▼第八章  『Days of Future Past』 ♯3

 ――回廊内――


「【ANESYS】は!? ほんの数秒でも構わない! 【ANESYS】は使えないの!?」

[現状デモ約2秒ナラ【ANESYS】ハ使用可能ダヨ。

 デモ現状デハ、タトエ【ANSYS】ガ使エテモ〈じんりゅう〉ガ空母級ヲ主砲射程圏ニ再ビ納メル前ニ、空母級ガ〈ヴぁじゅらんだ〉ニ到達シチャウネ]


 姉の問いに対し、エクスプリカが冷徹な現実を伝えた。


「ならこっちも加速するまでよ!」

「艦長、その場合〈じんりゅう〉の方が〈ヴァジュランダ〉に衝突する危険があります!」


 即決断する姉にユリノは慌てて答えたが、姉はそれでも「じゃ可能な範囲ギリギリで反転減速するつもりで加速する!」と宣言し、空母級を追いかける形で〈じんりゅう〉を加速させた。

 辛くも最後の空母級グォイドの艦首を破壊することはできたために、実体弾で〈ヴァジュランダ〉を破壊される心配はなくなった。

 が、代わりに空母級が体当たりで〈ヴァジュランダ〉を破壊せんとしてくる可能性が生まれてしまった。

 最後の手段として体当たりを試みてくるのは、実にグォイドらしい振る舞いだった。

 そして体当たりを慣行する以上はもう減速する必要はなく、〈じんりゅう〉前方かなたの空母級は盛大に加速噴射をかけていた。

 〈ヴァジュランダ〉に体当たりするわけにはいかない〈じんりゅう〉は、当然、追いかける為だからといって無暗な加速はできなかった。

 それでも、姉は〈ヴァジュランダ〉手前で停止するつもりで可能な限り加速することを選んだが、ユリノの見立てでは、〈じんりゅう〉が空母級を主砲射程圏に収める前に、空母級は〈ヴァジュランダ〉とそれが投射しようとしているオブジェクトαに到達してしまう。


「空母級、〈ヴァジュランダ〉到達まであと20分!」


 ユリノは非協力的な現実を報告しないわけにはいかなかった。

 姉は艦長席のひじ掛けを握り閉めながら、無言で〈じんりゅう〉に訪れる次のチャンスをまっていた。










「…………」

 ケイジが呆気に取られているうちに、フォセッタと呼ばれたフォムフォムの2Pキャラみたいな美女は、深紅のビキニ姿をケイジの視覚に焼き付けながら水面に飛び込むと、見事なクロールやバタフライで黙々と泳ぎ始めた。


[ああ~もうフォセッタったら……こら~! お客様に何か挨拶はないんですか~!]


 ケイジの横でスキッパーが手を振りながらフォセッタに呼びかけると、サティが[ワタクシ呼んできますね]と宣言するなり、水面に潜り水上のフォセッタを救い上げるようにして持ち上げると、彼女が「わぁ! よせ! やめろ! やめて!」と喚くのも構わず滑り台に変形して、滑らかに彼女をケイジの目の前にスルスルと降り立たせた。


