▼第十一章 『アップ・ライジング』 ♯3

 例によって、眠りにつくと同時に目覚める……そんな不可思議な感覚と共にワタシは目覚めた。

 ……そして過去三回の【ANESYS】での目覚めとは違い、今回目覚めた自分が、ようやく完璧……少なくともスタンダートな自分として目覚められたことを感じた。

 〈じんりゅう〉墜落時からこれまでの計4度の目覚めでは、ワタシを形作るクルーが足りなかったり、クルーが足りたとしても、ワタシをワタシとして形作る為に重要な意味のあったオリジナルUVDが欠けていた。

 だが今は違う。

 今、ワタシは完全に一人・・のワタシとなっていた。

 ワタシを形作るユリノをはじめとした彼女達の存在はもちろん、今までワタシを支えていてくれたレイカの存在も、今はワタシの奥底に感じることができた。

 ワタシはワタシの意思と存在を、久々に明確に自覚することができたのだ。

 もちろん、ワタシに課せられたかつてなく面倒な使命も……。

 目覚めるなりワタシは、見覚えのある学校の教室内の真ん中の席に、一人ぽつりと腰掛けていた。

 そのことにはもう驚かなかった。

 前にもあったことだからだ。

 だが教壇に立つ人物の姿に、ワタシは思わず呟いた。


「…………ノォバ・チーフ?」

「違うなアヴィティラ、悪いがこの姿は仮のものだ。

 お前……つまりお前たちと話すにあたり、お前が共通して知っている風景と人物の姿を借りたんだ」

「…………」


 すぐには返す言葉が出てこなかった。

 〈じんりゅう〉開発整備責任者チーフにして、ワタシのコア人格たるユリノの義理の兄、ノォバ・ジュウシローは、いつものツナギ姿で教壇に寄りかかりながら、やれやれと頭をかきながらワタシの反応を待っていた。

 その仕草と表情は、まごうことなきノォバ・チーフのそれであり、ワタシはこのシチュエーションでなければ本人と判断していたかもしれなかった。

 だが違う。

 当然ながら目の前の人物が、ワタシの記憶を元に構築されたこの教室空間に実際にいるわけがなく……であるならば、今目の前にいる彼の正体は明らかだった。


「……ふむ、そのつもりはなかったのだが、誤解を与えてしまうのも無理もない姿だったな、だが、なかなか相応しい姿の選択が難しくてだな……」


 ノォバ・チーフの姿を借りたその何者かは、ノォバ・チーフそのものの口調でそこまで続けると、その場で滑らかにターンすると姿を瞬転させた。


「だって、お前はこの姿だと萎縮してしまうであろう?」


 テューラ司令の姿となったそれは、腕組みして仁王立ちすると告げた。

 ワタシはワタシを形成する人格全てから湧き上がる感情に従ってコクコクと頷いた。


「……かといって、萎縮も警戒も無い姿というのも、それはそれで問題があるしな」


 テューラ司令はまたターンしながらそう言うと、彼女の姿はVS‐805〈ナガラジャ〉艦長アイシュワリアの姿へと変わっていた。


「誰でも構わないと言うわけにはいかないのよねぇ……だってこの姿じゃ、あなた達はわたしが何を言っても、今一つ威厳ってものを感じてくれないでしょ?」


 黒髪に薄褐色の小柄な少女が、腰に両手をあてて胸を張って言った。

 が、確かに彼女の言う通り、ワタシはアイシュワリア艦長が何をしゃべったとしても、ワタシを形作る彼女達が――相変わらず微笑ましいなぁ――と思う感情に引きずられて、あまり彼女が伝えたいことを正確に受け取れないかもしれなかった。


「もちろん、俺の姿で言っても良いんですけどね、でも……そしたらほら……気まずいでしょ?」


 アイシュワリア艦長からケイジの姿となったそれは告げた。

 ケイジの姿と仕草、口調までも完全に再現するそれに、ワタシはワタシの中の彼女の鼓動が跳ね上がるのを感じた。

 彼は間違っていた。


 “気まずいどころじゃない”


