▼第六章  『クラッシュ・ランディング』 ♯1

 ――その数秒前――。



 ユリノはふと、ビュワーから見える船外の景色が、微かに明るくなってきたような気がした。

 何故かはすぐに分かった。

 土星最接近から【ザ・ウォール】突入直後は、〈じんりゅう〉は太陽から見て土星の真反対――つまり土星の夜のエリアにいた……正確には土星の公転軌道の関係から、太陽は土星の南半球側から顔を出していたのだが……。

 だが今〈じんりゅう〉は、紆余曲折を経てアウター外側ウォール側のUV潮流に乗った結果、これまで来た道程を逆戻りすることになった。

 結果として〈じんりゅう〉は中半端な土星蝕・・・の範囲から脱出してしまったのだ。

 太陽の光は、インナー内側ウォールの薄灰色の膜によって減じられていたが、それでも土星最接近時に比して、微かにその明るさを増していた。

 それはつまり、〈じんりゅう〉のここまでの旅が、振り出しとまではいかずとも、大いに引き返す結果となったことを意味していた。

 同時にこの事実は、生きて土星圏から脱出することがより困難になったことも意味していた。


[ふぃにぃ! 右舷艦尾無人機発進口カラノ緊急減圧ニソナエロ、艦ガ左ヘ振ラレルゾ]

「ふぇ……なんだっ――わぁっ!」


 エクスプリカの突然の警告に、フィニィは理解するよりも早く対応するしかなかった。

 警告通りに突然左舷方向へと艦首を振り出した〈じんりゅう〉に、慌ててカウンタースラストを行なって艦の姿勢を正す。


「何が起きたのエクスプリカ!!?」

[ゆりのヨ、けいじガ行ッタ右舷船体中央ノとぅるーぱー超小型・ぐぉいど排除作戦ガ成功シタノダ。ダガ……さをり副長ガ負傷シタ模様ダ]

「……なんですって!?」


 ユリノは艦長席から立ち上がりそうになった。

 今サヲリが負傷したと言ったか!?

 それになぜ左舷にいるはずのケイジの名前が出て来る!? 

 もし本当に怪我をしたのであれな、その程度は――――


[落チ着ケ! さをりハ意識不明ダガ、軟式簡易宇宙服ソフティ・スーツカラ来ルでーた上ハ命ニ別状ハ無イ、間モ無ク医療室ニ運バレル]


 思考が空回りしだしたユリノの意識を、エクスプリカの声が呼び戻した。

 意識不明と聞いてますます心拍数が上がったが、同時にパニックに陥ることも許されなかった。


「…………サ、サヲリは大丈夫なのね!?」

[アア心配スルナ]


 エクスプリカに即答されると、ユリノは大きく深呼吸を繰り返し、溢れ出そうな質問を胸に仕舞わざるをえなかった。

 “ああそうなの”と納得できるわけなかったが、ユリノは艦長席の肱掛けを握りしめて耐えた。

 すでに昇電の二人をロストしている。

 その上、親友を失ったら正気を保てる自信が無かったが、ここで冷静さを欠いて判断を誤れば、サヲリの怪我が怪我では済まず、他のクルーを失う事態にも繋がりかねない。

 エクスプリカのはそう訴えているのだ。

 そしてユリノは、〈じんりゅう〉の運命そのものを左右する選択を迫られている真っ最中であった。


[今ノデ艦内ノとぅるーぱー超小型・ぐぉいどノ心配ハトリアエズ無クナッタ。船外ニハ張リ付イテイルとぅるーぱー超小型・ぐぉいどガマダイルガナ……。

 ドチラニシロゆりのヨ、考エルコトニ費ヤセル時間ハソンナニ無イゾ]


