▼第十二章 『レヴェナント《蘇りしもの》』  ♯1


[始まったようです……]


 スキッパーがぽつりと告げた数秒後、【ウォール・メイカー】から前方および左右の外景ビュワーへとケイジが視線を移すと、画面を覆っていた薄灰色の景色に瞬時にして無数のひびが入っていた。

 ……かと思うと、次の瞬間、そのひびは弾けたように広がり、〈アクシヲン三世〉は無数の【ザ・ウォール】を形成していた膜の切れ端に囲まれながら、漆黒の宇宙空間へと帰ってきていた。

 艦首方向にあったはずのインナー内側ウォールの薄灰色の膜は瞬時に消え去り、懐かしい星々の浮かぶ宇宙空間が目の前にはあった。


「…………凄い」


 ケイジはそう呟くことしかできなかった。

 しかし、ビュワーに漆黒の宇宙が見えたのは一瞬だけだった。

 巨大な薄灰色が膜の破片が画面を横切ったからだ。

 視界を求めて再び後方ビュワーを確認すれば、【ザ・ウォール】に対し、それを形成維持している異星遺物【ウォール・メイカー】が光速で送った自己分解信号により、数億キロある【ザ・ウォール】が崩壊が伝番していく光景が、もなお続いているのを見ることができた。

 光速で起きている現象にも関わらず、ケイジが肉眼でその速さを認識できるほど、【ザ・ウォール】があまりにも長大なのだ。

 【ザ・ウォール】を成している幅30万キロのベルト……インナー内側ウォールとアウター外側ウォールの崩壊が、光の速さで【ザ・ウォール】の西端から東方向へと伝達していく。

 それが【ザ・ウォール】東端に至るまで、光の速度をもってしても一時間近くかかるらしいという予測が、スキッパーによって淡々と告げられた。

 それだけ【ザ・ウォール】が長大であるということが、明確に確認できたということであった。

 が、【ザ・ウォール】のその崩壊開始起点のすぐそばにいた〈アクシヲン三世〉にとっては、そのことを驚いてる場合ではなかった。


「おおおおおおおおおおおお……」


 外景ビュワーを見回しながら、フォセッタ中佐が呻いた。

 【ザ・ウォール】は崩壊を開始したが、霧散したというわけでは無かった……少なくとも崩壊開始直後では。

 薄さは数ミリ単位しかなくとも、元が幅30万キロもあった【ザ・ウォール】の膜は、分解し、破片となっても一辺が最短でも数キロ単位はあった。

 小さくても島サイズ、大きい場合は大陸サイズの【ザ・ウォール】の膜の切れ端がランダムに発生し、さらに分解を続けつつ、〈アクシヲン三世〉の周囲に舞い散った。

 それらは質量は意外なほどに小さいのだが、恐ろしく広く、かつ柔らかい。

 それが分解時に受け取った慣性で、まるで命が宿っているかのごとく回転し、うねうねと蠢きながら、時には衝突し、さらにわけの分からない動きを見せつつ〈アクシヲン三世〉の周囲を行きかう。

 〈アクシヲン三世〉はそのしっちゃかめっちゃのど真ん中にいたのである

 ケイジはこの時、初めて【ザ・ウォール】の膜に表裏があり、側が鏡のように艶のある銀色であることに気づいた。

 その鏡面部分が、いわゆる【ザ・ウォール】の存在を人類から隠すステルス効果を発揮するのかもしれない。

 まるで生きたアルミホイルの破片に囲まれたようであった。

 それら膜の破片は、形成維持する為のUVエネルギーが絶たれたことから、それまでベルトコンベア状に秒速1000キロで移動していた慣性のままに、高速で宇宙空間に放り出されていた。

 仮に艦にまといつきでもしたら、致命的な事態を招きかねなかった。

 アヴィティラは、残された数十秒の【ANESYS】の思考統合時間を、必死で膜の破片に接触せぬように、破片の合間に安全なコースを探すことに費やしているようだった。

 〈アクシヲン三世〉は船体各所からスラスターを吹かし、全長6キロの巨体に見合わぬ機動で、まるで未来予知しているかのごとく膜の破片と破片の合間を潜り抜けていく。

 もし【ザ・ウォール】の崩壊を、真上か真下から適切な距離で観測することが出来たなら、崩壊した【ザ・ウォール】の無数の膜の破片の軌跡が、何も無いように見えた宇宙空間に、突然恐ろしく細長い毛虫が現れたように見えたかもしれない……とケイジは想像した。

