2/3 Carry on,carry on

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 ――〈マクガフィン歴48年〉――


 赤ん坊の時代から幼児の時代に突入するのにあわせ、フォセッタは子供達と共に、いよいよマクガフィンVへと降下し、そこでの生活を開始することにした。

 フォセッタ達の使命は、ただ子供を増やし育てることだけではなく、マクガフィンVを開拓していくことでもあったからだ。

 生まれてきた子供たちが、この星で自給自足できる環境を可能な限り速やかに構築するには、いつかは必ず子供達と共に地上に降りないわけにはいかなかった。

 この時〈アクシヲン三世〉は、一端着陸し、多くの物資をマクガフィンVに降ろしはしたものの、艦自体は再び離陸させ、静止衛星軌道上に待機させることにした。

 〈アクシヲン三世〉そのものを地上に残してしまうと、万が一マクガフィン恒星系にグォイドが襲来した時などに、惑星重力下から再離陸するのに手間取り、マクガフィン恒星系から脱出することの難易度が大いに上がるからだ。

 当然、〈アクシヲン三世〉主機関のオリジナルUVDをグォイドに渡さない為の配慮でもある。

 仮にグォイドがマクガフィン恒星系に侵攻するような事態が発生した時、脱出船としての即応性は、艦を宇宙に残しておいた方が高い。

 マクガフィン恒星系から脱出せねばならなくなった時は、地上の人間たちは、降下させたシャトル、もしくは動力源代わりに降下させていた駆逐艦で、〈アクシヲン三世〉まで上がった方が能率的だったのだ。

 静止衛星軌道に停泊させた〈アクシヲン三世〉には、そのまま軌道エレベーターの建設基地になってもらう。

 軌道エレベーターの有用性は言うまでもなく、完成すればその恩恵は計り知れない。

 マクガフィンⅤに無い資源も、他のマクガフィン恒星系の惑星から調達し、運ぶのが容易になる。

 その一方で、地上に建設したドーム基地には、並行して軌道エレベーターの基部施設や、その周囲への複数の開拓用ドームの建設がS‐ヴィムセミ・フォンノイマン・マシン群によって行われていた。

 各ドームは、その縁部分がリング状ドーム建設機ビルダーとなっており、ドーム外からS‐ヴィム《セミ・フォンノイマン・マシン》群によって運ばれた資材を元に、ドームの縁を持ち上げるようにして増築し、ドーム内の環境を維持したまま、ゆっくりと巨大化されていく。

 各開拓用ドーム内部には、マクガフィンⅤの資源を利用し、ゆくゆくは食料自給の為のプラントを建設していく計画だ。

 これでマクガフィンVがドーム無しで生きていける環境になるまで、なんとかなるはずであった。

 ちなみにマクガフィン恒星系内に、新たな人造UVDプラントの建造も計画されていた。

 フォセッタはそれらのマクガフィンⅤ開拓の監督をしつつ、育児を続けることになった。



 フォセッタは、瞬く間に成長した赤ん坊達が初めて言葉を発した時は、涙を流して感動したものだが、その感情は程なく恐怖と不安に転じた。

 急激に言葉を覚え、意思疎通が可能になっていくが、決してフォセッタの望んだ通りのことを覚え、学んでくれるわけではなかったからだ。

 誤解を恐れずに言えば、最初の数年間は赤ん坊たちを、ただ生物学的に安全に健康に育てるだけで良かった。

 だがこれからは、フォセッタ達は文明人として、また立派な大人になるよう子供達を教育をすることを考えねばならなくなったのだ。

 とりあえずマクガフィンⅤ初の幼稚園の速やかな開校が求められた。

 フォセッタ達は〈アクシヲン三世〉内のコンピュータ・アーカイブから、育児と教育に必要なノウハウを片っ端から集め始めた。

 幼稚園が終われば小学校が始まり、その後は……準備は早めに開始した方が良さそうであった。

 勉学という意味では、言語や算数、理科の類であればスキッパー等のAI任せでも事は足りる見通しであった。

 体育もサティの協力で(クッション的安全面で)なんとかなりそうだった……多少の不安はあるが……。

 図画工作、音楽も任せることにする、もしくは先送りにする。

 家庭科も必要になるまでは先送りだ。

 問題は“歴史”であった。





 問題の片鱗は、まだ将来の教育について考える必要性も無かった頃に、すでに現れ始めていた。

 きかっけは四足歩行はいはい状態まで成長し、目を離すとすぐどこかへ移動しようとし、眠ることを異常に嫌がる年頃になった幼児たちを、いかにしてしかるべき時間になんとか寝かしつけようかという難題にぶつかっていた時だった。

