▼第十一章 『アップ・ライジング』 ♯2

「ロケーション情報が更新されましたデス!

 【ザ・ウォール】西端部は、やはり東端部同様に天井が高くなっている模様。

 予測される西端部でのインナー内側ウォールとアウター外側ウォールとの間隔は、およそ1万キロと推定。

 今、予測シミュ映像を出しますデス!」


 ルジーナの報告と共に、メインビュワーに【ザ・ウォール】西端を真横から見た予測映像が映し出された。

 幅30万キロ、全長不明、内外のウォール間隔が2000キロと観測されていた【ザ・ウォール】であったが、その両端部分に関しては、壁と壁との間隔が大きく開いているようであった。

 これは〈アクシヲン三世〉墜落時に観測された【ザ・ウォール】東端のデータから、あらかじめ予測されていたことではあった。

 秒速約1000キロでベルトコンベアのごとく内外のウォールが東西へ移動している【ザ・ウォール】の東西両端では、当然恐ろしい程の遠心力がかかっており、それにより折り返し地点のカーブが大きくなってしまうからでは? と分析されていた。


「まぁ……朗報よね」


 ユリノはシミュ映像を確認するとそうコメントした。

 もしも【ザ・ウォール】の西端部の内外ウォールの間隔が2000キロのままであったならば、とんでもない遠心力が、今まさに飛びたたんとする〈アクシヲン三世〉に加わることになる。

 観測では両端部の内外ウォールの境界部でも、壁に加わる疑似重力に変化は無いらしく、それはつまり遠心力がキャンセルされている可能性もあるのだが、秒速1000キロで突入するならば、〈アクシヲン三世〉にとって上向きになる地面と、天井との間隔は広いに越したことはない。

 それでも時間にして約10秒で、今いるアウター《外側》ウォール側から、天井であるインナー内側ウォール側と移動することになるが……。

 ユリノはあまりその時の艦の状況を想像したくなかった。

 もっとも、その心配をする状況にいたる為には、まず【ザ・ウォール】西端手前に存在する異星遺物・命名【ウォール・メイカー】を飛び越えなければならない。

 艦の前方、西方向を映すメインビュワーには、初観測時から一時間では考えられないほど、【ウォール・メイカー】が大きくなって映されていた。

 天井インナー内側ウォールの陰から現れた直後は、角度があったために見えていた【ウォール・メイカー】の天板が、今は〈アクシヲン三世〉に対し水平となったために見えなくなり、代わりにまばゆい光を放つ【ウォール・メイカー】の突入口が、水平の直線となって〈アクシヲン三世〉を飲み込まんと大口を広げて迫りつつあった。

 光の突入口はまだ糸の用に細かったが、突入時は高さ約2キロの光の壁となって〈アクシヲン三世〉を飲み込むのだという。

 突入時の速度を考えれば、その瞬間をユリノ達が認識することは、とうてい不可能だろう。

 放たれる光は、キャピタンの分析結果によればUVエネルギーの一種であり、またその結果から【ウォール・メイカー】の動力源がオリジナルUVDであることが推測されていた。

 妥当な推測だと思った。

 最短でも6億キロもある超巨大帯状天体【ザ・ウォール】などという突飛なものを創生したのだから、その動力源はむしろオリジナルUVD以外には考えられないと言っても良い。

 そんな【ウォール・メイカー】に対し、ユリノは達にできることはごく限られていた。


「全艦の発進準備態勢は?」


 ユリノが努めて冷静さを装いながら、何度めかになる問いを上ずった声で告げると、クィンティルラとフォムフォムの加わったブリッジ・クルー達から数分前と変わらぬ返答が即返ってきた。


