▼第七章  『土星(圏最果て)の人』 ♯3

 頭上を覆う薄灰色のインナー内側ウォールが薄いカーテンとなり、真上から射す陽の光は淡くなって自分達を照らす。

 太陽は24時間沈むことも、昇ることも無く、地球上で昼間に見る月のように僅かに土星の影で欠けた状態で、頭上の同じ位置から同じ強さの光で二人を照らし続けた。

 当然時計を確認しなければ、今がいったい何時なのかは感覚では皆目分からない。

 踏みしめる地面には起伏も無く、ただひたすらに平たく、薄く塵の積もったどこまでも続く薄灰色の床が続く。

 そんな場所をただ延々と歩き続けるという行いは、予想されていたことだが肉体的にも精神的にも疲労を強いられた。

 どれだけ歩けどもゴールは遠く、見える景色に認識可能な変化など無い。

 まるで終わりの無い白昼夢のようだった。

 シズはリアカーによる夜逃げ・・が始まって1時間も経たないうちに、ただ黙々と歩くことが苦痛になり始めていた。

 日頃から電算室にこもり、必要最低限の運動しかしていない13歳の身体には、ただ歩くというだけでも充分な重労働であった。

 隣にケイジ三曹がいるというシチュも非常に心臓に悪い。

 ただ異性といるというだけでなく、あの・・ケイジ三曹と二人っきりでいるのだ。

 目まいがしそうだった。

 往生際の悪いことに、ことここに至っても、まだ彼の少年に対する自分の気持ちに、シズは明確な答を出すことに躊躇してしまっていた。

 どうしても【ANESYS】によって紛れこんできた他のクルーの感情にあてられているだけなのでは……という疑念が沸いてしまう。

 つまりこの感情はただの勘違いなのでは? と。

 が、この妙な胸の高鳴りだけは紛れも無い本物だった。

 ケイジ三曹に無闇に接触してはならないというキルスティ・プロトコルがあって良かった。

 ケイジ三曹と会話が続かなくても良いという大義名分があったからだ。

 一カ月ほど前に、〈ワンダービート〉へと向う途中の〈じんりゅう〉内で、シズはキルスティにケイジ三曹に対する〈じんりゅう〉クルーの感情について、何かとても偉そうなことを言った気がしたが、今はまったく思い出せなかった。

 加えて忌々しいことに、今の自分は、何故か声が出ないという状態になってしまっている。

 まるで声の出し方に関するOSが脳から削除されてしまったかのように。

 たとえ喋りたくとも、今の自分は黙々としている他なかった。

 ケイジ三曹は彼なりに気を利かせようとして朗らかに話しかけてくれて、それが嬉しく、助かると同時に、ちゃんと答えられない自分が情けなくなって嫌になった。

 生命維持に必要な物資を満載したリアカーを押すのは、起伏が無いこともあって意外と楽だったが、それはケイジ三曹がほぼ独力でリアカーを動かしており、自分の力がまったく役にたっていないからだ。

 1時間毎に10分の休憩をし、宇宙服のままでは食事が出来ない為、昼食は摂らずに基本ヘルメット内で、ストローによる栄養ドリンク補給のみで最低8時間から最長10時間の徒歩移動を試みる。

 そういう算段であったが、シズは初日出発後の六時間でもう疲労の限界を迎えてしまった。

 リアカーを押すことに疲れたのではなく、ただ歩くことに疲れたのだ。

 ケイジ三曹はその1時間前から『リアカーに乗って下さい』と言ってくれたのだが、固辞しているうちに転んで後ろからリアカーに轢かれかけ、シズはこれ以上迷惑になる前にリアカーに乗らざるをえず、ケイジ三曹に運んでもらうだけのお荷物になってしまった。

 シズは自分のふがいなさに、リアカーの荷台の上でケイジ三曹に見えないようぽろぽろ涙を零すしかなかった。

 その日の移動を終えると、移動中はブレて使えないレーザー通信機を三脚で設置し、短い連絡を前方にいるシャトルと交わし、耐真空テントを膨らまし、内部で就寝休憩とその前後で二度の食事をし、次の日の朝を迎える。

 耐真空テントを使うのには、コンプレッサーと暖房を動かす為に少なからず電力が必要であり、電力を節約したいのであれば使用は控えた方が良いのでは? という考え方もあった。