 子守歌作戦がまず実行はされたが、効果には限界があり、また当時フォセッタはお世辞にも歌が上手とは言えなかった。

 歌についてはフォセッタの鍛錬とその結果を待つとして、新たな作戦を模索した結果、古来より伝わる本の読み聞かせが有効だというサティの『そういうシーンを映画とかアニメで見たことあります!』という言葉に飛びついた。

 そして実行した結果、一応の効果を得たは良いのだが、それはフォセッタ達に新たなる大問題の存在を突きつけたのであった。

 フォセッタは促されるがまま、〈アクシヲン三世〉のアーカイブ内から引っ張り出した『ももたろう』『シンデレラ』『浦島太郎』『白雪姫』『花咲じいさん』『赤ずきんちゃん』等々のいわゆる童話や昔話といわれる物語の有名作を、眠るべき時間になると子供たちに手あたり次第に読んで聞かせた。

 昔々……あるところに……母親がそう語り出すと、子供たちには絶対では無くとも効果はあった。

 もっと早くから実行しておけば良かったとフォセッタ達は思った。

 読み聞かせを始めた当初は、まだ子供達は言葉を発せず、フォセッタの言っている物語を理解しているのかは知りようも無かったが、とりあえず夜(この星で言うところの)のしかるべき時間に、眠りにつく切っ掛けになってくれればそれで良かった。

 それに、子供達が自分の声に耳を澄ましてくれるのが、フォセッタはとても嬉しかった。

 だからフォセッタは調子に乗ってありとあらゆる童話、昔話、神話等の物語を探し、選び、話して聞かせた。

 が、子供たちが二足歩行状態にまで成長するのとほぼ同時に、言葉を発し、会話が可能になってくると、それらの行いが実はとても残酷で危険あった疑惑が出てきてしまった。

 言葉を理解するようになった子供達が、自分達の境遇と、物語世界の住人の境遇との齟齬に気づきはじめたのだ。


 ここはどこで、今はいつなのか?

 自分達以外の人々はどこにいるのか?

 自分達は何故ここにいるのか?

 ママ以外のパパやおじいちゃんやおばあちゃんは?

 物語に出てくる動物たちや山や川や海はどこにあるのか?


 フォセッタには容易には答えられない疑問が、子供達から拙い言葉で湯水のごとく浴びせられるようになってしまった。

 フォセッタはどう答えるべきか大いに悩んだ。

 真実を伝えるべきではあると思う。

 だがそれを一から子供たちに説明するのは、とてもとても長い道のりであり、そしてその果てにある子供達に与えられた境遇は、残酷であるとも言えたからだ。

 子供たちは、故郷を遠く離れたこの星の、母と合わせてもたった11人しかいない住人なのだから。






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 五日前に〈アクシヲン三世〉内の冷凍睡眠から叩き起こされ、地上に降ろされ事情を説明されてから、一応の練習や音合わせは済ませていた。

