ユピティック・ペーパーズ《木星文書》⑦〈メリクリウス作戦〉
木星上空・高速戦闘指揮巡洋航宙艦〈リグ=ヴェーダ〉内・SSDF木星艦隊
無人航宙艦を体当たりさせるという、極めて乱暴で野蛮なグォイド・スフィア弾発射阻止作戦が実行されてから数分……そして数十分が経過し、さらに1時間弱が経過し、我々はグォイド・スフィア弾が大赤斑から発射されないという事実をもって、ようやくとりあえずの作戦成功と判断した。
当時その場にいた私の知る限り、フィクションで見られるような歓声などは、皆無ではなかったが行った人間はごく少数派であった。
我々は辛うじて地球を守った。
だが、その結果は勝利と呼ぶにはほど遠かった。
グォイド・スフィア弾とSSDFとの戦いが、一進一退のまま延長戦へと突入したに過ぎなかった。
人類は、まだグォイド・スフィア弾そのものを破壊できたわけではない。
グォイド・スフィア弾がいったいどれほどのダメージを受けたかは不明だが、木星外部からの観測により、グォイド・スフィア弾と思しき質量が、その後も【ザ・トーラス】内を周回し続けていることが確認できた。
それはつまり、相手に再挑戦の機会を残してしまったということでもあった。
元から、人類は大いにグォイドに先を越された状態であった。
木星ガス雲の奥深くに、知らぬ間にシードピラーが潜航し、それがグォイド・スフィアとなっていたのを見逃していたのだから。
SSDFの努力と数奇な運命の悪戯によって、辛うじて完全なる敗北こそ回避できたものの、状況は悪化していないだけで、好転したとは言い難かった。
人類の木星圏における激戦は、まだグォイドの当初の目的を、わずかに挫くことに成功しただけに過ぎないかったのだ。
SSDF木星艦隊は、直ちにグォイド・スフィア弾の新たな目標を推測しようと試みた。
地球圏および火星圏は、その最適な発射タイミングの阻止に成功したことで、新たなグォイド・スフィア弾の目標にならないであろうことが確実視されていた。
阻止されたウィンドウ以上の好条件は当分無く、無理に地球圏火星圏に向かったとしても、到着所要時間から、内太陽系のSSDF艦隊が充分な迎撃態勢を整えることができてしまうのだ。
だから消去法で、グォイド・スフィア弾の新たな目的地は水星圏であると推測された。
内太陽系惑星の位置関係から、グォイド・スフィア弾の新たな目標が金星圏である可能性もあったが、SSDF木星艦隊は、水星圏が目標であるとの結論に達していた。
水星圏には、人類が有する最大の人造UVDプラントが存在するからだ。
全太陽系のSSDFに、主動力源たる人造UVDの約半数を供給しているプラントが仮に破壊されてしまった場合、人類は次のグォイド大規模侵攻を迎撃することはまず不可能となる。
水星圏へのグォイド・スフィア弾の発射を許すことは、人類絶滅の間接的トリガーとなりえた。
グォイド・スフィア弾が狙うのに充分以上の理由があった。
しかも推測が正しければ、グォイド・スフィア弾は水星の公転方向に逆行して迫ることになる。
それはつまり、公転する水星の真正面から衝突する可能性が大ということであった。
公転する水星の後方から迫るならば、水星の人造UVDプラントのみを破壊して通過する可能性もあるが、
そして仮にグォイド・スフィア弾に水星が粉々にされてしまった場合、その破片が内太陽系じゅうに散乱することとなり、人類は人造UVDプラントを失う以上の大打撃を受けることとなる。
とうてい、グォイドの大規模侵攻に備えているどころではなくなってしまうだろう。
ある意味、地球を狙って発射されたグォイド・スフィア弾を、正面から迎撃していた方が良かったかもしれない程であった。
さらに今、内太陽系のSSDFは、惑星間レールガンと化した木星から、地球圏もしくは火星圏にグォイド・スフィア弾が発射される推測された瞬間から、地球・火星圏防衛の為戦力を結集させている最中であった。
今から水星に向かうグォイド・スフィア弾への迎撃態勢を整えたとしても、とうてい間に合いはしなかった。
結局、人類に未曽有の危機が迫っていることになんら変わりはなかったのだ。
そしてグォイド・スフィア弾が新たな目標に水星を選んだ場合の最適発射タイミングは、思いのほか目前に迫っていた。
我々は心休まる間もなく、残された時間を使い、再びグォイド・スフィア弾の発射阻止に向けて動かなければならなくなった。