「主操舵、【ザ・ウォール】内での航行および戦闘機動の心構え含む準備良し!」

「副操舵、同じく。それから昇電の発艦準備も問題なし!」

「火器管制、主砲UVキャノンおよび対宙レーザー、UV弾頭ミサイル、いつでも使用可能」

「通信、【ザ・ウォール】脱出後のメッセージ・ブイの発射準備できてます!」

「主電測、【ザ・ウォール】内での索敵完了、総合位置情報図スィロムに反映済みデス」

「副電測、【ザ・ウォール】外の土星圏の状況を予測および入力済みフォムフォム……」

「電算室、対トータス母艦・グォイド|およびトゥルーパー超小型・グォイド戦術のシミュレーションと実行プログラム入力済、条件付きでいつでも実行可能なのです」

「ダメコン、現在〈アクシヲン三世〉全システム中80%が使用可能。されど基本航行には問題ありません。

 艦長、条件付きで発進準備もうできています!」

「…………だったわね……」


 ユリノはもごもごとサヲリに答えつつ思った。


 ――その条件付きってのが大問題なんだけれどぉ…………。



 ――バニシング・ポイント到達10分前・〈びゃくりゅう〉バトル・ブリッジ――。



「ああ……いよいよこの時がやって来やがった!」

[〈じんりゅう〉の皆さまの【ANESYS】がそう予言して、前々から分かっていたことでしょうに……]

「そんなことは分かってる! ……けどさぁ……」


 眼下では、彼女用に新たに設けられた席に着いたフォセッタ中佐が、呻きながら百も承知なことを傍らで言うスキッパーに言い返していた。

 本来であれば、艦長席にはフォセッタ中佐が座るべきなのでは? と彼女には聞いたが、フォセッタ中佐はそれを固辞した。

 なのでクィンティルラとフォムフォムの追加座席動揺、彼女用の席も新たにケイジ三曹に追加してもらったのだ。

 ユリノもおおむねフォセッタ中佐と同意見だった。

 サティによる発見の報とほぼ同時に、〈アクシヲン三世〉の観測機器でもトゥルーパー超小型・グォイドの接近が確認されていた。

 おそらく母艦であるトータス母艦・グォイドが、元々いた天井であるインナー内側ウォールを、【ザ・ウォール】の東端まで移動した上で、我々にとっての地面でるアウター外側ウォールに降りてきたため、今まで時間がかかった上で東方向から現れたのだろう。

 初観測から一時間弱が経過し、ブリッジ内のビュワーに映る黒い縦線は、今や最大望遠にせずとも、その太さはもちろんディティールまでが分かるレベルになり、糸のように細かった黒い直線が、幅が数メートルの歪な刺々しい黒い塊がが連なり、微かに蠢きながら接近していることが分かっていた。

 その光景に、ユリノは嫌な思い出が否応も無く蘇ってきた。

 あれは間違いなく、一列に繋がった状態で接近しているトゥルーパー超小型・グォイドであった。

 そしてその後方には、まだ小さな白い点にしか見えないが、馬にひかれた馬車のように、トータス母艦・グォイドが当然のごとく存在していた。

 自分で言うのもなんだが、オリジナルUVDを搭載した〈じんりゅう〉は、人類が有する航宙艦でも最強レベルであった思う。

 その艦を、あのグォイド達は沈めたのだ。

 はたして……これから訪れるはずの再戦で、我々は勝てる……いや、生き延び脱出できるのだろうか?

 ユリノは姉レイカの人格から受け取った勇気と希望、それと皆との【ANESYS】でひねり出した戦術で、再戦に向けての準備を勧めてはきたが、公平に見て分のある勝負だとは言えなかった。

 〈じんりゅう〉の敗因を分析するならば、その要因は二つ考えられた。


 ▼予想外の敵との突発的交戦だったこと。

 ▼交戦前の段階でミサイル類を全て使い切っていたこと。


 ……この二つの要因は、再戦前の段階で解決させてはいた。

 次の戦いでは自動的に初見ではなくなるし、ミサイル類も、周囲にあるSSDF航宙艦から大量に回収している。

 しかしだからといって次は勝てるとは言えなかった。

 新たな不安要素があるからだ。

 一つはこの艦が全長6キロもの巨大船体をもつ、超長距離移民船〈アクシヲン三世〉であるということだ。

 その巨大はどう考えても戦闘向きではなく、また積荷の内容的にも本来は絶対に戦闘を行ってはならない艦だった。

 しかし、今はこの艦に乗る以外の選択肢は無かった。

 そしてもう一つは、もっと深刻であった。

 〈じんりゅう〉残骸から回収したオリジナルUVDの〈アクシヲン三世〉への換装作業と再起動が、バニシング・ポイント到達までに間に合うかという問題であった。

 ケイジ三曹のアイディアにより、サティに作業に加わってもらうことで、換装作業時間は大いに短縮されはしたが、まだ起動まではなされてはいない。

 ユリノは努めて控えていた主機関室への艦内通信を、自分に許すことにした。


「ケイジ君! 聞こえる!?」


 ユリノは祈るように、なし崩し的に〈アクシヲン三世〉の臨時機関長にして、その命運の鍵を握ることとなった少年に呼びかけた。







「オリジナルUVD接続作業完了まであと一分! 同作業の完了を待たずに起動シークエンスを開始した場合、オリジナルUVD点火まで今からあと五分です! 

