▼第十章 『コンタクト』 ♯3
「起立! ……礼!」
日直のサヲリの号令と共に、西陽が差し込む教室内でユリノ達は一斉に立ち上がると、「おはようございます」と頭を下げ、そして着席した。
「おほよう諸君、では授業を始めます。教科書の78pを開いて」
ユリノは教壇から響くどこか懐かしい声に素直に従い、古臭い紙製の教科書を開いた。
「じゃ今日は……クィンティルラ! 読み上げてちょうだい」
「うぇ!? は、はぁい」
九分の一の確率で指名されたクィンティルラは、一瞬呻いたが不承不承教科書を音読し始めた。
「けほんけほん……あ~【地球外知的生命体とのファーストコンタクトについて】
『第三章・遭遇し、互いの知性が確認された後の対応』
人類が外宇宙よりの人類以外の知的存在と遭遇し、それが人類と同等かそれ以上の知性を持つ存在であると推測、あるいは確認できた場合、当然、次のフェイズとしてコミュニケーションの確立が目指されることとなる。
この場合、最も確実かつ有効なコミュニケーション手段は“素数”を用いたコンタクトであると思われる。
人類が話す“言葉”とは異なり、数学的法則は宇宙共通であり、なかでも“素数”はシンプルであり対象への伝達も容易だからである」
「OK、そこまで」
クィンティルラは教壇からの声に止められると、小さなため息と共に着席した。
ユリノはその光景を見て、ようやく漠然とした違和感を覚えた。
――あれ、何しているんだろ……私たち……?
ふとそんな疑問が沸きあがり、急激に胸の奥で成長していくのを感じる。
西陽が差し込む窓に目を向けると、窓の向こうには、上下から世界を押しつぶさんとするかのような薄灰色の地面と天井が見えた。
自分はなぜ教室にいて、授業を受けているのか? ここにいたる直前の記憶を思い出そうとするのだが、なかなかうまくいかない。
「次……じゃあミユミちゃん」
「は、はい!
……そっ……素数を用いた初期のコミュニケートに成功したとしても、それにより地球外知的生命と友好な関係が構築できる考えるのは早計である。
人類が外宇宙より飛来せし地球外知的生命と遭遇した場合、その知的生命には、少なくとも恒星間航行をしてまで成し遂げたい目的があるということであり、その目的が人類の希望と相反する可能性が大いにあるからだ。
そうなってしまった場合、コミュニケートの確率ができたとしても、友好な関係となることは不可能である」
ユリノはミユミが読み上げるのを聞くまでもなく、内容を知っていた。
何故ならこの授業は何年も前、SSDFの訓練生だった時代にすでに受けたことがあるからだ。
では、なぜ今自分たちは再びこの授業を受けているのか?
ここはどこで…………?
自分は誰なのだろうか?
目の前には、恐ろしく似合わないセーラー服姿のカオルコの背中があったが、なぜ今、自分はそれを認識できているのだろうか?
だって今自分は、
「次、ユリノ読んで」
「は、はいっ!」
自分をユリノであると認識していた彼女は、教壇からそう呼ばれると、直前まで抱いていた疑問のことなど忘れて、教科書を音読した。
「この場合の地球外知的生命の目的については、その存在が恒星間という遠大なる距離を移動してきたことそれ自体をもって、ある程度予測はされている。
……その目的とはいわゆる『種の〈生存〉と〈繁栄〉』である。
生命というものが宇宙に誕生し、宇宙に進出し、帰還がほぼ絶望的な超長距離移動を行わねばならない目的があるとしたならば、もっとも必要性において該当するのは、生命の根源的な欲求に外ならず、種の〈生存〉を可能な限り遠未来まで維持し、可能な限り広く〈繁栄〉させる為なのではないか? と思われるからだ。
しかしこれは、人類の知性では、他の目的を想像できなかっただけという説もある」
「はいそこまでユリノ」
手を叩いてユリノの音読を止めると、教壇の声は続けた。
「皆も分かっているように、あなた方がグォイドと呼ぶ存在が太陽系を訪れた目的こそが、この『種の〈生存〉と〈繁栄〉』である……とされているわけなのだけれど、そこで皆に質問!
