▼第十二章 『レヴェナント《蘇りしもの》』  ♯2


 フォセッタは自分でも、いったい自分は何を言い出しているんだ!?と思いながらも、どうしても止めることができなかった。

 そして思った、一体何が自分を突き動かしているのだろうか? と。

 思えばこれまで人生において、特定の誰かの為に自ら行動したのは、これが初めてだったかもしれない。

 フォセッタは対グォイド戦の切り札として、また宇宙に生きる次世代の人類として、遺伝子を調整され生み出された“耐宙人”の一人だ。

 彼女は多くの姉達と共に、木星圏の外れに建造された極秘プラントにて、培養カプセル内でわずか二年程で13歳相当まで成長させられ、その過程で受けた圧縮教育により、この世に生まれ出ると同時に、十三年分の架空の人生の記憶と共に、対グォイド宇宙戦闘のエキスパートとしての知識と能力を得ていた。

 そして命じられるがままに、姉たちと共にグォイドとの戦いに参じていった。

 その生き方や、生まれながらにして背負っていた宿命について、疑問をもったことなどはなかった。

 彼女らを作った技術者達は、包み隠さず彼女らを生み出した理由や意図を明かしてくれたし、その内容には論理的に納得がいくものであった。

 これが人同士の戦争・・の道具にされていたのならば、多少どころではなく憤ったかもしれないが、種が滅ぶか滅ばないかという危機を乗り切る為に、宇宙に適応、強化された人間を人工的に生み出すという行いは、選んで当然の選択肢の一つに思えた。

 ……もちろんモラルに反するという反対意見も数多あったようだったが、フォセッタも、姉達も特に気にはしていなかった。

 当人が納得しているんだから文句あるまい、と。

 そして姉たちのほとんどが、飛宙戦闘機のパイロットとして適正を見出されて宇宙に飛び立ち、帰ってこなかった。

 フォセッタが姉たちと運命を共にしなかったのは、彼女が最後発にして最新モデルの妹である分、諸々のスペックが最も優れていた為、それに目を付けた〈アクシヲン〉計画に徴用されたからだ。

 人類の種を他所の恒星系に残す為の太陽系脱出用恒星間宇宙船の生身・・の責任者として、専門的な訓練と教育を数年間受け、中佐という階級を与えられた上で、彼女は〈アクシヲン三世〉に乗り込み飛び立った。

 そして約五年後、フォセッタは数奇な運命の果てに【ザ・ウォール】にて〈じんりゅう〉のクルーと出会った。

 姉達でもなく彼女達を生み出した技術者でもない、己の任務とはまったく無関係の人間と出会い、過ごすのは、ひょっとしたらこれが初めてだったかもしれなかった。

 姉たちとはそれなりに親しく過ごしてきた記憶はあったが、フォセッタは最新モデルの妹であった為、クィン・・・タイプのように野放図な性格でもなければ、直接の姉のフォロミラタイプのようにコミュニケートに難のあるタイプでもなく、ただひたすらに任務の遂行に特化した性格であった。

 【ザ・ウォール】で過ごした五年弱の間も、スキッパーが心配するのを他所に、ただ黙々と【ザ・ウォール】脱出の手はずを整えて過ごしてきた。

 他に興味も無く、その概念も欲求も無かった。

 だから、楽しい思い出という概念を初めて実感し、理解したのは〈じんりゅう〉クルーと出会ってからだった。

 クィンティルラ姉とフォムフォム姉、サヲリ副長とフィニィ少佐、それとサティと出会って一週間。

 さらに後になって合流したユリノ艦長ら残る〈じんりゅう〉クルーと、皆でビーチで遊んで過ごしたのは僅か一日と少しであった。

 が、フォセッタにとってそれは一生忘れられない思い出となった。

 フォセッタはまるで乾いたスポンジに水がしみこむがごとく、急速に感情というものを吸収していった。

 それまでの五年弱もの間、たった一人で【ザ・ウォール】上の〈アクシヲン三世〉で過ごしてきたという経験も、彼女の精神に大いに影響したことは間違いない。

 フォセッタはそれまでの行動の全てを『任務だから』『命令だから』『そういう使命だから』『それが最も論理的だから』として納得してきたが、今この瞬間に彼女の口をついて出てきた言葉は、それらが理由では無かった。

