▼第五章  『トゥルーパーズ イン スターシップ』 ♯3


 ――〈じんりゅう〉バトル・ブリッジから約50mの位置・右舷船体中央・通路内――


 カオルコはとうとう構えていたブルパップ・ライフルを撃つ瞬間が訪れたことを、どこか他人事のように思いながら、躊躇うことも無く引き金を引き始めた。

 少なくともそのつもりだった。

 どうも目前に迫った死という状況に対し、生存を望む脳を含む肉体が、そのパフォーマンスを最大限に発揮する為に、自身の意思とは無関係なところでそういう境地に無理矢理至らせたらしい。

 カオルコは自分の冷静さを褒めてやりたかったが、もちろん最初からそうだったわけではない。

 カメラの画面越しにではなく、10メートルも離れていない通路の彼方から、通路と隔壁とヒューボを滅茶苦茶に破壊しつつ現れたトゥルーパー超小型・グォイドを、直接肉眼で初めて|見た時は、この場に来たことを激しく後悔したものだ。

 通路の照明が破壊されたことによって、暗闇の中から現れた異形の姿を見て、震えあがらない人間などいないと思った。

 すでに減圧しきった通路内では、トゥルーパー超小型・グォイドによる破壊行動にも一切の音が響くことはなく、カオルコは肉眼でのみ確認可能な敵の破壊の限りを、どこか悪い夢のように感じながら見ていた。

 冷静さをある程度取り戻せたのは、ヒューボが身を呈して時間を稼いでくれたからだ。

 カオルコはヒューボが一体、また一体と粉々にされていく中、必死でトゥルーパー超小型・グォイドを観察することで、なんとか恐怖を克服した。

 そしてこのグォイドを、けっしてブリッジに近づけてはいけないという思いが、身体を動かした。

 だがライフルを撃ち始めた段階で、すでに残ったヒューボはもう5体も無い。

 カオルコは彼らに、残存している……あるいは破壊されてしまったヒューボからなんとかを回収した補修用速乾充填剤ムーススプレー装備を用いて、トゥルーパー超小型・グォイドの動きを止めることに集中させた。

 その上でカオルコがライフルで動かないトゥルーパー超小型・グォイドに射撃を行なう。

 射線を遮るヒューボの数が少なくなったからこそ行える戦術ともいえた。

 幸いライフルは今使える武装の中で最も射程が長く、トゥルーパー超小型・グォイドのキルゾーンの外から攻撃を続けられるうちは、カオルコの身に危険は及ばなかった……あくまでライフルと補修用速乾充填剤ムーススプレーが使える間だけのの話であったが……。

 最初の1マガジンを消費することで、トゥルーパー超小型・グォイドの装甲部分はライフルの弾がまったく歯が立たないことが分かった。

 が、同時に関節部分であればライフル弾が貫通し、空いた弾痕からは激しくガスが吹き出し、その部分の間接が使用不可能になることも発見した。

 トゥルーパー超小型・グォイドの関節はどうやら何らかのガス圧で動いているらしい。

 そのガスがライフル弾痕から抜け、力が入らなくなるという理屈らしい。

 だが、虫のように多脚のトゥルーパー超小型・グォイドの脚の一本や二本無力化したところで、動きは止めることは出来ず、一匹のトゥルーパー超小型・グォイドを沈黙させるのに最低半マガジンは必要になった。

 そうやって沈黙させたトゥルーパー超小型・グォイドにさらに補修用速乾充填剤ムースを塗って硬め、一時は通路を塞ぐことに成功するが、後ろに控えていた他のトゥルーパー超小型・グォイドが、前を塞ぐトゥルーパー超小型・グォイドの身体を引き裂いて前進してきた。

 まるで草刈り機だ! とカオルコは思った。

 この分ではマガジンが足りないどころか、マガジンを再装填する間もありはしなかった。

 通路にある隔壁は一つ残らず閉鎖させたが、重要区画以外のほとんどの隔壁は、軽量コンパクトを旨とする航宙艦では、減圧時のゼロ気圧に対策する為のものでしかなく、トゥルーパー超小型・グォイドの前では段ボール程度の抵抗でしかなかった。