 エクスプリカが急かす。

 悩んでいる間にも、刻々〈じんりゅう〉はアウター外側ウォールに降下し続けているのだ。

 だがいかに悩み考え、選択をするとしても、導き出される答は一つしかなかった。


 ――〈じんりゅう〉を捨てるしかない……。


 ユリノは心の中でそう呟いただけで、じわりと額に汗がつたうのを感じた。

 だが実際、それしか選択肢は無い。

 【ザ・ウォール】に突入してしまった直後、【ANESYS】を行なう前からすでに導き出されていた結論だった。

 エクスプリカはユリノが早くその指示を下すのを待っているのだ。


『電算室シズよりブリッジへ。艦長、今までお役に立てずすみません、今現状の〈じんりゅう〉でとれる選択肢を精査してみたのです……』

「おシズちゃん、目が覚めたのね! 大丈夫なの!?」


 【ザ・ウォール】突入時の衝撃で気絶してしまったシズの声が響いてきたことに、ユリノはぱっと顔を上げた。

 ユリノは彼女の声が聞くのが、おそろしく久しぶりに思えた。


『シズは大丈夫なのです。

 それよりも、これからの問題なのです。

 〈じんりゅう〉がアウター外側ウォールに墜落することは、すでに不可避です』


 ユリノが安堵する一方で、シズは口を開くなり、言い難いことをずばりと言って来た。


『問題は、〈じんりゅう〉に乗ったまま墜落するか否かです。

 仮に着陸も着水も想定されていない〈じんりゅう〉に乗ったまま墜落の時を迎えた場合、艦の慣性相殺システムは艦の崩壊を防ぐのに精一杯で、クルーが艦の中心部の最も慣性相殺機能に優れた位置に避難していたとしても、クルー全員が生存できる可能性は30%も無いのです。

 しかし、〈じんりゅう〉から脱出ポッド、あるいはシャトルで脱出すれば、アウター外側ウォールへの着陸時に生存できる可能性は80%を越えます』


 シズは電算室から、〈じんりゅう〉墜落時の簡易シミュレーション映像をブリッジのビュワーに送りながら説明した。

 映像の中で〈じんりゅう〉は、船体をおもちゃのようにバウンドさせ、砕けながら、墜落というより落下に近い勢いでアウター外側ウォールに叩きつけられていった。

 船体は辛うじて原型を保ってはいたが、確かにクルーが中にいて、全員助かるとは思えない。

 しかし、だからといって、シズの言う〈じんりゅう〉からシャトル類で脱出するという選択肢にも問題が無くは無い。


『当然ですが、土星圏である【ザ・ウォール】から、〈じんりゅう〉脱出後にシャトルや脱出ポッドを用いて内太陽系人類圏まで帰還することは、航続距離的に言って不可能なのです。

 それ以前に【ザ・ウォール】の壁に間から脱出することも不可能でしょうし、またトゥルーパー超小型・グォイドに襲われる可能性もあるのです……それに【ANESYS】が残したある場所に行けという指示の問題もあります。

 つまり……私達が〈じんりゅう〉脱出後も生存できる可能性があるとしたら、一端〈じんりゅう〉から脱出し、アウター外側ウォールに〈じんりゅう〉が落ちた後に、改めて〈じんりゅう〉に戻り、生き残った艦内施設で生命維持を確保した上で、例の場所を目指すしかないのです……』

「やっぱり……それしかないのね……」

『例の場所とやらに何があるかは分からないので、予測の中に組み入れずに考えた場合、墜落後の〈じんりゅう〉がどれくらいのダメージを受けているか分かりませんが、この場所で生き延びる……たとえば救援が着たりするまで生存を試みるのであれば、一端脱出した後で〈じんりゅう〉に戻り、生き残っている設備を駆使するしか無いと思われるのです……』

「ふぇぇ……」


 おシズの言葉に、通信席のミユミが口元を押さえながら小さな悲鳴を漏らした。

 ユリノもまったく同じ気持ちだった。

 正直、おシズの説明は希望というにはあまりにも儚い。

 〈じんりゅう〉に乗っていても墜落時に死亡。

 〈じんりゅう〉からシャトル類で脱出し、内太陽系人類圏を目指したとしても、到着が不可能なのはもちろん、遠く無い未来に生命維持限界を迎えるだろう。

 それ以前に土星圏本拠地のグォイドの餌食になる可能性が高い。

 だからおシズは、一端艦から脱出した後で、改めて墜落後の〈じんりゅう〉に戻るべきだと言うが、墜落後の〈じんりゅう〉に、我々の生命維持を可能とする機能が残っているかは保証の限りでは無い。

