▼第五章 『トゥルーパーズ イン スターシップ』 ♯4
――〈じんりゅう〉ロール機動開始直前――。
「分かった! 分かったから早く実行しろユリノ!」
「こっちはなんとかします! 急いで艦長!」
ブリッジにそう返答しつつ、隔壁一つ分をサヲリと共にライフルを交互に撃ちまくりながら後退したカオルコは、
閉鎖した直後から、早速隔壁が
しかし、もうこれ以上は後退できない。
カオルコらの背後にはもう二枚隔壁があったが、その二枚はエアロックとして使う為に残さねばならないものであった。
現在カオルコ達がいる通路から船外までは、隔壁が全て破壊された為に真空状態であり、生還できた場合はカオルコ達が船体奥の居住区に戻るのに必要であった。
カオルコの背後にある隔壁が破壊されてしまった場合は、たとえ生還できたとしても、艦奥の居住エリアに戻るのに、居住エリア内を一度完全減圧して真空にせねばならなくなってしまう。
即命に関わる問題では無いが、現状〈じんりゅう〉にとってはクルーの命運に関わる大ダメージと言えた。
そして背後にある隔壁のさらに奥の二枚目の隔壁は、重要ブロックを仕切る為のもので、ここまでの隔壁よりも数倍の厚みと耐久性があったが、その向こうはもうバトルブリッジまで遮る隔壁が無い。
正確にはバトルブリッジまでには1デッキ上に昇らねばならないが、
背後の隔壁を破られたら、もう遅滞戦闘は行えず、事実上ブリッジは放棄する他無い。
「とうとうコイツの出番がきたか……」
ついに所持していた全てのライフル用マガジンを使いきていたカオルコは、背負っていた虎の子の長い銃を構えた。
サヲリがライフルのマガジンを譲ろうとしてくれたが、それは遠慮しておいた。
彼女にもマガジンは必要だ。
「何故今まで使わなかったのカオルコ?」
「一人で戦ってた時はライフルから切り替える暇も無かったし、万が一通用しなかったら即デッドエンドだったからな、使うに使えなかったのだ」
互いに隔壁に向かって銃を構えたまま、サヲリの問いにカオルコは答えた。
「射程も短いし、弾も装填されてる16発しかないしな」
そうカオルコがさらに付け加えている最中から、ユリノ艦長が命じた通りに〈じんりゅう〉のロールが開始された。
床方向に働いていた疑似重力発生装置による1Gが、それを上回る遠心重力によって打ち消されると、床に着いていた二人の足が離れ、ラッタルに引っかけた安全帯のフックを支点にして90度傾き、カオルコ達を
遠心重力は1Gでは済まず、2G……3Gへと増えていく。
船体にはり着いた
「サヲリ! ラッタルに足を掛けてしっかり掴まっておけ、安全帯に頼ると胴体が千切れるぞ!」
急激に増して行く遠心重力に対し、カオルコはサヲリにそう告げる一方で、上半身の体重を安全体に預け、
装着者に密着することで、真空で内部の空気が膨らんで動けなくなることを防ぐ
このパワーアシスト機能はもちろん耐1気圧以上にも調整可能であり、カオルコはこの機構の数値を上げることで激増していく遠心重力に耐えることができた。
もちろん呼吸などはパワーアシストされず、自前の筋力のみで耐える他なかったが……。
だが
すべて自前の筋力で耐えねばならなかった。
腰のベルトから伸びている安全帯に遠心重力が集中すれば、
カオルコの声に従い、サヲリは苦しそうに呻きながら壁のラッタルに足をかけた上でしがみついた。
ユリノ艦長がロール作戦実行前に躊躇った理由が、今現実となって二人を襲いかかってきたのだ。
襲いかかって来たのは遠心重力だけではない。
今や眼下となった隔壁を突き破り、
「なんという馬鹿力だ……」
カオルコは思わず呻いた。
その動きは遠心力で数倍になった自重により格段に鈍くなってはいたが、だがその鋭い脚部を壁面に突き刺しながら確実に通路を“昇って”きていた。
サヲリがGに耐えながら、必死に片手でライフルを下に向けて撃つが、状況が状況だけにまともに照準がつけられず、弱点の間接部分に命中させられず効果が無かった。
