▼第八章  『Days of Future Past』 ♯2

 新たな実体弾の接近を知らせるけたたましい警告アラーム鳴り響いたが、ユリノは実体弾の接近を報告はしなかった。


「今だ……」


 ユリノはそれが自分の口から発せられた言葉だと気づくのに一瞬かかった。

 接近した敵実体弾は、〈じんりゅう〉の舷側シールドを掠めて通りすぎていった。

 それから何故自分がそんなことを言ったのか理解し、次の瞬間またも口を開いていた。


「今だよお姉ちゃん!!」

「………」


 姉はユリノの言わんとすることを、念を押すまでもなくすでに正確に理解していた。

 というより、最初からそのつもりだったのかもしれない。


「操舵もらう! これより〈じんりゅう〉は、艦尾スラスター全開で敵空母部隊目前まで接近しつつその手前で反転減速! 敵部隊の後方に遷移しつつ、敵部隊への半同航戦をしかける!」


 姉がそう宣言するが早いか、自ら艦長席に備わっている予備操舵桿を握り、すでに噴射中だった艦尾のメイン・サブのスラスター出力を最大値にまであげた。

 口頭で操舵士に伝えるより、自分で操舵したほうが早いという判断なのだろう。

 メインビュワーに映る点のようだった空母部隊が猛烈に大きくなっていく。


「ああ……マジか……」


 テューラ副長がぼやいた。


「カオルコ! 主砲射程圏に入り次第、己の判断で撃ちまくれ!」

「ひ……ひゃい!」


 空母級が眼前に迫るなか唐突に姉に呼ばれ、火器管制席に座るカオルコが上ずった声で答えた。

 カオルコがうろたえるのも無理なかった。

 【ANESYS】無しの手動操作で行うにしては無茶な砲撃に思えた。

 そもそもただでさえ実体弾の砲口の真正面で狙われている最中だというのに、その実体弾を放っている敵空母部隊にさらに接近するなど自殺行為も甚だしい……はずであった。

 だが今は違う。

 違うからユリノは姉に『今だ』と叫び、姉は実行に映したのだ。

 新たな警告アラームが鳴り響いたが、飛来した実体弾はまたしても〈じんりゅう〉の舷側シールドをかすっただけで通過していった。

 それは偶然でもなければ〈じんりゅう〉が回避したからでもない。

 実体弾を放つ空母級の方の狙いが外れたのだ。

 それは姉の指示により、攻撃を行った昇電隊の成果に違いない。

 昇電隊は、〈じんりゅう〉から流した煙幕の数珠によって生じた隙を利用し、空母部隊の後方から襲い掛かった。

 当然、狙ったのは空母級艦尾のスラスターだろう。

 昇電隊が有していた火力で巨大な空母を沈めることはほぼ不可能だが、いくつものノズルが並んだ艦尾スラスターの一部を破壊することならば可能だからだ。

 そして空母級はその艦尾スラスターのリバーススラスト機能で、猛烈な減速をかけている最中であった。

 本来複数のノズルか均等にリバース・スラストを行うことで、船体の重心を推力の軸で貫き減速しているところを、一部のスラスターのみ破壊されたことで、推力のバランスが崩れたのだ。

 結果だけを言えば、空母級は意思に反して傾かせられた。

 だから当然、目標に向かって実体弾を撃てども命中させられるわけがなかった。

 だからこそ〈じんりゅう〉は、今だけはただ空母級との距離を詰めているだけにも関わらず、実体弾を食らう心配はいらないのだ。

 大口をあけた巨大魚のような二隻の空母級の姿が、拡大せずとも把握できる距離になると同時に、空母級の艦首側面部から、姿勢制御スラスターの噴射炎が盛大にほとばしってるのが視認できた。

 向こうも傾いた艦首の方向を正そうと必死なのだ。

 空母級は二隻いる為、〈じんりゅう〉その間に入ってしまえばもう実体弾を食らう心配は無くなるが、それでも空母級二隻が姿勢を回復してしまったら、守るべき後方〈ヴァジュランダ〉が危ない。

