▼第十章  『コンタクト』  ♯2


「あぁ……まさかまたこの席に座ることになるだなんて……」

「あの~……ユリノ艦長……艦長がそこにお座りになるのでしたら、ワタシャどの席に座れば……」

「あ……」


 ――〈アクシヲン三世〉防衛ユニット・〈びゃくりゅう〉バトル・ブリッジ――


「おおっと! ごめん ルジーナ!」


 〈びゃくりゅう〉バトルブリッジに入り、そのまま当時のクセで電測席へとナチュラルに腰かけたユリノは、大慌てて立ち上がり、照れ笑いでごまかしながら改めて艦長席に移動した。

 ブリーフィングを終えた一同は、【ANESYS】を行うべくホロ会議室からここ〈びゃくりゅう〉バトル・ブリッジへと移動していた。

 フォセッタ中佐の話した〈アクシヲン三世〉【ザ・ウォール】脱出作戦のフェイズ3『トータス母艦・グォイドおよびトゥルーパー超小型・グォイド対策』と、彼女が言い渋ったフェイズ5を達成するためには、何よりもまずユリノ達の【ANESYS】を行う必要があったからだ。




 その30分前――。


「最初に断っておく。

 フェイズ5は、実行の必要性については不透明なところがある。

 だが、ともかく一応話しておく。

 木星での〈じんりゅう〉の任務記録を得たことにより、キャピタンは、この【ザ・ウォール】は、木星でアンタ達が遭遇したという太陽系の建設者コンストラクターの遺物によって作られたのだと言う結論に達した」

「……」


 ユリノ達は軽く驚いたが黙って話の続きを待った。

 フォセッタ中佐の言ったことは、スクールバス内でシズが説明した予測とまったく同じ結論だったからだ。

 フォセッタ中佐は横方向に伸びた細い【ザ・ウォール】のホログラムを再び呼び出した。


「そしてキャピタンによれば、それがいつかは分からないが、いずれ自分達のいる場所は、その【ザ・ウォール】を作り出してる遺物のある場所に達するのだという。

 この【ザ・ウォール】はベルトコンベアみたいに動いているからな、ほうっておいても勝手に移動してしまうわけだ。

 遺物は【ザ・ウォール】の両端のいずれかにあると予測されているが、ここアウター《外側》ウォールの自分達が向かっている土星の西方向の彼方にある可能性の方が高い……のだそうだ。

 何故なら反対側の東端は、〈アクシヲン三世〉が突入した直後に、何もないことがすでに観測されていたからだ」

 室内の壁に、【ザ・ウォール】突入直後に撮影されたと思しき【ザ・ウォール】東端の映像が投影された。

 といっても、それは画面いっぱいの薄灰色の壁であり、それが【ザ・ウォール】の東端だと言われてもピンとは来なかった。

 だが、それこそが東端側には【ザ・ウォール】を作り出している異星の遺物が無い証拠なのだ。

 何しろ何も映っていなかったのだから。

 一方、床の上のホログラムの【ザ・ウォール】が拡大され、アウター《外側》ウォール上の〈アクシヲン三世〉が視認できるまでになると、猛烈な速度で【ザ・ウォール】の端に向け移動し始めた。

「そしてもし、〈アクシヲン三世〉の発進の前にその遺物に自分たちが達してしまったならば、自分らの命は無いという。

 その遺物は土星から飛んできた土星の環を、このバカでかい【ザ・ウォール】に変換する機能を持っているのだから、当然自分らも、それに接触したら、バラバラに分解され【ザ・ウォール】の材料に変えられてしまうのだそうだ」


 ホログラム上の【ザ・ウォール】西端に達した〈アクシヲン三世〉は、【ザ・ウォール】の外側と内側の折り返し地点に、モザイク処理(形が不明な為)の上“X”と表示された異星の遺物に接触した瞬間に消滅した。


「……どどどどどど……どうしよう……」


 カタカタと震えながら、小さくミユミが呻いた。


「キャピタンいわく、もし〈アクシヲン三世〉発進前にその遺物に達するようであった場合、できる対処は一つしかないそうだ」

「それは何!?」


 ユリノはなるべく冷静な声音で尋ねたつもりだった。


「聞くところによると、アンタ達は木星内にあった惑星間実体弾投射砲レールガンを動かしている異星の遺物のAIと、コンタクトに成功したそうじゃないか……」

「…………」


 ユリノ達はフォセッタ中佐にすぐには何も答えられなかった。

 確かに自分達は、なんだかんだあって木星内部にあった【ザ・トーラス】を形成している、オリジナルUVDと同質の素材でできたリング状物体とのコンタクトに成功し、結果的に木星から惑星間実体弾投射砲レールガンとして放たれたグォイド・スフィア弾の破壊に成功したが……。