 が、使用しない場合の体力回復具合を考えた場合、使用した方が総合的に考えて移動効率が良いというシミュレーション結果が、脱出ポッドにあったタブレットのサバイバルアプリで出されていた為、遠慮なく使うことにしていた。

 耐真空テントは、宇宙空間でも使えるように丸っこい正六面体をしており、各辺はガス圧で形を維持するバルーンフレームが支えており、ファスナーで開閉するおそろしく簡易なエアロックまで備えている。

 そのテント内ならば就寝時に身体を横にしても、地面との間にガス圧で膨らんだバルーンフレームが挟まることで熱を奪われずに済む。

 仮にテントを張らずにアウター外側ウォールに直に寝転がって眠れば、そのまま熱を奪われ凍死し、二度と目覚めることは無いだろう。

 トイレ問題については、耐真空テント内に用意された無重力対応簡易トイレで解決した。

 ケイジ三曹は紳士なことに、テントが膨らむと、まずシズを最初に中に入れてくれた。

 そしてカロリーバーの食事をして、呼吸用エア・リサイクル装置BARも動かしておき、あとはひたすら休息にあたる。

 ……はずだったのだが、テント内でブーツを脱いだところで、シズの足が靴ずれで血まみれになっており、ケイジ三曹は真っ青になって平謝りしながら救急キットで手当てしてくれた。

 シズは自分の方が申し訳なく思うだけだった。

 そして翌日からは、シズ大尉が歩くのは最低5時間だけで、それ以後は無理せずリアカーに乗って下さい! と厳命されてしまった。

 シズは固辞しようとしたが、自分の使命をあなたを無事運ぶことです! と真剣なまなざしで言われると頷くしかなかった。

 そうして一つ屋根の下で二人で就寝につく。

 シズは情けなさと緊張でなかなか眠れなかった。

 他人事ならロマンチックなシチュエーションとルジ氏と共に冷やかしていたかもしれないが、正直それどころでは無かった。

 ケイジ三曹は疲れきっており、トイレと食事を済ますとただひたすらテント内では睡眠を貪っていた。

 シズが汗を拭こうと、軟式簡易宇宙服ソフティ・スーツを脱いでウェットシートで身体をぬぐっていてもまったく気づかなかった程だ。

 シズは軽い失望のようなものを感じたが、それは不謹慎だと自分をいさめた。

 そうして夜逃げ最初の一日が過ぎた。




 朝……といっても外の明るさに変わりは無いので、まったく朝という感じはしないテント内で目覚め、食事を摂り、テントを畳み、荷造りをして、二人でリアカーを押し、シズは体力的限界がきたところで荷物と共にリアカー荷台に乗って、あとはケイジ三曹に運んでもらう。

 そんな一日を最低5日間は繰り返えすことになっていた。

 が、それでもカオルコ少佐とルジうじのいるシャトルには辿り付けずるわけではなく、迎えを待つことになる。

 しかし、仮にシャトルに無事たどり着けたとしても、シャトルから緊急脱出ボート、そこから〈じんりゅう〉まで間はそれぞれ100キロ単位で離れている。

 そこも歩けと言われたなら、シズはさすがに無理! と即答しようと思っていたが、それについてはケイジ三曹にちゃんと考えがあるようだった。

 レーザー通信をシャトルと行なう度に、カオルコ少佐やルジ氏になにやら相談をし、まだアイディア段階だから……と話したがらないケイジ三曹にどんなアイディアか苦労して口を割らせて聞いてみると、シズはとても安心した。

 そのアイディアが上手く行けば、もう歩き疲れる心配は無用だ、と。

 しかし、シャトルに着いて以後の心配はなくとも、それまでにはまだまだ先が長かった。

 シミュレーションする際にノイズとなる要素が少ないここでは、ほぼ予測通りに事は進むと思えたのだが、実際には少しずつ予定よりも一日の移動距離が短くなっていってしまったのだ。

 シズの体力の無さが予測を越えていたからだ。

 が、それよりも電力消費が思いのほか激しいことが問題であった。

 アウター外側ウォールという場所が、接触しているケイジ三曹とシズのブーツ靴底を通じて予想を越えて熱を奪い、それによる凍死を阻止すべく、宇宙服のヒーターが稼働した結果と思われる。

