ユピティック・ペーパーズ《木星文書》⑤〈グォイド・スフィア弾〉

 〈じんりゅう〉は〈ユピティ・ダイバー〉の要請に応じ、ただちに【ANESYS】を起動した。

 その直前、〈ユピティ・ダイバー〉にレギオン・グォイドの攻撃が命中し、同艦は爆炎に包まれた。

 だがその瞬間、〈ユピティ・ダイバー〉より送られてきた救助プランの圧縮データを、【ANESYS】が瞬時に解読することにより、直前まで分からなかった〈じんりゅう〉を〈ユピティ・ダイバー〉がいかにして救助しようというのかを理解した。

 そして〈ユピティ・ダイバー〉が爆炎に包まれたのも、プランの内であることを知った。

 〈ユピティ・ダイバー〉は、ここまで運んできたUVシールド・コンバーター八基と、ガス雲内航行用シュラウドリング付き大型ノズルコーンを〈じんりゅう〉に届ける為に、元から分解することが定められていた艦であった。

 〈ユピティ・ダイバー〉の被弾による爆発は、被撃墜を擬装すると同時に、チャフとスモークを爆ぜさせることで、敵の目を眩ませるためのものであり、個々のパーツは、外付けされた艦載機用ブースターと連結作業用ヒューボを【ANESYS】がコントロールすることで、速やかに〈じんりゅう〉船体各部への接続を遂げていった。

 同時にパイロット二名とサティが、〈じんりゅう〉艦尾上部格納庫への着艦を果たす。

 新たなUVシールド・コンバーターと、艦尾ノズルコーン先端に接続した木星オリジナルUVDに、覆いかぶさる形で接続されたガス雲内航行用シュラウドリング付き大型ノズルコーンにより、〈じんりゅう〉はその気になれば【ザ・トーラス】から脱出することが可能なだけの防御力と推進力を得たのであった。

 だが〈じんりゅう〉は【ザ・トーラス】から脱出するわけにはいかなかった。

 グォイド・スフィア弾の発射予測まであと10分を切っていた。

 追加装備の接続を終えた〈じんりゅう〉は、ただちにグォイド・スフィア弾へと再び挑むのであった。




 だが〈じんりゅう〉に残された【ANESYS】の約6分間の思考統合時間は残り半分を切っていた。

 いかに追加装備によって防御力と推力を復活させたとしても、それを最大限活かせる時間が過ぎ去ってしまえば、〈じんりゅう〉はただやたらとスペックの高い艦でしかない。

 グォイド・スフィア弾の発射阻止を狙うならば、残された数分以内に達成せねばならなかった。

 【ANESYS】起動中でさえあれば、〈じんりゅう〉は太陽系内でもっとも強く賢い艦なのだから。

 しかし、エクスプリカの記録によれば、グォイド・スフィア弾の攻略は、【ANESYS】を用いたとしても、非常に困難な所業であったという。





 〈じんりゅう〉の【ANESYS】統合思考体たるアヴィティラ化身は、まず【ザ・トーラス】外周部に溜まる雲の層にあった小惑星群を利用し、グォイド・スフィア弾前方を守るレギオン・グォイド群の大半瞬く間に撃破した。

 だが本命たるグォイド・スフィア弾はそう容易くはいかなかった。

 主な理由は、予想外にグォイド・スフィア弾の防御が硬かったことだ。

 〈じんりゅう〉がいくら主砲UVキャノンを撃ち込めども、グォイド・スフィア弾は命中箇所にUVシールドを集中して展開することで防御してしまう。

 さらに残るレギオン・グォイド群を差し向け、〈じんりゅう〉をグォイド・スフィア弾の真正面まで追い立てることで、グォイド・スフィア弾正面中心部より放つ木星UVユピティキャノンによって〈じんりゅう〉を沈めようとしてきた。

 この攻撃に、【ANESYS】のアヴィティラは〈じんりゅう〉が沈められないよう対処するだけで精一杯となってしまった。

 だが彼女は諦めなかった。

 エクスプリカのAIさえも動員することで、超高速情報処理能力を極限まで上げたアヴィティラは、ついにこの状況下で、グォイド・スフィア弾の発射を阻止する術をついに見出した。



※(ここから先の〈じんりゅう〉の行動は、いよいよもって常識を超えてくるが、どうかお付き合い頂きたい。

 筆者たる私もまた、報告データで知った時には、理解することを常識的感覚が拒否したものなのだが、少なくとも現時点では信じている。送られてきたデータがいかに突飛であったとしても、疑う合理的理由もまた存在していないのだから)



 〈じんりゅう〉の目的はグォイド・スフィア弾の発射阻止であり、それが出来ていないのは、同グォイドのUVシールドが、攻撃箇所に集中することで貫通できないかったからだ。

