▼第五章  『トゥルーパーズ イン スターシップ』 ♯2


[回頭5秒前……4……3……2……1……]


 主砲発射に伴う微かな振動が響く中、エクスプリカがカウントゼロを告げると同時に、ケイジは重力が床から艦尾方向へと変るような感覚を覚えた。

 〈じんりゅう〉が回頭を始めたことにより、船体中央より左舷艦尾側の通路内に遠心重力が発生した為だ。

 ケイジはこういう事態に備え通路内の壁に水平・・に張り付けられているラッタルに、予めベルトから伸ばした安全帯を引っ掛け、体重を預けておくことでこの急なGに耐えた。

 とはいえ、ピッチに加えてロールまで混ざった回頭は、一瞬でケイジの内臓に不快な吐き気を覚えさせた。

 そしてやたらと長く思える約1秒と少しの間を凌ぐと、再び通路に通常Gが戻って来た。

 回頭が完了したのだ。

 その数秒後に、新たに右舷方向から響くガツンガツンという振動。

 ケイジはその振動の正体に、嫌という程心当たりがついた。

 直後バトル・ブリッジから艦内通信を介して届いたユリノ艦長らの会話から、ケイジの予測は裏打ちされた。

 やはりトゥルーパー《超小型》・グォイドに取りつかれたのだ……【ANESYS】の予測の通りに。

 問題は、さらにその直後に今度は急減速Gが働き、ケイジが通路の艦首方向に吹っ飛ばされそうになったことと、ガツンガツンという先ほどの音がまたも響き始め…………響き続けた・・・ことであった。

 ケイジは安全帯をまだ外さずいたことに胸をなで下ろすと、通路の壁にある手近な端末に飛び付き、外部映像を呼び出しながらブリッジに向かって叫んだ。


「エクスプリカ! 状況は!?」


 ブリッジで任務を遂行中でありながらも、同時に自分と会話しても問題ない唯一のクルーにケイジは呼

びかけた。


[とぅるーぱー超小型・ぐぉいどガ多数UVしーるどヲ貫徹シ船体ニトリツイタ。

 最初ハ数匹シカ寄セ付ケナカッタノダガ、連中ハ己ノ身体ヲUVえねるぎーヲ介シテ連結出来ルヨウダ。

 ソノ能力ヲ利用シ、とぅるーぱー超小型・ぐぉいどハ自ラヲ鎖カ梯子代ワリニシテ、上方ノいんなー内側うぉーるニイルとーたす・ぐぉいどト〈じんりゅう〉ヲ結ビツケ、〈じんりゅう〉ヲ後カラ引ッ張ルト同時ニ、多数ノとぅるーぱー超小型・ぐぉいどヲソノ梯子ヲ伝ワセルコトデ〈じんりゅう〉船体ニ送リコンデイルノダ]


 ケイジの問いに対し、エクスプリカは俯瞰で見た〈じんりゅう〉の現状を、ホログラムで端末から投影させながら説明と共した。


「ああ……チクショッ!」


 ケイジはホログラムに映る光景に思わず毒づいた。

 小さなホログラムでは、船体に取り着いたトゥルーパー超小型・グォイドの正確な数は分かりようも無かったが、船体の艦尾右舷側に、べったりとソースをぶちまけたような黒い染みが付着しており、そこから歪な糸がはるか艦尾上方へと伸びていた。

 その細い糸が例のトゥルーパー超小型・グォイドが繋がって出来た鎖なのだろう。

 ケイジがホロを上方にスクロールさせると、その黒い糸の伸びる先の途中に、掌の形をしたトゥルーパー超小型・グォイド雲があり、さらにそこから伸びた糸がインナー内側ウォール壁面上のトータス・グォイドへと続いていた。

 トータス・グォイドは〈じんりゅう〉から引き離されないように慌ててスラスター噴射をかけて急制動を行なっているようだが、そうそう〈じんりゅう〉の方向転換に追随できるわけもなく、トゥルーパー超小型・グォイドの糸を繰り出し続けながらも引き離され続けていた。