「あ~……」

「…………」


 言葉が出てこないケイジに対し、フォセッタも無言だった……とういうか不機嫌そうだった。

 ついでに言えば、滅茶苦茶サティのことが怖かったらしく、無言でサティとの間にスキッパーを盾にした。

 しかも微妙に震えていた。

 サティに会って間もない人間としては、極めて当然の反応と言えるかもいれない。

 しばし無言の時間が過ぎ、フォセッタはようやく諦めたのか、肩の力を抜くとやっとケイジに向き合った。


「自分はフォセッタ……中佐だ。

 ビーチにいる限りは好きに過ごして構わない。

 用があったらスキッパーに言え。

 食料他の必要なモノはビーチ内のモール売店にあるものを好きに使ってくれて構わない。以上だ」


 フォセッタは立て板に水のごとく一気にそう告げると、踵を返してビーチの出入り口に向かおうとした。

 が、そうはいかなかった。

 色とりどりの水着姿となったユリノ艦長らが、今まさにビーチに戻ってきたところだったからだ。

 最初からここにいた四人以外のクルーは、初めて見るフォムフォムの2Pキャラ的人物に目を丸くしていた。

 フォセッタは微かにうんざりした表情で立ち止まると、顔を見るなり抱き着いてきたフォムフォムを受け止めた。


「……おかえり……」


 フォムフォムがつぶやく。

 ケイジはその光景を見ながら、自分が初めて〈じんりゅう〉に乗り、クルーらと知り合った時のことを思い出していた。







「つまり44番目(フォーティー・フォー)だからフォムフォムはフォムフォムで、フォセッタ……中佐は48番目(フォーティー・エイト)だからフォセッタだと……はぁ~」


 ケイジは色々納得したことで、思わず感嘆のため息をもらした。

 徐々にビーチを照らすホログラム太陽が傾き始める中、ビーチに集った一同は、思い思いの体勢(と水着姿)で砂浜に車座に座りながら説明を聞いていた。

 フォムフォムと、すでに事情をしっているクルーらからの説明によればフォムフォムとフォセッタは、いわゆる“耐宙人”なのだそうだ。

 彼女らの名前は、その製造番号が由来なのだという。

 人為的に遺伝子を調整した人間を生み出すことは、歴史的に長い間禁忌とされてきてはいたが、グォイドとの種の存亡をかけた戦いが始まったてからは、それをタブーだと四の五の言っている場合ではなく、遺伝子を調整することで宇宙戦闘に適応した人間を生み出す試みは、一部の人類により木星圏の宇宙ステーション内ラボで実行に移され、少なくない数の耐宙人が誕生した。

 フォムフォムとフォセッタ、さらにクィンティルラはその数少ない生き残りなのだそうだ。

 他の姉妹の多くもまた飛宙艦載機のパイロットとして活躍し、そして散っていったらしい。

 ユリノ艦長らは水着選びの最中に、サヲリ副長からここまでの事情の多くを聞いてようだった。

 だがフォセッタがフォムフォムに瓜二つな理由と、四人のクルーとサティがここに来るまでの事情は分かったが、ここが何なのかについては謎のままだった。

 フォセッタ中佐は非協力的というより、対人(対サティ)恐怖症なだけのようだったが、どちらにしろ彼女もスキッパーも、ケイジ達の知りたいことには答えてくれないままだった。

 ただ「結論が出るまで待て」と言う。

 だが、真実を教えてもらえずとも、ここまで得た様々な情報を元に真実を類推しうる人間がここにはいた。


「あ……あの! ……では、シズの推測を聞いて欲しいのです!」


 久しぶりに声を発し、シズ大尉はそこまで言ったところで盛大にむせ返った。









「〈ヴァジュランダ〉からメッセージを受信、退避行動およびオブジェクトαの投射中止と遅延は不可とのことです」

「なにぃ! 事情は分かってるのか連中は!?」


 通信士からの報告にテューラ副長が憤った。


「敵空母、〈ヴァジュランダ〉到達まであと2分! いえ、空母級再加速、予測衝突時刻早まります!」


 ユリノは悲鳴に近い声音で報告した。


[れいか、コレデ【ANESYS】ヲ使ッテモ、衝突前ニ空母級ニ追イツクコトハ不可能ニナッタヨ]

「勝手に諦めないで!」


 エクスプリカの言葉に、姉は叫んだ。

 それはユリノがこれまで聞いたことが無いような切実な声だった。

 それはまるで、〈ヴァジュランダ〉か、それが投射しようというオブジェクトαに、親しい誰かが乗っているかのように、切羽詰まった声だった。


 ――なぜ……そんなに必死なのお姉ちゃん……――


 航宙士たるもの任務に命をかけるのは当然だったが、姉の様子はそれ以上に見えたのだ。

 だが、その事情がなんであれ、もう〈じんりゅう〉にできることは無かった。

 すでに〈じんりゅう〉の攻撃でダメージを受けてた空母級は、最後の加速時にバランスを崩し、でたらめな回転運動を始めていたが、どちらにしろ〈じんりゅう〉で仕留めることは不可能だ。