 〈じんりゅう〉が攻撃するチャンスがあるとしたら、今しかなかった。


「カオルコ! 撃てぇい!」


 姉が叫び、カオルコもまた「おりゃぁ~!」と叫びながら〈じんりゅう〉主砲の全六基六門のUVキャノンを左右に旋回させて撃ちまくった。

 







 夢を見ていた気がする……。

 微妙に見知らぬクルー達と共に、小惑星が無数に漂う中を〈じんりゅう〉に乗って駆け抜ける夢だ。

 だが夢の詳細は、例によって目覚めた瞬間、幻のように雲散霧消してしまった。

 代わりに思い出したのは、SSDF‐ISES‐XX3〈アクシヲンⅢ世〉とかいう謎の巨大航宙艦内に入ったことであった。


 そして…………、


 ケイジは跳ね起きた。

 ケイジは真っ白な部屋の中中央に、ぽつんとあるベッドの上にいた。

 他のクルーの姿は無い、そう確認した瞬間、ぬっと視界内にヒューボの顔が入ってきて、ケイジは心臓が飛び出るかと思った。

 スクールバスから連れてきた〈じんりゅう〉搭載ヒューボであった。


[お目覚めのようですね、手荒なお出迎えをしてしまい申し訳ありませんでした。どこか体に不調はございませんか?]

「……」


 ケイジは絶句した。

 普通は言葉を発しない汎用ヒューボが、いきなり流暢にしゃべりはじめたからだ。


[ああ驚かせてしまったようですね、私は当艦の対人応対用ヒューボのスキッパーと申します。

 ああ、今はそちらの艦の汎用ヒューボをリモートさせてしゃべってますが、私自身は別の場所で応対中です]

「お……おう」

[当艦での滞在中、皆さまに快適に過ごしていただくよう手配するのが私の任務でございます。

 リクエストがございましたら何なりと仰ってください]

「……」


 眼前のヒューボは立て板に水のごとく告げてくるが、そうそう頭に入ってくるものではなかった。

 必死で頭を回転させ、眼前のヒューボの言ってる意味を理解しようと心掛ける。

 とりあえず、このヒューボに敵意の類は無いらしい。

 ケイジは侵入者として捕まえられた可能性を考えたが、それにしては扱いに違和感がある。


[ふむ、どうやらまだ事態がまだご理解できていないようですね? 無理もございません、何か質問があればどうぞ訊いてください]

「え……え~と……じゃ、他のみんなは……」

[隣接した部屋にて私の本体が応対中です。みなさん条件つきですが健康状態に問題はありません。もうすぐ会えますよ]

「……どうして……俺は気が付いたらここに?」

[皆さまがエアロックから乗艦なさった際に、空気に混ぜさせてもらいました催眠ガスにより、お眠りになられたからです]

「…………いや! そうじゃなくて! ……なんでそんなことをしたのさ?」

[それにつきましては、現段階ではまだ開示できない情報が含まれております。

 が、お話しできる範囲でお伝えしますと、当艦はSSDFの最上級機密に指定されておりまして、機密保持の為、皆さまの自由な艦内での行動を、少なくとも一時はお止め頂く必要があったからです]

「拘束したってことじゃないか」

[そうとも言えます。

 少なくとも〈じんりゅう〉のクルーの皆さまとの接触は基本的に許可はされていなかったものですから、機密に抵触しない範囲でお救いするためにやむ負えずとった手段とご理解いただければ幸いです。

 もう一つは検疫です。

 当艦艦内はハイレベルのクリーンエリアが多々存在しており、気絶している間に皆さまの検疫を行わせてもらう必要があったのです]


 そうスキッパー(……に操られているヒューボ)に言われ、ケイジは初めて自分がパジャマのような患者服姿でベッドに寝ていたことに気づいた。


[皆さまが着用なさっていた宇宙服は、検疫の結果処分が決定しましたので、失礼ながら勝手に脱がさせて頂きました。

 現在、最新の身体パラメータに基づき、新たな宇宙服を艦内で縫製中ですので、どうかお許しください。

 皆さまの個人携帯端末SPADなどの私物は、殺菌消毒処理の上、後ほど返却いたします]