もちろん、我々は音信不通の〈じんりゅう〉のことを気にかけていなかったわけではない。
我々は、体当たりの為に大赤斑開口部に突入させた航宙艦が、グォイド・スフィア弾への激突寸前に送った画像データを分析した結果、グォイド・スフィア弾の側面を大慌てで減速後退する〈じんりゅう〉らしき光を確認し、大いに……大いに呆れたものだ。
第一次グォイド・スフィア弾発射阻止作戦からおよそ4時間後、新たなグォイド・スフィア弾の発射予測タイミングは訪れた。
SSDF木星艦隊の我々はこの事態に対し、再び確保した無人航宙艦による大赤斑に突入させての体当たり戦術以外に、有効な手段は思いつかなかった。
戦術AIの予測では、この試みが成功する確率は極めて低かった。
リバイアサン・グォイドがいなくとも、グォイド・スフィア弾は大赤斑直上には木星
無人航宙艦はグォイド・スフィア弾への激突を果たす前に、木星
前回グォイド・スフィア弾に対して行った無人艦体当たりが成功したのは、グォイド・スフィア弾に対する〈じんりゅう〉の攻撃により、木星
だがそれは通信連携もせずに偶然成しえた、極めて奇跡に近い事象であり、未だ木星内部にいる〈じんりゅう〉と連絡がつかない限りは、二度目があるとは信じられなかった。
だが、我々はこの無意味かもしれない作戦を、再度実行しようとしていた。
他に選択肢などなかったからだ。
しかし、無人航宙艦による体当たり作戦が開始されようとしていたその約10分前、事態は急変した。
木星のガス雲の底から、再び〈じんりゅう〉よりの通信が届いてきたのだ。
※(この文章を読まれる方々には、おそらくこのあたりから事態をリアルタイムで知りだした方も多いことだろうと思う。
人間相手に戦争を仕掛けているわけでは無いSSDFは、基本的にその活動をパブリックなものとしており、タイムラグはあれど、木星での出来事の全てはSSDF公共チャンネルで公開している為だ。
もちろん、機密情報が無いわけでは無い。
VS艦隊クルーのプライバシー情報や、真贋不透明な情報までは公開は控えている。
またSSDFが公表せずとも、VS艦隊のファンによる木星の観察情報が伝番することで、事態は一般市民やマスコミにも浸透されており、人類の存亡の危機が木星で起きていることは広く知られ始めていた。
それらの情報の中には、消息不明となった〈じんりゅう〉の事態も含まれており、地球、火星、月、そしてもちろん木星圏では、〈じんりゅう〉の安否を気遣うファンが、それぞれの場所で思い思いに〈じんりゅう〉の無事な帰還を祈る姿が映像記録されている)
〈じんりゅう〉が、大赤斑の底が【ザ・トーラス】へと接する境界部分の深深度ガス雲内からの通信が可能だったのは、〈ユピティ・ダイバー〉が潜航を開始した時点で、大赤斑に巻き付くようにして沈降中の軌道エレベーター〈ファウンテン〉のピラーの残骸に、あらかじめ通信用アンテナケーブルを打ち込んでおいたからだ。
そのアンテナケーブルが、時間経過にともなって沈降し、〈じんりゅう〉のいる付近に達したことで、再び木星上空の我々との通信が可能となったのだ。
まさかこの絶妙なタイミングで通信が可能になるとは想定していなかったが、ピラーに打ち込んだアンテナケーブル自体は、〈じんりゅう〉との通信が可能になることを期待して打ち込んだものなので、我々の目論見通りであったと言える。
問題は、突如通信してきた〈じんりゅう〉から要請された内容であった。
※(いったい何をどうすればそのような無茶を思いつくのか…………と、その提案を聞いた瞬間は思ったものである)
グォイド・スフィア弾の地球への発射が阻止された直後、〈じんりゅう〉は大赤斑の根元部分の【ザ・トーラス】の外に脱出し、未だ破壊できなかったグォイド・スフィア弾の監視を行いつつ待機していた。
UVシールド・コンバーターと、ガス雲内航行用シュラウドリング付き大型ノズルコーンを装備したことで、自力で木星深深度ガス雲から脱出しようと思えば可能になったのだが、〈じんりゅう〉は可能な限りここにとどまり、グォイド・スフィア弾の動向に対応可能にする道を選んだのであった。
そして、木星上空の我々同様、グォイド・スフィア弾が新たな目標として水星を選んだという結論に達したのであった。