 さらに、仮に〈じんりゅう〉内で生存できうる機能が残っていたとしても、ここは救援などとうてい望めない太陽系の果てだ。

 どの選択をしても、死ぬまでの誤差が、分単位から数週間単位に変わるだけとも言えた。

 だが……それでも……今すぐ皆死ぬよりも、少しでも死を未来にずらすことで、その間に新たな希望が生まれるかもしれない……。

 残された唯一の選択肢は、その為のものであった。


「ユリノ艦長、例の場所が見えてきたよ!」


 フィニィの声に顔を上げメインビュワーを見ると、弧を描いて上方から覆いかぶさるインナー内側ウォールの画面上に見える“地平線”の影から、【ANESYS】が示した例の場所を示す逆三角形のアイコンが、無限に続く坂道のように弧を描くアウター外側ウォールの表面に現れたところであった。

 〈じんりゅう〉は言わば、巨大な幅広タイヤの中を飛んでいるようなもので、上下を挟む薄灰色の壁は、恐ろしく緩い弧を描いている為に、インナー内側ウォールがアウター外側ウォールを隠し、遠距離まで見渡すことをこれまで不可能にしていたのだ。


「まだ遠く見えるけど……あそこまで……ホントにたどり着けるの? フィニィ……」

「大丈夫! 届かせます!」


 不安になってきたユリノの問いに、〈じんりゅう〉操舵士は自信あり気にそう答え、少し間をおいてから「ドンピシャってわけにはいかないかもだけど……」と付け加えた。


『視界に入ったとはいえ、目標ポイントまでまだ4万キロ以上はあるのです。

 ですが、〈じんりゅう〉がアウター外側ウォールのUV潮流の追い風に乗りきってしまえば、墜落の前に到着は充分に可能と考えられるのです』


 シズが〈じんりゅう〉着陸までを側面からとらえた、新たなシミュレーション映像をビュワーに送りながら説明してきた。

 土星に再接近する直前に【ザ・ウォール】に突入した〈じんりゅう〉は、追い風のUV潮流が吹いていたインナー内側ウォール側からアウター外側ウォール側に向かう途中で、襲来したトータス母艦・グォイドとそれが放つトゥルーパー超小型・グォイド雲から逃れるべく、逆方向のUV潮流が吹いていたアウター外側ウォールに向かって180回頭して突入した。

 その結果として〈じんりゅう〉は今、今度はアウター外側ウォール側で猛烈なUV潮流の追い風を受けていることになったのだ。

 その潮流速度は秒速1000キロ程にもなり、薄灰色の壁に近づくほどUVエネルギーの濃度が増す為、その風圧も増える。

 一見恐ろしく遠くに見えた“例の場所”も、その風に乗れば辿り着くことは可能なのであった。


「でもアウター外側ウォールも同じ速度で遠ざかってるんじゃないの?」


 ユリノがシミュ映像を見ながら尋ねた。

 UV潮流は、ベルトコンベアのように互いに逆方向で高速移動するインナー内側ウォールとアウター外側ウォールそのものを、形成維持しているUVエネルギーの副産物過ぎない。

 ようやく視界に“例の場所”をとらえはしたが、それは〈じんりゅう〉が“例の場所”に近づいたからとういうより、〈じんりゅう〉がアウター外側ウォールへと降下して、視界を遮っていたインナー内側ウォールの弧の影から“例の場所”が見える位置に出てきたから過ぎない。