「…………」


 ケイジはスキッパーとやらに何かしら返事をするのも忘れて、言われたことを反芻した。

 スキッパーの言葉をまとめると、ここは間違いなくSSDFの航宙艦の中のようだが、恐ろしく機密レベルが高く、またクリーンレベルが異常に高い為、自分達は眠らされ、検疫されたらしい。

 スキッパーの言葉を信じる限り、他のクルーは無事なようだ。

 ……となると、ケイジは次にスキッパーに尋ねるべきことを考えた。


「俺たちよりも前に、ここへきたクルーがいるはずなのだけれど……」

[はい承知しております]

「なぬ!?」

[今、ご案内させていただくところでした。お身体の調子に問題なければ、どうぞついてきて頂けますか?]

「あ~………分かった」


 段々考えるのが面倒になってきたケイジは、促されるままにヒューボの後についていくことにした。




 ハッチを潜って振り返ってみると、ケイジがいたのはやはり医療室の類だったらしい。

 ハッチ横の案内板に『緊急時・応急処置室』とかかれていた。

 ヒューボに案内されるがままに、小ぎれいな通路を進んでいく。

 通路のディティールはSSDFの航宙艦と共通であったが、心なしか……いや間違いなく広かった。

 航宙艦たるもの、安全確保と容積の無駄を省くために、無暗に広い通路であることは稀なはずなのだが、今ケイジが通る通路は、大人5人は横に並べる広さだ。

 奇妙な点はそれだけではない。

 ヒューボは通路の奥の大型ハッチに向かっているらしかったが、近づくにつれ通路のディスプレイになっている壁面の壁紙に、例えばヤシやバナナなどの南国の木々が、青空をバックにそよ風に揺れる風景投影され始めたのだ。

 それに合わせ『ようこそ、アクシヲン・ビーチへ!』などという、予想外のフレーズがディスプレイ画面を横スクロールし、ケイジはすぐには意味が理解できなかった。

 辛うじて“能天気な通路だな……”とう感想を抱いただけだった。

 足元がスノコ状になっていたことや、背中を押すエアカーテンの風には気が付かなかった。

 通路に投影されていたフレーズの意味は、ヒューボに案内されてハッチを潜った瞬間に、即理解できた。

 ハッチが開いた瞬間差し込んできたまばゆい光に、一瞬手をかざして目を守ると、代わりに恐ろしく久しぶりに聞く録音でも合成音でもないの波の音に気づいた。

 ゆっくり手を下ろし、まぶしさに目を慣らすと、まずこちらに背を向けて横一列に並ぶユリノ艦長以下のクルーに気づいた。

 みな、ケイジと同じように宇宙服を処分されてしまったのか、薄水色のワンピース状の患者用ローブのような服を着ていた。

 みな、ケイジと同じように眼前の景色に唖然としているようだった。

 無理も無かった。

 ケイジ達がいたのは、太陽・青空・水平線・蒼い海・白い波、そして白い砂が織りなす地球上の赤道付近の海岸に見られる景色……すなわちビーチだったのだから。

 左右にも上方にも景色に切れ間は無い。

 視覚聴覚情報だけでいえば、地球にあるかもしれないどこかの砂浜と区別はつかなかった。

 唖然とするケイジ達の前で、海面から白い競泳水着姿の女性が浮上すると、耳に入った水を片足立ちで跳ねて抜きながら砂浜へと上がってきた。

 どう見てもサヲリ副長だった。

 副長は目の前に並ぶユリノ艦長に気づくと、目を丸くして固まった。

 その一方で副長の背後の海面が盛り上がったかと思うと、巨大な水色の不定形な物体が浮上し、その物体をウォータースライダー代わりにして金・赤・銀色の髪の少女達が三人一列となって「ヒ~ヤッホ~イ!」というここしばらく聞いたことのない歓声と共に螺旋を描いて滑り降りはじめた。

 そしてその途中で『あ、艦長たちですよ』という声と共に滑り台が途中で形を変え、滑っていた三人は悲鳴を上げる間もなく波の中へと水没してった。


『ユリノ艦長! みなさんも! やっと到着したんですね! 心配してたんですよ~!』


 ……という心配していたという割に能天気な声と共に、不定形なくせに見間違いようがない塊が、盛大にケイジ達に頭から水をぶっかけながら接近すると、情け容赦なくまとわりついた。