 それは複数要因が重なったからできたことであり、自分達が意図的に成しえたこととはとうてい言い難かった。

 それに、今フォセッタ中佐に『その通りだけど』などと答えようものなら、とても面倒なことを申しつけられそうな予感がしたのだ。

 そしてその予感は的中した。


「キャピタンいわく、それと同じように、アンタらの【ANESYS】を用いて、【ザ・ウォール】を作っている遺物の異星AIに、止まってもらうよう頼むしかないってさ」

「……OH……」


 ユリノは皆と同じように呻くことしかできなかった。





「ちょちょちょちょちょ……ちょっとまってちょうだいフォセッタ中佐! 何か誤解してるわ!」

「そうですフォセッタ中佐、いわゆる太陽系の建設者コンストラクターとのコンタクトに成功したのは、我々ではなくサティです」


 ようやくフリーズ状態から再起動したユリノは、サヲリと共に大慌てで訂正した。

 それは木星【ザ・トーラス】内でグォイドスフィア弾と戦っていた〈じんりゅう〉が、ケイジ三曹とクィンティルラが乗る〈ユピティ・ダイバー〉との合流を果たした直後のことであった。

 〈じんりゅう〉艦尾上部格納庫に突っ込んで気を失っていたサティが、目覚めるなり夢の中で【ザ・トーラス】を形成してるリング状物体内の異星のAIと話したと言い出したのだ。

 サティいわくそのAIは“太陽系コンストラクター第五惑星・大質量移送サービス”の物だという。

 ユリノ達はそのAIに、グォイドスフィア弾の内太陽系人類圏への発射を止めてもらうようサティに頼んだのだが、残念ながら異星AIへの命令優先権は、先に【ザ・トーラス】に来ていたグォイドスフィア弾にあるために叶わなかった。

 そこでユリノ達は、グォイドスフィア弾が木星から発射された後に、改めて異星AIに頼み、〈じんりゅう〉それ自体を【ザ・トーラス】内で加速のうえ、惑星間レールガンの弾体としてグォイドスフィア弾を追撃し、その破壊に成功したのであった。

 その際の慣性で〈じんりゅう〉は土星圏にまで来る羽目になってしまったが……。




「……だ~か~ら~、そういうのはサティに頼まないと……」

「いや、それらの事情は全て知っている、その上で頼んでいるのだ」


 祈るようなユリノの言葉を、フォセッタ中佐は無情にも遮った。


「その……サティよ……その今回は、その~太陽系コンストラクターとやらからのコンタクトは受けているのか?」

『ん~気配は感じますけど、まだ何も届いていませんよ~』


 緊張して尋ねてくるフォセッタ中佐に、彼女は朗らかに答えた。


「……ふむん、やはりそうなのか……」

「中佐、何か根拠があって【ANESYS】を行えと言っているのですか?」

「………まぁ……な」


 ふむふむと頷くフォセッタ中佐に、サヲリが訪ねると、彼女は今ひとつ自信なさげに答えた。


「自分ではなく、あくまでのこの艦のキャピタンの予測だが……。

 キャピタンは木星の一件においても、サティが異星AIとのコンタクトに成功したのは、彼女自身の行いではなく、その直前に〈じんりゅう〉が行った【ANESYS】がキッカケだったのではないか? と予測している。

 サティ自身は異星AIとコミュニケートする為の、一種のインターフェイスとして働いただけであり、異星AIとコンタクトしたくば、まず【ANESYS】を行う必要があるのだそうだ」


 ユリノ達はフォセッタ中佐の言葉に、なんと反応したらいいのか分からなかった。






 キャピタンとは、〈アクシヲン三世〉が運ぶ冷凍睡眠状態の胎児達の脳を、【ANESYS】によって繋いた統合思考体のことだという。

 ニュアンス的には、〈じんりゅう〉でいうところのアヴィティラに近いものではないかとユリノは思っていた。

 胎児の脳を繋いで道具にするなど、人道に反するとう考えもあるかもしれないが、人類という種を他の恒星系に残すという任務を、たった一隻で果たさねばならない〈アクシヲン三世〉の使命を考えれば、サバイバルが最優先であり、人道などと四の五言ってはいられなかったのだろう。