「敵空母級、衝突まであと90秒、間もなく破壊限界ライン突破します!」


 ユリノは電測員として報告する以外何もできなかった。

 破壊限界ライン、それはそれを超えてしまえば、たとえ破壊できても破片の衝突で被害が生じてしまう限界ラインのことだ。

 空母級がまさにそのラインを超えようとしたその瞬間、一筋の光の柱が、空母級を貫いた。








「あ~けほんけほん、この艦がSSDF‐ISES‐XX3〈アクシヲンⅢ世〉であるというのは、各所の表示から確認しました。

 あなた方がシズ達に全てを話せないのは、この艦がSSDFの機密であるからだとシズは推理するのです。

 そしてシズの推理が確かならば、〈アクシヲンⅢ世〉はおよそ五年前、第四次大規模侵攻迎撃船のやや後に、この【ザ・ウォール】に落着したのだと思うのです。

 それは、周りに五年前の土星圏攻撃艦隊の艦が多数落着していることからも明らかです。

 では何故、この艦は機密なのでしょうか? 

 それはISESというこの艦の型式と、この艦の大きさと、この艦がここに落着していたこと、それからこの艦が機密であることそれ自体からある程度推測できます」


 シズが語る中、ケイジは水着姿のクルー達に集中力を奪われまくりながら、なんとか意味を理解しようと試みた。


「艦がここにあるということは、土星、あるいは土星の外に目的地があるからだと考えられます。

 そしてそのことを機密にせねばならない事情があり、このサイズの艦でなくてはならない理由があるとしたら……さらにこの艦の型式、ISESが意味することから……この艦の正体は……」

[むぉ~じらさないで早く教えて下さいぃ~!]


 サティがプリンのように震えながら、シズ大尉に話の先を求めた。

 この時、ケイジはシズ大尉の言った意味を必死に理解する一方で、ユリノ艦長が膝を抱えて座りながら、まるで上の空でぼんやりと中空を見つめていることに気づき、それが何故か心に引っかかっていた。









「〈ジュラント〉か!?」

「違います! 〈ジュラント〉は主砲積んでませんから! 撃ったのは〈ヴァジュランダ〉中心部の……オブジェクトαの模様!」


 ユリノはテューラ副長に素で答えつつ報告した。

 突然迸った光の束は明らかにUVキャノンの光であり、それは

総合位置情報図スィロムを確認する限り、〈ヴァジュランダ〉が投射せんとする全長約6キロ、直径1キロ弱の巨大物体オブジェクトαが放ったものであった。

 しかもその光の柱は、接近する空母級の中心部に正確に命中した。

 真正面から来てるとはいえ、ランダムに回転する空母級をこのタイミングで正確に貫くことなど、常識では考えられないような精密射撃であった……【ANESYS】を用いらない限りは。


「オブジェクトα、続けて発砲!」


 ユリノが報告している最中にも、新たに放たれた光の柱は空母級を正確に貫き、そして爆沈させた。







「これは推理というよりも、シズの思い付きに状況証拠を当てはめただけとも言えるのですが…………分かったってばサティ! 今言うから!

 こほん……〈アクシヲン三世〉の型式、I・S・E・Sの意味は恒星間(インター・ステラー)移民船(イミグラント・シップ)略なのではないでしょうか?」

[こうせいかんいみんせん?]