 もっと、「心」と人が呼ぶものの奥底から湧いて出てくる言葉だった。

 彼女は初めて親しみを感じた他者たる〈じんりゅう〉クルーの悲しむ顔を見たく無かった。

 もっと彼女らと過ごしたかった。

 彼女達と協力して成しとげた【ザ・ウォール】脱出が無意味などとは絶対に認めたくはなかった。

 〈アクシヲン三世〉は念願の【ザ・ウォール】脱出を果たしたが、それと同時に人類滅亡の危機が迫っていた……という事実を意図せずに知るに至ってしまった……。

 ミユミ少尉が呟いていたようにフォセッタもまた「せっかく脱出できたのに……」と思った。

 自分でもそれらの感情の正体がよく理解できないまま、気が付くとフォセッタは立ち上がって言葉を発していた。

 ただ、感情に任せて物を言うのには、彼女は少々初心者すぎたが……、


「…………い、いや! ままま……まだ! まだ終わってないぞ諸君! 自分達にはまだ出来ることがあるぅ!! あるぞぉ!!」


 そうわざわざ立ち上がって口にしてから、フォセッタは沈黙するクルー一同の顔を見て大いに後悔したが、あとの祭りだった。

 もちろん、苦労に見合った良い未来が来るとは限らないことくらい、フォセッタとてこの五年弱で良く分かっているつもりだった。

 だからこの感情は非論理的だ……フォセッタは理解しているつもりだった……だがフォセッタは自分を止められなかった。

 心の押さえ方を知らなかった。

 だから続けた。


「……まだ希望はある! 

 〈アクシヲン三世〉はこのまま行けば、土星をスイングバイする運命にある!

 土星へと無数に降り注ぐ【ザ・ウォール】の破片に紛れてな!

 だからグォイドの迎撃を受けずに土星の赤道南部にある――」

「【ダークタワー】を破壊しようってのね?」

「……あ、ああうん……」


 言おうとしていたことをユリノ艦長に先回りされ、勢いを削がれたフォセッタは力なく頷いた。










「分かっているのフォセッタ中佐? あなたの言っているアイディアの意味を……」

「分かっている! ……分かっているさ……」


 フォセッタは胸をはって冷静に問うユリノ艦長に答えようとしたが、出てきたのはあからさまに自信無さげな声だった。

 だが、それでも他に選択肢など無いとも思っていた。


「……確かに、この艦には絶対に死守すべき無数の命が積まれている、避けられる危険からは避けるべきだ。

 だが同時に、この艦は土星をスイングバイすることは避けられないんだ!

 どうせ逃げられない危険が迫っている……だったら――!」


 フォセッタはそこから先は言葉にできなかった。

 いくら土星スイングバイが不可避だからといって、そのまま土星赤道・外宇宙側の南部にそびえる【ダークタワー】を狙うなどという行いは、無謀という他ない。

 確認がされたわけでは無いが、【ダークタワー】にも厳重な防衛網が敷かれてるに違いないからだ。

 それに対し〈アクシヲン三世〉は、いかにオリジナルUVDを積んでいるとはいえ、その戦闘能力は戦艦一隻分にしかすぎず、何より守るべきものが多すぎる。

 まだこの世に生まれてすらいない命が、人類の文明と文化を継ぎ、この地球に、人類を始めとした生物が存在したという証となる命が多数積まれてるのだ。

 この艦で自ら進んで戦闘に向かうなど、正気の沙汰ではない。

 むしろ土星スイングバイ後に、無事安全域まで脱出できるかを心配すべきだ。

 だが同時にこの艦ならば、この太陽系内で唯一〈アクシヲン三世〉ならば、減速しつつ迫りくる【グォイド増援光点群】による確定的な地球生物の滅亡の運命を退けることができるかもしれない。