 インナー内側ウォールは土星から見て西から東方向へ、アウター外側ウォールは東から西方向へ、東西の端はそれぞれ弧を描いて二枚の膜を繋いで秒速1000キロでベルトコンベア状に動いていた。

 キャピタンの推測によれば、このベルトコンベア状運動こそが、【ザ・ウォール】を土星の重力に捕らえさせることなく、土星の外側の公転軌道に居座らせているのだという。

 そのベルトコンベア状運動時の慣性が、崩壊は始まった後も毛虫のシルエットのように、【ザ・ウォール】から放射状に膜の破片を吹き飛ばしたのだ。

 そしてその崩壊により、〈アクシヲン三世〉は当初の意図とは違えども【ザ・ウォール】からの脱出を結果的に成し遂げていた。

 だがそれを素直に喜ぶべきかは微妙なところであった。

 【ザ・ウォール】の崩壊により、なし崩し的に脱出できたとはいえ、ここはグォイド本拠地勢力圏のど真ん中であることには変わりない。

 それだけでなく【ザ・ウォール】崩壊開始時に、〈アクシヲン三世〉は【ザ・ウォール】西端の内側を|トータス母艦・グォイドと交戦しながら半径約1000キロの弧を描いて、アウター外側ウォールからインナー内側ウォールへと|移動する途中であった。

 外側の膜から内側の膜へ……土星から見て西から東方向移動する膜への移動中に【ザ・ウォール】が崩壊した結果、崩壊でまき散らされた【ザ・ウォール】の破片のうち、西端部のインナー内側ウォールから発生したものの大半を、土星の重力は逃さなかった。

 〈アクシヲン三世〉はその破片に混じって、秒速1000キロで土星に向かって投げ出されたと同時に、引っ張られてもいたのである。


「ああ……やっぱりか……チクショウッ!」


 メインビュワーに映る土星を確認しながら、フォセッタ中佐がシートベルトで固定されていない足をバタつかせながら毒づいた。






 幸いにも〈アクシヲン三世〉をとりまく崩壊直後のカオスは、時間経過と共に急激に終息していった。

 慣性とベクトルが、破片群を同じ速度と方向のものにより分けていったからだ。

 崩壊開始3分後には、〈アクシヲン三世〉の周囲の【ザ・ウォール】の破片の同士の衝突は終わり、破片は数は多くとも、方向も速度も揃っているものになった為、当面の危険は無くなった。

 とはいえ、いくら衝突の危険が去ったとしても、艦のすぐそばを巨大な膜の破片が回転しながら漂い、並走している光景は、恐ろしく心臓に悪かったが……。

 その2分前に終了した【ANESYS】は、終了までの間に、乱舞する破片群の中に安全なコースを探し出し、無事〈アクシヲン三世〉を移動させ終えていた。

 これで少なくとも、破片群との接触が原因で〈アクシヲン三世〉が危険に陥ることは無いはずであった。



「さてと…………どうしたものかしらね……」


 【ANESYS】から目覚めたユリノ艦長が、各セクションのクルーに現状を確認し終えると、皆に尋ねるかのように呟いた。

 ケイジは平静を装った声音で言う彼女の頬に、冷や汗が浮かんでいるのを見逃さなかった。

 どうしたものかも何も無かった……選択肢は事実上一つしかない。

 ケイジはメインビュワーの画面内で、漂う破片の奥で刻々と巨大化していく土星を見つめながら思った。

 やや環を傾けた状態で、南極をわずかにこちらに向けた状態で土星は迫ってきていた。

 ブリッジ内の総合位置情報図スィロムに、〈アクシヲン三世〉がとることが可能な二本のコースが描かれていたが、そのどちらも土星をスイングバイすることに変わりは無かった。

 土星をスイングバイして内太陽系に向かうか、土星をスイングバイして太陽系外へと向かうかだ。

 タイタンをはじめとした他の土星衛星群は、幸いにも〈アクシヲン三世〉の進路上には無かったが、それでも各衛星にあるグォイド拠点からは、当然のごとく己が本拠地の目と鼻の先で発生した【ザ・ウォール】の倒壊は確認しているはずだ。