今は自分とライフルの重さに耐えるだけで精一杯なのだ。
虚しく1マガジン分の弾が弾かれる。
だが今のサヲリにマガジンを交換することなど不可能だった。
サヲリがヘルメット越しに苦悶の表情を浮かべるのが見えた。
「カ…………カオル……コ」
気絶寸前のサヲリが、必死にGに耐えながら呼びかけてきた。
彼女が『撃て!』と言おうとしているとカオルコには分かったが、まだ構えた銃を撃つわけにはいかなかった。
隔壁を抜けた
その動きは緩慢としてるいるが、速度はなくともパワーは二人をちょん斬るのにあまりあるだろう。
カオルコはミキサーの内側にはり着いているような気分になった。
しかも、姿を現した
だがカオルコは撃たなかった。
構えている銃の最適な距離に入るまでは、撃つわけにはいかなかったのだ。
――〈じんりゅう〉バトル・ブリッジ――
[船体ニハリ着イタ
「艦長、艦尾上部補助エンジン二基が、遠心力でもげそうだよ!」
エクスプリカとフィニィの報告。
「まだよ! まだ回して!」
ユリノっは
発艦した昇電より送られてくる位置データが反映された近距離
しかし、エクスプリカとの報告の通り、その飛び散っていく
互いにUVエネルギーで連結している
同時に〈じんりゅう〉は、ロールを行ないつつ、まだ無傷な艦尾下部主砲と対宙レーザー砲の射角が、
[ゆりのヨ、
「ああもう!」
ユリノは呻いた。
ロール作戦に効果はあったが、完全では無かった。
船体に取り着いた
ここでロールを止めてしまえば、再び糸を伝って手に負えない数の
もちろんそうなれば元の黙阿弥だ。
[ゆりのヨ次ノ指示ヲクレ、コノママデハマズイゾ]
そんなことは分かってるわい! と言いたくなることをエクスプリカが告げてきた。
ユリノはすでに分かっていた……今の状況についてではなく、次に自分が下すべき指示についてだ。
この指示を下せば、
だがそれは、大きなリスクをともなう判断でもあった。
今ここので危機を乗り越えられたとしても、その後に確実に訪れるであろう危機を乗り越えられなくなるかもしれない。
だが……今決断しなければ〈じんりゅう〉とクルーは……。
「フィニィ! 私の合図でロール機動を中止! それから――」
ユリノは決断した。
“万能キー”それは救命担当
全長1m20cm、全長の八割を締める銃身の上に二列のチューブ式弾装があり、左右8発合わせて16発の弾を装填可能。
廃莢と装填はグリップ後方のストック内機関部から行われるブルパップ方式。
発射の際のガス圧を利用したセミオート射撃が可能であり、装填された6ミリメタル球10粒入り散弾を近距離から発射することにより、金属製フレームや隔壁に直径10センチクラスの穴を開けることが可能であった。
これにより閉鎖された隔壁のロック機構や、ハッチの蝶番を破壊し、要救助者までの到達路の確保を行なう。
それは、300年以上前に発明され、使われ続けてきたいわゆるショットガンと呼ばれる銃の系譜であった。
散弾銃である関係上、離れて撃った場合は弾丸がそれだけ散らばってしまい、
だから彼女は相手が近づくのを待つ必要があった。
『カオルコ! サヲリ! カウント5でロール機動を止めるから、それまで持ちこたえて!』
目前まで迫った
サヲリが来る直前にここまで接近させた時は、思わず目を瞑ってしまったが、今回は違った。
今は眼下に迫った
まるでハサミを束ねた手動シュレッダーのような頭部をしている。
もちろん、そのようなもので挟まれたなら、人の体など即ミンチだろう。
だがそうさせるつもりはもちろんなかった。
「わたし達の船から……出て行け!」
眼下の
こと近距離に関しては、ライフルをはるかに上回る破壊力をもつショットガンの散弾は、胴体部の装甲ごと、脚部付け根間接に大穴を開けた。
真空無音の中、目に見える盛大なマズルフラッシュと硝煙の視覚情報以外では、
カオルコは
もっと撃つ覚悟だったが、その必要は無かった。
脚部の付け根を破壊したことにより、通路の内壁に脚を食いこませてここまで昇ってきた眼下の
