▼第八章  『Days of Future Past』 ♯1


 ――【ゴリョウカク集団クラスター】回廊内――


 空母級グォイド艦が実体弾代わりに放った小惑星は、実体弾投射専用艦の放つそれにに比べれば、10分の一以下の弾速であった。 それでもその質量により、命中を許せば深刻では済まないレベルのダメージがあるが、発射から到達までの時間がある分【ANESYS】での対処は可能であった。

 だが回避するわけにはいかない。

 〈じんりゅう〉の使命は、回廊後方の〈ヴァジュランダ〉の護衛だ。

 〈じんりゅう〉が実体弾集団を回避すれば、後方の護衛対象に実体弾が襲い掛かることになる。

 統合終了間際だった【ANESYS】がとれる選択肢は一つだけだった。

 実体弾集団はミサイルよりは高速だが、レーザーのように光速というわけでは無い。

 だから迎撃は可能であった。

 【ANESYS】の残り僅かな統合時間を使い、まず艦首ミサイルを4発発射。

 その数秒後に自爆させる。

 飛来する小惑星実体弾集団の、ちょうど手前で生じたミサイルの爆発による衝撃波は、相対速度差によって増した破壊力により実体弾集団の先頭の小惑星を破壊。

 その破片がさらに後方の実体弾小惑星を破壊していった。

 人工的ケスラーシンドロームに近い現象が起きる。

 これにより、空母級の放った小惑星実体弾の第一撃は無害化できた。

 それでも慣性で襲来してきた無数の破片が〈じんりゅう〉の艦首シールドに命中、あるいはそばを通過し、〈ヴァジュランダ〉に向かうだろうが、UVシールドで防げるほどに粉々にされているので問題無く、また破片サイズなら対宙レーザーで気化できる。

 しかし、空母級が健在である以上、第二第三の実体弾攻撃があることは間違いなく、その時まで〈じんりゅう〉は【ANESYS】の統合を維持することは不可能だった。

 次の統合可能時間まで一時間、その間〈じんりゅう〉と〈ヴァジュランダ〉は、レイカ艦長達が自分たちで守らねばならない。

 もちろん【ANESYS】統合思考体は、最後の瞬間まで、彼女の為にできる限りのことを行うつもりであった。








 ――アウター外側ウォール上・〈じんりゅう〉“例の場所”中間地点――。


「え? ケイジ君なんですって?」

「……〈アリゾナ〉です! SSDF第二艦隊〈ゴルゴネイオン〉の〈アリゾナ〉級戦艦ですよ……アレ!」


 スクールバス車内。

 訊き返すユリノに、ケイジ少年はまるで日本の墓石のようにそびえ立つ謎の物体を指さしながら、珍しくうろたえた声で訴えた。


「え~と、それって……」

「SSDFの古い世代の戦艦です。

 全長800m、全高全幅300m・基本重量40万t。

 まだ人造UVDが開発されたばかりで小型化ができてない時代の艦なので、今の航宙艦に比べて無駄に船体が大きい割にUV出力が弱い艦ですが、それでも初の実用的人造UVD搭載艦として土星圏グォイド本拠地攻撃作戦などに大量投入され活躍してきたあの艦ですよ!」


 ユリノが期待したことの数倍の返答がケイジから返ってきた。

 にわかには信じられなかった。 

 〈アリゾナ〉級戦艦のことはもちろん知ってはいたし、共に戦った経験もあるが、あの物体が航宙艦であるという可能性にそもそも至らなかったのだ。

 第一、ああも分厚い霜のようなものに覆われていては、気付きようがなかった。


「あ~……」


 ユリノは今一度墓石もどきに目を凝らすことで、なんとなくだが、それがケイジの言う〈アリゾナ〉級戦艦であることが分かってきた……ような気がした。

 艦尾を上に向け、アウター外側ウォールの地面に突き刺さっているのだ。

 ユリノは、その目で直接見た〈アリゾナ〉級戦艦の記憶を呼び起こしてみた。

 〈アリゾナ〉級戦艦は〈びゃくりゅう〉や初代〈じんりゅう〉が活躍した頃に、戦場で共に戦ったことがある。

 国家間同盟〈ステイツ〉が、その威信をかけて開発した初の量産型人造UVD搭載航宙戦闘艦だ。

 ユリノの記憶が確かならば、〈アリソナ〉級戦艦は側面から見ると、中央が上下に太くなった前後に長い六角形をした主船体をしており、その前後上下に主砲塔を計六基備えた巨大な航宙艦だ。