 が、この事態に対してケイジ三曹は思いの他楽観的だった。

 ケイジ三曹は精神的栄養の為という口実のもと、多少の電力を消費してでも、移動中にヘルメット内に個人携帯端末SPADから音楽を流すことを提案し、実行してくれた。

 確かにケイジ三曹の持つ昔の映画やアニメの劇伴音楽データを聞けば、多少はこの単調な時間への憤りも紛れた。

 シズはケイジと趣味の合う曲が流れると、思いっきりマニアックなトークがしたかったが、声が出せず、ヘルメットへ視線入力で文字を出して会話するのにも限界があってもやもやするしかなかったが、気づかいは嬉しかった。

 そしてシズは音楽を聞きながら、ほぼただ歩いているだけの時間を少しでも有意義に使うべく、せめて〈じんりゅう〉クルーと合流した後で、この窮地から脱することができるよう今の状況の分析に努めた。

 つまりひたすら考え事をしながら歩き続けたのである。






 ――〈じんりゅう〉着陸から5日後・緊急脱出ボート内――


 ミユミは主にヒヤヒヤしながら、アウター外側ウォールに着陸してからの日々を送っていた。

 ユリノ艦長が操縦桿を握るという不安しかない緊急脱出ボートの着陸では、正直死を覚悟したが、ユリノ艦長が操縦桿から手を離し、操縦の全てを緊急脱出ボートのオートパイロット機能に任せるというある意味潔い判断のお陰でなんとか上手くいった。

 もちろん、着陸時に眼前に急展開したアブソーバ・クッションに突っ込んだ時は、もう駄目かも……と思ったが……。

 それから自分とユリノ艦長の無事を確認し、〈じんりゅう〉通信士たるミユミがレーザー通信機を操作し、後方に無事着陸したシャトル“スクールバス”に乗っていたカオルコ少佐、ルジーナ中尉の無事を確認し、さらにその後方に着陸した脱出ポッド内のおシズちゃんとケイジの無事が確認できて、ようやくユリノ艦長とミユミは一時の安堵を覚えることができた。

 ミユミは嬉し泣き寸前で喜んだが、ユリノ艦長はまだ厳しい顔をしたままだった。

 それはあくまで一時の安堵でしかないと分かっていたからだ。

 後方のクルー達の無事は確認できたが、前方100キロの彼方に着陸した〈じんりゅう〉とは通信が繋がらず、シャトルと脱出ポッドと〈じんりゅう〉とでは、それぞれ100キロ以上離れているということが分かると、一時の安堵と喜びはどこかへと消え去ってしまった。

 当然、全員が再会するのは、距離に比例して困難になったからだ。

 それでも、ミユミは全員と再会できると信じて疑わなかった。

 が、ユリノ艦長はそうもいかなかったようであった。

 それは、ユリノ艦長がミユミを上回る知識と経験値を持ち、またユリノ艦長にはそれらに加えて逃れる事のできない責任というものがのしかかっているからなのだろう……とミユミは思った。

 ユリノ艦長はミユミが傍から見ていて心配になるほど落ち込んでいた。

 緊急脱出ボートは、シャトル程では無いが、脱出ポッドよりも装備が充実しており、ただ待つだけならば90日間は楽に生命維持が可能だった。

 だが、位置的に他が合流するまで出来ることはなく、ただ待つだけというのはそれはそれで辛い。

 することが無いから仕方無いとはいえ、一日のほとんどを脱出ボートの隅っこで、膝を抱え座ったまま動かないユリノ艦長のことを、ミユミに心配するなというのが無理な話であった。

 そしてそんなユリノ艦長に、他の〈じんりゅう〉クルーの事を心配するな・・・・・と言うのも、また無理な話であった。

 今は無事な事が確認された他のクルー達であったが、合流の為に、まずケイジとおシズちゃん二人が徒歩でシャトルに向け移動を開始したという……。

 その知らせを聞いた瞬間、ユリノ艦長の顔色はさらに青ざめていった。

 ケイジはさておき、おシズちゃんは誰が考えてもまったくもって徒歩移動向きじゃなさそうだとミユミも思った。

 艦長もそこが心配になったのだろう。

 ましてや移動距離は100キロ以上もあるという。

 一日二回のケイジ・おシズ組みからの定時連絡がシャトル経由で届き、ユリノ艦長をそれを聞いては二人が無事なことに崩れ落ちそうな程安心し、また次の定時連絡までに不安でたまらなくなってしまうようだった。