 が、トータス・グォイドの離れるスピードは徐々に遅くなっており、相対速度差がゼロとなり、マイナスへと転じるのもそう遠くはなさそうだった。

 なにしろ〈じんりゅう〉それ自体がトータス・グォイドが離れていくのを、トゥルーパー超小型・グォイドの糸を介して引っ張ることで止めようとしているのだから。

 このホロを見た瞬間、ケイジは謎の一つが解けた気がした。

 トータス母艦・グォイドおよびトゥルーパー超小型・グォイド雲が、インナー内側ウォールの影から現れてから、〈じんりゅう〉に追いつくまでがあり得ない程に速かった理由だ。

 トータス母艦・グォイドが速かった理由は簡単だ。

 秒速約1000キロで動くインナー内側ウォールにはり着いていたからだ。

 超高速の“動く歩道”の上に乗って〈じんりゅう〉を追いかけてきたようなものなのだ。

 だから〈じんりゅう〉が反転回頭し、後方に回った時は、方向が逆となったインナー《内側》ウォールが動く歩道として使えなくなり、慌ててスラスター噴射を全開にして減速したのだろう。

 問題はそこから放出されたトゥルーパー超小型・グォイド雲まで・・速いのは何故かなのだが、これは恐らく、今トゥルーパー超小型・グォイドが行っているように、連中は互いに連結する能力を利用し、母艦たるトータス・グォイドを“足場”にしていたのではないだろうか?

 思えば巨大な黒い掌のような形で〈じんりゅう〉を追いかけ始めた時から、トゥルーパー《超小型》・グォイドの一部は、細い糸となってトータス母艦・グォイドと常に繋がっていた…………。

 とてもそうは見えないが、その細い糸こそが足場であり、それを通じてトータス母艦・グォイドに押し出されることでトゥルーパー超小型・グォイドは移動しているのではないだろうか?

 トゥルーパー超小型・グォイド単体では、実は大した推力……というか移動能力はもちろん、UVエネルギー蓄積能力は無く、あくまでトータス母艦・グォイドが送るUVエネルギーを介して、繋いで伸ばした手足として動くグォイドなのではないだろうか?

 ケイジは地球のジャングルに生息しているという一種の蟻の群を想像した。

 確かその蟻は、単体では渡れない谷や川や木の枝の間を、群で体を無数に繋ぎ合わせて橋を作り、移動するのだ。

 その蟻のボスにしてUVエネルギー供給源がトータス・グォイドなのではないか?

 にわかには信じられない仮説だが、ここは奴らのテリトリーなのだ。

 常識を越えた無茶苦茶も、グォイドならばあり得ないとは言い切れない。

 ……ということは、トゥルーパー超小型・グォイドはトータス母艦・グォイドから2000キロ近い長さの“足場”に乗っていることになってしまうのだが、人類が100年近く前にUV技術無しで、地球に4万キロもの長さの軌道エレベーターを建設できたことを考えると、無数のトゥルーパー超小型・グォイドが連なって長さ2000キロの足場になることくらい可能な気がしてきた。

 ケイジはこれまでのグォイドとの戦いを思い出しそう思った。

 そして、この仮説が当たっていたならば、〈じんりゅう〉がすべき対応は決まっていた。


「エクスプリカ! 至急トータス・グォイドとトゥルーパー《超小型》・グォイドとを繋いでいる糸の部分を攻撃させた方が――」

[ソレナラモウヤッテル]


 わざわざケイジが進言するまでもなく、すでにブリッジではケイジと同じ結論に達していたようだ。

 ホログラム映像をズームアウトさせると、〈じんりゅう〉がトータス・グォイドから伸びるトゥルーパー超小型・グォイドとでできた糸に向かって、UVキャノンと対宙レーザーの攻撃の矛先を変えて撃ちまくっているのが分かった。

 だが、効果は出てはいない。

 糸部分にUVキャノンやレーザーが命中する度に、横合いから枝分かれした新たなトゥルーパー超小型・グォイド製の糸がウネウネと現れ繋ぎ直されるのだ。

 もしも〈じんりