▼Overture partⅦ

 航宇宙・飛宙艦載機母艦――いわゆる空母は、第二次グォイド大規模侵攻迎撃戦で初投入されたSSDFでも比較的歴史のある航宙艦種であった。

 それはUV技術実用化初期の人類が、迫りくるグォイド艦隊を迎撃殲滅する際に、まだ技術的に射程の短いUVキャノンや、誘導の不可能な実体弾投射砲以外の攻撃手段を模索した結果、必然的に辿り着いた答えであった。

 ……と同時に、グォイド遭遇以前の人類同士の戦争での経験が、大きく影響していることもまた否めなかった。

 第二次大戦以後、それまでの大艦巨砲主義から、航空機を用いた空母打撃群を主力としたドクトリンは、目標撃破のパーセンテージにおいて戦艦の主砲を遥かに上回る確実性があり、22世紀前後の幾度かのドローン戦争を経ても、空母から発艦させた航空機を目標に可能な限り接近させ、ミサイル等を確実に命中させる攻撃スタイルが主な攻撃手段であることに変わりは無かった。

 宇宙空間におけるグォイド戦においても、人類は空母と艦載機を用いた攻撃が有効であると信じずにはいられなかったのだ。

 UVキャノンの射程外にいる敵グォイド艦隊に対し、飛宙攻撃機を空母から発艦、接近させ、UV弾頭ミサイルを叩きこめば、実体弾投射艦と同等の攻撃手段になるはずだ、と。

 それはあながち間違った選択では無かった。

 が同時に宇宙空間は、飛宙艦載機を用いるには、あまりにも地球上とは異なる環境でもあった。

 真空無重力宇宙では運動の第三法則がありのままに働き、動くことと止まることには同等の推進エネルギーが必要であり、当然地球大気圏内を飛ぶ航空機のような空力制御を用いた挙動は不可能である。

 ましてや空母から発艦した飛宙艦載機が、敵艦隊に向い、攻撃を終え、Uターンしてまた空母に戻って来るなどという挙動には、どれほどの燃料を積んでも切りが無い。

 しかし、UVキャパシタの比較的早期の開発成功により、飛宙戦闘攻撃機の実用化がなされると、SSDFは対グォイド戦初期の第二次グォイド大規模侵攻迎撃戦に、空母と共に飛宙艦載機を投入することを決定した。

 運動の第三法則に伴う加減速に必要な燃料(UVエネルギー)の大量消費問題に関しては、空母と艦載機の性能をどうにかするのではなく、運用方法を工夫することで対処した。

 必ず二隻一組の偶数の空母によって、迫りくるグォイド艦隊を挟むように展開し、発艦させた艦載機群を敵艦隊攻撃後にUターンさせて元いた空母に帰還させるのではなく、敵艦隊を挟んで反対側にいる空母に着艦させるようにしたのだ。

 これにより発艦した艦載機は、敵艦隊攻撃後にUターンする必要はなくなり、消費するUV燃料は大いに少なくて済むようになる。

 敵艦隊攻撃を終えた艦載機を迎え入れる側の空母は、着艦の際に大がかりな回転式アームで艦載機を受け止め減速させる。

 つまり、空母は敵艦隊の左右で艦載機の発艦と着艦を繰り返すのだ。

 この運用方法の成功により、SSDFの航宙空母は第二次グォイド大規模侵攻の迎撃に大いに寄与することとなった。

 が、SSDFの空母実用化に伴う人類の喜びは、長くは続かなかった。

 第三次グォイド大規模侵攻迎撃戦時に、グォイド側もSSDFの飛宙戦闘攻撃機対策として、空母級グォイド艦と、飛宙艦載機級小型グォイドを投入してきたからだ。




 いかに宇宙では運動の第三法則がありのままに働くからといって、飛宙機と航宙艦では、圧倒的に飛宙機の方が小回りが利く。

 サイズの問題からUVキャパシタしか搭載出来ない為、発揮できる推力の時間と量には厳然とした限界があるが、飛宙機の接近を許してしまった航宙艦は、対宙レーザー迎撃システムがあるとはいえ、その機動性の差故に迎撃が大いに困難になることは変り無かった。