 ならば、グォイド・スフィア弾の展開するUVシールドの内側へ侵入し、そこから攻撃すれば良いのではないかとアヴィティラは考えたのだった。

 もちろん、それが最初からできれば苦労はしない。。

 普通に〈じんりゅう〉が近づいても、集中したUVシールドに激突するだけだ。

 だがレギオン・グォイドであれば話は別であった。

 レギオン・グォイド群はグォイド・スフィア弾内で生産され、自由にUVシールド展開エリアを出入りしている。

 だからアヴィティラはレギオン・グォイドになることにした。

 〈ユピティ・ダイバー〉はUVシールド・コンバーター諸々と同時に、超ダウンバースト到来時に、軌道エレベーター〈ファウンテン〉に打ち込み、そのまま喪失してしまったスマート・アンカーの先端部の代替パーツも同時に運び、〈じんりゅう〉艦首に再装備させていた。

 その事実がアヴィティラに決心させたのだ(……とエクスプリカは証言している)。

 〈じんりゅう〉はまず意図的にレギオン・グォイド群に、グォイド・スフィア弾正面中心の木星UVユピティキャノン発射口に追い立てられた。

 必然的にグォイド・スフィア弾は木星UVユピティキャノンを発射しする。

 〈じんりゅう〉はレギオン・グォイド数隻を巻き添えにしながらその閃光の中に消えた。

 だがもちろん、〈じんりゅう〉は沈みはしなかった。

 木星UVユピティキャノンは【ザ・トーラス】内で加速されて初めて絶大な破壊力を得る。

 逆に言えば、グォイド・スフィア弾の目の前であれば、まだ加速されていない木星UVユピティキャノンを受けても、わずかな時間であれば〈じんりゅう〉のUVシールドで耐えられるのだ。

 木星UVユピティキャノン命中の直前、〈じんりゅう〉は主砲UVキャノンで武装と推進機能を破壊した周囲のレギオン・グォイド数隻を、艦首両舷から投射したスマートアンカーで串刺しにし、ロール機動することで瞬時にして船体に巻き付け、瞬く間にニセ・グォイド艦へとなった。

 そしてその状態で木星UVユピティキャノンを凌いだ〈じんりゅう〉は、 レギオン・グォイドの船体を身にまとうことで、グォイド艦の内の一隻を装って、他のレギオン・グォイドに紛れ、グォイド・スフィア弾のUVシールド内側へと降下したのであった。



※(つまりグォイドには、人類の艦と同じように、他のグォイドが発する何がしかの敵味方識別信号を判別するシステムがあり、〈じんりゅう〉はそのシステムを欺瞞することでグォイド・スフィア弾UVシールド内側へと侵入したのだと思われる。

 ある程度推測されていたグォイドの機能ではあるが、このような形で実証されたのはおそらく初めてである)





 〈じんりゅう〉は航宙艦でグォイド・スフィア内へ侵入を果たした人類初の艦となった。

 グォイド・スフィア内部への侵入を果たした人類としても四例目となる。

 グォイド・スフィアとは、よく知られているように、グォイドのテラフォーミング装置と言われており、その内部ではグォイド製のSヴィムセミ・フォンノイマン・マシンが、苗床となった小惑星の構成物質を分解、材料にしてグォイド艦を建造すると同時に、スフィア内の環境を強制的に変化させている。

 〈じんりゅう〉が侵入を果たしたスフィア内では、そのテラフォーミング時の副産物と思しき白色のガス(より正確に言えば白色と位置情報視覚化LDVプログラム|が表示している)の雲が、木星UVユピティキャノンの発射口である同心円状の穴によって、グォイド・スフィア弾の外観は、はまるで巨大な眼球のようであった……と〈じんりゅう〉クルーは例えている。


※(詳しいグォイド・スフィア内部の情報は、別データ参照のこと)


 だが、〈じんりゅう〉の【ANESYS】起動可能時間はここまでであった。

 〈ユピティ・ダイバー〉からの追加装備の接続と、レギオン・グォイド群との戦闘からグォイド・スフィア弾侵入までで、【ANESYS】の起動可能時間を使い切ってしまったのだ。


※(約7分もの思考統合時間は、これまでの他の〈じんりゅう〉級ふくむ全ての【ANESYS】の起動記録の中でも最長であった。

 これは思考統合を行った〈じんりゅう〉クルーの脳に、思考混濁症などの深刻な後遺症を残しかねない事態であり、〈じんりゅう〉クルーは人類圏に帰還次第、ただちに精密検査の必要を認む)