その過程で〈じんりゅう〉クルーは、甚大なダメージを与えたはずのグォイド・スフィア弾が、いかにして再び【ザ・トーラス】内での加速を再開したのか? の謎に、一応の答えを出すことに成功していた。
あくまで間接的観測から得た推測ではあるが、グォイド・スフィア弾は前後180度向きを変えることで、背面に向けた木星
これまでの戦闘により甚大なダメージを受け、【ザ・トーラス】内部でピンボール状態となったグォイド・スフィア弾が、再び態勢を立て直し、水星へ向けての最適発射タイミングに間に合うよう加速する手段があるとしたならば、他には考えられなかった。
この事態に対し、〈じんりゅう〉はただちに【ザ・トーラス】内部に引き返し、【ANESYS】を用いた攻撃で再びグォイド・スフィア弾の発射阻止を試みたいところではあったが、それは不可能であった。
一つは、【ザ・トーラス】内部が、グォイド・スフィア弾が加速用に放った木星
もう一つは、先の戦闘で行った統合限界時間を超えた【ANESYS】の影響で、クルーの一部の脳に思考混濁症の初期症状が出ており、グォイド・スフィア弾発射の予測時刻までに、再び【ANESYS】を行うことが不可能になってしまったことだ。
ゆえに、先の戦闘でグォイド・スフィア弾正面に強行着陸して主砲UVキャノンを撃ち、【ザ・トーラス】を周回させてグォイド・スフィア弾を破壊する……などという無茶な戦術はもうできない(実に当たり前である)。
むしろこれまでのアクロバティックな攻撃手段をもってしても、〈じんりゅう〉の攻撃力ではグォイド・スフィア弾を破壊できなかったのだから、〈じんりゅう〉にはもうグォイド・スフィア弾破壊は不可能なのだと考えるべきだった。
だが、いかなる思考経路の果てにかは不明だが、〈じんりゅう〉クルーは〈じんりゅう〉にならできる、〈じんりゅう〉にしかできない手段で、水星へ向け発射せんとするグォイド・スフィア弾を破壊する手段を思いついた。
〈じんりゅう〉のグォイド・スフィア弾撃破プランの根幹は、〈ユピティ・ダイバー〉コアユニットである〈じんりゅう〉艦載機・昇電と共に、グォイド・スフィア弾との激戦の最中〈じんりゅう〉への帰還を果たしたサティの報告にあった。
※(ただでさえユニーク極まる彼女の意見を、どう受けとめたら良いのか……私にはまだよく分かりかね
る……分かりかねるが、理解できた範囲で記すとする)
サティによれば、彼女が〈じんりゅう〉とはぐれ、今〈じんりゅう〉がいる【ザ・トーラス】外の大赤斑を漂っていた間に、彼女に対し、いわゆるテレパシー的な手段を用いてコンタクトしてきた存在がいたらしい。
そしてその内容はといえば…………
【この度は、太陽系コンストラクター第五惑星・大質量移送サービスをご利用いただき、まことにありがとうございます。
当サービスでは、利用者の方々の望む物体を当恒星系内外問わず、お好みの場所へ向け、加速のうえ投射させていただいております。
利用をご希望の方は、加速希望物体を円環状加速路内に投入し、加速を行ってください。
なお、当サービスは先着順のご利用となっております。現在、先着の利用者が円環状加速路を利用中となっております。
後から当サービスへいらっしゃった方は、先着の方の利用終了を待って当サービスをご利用ください】
……というものであったという。
この文章はあくまで、サティの受け取ったテレパシーを無理やり人間の言葉に意訳したものであり、コンタクトしてきた存在の意向の全てを表現したものでは無いとのことだが、思考形態のまったく異なる存在からのメッセージは、サティにはこれ以上人間の理解可能な言葉には変換できなかったそうだ。
そしてこのメッセージ内容から明白なことではあるが、メッセージの発信者の正体は、【ザ・トーラス】であった。
サティいわく、より正確に言えば【ザ・トーラス】を形成している巨大リング状物体のうち、大赤斑の根元にあるリング内の
我々は、まだ公式に認めたわけではなくとも、【ザ・トーラス】の存在が確認した時点で、グォイドとは異なる知的存在が過去の太陽系に存在し、【ザ・トーラス】を作り出していたことを察しつつあったわけだが、その存在が、今もコンタクトできる形で木星内にいることが、ごく間接的にではあるが確認できてしまったわけである。
そして彼女の伝えた文章の内容をそのまま理解するならば、文中にある