 落下した三人は、ぷはっとばかりに浮上すると、副長と同様にその光景をしばし呆気にとられて見ていた。

 そして我に返ると彼女達の元に猛ダッシュした。

 ユリノ艦長はぺたんと座り込むとそのままふわりと気を失い、久しぶりにシズ大尉の声が響いたが、それは歓声の混じった泣き声だった。






「沈めぇ~!! 沈めぇ~いっ!!」


 カオルコが叫びながら主砲UVキャノンを撃ちまくる。

 〈じんりゅう〉は空母級二隻の目前で反転回頭、艦尾を空母級に向けつつ二隻の間を通過し、いったん完全に相対速度差をゼロにすると、再び加速、空母級二隻に後方から追いすがった。

 その間、射程圏内となったUVキャノンをひたすら撃ちまくった。

 衝突の警戒をしたほうがよさそうな距離での射撃ならば、空母級といえども難なく沈められるはずであった。

 だが事はそううまくはいかない。

 空母級の内一隻は、カオルコの射撃によって命中弾を与え続け、小爆発を繰り返しながら回廊の内壁に接触、相対速度さにより、内壁を形作る小惑星に激突し、そのまま爆沈した。

 しかし残る一隻はそうはいかなかった。

 護衛として随伴していたと思しき駆逐艦二隻が盾となって、〈じんりゅう〉にUVキャノンを撃ちながら空母級と〈じんりゅう〉の間に立ちはだかったのである。

 〈じんりゅう〉のオリジナルUVD由来出力のシールドは、駆逐艦クラスのUVキャノンごときではそう簡単に破られることは無かったが、シールドに敵主砲が命中する度に船体が揺さぶられ、〈じんりゅう〉の放つUVキャノンの狙いがずれる。

 それでもカオルコは獣のように吠えながら、ひたすら射撃を続けるしかなかった。

 もしも【ANESYS】が使えたならば、このような状況下でも精密射撃と高機動により、難なく駆逐艦二隻も空母級二隻も殲滅できただろうが、無いものねだりだった。

 さらにこれまでの戦闘であれば、UVキャノンの一撃により、シールドを貫通されて即爆沈するはずの駆逐艦が、〈じんりゅう〉のいる側にのみシールドを集中させることで予想外の粘りを見せている。

 なんとか駆逐艦のうち一隻を爆沈させ、奥の空母級にUVキャノンを命中させるが、敵空母級の艦首を破壊した時点で、残る一隻の駆逐艦が、〈じんりゅう〉に体当たりせんとする勢いで急接近してきた。

 側面ビュワー一杯に広がる駆逐艦のディティールに、ユリノは一瞬覚悟を決めた。

 姉が呻きながら〈じんりゅう〉ひねらせ、残る駆逐艦一隻の回避を試みる。

 が、【ANESYS】無しでの操舵の限界だった。

 不快な空電音と共に互いのUVシールドが接触干渉し、〈じんりゅう〉は船体にこそダメージを負わなかったものの、駆逐艦との接触により意図しない慣性を与えられ、回廊内壁へと叩きつけられそうになった。

 空母級を追いかけるどころではなかった。

 姉が回廊を形成する小惑星に、〈じんりゅう〉が衝突するところ間一髪で回避させられただけでも僥倖だった。

 その一方で、体当たりを試みた駆逐艦が回廊内壁の小惑星に衝突し爆散する。

 なんとか〈じんりゅう〉は無事で済んだが、空母級は〈じんりゅう〉のはるか前方に移動していた。


「空母級、加速を開始しました!」


 ユリノはわき上がる感情の全てを押し殺して、電測員としての報告をするしかなかった。


「ただちに追跡を再開する!」


 姉が一瞬の間もなく宣言し、〈じんりゅう〉を再加速させる。

 しかし、ユリノにはすでに分かってしまっていた。

 もう〈じんりゅう〉では残る空母級にとどめは刺せないと。








 ――アクシヲン・ビーチ――


 それからたっぷり五分間は喧噪が続いた。

 それはもう見事なくらいのシズ大尉の大号泣に、それにもらい泣きするミユミ、へたりこんだユリノ艦長を必死で起こそうとするサヲリ副長。

 そのサヲリ副長に左腕がある・・ことに仰天したカオルコ少佐は、副長からここで新しい左腕の義手を着けてもらった云々と聞いた瞬間、シズ大尉に負けないくらいビィ~ッとばかりにへたり込んで号泣に加わった。