 …………だよな!? ……エクスプリカ!? ……………じゃなかったスキッパー!?」


 ――〈びゃくりゅう〉艦尾主機関内主機コントロールルーム・同時刻――。


 ケイジは大いに焦りつつもユリノ艦長に即答し、それからやや格好悪く今は亡き〈じんりゅう〉搭載のインターフェイスボットに確認しようとしてしまい、慌てて言い直した。


[はい、各種点検テストを除けば、オリジナルUVDとの〈びゃくりゅう〉主機関室への接続はほぼ完了していますよ……ただ――]

「ユリノ艦長、……だそうです!」


 ケイジは作業中のヒューボ群とつながったスキッパーの報告を確認すると、バトル・ブリッジに告げた。

 実際、オリジナルUVD換装作業はある一点を除けば、完璧と言っていいほど予定スケジュール通りに進んでいた。

 大量のヒューボと、準【ANESYS】レベルの情報処理能力のお陰であった。

 もっとも、予定通りであっても、オリジナルUVDの起動からバニシング・ポイント到達まで残り5分も無いのだが……。

 予定では、ユリノ艦長はオリジナルUVDの起動を確認し次第ただちに【ANESYS】を行うことになっていた。

 一時間前に行った【ANESYS】では、異星AIとのコンタクトは果たせなかった。

 だから【ウォール・メイカー】と名付けられた異星遺物のAIとコンタクトを試みられるのは、これがラストチャンスかもしれず、さらに同時に東方向よりせまるグォイドを迎撃するのにも【ANESYS】を使おうとした場合、このタイミングしかない。

 逆に今すぐ【ANESYS】を行っても、仮に異星AIとのコンタクトとが出来ても、グォイドとの戦闘が始まる前に終了してしまう可能性があった。

 あまりにもタイムリミットギリギリであったが、他に選択肢などなかったのだ。

 ケイジはこの状況に対しても、他のクルー達が感じたように何かシナリオライター的な存在を感じずにはいられなかった。

 気になるのは、そのシナリオライターが本当に存在するとして、果たしてその存在が自分達に利するよう仕向けてくれているかどうかであったが、結局は、自分達はできることを行うしかなかった。


『分かったわケイジ君! ケイジ君、オリジナルUVDの接続作業の完を待たずに、直ちに主機関オリジナルUVDの起動シークエンス開始してちょうだい!』

「了解! ただちに主機関オリジナルUVDの起動シークエンス開始します!

 スキッパー! 〈アクシヲン三世〉全艦の残存人造UVD全力運転開始! UVキャパシタへのUVエネルギー充填開始!」


 ケイジは軽い解放感を覚えながら、主機関コントロールルームの長らくOFFのままだった各種スイッチ類を、次々とONへと入れた。

 やっと準備期間を終え、再び飛び立つことへの希望と、これから始まる戦いへの不安がないまぜになって湧き上がる。


 ――頼むぞ〈びゃくりゅう〉! 〈アクシヲン三世〉!――


 ケイジは自分にできることが無くなると、あとはひたすら祈った。








 ただちに〈アクシヲン三世〉に残されたわずかな人造UVDが、オリジナルUVDをキックスタートさせるべく、UVエネルギーをくみ出しては溜め込んでいく。

 ケイジはごく微かなクォ~ンという音と共に、UVエネルギーが主機関室に集中し始めるのを頼もしく感じた。

 【テルモピュレー集団クラスター】ではとんでもなく苦労したが、今回は〈アクシヲン三世〉に残された人造UVDで十分事足り、オリジナルUVD起動用のエネルギーに困る心配はなかった。

 ケイジのいる主機関室内でも、内壁を一周するようにして納められたリング状のUVキャパシタ内に、エネルギーが急激に蓄えられていくのが確認でき、それにあわせて『キタオオ~キタキタキタ~!』という能天気でノリノリなサティの声が響いてきた。