 カオルコはヒューボを失いながら、背後にある隔壁を開けては後退し、すぐ隔壁を閉め、その隔壁が破壊され、トゥルーパー超小型・グォイドが侵入してくるまでの間、必死に攻撃をしかけることを繰り返しながら、じりじりと後退を続ける他なかった。

 ただ無心でライフルを撃ち続け、マガジンが空になる度に、迫るトゥルーパー超小型・グォイドの刃が自分に届く寸前で、新たなマガジンに交換し射撃を再開する。

 一瞬でも気を抜けば即破滅が訪れる、紙一重で死を回避する戦いが続いていた。

 そんな戦いが、いつまでも続けられるわけが無かった。










 ――〈じんりゅう〉艦尾上部格納庫――。


『…………だけど……だけどクィンティルラ、こんな状況下で昇電を発艦させたら、ちゃんと収容できるかわかったもんじゃないのよ?』


 昇電コックピットからのクィンティルラの進言に対し、ユリノ艦長は予想通りの反応を示した。

 実際もっともな意見であった。

 かつて遭遇したことのないイナゴの群みたいなグォイドに対し、ミサイルもロクに積んでいない昇電一機が出ていったところで、焼け石に水にもならないだろう。

 そして仮に目的を達成し、〈じんりゅう〉に帰還をしようと思っても、ここは二枚の巨大壁に挟まれ、それを形成するUVエネルギーによる疑似重力と、秒速1000キロの潮流が流れる空間だ。

 仮にトゥルーパー超小型・グォイド雲の問題が消え去ったとしても、ここで〈じんりゅう〉に昇電を悠長に収容作業を行なう余裕があるとは考えられなかった。

 そんあ事実は百も承知でクィンティルラはまくしたてた。


「何言ってるんだい艦長! 手をこまねいていて収容する先が無くなっちまったら元も子も無いだろう? 使えるカードは使うべきだ。迷っている時間は無いはずだしな」


 もちろん合理的理由もあったが、クィンティルラの自身の個人的希望も大いにあった。

 というよ、ここで何もできずに仲間が死ぬのを黙って見てはいたくないという個人的欲求を、さも合理的っぽい理由で覆い隠したともいえるかもしれない。

 だが同時に、自分の意見が間違ってはいないという確信もクィンティルラにはあった。


「オレ達が昇電で、船外から〈じんりゅう〉にはり着いてる虫グォイドを機銃で叩き落とす! 昇電にしかできない仕事だ!」


 クィンティルラはさらにまくしたてた。

 昇電はトゥルーパー超小型・グォイド雲には無力でも、船体にはり着いた敵を除去するような武装を持たない〈じんりゅう〉に代わり、トゥルーパー超小型・グォイドを攻撃することはできるはずだ。