 太陽系に襲来した【グォイド増援光点群】を完全に迎撃しつくすことなど物理的に不可能だ。

 だが、今ならば、今〈アクシヲン三世〉がいる位置からならば、【グォイド増援光点群】を迎撃できずとも【ダークタワー】を破壊することが出来るかもしれない。

 【グォイド増援光点群】は【ダークタワー】より放たれる高出力レーザーを受けることで、独力での減速能力を上回る減速噴射を行っている。

 これにより【グォイド増援光点群】は、地球に至る道で最大の障害となるメインベルト到達前に、艦隊の速度を安全レベルにまで落とし、地球圏へと攻め入ることが可能となるのだ。

 つまり【グォイド増援光点群】の太陽系到達までの航法スケジュールの全ては、【ダークタワー】による外部からの減速アシストが前提で考えられていると思って間違いない。

 ならば、もしその航行スケジュールの要となる【ダークタワー】が何者かにより破壊されたならば……、


「今人類を救えるとしたら自分達しかいない! 他の誰でもない、今ここにいるこの艦だけが、この危機を救えるんだ!」

「…………」


 フォセッタは力説したが、期待し想像していたような「わぁ凄い!」「ありがとうフォセッタ中佐!」

「そうこなくっちゃ! やろうぜYEAH!」みたいなリアクションは返っては来なかった。


「フォセッタ中佐…………その…………」

「自分は……嫌だ!」


 フォセッタはユリノ艦長がこの考えを却下するような気がして、先に言葉を続けた。


「こんな結末なんて……そんなの認められない…………こんな風に……自分は地球を、太陽系を出ていきたくはない!

 そりゃこの艦は、脱出船だけれど………………けれど! 逃げ出すんだとは思いたくないんだ! もっと……なんて言うか……前向きな気持ちで旅立ちたいんだ! じゃないと……」


 フォセッタはそこまで言ったところで、自分の足元にいくつもの雫が滴り落ちていることに気づいた。

 慌てて頬を拳で拭う。

 人前で涙を見せるのは、これで二度目だった。

 最初は皆で映画『VS』の一作を見た時、だがあの時は皆も泣いてのでカウントはしない。

 だからこれが生まれて初めて人前で流す涙かもしれなかった。


「じゃないと…………じゃないと自分はさ……さみし――」


 なんとか声を振り絞ろうとしたところで、いつの間にか目の前に来ていたフォムフォム姉に抱きしめられていた。


「…………」


 猛烈な力で自分と瓜二つの姉に抱きしめられ、フォセッタは肉体的にも精神的にもそれ以上何も言えなくなった。


「……ありがとうフォセッタよ……ありがとう」


 姉がよしよしと頭を撫でながら耳元でささやいた。

 フォセッタはいよいよもって零れる涙に収まりが付かなくなった。

 昔は姉たちにこれをやられるのが嫌だったはずなのに、今は猛烈に嬉しくて満たされる気がして不思議でならなかった。


「ありがとうフォセッタ中佐……その…………そう言ってもらえることは、私は期待していたわ……でも、分かってるでしょうけど、かなり無謀で無茶な試みになるわよ?」

「分かってるよ艦長、リスクは承知だ! だが、ここでグォイドの増援を知らんぷりして逃げていったら…………」


 抱き合う姉妹を、ユリノ艦長が気まずそうに横目で見ながら訪ねると、フォセッタは無理やり姉の胸圧から顔を脱出させて答えた。


「…………たとえ逃げて生き延びることができたとしても………………きっと幸せを感じられることは無いと思うんだ……」


 フォセッタはその極めて非論理的な決断の理由を口にすると、非論理的であるにも関わらず、何故かとても納得し、安堵した。


「……けれどユリノ艦長、自分で言っておいてなんだが…………滅茶苦茶ムチャな試みだぞ……実行自体には賛成だが、たった一艦でどうやって【ダークタワー】の破壊を成すかまでは何か良いアイディアがあるわけじゃ……」


