▼第五章 『トゥルーパーズ イン スターシップ』 ♯5
眩い補助エンジンナセル二基の爆発の閃光が、〈じんりゅう〉のシルエットを一瞬黒く浮かび上がらせつつ、掌のような形で迫る
「おいおい、なんってぇ無茶を……」
昇電コックピットのクィンティルラは、ただその光景を呆れながら見守ることしかできなかった。
爆発で吹き飛ばされた無数の
「フォムフォム……出て来るぞ」
後席のフォムフォムがそう告げると同時に、爆圧に押し出されるようにして爆煙突き破り〈じんりゅう〉が姿を現した。
「上手くいった……のか? ……」
「フォムフォム……」
現れた〈じんりゅう〉の姿に、クィンティルラが思わず呟くと、フォムフォムが同意するように言った。
〈じんりゅう〉は艦尾方向からの爆発に、船体後部に少なからずダメージは受けていたが、その船体の後方に
〈じんりゅう〉に繋がっていた
がしかし――、
「逃げろ! 〈じんりゅう〉!」
クィンティルラは思わず〈じんりゅう〉に向かって叫んだ。
補助エンジンナセルの爆発を喰らい大いにサイズを削られ、〈じんりゅう〉の後方に大分引き離されたトゥルーパー《超小型》・グォイドの雲から、10体ほどの
その後端からは細く黒い糸が伸び、後方の
それは見た目も目的も〈じんりゅう〉の使う
“グォイド・アンカー”が引く糸は、
これに対し、補助エンジンナセルの爆発で艦尾側にダメージを受けた〈じんりゅう〉は迎撃が滞っていた。
まだ迎撃システムが爆発時のダメージから復帰していないのだろう。
仮にここで座視し、〈じんりゅう〉に繋がることを放置すれば、すぐさま糸はまた太さを増し、状況が振り出しに戻ってしまうことは間違い無かった。
「フォムフォム!?」
「ああ、やろうクィンティルラ……」
すでに昇電を旋回させはじめたクィンティルラの呼びかけに、後席の
再び
この事態に対し、昇電ができることは限られていたが、それでもこの事態を打開する手段は確かに持ち合わせていた。
それはユリノ艦長に許可を求めていたならば、絶対に許さないであろう手段であったが、幸いにも今彼女に許可を得ている時間的余裕は無かった。
「おっしゃ~! やったるぜぃ!」
クィンティルラは気合と共に、昇電のスロットルレバーを上げきった。
「状況報――」
ユリノは再び展開したエアバックから顔を上げようとしたところで、突如後方から響いた予想外の二度目の爆発音と衝撃に、三度エアバックに顔から突っ込んだ。
だがコンピュータが作り出した二度目の爆発音は、二基の補助エンジンナセルの爆発に比べれば遥かに小さく、届いた衝撃も弱かった。
そしてその直後に、クィンティルラの『へへ~ん! ど~んなもんだ……ぃ………………』という達成感溢れる通信音声を聞いた気がした。
「な……なにごとなの!?