 SSDFは、いや人類は、飛宙艦載機と空母を用いて攻撃することは思いつきはしたが、逆にそれで攻撃される場合は想定していなかった。

 少なくとも、想定はすれども実際の対処はまだしていなかった。

 グォイドが人類側の空母投入に、こうも早く対処対応してくるとは想像することができなかったのだ。

 さらにグォイドが投入してきた空母艦載機たる飛宙艦載機級小型グォイドは、人類側の有人飛宙機と違い、大げさに言えばミサイルがミサイルを積んで飛来してくるようなものであった。

 グォイド空母が放つ小型グォイドは、基本的に帰還することを想定されていない。

 それはつまり帰還を考えずにUV燃料を使うことができ、また最後には自身がミサイルとなってSSDF艦艇に体当たりを敢行してくるということであった。

 第三次グォイド大規模侵攻迎撃戦において、シードピラーの影から現れた複数のグォイド空母に対し、人類は予想外の大ダメージを受け、シードピラーの地球侵攻を危うく許してしまうところであった。


 からくもこのピンチを切り抜けられのは、艦数合わせとしてかり出されていた〈びゃくりゅう〉内で、レイカ達が【ANESYS】を用いて飛宙艦載機級小型グォイドを対デブリ用レーザーで迎撃する為の射撃プログラムを即席で構築させたことが、大きな要因であった。


 辛くも小型グォイドによるSSDF迎撃艦隊への攻撃は防いだものの、グォイド大規模侵攻艦隊への攻撃に向かわせたSSDFの飛宙攻撃機部隊も、敵グォイド空母の放った直援用飛宙小型グォイド編隊に阻まれ、多大な犠牲を被った。

 SSDF側の有人飛宙艦載機は、有人故にパイロットの耐G限界を越える機動ができないのに対し、飛宙小型グォイドにはその制限は無い。

 故に、ドッグファイトに値するシチュエーションになった場合、人類側の飛宙艦載機の方が圧倒的に不利となってしまうのであった。

 この戦いによって、SSDFの多くの優秀な有人飛宙機パイロットの命が失われた。

 そして第四次グォイド大規模侵攻において、人類は再びグォイドの空母と飛宙艦載機級小型グォイド群と相まみえる時が来たのである。





『来たぞ~……わらわらと来たぞ~!』

「シ~……!! 黙っておけクィンティルラ! 連中にバレるぞ!」


 怯えているようで、どこかワクワクしているようにも聞こえるクィンティルラの言葉を、テューラ副長がいさめた。

 レーザー回線とて、万が一にも敵が横切ったら存在が露見する恐れがある。

 ……と同時に、ユリノが見つめるなか、小惑星の影に隠れている昇電から送られてくる映像内を、無数の光点が横切っていった。

 グォイドの飛宙艦載機群の光だ。


 ――〈じんりゅう〉バトルブリッジ内――。


「クインティルラの存在は、とりあえずばれちゃいないみたいだな……」

「取得した位置情報と速度から、敵飛宙艦載機群の〈ヴァジュランダ〉攻撃圏内突入まであと約90分弱です」


 テューラ副長に続き、ユリノは電測席で得た情報を報告した。

 同時にブリッジ内の総合位置情報図スィロムに昇電からの情報が反映され、さらにユリノによる敵グォイド別働隊の未来予想コースが描き足される。

 に守るべき〈ヴァジュラダ〉を示すアイコンを中心に、その手前に立ちはだかる様に〈ジュラント〉、さらにその遥か前方、小惑星の密集するエリア内に紛れ〈じんりゅう〉が潜んでいた。

 それに対し、グォイド別働隊は大きく分けて縦三つに分離し、それぞれの速度とコースで【ゴリョウカク集団クラスター】奥の目標〈ヴァジュランダ〉に迫ろうとしていた。



◆空母二隻とその護衛駆逐艦五隻。

 【ゴリョウカク集団クラスター】の手前、〈じんりゅう〉から最も遠い位置、正確には小惑星の密度が航宙艦の高速航行に支障をきたす密度になる手前で、空母級グォイド二隻が護衛の駆逐艦五隻と共に停止していた。

 艦載機を放った空母の行動としては至極当然と言える。

 遠い為に今すぐ〈ヴァジュランダ〉に対する脅威にはならないが、同時にこの部隊に対してユリノ達に行えることも無い。

 とはいえ放置すれば脅威となることは明らかだ。



◆戦艦一隻、巡洋艦二隻、駆逐艦五隻の主力攻撃部隊。

 別働隊の主力であるこの部隊は、前後左右に間隔の開いた円錐陣計となって、小惑星の間をすり抜けるように先行して【ゴリョウカク集団クラスター】内に侵入を開始していた。

 しかし小惑星密集エリアたるここでは移動速度が大きく削られ、〈じんりゅう〉との交戦圏に入るのは約20分後だが、〈ヴァジュランダ〉の交戦圏に到達するまではさらに150分以上はかかる予想であった。



