▼第七章 『土星(圏最果て)の人』 ♯5
「あれ? …………気のせいかしら……なんか明るくなってない?」
――
スクールバスの皆との再会の抱擁を終え、ようやく一息ついたユリノは疲れ切って窓に寄りかかりながら、ぼんやり外を眺めているうちに、ふと気づいて尋ねた。
ユリノの問いに、車内のクルー達は顔を見合わせて首を傾げるだけで、しばし誰も答えなかった。
そういうリアクションをされると、ユリノも自分で言っておいて自信がなくなってきてしまう。
が、返事は音声ではなく文字できた。
久しぶりにユリノの|
――ベルトコンベアのように動いていると思しき【ザ・ウォール】のうち、
「…………」
ユリノはシズが伝えてきた内容よりも、シズが本当に声が出なくなり、しかもその状態でのコミュニケーションに慣れてきていることを確認してしまったことに驚いた。
「あ~、それで土星の陰から太陽が顔を出したから、外が明るくなってきたってことか!」
「おおう、変化がじんわり過ぎて全然気づきませなんでしたァナ」
ショックを受けているユリノをよそに、すでにその事態に慣れているケイジがぽんと掌を拳の底で叩いて納得すると、ルジーナが続いた。
「全然実感がわかないが、我々はめちゃくちゃ高速で動いているらしいからな、そいうことも起こるのだろう」
スクールバスのコックピットに座るカオルコが、背後のキャビンを振り返らずに告げた。
「へ…………へぇ……そうなんだ……」
カオルコの隣の副操縦席にかけ、〈じんりゅう〉への通信を試みていたミユミが、今の会話をちゃんと理解しているかは、ユリノにはいまいち怪しく思えた。
ともかく自分達がいる場所は、その地面たる
言葉にするのは簡単だが、とんでもない事態が起きている気がする。
いや気のせいではない。
土星のすぐ外側にこんなわけの分からない天体が、気づかれもせずに存在していたのだから。
人類はおろか、太陽系そのものを揺るがすレベルの事態が、自分達の足の下で進行中なのだ。
ただ、今は自分たちのサバイバルに手一杯なだけだ。
車内には、ようやく合流を果たした六名のクルーが、コクピットに座るカオルコとミユミを除き、座席の外された床に思い思いの体勢で座っていた。
シズの声を除けば、みな一応は健在のようだ。
ユリノはそのことに激しく安堵すると同時に、残るクルーの安否が今更のように気になって仕方なくなった。
だが、それを確認するには、まず前方に横たわる〈じんりゅう〉にまでたどり着かねばならない。
「それで〈じんりゅう〉まではどれくらいかかりそうなの?」
「二時間もかからないはずだよユリノ、ただ……」
コックピットのシートに後ろから手をかけて尋ねたユリノの問いに対して、すぐに返ってきたカオルコの答えが途中で途切れると、次の瞬間スクールバスが揺れた。
大した揺れではなかったが、それでもそれまで凹凸の無い
「な……!!」
「すまない! 進路上に障害物があったのに気づくのが遅れた!」
ユリノが訊くまでもなくカオルコが報告する。
どうやら今の揺れはその障害物を回避した結果らしい。
「ここまで障害物にまったく遭遇していなかったから油断していた、みんな本当にすまない!」
「いや、それは良いんだけれど、障害物って……一体なにが……」
ユリノはカオルコ平謝りに言った意味がすぐには理解できなかった。
カオルコが言うように、ここ
すくなくとも緊急脱出ボートから見える範囲には、〈じんりゅう〉とシャトル以外にはただ一面の薄灰色の地面が広がっている以外、何も見えなかったし、あるとも思っていなかった。
だからユリノも油断していたのだ。
「どんな障害物があったっていうの?」
「ああ、あれは多分きっと……」
問いに対しカオルコが答える前に、その答はユリノ自身の目で確認できた。