『…………それからケイジ君…………例の問題解決手段なんだけれど……その……上手くいっているの……?』


 ケイジが各種インジケータを睨みながら、オリジナルUVDの起動行程を進める中、先刻のサティの声が聞こえたらしいユリノ艦長が問いかけてきた。

 “例の問題解決手段”という言葉だけでケイジには十分意味が通じた。

 オリジナルUVDの換装作業は正に今完了する……あるいは完了したところではあったが、それはあくまで条件付きでであった。

 〈じんりゅう〉墜落後から現在に至るまでの時間では、数行程、数種類ある『【ザ・ウォール】脱出作戦』の準備作業の中で、どうしても間に合わない作業があったのだ。

 キャピタンが異星AIとのコンタクトによって時間を稼ごうとユリノ艦長らの【ANESYS】に賭けたのもこの為だ。

 この事態に対し、ケイジはサティにオリジナルUVD換装作業に参加してもらうことを提案し、幾ばくかの時間を稼ぐことに成功した。

 そしてケイジが提案したアイディアはもう一つあった。

 ケイジは〈びゃくりゅう〉の広大な主機関室を一望できる主機コントロール・ルームの窓から、眼下に見えるオリジナルUVDを目視確認した。

 〈じんりゅう〉の三~四倍の容積はあるがらんどうの主機関室中心部に、オリジナルUVDがやや寂し気に納まり、その両端と中央部に、くみ出されるUVエネルギーを全艦へと伝達するコンジット伝導管

が接続ソケットを介して繋がれてた。

 だが本来であれば、そこにはなくてはならないはずのものが欠けていた。


「サティ~! そっちの具合はどうだぁ!?」

『は~い! 今のところ問題ないですよぉ~、いつでもオリジナルUVD動かしちゃってくださ~い!』

「……だそうですユリノ艦長……」

 ケイジは主機関室中央に浮かぶ・・・オリジナルUVDに向かって叫び、その返答をブリッジへと伝えた。


 『【ザ・ウォール】脱出作戦』およびオリジナルUVD換装作業は、バニシング・ポイント到達までにどうしても間に合わない作業があった。

 正確には何種かある作業内容のうち、どれかを諦めればその作業を間に合わせることは可能であったのだが、ケイジのアイディアを元に、その作業を端折ることによって、他のタイムリミットまでに終わらせねばならない準備を完了させようと試みたのである。


『ホントにぃ? サティ……いえ、もうあなたに頼むしかないんだけれどぉ……』

『大丈夫で~す! どうかサティにお任せください!』


 ケイジをよそに、ユリノ艦長の艦内通信に対してケイジの見つめるオリジナルUVDがふるふると震えながら答えた。

 いや、正確にはケイジの見つめるオリジナルUVDを包む空間が、透明なゼリーのように震えたのだ。


『…………わ、分かったわ……お願いね!、サティ……』


 ユリノ艦長はもう何度目かになる言葉を、すまなそうに告げた。







 ケイジは彼女らの会話を黙って聞いていることしかできなかった。

 こんな会話をさせたのはケイジの言い出したアイディアが原因だからだ。

 ケイジは、数あるオリジナルUVD換装作業工程のうち、オリジナルUVDを必要以上に広い〈びゃくりゅう〉主機関室内に固定するために、必要なステーの製作とその取り付け作業を端折ることを提案した。

 代わりにサティにステーをやってもらってはどうか? と。

 結果は求める条件を十分に満たすものであった。

 今サティは透明なゼリー状となって主機関室内とオリジナルUVDとの間を満たし、オリジナルUVDを固定している。

 ゆえに、サティが何か喋ったり動いたりする度に、主機関コントロール・ルームから見えるオリジナルUVDがふるふると震えるのであった。

 当初考えられていた常識的な手段では、周囲の航宙艦の残骸から分厚く頑丈な板状のステー支持架を四枚ほど製作し、主機関室内にX状にはめ込み、その中心部にオリジナルUVDを据え付ける構想であった。