◆40機の飛宙艦載機級小型グォイド群。

 この環境下においては圧倒的速力をもつ小型グォイド群は、すでに戦艦含む主力部隊を追い越し、〈じんりゅう〉交戦圏まであと5分の位置にまで迫っていた。

 当然〈ヴァジュランダ〉への交戦圏到着も最も早く、約90分で到達する見込みだ。

 つまりグォイド別働隊の中でも〈じんりゅう〉との交戦圏に真っ先に到達し、また〈ヴァジュランダ〉にも最初に到達することになる。



「……で、どうする? レイカ7」


 テューラ副長が焦れるように姉に尋ねた。

 無理も無い。

 迎撃の為前方に突出した〈じんりゅう〉が、一番最初に敵飛宙艦載機級小型グォイド群と会敵することになるのだ。

 それも交戦圏突入まで残り時間はあと5分も無い。

 つまり今すぐ何をどう行動するか判断せねばならない。

 そのあとにはすぐ戦艦級含む主力部隊が来る。

 小型グォイド群の迎撃を選択する場合は、小惑星の影に待ち伏せアンブッシュしているというアドバンテージを、早々に使ってしまう事になる。

 ということは、小型グォイド群の後に続く戦艦級含むグォイド別働隊主力に対しては、すでに〈じんりゅう〉の存在が知られた状態で、真正面から戦わねばならない。

 彼我の戦力差からいって、それは自殺行為でしかないだろう。

 仮に先行している小型グォイド群と主力部隊を殲滅できても、【ゴリョウカク集団クラスター】すぐ外の空母級二隻と護衛駆逐艦がまだ健在であり、対処が必要だ。

 事態は予想を越えて厄介な方向へと進んでしまった。

 数でも総火力でも上回る敵に、一番してほしくない戦術をとられてしまった。

 グォイドの立場になってみればそれは当然の選択ではあるのだが、〈ヴァジュランダ〉防衛の為には、〈じんりゅう〉は小型グォイド群との会敵までの極めて短時間で、どう行動するかを決断せねばならなくなった。

 はたして……この状況下で導き出される最良の選択肢とは……、

『〈ジュラント〉のリュドミラより〈じんりゅう〉ユリノ艦長へ、私にアイディアがあるんだけれど良いかしら?』

 意外にも、答えは〈じんりゅう〉のはるか後方で〈ヴァジュランダ〉を守るVS‐804〈ジュラント〉から届いた。






「全クルーに緊急通達! 本艦はまもなく【ANESYS】マニューバに入る。総員直ちに最寄りの耐Gシートの着き、ベルト着用の上身体を固定し、高機動戦闘に備えよ! 繰り返す――」


 通信席から〈じんりゅう〉全艦内への緊急放送が響く。

 ユリノも今一度、自分の体の座席への固定を確認した。

 〈じんりゅう〉艦内でも、通路や内壁等のいたるところに設置されている仮設座席にクルー達が大急ぎで着席し、シートベルトで身体を固定しているはずであった。

 【ANESYS】非搭載の他の航宙艦ならばともかく、【ANESYS】を搭載し、それを実行中の艦内で身体をフリーにしておくのは自殺行為だ。

 この状況下で〈じんりゅう〉にもアドバンテージがあるとしたら、それは三つしかない。

 地の利があり、待ち伏せアンブッシュ体勢ができていること。

 オリジナルUVD搭載艦である為、UVエネルギー出力にはこと欠かないこと。

 そして【ANESYS】の超高速情報処理能力が使えることだ。

 状況からいって、【ANESYS】を使ってグォイド別働隊との戦闘を行なう事は不可避であった。

 が、それだけでは勝てない。

 【ANESYS】の思考統合限界時間の問題だ。

 【ANESYS】には一時間につき約六分しか行えないという厳然とした制約がある。

 この限られた時間内に、〈じんりゅう〉の有する機動力と火力の射程距離を加味すると、現在位置から攻撃が行える範囲が導き出される。

 〈ヴァジュランダ〉を狙うグォイド別働隊は、前後に分かれたために、この一度の【ANESYS】で〈じんりゅう〉が攻撃できる範囲からはみ出てしまったのだ。

 つまり、【ANESYS】による攻撃を行なった場合、グォイド別動隊のうち、【ゴリョウカク集団クラスター】すぐ外の空母部隊が射程圏外なのはもちろんのこと、戦艦含む主力部隊か、飛宙艦載機級小型グォイド群のどちらかしか攻撃できない。