 フォセッタは自分の無責任ぶりを恥じながら告げた。

 確かに太陽系人類を救う唯一の選択肢ではあったが、困難極まりないことには変わりなかった。

 たった一隻ではどう考えても厳しい。

 助けが欲しかった。

 だが、この状況でこの場所に誰が助けに来られるというのか?


「…………」

「?」


 フォセッタはここまできて、ようやくユリノ艦長やサヲリ副長ら〈じんりゅう〉クルーの表情に、微かな違和感を覚えた。

 なんというか、フォセッタが思った程には絶望していないとうか、まだ戦意を喪失していないとように感じたのだ。

 真っ先に泣き出していたミユミ少尉でさえ、今はもう落ち着き、僅かながら戦意を宿した瞳となっていた。

 唯一の例外は、機関コントロール席で事態を見守っていたケイジ三曹だけだった。


「…………あ~……ユリノ艦長、ひょっとして何か勝算でもあるんですか?」

「ああ、え~とぉ……」


 どうやらフォセッタと同じ印象をもったらしいケイジ三曹が、勇気を出してユリノ艦長に尋ねると、彼女は僅かに目を反らして答えあぐねた。

 それは事実上“YES”と答えたようなものだとフォセッタは思った。

 しかし、この状況下で勝算など存在するのだろうか?

 このタイミングでこの場所に〈アクシヲン三世〉がいただけで、幸運はもう使い果たしたと思っても良いはずだが……。

 フォセッタは当然に疑問を抱いたが、その答えはすぐにやってきた。










 突然けたたましく響いた警告アラートに、フォセッタは飛び上がった。

 次の瞬間、メインビュワーを、まばゆい光の柱が横切り、ブリッジ内を照らした。


「敵艦複数発見! 左舷8時、上下各角マイナス10度方向、距離250キロ、相対速度差、プラス毎時200キロ! すみません! 【ザ・ウォール】膜の破片に隠れてて発見が遅れましたぁっ!」


 血相を変えたルジーナ中尉の報告が響く。

 フォセッタはその報告が終わる頃には、スキッパーからの高速言語により事態を把握していた。

 予想されていたことだが、やはり【ザ・ウォール】の巨大な膜の破片に隠れた敵艦が存在したのだ。


「おそらくこの辺りをたまたま警戒中だった、哨戒艦隊かと思われるのです」

「敵艦種別、駆逐艦六デス!」


 クローティルディアシズ大尉が推測し、ルジーナ中尉が補足する最中、再び左舷側のほぼ真横にいるグォイド駆逐艦艦艦隊が発砲し、コンピュータの作り出した“ずばん”という合成効果音とともに、UVエネルギーの光の柱が艦の右舷側を除く、左舷側と上下正面のビュワーからブリッジ内を照らした。