あまりにも俗っぽく、また単刀直入なメッセージに対し、〈じんりゅう〉クルーもまた理解が追いつかない云々の感想が伝えられてきているが、このメッセージは重大な情報を彼女たちに与えた。
どうやら【ザ・トーラス】は、〈じんりゅう〉も惑星間レールガンとしての利用者に数えてくれているらしい。
ただ、今は先んじて【ザ・トーラス】に訪れていたグォイド・スフィア弾が、利用者として優先される為、〈じんりゅう〉には使わせてもらえない……ということなのだ。
【ザ・トーラス】が、それを生み出した知的存在(仮称・太陽系の
もちろん、にわかには信じられないことであった。
だが疑うべき明確な理由もまた無く、なにより疑うことに費やせられる時間が無かった。
だから〈じんりゅう〉クルーは、このメッセージを信じ、それに基づいたグォイド・スフィア弾の撃破プランを練り上げた。
ここから先は、光速度の限界による多少のタイムラグはあれど、太陽系各人類圏からその様子を逐次確認していた読者の方々も多いことだろうと思う。
我々は、〈じんりゅう〉が無人航宙艦による第二次グォイド・スフィア弾攻撃作戦実行直前に具申してきた作戦プランを受け入れ、全力でそれを支援することにした。
これが、世にいう『メルクリウス(※俊足の神)作戦』である。
それはまずグォイド・スフィア弾の惑星間レールガンとしての発射を、そのまま実行させることからはじまる。
グォイド・スフィア弾は大赤斑からの発射直前に、再び180度向きを変えて木星
本来予定されていた無人航宙艦による体当たりは中止されたからだ。
グォイド・スフィア弾はいかなる妨害も受けることなく、予測されたコースで水星に向け発射された。
その速度は、木星圏のSSDF全艦をもってしても、とうてい追撃可能な速さではなかった。
……ただ一隻を除いては。
その5分後、大赤斑より一直線に瞬く稲光となって、グォイド・スフィア弾に続く物体があった。
グォイド・スフィア弾が発射されたことで、【ザ・トーラス】の次の利用者となることができた〈じんりゅう〉が、サティを通じて【ザ・トーラス】の
SSDF木星艦隊によるグォイド・スフィア弾の発射阻止は、事実上不可能であることが分かっていた。
発射後のグォイド・スフィア弾の迎撃も、内太陽系SSDFでは間に合わない。
だが発射後のグォイド・スフィア弾の追撃ならば可能であった。
それが〈じんりゅう〉の作戦であった。
グォイド・スフィア弾の発射後に加速発射されたのだとしても、グォイド・スフィア弾よりもはるかに軽量な〈じんりゅう〉は、グォイド・スフィア弾よりも各段に短時間で同グォイド以上の速度まで加速が可能だ。
追撃されることを想定していないグォイド・スフィア弾に対し、後方から追いついた〈じんりゅう〉よりの攻撃であれば、このグォイドを撃破し、その目論見を阻止できるかもしれないと、〈じんりゅう〉クルーは考え、テューラ作戦指令が統べていたSSDF木星艦隊はそれを信じて送りだしたのであった。
※(惑星間レールガンとしての〈じんりゅう〉の【ザ・トーラス】加速時の操艦は、VS‐805〈ナガラジャ〉の【ANESYS】による
〈じんりゅう〉クルーが先の戦闘時の【ANESYS】の後遺症で、再【ANESYS】できるまで時間が必要であり、またグォイド・スフィア弾はとの再戦闘時に【ANESYS】を温存しておくためである。
私は
がそれだけであった。
人類の命運は、〈じんりゅう〉ただ一隻の手にゆだねられたのだから
※(〈じんりゅう〉発射の直後の木星の分析結果から、木星赤道直下にある【ザ・トーラス】が、猛烈な勢いで収縮を始めており、約三時間後に完全消滅することが判明した。
これは【ザ・トーラス】形成の為のエネルギー源であった木星オリジナルUVDが〈じんりゅう〉により回収され、蓄えられていた【ザ・トーラス】の維持用のエネルギーが完全消費されたからだと推察されている)
こうして、【ザ・トーラス】を利用し、自らが惑星間レールガン弾体となることで、理屈の上では〈じんりゅう〉はグォイド・スフィア弾に追いつくことが可能となった。
が、実際はそう容易な行いではなかった。
再び後方に木星
本来であれば、たとえ木星
が、それが不可能になったのだ。
グォイド・スフィア弾のさらなる加速手段の秘密は、程なく判明した。