 だから理屈の上では準備は万端なはずであった。

 余った時間は、この星で生まれサティが飼っている数匹の猫の世話をして過ごした程だ。

 サティが一人で寂しくないように家に送ってきたのだ。

 ……にも拘わらず不安が募るのは、久しぶりに見るドーム内の景色が、思いのほか様変わりしていたからだろう。

 もちろん、まだ冷凍睡眠から肉体と精神が目覚めきっていないという理由もあるだろうが……。

 フォセッタはステージ裏のトレーラーハウスタイプの楽屋に案内され、出番を待ちながらそう思うことにした。

 耳を澄ますまでもなく、楽屋にはスタジアム内の喧噪が届いてきた。

 大音響の音楽の生演奏と歌声、それに対する地響きのような観客たちの歓声がトレーラーハウスを震わせる。

 時々大仰な芝居のセリフと思しき声も聞こえてきた。

 それらの内容に、フォセッタは覚えがあった。

 それはかつて、フォセッタが自ら子供達に話して、あるいは歌って聞かせたものなのだ。

 それこそが今日この日、盛大に催された『マクガフィン開拓200周年記念フェスティバル』のメインイベントなのだ。






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 子供たちに自分達の来歴を教える時が、予想よりもはるかに早く訪れてしまったことに、フォセッタ達は慌てた。

 実は子供達はフォセッタ達が心配する程、熱心に自分達がなぜここにいるのか知りたいというわけではまだ・・なかったのだが、それでも言葉を覚え始めた子供達の知識と経験値の吸収率は凄まじく、フォセッタ達は何を教えるにも慎重になる必要性を感じた。

 子供達が単独での移動能力と、会話による理解力を獲得した今、フォセッタ達の振舞いの一挙手一投足に、子供たちが重大な影響を受けて行動し、その結果、生死と幸不幸を分かつ遠因になりかねないと感じたからだ。

 ともかく子供達の影響の受けやすさが凄まじかったのだ。

 ……とはいえフォセッタ達にとれうる選択肢は限られていた。

 子供達にとっては退屈かもしれないが、まずはごく普通に太陽系は地球での人類の発祥から、順を追って歴史を教えるしかない。





 例によって〈アクシヲン三世〉内のコンピュータ・アーカイブから、使えそうなありとあらゆる教材をダウンロードしては、太陽系は地球上の生命誕生から人類への進化、宇宙進出、グォイドとの遭遇から今この時までを、順をおって歴史を子供達に読み聞かせた。

 もちろん、子供向けにアレンジしてだ。

 子供達は自分達で聞いておいて退屈がった。

 いかに子供用教材風にしてあるとはいえ、歴史はエンターテイメントではないのだから当然であった。

 だが有意義ではあった。

 多少退屈であった方が、眠る時に読み聞かせるのには丁度良い。

 眠ってくれさえすれば、質問されることも無い……朝までは。

 フォセッタは歴史教育をかねた読み聞かせ作戦に満足した。

 内容をどのレベルで理解しているのかは分からなかったが、子供達からリアクションが返ってくると嬉しかった。

 その結果、少しばかり調子に乗った。





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 ノックされ楽屋のドアを開けると、ここまで案内してくれたスタッフがもうじき出番だと伝えてくれた。

 フォセッタは頷くと、楽屋を出て案内するスタッフに続いた。

 楽屋からステージまでの間には、大勢のスタッフや出番を終えたパフォーマーたちが行きかっていた。

 その顔の多くが、フォセッタを見るなり一瞬立ち止まっては、いわく言い難い表情で何か言おうとして、結局何も言えずに、ただ潤んだ視線だけを彼女に無言で送り、通りすぎていった。

 フォセッタのその視線の中を、内心の緊張をひた隠しにしながら通りすぎていった。

 自分が酷く場違いな気がしてならなかった。

 自分はけっして、こんな記念すべき日に、ステージに立つことが許されるような人間では無い。

 むしろ、ここにいる人々全てから恨まれていてもおかしくない。

 なのに……なのに……何故自分はここに…………。






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 約二年をかけて、フォセッタの子供達への歴史読み聞かせは、UDOの観測と遭遇を経て時代は23世紀となり、ついにフォセッタが生まれた時代へと突入した。