ユリノは顔を上げると叫ぶようにして尋ねた。
[マダ数体ノ
「のだが……なに!? 二度目の爆発はなんだったの!?」
[ゆりのヨ、ドウヤラ一端糸ヲ絶チ切ラレタ後方ノとぅるーぱー《超小型》・ぐぉいど雲ガ、再ビ〈じんりゅう〉ニ糸ヲ繋ゴオウト触手ヲ伸バシタラシイ、ソレヲ…………]
「エクスプリカ、早く答えなさい!!」
こういう時だけ人間並みに言い淀むエクスプリカに、激しく焦れながらユリノは訊いた
[後方ノ
「…………」
ユリノはしばし何も言葉が出てこなかった。
[慌テルナ! 落チツケゆりのヨ! 後方せんさーガ補助えんじんなせるノ爆発デ不調ニナッタ為、断言ハデキナイガ、状況カラ見テ、昇電ハ装備シテイタ耐木星深深度がす雲装備ヲ
「…………ホントにぃ?」
ユリノはエクスプリカの言葉を反芻しながら再度訊いた。
補助エンジンナセル二基の爆発から僅か数十秒の間に、自分は部下を失ってしまったのだろうか? そんな恐怖が、理性の蓋をこじ開けようとしているのを感じる。
もしその理性の蓋が解放されてしまったら、もう艦の指揮どころではなくなってしまうだろう。
エクスプリカの言う通り、確かに昇電は他に装備できるものが無いことから、ここ二週間ほどでケイジらの手によって、木星内で使っていた耐木星深深度ガス雲装備を再度取り付けられていた。
他に
[残念ナガラゆりのヨ、艦ノ後方せんさーガだめーじヲ受ケテイル上ニ、補助えんじんなせるノ爆発デ飛散シタ
エクスプリカは黙考するユリノにそう答えた。
その声は、機械のくせにどこか希望と予測との境界が曖昧に聞こえた。
「あ、あの……ユリノ艦長! ……その……クィンティルラ大尉とフォムフォム中尉ならきっと大丈夫ですよ!」
突然これまで発言の機会が無かった通信席のミユミが、声のボリュームを間違えたかのような上ずった大声で告げた。
「だって…………だってあの二人ですよぉっ!」
その声が、自分を元気づけようとしていると同時に、自分がすべきことを成すよう訴えていることぐらい、ユリノにもすぐに分かった。
それに……ミユミの言葉には、問答無用の説得力があった。
……無闇にあった。
クィンティルラとフォムフォムの心配をするなど、時間の無駄遣いも甚だしい!
彼女らを心配して、ここで立ち止まっている時間的余裕はない。
事態は以前進行中なのだ。
「状況報告!」
ユリノは改めて尋ねた。
[尾下部ノUVしーるどガ60%ニマデだうん、しーるど完全消失部多数。
艦尾下部主砲搭オヨビ対宙れーざーガしすてむだうん、再起動マデアト5秒。
ソノ他警備ナ損傷ガ多数。
現在だめこん用ひゅーぼガ不足シテイル為、対応ニハ時間ガカカル模様]
尋ねるなりエクスプリカからのロクでも無い報告が怒濤の如く返って来た。
当たり前であったが、ダメージのほとんどが補助エンジンを爆破したことによるものだった。
[
「……よし!」
ユリノは甚大なダメージを負いながらも、とりあえずの目標が達成できたことに拳を固めた。
もちろんそれは強がりであったが……。
だが背負った負債は艦のダメージだけでは済まなかった。
「艦長、補助エンジンを二基失って推力が減ったのと、
フィニィが上ずった声で報告した。
「艦首を上げて推力前回!」
「もうやってるよぉ!」
慌てて命じるユリノにフィニィは即答した。
爆発から数十秒、
「うう……どうにかならない?」
「できるだけ先延ばしにはするけれど……墜落自体は避けられない。持たせてあと……10分……いや15分だね。
その後〈じんりゅう〉は
無理を承知で尋ねたユリノに、フィニィはすまなそうに答えた。
「そんな……例の【ANESYS】が指示した“あの場所”には辿り着けるの?」
「墜落でも良いなら。……どちらかというと、通り過ぎちゃうことの方が心配だけれど……」
[ゆりのヨ、着陸デハナク墜落デアル以上、オ前達ガ〈じんりゅう〉艦内ニイルコトハ非常ニ危険ダ。
ソモソモコノ艦ハ重力下ニ着陸モ着水モ行エルヨウニ設計サレテハイナイ]
言い淀むフィニィの言葉をエクスプリカ引き継いだ。
[コレダケノ大質量ヲ持ツ物体ガ墜落スルトイウ時ニ、ソノ中ニルコトハ危険ダゾ]
「それって……つまり……」
ユリノはまだそこから先を口にする覚悟ができていなかった。
――だって……この艦は〈じんりゅう〉なのよ?
