ユピティック・ペーパーズ《木星文書》⑥〈惑星間レールガン〉
〈じんりゅう〉は〈ユピティ・ダイバー〉とランデブーする約30時間前、グォイド・スフィア弾を初めて観測した直後に、すでにその事実を確認していた。
グォイド・スフィア弾はそのグォイド生産能力により、すでに百隻以上のレギオン・グォイドを生み出していた。
そのレギオン・グォイド群の半数が、グォイド・スフィア弾の背面に艦首を突き刺すようにして着陸しており、レギオン・グォイド群の艦尾メインスラスターの噴射により、グォイド・スフィア弾には加速および進路変更能力があることを。
そして約30時間後、グォイド・スフィア弾は〈じんりゅう〉が前方に放ったUVエネルギーの束が、【ザ・トーラス】を一周して背面より迫ってくるまでの約4秒弱の間で、背面左側に刺さるレギオン・グォイド群に緊急噴射をかけさせ、回避を試みた。
もちろん、たった3秒弱の噴射で完全な回避などできるはずもなく、できたのはグォイド・スフィア弾を僅かに右方向にずらすことだけだった。
だが僅かであっても、効果が無いわけではなかった。
グォイド・スフィア弾の回避運動により、背面中心部からやや左に突き刺さった亜光速のUVエネルギーの柱は、瞬時にしてその地中奥深く数十キロにまで突き刺さると、思い出したようにその地殻をプラズマに変え、内側から爆発させた。
だが月ほどサイズがあるグォイド・スフィア弾は、齧られたリンゴのような姿となりはしたものの、完全に砕け散るようなことにはならなかった。
グォイド・スフィア弾はUVエネルギーの命中を、真芯から僅かにズラすことで、完全破壊を免れたのであった。
しかし、UVエネルギーの命中による衝撃は、グォイド・スフィア弾の完全破壊こそ至らなかったものの、確実に同グォイドに、求めざるモーメントを与えていた。
一方〈じんりゅう〉は、グォイド・スフィア弾の完全破壊に失敗したことを惜しんでいる場合では無かった。
己が放った亜光速UVキャノンの命中により、グォイド・スフィア弾上に発生したカタストロフから退避するだけで精一杯だったのだ。
仮に己が放ったUVキャノンの命中時に、〈じんりゅう〉が強行着陸したままであったならば、グォイド・スフィア弾上に走った衝撃で、〈じんりゅう〉は破壊されていたことだろう。
その危機を、〈じんりゅう〉主操舵士フィニィ少佐の迅速な判断で緊急離陸したことで、〈じんりゅう〉は辛うじて間接的自滅から逃れたのであった。
〈じんりゅう〉はグォイド・スフィア弾が発射寸前だった木星
そして後方でグォイド・スフィア弾が傷つけども辛うじて健在であることを確認すると同時に、グォイド・スフィア弾がUVエネルギー命中時の衝撃で右方向――【ザ・トーラス】の外周側内壁へと流され始めたのに気づいた。
そして〈じんりゅう〉の背後で、グォイド・スフィア弾は意図せずに得てしまった己の慣性に抗う間もなく、【ザ・トーラス】外周側内壁に衝突した。
〈じんりゅう〉クルーは生きた心地がしなかったという。
自分達のすぐ後ろで、月サイズのグォイド・スフィア弾のUVシールドと、木星の赤道直下に【ザ・トーラス】を形成維持させているUVフィールドが盛大に接触したのだから。
この世の終わりのような閃光と轟音が、〈じんりゅう〉後方から瞬き響いたのだという。
常識的感覚から言えば、この衝突でグォイド・スフィア弾は砕け散っても良さそうに思える。
が、亜光速UVキャノンの命中にも耐えたグォイド・スフィア弾は、砕けることはなかった。
そのかわりに【ザ・トーラス】外周側内壁から、今度は内周側内壁へ向かってはじき返された。
それはグォイド・スフィア弾が月規模の巨大ピンボールとなったことを意味していた。
一見、巨大ピンボールとなったグォイド・スフィア弾は、もう大赤班から惑星間レールガンとしての発射は不可能に見えた。
だが〈じんりゅう〉艦長ユリノ中佐は、そうは思わなかった。
グォイド・スフィア弾が、背面に刺さったレギオン・グォイド群の噴射を行っていたからだ。
グォイド・スフィア弾は、【ザ・トーラス】の内周側の内壁に向かって弾き飛ばされている最中であった。
常識的感覚で言えば、グォイド・スフィア弾は再び【ザ・トーラス】内壁への衝突を避けるべく、内壁方向へ向かって噴射を行おうとするはずだと思える。
だがその時、〈じんりゅう〉の背後でグォイド・スフィア弾は、接近中の【ザ・トーラス】内周側内壁へ積極的に向かうように噴射を行っていた。
ユリノ艦長はこの事実から、グォイド・スフィア弾は、惑星間レールガンの弾体として大赤班から発射されることをまだ諦めていないのだと推測した。
グォイド・スフィア弾は意図的に【ザ・トーラス】内周側内壁に衝突することでタイミングを調整し、大赤班より木星の外へ飛び出すつもりなのだと……。