 当然、どちらかでも逃せば〈ヴァジュランダ〉に危険が及ぶ。

 しかもそのどちら部隊もまた、【ANESYS】の攻撃限界範囲ギリギリまで長く前後に伸びて進行している。

 まるで三年前のここでの戦いのようだ……とユリノは思った。

 三年前の【ゴリョウカク集団クラスター】での〈ヴァジュランダ〉を守る戦いでも、【ANESYS】の時間制限とそれによる攻撃範囲の問題に苦労した。

 だが、今回はこの問題に対し、一応の解決策が見出されていた。


 ――飛宙艦載機級小型グォイド群の通過からおよそ15分後、戦艦級含む主力部隊〈じんりゅう〉通過から30秒後――。


「あ……あのぅ……リュドミラ艦長……なんていうか……お手柔らかにね」


 姉が装着した艦長席のシートベルトを確認しながら、珍しくやや緊張した声音で告げた。

 バトルブリッジ内の全クルーも同じようにやや緊張した顔で、その時を待っている。

 やはりこの状況下でグォイド別働隊を阻止する為には〈じんりゅう〉の【ANESYS】機動による攻撃が必要である。

 その為に、〈じんりゅう〉は小惑星の影で、全ての船外照明をカットした上でわざと〈ヴァジュランダ〉方向へと前後に分かれて進行するグォイド別動隊の二集団を通過させた。

 そして戦艦級を中心とした別働隊主力が通過した直後……つまり相手の背後をとった瞬間、作戦を開始した。


『〈じんりゅう〉全クルーへ、【ANESYS】スタンバイ……』


 〈じんりゅう〉外から響く声が告げる。


『心配しないでみんな、優しくするから!』


 リュドミラ艦長の声が思い出したように姉に答えた。


『カウント3で起動する。3……2……1……アネシス、エンゲージ!!』


 【ANESYS】を用いての〈じんりゅう〉の戦術機動が開始された。

 猛烈な加速が開始され、ユリノ達の体がシートに押し付けられる。

 同時に総合位置情報図スィロムに到底目では追いきれない速度で予測進路等々のラインが描き足され、画面が七色で埋まっていく。


「おおおおおおお…………これは……なかなか……」


 【ANESYS】の最中にも関わらず、テューラ副長のビブラートのかかった言葉が聞こえて来たが、それは途中で途切れた。

 ブリッジ前方のメインビュワーには、グォイド別働隊主力部隊の艦尾スラスターの光が、猛烈な速度で大きくなり、艦尾ディティールが分かる程になっていく。

 【ANESYS】の超高速情報処理能力によって、〈じんりゅう〉がグォイド別働隊主力へと襲いかかったのだ。

 ユリノもまた、【ANESYS】中にも関わらず、その光景を個人の意思として電測席から恐怖と共に見つめていた。

 今回の【ANESYS】マニューバは〈じんりゅう〉クルーによるものではなかった。

 無人機と昇電、ありったけのプローブを用いて無理矢理中継された通信回線を用い、のリュドミラ艦長率いる〈ジュラント〉クルーの【ANESYS】によって、〈じんりゅう〉が強制遠隔操作オーバーライドされているのだ。

 ユリノは【ANESYS】に繋がっていない状態で【ANESYS】中の艦内にいる気分を、生まれて初めて味わうことになった。

 二度と味わいたくないと思った。





 三年前の【ゴリョウカク集団クラスター】での〈ヴァジュランダ〉を守る戦いと、今回の戦いとでは相違点がいくつかあるが、中でも【ANESYS】搭載艦が最初から二隻いるという事実は、ユリノ達〈ヴァジュランダ〉を守る側にとって重大な意味があった。

 〈ジュラント〉のリュドミラ艦長から出されたアイディアとは、〈ジュラント〉のクルーで行った【ANESYS】による超高速情報処理能力を、事前に配置しておいたプローブや無人機による通信中継ラインを通じて〈じんりゅう〉を強制遠隔操作オーバーライドするというものであった。