 ユリノは何となく、巨大な飛行船のようだと思っていたことを思い出した。

 ブリッジは艦首にあり、艦というよりも、巨大なマッコウクジラみたいだとも思ったものだ。

 現在のSSDFの航宙艦に比して、UV出力はその巨体の割に低く、現代の巡洋艦クラスの性能しかない。

 だが、それでも当時の人類は、初めてグォイドに立ち向かえる本格的な戦闘航宙艦の誕生に、大いに期待と信頼を寄せ、幾隻もの〈アリゾナ〉級航宙戦艦が建造され、グォイドとの戦いに投じられたものであった。

 しかし、仮に……いや多分ケイジの言う通りだとは思うのだが……だとして、その事実をどう受け止めたら良いのか、ユリノにはすぐには分からなかった。


「……ということはケイジよ、この辺りに転がっている他の物体もすべて、SSDFの航宙艦だということか?」

「……多分」


 コックピットのカオルコから投げかけられた問いに、ケイジは自信が無いというよりも、認めるのが怖いといった表情で頷いた。


「これが!? ……見えるところにあるのが全部そうだって言うの!? ケイちゃん!?」


 ミユミが素っ頓狂な声で思わず再度訊き返した。

 ケイジは「だからそうだってば」とぼそりと答えた。


「……そうだとしたならばだ、なにゆえここに古いSSDFの航宙艦がこんなにたくさん転がることになったのだ?」


 ユリノがまさに訊こうと思ったことを、カオルコが尋ねた。


「それは多分きっと――」

「ひょっとして五年と少し前に、土星圏でボコボコにされた艦……デスかな?」

「……やっぱり?」


 ケイジが言いかけたことをルジーナが答え、ユリノが信じたくないことを嫌々認めるしかなかった。

 墓石もどきは大小100近くある。

 信じたくはないが、その一つ一つがSSDFの航宙艦だとして、何故ここアウター外側ウォールにあるのか? という謎の答えは、一つしか考えられなかった。

 ユリノが姉を永遠に失う少し前の話だ。

 ユリノはその当事者の一人であった………………。

 ルジーナの言う通り、これらの航宙艦の成れの果ては、五年と半年以上前に、人類が初めて土星圏に大規模攻撃を仕掛け、そして惨敗したときに参加していた艦艇に違いない。

 あの時、国家間同盟〈ステイツ〉を中心に引きずられるようにして、人類は人造UVD製造技術を獲得したことに自信をつけた結果、土星敵本拠地への大規模攻撃艦隊=通称・【グォイド土星本拠地殴りこみ艦隊】を編成し、勢いまかせで土星圏への侵攻した。

 その結果、先方を務めていた100隻もの航宙艦が消息を絶ったのだ。

 そしてユリノ達の乗る残りの航宙艦は、這う這うの体で逃走し、土星圏のグォイドは、それを追いかけるようにして第四次大規模侵攻を開始した。

 約五年前は、それを含め様々なことが起きすぎて、ユリノの記憶は軽い飽和状態だった。

 信号途絶したした100隻近いSSDFの航宙艦は、グォイドに沈められたと思われていた。

 だがここにいたのだ。

 〈じんりゅう〉と同じように【ザ・ウォール】に捕まってしまっていたのだ。


「……あれは多分〈あきづき〉級の重巡洋艦……あっちに見えるのは〈ペガサス〉級空母だと思います……あ、あれはきっと……〈ヴァンガード〉……〈ジャン・バール〉〈ガングード〉〈ゴーダーヴァリ〉級フリゲート……」