 実際には“例の場所”は〈じんりゅう〉から遠ざかっているはずだ。


「それについては問題無いよ艦長、相対速度差は縮まってる。

 UV潮流の追い風と〈じんりゅう〉の現状推力でなんとかアウター外側ウォール上の“例の場所”には着ける…………追い越しちゃう可能性の方が怖いくらい。

 着陸については、アウター外側ウォールが動いていてくれるお陰で、接触時の相対速度差が無くて助かるくらいさ」


 ユリノの問いに対し、こと〈じんりゅう〉の航行に関しては、フィニィは割と自信あり気に答えた。

 だが彼女の言う着陸は“例の場所”への到着ではあるかもしれなかったが、同時にシズのシミュ映像が示す通り、墜落・・に他ならない。

 だがそれで“例の場所”へ辿り着ければ……。

 【ANESYS】は“例の場所”に向かえと我々に告げた。

 一体何故? そこに何があり、そう伝えてきたのか? その謎は皆目不明だ。


「“例の場所”について何か分かったことはある?」

『映像を拡大・分析中ですが、【ザ・ウォール】内のUVエネルギーがノイズとなって、もう少し接近しない限りは、光学分析で得られる以外の情報はまだ無いないのです……ですが』


 ユリノの問いに対し、シズが“例の場所”を限界まで拡大した画像をビュワーに映した。


『“例の場所”周辺は、明らかに他のアウター《外側》ウォール表面に比べて色が違うのです』

「何かあるってこと?」


 ユリノは別ウィンドウに拡大表示された“例の場所”を見つめながら尋ねた。

 確かにシズの言う通り“例の場所”のある位置は、薄灰色のアウター外側ウォール表面に比べ、わずかだが確かに色が濃い。


『……あるいは周辺と何かが違う……ということは、間違い無いと思うのです。あとはもっと接近しないことには……』


 シズの返答はそこで途切れた。

 拡大投影されたといっても、“例の場所”は広大過ぎるアウター外側ウォール表面に対してまだ日本列島くらいの範囲があった。

 実際の“例の場所”はさらにその中心部なのだが、そこまではまだ分かりようが無く、予想のしようも無かった。

 だが、もうそれでユリノには充分であった。

 とりあえず“例の場所”に何かがあることは分かったのだ。

 悩むことに時間をかけ過ぎてしまったが、選択肢が一つである以上、あとは覚悟を決めて決断するだけだった

 ユリノは総員傾注アラームを全艦内に流すと、口を開いた。


「ブリッジより全艦全クルーへ、みんな…………待たせてごめん、大体は艦内通信で聞いてると思うけれど、今後の決定を伝えるわ…………」


 ユリノは今一度大きく深呼吸をした。

 思うのと、それを言葉にするのとでは大違いだった。


「大体の事情は分かっていると思うけれど、〈じんりゅう〉は【ANESYS】が示したアウター外側ウォール表面にある“ある場所”に向かっています。

 ですが、現状から言って、穏便な到着は不可能となりました……。

 事実上、〈じんりゅう〉はその”ある場所”の傍に墜落することになります。

 故に、全クルーは一度〈じんりゅう〉より退艦し、安全にアウター外側ウォール表面に降り立った後に、再び墜落した〈じんりゅう〉に戻り、生命維持を確保した上で“ある場所”を目指すことにします……もう一度言います……我々は一度……〈じんりゅう〉を捨てます………………」


 ユリノはクルー達が、一体どんな顔でこの通信を聞いているのか気になったが、今艦長席から確認できるのは通信士席のミユミの顔だけだった。

 それで充分だった。






 目標の表面にとり着いた人類がトゥルーパー超小型・グォイドと呼ぶ存在は、同じくトータス母艦・グォイドと呼ばれる同胞からの接続が途切れたことにより、蓄えられた自前のエネルギーでしか動けなくなってしまった。

 だがそれで、自分らの生まれ持った使命を変える気などは無く、目標たる敵艦内部深くに侵入し、その動力源と指令中枢を破壊しつくすことに、残された行動可能時間の全てを費やすことにした。