 これまでに眠る時間の読み聞かせ以外にも、幼稚園時間には子供向けアニメ教材なども併用し、子供達が自分達の歴史に興味を持つよう心掛けてきた。

 だが耐宙人として、生まれながらに知識を持っていたフォセッタには想像ができなかったが、どう考えても歴史を教えるには少々早すぎる年齢だったようだ。

 が、第一目的は然るべき時間に寝かしつける為だったので、歴史についての理解は余禄みたいなものであり、子供達が本当に覚えたかどうかは、もっと後で気にすれば良かった。

 とりあえず子供たちへの、自分の来歴に対する返答は9割方なされた。

 理解できずとも、納得してもらえたなら、今はそれでいい。

 嵐のような質問攻撃がおさまるなら、もうなんでもいい。

 ここに至るまでの時間で、フォセッタは昼間の幼稚園時間での経験も踏まえ、劇的な読み聞かせスキルの上達をみせていた。

 サティやスキッパーにまで音痴呼ばわりされていた歌を特訓し、さらにピアノを猛練習の末に奏でられるようになっていた。

 フォセッタ自身が、それまで露ほども興味の無かった音楽というものに、今更ながら夢中になったという事情もある。

 そしてそれらを駆使して、読み聞かせどころか弾き語りができるまでになっていた。

 それが子供達に喜ばれると、さらに腕を磨き上げて、子供達に披露しては、さらに弾き語りスキルを上達させていった。

 だが、初代〈じんりゅう〉の活躍の時代になると、フォセッタの歴史弾き語りの出番は、一時必要なくなった。

 TVアニメ『VS』を見せれば良かったからだ。

 かなりアレンジが効いている部分もあるが、少なくとも初代〈じんりゅう〉の進宙からの活躍は、子供達が退屈せずに見れるだけのエンターテイメント性がありつつ、史実にも忠実で教材として充分に使えた。

 だからこそプロパガンダとして製作された側面もあるのだが……。

 だが、教材として仕えたのは、ごく短い期間だけであった。



 元からアレンジが成されたアニメではあったが、初代〈じんりゅう〉の戦没を機に、アニメはアレンジの域を超えて歴史から逸脱したので、以降のアニメ『VS』は教材には使えなくなった。

 何しろ初代〈じんりゅう〉艦長のレイカ中佐が、突飛な理屈で生き返り、太陽系を飛び出て新シーズンでは活躍しだすのだ。

 だからTVアニメ『VS』は、初代〈じんりゅう〉戦没部分で、子供達に見せるのは止めた。

 これまでの昔話の読み聞かせや歴史の説読み聞かせでも、死の概念の登場やら、男女間の子供の作り方など、子供達にとって衝撃となる展開は幾度かあったが、この出来事もまた、子供達に恐怖と衝撃を与えた。

 グォイドという全人類を抹殺しかねない存在と、それに敢然と立ち向かっていた〈じんりゅう〉が、艦長と共に沈んだのだから。

 見せる前から予測できたことではあったが……フォセッタはそこまで見せて、大泣きするならまだしも、ショックのあまり食事もとらず、泣きも笑いもせずたた茫然とする子供まで現れ、大いに慌てた。

 だがフォセッタは、TVアニメ『VS』の完全フィクションとなった続編を見せることもできたが、それは後にすることにした。

 そもそもの目的を考えたら当然の判断ではあった。

 ここから先は、もう既存のTVアニメは使えない。

 またフォセッタの読み聞かせパフォーマンスと、〈アクシヲン三世〉から取り寄せた教材ではない二代目〈じんりゅう〉、および〈アクシヲン三世〉そのものの記録データを使って、子供達に説明する他ない。

 フォセッタは、いかに上達したとはいえ、TVアニメのエンターテイメント性には到底及ばぬ自分の読み聞かせで、子供らに今にいたるまでの最後の最後を説明せねばならないことに、猛烈なプレッシャーを感じながら、必死に長きにわたるこれまでの歴史を子供達に伝えた。

 なるべく面白おかしく、なるべく史実に忠実に、それでいて分かりやすく……まずは二代目〈じんりゅう〉の登場と活躍で、子供達に元気を取り戻させた。。

 そして【ケレス沖会戦】でのケイジ三曹と二代目〈じんりゅう〉の出会い。

 木星での【ザ・トーラス】の発見と、惑星間レールガンにより地球の危機。

 そして土星圏【ザ・ウォール】での二代目〈じんりゅう〉墜落と、〈アクシヲン三世〉との遭遇へ……。











 ――〈マクガフィン歴49年〉――


「……あのね……あのねママぁ……〈あくししょん〉……は……どうなった……の?」


 その朝、目覚めるなり大粒の涙を流しながらそう尋ねる我が子に、フォセッタはしばし何も答えられなかった。

 この子が涙を流している理由はすぐに思い至った。

 昨晩の読み聞かせで、〈アクシヲン三世〉がフォセッタと出会った〈じんりゅう〉クルーとの協力のもと、トータス・グォイドとトゥルーパー・グォイドを撃破し、ついに不時着していた【ザ・ウォール】から離陸したのだ。