カオルコの肩越しに見えるコックピットのキャノピーの彼方に、最初はゴマ粒かなにかのように見えたものが、スクールバスが進むとともに動物で言えばゾウやキリンくらいのサイズの黒い塊となって見え、そしてそのそばをスクールバスは通りすぎていった。
「
「死んでるのよね……」
カオルコのつぶやきに、ユリノはそう確認せずにはいられなかった。
わざわざ訊かずとも、通過した
「〈じんりゅう〉と一緒に落下してきたやつらしいな」
「……うん」
カオルコの見解にうなずくユリノ。
おそらく、〈じんりゅう〉が補助エンジンを分離・自爆させて倒した
ユリノの予測を裏付けるがごとく、コックピットから見える前方の景色に、いくつもの黒いゴマ粒が現れ、黒いトゥルーパー《超小型》・グォイドの死骸となってスクールバスはその横を通りすぎていった。
それは同時にそれだけ〈じんりゅう〉に近づいているという証でもあった。
「カオルコ、焦らず冷静に安全運転で急いで」
「了解」
ユリノの指示に、カオルコは短く答えた。
幸い、避けねばならないようなトゥルーパー《超小型》・グォイドの死骸はもう無いようだったが、土星圏の最果てまで来て交通事故などシャレにならない。
……と、そこへ再びユリノとカオルコの持つ
もちろん送信者は背後のキャビンにいるおシズであった。
『この一週間の間に、シズ達の身に起きた一連の事件について検証してみたのです』
コックピットにカオルコを残し、ユリノがクルーのいるキャビンに戻りシズに促すと、シズがタブレットにあらかじめ打ち込んでおいたらしい文章が合成音声と鳴って響いた。
同時にタブレットから、かすかに湾曲した薄く巨大な二枚重ねの板状の物体が空中にホログラム投影された。
それはキャビンの天井に着くほど上下幅があったが、急速に小さくなり、やがて横方向に延ばされた二枚重ねのリボンのようになると、板の湾曲の内側数メートルに、傾いた環を有する球体が現れた。
土星だ。
細くなった二枚重ねの板の上下の輪郭が明確なのに対し、板の左右の端は不明瞭にフェードアウトしていた。
それは長すぎて観測範囲を超えていたからだ。
『現在得た情報から描いた【ザ・ウォール】の姿です。上下幅は分かっていますが、全長は分からないのでここでは省いています』
打ち込まれたシズの声が響く。
巨大に思えた【ザ・ウォール】も、土星を同時に映せる縮尺にすると、長さはともかく意外と上下幅は細くみえることに、ユリノは軽く驚いた。
だが宇宙の広さではよくある話であった。
『〈じんりゅう〉で観測した情報と、ここ
「何か分かったっていうの? ここにいたことで?」
ユリノがシズが声を出せないことを忘れて思わず訪ねてしまうと、シズは気を悪くしたふうもなくコクコクとうなずいた。
『土星で〈じんりゅう〉が発見した【ダーク・タワー】のことはもちろん、覚えていますね?
そのタワーが指している方角を、このホログラムに描いてみます』
ホログラムの土星から一筋の直線が伸びると、【ザ・ウォール】である薄い二枚重ねの板を貫通した。
土星の赤道やや南側に発見された巨大な塔、【ダーク・タワー】がいったい何のかは、発見当時は明確な答は出せないでいた。
その時はまだ【ザ・ウォール】の存在は知らず、判断材料がなさ過ぎたからだ。
そしてそのまま〈じんりゅう〉は【ザ・ウォール】内の
しかし、シズはここ【ザ・ウォール】に自分たちが来てしまったことで、何か分かったことがあるらしい。
『見てわかる通り、【ダーク・タワー】が巨大レーザー砲であった場合、そのレーザーは【ザ・ウォール】を貫きます』
シズはそう音声を流しつつ、ホログラムの【ザ・ウォール】にレーザーが突き刺さっている部分を指さした。
「そのことが大事なのね?」
ユリノがそう確認すると、シズは大きく頷いた。
『シズは当初、この【ザ・ウォール】は、ある種のダイソン級天体の作りかけなのではないかと思っていました……』