……皆は、自分がグォイドの立場であったなら同じことをする?」
唐突な質問に、教室内から沈黙しか返ってこなかった。
「…………言い方を変えるわね、あなた方は、それが『種の〈生存〉と〈繁栄〉』の為だからといって、グォイドのような存在になりたい?」
声に対し、ユリノ達は皆顔を横に振った。
考えるまでも無く出た答えだった。
「ふぅむ……でも別に皆は滅びたいわけではないのでしょう?」
ユリノ達は頷いた。
そしてユリノは頷きながらも、再び湧き上がった違和感の正体に行き当たったような気がしていた。
ユリノは教壇に立つ声の主を、改めて見た。
「お姉ちゃん…………?」
ユリノが目を丸くして思わずそう呟くと、約五年前に亡くなったはずの姉……にしか見えない女性は、にっこりとほほ笑んだ。
そして改めて尋ねた。
「そのユリノ達が、滅びたくはないけれど決して失いたくないものが何なのかを、答えて欲しいの」
「現れんな……」
「現れないって……何がです?」
――〈びゃくりゅう〉バトル・ブリッジ。
クルー達が久しぶりの【ANESYS】による思考統合を行う中、ケイジはフォセッタ中佐とスキッパーと共に、ブリッジの片隅でただ見守ることしかできなかった。
「アンタたちが
「ああ」
ケイジは彼女が見たいと求めるものに納得した。
確かに
その超高速情報処理能力は奇跡と言ってもよく、木星から水星へと向かう際の戦いで、ケイジはその目で
フォセッタ中佐が見たいと思うのも無理もない。
だがここ1か月ほど〈じんりゅう〉で過ごし、定期的な【ANESYS】に立ち会ってきたことも多いケイジは、
やはり彼女達が身の危険を感じるような、切羽詰まったシチュエーション下での【ANESYS】でなければ
少なくともサートゥルヌス計画が始まってからは、ケイジは
「中佐、キャピタンでユリノ艦長達の【ANESYS】はモニタリングはできてないんですか?」
ケイジは逆にフォセッタ中佐に尋ねた。
彼女いわく、フォセッタ中佐やスキッパーは、常に非可聴域高速言語によってキャピタンから情報を受け取っているのだそうだ。
だから当然、ケイジ達のような凡人にはキャピタンの声は聞き取れない。
キャピタンの言葉を翻訳してくれる者という意味では、ケイジ達にとってはフォセッタ中佐やスキッパーが、〈じんりゅう〉でいうエクスプリカにあたる。
だからケイジは【ANESYS】の状況を彼女らに尋ねるしかなかった。
「今実行している彼女らの思考統合も、一応うまくはいっているのが確認できている……だが……」
フォセッタ中佐の言葉はそこで途切れた。
「だが……なんです?」
「不思議だ……ユリノ艦長達の【ANESYS】は、何者かと会話しているらしい……」
「………会話? 会話っ!? その何者か……って誰と?」
「不明だ。……だが可能性は二つにまで絞れている。
例の異星の遺物のAIとだ。
これはそれ自体が今回の【ANESYS】の目的だったし、向こうからコンタクトがある可能性もある程度予測されていたことだから、もしそうならば構わないのだが……」
「そうじゃないってことですか?」
「ああ、キャピタンはそう判断しているようだ。
今、ユリノ艦長らの【ANESYS】は……ここ〈アクシヲン三世〉に移送中の〈じんりゅう〉のオリジナルUVDと話しているらしい」
「はいぃ?」
「少なくともキャピタンはそちらの可能性を推している。そして……」
呆気にとられるケイジに対し、フォセッタ中佐はブリッジのビュワーの一つに、アウター《外側》ウォール上のどこかと思しき風景を投影させた。
一体彼女が何を見せたいのかは、映像を撮影しているカメラが横にパンしたことによってすぐに分かった。
画面内に、無数の台車の上に乗せられ、重ヒューボによって牽引移送中のオリジナルUVDの姿が入ってきたからだ。