その事実は
先頭の
遠心重力に耐えてここまで昇って来たその二体目の
そしてそのさらにした三体目の
照明を破壊され暗闇となった通路の彼方へと、連鎖的に
カオルコは通路の彼方に、微かに明りが見えた気がした。
それが
吸い込まれるようにして、通路の暗闇の奥に見える【ザ・ウォール】へと向かって落下するカオルコ。
もちろん、この状態下で、船外に放り出されたら命は無い。
だが、彼女がそのまま暗闇となった通路に転落し、船内から【ザ・ウォール】へと吐きだされることはなかった。
「!~ッ」
今まで聞いたことも無いようなサヲリの呻き声と共に、カオルコの落下は止まった。
カオルコが見上げると、今まで必死に遠心重力に耐えていたはずのサヲリが、カオルコの
「サヲリ!」
カオルコには彼女の名を叫ぶことしかできなかった。
ユリノの『……ゼロ!』というカウントの声により、〈じんりゅう〉のロールが中断され、遠心重力からの解放が始まったのはその直後だった。
「だ~もう! あと少しだったのに!」
クィンティルラは昇電で〈じんりゅう〉の周囲を飛びまわりながら、艦がロール機動で
ロール機動の間、弾き飛ばされる
主に艦尾上部の二基の補助エンジンナセルが黒い虫に今も覆われており、そこから伸びる糸を伝って、遥か艦尾上方から新たな
ロール中は一本にまとまっていた糸は、いつの間にか補助エンジン二基と艦尾右舷船体からの三本に分裂し、それぞれが新たな
クィンティルラは発艦してからその糸に散々機銃とレーザーの攻撃を行なって来たが、大した効果は得られなかった。
糸部分が弱点であることはグォイド側も百も承知らしく、見た目のわりに堅牢なUVシールドを備え、仮に切断に成功しても、その直前に別の位置から伸びた糸にとって代わられてしまう。
どうやら
その代わりに塊の縁や、糸の先端は防御力は弱く、攻撃して削ることは可能なのだが、それで悠長に敵を倒すことなど当然無理だった。
だから結果として昇電は、船体にはり着く
だが今より少し前、ロールを開始する直前の〈じんりゅう〉からケイジの通信が届いて来たことにより、昇電に新たな使命が生まれた。
「クィンティルラよ、それよりもケイジからのリクエストに……」
「分かってらい!」
クィンティルラはフォムフォムに答えながら昇電を〈じんりゅう〉右舷船体中央の
つい先刻まで、そこもまた
「させるか~っ!」
クィンティルラは叫びながら、その露出した侵入口に再び殺到する
〈じんりゅう〉の艦尾を覆っていたUVシールドはとうの昔に消え去り、昇電の機銃とレーザーは〈じんりゅう〉船穀へと容易に到達し、その上にはり着く
塊となっていても、その縁部分の
「フォムフォム! 今だ急げ!」
「フォムフォム……」
急かすクィンティルラに、フォムフォムはいつも通りのテンションで答えると、〈じんりゅう〉の船体に張り付かせておいた重ヒューボの移動を開始させた。
【重ヒューボ】――それは汎用人型ヒューボットでは行えない重量物を扱う作業用のヒューボであり、主に艦載機格納庫での装備換装作業に使用されている。
汎用ヒューボのサイズを5倍にして、フォークリフトやパワーショベルを混ぜたような姿をしており、【ケレス沖会戦】の直前には、〈じんりゅう〉へのオリジナルUVD換装作業で活躍した。
船外作業も考慮に入れられており、強力な
昇電で〈じんりゅう〉から飛び出たクィンティルラ達は、昇電の火力では大した成果を出せない事を噛みしめた直後、突然〈じんりゅう〉内のケイジから、ある仕事を頼まれた。
二機の重ヒューボで補修用汎用装甲板を右舷中央の侵入口まで運び、そこに被せて蓋をするので、侵入口に群がる
クィンティルラ達はもちろん驚いたし、艦長以外からの“お願い”で動くべきか迷ったが、エクスプリカの注釈があったことと、現状で行うに値するプランであったことから即納得した。
躊躇っている暇は無い。