シズがそう告げるなり、ケイジが「えええぇ!?」と素っ頓狂な声をあげて驚き、慌てて両手で口を押えた。
ユリノはシズが言った“ダイソンなにがし”について知らなかったが、どうやたケイジがそんな驚き方をする内容らしい。
『…………ダイソン球天体とは、その昔に提唱された恒星を殻で包んで、恒星の発するエネルギーの全てを有効活用しようというアイディアです』
そう告げるなり、ホログラム上の【ザ・ウォール】が急激に巨大化、土星公転軌道に存在する巨大な環になり、さらに上下に面積をましていくと同時にホロ映像が高速でズームアウトし、巨大化した【ザ・ウォール】が土星の公転軌道以内の惑星を包んだ巨大球体となった。
これがダイソン級天体らしい。
ユリノはその名称に聞き覚えはあったものの、内容までは知らなかった。
SSDFの艦長などをやってはいるが、使い道のある情報ではないと判断され、教育されるような内容ではないかららしい。
ユリノは目の前に現れた土星超えてサイズの球殻に、現実感が感じられず、ただぽかんとすることしかできなかった。
『しかし、様々な状況を鑑みると、少なくとも【ザ・ウォール】はダイソン級天体として作り出されたわけではないと判断せざるを得ません。
なぜなら、UVテクノロジーがあれば、ダイソン級天体などという非効率なエネルギー採集方法など必要ないからです』
シズがそう告げるなり、ホロ映像が巻き戻され、もとのサイズの【ザ・ウォール】と土星になった。
『一度にくみ出せるエネルギー量に限界はあっても、無限に稼働し、重力さえ操れるUVDとUVテクノロジーがあるのに、ダイソン級天体などわざわざ作る意味がないのです』
ぐうの音も出ないほどの正論に、ユリノ達は何も言えなかった。
『……ですが、それはそれとして【ザ・ウォール】にはダイソン級天体を作ることが可能な程の超テクノロジーが使われていることは間違いないのです』
シズの言葉に合わせ、ホログラム上の【ザ・ウォール】が上下幅をそのままに左右幅が短くなり、細い棒状になった。
『仮に【ザ・ウォール】が作られ始めたのが、約30年前、当時まだUDOと呼ばれていたグォイドが土星圏に落着してからすぐであったとしても、たった30年で現在観測されているサイズにまで【ザ・ウォール】を作り上げることなど、人類にはもちろん、確認されているグォイドのテクノロジーでも不可能な所業なはずなのです』
シズはここで一旦音声を止め、皆の顔をうかがった。
ユリノをはじめ、みな話が壮大過ぎて、どうリアクションをしたら良いのか分からないようだった。
しかし、それはシズの想定の範囲らしかった。
『……つまり、シズが何を言いたいかというと、この【ザ・ウォール】は、グォイドが自分たちのものではない他者のテクノロジーを使い、自分たちの目的を達成するために利用しているのではないかと思うのです』
「…………木星の時みたいに?」
ケイジが恐る恐るそう尋ねると、シズは我が意を射たりとばかりに両の人差し指でケイジをビシッと指し示した。
確かに木星で〈じんりゅう〉は、太陽系黎明期に仮称:太陽系の
ここ土星圏で同じことが起きていたとしても不思議ではない。
「つまり【ザ・ウォール】は太陽系の
ケイジが恐る恐る確認すると、シズは大きく頷いた。
「ちなみにその|何かってのは一体どんなブツなんですか……」
ケイジが答えを聞く前あら分かってそうな顔で尋ねると、シズはため息と共に、両の掌を上に向けて肩をすくめた。
さすがにそこまでは推測のしようがないらしい。
『ここまではグォイドがどうやったか? という手段についての考察です。問題は目的です』
シズが再び語りだすと、ホログラムが再び土星【ダーク・タワー】から伸びるレーザーの光線が、【ザ・ウォール】を貫く映像に戻った。
『この映像に基づいた場合、レーザーが貫いている場所は、今我々がいる