 そしてそこれが自然現象などとは考えず、人類の攻撃による可能性を想定して警戒していることだろう。

 〈アクシヲン三世〉はそんな中を土星に向かって行っているのだ。


「ユリノ艦長、タイタンをはじめとした観測圏内の土星圏各衛星を飛び立つ光点を多数確認、本艦方向に向かっていますデス!」


 電測席からルジーナ中尉が報告した。

 ケイジはすぐさま再び総合位置情報図スィロムを確認した。

 土星圏全体を納めた画面内各所から、虫の群れのごとく光点ブリップが飛び立ち、〈アクシヲン三世〉に向かってきているのが見えた。


「………………やっぱり……迎撃部隊かなぁ」

「そうに決まっているだろう!」


 とぼけたように尋ねるユリノ艦長に対し、フォセッタ中佐が大真面目に答えた。


「それだけではないようでデス。同じくグォイド拠点から発した実体弾および長距離UV弾頭ミサイルと思しき反応も多数確認!」

「…………」

「…………ですが! 周囲の【ザ・ウォール】の破片が障害となって、観測が困難になっていますデス! 他にも本艦に脅威が迫っている可能性アリ!」


 絶句するフォセッタ中佐を他所に、ルジーナ中尉が焦りをおびた声音で続けた。

 大陸程もある【ザ・ウォール】の膜の破片が周囲に無数に漂い、艦の索敵機器の前を幾度となく横切られていては、〈アクシヲン三世〉の電測能力がフルに活かせるわけもなかった。

 同時に、今周囲を漂う破片の陰に、敵グォイド艦がいたとしても気づきようが無いのだ。

 むしろ、その状況下でもこれだけの状況を索敵できたルジーナ中尉が凄いというべきであった。


「…………同時にグォイド側からも本艦を発見することは困難かと思われますデス。

 先に報告した実体弾とUV弾頭ミサイルは、コースを見る限り本艦を狙ったモノでは無く、土星のグォイド拠点に飛来する破片群の排除が目的の可能性が大デス」

「こっちに届くのはいつ?」

「実体弾は今から10分後、ミサイルは30分後、本艦前方の破片群に命中しますデス!

 駆逐艦艦隊が本艦との交戦距離に達するまでは、最短でも2時間以上ありますデス!」


 ユリノ艦長にルジーナ中尉が答えるのを聞きながら、ケイジは総合位置情報図スィロムに反映された各光点ブリップを確認した。

 直近の脅威は実体弾であったが、それも現コースとは交差しそうにない。

 つまり実体弾は〈アクシヲン三世〉を狙ったものではないと考えられる。

 ということはやはり〈アクシヲン三世〉はグォイドにはまだ発見されていないと考えるべきだろう。

 むしろ発見できると考える方に無理がある状況なのだ。

 敵本拠地に猛スピードで突っ込むという暴挙を行っている中では、良いニュースと言えた。


「このままのコースで、慣性航行のまま進んだ場合、土星最接近はおよそ55分後になりますデス。

 確認されている各グォイド拠点とは、実体弾以外の手段の交戦圏は通過せず」


 ルジーナ中尉がさらに追加報告した。

 ケイジは一時とはいえ、安堵することを自分に許そうかと思い始めた。

 ルジーナ中尉の報告は、つまりこのまま【ザ・ウォール】の破片群に紛れて進む限りは、敵に存在がばれることもなく、上手くいけば戦闘を行うことなく土星スイングバイできるかもしれなかったからだ。