 また胎児であれば、男女問わずある程度【ANESYS】の適正がある……という事情もあった。

 ここで重要なのは、キャピタンが〈じんりゅう〉の約6分しか使えない【ANESYS】に比べ、連続して16時間以上使えるということだ。

 これは9人のクルーで動かしている〈じんりゅう〉に比べ、二千人の胎児の脳を繋いでいるキャピタンは、繋ぐ脳を数名ずつローテーションさせることで、統合状態を長時間維持できる為だ。

 しかし欠点もある。

 条件的に、太陽系脱出船であり多数の胎児を乗艦させた〈アクシヲン三世〉以外の艦では実現不可能なこと。

 もう一つは人生経験の一切ない胎児の脳を繋いでいる為に、統合中の情報処理速度だけでいえば〈じんりゅう〉の【ANESYS】に劣ることだ。

 だが、その欠点があっても、圧倒的な統合維持時間をもってすれば、わずかな手がかりから、重大な真実にたどり着くことは十分に可能なのかもしれない。

 ユリノはそう考えることにした。

 またそれがフォセッタ中佐が今一つ不安そうでありながらも、最終的にキャピタンを信じている理由なのかもしれない。

 そして同じ理由で、キャピタン自身では、【ザ・ウォール】の異星AIとのコンタクトに成功していないらしかった。

 異星AIとのコンタクトには(それが可能なのだとしたならば)、最長で20年程の人生経験があった上で統合する、〈じんりゅう〉クルーの【ANESYS】が必要なようだった。

「キャピタンによれば、太陽系コンストラクターの異星AIは、己のコミュニケーション対象に足るものとして、〈じんりゅう〉の【ANESYS】の統合思考体を選んだらしい。

 逆に言えば、人間個人の思考ごときでは、連中にとっては対話の対象足りえないのかもしれんな」

 そう補足するフォセッタ中佐の仮説には、ユリノにも心当たりがあった。

 コミュニケートの対象はグォイドではあったが、グォイド研究においては有名な仮説ではあるからだ。

 人間は、己が思っている程には知的生命体では無く、他所の星の恒星間移動を可能にするような知的文明から見たら、人間は蟻塚を作る蟻、サンゴ礁を作るサンゴ程度の野生生物と大差なく見えるのだという。

 それがグォイドとコミュニケートが出来ない理由なのではないか? という仮説だ。

 だが【ANESYS】ならば……それも〈じんりゅう〉のアヴィティラ化身を出す【ANESYS】の超高速情報処理能力をもつ統合思考体ならば……。

 ただしコミュニケートの対象はグォイドではなく、この太陽系を現在の形に作り替えたと思しき太陽系コンストラクターであったが。

 確かにフォセッタ中佐が言った通り、木星でサティが異星AIとコンタクトした直前に行った【ANESYS】は、ユリノ自身の脳が限界に達し、命が危うくなった程に集中統合された【ANESYS】であった。

 そこまで集中した【ANESYS】は初めてであり、故に人類初の異星AIとのコンタクトに成功したという可能性もある。

 ユリノは“異星のAIと意識的にコンタクトせよ”などという無茶ぶりに、言い知れぬプレッシャーを感じつつも、他に選択肢はなく、【ANESYS】の実行に同意する他なかった。





「…………ケイジ君、準備の方はどう?」

「間もなく終わります。席に着いて待機していて下さい」


 ユリノの問いに、ヒューボと共にバトル・ブリッジの床に仰向けに寝転がり、新たに追加した座席の下面に潜り込んでいたケイジ三曹の返事はすぐに返ってきた。


「昇電は修理中だ。姉上とクィンティルラはここで繋がってもらうしかない」

「まぁ……かまわんけどよぉ……初めてじゃないしな」


 フォセッタ中佐にクィンティルラは頭の後ろで手を組みながら答えた。

 〈びゃくりゅう〉バトル・ブリッジで【ANESYS】を行うにあたり、ソフトウェア(主に心の覚悟という)の問題もあったが、ハードウェアの面でもクリアせねばならない問題があった。

 〈じんりゅう〉のブリッジもそうだったが、〈びゃくりゅう〉のブリッジには、パイロット二人の分の座席は無い。

 その為、【ANESYS】のデヴァイスのついた座席を新たに据え付ける必要があった。

 が、この問題はすでにほぼ解決していた。

 ブリッジクルーの人数がまだあまり固まっていなかった時代の艦である〈びゃくりゅう〉には、【ANESYS】に繋がれる予備座席が、すぐに足せるよう用意されていたからだ。

 その据え付け作業は、ヒューボとケイジ三曹により、すでにほぼ終わっていた。

 これにより、約一か月前、木星から水星へと惑星間レールガン弾体として飛んだ時の〈じんりゅう〉と同じように、パイロットのクィンティルラとフォムフォムも、ブリッジで【ANESYS】の統合が可能となる。