そしてその移送中のオリジナルUVDの表面では、螺旋紋様が激しく明滅していた。
「あ~……」
ケイジはぽかんと口を開けながら、これは間違いないと思った。
【ANESYS】は今、オリジナルUVDと話してる…………それも〈じんりゅう〉の残骸から取り出され、完全停止状態だったのはずのオリジナルUVDと。
まだ距離が離れているにも関わらず……。
今にして思えば、自分達が事ここに至るまでの発端は、突如クルー全員が見始めた夢……それも〈びゃくりゅう〉の思い出の夢であった。
もう遠い昔の出来事のように思えたが、〈じんりゅう〉が【ザ・ウォール】に接触し、全てがシッチャカメッチャカになる直前にもオリジナルUVDは激しく明滅し、それを根拠にクルー達が見た夢はオリジナルUVDが見せたものであり、なにかの警告だったのではないか? という仮説がたてられたのではなかったか……。
それから今まで思い出す余裕も無かったが、この仮説が事実であったならば、オリジナルUVDにはなんらかの意思があり、そして〈じんりゅう〉を取り巻く環境を把握し、警告する能力があるということになる。
滅茶苦茶な仮説だが、オリジナルUVDの存在自体の滅茶苦茶さ加減と謎を考えれば、ありえないとは言えない。
ケイジは正直なところ、シズ大尉を連れてカオルコ少佐らと合流し、シャトルをスクールバズに改造し、無事全クルーと再会を果たした時点で、自分の役目など終わったつもりになっていた。
そうあって欲しかった……切実に。
それにそれ以上自分にできることなどそうそうありそうに無いと思ってた。
あとはフォセッタ中佐に従っていれば、なんとかなるだろうと思っていた。
だが事態はそうケイジに優しくないようだった。
今のオリジナルUVDの一連の挙動が、前回と同じ理由によるものならば……それは〈警告〉ということになりはしないか?
ケイジは嫌な汗が背中を伝うのを感じた。
「……フォセッタ中佐……?」
ケイジはそばに立つ上官の方を向き、彼女の頬にも脂汗が浮かんでいるのを見て、自分の不安が勘違いではないことを確信した。
また何かが起きようとしている。
もう十分起きたと思えたのだが、運命の神様は与える試練まだ満足していないようだ。
ケイジは必至に考えた。
自分にもできることはないか? と。
「サティ……サティ!? 聞こえるか? サティの方で何か感じない?」
ケイジは考えた末……サティに訊いてみることにした。
今の自分にできることはそれくらいしかなかった。
サティは驚くべきことに、その気になれば【ANESYS】中のアヴィティラ《化身》と会話が可能だ。
オリジナルUVDの明滅に関する【ANESYS】の思考についても、何か彼女ならば知ることができるかもしれない。
「……サティ?」
しかし、〈アクシヲン・ビーチ〉で待機中であるはずの彼女からの返事はなかった。
「……お姉ちゃん? ………………ホントにお姉ちゃんなのぉ!?」
「久しぶりね…………ユリノ……………………でも久しぶり……じゃぁないんだな」
「……え?」
「あなたは会うたびに忘れてるけど、ちょいちょいこうして話してるんだよあたし……」
教壇に立つ姉のユリノの問いなど無視した返答に、ユリノは目の前の女性が間違いなく姉であるとしか思えなくなった。
「おっと! 訊きたいことはあるだろうけれど、時間が無いわ。
今どれだけ話したとしても、あなたに覚えていてもらえるのはごく僅かだけだし……なによりあたしには、教えられることに限りがあるから」
姉は芝居がかかった仕草で唇に人差し指をあて、ユリノの質問を制しつつ、教室内のクルーの座る机の間を舞うように移動しながら告げた。
「分かっていると思うけれど、今、あなた達に新たな危機が迫っているわ。
