3/3 Show Must Go On
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『やったわみんな! ついに【ザ・ウォール】から脱出したわよ!』
ステージの下手(客席から見て左側)袖幕まで案内されると、袖と袖の隙間からステージ上を限定的に覗くことができた。
時刻はいつの間にか夕暮れとなっており、沈む寸前のオレンジの西陽が、僅かに頭上からスタジアム内を照らしていた。
ステージ上では、ユリノ艦長役の少女が、今は〈びゃくりゅう〉のバトルブリッジに見立てられた段差の最上の座席から立ち上がり、高らかに告げたところだった。
スタジアムのステージ上には、ユリノ艦長役以外にも、サヲリ副長、カヲルコ少佐、フィニィ操舵士、ルジーナ電測員、ミユミ通信士、シズ技術大尉、パイロットのクィンティルラに、我が姉たるフォムフォムら、懐かしい人物を演じる者たちが、今回のイベントのクライマックスを最大限に盛り上げようと熱演していた。
舞台奥の上方に据えられた巨大スクリーンには、〈アクシヲン三世〉が当時撮影した実際の映像を元に、崩壊していく【ザ・ウォール】の破片群と、その彼方に巨大な
もちろん実際にはバトルブリッジの正面ビュワーに映るべき光景であったが、あくまで客席に見せるための演出として、ブリッジ内のキャラクターが見ている光景として映しだされていた。
僅かに見える客席の方に視線を向ければ、ある程度は想像はしていたが、それを超える人混みが、〈アクシヲン三世〉の【ザ・ウォール】からの再離陸に大歓声で喜びをあらわしていた。
だがしかし……、
「フォムフォム! 大変だ艦長、ダークタワーより発信中のレーザーの送信先が、【ザ・ウォール】の崩壊によって露わになった……」
フォムフォム役の少女が告げる。
と同時に、背後の巨大スクリーン上に投影された崩壊した【ザ・ウォール】の破片群の影から、眩い光が無数に瞬き始めた。
瞬時に静まり返る客席。
「……グォイドの増援と思しき光源の第一次分析を完了しましたのです。
崩壊した【ザ・ウォール】の影に見える光点群は、30年前のUDO太陽系内初遭遇時に観測した光波紋と98%一致しましたのです。
ただし規模は前回の6倍、シードピラーの総数に換算した場合は約20万隻、体積で言えば月の約2倍あると推定」
シズ役が上ずりそうになる声を務めて押さえながら告げた。
その報告の意味することを、観客達は正確に理解しているのか、無数の盛大なため息、あるいは息をのむ音が聞こえてきた。
自分も当時そうだった。
人類がこの危機を乗り切れる未来が、フォセッタにはまったく見えなかった。
「シズちゃん、減速中の光源の予測コースを表示して」
「はいなのです……土星公転軌道到着まで、計算ではあと約三か月となるのです。
【グォイド増援光点群】は土星の東側を通過し、木星圏あるいは地球圏を真っ先に攻撃可能なコースをとる模様」
「そ…………そんなぁ……せっかく……せっかく脱出できたのにぃ…………!!」
ミユミ役の少女が嗚咽をこらえきれすに、両手で口元を抑え涙をぽろぽろとこぼしながらそうこぼした。
同じように客席からもすすり泣く子供の声が聞こえる。
フォセッタも当時は同じ気持ちだった。
せっかくここまで来たのに、これが運命が用意しておいた答えだというのか!?