 まったく……こいつは……ワタシはワタシの課せられた使命が、想像以上に難しい……というよりも面倒くさいことを理解した。


「まぁアヴィティラさんが、この姿が良いというなら俺は構わないんだけれど、どうします?」


 偽ケイジは本物そっくりに、どこかもじもじとしながら控えめに尋ねた。

 ワタシは実時間にしてほんの1秒にも満たない時間ではあったが、ワタシにとっては永遠に思える時間、思考がフリーズした。

 外ならぬワタシであるにも関わらずだ。

 だが、フリーズしかけた思考は、能天気な声によって半ば無理やりに目覚めさせられた。


『まぁ! ここの異星AIさんってユーモアがあるんですね!』


 サティの能天気な声が、教室を模した精神空間に響いた。







「スキッパー! アヴィティラはなにやってるんだ!?」


 フォセッタは大いに焦りながら傍らにたたずむヒューボに尋ねた。

 キャピタンからの高速言語で最新情報を知ることはできているはずであったが、それでもフォセッタはスキッパーから聞きたかった。

 一度点火した離陸用ロケットは、もう燃料を使い切るまで止めることはできず、〈アクシヲン三世〉を離陸させられないまま、燃料切れの時を刻々とむかえようとしていた。


[落ち着いてフォセッタ、〈アクシヲン三世〉が何故離陸できないのかの理由が推測されました。

 どうもアウター《外側》ウォールの表面に、わずかだけれど想定を超えた粘着性があり、本艦艦底部と約五年間も密着していた結果、離陸用ロケットの推力では引きはがせないレベルでくっ付いてしまっていたようです……]

「……そん――」

『なんだってぇ!?』


 思わず零れそうになったフォセッタの絶望の呟きを、ケイジ三曹からの艦内通信を介した声が遮った。

 フォセッタがスキッパーにわざわざ訪ねたことが、図らずもケイジへの状況説明になったらしい。

 フォセッタは一瞬、何も言葉が出てこなかった。

 今スキッパーが告げた推測が事実ならば、事実上『【ザ・ウォール】脱出作戦』は失敗したことになるからだ。

 オリジナルUVDの出力でGキャンセラーを稼動させ、離陸用ロケットを大量に噴射してもまだ〈アクシヲン三世〉が飛び立てないならば、もう他にどうしたら良いのかなど思いもつかなかった。


 ――誰か…………誰か……助けてくれ…………。


 目に涙が溢れそうになりながら、辛うじてそんな考えしか浮かばなかった。

 もちろん、【ザ・ウォール】ここで助けなど来るわけがない。

 〈じんりゅう〉が墜落してきただけでも望外だったのだ。

 フォセッタはそんなことしか浮かばない自分に、思わず泣き笑った。

 思えばこんなアホらしい考えしか浮かばなかったのも、〈じんりゅう〉クルーとの最後の食事のさらに前、ケイジ三曹の食事の調理が済むのを待つ間、彼女達と一緒に見たアニメ映画のせいだ。

 フォセッタでも知っているアニメ『VS』の劇場版の一作だ。

 なにをこんな時にバカなことを……とフォセッタは思ったものだが、それが作戦前の〈じんりゅう〉クルーの儀式だと言われたならば、彼女はそれ以上無下に止めることは出来ず、彼女らと一緒にその映画を見たのであった。

 実際フォセッタ達にできることは無く、ただじっと待つよりも幾分かマシだった。

 そして多少荒唐無稽ではあったが、存外に良い映画だった。

 遠い宇宙へと飛んで行った〈じんりゅう〉が、数々の異星文明と出会い、時に諍いつつも友好を築き、クライマックスで〈じんりゅう〉が絶体絶命の窮地に陥った時に、ここぞという場で助けに現れるのだ。