「そうですサティ。

 勝手な想像ですが、グォイドとの種の存亡がかかった戦いが続くなか、グォイドに勝つことではなく、グォイドに人類が敗北した場合を想定し、人類の太陽系からの脱出を考えるのは、当然の選択肢と言えます。

 たとえ故郷を捨てることとなっても、種が滅ぶよりかはずっとマシでしょうから……。

 そしてUVテクノロジーの獲得により、太陽系外に脱出する艦を建造することは技術的に可能になりました。

 それが可能であり、種の存続のための一手段として有効である以上、いつか誰かが行って当然の選択だとシズは思うのです。

 それがこの艦〈アクシヲン三世〉なのではないでしょうか?

 太陽系から人や諸々の物資を運ぶために、この艦はこのように巨大になったのではないでしょうか?

 ……ですが、この選択は論理的に妥当ではあっても、ヒトの感情とは必ずしも相容れるものではありません。

 特に太陽系に置いていかれる側の人間からしてみれば、逃げる人間たちに、グォイドと戦う為のリソースを奪われたと思われても仕方がないことでしょう。

 ゆえに、この艦についても全ては最高機密に指定されたのではないでしょうか?

 そして、シズたちのあずかり知らぬところで建造された恒星間移民船は、第四次グォイド大規模侵攻が始まったタイミングで、その戦いで人類が敗れる可能性を考慮して発進……しかし、土星公転軌道を通過しようとしたところで……」

「そのとおりだ。我々はこの壁に……アンタ達が言うところの【ザ・ウォール】に捕まり、落着した」


 諦めたようにフォセッタがシズ大尉の言葉を継いだ。

 それはシズ大尉の推理が的中していたことを認めたということでもあった。


[ふむ……さすが〈じんりゅう〉の方ですねぇ…………]


 フォセッタに呼応するかのようにスキッパーがうなずいた。

 どうやら話せなかった機密は、これで機密ではなくなったらしい。

 それからフォセッタとスキッパーはしばし、何かに耳を澄ますかのように沈黙した。

 どうやらどこからか連絡を受け取っているらしい。


「アンタ達の扱いが決まった、ついて来い」

[恐れ入ります、同行をお願いいたします。この艦の艦長の元に案内いたします]


 問答無用で腰を上げ、移動を開始したフォセッタとスキッパーに、ケイジ達は慌ててついていった。


「あの……ユリノ艦長?」


 ケイジがふと振り返り、ぼんやりと動かないでいるユリノ艦長に気づいて慌てて呼びかけると、艦長は慌てて歩きはじめた。

 ……ビキニの水着姿のまま。

 ケイジは思考が乱されて仕方なかった。







「空母級の残骸、〈ヴァジュランダ〉に衝突の模様! 損害不明!」


 空母級それ自体は破壊されたが、まるで執念があるかのごとく、破壊された決して小さくないサイズの残骸が、迎撃する間もなく〈ヴァジュランダ〉を形作る傘の骨組みのような船体に激突した。

 結局、〈ヴァジュランダ〉の護衛を完遂することはできなかったのだ。

 〈じんりゅう〉が〈ヴァジュランダ〉のすぐ横に減速停止した時には、〈ジュラント〉が思い出したように襲い掛かってきた敵飛宙艦載機群を【ANESYS】で殲滅し終わるところであった。

 再び間近で目にする〈ヴァジュランダ〉は、各部で小爆発をおこしていたが、〈ヴァジュランダ〉はそれでオブジェクトαの投射を諦めるつもりは無いようだった。

 ダメージを受けた船体に鞭打つように、再びUVアクセラレータが稼動し、回廊内にある小惑星や残骸が今一度除去され、オブジェクトα投射進路が確保される。

 ユリノにとって謎だったのは、空母級を沈めた謎のUVキャノンの主だった。

 あれは確かにオブジェクトαから発砲されていた。

 それだけではない。

 その射撃は、あまりにも精密であった。

 確かに〈ヴァジュランダ〉を完璧に守ったとは言い難いが、それでも【ANESYS】無しで行おうと思ってできる射撃ではありえなかった。

 だからユリノは間近で見るオブジェクトαに、目を凝らさずにはいられなかった。

 そして、なぜオブジェクトαがUVキャノンを撃ち、なぜ精密射撃ができたのかの答えの一部を発見した。

 【ANESYS】無しでは行いえない射撃が出来たのは、〈じんりゅう〉でも〈ジュラント〉でもない【ANESYS】搭載艦がいたからなのだと。








 ぞろぞろと解放された通路内を進み、船内トラム鉄道で、あるいはエレベーターで移動するなか、ケイジ達はごく一部ではあるが〈アクシヲン三世〉の内部を目にすることができた。