 〈ステイツ〉〈アライアンス〉〈ユニオン〉〈ASIO〉に火星帝国、そして日本……双眼鏡を覗きながら、視界に入る人類各国家間同盟の航宙艦を次々に言い当てるケイジの声が、段々と震えていった。

 ユリノがそのことに気づき彼の顔を注視すると、ケイジは今にも雫が零れ落ちそうな程に瞳を潤ませていた。


「ケイちゃん……泣いてるの?」


 ユリノが訊きづらかったことを、ミユミがストレートかつ心配気に訊いた。


「だってミユミちゃん……こんなに……人と艦が……」


 やっとそれだけ答えたケイジの言葉に、ユリノはそれまでそういうふうには思いつきもしなかったことに自分を恥じた。

 艦と共に多くの人命が失われたのだ。

 当時の一般の人々にとっては、希望もまた同時に砕かれたのだろう。

 当時、多くの人々が、土星圏攻撃作戦の成功により、グォイドにおびえる日々と戦いが終わると信じていたのだ。

 そしてその希望は粉々に打ち砕かれた。

 ケイジの涙はその記憶が蘇ったからなのかもしれないと、ユリノは自分もまた鼻の奥がツンとするのを感じながら思った。


「少なくともスクールバスに残ってるセンサーで調べた限りでは、中に生存者がいる気配は無いな」


 カオルコが冷静に告げた。


「生存者がいるにしては冷え切り過ぎている……だが絶対というわけではない……ユリノ、行って調べてみるか?」

「…………」


 カオルコの提案に、ユリノはすぐに言葉を返すことが出来なかった。

 人命救助を専門とするEVA要員のカオルコとして、当然の提案

であった。

 が、今のユリノには首を振ることしかできなかった。

 確かにそびえる航宙艦の中には、少なくともここに来る直前には多くのクルーが乗っていたはずなのだ。

 しかし…………、


「カオルコ、今は先を急ぎましょう」

「そうか……」


 ユリノの決断に、カオルコはそれ以上何も言わなかった。

 墓石状となった航宙艦の中に、生存者がいる可能性ははたしてあるのだろうか? ユリノには分からない。

 だが“例の場所”に行けば……ユリノは残るクルーとの再会を優先することにしたのだった。

 そんなユリノへ、シズが艦長用コートの袖を引っ張って注意を促すと、タブレットを差し出した。

 その画面には、タブレット内の航宙艦データと、墓石状物体のシルエットをクロスマッチした結果、ほぼ間違いなくケイジの告げた通りの航宙艦が墓石の中に眠っている旨のデータが表示されていた。

 シズによってケイジの言ったことが裏打ちされたのだ。

 だが問題はその後に書かれていたことだった。

 シズは疑問を投げかけていた。


 ――この一帯にある墓石状物体が、全てSSDF航宙艦の成れの果てならば、シズ達が向かっている“例の場所”に見える巨大物体は何なのでしょうか? ――


 そんなシズの問いかけと共に、タブレットには、スクールバスの前方に聳そびえる小山のような巨大物体に、該当するシルエットのSSDF航宙艦はデータに存在しないことが表示されていた。

 その小山のような物体こそが、スクールバスの最終目的地“例の場所”らしかった。

 他には何も無く、そう考える他ない。

 少なくとも最後に行った【ANESYS】が残した位置情報ではそうなっており、墜落した〈じんりゅう〉から伸びるタイヤ痕はそこへと続ていた。

 全高はおよそ500メートル、目視で分かる横幅は数キロはあるようだが、スクールバスから見て斜めになっている為、正確な数値は分からない。

 だがどちらにしろ、ユリノの記憶ではそんな巨大な航宙艦は、約五年前の人類の土星圏攻撃作戦には参加などしていなかった。

 それにユリノの知る限り、人類がそんな巨大な航宙艦を建造したという話も聞かなかった。

 少なくとも公式にはそうだった。

 公式には……、


「例の場所って…………」


 我知らずユリノはそう呟いていた。

 周りの墓石状物体が五年前に消息を絶ったSSDF航宙艦と判明するなか、一つだけ正体不明な物体が“例の場所”だという。

 そんな場所を何故【ANESYS】は向かえと言ったのか?