 アニメには詳しくは無いが、良くある、とてもベタな展開だ……そう思った……はずだった。

 だがフォセッタは、その時、涙を拭くために始めてハンカチを使った。

 それはあくまでフィクションの話でしかない。

 なのに涙が溢れてくることが、フォセッタは不可解で仕方なかった。

 が、どちらにしろそれはフィクションの中だけの話でしかなく、今ここにいる彼女達の元に、誰かの助けが訪れるわけがなかった。

 だからフォセッタは、絶望と共に、もう諦めるしかないと現実を受け入れようとした。

 が、まだ諦めてはいない人間がいた。


『フォセッタ中佐……まだ、希望はあります……アヴィティラが【ウォール・メイカー】の異星AIとのコンタクトに成功して、説得してくれたら……もしかしたら』


 そう艦内通信からケイジ三曹の声が響いた。

 ――ンな無茶な……フォセッタはケイジそう言われても、ちっとも気が休まりはしなかった。

 むしろ“なんて無茶ぶりするだろう!”と、この少年のことが少し怖くなった。







 もちろんワタシは〈アクシヲン三世〉が飛び立てずにいることも把握していたし、迫るトゥルーパー《超小型》・グォイドに対しても、ミサイルで迎撃するなどして対処していた。

 その上で、今は目の前のケイジの姿をした異星AIのアバターと話し、なんとか活路を見出すしかない……と、そう判断していた。

 その最中――、


『まぁ! ここの異星AIさんってユーモアがあるんですね!』


 振り返ると、自分と異星AIのアバターしかいないと思われていた教室内の一角に、水飴で出来たような半透明のセーラー服姿の少女がちょこんと座っていた。


「こいつぁ~おもしろい!」


 ケイジの姿の異星アバターが楽し気に言った。


「サティ……なの?」

『はぁいアヴィティラさ~ん! お邪魔じゃなければ、ワタクシにも異星AIさんとお話させてくださ~い』

「……………………分かったわ……」


 ワタシは能天気に手を振る彼女に対し、一瞬でそう答えておこうという結論に達し、サティにそう答えた。

 そういえば彼女は【ANESYS】の思考速度に同調することが可能である上に、木星において異星AIとコンタクトしたこともある。

 今は彼女の助けがあるに越したことはない。

 ワタシはそう判断したのだ。

 そしてどうやら水飴製セーラー服少女が、サティの考えたここでのアバターらしい。


『木星で異星AIさんと話した時は、もっとぉ…………なんというか淡泊だったのに、【ウォール・メイカー】さん・・は……とってもぉ~……人間さんっぽいんですねぇ』

「ふむん、そいつは興味深い意見だねサティ……」


 マイペース極まりないサティの意見に、ケイジ・アバターは特に驚きもせずに教壇の上に腰掛けながら、ふむふむと頷きつつ答えた。


「多分だけれど、木星の俺の兄弟と俺のキャラに差異があるのは、俺がここ、土星の公転軌道の外から、あなた方の戦いや歴史をずっと見ていたからだろうね」


 ケイジ・アバターの背後の黒板がビュワーとなって、土星から観測したと思しき無い太陽系の景色が映された。

 そしてズームされていく映像に、砂粒のような星の瞬きにしか見えない光が多数確認できたかと思うと、それは瞬く間に航宙艦とグォイドとの戦闘の光となった。


「どうやらあなた方はすでに聞いてるみたいだけれど、俺たちはこのだだっ広い宇宙に、命というものを誕生させ、繁栄させることを目的としている……あくまで誤解を恐れず言えばの話だけれどね…………。