 さらにルジーナ中尉が、シズ大尉とカオルコ少佐に負けないくらい喚きながらサティにダイブし、水から上がってきたフィニィ少佐とクィンティルラ、フォムフォムのパイロットコンビは、ものすごく気まずそうに、どんよりとした顔でその光景を見守っていた。

 ケイジもまた微妙にもらい泣きしつつ、それらの光景からなんとか目を反らそうとした。

 頭から水をかぶった彼女らのまとう患者服らしき水色のワンピースは、濡れたくらいで透ける素材ではないはずであったが、そう見えるというロマンは確実に存在し、十分以上に十代の少年には刺激的だった。

 ようやく落ち着きを取り戻した彼女達が、改めて謎のヒューボ・スキッパーに状況説明をしてもらおうとしたところで、慌ててケイジがそのことを告げると、ユリノ艦長らは大慌てで今潜ったハッチの奥へとへと走り去り、それから他の服装に着替えることとなった。

 砂浜にはケイジとスキッパーとサティだけがぽつりと残された。



 どうやらここまではユリノ艦長と行動を共にしていたらしいヒューボ・スキッパー(本体)は、一言でいえば小柄な骸骨だった。

 とはいえ汎用ヒューボより背が高く、首から下のフォルムは汎用ヒューボよりずっと人間に近い丸みをもっている。

 ただ頭部がほぼ頭蓋骨だった。

 おそらくちゃんと皮を被せれば人間の顔になるようだが、それが意図的になされていないらしい。

 スキッパーいわく、どんな顔にするか悩み中なのだそうだ。

 スキッパーはまだ汎用ヒューボが開発される前の、もっとロボが人にそっくりだった時代の高級アンドロイドの系譜の機体らしい。

 エクスプリカ並みに口が達者なのもうなずける話だった。


[せっかく私の対人応対スキルを披露しようと思ったのに……皆さん着替えに行ってしまわれるとは残念ですねぇ]


 と肩をすくめてぼやくスキッパーは、中にちっちゃい人が入ってそうだとケイジは思った。

 中性的な声色だったが、エクスプリカとは違うベクトルでおっさんくさいしゃべり方から、ケイジは軽いうさん臭さをぬぐえなかった。

 どうやらユリノ艦長らは、先に来ていたサヲリ副長以下三名の案内で、彼女らが水着を調達したアクシヲン・ビーチ・モールの女性水着コーナーに連れていかれたらしい。

 サティが細くなって覗きにいったところ、どう考えてもすぐには戻ってこないほど揉めているらしかった。

 水着選びとは戦支度なのだ云々とサティは言われたらしい。

 ケイジはそのフレーズに謎のプレッシャーを感じ、軽く恐怖した。

 手持無沙汰となったケイジは待っている間に、スキッパーに案内された男性水着コーナーで自分も海パンに着替えに行ったが、五分で選んで戻ってきてしまった。

 スキッパーに質問しても、まだ機密なので答えられないと返ってくることばかりだったが、海パンのあったコーナーなどから察するに、このビーチは謎の巨大航宙艦〈アクシヲン三世〉の娯楽施設の一部らしい。

 当然ながら、見える砂浜の景色の大半はホログラムのまがい物だ。

 常識では考えられない規模のホログラム娯楽施設だが、目の前にある以上は受け入れるしかない。

 ケイジが海パン以外に何かもっとマシな服装に着替えたいと尋ねると、スキッパーは、まだこのビーチ以外のエリアの受け入れ体勢と許可が出ていないため不可能だ云々と恭しく答えた。