 もう一つのハードウェアの問題は、これまで〈じんりゅう〉で行ってきた【ANESYS】のメモリーが無いことであった。

 【ANESYS】はクルーの脳だけで行っているわけではなく、それを統合する艦のメインコンピュータと、それに蓄積されたこれまでの【ANESYS】の経験値が重要な意味を持つ。

 しかし保存された〈じんりゅう〉での【ANESYS】の経験値は、〈じんりゅう〉もろとも破壊されてしまったはずであった。

 せめてメインコンピュータが無事なら、データを吸い出すこともできたはずであったが、〈じんりゅう〉メインコンピュータは、墜落前の段階でトゥルーパー超小型・グォイドによって破壊されてしまっていた。

 だから〈じんりゅう〉で行ったのと同レベルの【ANESYS】の思考統合を行うのは、一から経験値を積まねばならず、少なくとも結構な時間がかかるはずであった。

 打つ手なし……ユリノは安堵のような気分と共に、一瞬そう思ったのだが、事態はそうはいかなかった。









「……にしても……クローティルディア大尉はグッジョブだったな」


 フォセッタ中佐が腕組みしながらしみじみと頷いた。


「…………」


 言われたシズの方は反応に困っているようだった。

 結論からいえば、〈じんりゅう〉の【ANESYS】の経験値データは、シズによって運び出されていた。

 シズによれば、〈じんりゅう〉のアウター外側ウォール墜落が不可避となった段階で主電算室にいた彼女は、メインコンピュータから【ANESYS】の経験値データをはじめ、これまでの航行ログをメモリーデヴァイスに保存し、常に持っているエクスプリカのぬいぐるみの中に仕舞っておいたのだそうだ。

 そうシズが告げた瞬間、ケイジ三曹がいわく言い難い声をあげながら、ぽんと拳の底で掌を叩いた。

 どうも〈じんりゅう〉脱出時から行動を共にしていた彼には、思い当たるところがあったらしい。

 ともあれ、シズの持ちだした〈じんりゅう〉の経験値データは、〈びゃくりゅう〉のメインコンピュータへと移され、【ANESYS】実行にあたっての障害は全てクリアされた。


「よ~し、準備ができたならちゃっちゃと始めてくれぃ。どうせ他にすることも無いのだから」


 フォセッタ中佐がユリノの不安など、完全に無視して告げた。

 ユリノはまったく覇気の無い小さな声で「アネシス・エンゲージ」と告げた。








 フォセッタは焦っていた。

 ようやく自分とケイジ三曹とスキッパーが見守る中、〈じんりゅう〉クルー達は燐光に照らされながら【ANESYS】を実行してくれはした

 が、それでももう遅いかもしれない。

 フォセッタはキャピタンから告げられた事実の一部を、どうしてもユリノ達に告げることができなかった。

 【ザ・ウォール】を形成している遺物の異星AIとのコンタクトを、キャピタンが成すことができなかった……というのは厳密に言えば正しくない。

 厳密にいえば、〈アクシヲン三世〉のキャピタンは、〈じんりゅう〉墜落とほぼ同時期より、ここの異星AIとのコンタクトを、ごく僅かではあるが達成していた。

 しかしキャピタンは、そのなされた異星AIからのコンタクトの意味をほとんど理解することができなかった。

 何故ならば、異星AIのコンタクトは、いかなるセンサーにも記録されないにも関わらず、何故か受け取っていることだけは確信できるという、いわばテレパシーのようなものであったからだ。

 当然そのようなコンタクト手段に対応するノウハウなどキャピタンは備えておらず、伝わってきている以外の情報など到底読み取れなかった。

 しかし、伝わってくるテレパシーそれ自体から、辛うじて読み取れる情報もあった。

 受信直後しばらくの間は一定の強度だった受信感度が、一定速度で減じ始めていたのだ。

 キャピタンは、その超高速情報処理能力を用い、すぐに一度は受信したテレパシーが何故減じ始めたのかについて推測した。

 その結果、キャピタンはテレパシーが減じ始めたのは、一種のカウントダウンなのではないか? との推測に達した。

 テレパシーが減じていき、ついに受信ができなくなった時、何かがおきるのだ。

 それは今から約12数時間後であるという……。

 そしてその約12時間後に何が起きるのかは、異星AIのテレパシーが解読できずとも、心当たりがあった。

 この〈アクシヲン三世〉や数々のSSDF航宙艦が眠るアウター外側ウォールの一地点が、【ザ・ウォール】西端にあるという、この【ザ・ウォール】を創造している異星の遺物に達するのだ。

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