激しく憤り、また絶望した。
あの時、紆余曲折を経て、ようやく旅を再開できるかの思えた〈アクシヲン三世〉の前に現れたのは、太陽系へと向かう新たなグォイドの無数の増援だった。
その数と規模からいって、太陽系の人類には到底対抗など不可能であり、それはつまり太陽系人類の滅亡を意味していた。
誰一人生き残らず、一人残らず死ぬ。
それが確定した未来となったのだ。
およそ150年前のあの日、最初の子供たちに初めてこの時のことを話した夜、フォセッタは愚かにも、子供達には、この時の事態の深刻さなど完全には理解できないと思っていた。
だがそれは大きな間違いだった。
フォセッタの献身的な歴史教育的読み聞かせを、子供たちはフォセッタが思う以上に熱心に聞き、少なくともその本質的な部分は理解していた。
だからあの時、子供たちは大いに悲しみ恐怖したのだ。
ステージ上では、〈じんりゅう〉クルー演じるキャストの熱演が続き、刻一刻とフォセッタの出番が迫っていた。
フォセッタは軽いボディブロー的シャドーボクシングめいた動きや、その場でピョンピョンジャンプなどして緊張をほぐすと、その瞬間を待った。
と、そこへそれまでステージ上にて“当時”のフォセッタ役を演じていた少女が、
そして自然と、袖幕にいた本物のフォセッタと目が合った。
間近で見るフォセッタ役の少女は、驚くほど自分にソックリだった。
が、良く見ると、再び背中を隠す程に伸びたフォセッタのピンクの髪の毛に対し、彼女の髪の毛は明らかにカツラであり、フォセッタの切る本物のソフティ・スーツに対し、彼女のは微妙にクオリティの低い手作りだった。
全て、ここマクガフィンVで手にいれた素材で出来ているからだ。
だがそれをまとう少女の顔はとても
どうやら30年ぶりに目覚めた自分に会えたことが、よほど嬉しいらしい。
彼女は悪びれもせず回した腕を離すと、サムズアップしてフォセッタをステージ上へと押し出した。
下手袖からよろけるように出たフォセッタは、一瞬頭が真っ白になって、客席を茫然と見た。
そして改めて驚いた。
想像したよりもはるかに多くの人々が、スタジアムの客席いっぱいを埋め尽くしていたからだ。
まるで人の絨毯みたいだった。
老若男女数万人の目が、ついに現れたフォセッタに集中し、フォセッタと同じように驚き、沈黙していた。
フォセッタは最初のたった10名の子供達から、ここまで人が増えたことを、その目で初めて確認し、その事実を受け止めるのに固まってしまった。
もちろん、今はステージ本番の真っただ中であり、この沈黙は明らかにあって良いものではない。
フォセッタは必死に真っ白になった思考を再起動しようと思ったが、身体が動かなかった。
その時――、
「がんばって~!! ママ~!!」
まだ幼い女の子の声が、沈黙を破って客席から響いた。
フォセッタは瞬時に再起動すると、今日この日の為に、冷凍睡眠から30年ぶりに目覚め、特訓してきた成果の披露を開始した。
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その夜、フォセッタが自分を囲む子供達の布団の中心に、板状電子ピアノを膝に乗せて座り込むと、二十一の瞳が指すように、また祈るようにフォセッタを貫いた。
フォセッタは大きく深呼吸をしてからその日の弾き語りを始めた。
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「…………い、いや! ままま……まだ! まだ終わってないぞ諸君! 自分達にはまだ出来ることがあるぅ!! あるぞぉ!!」
フォセッタは拳を握りしめながらズンズンと進み、棒読み極まりなく宣言すると、ステージ下手(左側)の床からせり出してきたグランドピアノのピアノ椅子に飛び乗り、BGMを自ら奏ではじめた。
最初は単音の高速連打で単調に、だが徐々に音を上げていく。
どこか不穏でありながら、どこか期待感を喚起する音色で……。
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「ママはその時思った……。
こんな結末なんて……そんなの認められない…………こんな風に……自分は地球を、太陽系を出ていきたくはない! って。
そりゃ〈アクシヲン三世〉は、太陽系を脱出するための船だけれど………………だけれど!