 このままでは取り着いてくるトゥルーパー超小型・グォイドは増える一方だ。

 増えれば増える程状況は悪化する。

 ならば一刻も早く発艦し、昇電に残された武装でトゥルーパー超小型・グォイドを蹴散らすしかない。


『そりゃそうだけれど! そもそもこの状況で〈じんりゅう〉から発艦できるの!?』

「問題無い! 発進口の進路は案外クリアだ。だがハッチの開放と閉鎖は急いで貰わないと、虫どもが入ってきて困ったことになるかも……」


 クィンティルラは正直に告げた。

 実際〈じんりゅう〉から伸びるトゥルーパー超小型・グォイドの黒い糸は、右舷側艦尾側面、右舷上部補助エンジンのやや下あたりから上方に伸びてる。

 逆に言えば、艦尾上部格納庫の発進口の先にはトゥルーパー超小型・グォイドの黒い糸は横切っていないので、少なくとも今すぐならば発進に支障は無いはずであった。


『…………』


 クィンティルラのアイデアを聞いたユリノ艦長からは、しばし黙考しているのか沈黙だけが届いてきた。

 そうしている間にも、艦尾上部格納庫の左右からはガリガリという不吉極まりない音と振動が響き続けていた。

 艦尾上部格納庫左右にある補助エンジンナセルを、トゥルーパー超小型・グォイドが破壊しようと削る音が、船穀を通じて届いているのだ。

 トゥルーパー超小型・グォイドは意外にも艦尾上部格納庫にはまったく興味が無いらしく、被害はまだ皆無だったが、恐ろしく心臓に悪い音には違い無かった。

 クィンティルラは下手に理屈をこねなくても、ここから脱出する為に出してくれと言えば、それで良かったような気がしてきた。


「ユリノ艦長!」


『分かったわクィンティルラ、フォムフォム、船体外部の掃除をお願いするわ! ……え~とその、分かっているとは思うけれども、絶対に無事に帰――』

「スト~ップ! フラグは立てなくて良いから早く出してくれ!」


 ようやく決断を伝えて来るなり、余計なことを言おうとしたユリノ艦長の言葉をクィンティルラは遮えぎると、発艦を即した。


『分かった! カウント5で射出する、頼んだわよ二人とも!』

「任せときんしゃい!」

「……フォムフォム」


 クィンティルラがようやく発艦の時が来たことに、安堵と興奮を覚えながら艦長に答えると、ようやく後席のフォムフォムが口をひらいた。

 クィンティルラが後席を振り返ると、フォムフォムはその瞳だけでクィンティルラに『気にすることは無い』と伝えてきた。

 それは“危険に問答無用で巻き込んですまない”というクィンティルラの声無き謝罪に対する返答であった。

 その二秒後、僅か数秒だけ開かれた艦尾上部発進口より、昇電は発艦した。

 クィンティルラの予想通り、黒虫に艦尾を覆われた〈じんりゅう〉からの発艦には問題は無かった。

 だが船外から見えた〈じんりゅう〉艦尾の惨状は、予想を遥かに超えていた。






 破滅の時は案外あっさりと訪れた。

 明確な理由など無い。

 強いて言えば手元が狂ったから……というくらいだ。

 むしろいままでよく持ちこたえていたというべきか……。

 補修用速乾充填剤ムースは40秒前に、最後のヒューボと共に尽きた。

 あとはひたすらライフルを撃ちまくるしかなくなったわけだが、マガジン交換で手が滑った。

 もっと訓練しておけば……もしくはこのシチュエーションでの戦いが初めてでなければ、上手くやってのける自信は割とあった。

 だが初見では無理な話であった。

 補修用速乾充填剤ムース無しとなった今、一瞬でもライフルの射撃が途切れれば、トゥルーパー超小型・グォイドは通路の壁を破壊しながら即カオルコの元までたどり着いてしまう。