 そもそも何故【ANESYS】は“例の場所”のことを知りえたのか?

 いかに超高速情報処理能力があっても、クルーと〈じんりゅう〉のコンピュータに無い情報までは知りえないはずなのだ。

 その謎の答えについては、【ザ・ウォール】突入直前までにクルー達が見た夢と、オリジナルUVDが関連しているらしいが……。

 ユリノはもうすこしで、全てが繋がる答えに達しそうな気がしたのだが“気のせい”から先には進めなかった。


「ユリノ……あれ!」


 悩んでいるうちに目前となった“例の場所”を指さし、突然カオルコに呼びかけられた。


「どうしたの!?」

「……あれ……あれだ!」


 動揺しているらしきカオルコの声音に訊き返すと、彼女はスクールバスの前方をひたすら指さしながら、しばし「あれ!」としか言わなかった。

 ここにいるメンツのなかで最も視力の良いカオルコが、真っ先に“例の場所”にある何かに気づいたらしい。

 何事かとキャビンのクルーが集まり、全員で前方をにらむ。

 それはスクールバスが前進したことで、ユリノにも遅れて視認することができた。


「あれって……やはり……あれだよな?」

「間違いないですね」

「まったく……さすがというかなんというか……」

「なんていうか凄く……損した気分ですね……心配して」

「はは、ははははは……」


 カオルコが確認し、双眼鏡を覗いたケイジが同意し、ルジーナとミユミがあきれ返り、ユリノはもう乾いた笑い声をあげることしかできなかった。

 巨大な壁のようになりつつあった“例の場所”である物体手前に、見慣れた飛宙艦載機が、整然と駐機されていたのだ。

 それはどう見ても〈じんりゅう〉艦載機・昇電にしか見えなかった。






 ――【ゴリョウカク集団クラスター】回廊内――


 ユリノは猛烈な恐怖と驚愕と共に【ANESYS】から目ざめた。

 恐怖の原因はすぐに現実となった。


「敵実体弾、正面0時0度より接――」


 ユリノの報告が終わらないうちに前方メインビュワーの中心でいくつかの閃光が瞬いたかと思うと、次の瞬間画面がホワイトアウトし、元に戻った。

 統合終了間際の【ANESYS】により、後進中の〈じんりゅう〉が艦首方向に放ったミサイルが爆発し、それが敵空母級の放った小惑星実体弾を破壊、粉々となった破片が慣性で〈じんりゅう〉にまで到達、艦首シールドを叩いたのだ。


「被害報告!」

「艦首シールドに過負荷警告! ですが回復可能な範囲。他、艦内からこれといった被害報告ありません……まだ」


 姉が叫ぶと、すぐに船体コンディション管理担当のサヲリが答えた。

 とりあえず今の危機は去ったようだ。

 だが安心などできない。

 【ANESYS】中の他人事のような記憶が確かならば、空母級二隻は健在であり、すぐにまた小惑星を実体弾代わりに発射できるのだ。


「まずいぞレイカ!」

「分かってるわテューラ。ユリノ、敵の様子は!?」

「敵空母二隻および駆逐艦との相対距離変わらず、ただし、本艦はまもなく停止のための減速行程に入るため、相対距離はこれから猛烈に縮まります。

 実体弾の次弾発射から本艦到達までの時間は、1分以下になります!」


 姉と副長にユリノは一気呵成に答えた。

 その直後に後進加速中のリバース・スラストが終了し、後進の慣性を打ち消す為の艦尾への噴射が開始された。

 次の【ANESYS】まで、空母級との距離を適度に開け時間を稼ぐ為に行った後進加速から、〈じんりゅう〉が後方の〈ヴァジュランダ〉に激突してしまわないよう停止する為だ。