 広大な船内空間に、無数に並んだタンク内の胎児や、動植物、テラフォーミング用を兼ねた船内巨大プラント群と、格納された無数のヒューボットからなるスィヴィム(セミ・フォンノイマン・マシン)…………。

 それのほとんどが目覚めの時を待ちながら沈黙している。

 ケイジは他者からの言葉では無く、己自身のその目で、この艦が本当に恒星間移民船、あるいは太陽系脱出船であることを確認し、言葉も出てこなかった。

 フォセッタはそんな来訪者の反応を横目で見ながら、それらをやや不機嫌そうに説明を続けた。


「この艦は察しの通り、一部の人類が秘密裏に建造した太陽系脱出船だ。

 まぁ恒星間移民船と呼んではいるがな……。

 元々は人類の富裕層の脱出のために建造されたらしいが、結果的に乗船している者の中にその富裕層の乗客はいない。

 理由は知らないが、ともかく乗船はしなかった。

 自分は勝手に後ろめたくなったからだとか、やっぱり故郷を離れたくなかったからだと考えているが、ともかく乗ってはいない。

 理由も知らないし、興味も無い。

 乗っているのは人間二千人の胎児と、3万人分のクローン胚だ。

 それから数万種の動植物の遺伝子情報……がこの艦の運ぶべき積荷だ。

 そしてそれらを安全かつ遠く早く、未来まで維持しつつ運び、いつの日にかどこかのハビタブルな惑星で目覚めさせ、繁栄させるためのシステムが、この艦の中身を占めてる」


 ケイジは段々フォセッタ中佐が不満気なのは、不満なのではなく元からそういうしゃべり方なだけな気がしてきていた。

 そしてケイジは移動を続けながら、段々、見慣れたSSDF航宙艦内の景色が多くなってきたような気がしてきていた。

 もちろん〈アクシヲン三世〉もSSDFの艦なのだが、ただそれだけではない、いわく言い難い何か郷愁のようなものを感じた気がしたのだ。


「自分はこの艦の生身・・の司令官として乗りこんでいる。

 耐宙人の自分が選ばれたのは、能力的な理由もあるからだろうが、出自的に地球や太陽系に過度の思い入れというものがないからだろう。

 ……実際その通りだしな。

 ここにこの艦がこうしているわけは、だいたいそこのクローティルディアシズ大尉の言った通りだ。

 太陽系を脱出し、亜光速でとろとろとひたすら進みながら、いつの日にか、よその恒星系で新たに人類の歴史をやり直そうとした矢先、この忌々しい【ザ・ウォール】にひっつかまったというわけだ」


 フォセッタ中佐は時々乾いた笑い挟みながら続けた。


「問題はこれからどうするか? だ……どうやら〈アクシヲン三世〉のキャピタンは、アンタ達に協力を頼むことにしたようだ」

「きゃぴたん?」


 思わず口をはさんでしまったミユミが、慌てて両手で口を抑えた。

 ここまでの説明でも、途中で尋ねたいことは多々あったが、それを我慢するのも限界だったようだ。


「……はぁ、最初から言ったつもりだが、自分はこの艦の生身の司令官ではあるが、キャプテン・・・・・では無い」

[ま~ったくフォセッタったら、いい加減もったいぶらずに教えて差し上げれば良いのに……]