 まさにその状況で、カオルコは交換しようとしたライフルのマガジンを落としてしまった。

 予備マガジンはまだあった、

 背中にはまだ使っていない虎の子の銃もあった。

 だがそのどれを使う時間も、落としたマガジンを拾う時間と大差無かったし、その時間も無かった。

 とっさにカオルコは下がろうとして、背中が通路の隔壁に当たった。

 カオルコは迷った。それが最も致命的であった。

 マガジンを拾う。新しいマガジンと交換する。背中の銃を使う。隔壁を開けて下がる。

 そのどれかを瞬時に選んでおけば、あるいは違う結果が待っていたかもしれないと、カオルコは心の隅で思ったが、結局のところ彼女が選んだのは“観念する”だった。

 背後の隔壁を開けて逃げる手段が最も延命には最も現実的であったが、それを選択肢した場合、一歩間違えばトゥルーパー超小型・グォイドがブリッジに押し寄せかねない。

 少なくともその時が早まる危険性があることは間違い無かった。

 だからカオルコは背中を隔壁に押し付けたまま、最期の時を待つことしかできなかった。

 単に恐怖に身がすくんで動けないことに、後からそれらしい言い訳をつけているだけなことは百も承知で……。

 眼前の通路の壁を滅茶苦茶に破壊し、無理矢理通路の径を広げて、トゥルーパー超小型・グォイドが迫る。

 カオルコは目をきつく閉じて、最後に亡くなった弟や兄のことを思い浮かべようとして、どうしてもケイジの顔しか浮かばないことに、軽く苦笑いしながらその瞬間を待った。


 ――――しかし、その決定的な瞬間が、彼女の身に訪れることは無かった。


 トゥルーパー超小型・グォイドの巨大な刃物のような脚部が、情け容赦無く彼女に振り下ろされようとした瞬間、カオルコは突然開いた背後の隔壁に、背中の支えを失って盛大に尻餅をついた。

「カオルコ! 下がって! 早くリロード再装填を!」

 空いた隔壁の向こうには、仰向けに倒れたカオルコの頭をまたぐようにして、〈じんりゅう〉副長がライフルを構えて立っていた。

 そしてカオルコの頭上で、〈じんりゅう〉副長サヲリは情け容赦無い射撃を開始した。





「サ――」

「カオルコ、いいから早く下がってリロード《再装填》を!」


 呆気にとられるカオルコのことを見向きもぜずに、サヲリはライフルを撃ち続ける。

 カオルコの身体を今まさに引き裂こうとしていたトゥルーパー超小型・グォイドが、彼女の正確無比な射撃により、ものの数秒で無力化されると、その背後から迫る新たなトゥルーパー超小型・グォイドにサヲリは射撃を続けた。

 その一方で、カオルコは這うようにして開いた隔壁の反対側まで移動すると、大慌てで新たなマガジンを取り出し、ライフルに装填した。

 そのすぐそばで、サヲリが射撃をしながらカオルコの位置まで下がると隔壁を緊急閉鎖させた。

 ギロチンのごとき勢いで閉まる隔壁が、トゥルーパー超小型・グォイド群とカオルコ・サヲリの間を仕切る。

 だが直後にドゴンという轟音が響きそうな勢いで、閉鎖したばかりの隔壁が盛大にひしゃげ、カオルコがいる側に盛りあがった。

 閉鎖した隔壁の彼方から、トゥルーパー超小型・グォイドが体当たりをしてきたのだ。

 体当たりは何度も響き、盛りあがった隔壁の中心部に小さな切れ目が走ったかと思うと、そこからトゥルーパー超小型・グォイドの鋭い脚部が飛び出し、そこから隔壁を猛烈ない勢いで切り刻み、穴を広げ始めた。

 隔壁が用をなさなくなるのは時間の問題であった。


「装填完了! サヲリ……お前……」

「現状打開の時間を稼ぐ為に応援にきたの!」


 カオルコが改めてライフルを構えながら尋ねると、丁度マガジンを空にしていたサヲリは、カオルコの隣でマガジンの交換をしながら答えた。

 クルーの中でも華奢な方の体を、ヘルメットとグローブを装着した軟式簡易宇宙服ソフティ・スーツで包み、ありったけのマガジンを入れたベスト羽織った彼女の姿は、多少の場違い感と頼りなさを覚えないでもなかった。