 だが状況は非常にまずい。

 王手をとられたと言ってもいい。

 【ANESYS】が終わった状態で、空母級の攻撃を許してしまう状況になってしまったのだから。

 空母級との距離を開けたことに、意味があまり無くなってしまった。

 だがまだゲームオーバーではなかった。


「実体弾、次弾発射されました!」


 【ANESYS】後に一息つく間もなく、自席の総合位置情報図スィロムを睨みながらユリノは叫んだ。

 ほぼ同時に〈じんりゅう〉が再び艦首ミサイルを発射、先刻と同じように実体弾を破壊し、破片が艦首UVシールドを叩く。

 先刻と同じことが起きたが、タイムスパンが短くなってきている。


[【ANESYS】ガ残シタFCSあるごりずむガ働イタヨウダネ]


 エクスプリカが告げた。

 〈ジュラント〉の【ANESYS】が統合終了後も〈じんりゅう〉に航行プログラムを残してくれたように、今回も〈じんりゅう〉の【ANESYS】が統合終了後にも艦の武装でオートで敵小惑星実体弾を迎撃するプログラムを残しておいてくれたのだ。


[タダシ、実体弾自動迎撃ノ精度ト成功確率ハ、敵空母級トノ距離ガ縮マルニツレテ低下シテイクヨ]


 エクスプリカが安堵しかけたクルーを窘めるように続けた。

 当たり前のことだった。

 彼我の距離が縮まれば、敵空母から〈じんりゅう〉にまで実体弾が達する時間も短くなり、迎撃はより困難になるのだ。


「エクスプリカよ、あと一時間もちそうなのか?」

[【ANESYS】ノ残シタあるごりずむデ次ノ【ANESYS】マデ艦ガ無事デイラレル確率ハ、僕ノ計算デハ7%ダネ]


 テューラ副長の問いにエクスプリカは即答した。

 副長はエクスプリカの答えに無言で「どうする!?」と姉に目で訴えた。

 姉は沈黙したままだった。

 その一方でユリノは、絶対絶命の〈じんりゅう〉の危機的状況に対する恐怖とは別に、あることに気づき驚いていた。

 〈ヴァジュランダ〉がUVアクセラレータで打ち出そうとしてる物体・オブジェクトαに感じていた既視感の正体に、ついにいきあたったのだ。

 先刻の【ANESYS】によって、姉の思考の一部が流れ込んできた為かもしれないし、単なる気のせいかもしれなかったが、ユリノは一旦その答い行きついてしまうと、もうその考えが頭から離れなかった。


 ――オブジェクトαって、どことなくシードピラーっぽい…………――


 ユリノは自席のモニタ隅のウィンドウに小さく映る直径1キロ・全長6キロの岩にしかみえないオブジェクトαが、グォイドが地球に打ちこまんとする播種柱に見えてしょうがなかった。









 ――“例の場所”前・昇電――


「前席に血痕がある……けれど慌てるなユリノ! 大した量ではない!」


 昇電の隣にスクールバスを停車させてから数分後、まず昇電コックピットに上ったカオルコが、悲鳴を上げかけたユリノを制すように告げた。

 一見無傷に見えた昇電であったが、一週間前のトゥルーパー超小型・グォイドとの戦闘でやはりダメージを受けており、それは中のコックピットにも達していたらしい。


「UVエネルギーは完全に尽きてる、もう飛べないな」


 そう言いながら、カオルコはコックピットから降り立った。


「ってことはやっぱり……」

「連中は中に入ったと見るべきなのだろうなぁ」


 カオルコはユリノと共に巨大な壁となってそびえる“例の場所”表面、地上20m程にぽっかりと開いた四角い穴と、その内部からアウター外側ウォールの地面に垂らされている縄梯子として使われる移乗用ネットを見上げた。