 だから、その目的達成の為に周囲の状況を観測し、情報を収集する機能があって、その結果、それを元にこんなキャラで君らの前に現れたってわけさ。

 こっちの方が、話がスムーズでしょ?」

『なるほどぉ~!』


 ケイジ・アバターの説明に、ワタシが絶句している間にサティが素直に相槌をうった。


「やはりこの姿は支障があるみたいだね……じゃこれにしとこう」


 ワタシがあまり口を開かないことに、ケイジ・アバターはまたしても姿を変えた。

 次の瞬間目の前には、大人というにはまだ幼く、少女……というにはいささか育った19歳くらいの軟式簡易宇宙服ソフティ・スーツ姿の女性が立っていた。

 それはワタシ、アヴィティラの姿だった。

 九名のクルーの容姿を統合した結果現れたワタシ独自の姿だった。


「これならどう? あなた達は意外と自分自身の姿に疎いみたいだから、これなら先入観も無しにお話できるんじゃない?」


 目の前に現れた新たなワタシに、ワタシはなんとか頷いた。

 異星アバターの言ったことに納得がいったからではなく、これ以上アバターの姿のことで時間をとりたくなかったからだ。

 基本鏡というものを見る機会もなかったワタシは、あくまでデータとしてしか自分の姿を知ってはいなかった。

 そしてほぼ初めて客観的に“アヴィティラ”と呼ばれる統合人格の容姿を認識したわけだが、それはまるで他人のように思えた。


「分かったわ……【ウォール・メイカー】、もうその姿で構わない」

「ならば結構、急いでいるんでしょ? さっそく話を前に進めましょう」


 やっと私が口を開くと、もう一人のワタシは快活に頷いた。


『ワタクシは少し混乱しそうですけどね……』


 サティがぼやいたが、今はスルーすることにした。


「アヴィティラ、あなたの要件は分かっているつもりよ……だけれど、結論から言えば、ワタシの使用優先権は、あなた達の言うトータス母艦・グォイドにある。

 だからトータス母艦・グォイドの意向を無視して、この【ウォール・メイカー】を停止させることはできない……絶対に」

「…………え?」


 言い切るワタシの姿をした異星アバターに、ワタシは辛うじてそれだけ声を返した。







『……スキッパー! 今すぐ艦尾側のGキャンセラー出力をゆっくり落としていってくれ!』

[…………了解しました、直ちに実行します]

「はぁ!?」


 突然のケイジからの艦内通信での要請に、スキッパーが素直に従い、フォセッタは思わず素っ頓狂な声をあげた。

 しかし、何故ケイジが突然そんな要請をし、スキッパーが従ったのかはすぐに分かった。

 艦にかかる疑似重力を相殺し、船体を浮かせようとするGキャンセラー出力のうち、艦の後ろ半分の出力がじわりと落とされたことにより、わずかだが〈アクシヲン三世〉の艦首が浮き上がったのだ。

 フォセッタはキャピタンからの高速言語により、すぐに何故艦首が浮き上がりだしたのかを理解した。

 艦が水平のままでは、艦の上昇しようとする力は艦底部とアウター外側ウォールとの接触面全体に分散してしまうが、ケイジがあえて艦尾の上昇力を弱めさせたことにより、艦の浮かびあがろうとする力が艦首側の底部に集中したのだ。

 〈アクシヲン三世〉は粘着テープを端から剥がすようにして、ついにアウター外側ウォールからの離陸を開始したのである。

 がしかし……、


[〈アクシヲン三世〉上昇開始。上昇率、毎秒1m]

「……全っ然遅いじゃん!」


 スキッパーの報告に、フォセッタは思わず喚いた。








「ワタシを創造した存在については、あなた方に話したくても最初から情報が授けられていないので不可能なの。

 仮に知っていたとしても、プロテクトがかかっていて話せないわ。

 何故なら、ワタシの創造者の姿かたちの情報をあなた方に教えてしまったら、余計な先入観を与えてしまいかねないから……。

 ……だけれど、ワタシの存在目的は話せるわ。

 ワタシはあなた方がもう知っての通り、この宇宙に生命を……それも知的生命を繁栄させることを存在意義としているの。

 繁栄させる生命については、条件さえ満たしてれば姿形は問わないわ……」


 もう一人のワタシ・異星アバターが語る中、背後の黒板から転じたビュワーに宇宙に浮かぶ土星が映り、その手前に銀色のリングがフレームインした。

 その銀のリングこそが、【ザ・ウォール】を生み出す前の【ウォール・メイカー】なのだ。

「そしてこの惑星の公転軌道にいるワタシ自身の存在目的は、ワタシのところまでたどり着くことができ、なおかつ条件を満たした知的生命体に、ワタシの有する知識と能力を提供すること。