自ら【ザ・トーラス】内壁に衝突することで、当然ながらグォイド・スフィア弾は甚大なダメージを被ることになるだろう。
だが、それを受け入れてでもグォイド・スフィア弾は木星から発射されるタイミングを逃す気はないのだ。
だが〈じんりゅう〉にはもう出来ることは無かった。
【ザ・トーラス】を周回加速させての主砲UVキャノンを命中させても、グォイド・スフィア弾の破壊と阻止は叶わなかったのだ。
仮にもう一度【ザ・トーラス】周回加速UVキャノン戦術を行おうにも、時間も無ければ、それが可能なグォイド・スフィア弾の状況でもない。
〈じんりゅう〉にできることは何も無かった。
だが〈じんりゅう〉の他にであれば、今グォイド・スフィア弾の発射を阻止できる者がいた。
誰あろう木星上空にいた私たちである。
その数分前――。
木星
レギオン・グォイドは個々の戦闘力は大したことは無かったのだが、その数の多さは脅威であった。
惑星間レールガンとしての大赤班よりのグォイド・スフィア弾の発射を阻止する為には、まずその妨げとなるレギオン・グォイド群を掃討する必要があった。
この課題に対し、SSDF木星艦隊は実体弾投射砲の弾体を、速度差と時間差をもたせた上で二発ずつ発射し、弾同士を衝突させて散弾にし、無数のレギオン・グォイドを破壊するという、ノォバ・ジュウシロウ技術大佐発案のビリヤード射撃戦術によって達成したのであった。
作戦遂行の妨げを排除できたSSDF木星艦隊は、たたぢに大赤班よりのグォイド発射阻止の為に、あらかじめ考えられていたプランの実行に移った。
だがまだ問題もあった。
【ザ・トーラス】にいる〈じんりゅう〉の動向についてだ。
〈じんりゅう〉は突如大赤斑方向から届いた、[コレガトドイテイルナラバ、至急回避セヨ]というメッセージに、大そう驚いたそうだ。
無理もない話であったが、幸いにもユリノ艦長は、驚くことに夢中になって行動を躊躇うようなことはしなかった。
[コレガトドイテイルナラバ、至急回避セヨ]というメッセージを送ったのは、SSDF木星艦隊(より正確には筆者たるこの私自身)であった。
大赤斑の外にいる我々が、グォイド・スフィア弾の発射阻止にあたり、【ザ・トーラス】内にいる〈じんりゅう〉が退避するように送信したのだ。
これまでの木星
だからグォイド・スフィア弾が惑星間レールガンとして発射される時も、同じように開口するはずであり、その直前ならば、開口した大赤斑を通じて、木星大赤斑上空のSSDF艦隊から【ザ・トーラス】内部の〈じんりゅう〉にレーザー通信でメッセージを送ることは可能なはずであった。
ではいつ惑星間レールガンとしての発射が行われるのか? という正確なタイミングを知る必要があるが、それはグォイド・スフィア弾の目標が地球であると仮定し、それに最適な木星と地球の公転自転からウィンドウが開くタイミングを逆算すれば良かった。
ノォバ・ジュウシロウ技術大佐は、この予測に木星の磁気的変化を外部から観測することで、現在グォイド・スフィア弾が木星内部のどこを周回中かを予想するプログラムを構築し、発射タイミングの予測精度をさらに向上させた。
そしてその最適な予測発射タイミングに合わせて、我々は大赤斑の中へと一列にした無人艦を、〈じんりゅう〉へのメッセージを送信させながら突っ込ませたのである。
〈じんりゅう〉はメッセージを受け取るなり、大慌てでグォイド・スフィア弾の前方から、その側面を通って後方へと避難した。
【ザ・トーラス】内周側内壁に意図的に早く衝突し、再び外周側内壁方向に弾き飛ばされたグォイド・スフィア弾と、外周側内壁との間を、逆噴射しながらすり抜けるのはさぞや肝が冷える所業であったであろうことは、想像に難くない。
その直後、大赤斑へと続く開口部に到達する数秒前のグォイド・スフィア弾の真正面に、何かが激しく衝突した。
〈じんりゅう〉のユリノ艦長には、それが何かは推測することしかできなかったが、その推測は的中していた。
我々、木星上空のSSDF艦隊が、先の木星表層の戦いで継続使用不可能となった航宙艦二十一隻を無人ミサイル代わりにして、大赤斑の惑星間レールガンとしての射線上に、長い単縦陣にして並べ、発射予測タイミングの不正確さ数と隊列の長さでカバーしつつ、限界加速度で開口した大赤斑に突入させたのだ。
我々木星上空にいるSSDF艦隊に、【ザ・トーラス】内から発射されるグォイド・スフィア弾に仕掛けられる攻撃手段は、これしかなかった。
※(実体弾投射砲でも、開口した大赤斑からグォイド・スフィア弾に命中させることは可能だろうが、破壊力では大きく劣ってしまう)