 このマニューバのメリットは、短時間に【ANESYS】を使ってグォイド別働隊にぶつけられる回数を増やせる、というものであった。

 本来【ANESYS】は一時間につき約六分間しか行えないが、この手段によって〈じんりゅう〉は、〈ジュラント〉の【ANESYS】による攻撃が終わった後も、間髪いれずに今度は〈じんりゅう〉クルーによる【ANESYS】で戦闘の続行が可能となる。

 当然〈ジュラント〉の方は【ANESYS】後、一時間経たないと再【ANESYS】は行えなくなるが、グォイド別働隊の先頭である飛宙艦載機級小型グォイド群が、〈ジュラント〉の交戦圏内に突入するまでまだ1時間以上ある為、理屈の上では再【ANESYS】実行に問題無いはずであった。

 姉も同じ結論に達していたのか、リュドミラ艦長の意見を即採用した。

 オリジナルUVDの出力と【ANESYS】の超高速情報処理能力が加わった〈じんりゅう〉ならば、グォイド別働隊主力部隊を殲滅すること自体は充分に可能だが、それだけでは残りのグォイド別働隊は倒せない。

 極端な話、飛宙艦載機級小型グォイドが一機でも対艦UV弾頭ミサイルを〈ヴァジュランダ〉に撃ち込まれてしまったならば、ユリノ達の敗北なのだ。

 その事態を回避する為には、【ANESYS】を如何に使うかが鍵となっていた。





 基本的にグォイドの艦艇は、一刻も早く目標たる地球にシードピラー播種柱と共に辿り着くことを優先するあまり、SSDFの艦艇のようにリバース・スラスト性能や、減速時の戦闘力は重視されていない。

 減速が必要な時は、スラスト・リバーサーなど使わず、船体そのものを180度反転させることで賄っている。

 武装は人類の防衛網を食い破る為に船体前方に集中しており、艦尾方向に向けられるのは対宙・対デブリレーザー砲くらいである。

 つまり、基本的にグォイド艦艇は後方からの攻撃に弱い。

 それが可能ならば背後から攻撃するのが、この状況下での最善策と言えた。

 だからといって、グォイドの背後をとるのはそう簡単ではない。

 宇宙では待ち伏せ(静止)した状態から加速し、敵集団に追いつき相対速度を合わせたうえで背後から攻撃しようとした場合、まず間違い無く加速している間に相手に気づかれ対処される。

 だから行いたくともそれが可能なシチュエーション自体が、普通は成立しない。

 しかし、ここは小惑星が密集した【ゴリョウカク集団クラスター】であった。

 速度を出せない目標に対し、待ち伏せした状態から加速し、攻撃可能距離まで追いつくのは可能である。

 ユリノや姉達のコントロール下を離れた〈じんりゅう〉は、ユリノらの意思と予想を無視して、進路上に漂う小惑星を回避しながら、猛スピードで円錐陣計をとるグォイド別働隊主力部隊の後方に急接近した。

 ユリノは両手を縛られたままあばれ馬に乗せられた気分になった。

 もちろんそんな経験は無いが……。

 敵艦艦尾がビュワー一杯になったところで〈じんりゅう〉主砲UVキャノンが勝手・・に発砲を開始、まず敵陣中心最後尾にいた戦艦級グォイド艦を後方から刺し貫いた。

 ほぼ同時に戦艦級グォイドの周囲を守っていた駆逐艦三隻にも旋回させておいた主砲搭からUVキャノンを放つ。

 距離があったが、防御力の劣るは駆逐艦の内二隻はそれであっさりと爆沈した。

 狙った残る一隻は小惑星が盾となって沈め損ねたが、代わりに破壊された小惑星の破片を散弾のように食らって沈黙した。

 そのまま戦艦級グォイドのすぐ横をすれ違い様に、真横に旋回させておいた艦尾主砲を叩きこむ。

 いかに戦艦級といえども、艦尾と側面からごく至近距離で放たれたUVキャノンにはひとたまりも無かった。

 艦尾ビュワー映像内で、後方に遠ざかる戦艦級グォイドが焼き餅のように膨らんだかと思うと一瞬遅れて大爆発し、同時に襲い来た衝撃に、ユリノは再度シートに激しく押し付けられた。


「ひぃぃぃぃいぃぃぃぃいいいいいぃぃ~!」


 ユリノは歯の隙間から抑えきれぬ悲鳴を洩らしながら思った。

 いつもならば一秒でも長く続いて欲しいと思う【ANESYS】であったが、今回ばかりは、一秒でも早く終わっておくれ! と。

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