 以降、〈じんりゅう〉クルーはマニュアル操艦によって、グォイド・スフィア弾の発射を阻止せねばならない。 

 SSDFのごく普通の航宙戦闘艦にとっては、それは至極当然のことであったが、この環境でマニュアル操艦で目的を達成するのは、あまりにも無茶と言う他ない所業であった。

 だが、【ANESYS】のアヴィティラは、【ANESYS】の終了直前に、この後の行動指示を、クルーの記憶と艦のコンピュータとの両方に残しておいたのだ。

 〈じんりゅう〉クルーは、残された指示に従って操艦すれば良いだけであった。

 ついでにいえば、〈じんりゅう〉クルーはたとえ【ANESYS】が使えずとも、充分以上に卓越した航宙艦操艦技術を持つクルーであった。

 厳しい選抜を潜り抜けてクルーになったというだけでなく、常日頃から【ANESYS】が使えない時に備えての訓練を欠かさず、【ケレス沖会戦】などの戦いを潜りぬけてきたのだ。

 それに、なにがどうなろうと、グォイド・スフィア弾発射予測時間まで残された時間は、その時点であと60秒しか無かった。

 その短い時間の間、ただ己のスキルの全力を出し切るだけであった。





 【ANESYS】の残した作戦プランは、ここ【ザ・トーラス】ならではの、【ザ・トーラス】でしかできない実にシンプルなものであった。

 だが他に選択肢が無いとはいえ、無茶にも程があるといっても過言ではない。

 〈じんりゅう〉はグォイド・スフィア弾表層、UVシールドの内側を低空飛行して、一気にグォイド・スフィア弾は正面、木星UVユピティキャノンのUVエネルギー発射口へと移動すると、そこへ強行着陸した。


※(強行着陸と聞いて、いったい何を言っているのか一瞬理解に苦しむ方もいるかもしれないが、どうか安心して欲しい、筆者もまたまったくの同意見である。

 〈じんりゅう〉はいったい何をしてくれていやがっているのだろうか……)


 〈じんりゅう〉が〈ユピティ・ダイバー〉とのランデブー直前に行っていた、主砲UVキャノンによる【ザ・トーラス】内を周回させてグォイド・スフィア弾背面を狙う再三の試みが失敗したのは、〈じんりゅう〉の発射位が悪かったからであった。

 【ザ・トーラス】の円環状加速装置としての効果は、円環を形成するパイプの内壁から均等に離れた位置、つまりパイプの中心からでなければ発揮できないのだ。

 ならば、その【ザ・トーラス】の円環状加速装置としての効果をもっとも発揮できる位置に移動し、そこから主砲UVキャノンを放てば良い……とアヴィティラは考えたのである。

 そしてその条件に該当する位置は、グォイド・スフィア弾の真正面、木星UVユピティキャノンの発射口中心部を置いて他になかった。

 〈じんりゅう〉はグォイド・スフィア弾の正面中心部、遠目には同心円状の隆起物に見え、接近してみると巨大な城壁のように見えたる木星UVユピティキャノン用UVエネルギー発信装置を、次々と体当たりで破壊しながら、極めて乱暴に……それも船体を右90度ロールさせた状態で着陸した。


※(木星UVユピティキャノン用UVエネルギー発信装置たる同心円状隆起物は、元となった小惑星の構成物質からグォイド製Sヴィムが建造速度優先で生み出したために強度が犠牲になっており、極めて脆弱であったため、〈じんりゅう〉は強行着陸を行っても船体にダメージを受けることは無かった)


 グォイド・スフィア弾は〈じんりゅう〉の強行着陸に呼応するかのように、木星UVユピティキャノンを発射態勢にはいり、〈じんりゅう〉周囲の同心円状の隆起からUVエネルギーがあふれ出しはじめたが、〈じんりゅう〉は今更そんなことなどにはかまいはしなかった。

 右舷を地面に押し付けるように、90度ロールして着陸することで、艦首艦尾上下の全六基全てが左舷方向に向けて使用可能となった主砲UVキャノンを、〈じんりゅう〉は準備ができ次第、躊躇うことなくグォイド・スフィア弾の進行方向に向け放った。

 〈じんりゅう〉の放ったUVエネルギーの束は、シンクロトロン円環状電磁加速装置としての【ザ・トーラス】の効果により、二秒で減速・消滅するどころか、逆に一周43万キロの【ザ・トーラス】内を、わずか約4秒で一周し、亜光速にまで加速され、グォイド・スフィア弾に背面から突き刺さらんとした。

 一方〈じんりゅう〉は主砲斉射直後に即座にグォイド・スフィア弾から離陸し、脱出を図った。

 その直後にグォイド・スフィア弾を襲うカタストロフから退避するためである。

 





 〈じんりゅう〉の【ザ・トーラス】を周回加速させた主砲UVキャノンによるグォイド・スフィア弾背面への攻撃は、見事に命中した。

 〈じんりゅう〉は直ちに離陸することで、グォイド・スフィア弾の表面を襲った衝撃波から逃れることに成功した。

 だが、これでグォイド・スフィア弾の地球圏へ向けての発射が阻止できたかと言えば、答えは否であった。


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