 パイロット二人はそれを登って“例の場所”内部に入ったようだ。

 穴が四角いことと、その移乗用ネットのディティールを見る限り“例の場所”も、少なくとも人類がの建造した航宙艦らしかった。

 断面は円であり、円柱型をした航宙艦が傾いた状態でアウター外側ウォールの地面にめり込んだ結果、航宙艦側面の搬入口が地上20mにきたらしかった。

 昇電が無事ならば、なぜパイロットたるクィンティルラとフォムフォムは、皆に連絡を取ろうとしたり、墜落した〈じんりゅう〉そばに着陸しようとしなかったのか? という若干の謎があったが、それはクィンティルラが負傷した為に治療手段を求めて“例の場所”に降りるしかなかったからなのかもしれない。

 実際〈じんりゅう〉内部は、とても治療が行えるような有様ではなかったのだから、彼女らの判断はもっともだったと言える。



「サヲリやフィニィも……ね」


 ユリノは祈るようにつぶやいた。

 〈じんりゅう〉から伸びていたタイヤ痕を残した主は、宇宙ステーション内や空母内で人や物資を運ぶための汎用エレカ電動車両だった。

 それが昇電のそばに整然と停車していた。

 それにサヲリとフィニィが乗っていたという確証は無いが、その可能性は確かにまだ存在する。

 四人のクルーに何がおきたのか? 今どこにいるのかを確認する術は目の前にあった。


「……入るか?」


 カオルコが訪ねた。

 他に選択肢は無かった。

 スクールバスと〈じんりゅう〉内部にある物資を使えば、数か月は生存可能だろうが、それだけだ。

 シズの類推したグォイドの企てを阻止できる可能性があるとしたら、【ANESYS】が告げたこの中にしかない。

 ユリノはカオルコに答えようとしたところで、シズから呼びかけられた。

 ユリノの個人携帯端末SPADには『次は入るなら全員でお願いします』とメッセージが表示されていた。

 〈じんりゅう〉内捜索の際に、ミユミと共にスクールバスに残されたのが不満だったらしい。

 シズの横でミユミが大きく頷いていた。

 ユリノは今更ここで別行動をとっても意味は無いと判断した。

 かくして一同全員で、未知のSSDF航宙艦内部へと入ることとなった。










「敵実体弾次弾来ま――」


 ユリノは再び叫ぼうとしたが無駄だった。

 〈じんりゅう〉の艦首ミサイルの発射、爆発、艦首UVシールドへの破片着弾はユリノが報告を言い始めた瞬間には始まって、そして終わってしまった。


 ――【ゴリョウカク集団クラスター】回廊内――


「艦首格納庫内のUV弾頭ミサイル、残弾なし!」

[間モナク、【ANESYS】製FCSあるごりずむノ迎撃可能距離ヲ割ルヨ]


 火器管制席とエクスプリカから聞きたくない報告が響く。

 【ANESYS】終了から20分経過し、敵実体弾を迎撃しながら減速後進を続ける〈じんりゅう〉と、加速をしたままの空母級との距離は加速度的に縮まっていた。

 その彼我の距離が、もうすぐ迎撃可能距離の限界を迎えるという。

 エクスプリカの報告が終わるが早いか、〈じんりゅう〉が艦首側の主砲UVキャノンを斉射した。

 艦首のミサイルを撃ち尽くした為、主砲で敵実体弾を迎撃し始めたのだ。

 再び発射・爆発・シールドへの着弾が繰り返される。

 UVキャノンの有効射程はUVシールドを有する敵に対しては短いが、UVシールドの無い実体弾に対しては有効射程はある程度延長される。

 そして、そのUVキャノンが通じるほどに、彼我の距離が縮まってしまったということでもあるのだ。

 だがそのUVキャノンによる迎撃の限界も、間もなく訪れるという。

 敵が実体弾を発射したことを〈じんりゅう〉が観測し、迎撃を行う前に、敵実体弾が着弾してしまう距離になってしまうのだ。


「レイカ!」


 テューラ副長の呼びかけに、姉は艦長席のひじ掛けを握りしめながら、総合位置情報図スィロム

睨み無言を貫いていた。

 空母級があとわずかでも接近し、本気で実体弾攻撃を行えば、〈じんりゅう〉の迎撃能力を上回り、〈じんりゅう〉とその後方の〈ヴァジュランダ〉は撃破されてしまうだろう。

 だが、すでに【ANESYS】を行ってしまった〈じんりゅう〉は、再び思考統合を行うまで最低40分はかかる。

 【ANESYS】無しで行えることなどあるのだろうか?