[当艦久方ぶりのお客様を迎えるにあたりまして、解放可能な当艦施設内でも、もっともお客様に楽しく過ごしていただける場所を選んだ結果なのです]

「それで…………ビーチ……」


 ケイジは自分には出てきそうにない発想に呆れた。

 だが感謝すべきだとも思っていた。

 消息不明となった副長達を救出し、ここで歓待し、ついでにその水後姿を目に焼き付かせてくれたのだから……。


[サヲリ少佐殿やフィニィ少佐殿は、〈じんりゅう〉の外に落着したあなた方の救出に向かいたいと何度も申し出ていらしたのですが……すでに皆さまが健在で、シャトルを改造してこちらに向かっていることが、私がアクセスしたヒューボから得た情報で確認されていた為、許可をお出しできなかったのです]

「で、ただ待っているのに飽きて、とうとう我慢できずビーチを満喫し始めた……と」

 ケイジはここに入った瞬間の、クィンティルラ大尉、フィニィ少佐、フォムフォム、それとサティのビーチの満喫っぷりを思い出した。

 まぁ理解できなくもない。

 自分だって目の前にこんな砂浜があったら、そう行動していたかもしれない。

 再会直後の三人が、滅茶苦茶気まずそうでいたのも当然だとも思うけれど……。


[他の施設にはまだご案内できない以上、ここで楽しんでいただけたことは私どもの本望でございますです]

まだ・・? ……じゃ、待てばそのうち許可が下りるってことか?」

[それは……それも含めて協議中でございます]

「協議? 協議って誰が? 誰たちが?」

[…………それも含めまして、まだお教えすることができません]


 スキッパーとの会話は万事こんな状態で疲れたが、この〈アクシヲン三世〉については聞けずとも、サティから副長達がここに来るまでの状況は聞くことができた。








[それはも~大変だったんですよ~!]


 サティはケイジの質問に待ってましたとばかりに話し始めた。

 が、あまり簡潔に話すことが得意ではない彼女の弁から要約すると、〈じんりゅう〉墜落から今までには、それはそれは大変なことがあったらしい。

 〈じんりゅう〉墜落数十秒前、サティは主機関室を守るよう言われていはいたが、それでもメインブリッジに残って最後まで〈じんりゅう〉の操舵を試みていたフィニィ少佐の元へ触腕を伸ばし、墜落直前の間一髪、彼女をメインブリッジから連れ出し、医療室のカプセル内に放り込むことに成功したのだそうだ。

 しかし〈じんりゅう〉墜落時に主機関室からサティが体を伸ばしていた通路がねじ切れ、サティは肉体の多くを失ってしまったらしい。

 その千切れたほうのサティの体が、ケイジ達が主機関室で見た物のようだ。


「よく無事だったもんだなぁ……」

[無事じゃないですよ! 超痛かったんですよ~! けれど、その直前にお腹一杯トゥルーパー超小型・グォイドを食べて大きくなっていたものですから、多少大きく千切れても正気でいられたんです! あともう少し小さくなっていたら、フィニィさんをうっかり食べちゃってたかもしれませんけどねっ]


 サティは朗らかに恐ろしいことを言ってのけた。

 ケイジは青ざめながらサティのお腹ってどこだろう? とも思った。


[……それでもフィニィさんもサヲリ副長も、落っこちた〈じんりゅう〉内が滅茶苦茶で、そのままだと生きていけない状態だったんですが……そんな時にフォセッタさんが助けに来てくれて、ここまで連れてきてくれたんです!

 そしてらクィンティルラさんとフォムフォムさんも先に来ていらして……]

「フォセッタ? ……フォセッタって誰?」

[フォセッタさんは……彼女です]


 当然、新たなるキャラクターの登場に言及せずにはいられなかったケイジに、サティはその触腕でビーチ入り口のハッチを指し示した。

 そこには鮮やかなシルバーピンクの長い髪をなびかせた、薄褐色の肌の長身の水着美女が立っていた。


「フォムフォム……大尉?」


 ケイジは思わず呟いた。

 サティがフォセッタだと指し示した美女は、髪の毛の色以外は〈じんりゅう〉艦載機の無人機指揮者マギステルに瓜二つであった。

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