その方向をスクールバスに残されたセンサーカメラで撮影したのがこの画像です』
そう告げるなり、ホロ土星圏の横に二次元画像が投影された。
それはここでは見飽きたといってもいい、上下をインナー《内側》ウォールと
『この画像に、ある種のフィルタリングをかけて拡大した結果、こうなりました』
「ん? …………んんんんんん? んん~!?」
ユリノをはじめ、すぐには誰も気づかなかったが、呻きながら目を凝らしているうちに、皆が次々とシズが伝えんとする画像の変化に気づいた。
画像の奥に、縦に一本の光る直線の筋が入っているのが見えたのだ。
『これこそが、【ダーク・タワー】から放たれたレーザーの光の筋だと思われるのです。
これまで観測できなかったのは、レーザーは何かに命中しない限り見えないという理由と、〈じんりゅう〉から【ダーク・タワー】を観測した時は、完全ステルス航行中で、アクティブなセンシングができなかったからだと思われます、
ですが、ここ【ザ・ウォール】内では、内部に漂っていた星間物質がレーザーでかすかに焙られて光ったのが観測できたというわけなのです』
ユリノ達はただ感嘆のため息しか出てこなかった。
『この証拠をもって、【ダーク・タワー】の機能がレーザー発射機であることと確定した場合、どんな目的が考えられるかです……』
シズはここでまた沈黙した。
実際の彼女はあらかじめ打ち込んでおいた文章を再生するキーを押すだけだったが、しゃべるのと同じくらい彼女の表情は真剣だった。
『あるいは【ダーク・タワー】がレーザー砲だったならば、【ザ・ウォール】の目的は何なのか? という話です』
皆から特に意見も質問も無いことを確認すると、シズは続けた。
『ここから先は、ここまでのように明確な根拠や物証が無い、予測の上に予測を重ねたシズの考えなのですが……』
ユリノ達は自嘲気味なシズの言葉に、無言で「続けて」と目で訴えた。
『シズの考えを言います……。
【ダーク・タワー】がレーザーを放つ目的が何にせよ、【ザ・ウォール】の向こう側、太陽系の外方向に何かの目標があるからに他ありません。
しかも、【ザ・ウォール】の予測形成年代と合わせて考えた場合、どう考えても年単位で同じ目標に打ち続けていることになります。
考えられる可能性は二つ。
一つはレーザーで何かを攻撃している場合です。
レーザー砲は基本兵器ですので、まずそう予測するのが当然といえば当然でしょう。
グォイドに仇なす何か、人類ではない敵がが太陽系の外にいて攻撃しているのかもしれません。
ですがその場合、ならば、なぜ【ザ・ウォール】を形成し、わざわざレーザーで貫いているのか? が不明なのです。
また仮に目標が太陽系の外からくる未知なるグォイドの敵だとした場合、なんでその敵は回避もせずにずっとレーザーで撃たれるがままでいるのか? という謎が生じてしまうのです。
……ゆえに、シズはもう一つの可能性を推すのです』
シズはそこまで告げると、ホロ映像をレーザー砲の光刃が向けられた先に急速にスライドさせた。
土星が消え、天王星公転軌道を過ぎ、海王星公転軌道を過ぎ、カイパーベルトを超え……キャビン内に映るのはレーザーの光の筋だけになってしまったかと思えた時、唐突にレーザーの光の筋は途切れた。
「………………何も……無い?」
たまらずにミユミがつぶやいた。
ユリノは単にホログラムの投影範囲が終わっただけかと思った。
だがそれは彼女達の誤解であった。
ホログラム内で途切れたレーザーの光の筋の先端が拡大されると、無数の小さな粒が現れたからだ。
『物証はまだありませんが、年単位で同じ方角で撃ち続けられ、なおかつ【ザ・ウォール】が形成され、それをわざわざレーザー砲が貫かねばならない……という条件を満たすグォイドの目標があるとすれば……それは太陽系に向かってくるグォイドの増援を減速させる為だとシズは思うのです』