「で……騎兵隊はお前だけ?」

「ええ、総勢一名です」

「…………」


 カオルコは問いに対するサヲリの答えが冗談だったのか大真面目だったのか判断がつかず、上手くリアクションが出来なかった。

 だが一人ではマガジンを交換する時間も無かったが、二人ならば交代でマガジンを交換すれば、射撃を絶やすこと無く戦闘を継続できる。

 カオルコはサヲリに訊きたいことが山ほどあったが、今はただ心強かった。

 辛くも先刻のピンチは切り抜けたが、窮地自体が去ったわけでは無い。

 二人になってもマガジンの弾薬に限りがあることには限りが無いのだ。

 だが、長年苦楽を共にした彼女とであれば、なんとかなる気がした。

 閉鎖から1分も経たないうちに見る見る隔壁が引き裂かれ、姿を現し始めたトゥルーパー超小型・グォイドに二人が揃ってライフルの銃口を向ける。

 隔壁を切り広げ、トゥルーパー超小型・グォイドがその身を前進させた瞬間から、再びライフルの射撃を再開させた。

 交互にマガジン交換を続け、1分でもトゥルーパー超小型・グォイドの前進を遅らせようと試みる。


『ブリッジよりカオルコ! サヲリ! 生きてる!?』


 突然ユリノの通信音声が二人のヘルメットに響いた。


トゥルーパー超小型・グォイドへの対処プランができたわ! これから実行するから、あなたたちはそれに備えて!』

「備えろ……って? 何にどうやって?」


 カオルコは発砲を続けながらまずユリノに尋ねた。








『分かった! 分かったから早く実行しろ!』

『こっちはなんとかします! 急いで艦長!』


 ユリノが自分のプランを説明するなり、白兵戦中の右舷船体中央の通路にいるカオルコとサヲリからはそんな返答が帰って来た。


「だけど……」


 自分でそう告げておきながら、ユリノは思わず躊躇った。

 ユリノが必死に考えた〈じんりゅう〉にまとわりつくトゥルーパー超小型・グォイドへの対処案は、戦闘中の彼女達にとって危険でもあるからだ。


[ゆりのヨ、ヤルナラ今シカナイゾ]


 エクスプリカが冷酷に現実を伝えて来た。

 確かに彼の言う通りだった。

 危険だからといって時間を無駄にすれば、危険は可能性ではなく現実になる。


「エクスプリカ! 至急ブリッジ外のクルー全員に、ロール機動にそなえるように警告! フィニィ! 


カウント5で〈じんりゅう〉を高速ロールさせてヤツらを振り落として!」


「ああ、ホントにぃ?」


 ユリノの唐突かつ突飛なプランを聞いていたフィニィは、一瞬、自分の聞き間違いを疑ったようだったがユリノは本気だった。


「はや~く!」

「い……いきま~す! 5……4……」


 ユリノの焦りを帯びた叫びに、操舵士はすぐに指示を実行に移した。


「2……1……ロール開始します!」


 正面ビュワーに映る【ザ・ウォール】内の景色が急回転を始める。

 フィニィが艦首ベクタードを左右互い違いに上下に向けて吹かし、艦をロール回転させ始めたのだ。

 全高・全幅150メートルある〈じんりゅう〉を、回転するドリルのようにロール機動させれば、船体に取り着いたトゥルーパー超小型・グォイドをその回転による遠心力で弾き飛ばせるかもしれない…………ユリノはそう考えた。