ただ逃げ出すんだとは思いたくなかったんだ……。
もっと……こう……なんて言うか……前向きな気持ちで旅立ちたかったんだ! じゃないと…………じゃないと……」
フォセッタは電子ピアノを奏でながら、子供達に熱く語った。
「まだ……この危機から太陽系の人類を救う方法が一つだけある……ママはそれに賭けたかった」
「分かった!」
フォセッタがそこまで語ったところで、一人の子供が、布団に包まりながら手を上げた。
「ダークタワーをぶっ壊せば良いんだ!」
フォセッタはその子の言葉に、大いに関心し、満足しながら大きく頷いた。
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「この艦でダークタワーを破壊しようというのね? フォセッタ中佐」
「ああそうだユリノ艦長! ダークタワーを破壊して減速用レーザーの発信を止めれば、グォイドの増援は太陽系で止まれなくなる!」
「そんなのムチャです! この艦に積まれた多くの命を守りながら、グォイドの本拠地ど真ん中にあるダークタワーを破壊するだなんて!」
不穏なBGMが流れる最中、フォセッタがユリノ艦長役の問いに答えると、サヲリ副長役がそれはそれは大仰に反論した。
「だが……今はそれ以外方法が無いんだ……リスクは承知だ! だが、ここでグォイドの増援を知らんぷりして逃げていったら…………」
フォセッタはもう200年も前の出来事の記憶を呼び起こそうとして、一瞬、ホントに自分があの現場にタイムスリップしたような感覚を覚えながら言葉を紡いだ。
「…………たとえ逃げて生き延びることができたとしても………………きっと幸せを感じられることは無いと思うんだ……」」
今の自分であったならば、絶対に選ばないであろう選択に、フォセッタは自分で驚いた。
もし失敗すれば、今目の前の観客席にいる人々は一人残らずいなくなるのに……。
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「そんな…………危ないよぉ……だってだって……〈じんりゅう〉じゃないんでしょ? あくししょんはぁ」
怯えるように布団に包まった子供の一人が訪ねた。
フォセッタはまた子供たちが大号泣して、弾き語りが続けられなくなりやしないか心配になりながら「ああ、そうだ」と答えた。
しかも、問題はそれだけではなかった。
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突然ステージ上にけたたましく警告アラートが鳴り響いた。
血相を変えてルジーナ中尉役が報告した。。
「敵艦複数発見! 右舷前方2時方向、上下各角プラス10度、距離250キロ、相対速度差、プラス毎時200キロ! すみません! 【ザ・ウォール】膜の破片に隠れてて発見が遅れましたぁっ!」
次の瞬間、ついに陽が沈んだスタジアムの観客席の上を、まばゆく深紅に輝く光の柱がズバンというSEとともに横切り、ステージのすぐ横に命中して火花を散らした。
観客達から悲鳴が上がる。
ホログラムで再現された敵グォイドのUVキャノンの光の柱だった。
『UVcannon and lightning very very frightening me!!』
オーケストラ内の組み込まれたコーラス隊の声が響いた。
「おそらくこの辺りをたまたま警戒中だった、パトロール艦隊かと思われるのです」
「敵艦種別、駆逐艦六デス!」
その最中、再び“ずばん”という合成効果音とともに、ホロUVキャノンの光の柱が観客席を上から照らした。
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「敵に見つかっちゃったの~!?」
「ああ、そうだ」
「!!」
フォセッタは半ばヤケクソになりながら子供達に答えた。
フォセッタの無慈悲な返答に、周りの子供達の瞳にみるみる涙が溜まっていくのをフォセッタは確認したが、もう後には引けなかった。
「ママたちは土星本拠地をパトロールする艦隊に見つかってしまった!
ついさっきママは、〈アクシヲン三世〉で土星に浮かぶダークタワーを破壊しようだなんて言ったけれど、とんだお笑いぐさだった。
ダークタワーを破壊どころか、パトロールしてる駆逐艦にすら沈められそうだったのだから……
だけどお前たち! だからって、だからって諦めるのはまだ早いぞ!」
フォセッタは電子ピアノの単調かつ不穏なBGMのキーを上げながら、子供達に力強く告げた。
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「フィニィ回避~!」
「ダメです、間に合いません!」
ユリノ艦長役が操舵士であるフィニィ少佐に叫ぶ最中も、ホログラムのUVキャノンは迸り、観客たちを赤く照らし続けた。
「間もなく敵艦主砲、必中距離デス!」
ルジーナ中尉役が叫ぶと、スタジアム内の観客達が一斉に息をのむのが分かった。
それがステージ演出で、安全なただのホログラムであると分かっていても、UVキャノンが頭上を通過するのは恐怖だったのだ。
だが、再び敵グォイド艦の放つUVキャノンの赤い輝きが、観客たちを照らすことは無かった。
代わりにステージ上方、バトルブリッジの真上のスクリーンから、虹色の光の柱が瞬いたかと思うと、スタジアムの端、敵のUVキャノンの放たれた位置に命中し、そこで爆発を表現したストロボ照明とSEが鳴り響いた。
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「…………」
スキッパーがこっそりと部屋の照明を暗くし、ホロプロジェクターで投影したUVキャノンのエフェクトに、子供達が絶句する最中、フォセッタは弾き語りを続けた。
「その時、ママたちの乗る〈アクシヲン三世〉の後方から、突然数十発のUVキャノンが放たれると、敵パトロール艦隊の駆逐艦を次々と貫ていった!!!!!!!!