ここまでは、なんとかユリノ達の命だけは守ることができたけれど、今気を抜けば、今度こそ全滅してしまうかもしれない……だから真剣に考え……そして信じて欲しいの」
教室内を一周し、教壇に戻ってきた姉がそう告げると、姉の背後にある黒板が、突如宇宙空間へと変わった。
「あたしが宿るオリジナルUVDや、ここ【ザ・ウォール】を作った遺物の創造主・・・・・・あなた達が太陽系の
黒板に映った宇宙空間が瞬時に教室全体に広がり、気が付くとユリノ達はその中を漂っていた。
だが不思議と恐怖はわかなかった。
これが夢だと分かっているからだ。
いつの間にか、漂っていたクルー達は一人の姿へと重なっていた。
ユリノだった意識は、ようやく己が
だが、それでもまだ違和感を覚えるのは、己を繋ぐハードウェアが慣れ親しんだ〈じんりゅう〉のメインコンピュータではなく、まだ触れたばかりに〈アクシヲン三世〉のメインコンピュータだから……という理由だけでもない……。
答えは目の前あったからだ。
「あなたは……ワタシの一部だったのね?」
レイカは優しく微笑むだけだった。
ずっと前からそうだったのだ。
これまで、いかに〈じんりゅう〉クルーの心が究極と言えるほどまでに統合されたとしても、それだけでは説明できないレベルの奇跡を〈じんりゅう〉は成し遂げてきたが、それは彼女の存在が成しえたことなのだ。
いつも
だが、
それが何故……今……どうやって【ANESYS】中の
ついさっきレイカがその答えを口にした気がしたのだが、アヴィティラは何故かよく思い出せなかった。
「答えは目の前にあるわ……あたしの問いの答えと共にね……」
レイカはアヴィティラの疑問を見透かしたかのように告げた。
と同時に、宇宙を漂う自分たちのそばを、無数の光の柱が通過していった。
一瞬、シードピラーが通過したのかと思ったが違った。
それはグォイドが地球に打ち込まんとする播種柱ではない。
それは無数のオリジナルUVDだった。
宇宙を駆ける無数のオリジナルUVDのうちの一群は、やがて一つの若い恒星系の重力に捕まると、さらに各惑星の重力に捕らえられ、そのうちの一つは、生まれたばかりのガス惑星へと沈んで消えた。
もう一つは、さらに一つ外側に周回するガス惑星の公転軌道上に留まった。
オリジナルUVDが沈んだ内側の方のガス惑星は、やがて内部から小惑星……と呼ぶにはいささか巨大すぎる岩塊をいくつも恒星系の内側に向け発射し始めると、恒星の付近に集まった岩塊は、岩石を主成分とした惑星として、恒星を周回し始めた。
その恒星系はやがて、アヴィティラの知る姿形へとなっていった。
「なぜ…………」
アヴィティラは思わず呟いた。
人類が生まれ住まう太陽系の現在への成り立ちに、オリジナルUVDが絡んでいる可能性は、木星での一件ですでに分かっていたことだった。
だが、
ヒントは僅かしかなく、可能性は無限にあったからだ。
それを今、レイカは教えてくれようとしているのだ。
「すべて……あたしがあなたの一部であることさえも、答えの一部なんだよ」
目の前へと漂ってきたレイカは、そっと手を伸ばし、アヴィティラの頬に触れながら告げた。
「…………」
だがアヴィティラは答えを出すことができなかった。
いかに超高速情報処理能力があれども、求められた答えは、やはり導き出すためのヒントに対して可能性が無限にありすぎるのだ。
ひどく漠然とした問いに対しては、同じく言語化できないような酷く漠然とした答えしか浮かんでこなかった。
レイカの質問の意味自体が理解できているのかも怪しかった。
アヴィティラの得意とする数学的情報処理で出せる答えとも思えなかった。
アヴィティラは、己の不甲斐なさと情けなさに唇を震わすことしかできなかった。