 その為に、ワタシの中にはワタシがここまで旅してきた中で得た情報や、知的生命体が望むありとあらゆる要望を叶える能力が備わっているわ」


『ありとあらゆる能力ぅ?』


 サティが無邪気に尋ねた。


「そう、ありとあらゆる能力よ。

 もちろん提供するには各種条件を満たす必要があるし、提供できる能力にも限界はあるけれどね……」

「…………そしてここで待ち受けていた結果、グォイドがここであなたと接触し、望んだことが【ザ・ウォール】を作ることだったのね?」

「ええ、あなた方が遭遇し、トータス母艦・グォイドと名付けたグォイドがね」


 ワタシが確認すると、異星アバターはそう注釈して頷いた。


「ワタシの能力をもってすれば、この恒星系を覆う殻……あなた達の言うダイソン球だって作れたのだけれど、彼ら……グォイドが望んだのは、ただこの薄い膜でできた隠れ蓑を作ること……それだけだった……。

 彼らの満たした条件では、ワタシに提供できることはこれが限界だったという事情もあるけれど……どうも彼らにはそれ以上を望むという概念自体がなかったみたいね。

 でも……ワタシの使用優先権は絶対なの。

 グォイドがワタシに命じたことをキャンセル、あるいは上書きすることはできないわ……ワタシに命じた存在それ自体が消滅しない限りわね」


 ワタシ・・・は済まなそうに告げた。

 一見それは、事実上【ウォール・メイカー】の停止は不可能だ、諦めろと言っているように聞こえた。

 がしかし、


『…………それってつまりぃ~、あのトータス《母艦》・グォイドをやっつけちゃえば、あなたにお願いできるってことですかぁ』

「そのとおり……だけれど、正確ではないわね」


 即答したサティに、異星アバターはいたずらっぽく答えた。

 その答えはワタシにはありがたかった。

 仮にトータス母艦・グォイドを倒すことで、異星遺物【ウォール・メイカー】を使えたのだとしても、今からではとうてい間に合わない。

 トータス母艦・グォイドを倒す前に【ウォール・メイカー】に自分達は吸い込まれ分解されてしまうからだ。

 しかし、望みはまだあるらしい。


トータス母艦・グォイドを倒さなくても……トータス母艦・グォイドがあなたに下した命令以外の望みであれば、叶えてくれるっていうこと?」


 ワタシが慎重に尋ねると、異星アバターはニンマリとした。


「そのとおりよ…………ただし、あなたが……あなた達が、それに値するだけの条件を満たしていることを証明できたら……の話だけれどね……」

『その条件ってなんですかぁ?』


 どこか楽し気に話す異星アバターに、サティが当然のごとく訪ねた。

 異星アバターは快く答えた。


「アナタ達が、グォイドと同等かそれ以上に、この宇宙で繁栄するに値する存在であることを、ワタシに示すことよ」


 ワタシもサティも、しばし何も言えなかった。











[…………これはマズイ…………]

「なんだってスキッパー!?」


 フォセッタはスキッパーに大慌てで尋ね、次の瞬間キャピタンからの高速言語により何が起きたかを知り、自分でも「これはマズイ……」と呻いた。


 ――離陸用ロケット燃焼終了まで残り約90秒。


『何がマズイんですって!? ブリッジ! 状況説明を求む!』


 スキッパーが説明しないので、ケイジ三曹が焦った声音が艦内通信で尋ねてきた。


[どうもアヴィティラは異星AIのコンタクトにより、【ウォール・メイカー】を止めるには、使用優先権のあるトータス母艦・グォイドを倒すしかないことを確認したようです]


 スキッパーが無情な程に簡潔に説明した。

 フォセッタはホログラムで現れるというアヴィティラの姿が、ブリッジにまったく見えないことに軽く不安を抱いていた。

 だが、絶望的なスキッパーの説明を聞く一方で、彼女がちゃんと任務を続行していることに奇妙な安堵を覚えもした。

 しかし、アヴィティラが達した答えは絶望的な内容とと言ってよかった。

 残された時間でトータス母艦・グォイドを倒すなど、不可能だからだ。


[……ですが【ウォール・メイカー】は、人類が宇宙に繁栄するに値する存在であることを示すことができれば、【ウォール・メイカー】の接近は止められないものの、それ以外の命令ならばきいてくれる……だそうです]