 UVエネルギーの供給が立たれたことは問題であったが、供給の為の糸が絶たれたことにより、目標の艦尾より前にまで行く自由も得た。

 目標の表面をはいずり回り、目標の表面を脚部で叩くことで新たな侵入口を探す。

 行動可能時間の限界が迫ると、生き残った数体のトゥルーパー超小型・グォイド達は、残り僅かなUVエネルギーを他の仲間に譲ることによって、数を減らしつつも、行動時間を延長することに成功していた。

 そうして最終的に残った三体のトゥルーパー超小型・グォイドのうち二体は、行動可能時間の限界が訪れる前に、目標に新たな侵入口を二カ所発見することに成功していた。






 ユリノにとって最悪だったのは、伝えるべきことが他にもまだあったことであった。


「全クルーは大至急、艦尾下部格納庫に移動し、シャトルでの脱出準備に入れ!

 カオルコはケイジ君と共に医療室からサヲリ副長を移送させつつ、シャトル脱出の陣頭指揮をお願い。

 ルジーナ、シズもただちに現在位置から艦尾下部格納庫に向け移動を開始して」


 そこまで伝えると、ユリノはブリッジにいるミユミとフィニィに顔を向けた。


「ミユミちゃんとフィニィもすぐに艦尾下部格納庫に向かって!」

「ちょ! ちょっちょっちょちょっと待って下さい艦長!」


 ユリノが指示を告げた途端、操舵席に座ったフィニィが艦長席を振り返りたくても振り返れない状態で大慌てで異を唱えた。


「ボクまで今すぐ格納庫に行けって……それじゃ〈じんりゅう〉到着まで誰が艦の舵を握るんですか!?」

「…………」


 ユリノはフィニィの至極もっともな意見に、すぐに答えなかった。

 答えられなかったわけではなく、答えるのが辛かったのだ。

 だが答えないわけには当然いかなかった。


「フィニィ……悪いけれど、こっから先の〈じんりゅう〉の舵は私が握るわ」

「ユリノ艦長がぁっ!?…………なんでですか? まさか艦長は最後に降りるって……映画とかでよくあるヤツですか? 〈じんりゅう〉は豪華客船じゃないんですから、そんな責任は無いんですよ!」


 フィニィは彼女にしてはとても珍しい程に、必死に冷静さを装いながら食い下がった。

 確かに彼女の意見は正しい。

 乗客に対する責任があるわけではないSSDFの航宙艦においては、その指揮経験値の喪失を回避すべく、必ずしも艦長が最後に対艦せねばならないという規則は無かった。

 だがユリノが最後に残る理由は別にあった。


「…………Ωオメガプロトコルよ……フィニィ……私はΩオメガプロトコルを実行する為に残らなきゃならないの、それにあなたは巻き込めないわ」

「…………」


 ユリノの答えに、フィニィはしばし何も言わなかった。


Ωオメガプロトコルの重要性は、あなたも良く知っているはずよ、フィニィ……」

「でも…………」

「〈じんりゅう〉のオリジナルUVDをグォイドに渡すわけには絶対にいかないの。

 けれど〈じんりゅう〉が墜落すれば、そうなる可能性が高い。

 だから〈じんりゅう〉墜落間際にアウター外側ウォールを主砲でぶち抜き、そこに明いた穴に向かって〈じんりゅう〉の艦尾推進ブロックを緊急切り離しパージて放りこむ。

 恐らくオリジナルUVD以外のパーツは粉々になるでしょうけれど、オリジナルUVDだけならばアウター外側ウォールの外に放り出さすことが可能なはずよ……」

「ンな無茶な――」

「心配しないで、私はバトルブリッジの真上、上部船体センサーセイルの後部にある緊急脱出ボートに乗って、残った〈じんりゅう〉の前部船体が墜落する直前に脱出するから」


 ユリノはフィニィが何かを言う前に、自分の考えを言いきった。








 【Ωオメガプロトコル】

 それは【ケレス沖会戦】の直後、【SSDF第五次グォイド大規模侵攻迎撃戦総括会議】において半壊状態の二代目〈じんりゅう〉が改装修繕される際に、【テルモピュレー集団クラスター】で回収したオリジナルUVDがそのまま搭載されることが許可されたその絶対条件として、〈じんりゅう〉課せられた最上級指令であった。