「……レイカ」


 副長が三度呼びかける。

 総合位置情報図スィロム内に描かれた〈じんりゅう〉迎撃可能限界ラインを、空母級が超えようとしたまさにその時……状況に変化がおきた。


「空母級二隻および駆逐艦級、減速開始!」


 ユリノは即座に報告した。

 敵グォイドとて、標的たる〈ヴァジュランダ〉の前で停止するためのはいつかは減速を始める必要があり、それが今はじまったのだ。

 さもないと標的を通過してしまうか、激突してしまうからだ。

 その目的が〈ヴァジュランダ〉の撃破だけでなく、それに搭載されているオリジナルUVDの奪取にあるならばなおのことだ。

 総合位置情報図スィロムの彼我の距離は、迎撃限界を超えるギリギリ手前で、それ以上縮まらなくなっていた。

 この危機に対し、総合位置情報図スィロムを睨み続けていた姉は、ようやく決断したようだった。


「〈じんりゅう〉より昇電隊、聞こえる?」

『ああ感度良好だよレイカ艦長』


 姉の呼びかけに、プローブや無人機と共に、敵空母級を小惑星密集エリア内を同行しながら偵察しつつ、通信ラインの中継を行っていた〈じんりゅう〉艦載機隊隊長クィンティルラをはじめとした全6名のパイロットから次々と返答が返ってきた。


「……クィンティルラ、お願いがあるの」

『後方から連中に攻撃しろってんだろ? 任せろ!』


 姉が頼む前に、艦載機隊隊長の返答が返ってきた。


「………………頼むわ」


 姉のクィンティルラに対する声は苦渋に満ちていた。

 その指示が恐ろしく危険であり、限りなく自殺行為を命じてるようなものだと自覚してるからだ。

 だが姉の決断が、今下せる戦術の中でも最も有効な手段であると、ユリノにも分かってしまった。

 グォイドの艦艇は基本的に艦尾方向への武装は弱い。

 回廊内の空母級を、小惑星密集エリア内を飛行しながら追尾観測していた昇電隊ならば、敵の後方から攻撃が可能なはずであった。


「今から〈じんりゅう〉が空母級に向かって煙幕を流すわ。それが空母級に達した瞬間を狙って!」

『了解!』


 姉の指示に、クィンティルラは質問もせずにそう返答すると、総合位置情報図スィロム内で瞬いていた昇電6機のブリップ光点が消えた。

 昇電隊を中継させることで得ていた観測情報が、昇電の移動によって届かなくなったからだ。


「エクスプリカ! 可能な限り長い時間、敵の目をくらませるようスモーク弾を敵空母に向け連続発射!」

[了解。すもーく弾、艦首方向ヘ連続射出開始スルヨ]


 姉は副長やクルーに説明する間すら惜しんで、エクスプリカに次々と指示を下す。

 エクスプリカはこういう状況下の為にいるのでもあった。

 ただちにエクスプリカの操作により、〈じんりゅう〉船体各所に設けられたスモーク・ディスチャージャーから、次々と宇宙用対レーザー攪乱煙幕弾が艦首方向に一定間隔で射出される。

 それは後進中の〈じんりゅう〉から置いてきぼりにされる形で流され始めるとすぐに起爆、メインビュワーを覆う程の巨大に膨張し続ける白い煙の球となって広がり、それが〈じんりゅう〉の前に巨大な数珠となって形成されると、空母級へと向かって遠ざかっていった。

