”とは、【メルクリウス作戦】直後に、〈じんりゅう〉がグォイド・スフィア弾の破壊に使った木星オリジナルUVDを、まんまと〈ウィーウィルメック〉が回収し、わが物としたことだろう。
あのまま漂流して、いつしか木星オリジナルUVDをグォイドに奪われることに比べたら大分マシだが、テューラ司令はちゃんとそのことを覚えていたようだ。
『ま…………これは許可であって、命令じゃない。
実行の可否はそちらに任せる。
………………本題はこれからだ』
テューラ司令はパッと表情を変えて続けたが、ユリノ達は彼女が“トンビに油揚げ”について根に持っていることを確信した。
テューラ司令はゴホンと咳払いすると、メッセージを続けた。
『この最上級暗号でお前たちにメッセージを送ったのは他でもない。
【特別懸案事項K】についてだ』
テューラ司令のメッセージ映像は、それぞれに動揺するクルー達を他所に続いた。
『〈ウィーウィルメック〉とのランデブーによって、〈じんりゅう・テセウス〉や〈太陽系の
だが【特別懸案事項K】については別だ。
〈ウィーウィルメック〉とのランデブー時にこの情報が漏れて、巡り巡って全人類社会に彼の存在が漏洩した場合、誰一人として幸せにならない。
お前たちにも想像がつくはずだ』
ユリノ達はテューラ司令に促されるまでも無く、【特別懸案事項K】というワードが聞こえた段階から、すでに想像していた。
彼の存在が、〈ウィーウィルメック〉とのランデブーをした結果、世間に漏洩してしまった場合の未来を……。
人類社会を揺るがすVS艦隊の大スキャンダル。
テューラ司令の更迭。
SSDFの信用失墜。
“某三曹”の放逐=一人の少年の人生の終焉。
それによる〈じんりゅう〉クルーの【ANESYS】への影響。
それによる戦闘能力の低下。
それによる戦没の危機。
これまで紆余曲折を経て人類の窮地を救った〈じんりゅう〉の喪失。
対グォイド戦の人類の敗北……滅亡。
想像すればいくらでも恐ろしい未来が見えた。
もちろん、さすがに単なる考えすぎかもしれないが、悲劇の可能性が存在すること自体は確かだった。
テューラ司令の言う通り、本当に
『この問題に対し、お前たちは手っ取り早く【特別懸案事項K】を、ランデブー時に〈じんりゅう〉艦内の奥深くにでも隠しておけば良いと思うかもしれない。
だが事態はそう簡単ではない。
すでにそちらにもデータ受信して目を通したこととは思うが、お前たちが消息を絶っている間に、キルスティにより、お前たちの木星での活動概要を記した文書が発表された。
元はSSDF各所への報告書として書かれたものであったが、人類社会への一連の【木星事変】の事態説明として、その【木星文書】は一般に公表されたのだ…………問題は……』
そこから先のテューラ司令の言葉を、ユリノ達は青ざめながら聞いていた。
いわく、一部世間でささやかれ始めたシアーシャ前機関長に代わる謎の新クルーに関する追及をかわす為に、【木星文書】内では執筆したキルスティが考えた架空の女性クルーが描かれているのだ。
つまり〈ウィーウィルメック〉ランデブー時は、彼女が考えた女性クルーが〈じんりゅう〉艦内にいないと不自然になってしまうのだ。
最初から存在しないことになっているならば、【特別懸案事項K】を艦内に隠すだけで済んだかもしれない。
だが、すでに
結論から言えば……キルスティ! 余計な事を! というのが真っ先に抱いた感想であった。
ユリノ達に与えられた選択肢は一つしかなかった。
キルスティが考えたその女子クルーに、【特別懸案事項K】を化けさせるしかない。
丁度その時、事情を知らない【特別懸案事項K】が〈じんりゅう〉メイン・ブリッジへと入ってきた。
ユリノ達はそれぞれの気持ちで、早くもクルー達の不自然な気配に気づいた彼に視線を向ける他なかった。
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