ユリノはたまらずシズに、脳を休める為の小休憩をシズに求めた。
レーザー帆船という宇宙船の推進概念がある。
大雑把に言えば、宇宙船に据え付けられた巨大な帆でレーザーを受け止めることにより、推進力に変換して進む宇宙船のことだ。
これによりレーザー帆船には、重くかさ張る推進剤をもたずに済むという絶大なメリットがある。
もちろん無限の推進剤をくみ出せるUVDを有するグォイドには、無用な推進方式だ。
そうユリノには思えたが、それは間違いだった。
仮にUVDを持ち、無限の加速・減速が可能であったとしても、目標あるいは出発地にレーザー発信装置があるならば、それから放たれたレーザーを帆に受けることで、UVD搭載艦は己の有する推進力にプラスアルファされた推力を出すことができるのだ。
それはとても有意義な行いであると言えた。
そして、目標地点にレーザー砲があった場合は……、
「…………つまり太陽系に向かってきているグォイド艦隊の増援の減速をアシストするためのレーザー砲だ…………っていうの?」
ユリノはこめかみのあたりを両の人差し指でこねながら確認した。
「……なんて冗談です」と返ってくるのを期待しながら。
スタート地点にレーザー砲があればレーザー帆船の加速が行るように、ゴール地点にレーザー砲があった場合は減速に使える。
そして太陽系にはすでにグォイドの拠点があったというわけだ。
シズは恐ろしい速さで
『……だいたいその理解で合っています艦長』
「…………」
ユリノは返す言葉が出てこなかった。
「じゃあおシズちゃん、この【ザ・ウォール】が作られた意味……って……」
『レーザーの意味がグォイドの増援であったと仮定した場合、【ザ・ウォール】が形成された意味は一つ。
我々人類への目隠しです』
ミユミの問いに答えるかのように、シズの用意した音声が流れた。
『かって減速噴射の光によって、太陽系に接近するUDOが発見されたように、グォイドの増援が太陽系外から接近すれば、その減速噴射光によって発見され、迎撃策をうたれるでしょう。
【ザ・ウォール】はそれを防ぐべく、人類に増援接近に伴う減速噴射光を隠すためのステルス膜として形成されたのではないでしょうか?』
「人類がいる内太陽系から見える…………そのグォイドの増援が来る方向の宇宙空間を覆い隠す為の【ザ・ウォール】だったってことぉ!?」
「じゃ…………じゃおシズ殿、ワタシらの足元の下では……」
ユリノに続きルジーナが口を開くと、シズが大きく頷いた。
『ならば、もしも【ザ・ウォール】の向こうを見ることができたならば、太陽系に接近中のグォイドの減速噴射光が観測可能なはずなのです』
あらかじめ用意した文章なのか、シズがそう音声出力で答えると、一同は思わずスクールバスの床下の方を見た。
「あ、あ~おシズよ、お前さんの言わんとすることは分かった。
それで、その説が正しかったとして、やって来るというグォイド増援の規模と到着時期は分かるのか?」
コックピットで運転中の為、聞き耳を立てることしかできなかったカオルコが、我慢できずにそう訊いてくると、シズは大きく深呼吸してから猛然と
『残念ながら【ザ・ウォール】の向こうが観測できない以上、グォイド増援が来るとしても、その規模と時期を推測するのはデータ不足により不可能です。
つまり明日、大艦隊がくるかもしれませんし、100年後に一隻だけかもしれないのです……』
シズはそこまで音声を出力させると、慌てて『ようするに分かりません』と答えた。
キャビンの一同はぐてりと脱力した。
シズの仮設が正しかったとしても、今の自分らにできることはほぼ無い。
だが万が一正しかったら……いや、シズが予測したのであれば外れる確率の方が万が一なのだが……その場合、ただでさえギリギリのところで持ちこたえている人類が、増援の加わったグォイドに立ち向かえるだろうか?