 あわよくば右舷船体中央から侵入したトゥルーパー超小型・グォイドも、同じく遠心力で引きずり出せるかもしれない。

 思いついた瞬間には、もう躊躇っている場合では無かった。

 すでに艦尾第三主砲とそのそばにある対宙レーザー砲塔を食いちぎられたのだ。

 今何もしないでいたら、さらなるトゥルーパー超小型・グォイドの群に船体に取りつかれ、さらなる侵入を許してしまう。

 二人のクルーを迎撃に回すだけで精一杯なのに、これ以上の侵入を許せば〈じんりゅう〉はお終いだ。

 〈じんりゅう〉はクルー諸共内部から破壊され、金属の塊となってアウター外側ウォールの内壁に墜落することだろう。

 たとえその未来が、【ANESYS】によってあらかじめ予言されていたことであったとしても、ユリノはその未来を回避する努力を怠るつもりはなかった。

 一分一秒でもかまわない、トゥルーパー超小型・グォイドによる破壊を阻止、あるいは遅らせるつもりだった。

 そうすれば、【ANESYS】が指示した“あの場所”に辿り着き、魔法のごとく事態を改善できるかもしれない…………希望というよりも妄想に近い望みだったが。

 しかし、この手段は諸刃でもあった。

 船体をロールさせ遠心力を発生させるということは、右舷船体中央で戦闘中のカオルコとサヲリにも遠心重力を与えることになった。

 それはつまり通路から迫るトゥルーパー超小型・グォイドに向かって、彼女達を“落っことす”力が働くということでもあったからだ。

 もちろん何か対処はするだろうが、実際に落っこちてしまったらどうなるかは想像するまでもなかった。


 ――お願い……無事でいて! ――


 ユリノは願うことしかできなかった。

 艦のロール回転の速度が見るみる増して行くと同時に、艦周囲に働く遠心力も激増していく。

 慣性相殺装置が最も効くブリッジではそうでもないが、船体外周部ではかなりの遠心重力が働いているはずだ。


[ゆりのヨ、効果ガ出ハジメタゾ。船体艦尾ニトリ着イタぐぉいどガ吹キ飛バサレハジメタ]

「分かった! フィニィ、構わないからもっとブン回して!」


 ユリノは艦長席の肱掛けを握りしめながらそう叫んだ。

 彼女達を救う為にも、このロール作戦を一刻も早く成功させて終わらせねばならない。







[けいじ、ナニカニ掴マレ! 船体ヲろーるサセテ連中ヲ振リ落トス! かうんと5デ始マルゾ]

「!」


 エクスプリカが急にそう宣言し、問答無用でカウント5が終わると、〈じんりゅう〉がロールを開始したことを示す急Gが通路を移動中だったケイジに襲って来た。

 ケイジは走りながらも床から急激に右舷側の壁方向に変わったGに、なんとか追従し、壁だったものを蹴って走り続けた。

 本来なら安全帯を壁のラッタルに引っかけて耐えるべきであったが、今はそれどころではなかった。

 ケイジは一刻も早く、トゥルーパー超小型・グォイドとの戦闘が行われている右舷船体中央に向かうつもりでいた。

 もちろん命令違反だった。

 ケイジが任されたのは左舷船体の防衛だ。

 だがケイジはエクスプリカと相談の上で左舷防衛の対処を終え、同じ対処を右舷ですべく急行したかったのだ。

 ケイジはガンロッカーで分かれる直前での、カオルコ少佐との会話を思い出していた。

 あの時、彼女は問答無用で自分が右舷に向かうと言って駆けだして行った。

 そしてトゥルーパー超小型・グォイドが侵入口に選んだのは、UVシールドコンバーターの破壊により防御力の減った右舷船体中央だった……。


 ――分かってたんだ!


 ケイジはカオルコ少佐が、事前にトゥルーパー超小型・グォイドの侵入が右舷側だと予測していて、そこの防衛を買って出たのだと、後になってから悟った。

 それは理屈からいけば極めて妥当な判断であったと言える。

 カオルコ少佐の方が白兵戦訓練も受け、ライフルの腕前も遥かに上だろうし、ケイジよりもはるかに戦闘力は上だ。

 実際、彼女の対トゥルーパー超小型・グォイド遅滞戦闘は成功している。

 〈じんりゅう〉の為を思えば正しい判断だった。

 だが、だからといって、たとえそれで納得できたとしても、ケイジは動かずにはいられなかったのだ。

 まず自分でトゥルーパー超小型・グォイドの侵入が、船体右舷側からだと気付けなかったことが許せなかった。カオルコ少佐と同じ情報を得ていたのにも関わらずにだ。

 それに自分は男で、カオルコ少佐が女であった。

 いかに人が宇宙を駆け巡るような時代であったとも、ケイジは女を守らんとする男の生物的本能とプライドがごっちゃになったものが、理屈を無視して身体を動かすのを感じた。

 もし……彼女があのグォイドに斬り刻まれでもしたら、それは自分の身代わりでそうなった……ということになるのだから……。

 ケイジはドカドカと壁だった床に足跡を残しながら、遠心重力に抗いながら走り続けた。

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