 だが許された時間内ではその手段では間に合わず、その役目をサティに頼むことにしたのだ。

 不定形な彼女ならばステーの製作・移動・固定の行程を全部省いてオリジナルUVDを固定できる。

 彼女はオリジナルUVDの搬入と同時に、そのまま〈びゃくりゅう〉主機関室に入ってもらい、そのままオリジナルUVDの周囲で固化してもらったのだ。


『サティ……皆を代表して言うわ……本当にありがとう……』


 ユリノ艦長が今一度彼女に礼を告げた。







[ケイジ三曹、間もなくオリジナルUVDの接続作業完了です。

 ……全オリジナルUVDへのUVエネルギーコンジット群、およびコントロール系回路群の接続を確認……UVエネルギー充填完了次第、いつでもオリジナルUVDにキックスタート用のUVエネルギーを投入できます……]


 スキッパーがヒューボットらしく、状況にまったく合っていない優雅でのどかな口調で告げた。


「ああ……畜生……行くぞ、全蓄積UVエネルギー・オリジナルUVDへ接続! 点火! 点火! 点火!」

[了解。全蓄積UVエネルギー・オリジナルUVDへ接続…………点火]


 ケイジの指示に対し、スキッパーは復唱すると躊躇いなく実行した。

 同時にケイジは、睨んでいたオリジナルUVD表面を覆う螺旋紋様が、微かに瞬いたような気がした。


[オリジナルUVDの正常な起動を確認]

『Oh yeah!!』


 スキッパーが淡々と告げ、オリジナルUVDを囲むサティが微振動しながらハイテンションで叫んだ。


『アネシス・エンゲージ!』


 直後にユリノ艦長の声が響く。

 『【ザ・ウォール】脱出作戦』フェイズ1・オリジナルUVDの換装作業は完了し、同主機関は無事起動した。

 クルー達は続いてフェイズ2、〈アクシヲン三世〉の離陸準備を開始した。







 フォセッタはその時、『【ザ・ウォール】脱出作戦』が始まる前に、ユリノ艦長ら〈じんりゅう〉クルーに対し、話しておくべきことを結局言い出せなかったことを後悔していた。

 仮に【ザ・ウォール】からの脱出が成功し場合の、その後の予定についてだ。

 【ザ・ウォール】が太陽系外から飛来するグォイド増援の噴射光を、人類から隠す為の存在であり、現在内太陽系の人類に過去最大の危機が迫っている可能性については、もちろん熟知していた。

 だがその事態について〈アクシヲン三世〉にできることは皆無にちかく、とりあえず【ザ・ウォール】を脱出後は、ただちに内太陽系人類に対し、この危機をなんとか知らせることだけが行動方針として決定されていた。

 フォセッタが〈じんりゅう〉クルーに話したかったのは、さらにその後についてであった。

 フォセッタはこの話題を、何故こうも彼女らに話すのを躊躇ったのか、自分でも皆目分からないまま、今は作戦成功の為に尽力することを優先し、彼女らが【ANESYS】を行っている時に、まとめてアヴィティラに話せばいいや……と思うことにして、それを言い訳に先延ばしにした結果、今に至ってしまったのだ。

 しかし、当然ながら今のこの状況で、【ANESYS】にこの話題を話しかけることはできなかった。

 現状は【ANESYS】をもってしても、極めて危機的と言わざるをえなかった。


[トゥルーパー超小型・グォイド群、まもなく航宙艦墓場に到達しま――【ANESYS】がミサイルを――]


 スキッパーがそこまで言いかけた瞬間、〈びゃくりゅう〉艦上部中央・大型ミサイル発射管から、二発の大型ミサイルが斜め後方に放たれ、大きく弧を描いてトゥルーパー超小型・グォイド群の先頭へと向かった。

 フォセッタはトゥルーパー超小型・グォイドの殺到が、わずかだが想定よりも早かったことと、それに対し〈びゃくりゅう〉をコントロール中の【ANESYS】がいきなりミサイルを放ったことに二重に驚いたが、それを声に出す間もなかった。

 ミサイルがフォセッタが何か言う間も無く着弾したからだ。

 二発のミサイルは、〈じんりゅう〉の手前でほんのわずかな時間差をおいて起爆した。

 まず最初に起爆したUV弾頭ミサイルが、アウター外側ウォール上に垂直に円盤状の衝撃波を一瞬だけ発生させると、続いて飛来した核融合弾頭ミサイルが、その疑似UVシールドと化した衝撃波の〈びゃくりゅう〉から見て反対側で起爆、まばゆい光の四半球で航宙艦墓場を照らした。