ユリノにはとうてい不可能に思えた。
責めてこの仮説を内太陽系人類圏に伝えられたらと思うのだが、今のところその手段は見つからなかった。
結局できるのは、まず〈じんりゅう〉へと向かい、サヲリやフィニィと合流することだけだ。
――〈じんりゅう〉を脱出してから約一週間後――彼女達は変わり果てた
『……サヲリ! フィニィ! サティ! エクスプリカ! 誰でも構わないから何か答えてよぉ!?』
到着するずっと前から通信で呼びかけてはいたが返事は無く、到着してもそれは変わり無かった。
まるでうち上げられた巨大なクジラの亡骸のごとく、およそ90度傾いて横たわり、ねじれ、ひん曲げられ、無数の部品をまき散らしながら
ユリノ達はスクールバスに留守番兼指示要員としてシズとミユミを残し、ヒューボット二体を先行させ、残るクルーで〈じんりゅう〉内部へと入ることにした。
〈じんりゅう〉内部は惨憺たる有様だった。
他に表現のしようがなかった。
ありとあらものがめちゃくちゃに破壊されていた。
そのうえ90度傾いた状態で重力があるという、地味に危険な状況下での捜索は命がけであったが、ヒューボを先行させることで艦内の目的地に無事たどり着くことはできた。
だが成果はなかった。
真っ先に向かった医療室内で、サヲリが治療中だったはずの医療カプセルは空であった。
フィニィが最後にいたはずの〈じんりゅう〉船体上部のメインブリッジは、墜落の際に吹き飛んでいた。
メインブリッジに通ずるハッチの向こうには、吹きさらしとなって広がる【ザ・ウォール】の風景が見えるだけだった。
だから当然、フィニィの姿は見つからなかった。
ユリノは崩れ落ちそうになったが、同時に、ここにいないということはどこかに
そして〈じんりゅう〉内をくまなく捜索すること数時間、ユリノ達は見つけてしまった。
主機関室で、停止したオリジナルUVDを守るようにして固まっていたサティらしき塊を見つけてしまったのだ。
灰色となったその不定形な塊は、いくら話しかけども反応せず、少しふれただけで崩れていった。
見つけたのが小さな塊であれば、それはあくまで千切れた彼女の一部であり、サティ自身は肉体の一部を失ってもどこかで生存しているかもと思えたのだが、主機関室にあったそれは、サティそのものと言っていいサイズに見えた。
そして仮に彼女がどこかで生存していたとしても、〈じんりゅう〉船内で見つけることはできなかった。
さらに瓦礫を除去して苦労して入ったバトルブリッジでは、動かなくなった
コンピューターコアとメモリーデヴァイスを完全に破壊された彼を、元通りに修復するのは不可能だと、ケイジは彼のそばに力なく膝をつきながらユリノに告げた。
ついに、最初の犠牲がでてしまったのだ。
状況からみて、フィニィがいるメインブリッジに昇ろうとする
「無茶しやがって……」
ケイジはやっとそれだけ言葉を発した。
ユリノ達にできることは、ただ敬礼を送ることだけだった。
状況に変化が起きたのは、さらに船内捜索を続けて1時間ほど経った頃だった。
横たわる〈じんりゅう〉船体のユリノ達が来た方向とは反対側、彼方に“例の場所”がある方向の
ユリノ達はすぐさまスクールバスに戻ると、いてもたってもいられずに“例の場所”へとすぐに向かった。
サヲリもフィニィも遺体が発見されたわけではない。
ならば生存している可能性はまだある。
発見した
そう考えずにはいられなかった。
そして、ユリノ達はその途中になって、ようやく“例の場所”が無数の巨大な墓石のような物体の散らばる場所の中にあることを知った。
〈じんりゅう〉に向かう過程で一部は目視することができたのだが、ここまでの規模だとは思わなかったのだ。
数百メートル単位の太い棒状の大小様々なサイズ・形状の物体が、縦や横になり、百キロの範囲で百以上転がっている。
それらはどれも
どうも表面が凍結した結果らしい。
ユリノ達はそのうちの一つを、数キロそばを通過しながら、スクールバスの窓から茫然と見上げ続けた。
「……なんなの? ここ……」
ユリノは最後に〈じんりゅう〉が行った【ANESYS】で、向かえと告げられた場所の異様さに、思わず呟かずにはいられなかった。
それまで自分たちがまき散らした〈じんりゅう〉関連の物体と、トゥルーパー《超小型》・グォイドの死骸しかなかった場所に、正体不明の巨大物体が多数現れたのだ。
「…………これ……俺、見覚えがあります……」
エクスプリカの亡骸を発見して以来、口数の少なかったケイジが双眼鏡を覗きながらぽつりと言った。
「……ケイジ君、今なにか言った?」
「俺……周りに転がっているこのでかい物体に見覚えがあります。これは……」
ケイジは自分の考えを口にする前に、もう一度窓の向こうの巨大不明物体を双眼鏡を使ってよく確認した。
「……これ、SSDFの航宙艦です!」
ケイジは驚愕に目を見開きつつも、ハッキリと告げた。
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