 フォセッタは本来なら、寝かしつける為の読み聞かせにも関わらず、自分でも興奮して電子ピアノを奏でまくりながら、〈アクシヲン三世〉の華々しい勝利を語り上げたのであった。

 そして少しばかり、語り過ぎた。

 トータス・グォイドを倒したことで、【ウォール・メイカー】内の異星AIへの指示権をある程度獲得できたことにより、〈アクシヲン三世〉は【ザ・ウォール】を崩壊させることに成功した。

 だが、直後に待っていたのは、希望では無かった。


「…………あ」


 フォセッタは我に返ると、弾き語る自分の周りで、布団に包まった子供たちが鼻をすすり上げて泣いているのに気づいた。

 が、手遅れだった。

 はじめは声を殺していた泣き声が、大号泣へとシームレスに変わった。

 もちろん泣かせたくて泣かせたわけでは無かった。

 今にして思えば、〈アクシヲン三世〉が【ザ・ウォール】を脱出したところで今晩の話は終わっておけば良かったのだが、まだ眠りそうもない子供達に、ギリギリまで続きを語ってしまったのがまずかった。

 再び〈アクシヲン三世〉の前に訪れた絶望的な危機に、子供達の心は喜びから悲しみに180度転じてしまったのだ。

 かといって、今から一気に最後まで語るにはもう時刻が遅すぎた。

 フォセッタはやむを得ず子供達一人一人を抱きしめながら、『大丈夫……大丈夫だから……明日ちゃんと、この続きを話すからな……だから今日は寝ておけ……』と、苦しい言い訳と共に、必死に寝かしつけたのであった。

 幸い、子供達はフォセッタの努力というよりも、睡魔に負けたからという理由で、その日は泣きつかれるようにして眠ってくれた。

 フォセッタも、後を追うようになだめ疲れて眠ってしまったのだった。


「……あのね……あのねママぁ……〈あくししょん〉……は……どうなった……の?」

「あ……ああ……………ああ! 〈アクシヲン三世〉のことだな!? 大丈夫! 心配するな! 今日の夜にちゃんと続きを話してやるからな!」


 フォセッタは背中に冷や汗が伝うのを感じながら、昨晩のことを“思い出し笑い”ならぬ“思い出し泣き”をし始めた子供達に告げた。

 子供達はちっとも納得してはいないようだったが、その日の夜の読み聞かせ時間が早くくるよう望むがごとく、その日一にちを黙々と、ふざけることもなく沈んだ顔で過ごしていった。

 フォセッタは幼稚園時間に歌を唄ってもお遊戯をしても、おやつを食べても沈んだままの子供達の表情に、どえらいプレッシャーを感じた。


「あ……これはまずったかも……」

『だから言ったじゃないですか』


 脂汗をかきはじめたフォセッタに、全身水色のメイド姿となって彼女を手伝う為に現れたサティの触腕が、ぼそり告げた。

 これまでもそこそこの衝撃的なエピソードはあったはずなのに……何故? フォセッタは想像を超えた子供達の反応を最初はいぶかしんだが、すぐに理解した。

 嫌なこと、悲しい出来事を経験してしまったからこそ、新たに嫌なことや悲しい事が起きそうな予感に、恐怖するようになってしまったのだ。

 フォセッタはその日の夜になるまでに、サティやスキッパーとこっそり相談して、今夜の読み聞かせの準備を大急ぎで練った。

 二年もかけて行った自分達の来歴を語り聞かせる行いの最後が、子供達が意気消沈して終わるなどと、絶対に認められなかった。

 フォセッタは、基本的に心の機微に疎い彼女としては珍しく、今夜が子供達の将来に大きな影響を与えるターニングポイントになると、直感したのだった。


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