どうしても心の中でそう訴えてしまう。
数々の死地を切り抜けてきた〈じんりゅう〉に、そんな末路が待っているなどと、素直には認められなかった。
『ブリッジの皆さん! お忙しいところすいません! 少しよろしいでしょうか!?』
ユリノの思考は、焦りを帯びたサティの艦内通信によって遮られた。
『主機関室へと向かって来た
「……なん……ですって!?」
ユリノは思わず訊き返した。
[ゆりのヨ、艦内ニ残ッタ
絶句するユリノに、エクスプリカが追い打ちをかけるように告げた。
通路の床方向への1Gがじわりと戻って来ると、カオルコはサヲリを必死に抱えながら、通路の壁から床へと転げ落ちた。
内臓を揺さぶられる不快さと同時に、背中から床に叩きつけられ激痛が走る。
だがそんなことはどうでも良かった。
遠心重力最大時にサヲリがカオルコの体重を掴んで支えたのはほんの数秒であり、その後すぐに〈じんりゅう〉のロール機動の減速が始まったが、それでもサヲリには恐ろしいほどの負荷がかかったことは間違いない。
サヲリにぶら下がる体勢となったカオルコは、すぐ振り子のように身体を揺すってラッタルに足を掛け、逆にサヲリの下半身を掴んで支えたが、サヲリはそれからロールが完全終了するまでの間、一言も声を発しなかった。
「サヲリ! おいサヲリ! 返事をしろ!!」
カオルコは動かないサヲリに必死に呼びかけた。
基本的な応急処置は
ともかくまずは、まずは容体を確認せねばならない。
カオルコはパニックに陥りかけた自分をねじ伏せながら、
だから通路の床が僅かに振動していることに気づくことが出来なかった。
真空となった通路内では音は響かない。
だからすぐ後ろで起きていることでも、振り返ってその目で確認するまで気づくことができなかった。
通路の床を震わせる程の何かが背後から迫って来ている事を……。
「!!ッ」
ヘルメットの向こうで、サヲリがうっすらと瞳を開けたかと思うと、次の瞬間、上体を起こすなりいきなり左手で突き飛ばされた。
「サ――!!」
驚く間もなく、予想外のパワーで通路の壁に背中からまた叩きつけられるカオルコ。
一体なんで? という疑問は口にするまでもなく解けた。
さっきまでカオルコがいた位置の手前に、大口を開けた
音が響かないが故に、ここまで接近してても気付けなかったのだ。
そしてカオルコが一瞬前までいた位置には、上体を起こし、カオルコを突き飛ばしたサヲリの左腕があった。
「ヲリ……!!」
カオルコは叫んだつもりだったが、実際には掠れた声しかでなかった。
一度ならず二度までも助けられた……一瞬にしてそう理解する。
ただ助けられたわけじゃない、サヲリは自分が負うべき攻撃の身代わりになってくれたのだ。
すでに充分過ぎる程に身体にダメージを受けているというのに……。
カオルコの眼前で、ハサミを束ねて手動シュレッダーにしたような
本体である
だからケイジはロール機動が終わった後も、勝手に安心することはしなかった。
そしてなんとかエアロックとなった隔壁間まで到着したケイジは、空気が抜けるのを大いに焦れながら待ち、彼女らとを隔てる隔壁をようやく開放した瞬間思った。
“間に合わなかった”と。
ぐったりと床に倒れて動かないサヲリ副長がまず目に入り、その傍で片膝を突きながらひたすら
サヲリ少佐はもちろん、カオルコ少佐もケイジに気づくことなく射撃を続ける。
それから誰かの腕らしきものが床に転がっていることに気づき、ケイジは戦慄した。
だが驚くことに費やせる時間などなかった。
沸いてくる全ての感情を押しつぶし、ケイジはカオルコ少佐に向かって叫んだ。
『カオルコ少佐! 後ろに引っ張りますから副長を掴んでください! 今すぐ!』
万能キーの弾が尽きたまさにその瞬間、突然ヘルメットに響いて来たケイジの声に、カオルコは思わず振り返りたくなったが、その衝動を押さえこみ、倒れて動かないサヲリに飛びつくようにして抱きついた。