 そして二人の出発から四日が過ぎ、ケイジとおシズちゃんの移動が、電力消費の激しさから思わしく無く、まもなく生命維持限界に達してしまうという知らせが届くと、ユリノ艦長の不安はピークに達した。

 ユリノ艦長は、一日中落ち着きなく脱出ボート内をウロウロと歩きまわりはじめた。

 ミユミが二人の状況を知っても辛うじて正気を保てたのは、経験値不足(無知とも言う)と、根拠無きケイジへの信頼と、ユリノ艦長という身近に心配せねばならない対象がいたからに過ぎない。

 それにミユミは頼まれていた。

 〈じんりゅう〉脱出直前の混乱の最中、緊急脱出ボートで艦を離れることが決まった時、ミユミは医療室から脳をメインコンピュータに繋げて話しかけて来たサヲリ副長に、『どうか艦長のことをお願いします』と頼まれていたのだ。

 ミユミは逆です逆! と思ったのだが、ここにきて副長が頼んだ意味が分かったような気がした。

 元々心配症な性格なのに、艦を失い、さらにクルーまで失ってしまったらユリノ艦長の優しい心は砕け散ってしまうだろう。

 たとえ皆が無事であったとしても、ユリノ艦長の心はすでにこんな状況にクルーを陥らせてしまった罪の意識で崩壊寸前なのだ。

 ミユミの心配気な眼差しに気づくと、ユリノ艦長は『私なら大丈夫……全然大丈夫だから……』とちっとも大丈夫そうでない青白い顔で、力無い声音で言ってくるので、ミユミはますます心配になり、勇気をだして彼女を抱きしめた。

 ミユミはせめて自分にできる精一杯のことをすると決心したのだ。

 ミユミホールドだ! 効果の程は分からないが、他に思いつかなかった。

 艦長をギュッと抱きしめると、思っていたよりもずっと華奢なその肩が、ふるふると震えて、自分まで揺さぶられそうになった。


「あ! あのぉ! 大丈夫ですから! みんな大丈夫ですから! ケイちゃ

んもおシズちゃんも! 」


 上ずった声で、必死に何か慰めになる言葉をぶつけるが、身長差からどちらかというとミユミが艦長の胸に抱きとめられている感じになり、彼女の思惑とは間逆の光景となっていた。


「ミユミちゃん……」


 ユリノ艦長はそう呟きながら、自分を元気づけようとしてくれているらしい〈じんりゅう〉通信士の背中に手を回した。


「うん…………そうだね……でも……………………でも…………怖いよ……怖くてたまらないよミユミちゃん……」


 ミユミは途中から上ずって聞こえなくなったその言葉と共に、頭上から滴が落ちてきたのを感じた。

 そのまま、ユリノ艦長は胸の中のミユミを揺さぶるようにして、声を殺して泣いているのだと、ミユミは少ししてから気づいた。

 ユリノ艦長は、ようやくこの状況で思い切り泣くことを自分に許したようだった。

 実はミユミは、艦長が泣くのを見るのはこれが初めてでは無かった。

 【ケレス沖会戦】後にケイジが生きて回収された時も、恥も外聞も無く号泣していたし、けっこう涙もろい人だった。

 それでも今の状況で艦長がまだ涙を見せないのは、泣くよりも先にすべきことがあると思っているからなのかもしれない。

 でもミユミはそれでも泣いて良いと思った。

 それが普通の感情だったし、今、自分一人しかいないここならば、思いっきり泣いてしまえば良いと。

 そしてユリノ艦長の胸の中で、自分も少しだけもらい泣きした。

 ケイちゃん……早く来ないとあたし達心配でおかしくなっちゃいそうだよ……と思いながら。



 ケイジとおシズ組が無事シャトルに到着したという知らせが来たのは、二人で大号泣してから間も無くのことだった。








 ――その少し前――。


「あ~やっと来たか……」

「長く感じましたデスねぇ~」


 シャトルの外で作業中だったカオルコが、ようやく人型のシルエットが視認できるほどまで近づいたリアカーに気づいて呟くと、同じく機外で作業中だったルジーナがぼんやりとした声で続いた。