 ――これはヤバイ! ――


 フォセッタは姉と共に大慌てで席に着き、シートベルトを締めながら瞬時にその結論に至った。

 ルジーナ中尉は謝っていたが、彼女が発見できなかったのも無理ない状況だったし、スキッパーも同様であった。

 【ザ・ウォール】の膜の破片が、敵から〈アクシヲン三世〉を隠してくれたのと同様に、敵も〈アクシヲン三世〉から隠してしまったのだ。

 まずいのは距離と敵の数であった。

 すでにUVキャノンの射程圏に入っている上に、敵は6隻もいる。

 駆逐艦級グォイドは、比較的倒しやすいグォイドであったが、こちらは〈びゃくりゅう〉ユニットを積んであるとはいえ、基本戦闘には不向きの〈アクシヲン三世〉だ。

 こちらからの攻撃で敵艦隊を一度に殲滅することは難しく、こちらは一度に攻撃され、命中でもしたら一たまりもない。

 この状況でまだ決着がついていないのは、この状況に至った理由と同じく【ザ・ウォール】の破片が漂い、次から次へと彼我の間を通過しているからに過ぎない。

 つまり、【ザ・ウォール】の破片の挙動次第では次の瞬間、〈アクシヲン三世〉は撃沈されても仕方ないのだ。

 フォセッタは思わず左舷側外景ビュワーを凝視した。

 その瞬間はすぐにやってきた。

 〈アクシヲン三世〉左舷やや後方、駆逐艦6隻を隠していると思しき島程もある膜の破片が、蠢きながら艦首方向へと通りすぎていったのだ。

 件の駆逐艦と思しき光点が、左舷方向に姿を現した。

 彼我の間に遮蔽物はなく、敵にとっては外すのが難しい程の巨大な的がさらけ出された瞬間だった。

 フォセッタはその強化された視力で、駆逐艦グォイドのUVキャノンの砲身に、エネルギーが溜まっていくのを確認することができた。

 フォセッタはついさっき、わざわざ立ち上がってまで皆に滔々とこの艦で【ダークタワー】を攻めようなどと言った自分を笑った。

 ここで沈められるようでは、【ダークタワー】を攻めようなどとおこがましすぎる。

 しかし、〈アクシヲン三世〉に最後はやってこなかった。









 突然、〈アクシヲン三世〉後方より伸びた数十本もの光の柱が、艦左舷にいる駆逐艦グォイドの船体を次々と貫いた。


「!?~ッ」


 一瞬、呆気にとられるフォセッタ。

 その視界の彼方で、発射直前で照準を狂わされたUVキャノンを、〈アクシヲン三世〉とはかけ離れた明後日の方向に発射しながら、駆逐艦グォイド艦隊が次々と爆沈していった。

 駆逐艦グォイド艦隊は、後方より放たれたUVキャノンにより沈められたのだ。


 ――いったい誰が!? ――


 フォセッタは本能に任せ、UVキャノンを放った主を求めて振り返った。

 一瞬、そこには先刻と変わらぬ崩壊した【ザ・ウォール】の破片が漂う宇宙空間しか見えないように思えた。

 だが違った。

 あるものが消えていたのだ。


「あれぇ!?……【ウォール・メイカー】はどこいった?」


 フォセッタとまったく同じ行動をしていたケイジ三曹が呟いた。

 【ザ・ウォール】の西端にあったまま【ザ・ウォール】崩壊後も、同じ位置で漂っていたはずの、視界を縦断するほどの長大な銀のベルト金具、異星遺物【ウォール・メイカー】がいつの間にか消えていた。

 だがフォセッタはケイジ三曹より一瞬早く、【ウォール・メイカー】が消えたのでは無く、移動し、形を変えたのだと分かった。

 いったいどういう理屈で瞬時にして移動し、いかにして全長30万キロから一瞬にして形を変えたのかは分からない。

 異星遺物だから……としか言いようが無かった。

 だがフォセッタはそれが【ウォール・メイカー】だと瞬時にして理解した。

 〈アクシヲン三世〉の真後ろに、視界に辛うじて納まるサイズの巨大な銀色のリングが浮いていたのだ。

 あまりにも巨大過ぎて、フォセッタにはその銀のリングのサイズも、〈アクシヲン三世〉からの距離も分からなかった。

 ただ、フォセッタとケイジが見守る中、そのリングが猛烈な速度で小さくなっていることだけは辛うじて認識できた。

 視界へ納めるのが段々容易になっていてからだ。

 そして……フォセッタが凝視する中、そのリングの円内がゆらりと薄いUVエネルギーの虹色に染まると、再び数本のUVキャノンの光の柱が閃き、〈アクシヲン三世〉の左舷にいる残りの駆逐艦グォイドを貫き、殲滅した。