「大丈夫よ……求める答えが言葉にできなくたって、あなたはとっくに理解していて、実行しているわ」
レイカはそう耳元で呟きながら、アヴィティラをぎゅっと抱きしめた。
その感触は恐ろしく力強くて、アヴィティラの中にいるユリノが泣きそうになっているのを感じた。
レイカのハグに心が揺さぶられる中、眼下の恒星系の内から三つ目に周回する岩石惑星では、蒼い海が誕生し、やがて夜の面に文明の光が灯り、戦の光が瞬き、そして長い長い年月が一瞬で過ぎ去ると、一隻の航宙艦が岩石惑星の重力を振り切って飛び立つと、アヴィティラ達の前にその巨大な姿を表した。
アヴィティラは確認するまでもなく、その白銀のシュモクザメのような艦の名を知っていた。
その艦は故郷を後にして、無限の宇宙へと飛び立っていった。
グォイドから人類を守るために、自分自身が生き延びる為に。
生きて明日を手に入れる為に。
「またね……アヴィティラ……自分を信じて……」
その声に振り返ると、すでにレイカの姿は無かった。
『ワタクシ……分かった気がします……』
「なんだって?」
ようやく言葉を発したサティに、ケイジは思わず訊き返した。
「何が分かったというのだサティよ」
『ここに至る経緯です……』
サティは再度尋ねるフォセッタ中佐にそう答えると、再び沈黙してしまった。
【ANESYS】終了まであと約120秒。
アヴィティラが現れない状態での【ANESYS】は、キャピタンから情報を受け取れぬケイジにしてみれば、何が起きているのかさっぱり不明だった。
『すい……ません……ケイジさん、フォセッタさん…………アヴィティラさんは今、必死でフェイズ3……
その一方で、アヴィティラさんはオリジナルUVDとコンタクトしたことで、少なからずショックを受けたようなのです……』
サティは自分の言葉を自分でよく確認するかのように、ポツリポツリと語り始めた
「ショックを受けたって……なんで……?」
『ユリノ艦長の…………お姉さまの人格と会ったからです』
「ユリノ艦長の姉とは………………あの秋津島レイカのことか?」
「ちょっと待ったサティ!? ……その……レイカさんの人格がオリジナルUVDの中にあったと言いたいのか?」
『そうですケイジさん…………誤解を恐れずに言えば……はい、そういうことになります』
「…………」
『ワタクシの解釈が間違っている可能性もありますが……その事実が……今ワタクシ達がここで無事にいる理由の一つのようなのです』
ケイジ達が沈黙すると、サティはその沈黙が生み出す不安を打ち消すように続けた。
『分かりましたフォセッタさん、ケイジさん……順を追って説明します。
事は、グォイドが宇宙に生まれるよりもずっと昔……太陽系が生まれるよりもさらにずっとずっと昔……ひょっとしたらこの宇宙が誕生する前後くらい昔に、オリジナルUVDは何者かによって生み出されました。
いったいどんな存在がオリジナルUVDを作ったのかまでは、まだ分かりません。
ですが、目的はなんとなく分かります。
どうやら、オリジナルUVDは、この宇宙に生命を……それも宇宙空間に進出できる生命を生み出す為の装置なようです。
どうやらその行為自体が、オリジナルUVDを作った存在にとっての生きることの意味であり、一種の繁殖行為なようです……』
「…………すまない……なんだって? そこからか!?
いや……どこから話しても良いんだが……なんだって……今まで人類が必死に調べて皆目分からんかったことを、急にこのタイミングで断言してくるんだ?
その……オリジナルUVDについての話だが…………」
フォセッタ中佐が我慢できずに尋ねた。
順を追って話すと言うから聞いてみれば、まさかオリジナルUVDの出自から始まるとは!