ケイジの作戦は、〈じんりゅう〉のロール機動が減速を始め、船外での遠心重力が弱まりだしたところからはじめられた。
船体にとり着いた
ケイジはスタンバイさせておいた重ヒューボを艦尾下部格納庫から船外に出すと、あとは昇電の
昇電を用いてのクィンティルラによる侵入口防衛と、フォムフォムの
昇電からクィンティルラが見守る中、〈じんりゅう〉右舷船体中央へと艦首側から移動してきた二機の重ヒューボは、フォムフォムのコントロールに従い、間に持っていた補修用汎用装甲板を侵入口の上に被せると、溶接とリベット打ちの合わせ技で乱暴かつ速やかに固定していった。
「上手くいった…………のか?」
「……フォムフォム……多分……」
クィンティルラの問いにフォムフォムは曖昧に答えたが、彼女がそうい言うのならば、現状で出来うる限りのことは出来たのだろうとクィンティルラは思った。
だが仮にケイジのプランが思惑通りに行ったとしても、
ロール機動でも弾き飛ばすことができなかった
補修用汎用装甲板は耐えてはいたが、いつまでもは持たないだろう。
『ブリッジ外の全クルーに通達、本艦艦尾方向からの衝撃にそなえて!』
ユリノ艦長からの通信が響いたのはその直後だった。
「ロール機動停止完了!」
[ダガ
フィニィとエクスプリカの報告。
ユリノは
ロール作戦で船体表面の
だがユリノの次の指示は決まっていた。
今の〈じんりゅう〉とクルーを救うには、他に手段が無い。
問題は、今は救えても未来の〈じんりゅう〉とクルーを殺しかねないことであった。
だが、他に選択肢は思いつかなかった。
「ブリッジ外の全クルーに通達、本艦艦尾方向からの衝撃にそなえて!
フィニィ、推力そのまま、艦をロール90度回したあと、下降角15度でアウター《外側》ウォールに艦を向けて!
エクスプリカ、艦尾下部の主砲と対宙レーザーで奴らを出来うる限り迎撃しつつ、私の合図で艦尾補助エンジンナセル緊急
ユリノは一気にまくしたてた。
「…………」
操舵士からの復唱は、すぐには返って来なかった。
それに関しては、ユリノも無理ないことだろうと理解できた。
今自分が下した指示の意味を考えれば当然のことだ。
この無茶な指示に比べたらロール機動の方が行く分マシだったと言える。
だが――
「直ちに実行!」
「りょ……了解!」
ユリノの怒声に近い声に、フィニィは金縛りが解けたかのように返答すると、直ちに艦を動かした。
メインビュワーを上下から挟むように映っていた薄灰色の
さらに艦首をそこに向けたことで画面に映るものが完全に
[ゆりのヨ……分カッテイルトハ思ウガ……]
「分かってるわエクスプリカ……分かってるわよ」
ユリノは今さら不安げな声を出すエクスプリカに答えた。
ただでさえ
だが、今の〈じんりゅう〉にはその行いが必要であった。
[艦尾上方
エクスプリカの報告。
それはユリノの目論み通りの結果であった。
〈じんりゅう〉は今、【ザ・ウォール】内の
だがこの作戦は諸刃の剣でもあった。
ただでさえ迫っていた
しかも、
その糸へ、背面飛行することで、まだ生き残っている艦尾下部の主砲と対宙レーザーを必死に放ちながら、
[糸ヲ伝イ、新タナ
ブリッジにいないルジーナに変わってエクスプリカが報告する。
ユリノは
「艦尾上部の補助エンジンナセル二基、緊急
[了解! 艦尾上部補助えんじんなせる二基、
エクスプリカの返答の直後、ブリッジまで響く振動と共に、艦尾方向ビュワーに飛び去っていく〈じんりゅう〉の二基の補助エンジンナセル二機|の姿が確認できた。
二基の補助エンジンナセルは、張り付いていた
〈じんりゅう〉にはミサイルはもう一発も残っていなかったが、それでもミサイルの代わりになるものは存在していた。
「今よエクスプリカ!」
[了解……]
次の瞬間、眩い閃光が〈じんりゅう〉を背後から照らし、僅かに遅れて凄まじい衝撃波が〈じんりゅう〉を艦尾から蹴飛ばした。
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