ママ達が驚きながら振り向くと、そこには……」
フォセッタは電子ピアノで奏でていた単調なBGMを、両手をフルに使って壮大なメロディへと変えた。
と同時に、今か今かと待ち構えていたサティが、ついにその姿を子供達の前に現した。
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ゴゴゴゴゴゴゴ……と、まるでスタジアム全体を揺さぶるような重低音SEと共に、ステージ上方、バトルブリッジ真上の大スクリーンを突き破り、巨大な……といっても実物よりは小さな全長全幅数十メートル単位の……航宙艦が観客達の前に姿を現した。
「あれは…………あれはアリゾナ級戦艦だ!」
ケイジ三曹役の少年が、観客席方向の彼方を見ながら叫んだ。
と同時に、ステージと客席の間の窪みに待機していたミニ・オーケストラ楽団が、フォセッタの奏でるBGMに重厚な音色を加え、一大スペクタクルな音楽となって、この当然の展開を盛り上げた。
一方、ステージの背後では、ホログラムでバトルブリッジの左右と上方を囲むように銀色のリングが投影され、その内側に閃く虹色のカーテンからミニ・アリゾナ級戦艦に続き、新たな航宙艦が次々と現れ始めた。
「……あれは〈あきづき〉級の重巡洋艦!……」
次々と虹色のカーテンを潜って現れるSSDFの航宙艦の一つ一つを指してケイジ三曹が叫んだ。
「〈ペガサス〉級空母も!…………実体弾投射艦〈ヴァンガード〉級も……」
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「……あれはじったいだんとうしゃかん〈ヴァンガード〉きゅう!!」
「アレ! じゅんじょ~かん〈ジャン・バール〉に! あれは〈ガングード〉!!」
布団の上の男児達が、突如部屋の頭上に、次々と泛び現れたミニサイズの航宙艦を次々と指し示しながら名を呼んた。
ミニサイズの航宙艦は、サティの触腕製であった。
それにホログラムをプロジェクション・マッピングの要領で投影し、ディティールを底上げさせているのだ。
航宙艦だのメカだのが大好きな男子たちは、フォセッタが教えた覚えもないのに、正確に各航宙艦の名を覚えていた。
子供たちがが瞳を爛々と輝かせながら、現れた航宙艦を見上げる光景に、フォセッタはBGMを盛り上げながら大いに安堵した。
「なんで? ……ねぇなんでぇ?」
一人の女児がフォセッタのパジャマの裾を引っ張りながら尋ねた。
もっともな質問であり、待っていた質問だった。
「ああ、それはなぁ! ……【ウォー――――」
「分かった~! あの銀色の輪っかになった【ウォール・メイカー】が、航宙艦墓場のおフネを直してくれたんだね!」
「………………ああ!」
フォセッタはセリフを子供の一人に奪われ、少し驚いた。
が同時に、賢い我が子を誇りに思いながら、何が起きたのかを語り始めた。
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「【ウォール・メイカー】が、土星のリングを材料に【ザ・ウォール】を作ったように、一種のマテリアル・プリンターの機能があって……材料さえ与えれば、それを変化させ、他の何かを生み出す事が出来るということなのね!?