 常識的に考えれば、【ザ・ウォール】内は疑似重力はあれども通常宇宙空間と変わらぬ真空であり、核融合弾頭は破壊のエネルギーを伝番させるものが無いため、さしたる効果は無いはずであった。

 が、アウター外側ウォール上は微妙に事情が異なった。

 【ザ・ウォール】が形成される過程で降り積もった霜、すなわちH2Oがその表面には存在したのである。

 核融合弾爆発の瞬間、霜は瞬時に気化蒸発し、核融合爆発の衝撃波を伝達させる媒介となった。

 さらにそのすぐ後ろでは、UV弾頭ミサイルの爆発による疑似UVシールドが展開されており、核融合の爆発エネルギーは反射され、全てトゥルーパー超小型・グォイドが殺到する方向へと向かった。

 いかに真空中のはずといえども、数メートルサイズの個体が集まったトゥルーパー超小型・グォイド群は一たまりもなかった。

 抗う間もなく、床と背後のUVシールドの壁によって、四分の一となった火球によって弾き飛ばされていくトゥルーパー超小型・グォイド群の先頭。


[トゥルーパー超小型・グォイド群先頭、一時的排除に成功、再接触まで推定あと4分。

 続いて〈アクシヲン三世〉全Gキャンセラー出力全開。

 離陸用ロケット、噴射スタンバイに入ります……]


 フォセッタが何が起きたかを理解するのを待たずに、スキッパーが【ANESYS】による操艦を実況した。

 グォイドとの戦闘の火ぶたは、〈アクシヲン三世〉の発進を待たずに切って落とされた。

 もうフォセッタには、基本的に【ANESYS】による操艦で、事態がどう推移していくかを見守ることしかできない。

 【ANESYS】は早速トゥルーパー《超小型》・グォイド群先頭を排除し、その能力を発揮しているが、だからといってフォセッタの不安は消えはしなかった。

 予定通りならば、【ANESYS】は同時に迫りつつある異星遺物【ウォール・メイカー】の異星AIとのコンタクトも行っているはずであったが、その可否は知りようがない。


 ――頼むぞ! 〈じんりゅう〉クルー! ――


 フォセッタは人生でほぼ初めて他者に祈った。

 〈アクシヲン三世〉墜落時は祈るべき対象がいなかったが、今は違う。


[Gキャンセラー・出力離陸臨界点を突破。離陸用ロケット点火します]


 スキッパーが告げると同時に、ブリッジに微振動が伝わってきた。

 同時にブリッジ左右の外景ビュワーの下方からわずかに光が漏れた。

 〈アクシヲン三世〉の船体周囲に取り付けられた離陸用ロケットの噴射炎の輝きだ。

 〈じんりゅう〉の残骸に設置しておいた、〈アクシヲン三世〉外部観測用カメラの映像ビュワーを見れば、〈アクシヲン三世〉が濛々たる離陸用ロケットの噴射炎の煙に包まれていくのが見えた。


[〈アクシヲン三世〉傾斜復元、船体起こします。

 船体上昇エネルギー、離陸可能値に到達。

 〈アクシヲン三世〉離陸]


 スキッパーが僅かだが、テンションを上げて告げたような気がした。

 とうとう【ザ・ウォール】を離れる瞬間がきた。

 フォセッタは思わず外景ビュワーに映る景色を、心に刻んでおこうと見つめた。

 しかし、その景色が動くことは無かった。


『あっれれぇぃ!?』


 機関室からケイジ三曹の素っ頓狂かつパニック寸前の声が響き、フォセッタもそれに続いた。


「どうした!? 何が起こった!?」

[分かりません! 原因不明で〈アクシヲン三世〉がアウター外側ウォールの地面から離れることができません!]


 フォセッタの問いに、さすがにスキッパーが狼狽えた感を滲ませた声で答えた。


「な………………なんだって……!?」


 フォセッタはキャピタンから届くデータで事情を知りつつも、思考が真っ白になった。

 ここ五年の苦労が、これで無に帰すのだろうか?

 離陸用ロケットの燃焼終了まであと二分も無い。

 それまでに離陸出来なければ、単独での離陸は限りなく困難になるだろう。

 さらに【ANESYS】終了まであと5分。

 バニシング・ポイント到達まではあと4分しかない。

 フォセッタは、〈アクシヲン三世〉が【ザ・ウォール】に墜落した時を上回る絶望を感じ始めていた。

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