次の瞬間、カンッとばかりに
それと同時に、後方から何かのタンクらしきもの放物線を描いて視界に飛びこんできた。
そのタンクはカオルコの前に落下すると、床を滑って倒したばかりの
『引っ張ります!』
ケイジの叫び声が響くなり、カオルコの体が後方に向かって力強く引き摺られ始めた。
その速度は駆け足程度であったが、
少なくとも動けないサヲリを抱えて走るよりも遥かに速かった。
思わず背後に首を巡らすと、解放された背後の隔壁の奥で、両手でワイヤー・ガンを構えたケイジが立っているのが見えた。
どうやら彼は、ワイヤーガンのワイヤーを自分の
なんでここに左舷にいるはずのケイジが!? という疑問はどこかに飛んで行った。
『少佐! 前!』
ケイジの声に振り返ると、新たな
「!」
間一髪で振り下ろされ
幸いにも、眼前の
カオルコは片手でサヲリを抱きしめつつ、まだ生きている幸運を束の間噛みしめた。
そしてこのタイミングで現れた少年に対する思いが爆発しそうになるのを感じた。
「ケイジ! 急げ!」
それはそれとして、カオルコは少年に向かって叫んだ。
カオルコ少佐とサヲリ副長が隔壁の内側に入るなり、隔壁を緊急閉鎖させる。
ケイジが初めて直接目にする
「だ~もう! 今だエクスプリカ! やれ! やれ! やれ!」
油断したことを激しく後悔しながら、ケイジは尻餅をついた状態で叫んだ。
同時に、つい先刻通路に放りこんでおいた
隔壁の向こうがどうなっているかは確認不可能であったが、上手く行っているならば、隔壁を破ろうと殺到する
これまで確認された
その一方で、エクスプリカの制御により隔壁の向こうの艦内気圧と人工重力のリミッターが解除され、極短時間ではあるが、数十気圧と10G以上の環境へと変えられているはずであった。
故に新たに空気を入れ、加圧することは可能であった。
また人工重力発生装置は、破壊された通路の上下ではなく、そのさらに上と下に設けられている為、使用に支障は無かった。
さらにケイジは
これによって、隔壁の向こうの通路内は、宇宙の真空無重力とは遥かにかけ離れた高重力と、スプリンクラーの水が気化したことによる高気圧・高音高湿度の空間に変貌しているはずであった。
たとえ
ましてや、このような環境を体験したことも想定したこともない、真空無重力にのみ対応しているはずの
もしその間接のガス圧よりも高い気圧の環境を生み出すことができたならば…………。
ケイジはごく短時間ででっちあげたこの作戦が上手く行くことを祈った。
「エクスプリカ! 状況は!?」
[当該通路内ハせんさーガコトゴトク破壊サレテイテイル、今生キ残ッタ内部ノひゅーぼノせんさーニあくせす中。ダガドチラニシロ、りみったーヲ解除シテ高圧高重力環境ヲ維持デキルノハ、モッテアト10秒ガ限界ダ]
「なら構う事はない! 限界に達し次第、右舷艦尾無人機発進口から放りだせ!」
ケイジは目の前の隔壁が、グォイドの体当たりで盛り上がった部分を中心に、内圧で破裂しそうな程にまるく膨らんでいくのを確認しながら叫んだ。
きっかりその10秒後、本来ならばセーピアーが発艦する〈じんりゅう〉右舷艦尾無人機発進口のハッチと、そこから右舷船体中央のグォイド侵入口との間にある隔壁全てが解放された。
仮に高温高圧高重力に
ガス圧で可動する
そして行き場を設けられた通路内の高圧大気は、巨大な空気鉄砲となって一気に侵入者を船外に吐き出した。
その勢いは、高圧であった分、かつてケイジが行ったルイス&ワトニーマニューバを遥かに凌いた。
その吐きだされたガスの中に、少なく無い数の
少なくとも、これで一時は艦内の
ケイジは安堵する間も無く、動かないサヲリ副長に呼びかけ続けるカオルコ少佐の元に向かった。
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