「お~いケイジ~、聞こえるか~?」

 この距離ならば、移動中のブレを無視してレーザー通信が可能か思って話掛けて見ると、まだノイズに混じって返事は聞き取れはしなかったが、小さく見えるリアカーの後方に、手を振る人のシルエットが見えたので聞こえてはいるらしい。


「あ~無理に返事はしなくて良いぞ~」


 カオルコは恐らくケイジであろう手を振っている人間に、疲れた声で告げた。

 手の振り方に力が無いような気がしたからだ。ここまでの道のりを考えたら無理もないことだろう

 だがケイジやシズほどではないだろうが、自分達も一応は疲れていた。

 リアカーで夜逃げ中のケイジから、自分らが到着するまでの間にして欲しいことがあると頼み事を仰せつかっていたからだ。

 そのケイジからは、レーザー通信で『おシズ大尉も自分も疲れてますが無事です』という電文メッセージがヘルメットにきたので、もう心配はいらないだろう。

 確かに多少はひやひやしたが、ケイジとおシズのシャトルまでの徒歩移動は、元の計画段階から失敗するとは思ってはいなかった。

 前方にいるユリノには、何度も何度も何度も心配するなと説明したのだが……。

 ケイジとシズの100キロ徒歩移動がなぜ心配がいらないのかといえば……理由は色々あるだろうが、カオルコの私見でいえば、それはルジーナのファインプレーのお陰だろう。

 〈じんりゅう〉脱出直前、いち早く艦尾下部格納庫内のシャトル“スクールバス”に到着したルジーナは、カオルコが到着するまでの間を無駄にはしなかったのだ。

 〈じんりゅう〉を捨ててアウター外側ウォール上でのサバイバルが始まることを知ったルジーナは、たまたま僅かながら自分に与えられた時間で、今後のサバイバルに必要となりそうな物資を積み込ませておいたのである。

 水や食料やバッテリーやらといった物資ももちろんだが、中でも一番役に立ったのは、四体だけ積むことができた汎用ヒューボだった。

 もっと積みこんでおきたかったとルジーナは嘆いたが、例のトゥルーパー超小型・グォイド

との戦いに大量に狩りだされたので、四体だけでも積みこめたのは僥倖と言えるだろう。

 電池さえ持てば24時間働いてくれるヒューボいるのといないのでは、当然サバイバルの達成率が大いに違ってくる。

 ましてや核融合炉があり、電力にことかかないシャトルに積まれた場合は言うまでもない。

 カオルコはそのヒューボ二体に、いくつかのバッテリーを持たせた上で、リアカーで夜逃げを開始したケイジ達へと迎えに向かわせたのである。

 ケイジ達の徒歩移動は、凍死防止のヒーター稼働による予想外の電力消費で難航したようだが、24時間休み無しで移動可能なヒューボ二体は多少ランデブー予想地点からずれたものの無事彼らとランデブーし、ケイジとシズに予備バッテリーを渡した上でリアカーの荷台に乗せ、シャトルまで難なく引き返すことに成功したのであった。

 視界に映る夜逃げ体勢からリキシャ・モードとなったリアカーの姿はみるみる大きくなっていった。


「よう、ひさしぶりっ」

『……この度は……たいへん……お待たせしました……』


 ヘルメットの通信機が繋がる距離になり、カオルコはとりあえずそう呼びかけると、声を出すのも億劫そうなケイジのコメントしがたい返答が返って来た。

 まぁ疲労具合を考えれば無理もない話だろう。

 カオルコは二人と無事合流できたことを、さっそく緊急脱出ボートにいるユリノとミユミに伝えねばと思った。

 きっともの凄く……必要以上に心配しているに違いない。

 それからケイジに、頼まれた作業の進捗についても報告せねばとも思った。

 旅はまだ終わったわけでは無い、今度はケイジらと共に、緊急脱出ボートへと向けた自分達の旅が始まるところなのだ。

 それを成功させるには、ケイジの思いついたプランに賭ける他なかった。

 カオルコはシャトル目前まできたヒューボの押すリアカーに、ルジーナが「わ~ん」と叫びながら駆け寄るのを見送りながら、改めて決意を固めた。


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