 しかし、敵に見つかることなど些末に思える程の危機が、〈アクシヲン三世〉の……いや人類のすぐそばに迫っていた。









「フォムフォム……大変だ……」


 ルジーナ中尉のかける電測席の後ろに、ケイジの手によって増設された電測席から、フォムフォム中尉がポツリとそう呟くのが聞こえてきた。

 それとほぼ同時に、ケイジは回転を続けながらメインビュワーに映る【ザ・ウォール】の破片が、鏡面側をこちらに向けた瞬間、一瞬猛烈に輝きだしたのに気づいた。

 絶対の保証があるわけでは無いが、破片となった元【ザ・ウォール】の膜が突然発光しだしたとは思えなかった。

 ならば、突然輝きだした理由は一つしか考えられない。

 ケイジは輝きだした【ザ・ウォール】の破片とは反対方向、へと振り返った。

 そして【ザ・ウォール】破片に光をあてて反射させている光源の正体を確認した。


「…………何事ですってフォムフォム!?」


 その一方で、次の言葉を待っても口を開かないフォムフォム中尉に、ユリノ艦長が業を煮やして尋ねた。


「フォムフォム……艦尾上方130度方向、ダークタワーより発信中のレーザーの送信先が、【ザ・ウォール】の崩壊によって露わになった……」


 電測員補佐として追加電測席に着いたフォムフォム中尉が、彼女にしては珍しく狼狽えたようにユリノ艦長の問いに答えた。

 だがケイジはその時、すでにフォムフォム中尉の告げた方角を見て、彼女が何に指して「大変だと」と告げ、その後なぜ絶句していたのかをその目で確認していた。

 つい数分前まで【ザ・ウォール】が覆っていたはずの宇宙空間の一点に、まばゆい光点が瞬いていた。

 それは奇妙なことに、土星のすぐ隣で輝く太陽の光と同等かそれ以上にまぶしく、粉々になった【ザ・ウォール】の破片群と〈アクシヲン三世〉を背後から照らしていた。


「なんだありゃ!?」

「まさか!」

「OMG……」


 カオルコ少佐、クィンティルラ大尉、フィニィ少佐が呻き、それにフォセッタ中佐の「ああ……もうダメだ……」という呟きが続き、他のクルーは絶句する他なかった。

 〈アクシヲン三世〉を背後から照らす輝きは、シズ大尉によって推測されていた外宇宙から飛来せしグォイドの増援・・に違いなかった。







 忘れていたわけではなかった。

 可能性の一部として認識し、【ザ・ウォール】から脱出できた際には、内太陽系人類圏に向かって警告メッセージを送る準備もしていた。

 結果的に【ザ・ウォール】からの脱出どころか、【ザ・ウォール】を崩壊させることができてしまったため、その準備は完全に無駄になってしまったが……。




 【ザ・ウォール】は、グォイド本拠地に偵察あるいは攻撃をしにきた人類の航宙艦を、捕らえる罠として生み出されたわけではない。

 【ザ・ウォール】が生み出された真の目的は、土星上の【ダークタワー】より発射されるレーザーによって減速しつつ太陽系に接近中のグォイドの増援を、それによって内太陽系人類圏の警戒の目から覆い隠す為のものだったのだ。




 ケイジはシズ大尉のこの推測を聞いた時、実のところ他人事のように思っていた。

 実際、推測が真実であったとしても、ケイジ個人はもちろん、シズ大尉から話を聞いた当時の〈じんりゅう〉を失って間もない〈じんりゅう〉クルーには、どうすることもできない事態であった。

 そして〈アクシヲン三世〉でフォセッタ中佐との出会いを経て、彼女とスキッパーもシズ大尉と同じ結論に至ってはいたが、【ザ・ウォール】の内部にいては、どうすることもできないことに変わりはなかった。

 だからケイジはこの推測について、深くは考えはしなかった。

 どうせ脱出しないかぎりできることは何もない。

 悩むリソースを【ザ・ウォール】脱出に回した方が何倍もマシなはずだった。

 それに、シズ大尉やスキッパーによれば、グォイドの増援が太陽系に向かっているのが現実であったとしても、それがどれくらいの規模で、いつ太陽系に到着するのかまでは、【ザ・ウォール】内からでは推測のしようがなかった。

 だから、まさかすでに太陽系の目と鼻の先に、前回を上回る規模のグォイドの艦隊が接近中だとは思いもしなかったのだ。

 言い方を変えるならば、まさか自分たちがそこまで運命に見放されているなどとは、考えたくなかったのである。


「……光源の第一次分析を完了しましたのです。

 〈アクシヲン三世〉後方の光点群は、30年前のUDO太陽系内初遭遇時に観測した光波紋と98%一致しましたのです。

 ただし規模は前回の6倍、シードピラーの総数に換算した場合は約20万隻、体積で言えば月の約2倍あると推定」


 シズ大尉が上ずりそうになる声を務めて押さえながら告げた。

 が、ケイジは今一つ実感がもてなかった。

 シズの報告は事実上、人類の滅亡が確定したことを示していた。

 大丈夫! 人類存亡の危機なら前にも遭遇したことがある!