 指令の内容は単純であった。

 “〈じんりゅう〉搭載のオリジナルUVDが、グォイドに奪取・回収される可能性がある場合は、最優先でそれを阻止せよ”


 それがSSDFの規則の中でも最上級の拘束力をもつ指令として、ユリノ達には下されていた。

 その指令の言う“最優先”とは、クルーの人命よりも優先すべしという意味を持つ。

 それが【SSDF第五次グォイド大規模侵攻迎撃戦総括会議】において、VS艦隊司令テューラがオリジナルUVDの用途についてステイツと争った際に、〈じんりゅう〉搭載を勝ち取った代わりに交わした条件であった。

 ユリノは思うところが無いでは無かったが、概ねこの指令の内容には賛成であった。

 グォイドの本拠地である土星圏において、〈じんりゅう〉が墜落することによって搭載されていたオリジナルUVDを、グォイドに回収可能な状態で放置するわけにはいかない。

 万が一、オリジナルUVDがグォイドに渡ってしまったならば、それが一気に人類が滅ぼされる切っ掛けになりかねない。

 だからこの指令は守らねばならなかった、絶対に。


「そんな…………」


 ミユミがそう漏らすのが聞こえた。


「大丈夫! 私の計算じゃ、艦尾推進部を切り離した後でも、艦首ベクタードの推力で最低でも“例の場所”の数十キロ手前までには辿りつけるはずよ、ね? エクスプリカ」

[…………マァ……ナ]


 エクスプリカはまたしてもこんな時に限って機械っぽく無く賛同した。


[カナリくりてぃかるナ操艦ニナルガ、推進部ヲ切リ離シタ後ノ艦前半部分ハ大イニ軽クナルノデ、存外ニ距離ハ稼ゲル……ハズダ]


 エクスプリカがビュワーに映る〈じんりゅう〉墜落シミュ映像を、ユリノのプランに合わせて変化させながら告げた。

 一番の問題点は、アウター外側ウォールが主砲UVキャノンで実際にぶち抜き、オリジナルUVDをアウター外側ウォールの外に出せるか? であった。

 〈じんりゅう〉が【ザ・ウォール】に突入した経緯や、【ザ・ウォール】が一種の航宙艦トラップである可能性を考えると不安はあったが、目標が〈じんりゅう〉の脱出ではなく、オリジナルUVDの【ザ・ウォール】外への投棄に限定すれば、オリジナルUVDの絶対に破壊不可能な特製を鑑みれば賭けるに値するギャンブルに思えた。

 オリジナルUVDそのものが、巨大な実体弾となってアウター外側ウォールを貫通し、外太陽系に向かって飛び去っていく可能性は大いにある。

 そうすれば、グォイドに回収される心配はとりあえず無くなるだろう。

 一方、〈じんりゅう〉の船体前半部分は、仮に原型をとどめるレベルでの墜落で済んだとしても、もう艦首ベクタード用の小型人造UVD一基しか動力源が無くなってしまう。

 が、クルー十人分の生命維持を賄うだけならば、それで充分と言えた。

 もう宇宙を駆ける航宙艦としての能力を求めるわけでは無いのだから。


「…………というわけでからフィニィ、ミユミちゃん! さっさと移動を開始して! これは命令な――――」

『ちょっと待ったユリノ!』


 ユリノが改めて命令を……いやお願いをしようとしたその時、カオルコの切羽詰まった声が響いた。


『お前の命令については異議は無いが問題がある!』

「カオルコなんですって!?」

『ユリノ、医療室に運んだサヲリなのだが、重体によりICU集中治療室に入れられた。よってシャトルへの移送は今すぐのは不可能だ! もう一度言う! 今すぐサヲリをシャトルに移送することは不可能だ!』


 カオルコの報告に、ユリノはしばし返す言葉が出てこなかった。


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