「な………」


 一体何が……フォセッタはそう言おうとしたが、言葉にはならなかった。

 代わりに、すぐそばで「凄い……」とケイジ三曹が呟き、「間に合った……」とユリノ艦長が安堵するのが聞こえた。

 フォセッタはそれらクルー達の感嘆の声を聞きながら、目の前で繰り広げられる光景に目を奪われた。












 その光景を一生忘れることは無いだろう……フォセッタはそう確信した。

 視界に全貌が納まる程までに小さくなった【ウォール・メイカー】の、銀のリング内を満たすUVエネルギーの虹色のカーテンを潜り、見覚えのある艦首がゆっくりと姿を現した。


「…………………………あ、あ、あ…………アリゾナだぁっ!!」


 ケイジ三曹が思わず素っ頓狂に叫ぶ中、それこそが先刻のUVキャノンを発射した主なのだと瞬時に理解する。

 ステイツが誇るSSDF第二艦隊〈ゴルゴネイオン〉の〈アリゾナ〉級戦艦が、そのマッコウクジラのような艦首から、ゆっくりとフォセッタ達の前に姿を現した。

 その全長800mの船体は、まるでつい今しがた進宙ばかりのような傷一つ無い姿だった。

 縮小を続けるリング状【ウォール・メイカー】から現れるのは一隻だけではなかった。


「……あれは〈あきづき〉級の重巡洋艦!……」


 次々と虹色のカーテンを潜って現れるSSDFの航宙艦の一つを指してケイジ三曹が叫んだ。


「〈ペガサス〉級空母も!……」


 次々と現れるその艦の種類は、どう考えても【ザ・ウォール】の航宙艦墓場に眠っていたSSDFの艦のそれと同じであった。

 五年前に、人類の希望と共に実施された土星グォイド本拠地攻撃作戦に参加し、作戦の成功も帰還も叶わなかった艦の数々と同じであった。

 その航宙艦が、なぜ突然ここに現れたのか!?

 当然ながら、内太陽系人類がいつの間にかワープ航法の類を実用化していて、自分達のピンチに、五年前の航宙艦を引っ張り出してよこしたわけではあるはずがない。

 ならば……答えは一つしかなかった。


「……実体弾投射艦〈ヴァンガード〉級も……」


 数々の航宙艦はリング状となった【ウォール・メイカー】から現れた。

 土星公転軌道のそと側に【ザ・ウォール】を産みだした【ウォール・メイカー】からだ。

 【ザ・ウォール】は、土星の環に設けられたグォイドの実体弾投射砲により、運ばれた土星リングの構成物質を材料に作られているのだという。

 つまり【ウォール・メイカー】は材料を与えれば、それを変化させ、他の何かを生み出す機能があるのだ。

 その事実は〈じんりゅう〉クルーの【ANESYS】によってコンタクトした【ウォール・メイカー】の異星AIとの会話からでも明らかだ。

 そしてただの膜に思えて恐ろしく精密多機能、かつ巨大な【ザ・ウォール】を生み出せる【ウォール・メイカー】の真の能力をもってすれば、【ザ・ウォール】どころではない物体を生み出すことも容易なのだという。


「巡洋艦〈ジャン・バール〉……〈ガングード〉……」


 世界各国の航宙艦の集結を実況するケイジ三曹の声が、涙と共に鼻をすすり上げる音で途切れ途切れいなってゆく……。

 【ウォール・メイカー】異星AIによれば、【ウォール・メイカー】までたどり着くことができ、なおかつ条件を満たした知的生命体には、【ウォール・メイカー】の有する知識と能力を提供する用意があるのだという。

 グォイドはこの条件を満たし【ザ・ウォール】を生み出させた。

 これに対し〈じんりゅう〉クルーは、自分達が【ウォール・メイカー】の使用権を得る為、異星AIの出した命題をクリアし、〈アクシヲン三世〉を飛び立たせ、【ウォール・メイカー】の使用優先権を持っていたトータス母艦・グォイドとトゥルーパー《超小型》・グォイドを、激戦の末に殲滅した。