 説明はされなかったが、姉がクィンティルラに告げた指示の意味は、ユリノにもすぐに分かった。

 姉はこの煙幕でできた数珠を空母級にぶつけることで、昇電隊の攻撃を少しでもアシストするつもりなのだ。

 以前の常識であれば、煙幕は防御する側が展開するものであったが、宇宙戦闘では攻撃側が展開させる場合もある。

 今回の場合、飛宙戦闘機の天敵である敵空母からの対宙迎撃レーザーを封じるのが目的であった。

 煙幕を数珠のように前後に長く連ねたのは、そうしないと敵空母級がすぐに煙幕内を通過してしまうためだ。

 しかし、それでも形成された煙幕の数珠を、空母級が通過するのにかかる時間はほんの数秒間でしかない。

 メインビュワーを覆った白い煙の球は体すぐに遠ざかり、それを突っ切った空母級が小さな粒となって光学観測された。

 果たして、クィンティルラ達はこの僅かなタイミングで攻撃を成功したのだろうか?

 その答えはすぐに分かった。

 〈じんりゅう〉前方の彼方で、小さな爆発光が瞬いたからだ。






「SSDF‐ISES‐XX3……AXIONⅢ……〈アクシヲンⅢ世〉?」


 苦労して全員で移乗用ネットをよじ登り終えると、ユリノ艦長が搬入エリア内らしき空間の壁にあった表示に気づき、読み上げ、それを聞いたケイジは思わず「ISES‐XX3……なんじゃそりゃ?」とこぼした。

 そしてユリノ艦長らの視線が自分に集まるのを感じ、「…………ん? 知らない艦です」と慌てて告げた。

 分かることは、表示的にも内装的にも、これがSSDFの艦と共通であるということだけだった。


「まぁSSDFの艦なら、何かが襲い掛かってくることは無いと思うけど……」


 ユリノ艦長がそう告げながら辺りを見回した。

 〈じんりゅう〉の舷側にもある補給物資を積み込むエリアに似た広めの空間であった。

 側面の大型ハッチが開け放たれており、彼方に墜落した〈じんりゅう〉が豆粒のように見える。

 移乗用ネットはそこから下へと垂らされていた。

 つまりクィンティルラとフォムフォムが昇れるように、中からかが配慮したということになる。

 そしてそのかと、クィンティルラとフォムフォムが通ったと思しき内部へと通じるハッチのノブに灯るランプから、動力が通じていることと、それがエアロックの外扉として使われていることが分かった。


「ここまで来たのよ! 毒食らわば皿まで! 入りましょ!」

「……だな、虎穴に入らずんば虎子を得ずだ」

「一蓮托生」

『呉越同舟』

「赤信号、みんなで渡れば怖くない……ですか?」


 ユリノが自分を鼓舞するように大声で宣言すると、カオルコ少佐、ルジーナ中尉、シズ大尉、ミユミが続いた。

 皆でどやどやとエアロック内に入ると、内側のハッチのその奥が与圧されていることが分かり、外ハッチを閉めるならり与圧が開始された。

 ケイジは不安と安堵の入り混じった感情を覚えた。

 スクールバスにもエアはあったし、呼吸気のリサイクルはできたが、巨大な航宙艦内部で与圧され呼吸できるというのとでは安心感が違う。

 それにここは少なくともSSDF製の航宙艦の中だ。

 だから、みな安心していた。

 与圧が済み、エアロックの内側ハッチが開き、外気が呼吸可能であることが分かると、皆そろってヘルメットを脱いでしまった。

 基本、グォイドとは戦っていても、同じ人類に仇なされた経験に乏しい一同は、呼吸気に一種の催眠ガスが混じっているなどとは想像もできなかったのである。

 ケイジの周りでユリノ艦長やミユミが、急に床に座り込み始めたのに驚いた時にはもう手遅れだった。

 急激に重たくなりだした瞼に、それが吸い込んだ空気に原因があると思いいたった時には、自分もすでに床に沈み込んでいた。

 そして久しぶりに深い深い眠りに転げ落ちていった。


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