 スキッパーがへそ曲がりの子供を窘めるおっかさんみたいな口調で大きな一人言をこぼした。


「………こほん! この艦は、個人ではなく、あくまで人類の代表として、人類の末裔として行動をすべく、いわゆる艦長としての艦の行動意思決定のシステムは、艦のメインコンピュータと【ANESYS】によって行われてる。

 その意思こそがこの艦のキャプテン……というかキャピタン・・・・・だ。

 そしてそのキャピタンは、悩みに悩んだ結果、この〈アクシヲン三世〉を【ザ・ウォール】から脱出させる為にお前たちの協力を求めることにしたようだ」

「え……脱出できるの!?」


 今度はケイジが思わず訊き返してしまった。

 この艦が【ANESYS】に艦長業務を行わせておるというのも大概だが、この【ザ・ウォール】から脱出できるというのは、スルー出来ないほどに驚きだった。

 が、フォセッタ中佐は特に気にしてないようだった。


「ああ、脱出できるぞ。

 アンタ達がオリジナルUVDを持って来てくれたからな、そいつを積めば【ザ・ウォール】からの浮上と脱出は可能だ。

 だが問題がある。

 アンタ達がトータス母艦・グォイド、そしてトゥルーパー超小型・グォイドと呼んでいる奴らだ。

 たとえ〈アクシヲン三世〉が動きだせても奴らがきたら、このドデカ図体の艦じゃひとたまりもない。

 だが武装は一応ある。

 アンタ達には、数々の戦果を上げた伝説の艦〈じんりゅう〉のクルーとしての経験を活かし、〈アクシヲン三世〉脱出時に、ここのグォイドとの戦闘要員といて協力を求めたい」


 そうフォセッタが告げたところで、彼女が案内しようとした目的地に到着したようだった。

 ケイジ達は見覚えのあるハッチを潜り、見覚えのある部屋へと案内されていた。

 最前部には幾つもの多角形で構成された窓から、見慣れた疲れたアウター《外側》ウォールの景色が広がっていた。

 その窓の手前から横に並んだ操舵と電測員席、その後中央に火器管制席、左右の内壁にはそれぞれ通信・機関制御と無人艦指揮・ダメコン席が設けられ、そして中央最奥には一段高くなった座席とコンソールが鎮座してた。

 見覚えのある………ありすぎるレイアウトと眺めの部屋だった。

 しかしケイジ達の知る航宙艦のメインブリッジとは似ているが微妙に違っていた。

 機器がわずかに古い型なのだ。


「これって……」


 ケイジは〈アクシヲン三世〉内を移動するうちに到着した謎のブリッジ内に、ふらふらと歩みだしたユリノ艦長らと共に、思わず踏み出していた。

 ケイジはメインブリッジの前方窓の前まで歩くと、そこから外を見下ろした。

 アウター《外側》ウォールの景色の手前には、分厚い霜に覆われた第一第二主砲塔と艦首上甲板が見えた。

 ケイジはこの艦の正体を確信すると同時に理解していた。

 なぜ〈じんりゅう〉で行った最後の【ANESYS】は、“例の場所ここ”に向かえと告げたのか?