 そして命じたのだ……『【ザ・ウォール】をぶっ壊して』と。

 だが命じた……いや頼んだのはそれだけではなかったのだ。


「〈ゴーダーヴァリ〉級フリゲート……まだあんなに」


 瞬く間に百隻以上のSSDF航宙艦が、〈アクシヲン三世〉の周囲を守るように銀のリングより現れ出でていた。

 それらは、間違いなく【ザ・ウォール】上にあった航宙艦墓場に眠っていた残骸だったのだ。

 それらは〈アクシヲン三世〉離陸直後に、アウター《外側》ウォールの移動に伴い、【ウォール・メイカー】に放り込まれ、【ザ・ウォール】の材料として原子にまで分解されたはずだった。

 はずだった……が、その直後に【ウォール・メイカー】の使用優先権が、〈アクシヲン三世〉の〈じんりゅう〉クルーの【ANESYS】に渡り、彼女達は【ザ・ウォール】の破壊と同時に頼んだのだろう……。


「私達は彼女に頼んだの……『あなたのできる範囲で構わないから、どうか私達を助けて』って……」


 フォセッタの心中を読んだかのように、ユリノ艦長の声が耳に届いた。

 ユリノ艦長らの【ANESYS】のアヴィティラの、その漠然とした要求の結果が、目の前で繰り広げられているこれなのだろう。


「まさか……こんな形で答えてくるとは思わなかったけれど……」


 ユリノ艦長が自嘲気味に付け加えた。

 【ウォール・メイカー】はその内部に取り込んだSSDF航宙艦の残骸を、確かに分解した。

 だが同時に、その残骸が宿す、構造、設計、保存データなどの情報を全てを、【ウォール・メイカー】は読み取り、そして記憶しておいたのに違いない。

 なにしろ〈じんりゅう〉搭載のオリジナルUVDには、ユリノ艦長の姉、秋津島レイカ艦長の人格が保存されていたというのだから、同じ創造主が作った【ウォール・メイカー】が、とりこんだ航宙艦のデータを記憶し、それを元に、完全に修復された状態のSSDF航宙艦を新たに作り直す・・・・くらいわけ無いはずなのだ。

 いつのまにか計百隻を超える大艦隊の中心に〈アクシヲン三世〉はいた。

 人類各国がエゴを超えて協力しあい、人類の希望を乗せて旅立つも、志半ばで打ち砕かれた人類の英知の結晶が、新たに訪れた種の存亡に際し、立ち向かわんと再び結集してくれたのだ。


「……そして………………………………あれは……あれは! ……」


 ケイジ三曹はもう、言葉にできなかったようだ。

 〈じんりゅう〉クルーの希望に答え【ウォール・メイカー】が再生させたのは、五年前の土星攻撃作戦に参加した航宙艦だけではなかった。

 もちろん、つい一週間と少し前に【ザ・ウォール】に墜落した航宙艦も再生される艦に含まれていたのだ!

 ブリッジ内のクルー一人一人が、目を潤ませながら最後に銀のリングとなった【ウォール・メイカー】を潜ってくる艦を見守った。

 まるでシュモクザメのような艦首可動式ベクタードノズル……黄金のフィギュアヘッド……大昔の洋上戦艦を上下張り合わせたおうな白銀の船体……フォセッタは、その初代となる艦を〈アクシヲン三世〉出航時に見かけただけだったが、今初めて見る二代目・・・のその姿も、初代と同じかそれ以上に美しく思えた。



「〈じんりゅう〉……………!!」


 フォセッタはゆっくりと〈アクシヲン三世〉と並走しだしたその姿を、永遠に目に焼き付けておきたかったのだが、涙で潤んでよく見ることができなかった。

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