それも異星文明の異星テクノロジー製の……。
そして私達の【ANESYS】の願いを受けて、その性能で持って、航宙艦墓場の残骸から新しい航宙艦を作り直してくれたのね!」
壮大なBGMが響く最中、ユリノ艦長役が観客にも分かりやすいように推測した。
「巡洋艦〈ジャン・バール〉……〈ガングード〉……」
ケイジ三曹役が、声を震わせながら続ける中、スタジアムの頭上に幾隻もの航宙艦が浮かび、それにホログラムで重ねられた【ザ・ウォール】の破片が、艦首から艦尾へと流れ去り、まるで実際に宇宙を航行しているかのように見せた。
観客達が知っているかは分からないが、それらの航宙艦は、熱気球の要領でサティが空中に浮かべた触腕の一部であった。
彼女はフォセッタの知らぬ間に、航宙艦を触腕で再現する腕前を上げていたようだった。
フォセッタがオーケストラと共に、グランドピアノで各航宙艦の建造国家間同盟に合わせたBGMを奏でると、その国家間同盟の血を継いでいるらしい観客達が、それぞれに歓声をあげる。
フォセッタはBGMを奏でながら、視界の彼方の光景に、200年前に己の目で見た光景を重ね合わせた。
あの時まで、フォセッタは希望も絶望も喜びも悲しみも知らない人間だった。
ただ課せられた任務をこなすだけの、生きた機械と違わなかった。
それがその日を境に、フォセッタは知ったのだ。
フォセッタは150年前のあの日、最初の子供達に、なぜこの時のことを語りたい、語るべきだと思い、そしてとても緊張したのかを思い出した。
「…………と、いうことは……」
ユリノ艦長役が続けた。
フォセッタはオーケストラ楽団と共に、演奏曲をシームレスに変えていった。
この星の住人ならば誰もが知るの曲の主題歌へと……。
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「……そしてあの時、ママ達の前に最後に現れたのは………………………………それは……それは! ……」
フォセッタは、子供達全員が大好きで、毎日幼稚園時間に歌うあの主題歌のイントロを奏で始めた。
フォセッタの周りの子供達一人一人が、目を潤ませながら最後に銀のリングとなった【ウォール・メイカー】を潜ってくる艦を見守った。
まるでシュモクザメのような
「〈じんりゅう〉だ……………!!」
子供達が一斉に叫んだ。
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『〈じんりゅう〉だ……………!!』
ステージ上、観客席、スタジアムにいる人間、その他マクガフィンVの各地でこのイベントの中継映像を見ている人々が一斉に叫んだ。
フォセッタはその姿を、永遠に目に焼き付けておきたかったのだが、涙で潤んでよく見ることができなかった。
だが震える唇で歌うことは出来た。
――まだ見ぬ明日に、虚無の戸張が降りる
この広き宇宙に、僕らはなぜ生まれたの? ――
あの時、【ザ・ウォール】上に墜落した〈じんりゅう〉もまた、【ウォール・メイカー】によって再生された。
あの時の気持ちを、フォセッタは200年経った今も鮮明に覚えている。
――英知 勇気 友情 努力
全てが無意味と諦めきれるの? ――
何時だって思っていた。
自分は何故、何のためにこの宇宙に誕生したのだろうか? と。
最初の子供たちに、この弾き語り『新たなる旅立ち』を披露してから、あまりにも様々なことが起きた。
――きっといつかは気づくのでしょう
答えはまだ知らないけれど――
良いことも、悪いことも多々あった。
最初の子供達が成長し、新たなる子供達が生まれ……成人した子供達の間で子供達が生まれ……フォセッタはこの星のただ一人の“ママ”ではなくなっても、幼い子供達に弾き語り『新たなる旅立ち』を聞かせ続けた。
初めての親子喧嘩をして怒って泣いた。
マクガフィンVで最初の死者が出た時には、泣きに泣いた。
事故死だった。
多くなっていくマクガフィンV人の間で最初の犯罪が起き、最初の殺人が起きた時は、自死を考え、サティやスキッパーに慌てて止められた。
各ドームシティ間での格差が広がり、それが物理的争いにまで発展すると、フォセッタはもう耐えられなくなって冷凍睡眠に逃げ込んだ。
――飛び立て! ヴィルジニ・ステルラ!
奇跡は舞い降りる 希望と共に
ここに生きる意義を取り戻すよ――
いつのまにか、フォセッタに合わせ、スタジアム内の観客全員が唱和していた。
30年ぶりに目覚めて見たマクガフィンVの人々は、こんなダメなママに、優しい瞳を向けて一緒に歌ってくれている……フォセッタは200年以上生きてきても、今の自分の感情の名前が分からず、ただみなと一緒に歌うことしかできなかった。
――嗚呼 ヴィルジニ・ステルラ!