グォイド・スフィア弾は、己の核たる小惑星の構成物質を、グォイド製
グォイド・スフィア弾はこの加速力を用いながら、メインベルト内の小惑星密集エリア
幸い、燃料ゆえに消費しつくすことでグォイド・スフィア弾の加速はすぐに終了したが、これにより〈じんりゅう〉は|小惑星が密集する
ユリノ艦長を始めとする〈じんりゅう〉クルーは、この事態に、総員のマニュアル操舵技術を駆使することで切り抜けた。
進路上の邪魔な小惑星は主砲UVキャノンで破壊し、操舵士フィニィ少佐に加え、昇電パイロット・クィンティルラ大尉が。
電測員のルジーナ中尉には、昇電コ・パイロットのフォムフォム大尉がサポートすることで、接触すれば即〈じんりゅう〉を粉々にするであろう小惑星を回避しつづけた。
そしてメインベルトの難所を力づくで通過すると、グォイド・スフィア弾を攻撃圏内に収めることに成功したのである。
しかし、それまでの行いは、グォイド・スフィア弾に追撃者の存在を気づかせるのに充分であった。
グォイド・スフィア弾は、己に残されていたレギオン・グォイド30隻を、〈じんりゅう〉に向け、減速、攻撃させた。
〈じんりゅう〉艦長ユリノ中佐は、ただちに温存していた【ANESYS】の使用を決断すると同時に、艦尾のガス雲内航行用シュラウドリング付き大型ノズルコーン内に回収してあった木星オリジナルUVDを点火した。
ノォバ・ジュウシロウ技術大佐の主導により、急造されたガス雲内航行用シュラウドリング付き大型ノズルコーンは、ガス雲での航行と、艦尾に回収したオリジナルUVDの接続をサポートするだけでなく、内部のオリジナルUVDを起動する機能が設けられていた。
これはノォバ・ジュウシロウ技術大佐の、それが可能な準備ならば施しておけという主義によるものである。
この機能を用いることで、〈じんりゅう〉は史上初のオリジナルUVDを同時に二基起動させた艦となり、その倍増したUV出力は、シュラウドリング付き大型ノズルコーンから推力となって放たれ、〈じんりゅう〉は瞬時にしてグォイド・スフィア弾をはるかに上回る速度まで加速した。
グォイド・スフィア弾の放ったレギオン・グォイド群は、【ANESYS】の超高速情報処理能力と、サティの協力で瞬時にして撃破した。
そして〈じんりゅう〉はついにグォイド・スフィア弾に追いついた。
問題は、いかにしてグォイド・スフィア弾を破壊するか? であった。
しかしこの問題は、すでに解決策が出されていた。
〈じんりゅう〉はグォイド・スフィア弾に追いつく直前で、艦尾に接続していたシュラウドリング付き大型ノズルコーンを、内部の木星オリジナルUVDごと分離させた。
この時、〈じんりゅう〉は大赤斑からの発射時より、意図してグォイド・スフィア弾の右後方より接近していた。
これに対し、グォイド・スフィア弾は左後方への噴射を続け、右カーブを描き続けていた。
大赤斑からの発射時の方向、メインベルトの
そのグォイド・スフィア弾右背面へ、〈じんりゅう〉の分離した木星オリジナルUVDは直撃した。
ご存知のようにオリジナルUVDは絶対破壊不可能である。
それが、右カーブし続けるグォイド・スフィア弾の右背面に、オリジナルUVD二基分の加速力で叩きつけられた場合、木星オリジナルUVDは防御不可能な実体弾となってグォイド・スフィア弾を貫通した。
なんてもったいない……なんてもったいない方法を思いつくのだろうか……。
もったいない話であるが、こうしてグォイド・スフィア弾は破壊された。
グォイド・スフィア弾の中心部にあった元シードピラーの機関部たるUVD集合体を、木星オリジナルUVDは瞬時にして貫通し、これを爆発させた。
結果、グォイド・スフィア弾は無数の破片となって飛び散った。
仮に水星にグォイド・スフィア弾が衝突した場合、まき散らされるはずであった破片による災いは、グォイド・スフィア弾が水星に向かうカーブの途中で破壊された為、心配する必要はなくなった。
カーブを止めたグォイド・スフィア弾の破片は、その速度を維持したまま、水星にかすることもなく太陽系をただ通過するだけのコースに乗ったからだ。
こうして『メリクリウス作戦』は成功し、人類は何度目かの存亡の危機を辛くも脱したのであった。
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