 必死でそう考えようと努める。

 これまでケイジは、幸か不幸か〈じんりゅう〉と共に、【テルモピュレー集団クラスター】でのケレスをめぐるシードピラーとの闘いも、惑星間実体弾投射砲レールガンにされた木星内でのグォイド・スフィアとの闘いも乗り切ってきた。

 それは単に、目の前に迫ってきた状況に無我夢中で対処してきただけという気もするが……ともかく、一歩間違えれば人類滅亡の切っ掛けになりかねない状況を、ユリノ艦長ら〈じんりゅう〉とそのクルーらと共に乗り切ってきた。

 だが、今回は無理そうだった。

 何も思いつかなかった。

 人類がこの危機を乗り切れる未来が、ケイジにはまったく見えなかった。


「シズちゃん、減速中の光源の予測コースを表示して」

「はいなのです……。現在【グォイド増援光点群】は、太陽系外縁部・ヘリオポーズ付近にて、光速の約20%から急速に減速中なのです。

 土星公転軌道到着まで、計算ではあと約三か月となるのです。

 【グォイド増援光点群】は土星の東側を通過し、木星圏あるいは地球圏を真っ先に攻撃可能なコースをとる模様」


 太陽系を北天方向から見下ろした総合位置情報図スィロムに、【グォイド増援光点群】の予測コースを投影しながら、シズ大尉がユリノ艦長に説明した。

 微かな誰かのため息が聞こえた気がした。

 シズ大尉の答えが、ユリノ艦長が期待していたものとは違っていたことは明らかだった。

 土星に一隻のシードピラーの着床を許したとはいえ、仮にも人類は、まだ人造UVDはおろかUVテクノロジーさえもない時代に、まだUDOと呼ばれていた頃のグォイドの襲来を退けることができた。

 だから多数の人造UVDを有し、UVテクノロジーを使いこなすまでに至った現在の人類ならば、今回の【グォイド増援光点群】の襲来だって、また退けることができると考えることもできたかもしれない。

 だが、その考えは大きな誤解だ。

 人類がUDO――初期グォイドの襲来を退けられたのは、人類の総力をあげた奮闘も大きな要因であったが、それが達成できた最大の要因は、UDOが減速しきれずに火星~木星間公転軌道にある小惑星帯メインベルトに突入したからだ。

 UDOは、地球到達にタイミングを合わせて減速を行ってきた為に、メインベルト通過時はその速度がまだ早すぎた。

 だからメインベルトの広大な間隔で浮かぶ小惑星であっても回避が間に合わず衝突、その破片が後続のUDOに衝突を繰り返す連鎖反応によって、大多数のUDOが人類の行いに関係なく破壊され、人類は辛くもその歴史を繋いだのである。

 だが、その幸運は二度も続かないようであった。

 【グォイド増援光点群】は、土星赤道やや南側に浮かぶ【ダークタワー】より放たれる大出力レーザーを受けて、事前に猛烈な減速をかけている。

 今回はメインベルト到達前に減速を完了し、悠々とメインベルトを通過し、地球圏に襲い掛かることが可能だろう。

 その時、シズ大尉が告げた数そのままに襲来したシードピラーの群を、人類が迎撃しきることなど物理的には不可能だろう。

 つまり人類の歴史の終焉である。

 ケイジたちは、その瞬間に立ち会うことになってしまったのだ。


「…………そんなぁ……せっかく……せっかく脱出できたのにぃ…………!!」


 どうすることもできない沈黙の後に、ミユミが嗚咽をこらえながら絞りだすようにこぼした。

 ケイジが幼なじみに視線を移すと、彼女は両手で口元を抑えながら、すでに涙をぽろぽろとこぼしていた。

 ケイジもミユミと同じ気持ちだった。

 せっかくここまで来たのに、これが運命が用意しておいた答えだというのか!?

 激しく憤り、また絶望した。

 …………………………が、しかし……


「…………い、いや! ままま……まだ! まだ終わってないぞ諸君! 自分達にはまだ出来ることがあるぅ!! あるぞぉ!!」


 フォセッタ中佐がシートベルトを外して立ち上がり、拳を握りしめながら、自信があるんだか無いんだか分からない様子でたどたどしさ極まりなく宣言した。




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