 それは〈アクシヲン三世〉がここにあるからだけ・・ではない。

 ここには、このがあったからだ。

 【ANESYS】は|この艦があると気づいたからこそ、ここに向かえと言ったのだ。

 なぜなら……この艦は……


「……〈びゃくりゅう〉……!」


 ユリノ艦長が呟いた。







「……〈びゃくりゅう〉…………?」


 ユリノは呟いた。


「そう〈びゃくりゅう〉よユリノ……みんな……」


 今まさに〈ヴァジュランダ〉から飛び立たんとするオブジェクトα……その艦首上部に、ユリノは見覚えのある航宙艦の一部が飛び出しているのを発見し思わず呟いた。

 そしてそんなユリノに、姉がブリッジの皆にも聞こえるように答えた。


「なんだってこんなとこに〈びゃくりゅう〉が? ……だって〈びゃくりゅう〉はとっくの昔に沈んだはずなのに……」

「沈んだわけじゃないわテューラ、ダメージが酷すぎたから廃艦処分になっただけよ……」


 姉が驚くテューラ副長をなだめるように言った。

 確かにユリノが初めて乗った航宙戦闘艦〈びゃくりゅう〉は、約三年前のここ【ゴリョウカク集団クラスター】で行われた〈ヴァジュランダ〉防衛戦闘で大ダメージを受け、ユリノ達は新たな艦〈じんりゅう〉に乗り移ると同時に、〈びゃくりゅう〉は廃艦処分とされた……はずだった。

 だが……、


「……でも、回収し、修理されたんだね? ……お姉ちゃん」

「そう……その通りよ。これから打ち出されるオブジェクトαの守り手として……ね」

「オブジェクトαって……もしかして」

「脱出船よ……太陽系の外へ、人類、そして地球発祥の生命を逃し、生き永らえさせる為のね」


 姉は最高機密に指定されているはずのことを、さらりと開示した。


「自分たちだけ逃げ出すなんて許せない! って思う人もいるかもしれない……けれど、私はオブジェクトαに旅立って欲しかった。

 だって素晴らしいことじゃない?

 自分たちの種が、遠い宇宙の向こうで生き延びてくれるのって。

 それはグォイドからの避難で脱出でもあるかもしれないけれど、一つの生命として、こんなに喜ばしいことはないって……私は思ったんだよ……。

 それを守るための戦いには、きっと価値があるって思ったんだよ……ユリノ」


 姉が訥々と語る中、オブジェクトαが最初はゆっくりと、だが猛烈に加速を始めたかと思うと瞬時に見えなくなった。


「お姉ちゃん……」


 ユリノは、微かに瞳を潤ませながらオブジェクトαを見送る姉に、かけるべき言葉が浮かばなかった。

 オブジェクトαの太陽系外への脱出が、許される行いか否かも良く分からなかった。

 だが、子を産み、母となった姉がそう言うのだから、きっと間違ってはいないのだろうと思った。


「……いってらっしゃい〈びゃくりゅう〉」


 ユリノは呟きながら、遠い星の彼方へ飛び去ったかつての我が家を、祝福と共に見送ることにした。




 ――それから約五年と半年後――





「……こんな……ところで……こんな……ところに!」


 涙の雫をこぼしながら膝から崩れ落ちるユリノ艦長に、慌ててサヲリ副長とカオルコ少佐が駆け寄った。


「……当然、丸腰で外宇宙に飛び出させようなどとは〈アクシヲン三世〉を作った連中も思っちゃいなかった。

 だがだからといって、グォイドとの戦いに必要な戦艦は一隻とてそうそう余っちゃいない。

 だから、使われなくなって廃棄された航宙戦艦を回収し、修理して〈アクシヲン三世〉の艦首上部に防衛用ユニットとしてくっつけることにしたのさ。

 そして今は……」


 フォセッタ中佐が説明を続けるなか、ユリノ艦長は声を殺して泣いていた。

 サヲリ副長もカオルコ少佐も、同じようにさめざめと涙を流しているところを見ると、二人も同じ理由で涙をこぼしているようだった。

 その涙が、どんな事情によるものなのかは、ケイジには知りようもなかった。

 が、それでもケイジは決意を新たにしていた。

 〈びゃくりゅう〉は旧式で、ここに墜落してる時点ですでにボロボロであったかもしれない。

 だが、ここに〈びゃくりゅう〉がある……それは〈じんりゅう〉が墜落して以来、初めて訪れた希望なのだから。

 ケイジは何故か、この希望が誰かからの贈り物のような気がしていた。

 ……ならば、その送り主の気持ちに答えねばならない。

 〈びゃくりゅう〉で【ザ・ウォール】を脱出し、グォイドの企みをぶっ壊す。

 自分たちの戦いは、今これから始まるのだ。

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