無人艦の速度は、大赤斑突入時でも、加速された実体弾に比して大きく劣るが、その分グォイド・スフィア弾が加速している為、その相対速度差により、先の〈じんりゅう〉の亜光速UVキャノンに匹敵する破壊力があるはずであった。
しかし、それでもグォイド・スフィア弾を粉々に破壊することには至らなかった。
グォイド・スフィア弾が、無人艦が加速している最中に放った二度の木星
リバイアサン・グォイドがいなくとも、木星
ゆえに、結果的にグォイド・スフィア弾に命中させられた無人艦は七隻しかなかった。
もし全隻が命中していたならば、グォイド・スフィア弾の破壊も叶っていたかもしれない……だがそれでも、最低限の目的達成には成功していた。
〈じんりゅう〉の目の前で、まさに【ザ・トーラス】内部から大赤斑へと続くインターチェンジに突入寸前だったグォイド・スフィア弾は、正面やや右側に激突した無人艦の衝撃により、再び【ザ・トーラス】内部へと押し戻された。
しかもその際、インターチェンジの道の境界に、グォイド・スフィア弾はその身の右端を僅かに接触させてしまっていた。
その接触は僅かであったが、直前に【ザ・トーラス】内壁に接触した時とでは比較にならないレベルの衝撃が、グォイド・スフィア弾を襲った。
前進加速中に、側面から接触するのと正面からとでは、受けるダメージには雲泥の差がある。
しかも、グォイド・スフィア弾は【ザ・トーラス】を形成しているUVフィールドを突っ切り、内部の巨大リング状物体に正面から接触してしまっていた。
絶対に破壊不可能なオリジナルUVDと同質でできいたリングに接触してしまった場合、ダメージを受けるのはグォイド・スフィア弾の方であった。
結果、グォイド・スフィア弾はその右側面を、下手な人間に皮むきされたリンゴのように分厚くひん剥かれ、さらに接触時に受けたモーメントで盛大に水平右回転をはじめながら、先刻以上に激しいピンボール状態となって【ザ・トーラス】内壁に何度も衝突しながら、再び【ザ・トーラス】の中を周回しつつ、減速する〈じんりゅう〉の前から遠ざかって見えなくなったという。
こうしてとりあえずのグォイド・スフィア弾の発射は阻止された。
地球に向かう為の最適なタイミングを逸した為だ。
仮にグォイド・スフィア弾が再び地球を狙うにしても、それは数日から数か月、数年と、機会は訪れども、それは今回のタイミングに比して大きく劣ることになる。
だからグォイド・スフィア弾が地球を襲う心配はこれで無くなったと考えて良いはずであった。
だが〈じんりゅう〉はそれどころでは無かった。
グォイド・スフィア弾の大赤斑からの発射が無くなったことで、開通されていた【ザ・トーラス】から大赤斑への道が、再び閉じ始めたのだ。
閉鎖前に飛び込むことが出来れば、木星ガス雲の底からの脱出が叶うはずであった。
が、すでにグォイド・スフィア弾から距離をとるべく全力で減速していた為に、〈じんりゅう〉には不可能であった。
※(グォイド・スフィア弾を追い越していたまま、開通した大赤斑に突入していれば、木星外に脱出できていた可能性もあるにはあるが、その場合、SSDFの放った無人艦に正面衝突するか、グォイド・スフィア弾の放った木星
ユリノ艦長は即座に決断した。
【ザ・トーラス】内部から大赤斑へと続くインターチェンジに出来た窪みの縁に、減速しつつ〈じんりゅう〉を突入させ、窪み縁を周回させながら減速し、充分に艦足を遅くしたところで、再び【ザ・トーラス】からその外の高温高圧の木星深深度ガス大気の中へと脱出させたのであった。
もちろん文章で現す程に簡単な行いではない。
円環状の巨大真空空間で加速された状態から、高温高圧ガス大気内に戻るのは、個体の壁にぶつかりに行くようなものだ。
これが実行できたのは、決断したユリノ艦長もさることながら、〈じんりゅう〉主操舵士のフィニィ少佐の匠な操舵技術によるものである。
※(突入させた無人艦から〈じんりゅう〉に送った、[コレガトドイテイルナラバ、至急回避セヨ]というメッセージは、あくまで万が一の保険として筆者たる私の具申により送ったものであった。
テューラ司令としては、〈ユピティ・ダイバー〉からパーツを受け取ったならば、即座に回復した耐圧能力で【ザ・トーラス】から脱出すればよく、まさかグォイド・スフィア弾に戦いを挑むような無謀なマネはしないであろう……とメッセージの必要性に懐疑的な程であった。
もっともな意見である、
メッセージが短く、一読して意味が良く分からない程に不親切なのは、無人艦が【ザ・トーラス】内部に送信可能になってから、予測されるグォイド・スフィア弾に衝突するまでの時間の身近さを鑑みた結果である)
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