人は誰でも 心の奥に―――――――――
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「揺るぎないかが~やきぃ~ 秘めて~いるから~! あ~あ~~!」
フォセッタが子供達と共に、とてもこれから眠る時間とは思えないレベルで熱唱し終わった途端、子供達が一斉に大号泣しはじめたので、フォセッタは大いに慌てた。
マズったか!? と。
もし、子供達の心に、将来に影響するレベルでトラウマを与えてしまっていたらどうしよう……と肝を冷やした。
「あああ……みんなどうした!? ママの話はそんなに怖かったか!?」
子供たちはブンブンと顔を振った。
「じゃ悲しかった? つまらなかった?」
子供達は泣きながら顔を振り続けた。
「ひょっとして…………嬉しかったから?」
サティにそっと耳打ちされて半信半疑で尋ねると、子供達はコクコクと頷いた。
「…………じゃぁ、続きを聞きたい?」
子供達は顔を上げ、大きく頷いた。
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フォセッタの前に、〈じんりゅう〉クルー役の面々が集まると、一人一人と熱いハグを交わした、あの時のように。
みな、見た目はそっくりなようで違っていたが、その内側から発する熱量は、フォセッタの頃を20年前にタイムスリップさせるに充分だった。
みな、このろくでもないママに直接会えて、さらにステージを共にできたことに、混じりけの無い感謝と尊敬の眼差しを送って来て、フォセッタは眩しくなった。
一人一人ハグを終えると、彼女達は蘇った〈じんりゅう〉へと乗り移るべく、〈アクシヲン三世〉を後にしてステージ上からはけていった。
ケイジ三曹役の少年は、史実通りに交わしたハグとキスに、だいぶ足元が怪しくなっていたが、フォセッタは気にしないことにした。
フォセッタは再びマクガフィンV製グランドピアノに腰掛けると、演奏を開始した。
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子供達は大騒ぎしながら、フォセッタの話の続きを聞いていった。
土星へと降下する再生SSDF航宙艦艦隊と〈アクシヲン三世〉と〈じんりゅう〉。
激しい迎撃に耐え、ガス雲から浮上する〈アクシヲン三世〉と〈じんりゅう〉を、サティとスキッパーがその姿を変えた触腕とホログラムのコンビネーションで表現し、子供達を夢中にさせた。
そして傷つきながらも、メインフレームまでオリジナルUVD同質物質となった〈じんりゅう〉が、なんと体当たりでダークタワーを倒壊させていく。
これでグォイドの増援は減速できなくなり、太陽系の人類は救われたはずだった。
子供達は包まっていたかけ布団を放り投げ、フォセッタの周りをグルグルと駆け回って喜んだ。
フォセッタはこの弾き語りがもうすぐ終わるの惜しみながら、続きを語ることにした。
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スタジアム観客席の頭上に、ピギーバック加速する無理矢理ドッキングした〈アクシヲン三世〉と〈じんりゅう〉が浮かんでいた。
その下面を、ホログラムの土星のリングが、薄いヴェールとなって艦首から艦尾へと高速で過ぎ去っていく。
さらにその上下を、ホログラムのレーザーのような光が、減速することを諦め、加速して太陽系を通過することを選んだグォイドの増援を表現して瞬いた。
「――ママは……旅立った……太陽系を放れ、この星へ向けて……。
――ママは……旅立った……誰もいないこの星へと……」
フォセッタが静かに歌うのに合わせ、グォイドの増援の光が擦過する最中、加速していた〈アクシヲン三世〉と〈じんりゅう〉が分離し、〈じんりゅう〉は小さくなって遠ざかっていった。
「さようなら故郷よ……もう行かなくちゃ……新たなる故郷を作る為に…………ママは…………時々寂しくて泣きそうになるけど……」
すでに幾度となく、子供の頃からフォセッタ作のこの歌を聞いて育ってきた観客たちが、両手を一斉に左右に振りながら唱和した。
「私たちは旅人なの……この宇宙の……
私たちは旅人なの……人生という名の……
敗者なんていない……立ち止まっても、また進みだす、だって皆は勇敢なる旅人なのだから…………」
フォセッタは歌い終えた。
冷凍睡眠から叩き起こされた時は、絶対嫌だと断ったものだが、今は不思議と穏やかな気分だった。
その理由はとても明確なはずなのに、何故かうまく言葉に表せなかった。
スタジアムの皆と、心が通ったような気分になれたからかもしれない。
150年前の、最初の子供達のことを思い出せたからかもしれない。
しばしの間忘れてしまっていたが、フォセッタがこの弾き語りを作り、子供達に聞かせたかったのは、今もまだ上手く言語化できないが、多分子供達に知っておいて欲しいと思ったからなのかもしれない。
ロクな人生経験も無い自分が、何も無い惑星に問答無用で連れてこられた子供たちに人生を語るなどおこがましいが、それでも自分が体験したようなこともあるのだと、知っておいてほしかったのだ。
自分が〈じんりゅう〉の皆と出会い、経験したようなこともあるのだと。
フォセッタはピアノから立ちあがると、観客席に向かって熱い投げキッスを放つと、深々と礼をして、ステージを後にした。
退場するんじゃない、また前に進むはじめるのだと心に決めながら。
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