話の腰を折るのはいただけないが、正直ケイジも同じ疑問を持った。
『おそらく、〈じんりゅう〉という艦に二代にわたって搭載され、クルーの【ANESYS】のコントロールを受けてきたオリジナルUVDが、経験値の蓄積に伴って、ユリノ艦長らに対する一部情報開示の封印が解けたからなのではと思います』
サティはよどみなく答えた。
オリジナルUVDが、UVDとしての機能以外の能力があることは、以前より予測されてきたことであった。
だから木星【ザ・トーラス】を生み出した巨大リング状の遺物に異星のAIが搭載されていて、サティを介してコミュニケートできたように、オリジナルUVDにも一種のAIが搭載されていても不思議ではなかった。
サティによれば、そのオリジナルUVDのAIが、【ザ・ウォール】へ〈じんりゅう〉が墜落した騒動で、己の出自の一部を教える気になってくれたらしい。
とりあえずケイジはそう理解した。
『実際には、今説明した程には明確に分かっているわけではありません。
ワタクシの勝手な解釈が大いに混じっています。
それに情報を開示してくれたというよりも、たまたまワタクシという存在が居合わせ、いつもはオリジナルUVDが説明しても、ユリノ艦長らが忘れさせられている事実を、今回はワタクシが覚えられただけの可能性もあります……』
「分かった…………いや、よく分かってないけど……ともかく続けてくれサティ」
『分かりましたフォセッタさん……。
……ともかくオリジナルUVDを作った存在は、この宇宙に高度な生命を誕生させ、繁栄させたくて、オリジナルUVDを多数ばらまきました。
グォイドは、その過程でオリジナルUVDに寄生した生命が、オリジナルUVDの目的に便乗して宇宙で進化した結果、誕生した存在なのだと思われます。
そしてオリジナルUVDは、その目的の関係上、接触した生命についての情報を収集保存する機能も備えています。
他所の恒星系に生命を育む時に使う為です。
今の【ANESYS】で、アヴィティラさんと会話したレイカさんの人格は、その機能によってオリジナルUVD内に保存された記憶なのだと思います。
……もしかするとオリジナルUVDの内部には、レイカさん以外の人格や、その他様々な情報が多数保存されているのかもしれませんね』
「その……レイカ艦長の人格が、ユリノ艦長らの危機に際して現れ、彼女と話した結果、アヴィティラは驚いた……」
ケイジは自分に納得させるように呟いた。
そうしないと呑み込めそうになかった。
初代〈じんりゅう〉艦長・故秋津島レイカは、五年半前、地球低軌道上を降下中のシードピラーを破壊する為、たった一人で初代〈じんりゅう〉を操舵し体当たりさせ、世を去った。
ケイジはその瞬間を、ミユミと共に地上から見ていた。
その時の初代〈じんりゅう〉には、後にケイジ達が【テルモピュレー
つまりオリジナルUVDに、レイカ艦長の人格が保存されているというのならば、その機会は確かにあったことになる。
だが、だからといって、そのレイカ艦長の保存された人格とやらは、どのレベルで保存されていて、どのようにアヴィティラにコンタクトしたというのか?
人類が人類の技術でコンピュータに人格を保存した……というのとでは、おそらくレベルが違うだろう。
その保存人格の姉は、どんな思いでユリノ艦長に呼びかけたというのか?
そして死んだはずの姉が、自分の危機に際して呼びかけてきたならば、コンタクトされたアヴィティラの中のユリノ艦長は、それをどう受け取ったというのだろうか?
ケイジは想像しただけで胸が締め付けられる気がした。
『そして、そのレイカさんから……ワタクシたちに
新たな危機が迫ってることが告げられました。
一つは、〈アクシヲン三世〉がいるここが、【ザ・ウォール】の端にある、【ザ・ウォール】を生み出している異星遺物に到達するまであと12時間しかないこと。
もう一つは、ほぼ同時刻に
「なにぃ!?」
さらりとサティが告げた新情報に、フォセッタ中佐がケイジが飛び上がる程の大声を上げた。
その直後、【ANESYS】を終えたユリノ艦長達は目覚めた。
ケイジは静々と目覚める彼女達に、いったい自分はどう対応したら良いのか途方に暮れた。
ただでさえ〈じんりゅう〉を失い、エクスプリカを失い、未来の希望への希望は儚く、グォイドの増援が太陽系に接近中という疑惑がある中で、五年前に亡くなったレイカ艦長と話すなど……ケイジであれば、自分の心がどうなってしまうか想像もできなかったからだ。
それはフォセッタ中佐も同じらしい。
彼女の方が責任の重い立場なのだから、より苦悩と不安も大きそうだった。
「…………お、おい……」
フォセッタ中佐が勇気を出して呼びかけると、艦長席にかけるユリノ艦長は顔を上げた。
彼女の目元は濡れ光っていた。
他のクルーも同様だった。
ケイジは一瞬ドキリとした。
が、次の瞬間彼女たちが見せた表情は、悲しみや不安ではなく、混じりっけの無い笑顔だった。
「…………大丈夫だよケイジくん、フォセッタ中佐」
ユリノ艦長はようやく口を開くと、不安が顔に出まくっていたらしいケイジとフォセッタ中佐に告げた……ぽろぽろと涙をあふれさせたまま。
ケイジの見立てが確かならば、彼女らの瞳には、勇気と決意が宿っているように見えた。
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