『…………なんだそりゃ!?』


 スキッパーの情け容赦ない説明に、ケイジの喚き声が艦内通信を介してブリッジに響いた。







 ワタシは【ANESYS】の化身アヴィティラだ。

 ゆえにワタシを形作る彼女達の思考と記憶、それに〈びゃくりゅう〉のメインコンピュータ能力を統合し、超高速で情報を処理できる……。

 だが、【ウォール・メイカー】の出した命題は、その超高速情報処理能力をもってしても容易に解決できる問題ではなかった。

 思考がループし、前に進まなくなる。


『人類が、グォイドと同等かそれ以上に、この宇宙で繁栄するに値する存在であることを示せ』


 あまりにも想定外すぎた、考えたことも無い問いかけだった。

 その命題は、超高速情報処理能力の有無はあまり関係なかった。

 いかに超高速情報処理能力があったとしても、ワタシを形作る彼女達のなかに、答え、もしくは答えを出すヒントがなければどうしようもなかった。

 ワタシの思考速度は数千倍に加速されていたが、それでも掛け替えのない時間が刻々と過ぎていく。

 グォイドは宇宙に進出し、己の種をより遠く確実に広める為に進化した存在だ。

 それに比べたら、人間の能力は宇宙で繁栄するにはあまりにも無駄が多い。

 たとえ今日明日をしのいだとしても、グォイドの脅威を人類が解決し、宇宙へと広く遠くに進出できる未来が来るとは、ワタシにはシミュレートできなかった。

 つまり、異星アバターの問いかけに対し、ワタシはむしろ『人類はグォイドに比して、宇宙進出に値しない存在である』という結論に達しようとしていたのだ。

 その時――、


「あ………アヴィティラよ……聞こえるか!?」


 あまりにも緊張で上ずり過ぎて、一瞬本当にフォセッタなのか疑わしくなるような声音で呼びかけられた。


「あ~どうせ聞いているのだろうから今のうちに言っておく……」


 フォセッタはやけくそ気味な声音で「あ~! マジで今それを言うのかよキャピタン!」と小声で呟いた後に続けた。

 正直、彼女が何を言おうとしているのであれ、今はありがたかった。

 今は頭に刺激をくれる何かが欲しかったのだ。


「あ~アヴィティラよ! それとケイジよ!

 もし……もし……ここから無事脱出できたなら……できたならあぁ~…………」


 フォセッタの声は一度消えかけた。

 が消えかけただけで続いた。


「……アンタ達も! このままこの艦に乗って、太陽系外深宇宙に脱出しないか!?」

「…………」

「か、仮にここを脱出できても、まだ土星圏グォイド本拠地のど真ん中だ!

 内太陽系人類圏に帰還するのは至難の業……いや事実上不可能だと考えるべきだ!

 だが、このまま外宇宙方向に向かえば、僅かだが生きて脱出できる可能性は高い! 

 な~に、減速接近中のグォイド増援については、プローブなりレーザー通信なりで、内太陽系の人類に警告しておけば良いさ! 

 他にできることは無い!

 それに~…………」


 フォセッタの呼びかけは段々とヒートアップしていったが、そっからよほど言いづらいこと告げようとしたのか、またしても聞こえなくなった。

 が、それでも彼女は続けた。


「それに……ほら、この艦は人類脱出船じゃないか!?

 アンタ達がいてくれると、これから脱出先で人類を再び繁殖させる時に大いに助かる!

 遺伝子の多様性が増えるからな!

 大丈夫、アンタ達に艦に積んでる誰かと子を産んで増やせとは言わん!

 ケイジ三曹がいるからな!

 彼とアンタ達でまず第一世代の子を産めば良いさ! 

 自分だってケイジ三曹がいてくれれば、婿探しが楽で良い! 

 ど~せ常識的結婚制度に基づいた子孫繁栄なんて望んでる場合じゃ無いんだ!

 めんどくさいこと考えずに、素直になってケイジ三曹と子を作れば良いじゃないか!?

 だから自分達と一緒に――」

「ちょ~っと待った~!!」


 ワタシを形作る彼女たちの鼓動が限界に達しようとしたその瞬間、主機関室から〈びゃくりゅう〉バトル・ブリッジへと駆け込んできたケイジの声が、フォセッタの声を遮った。

 離陸用ロケットの燃焼が尽きたのは、その直後であった。

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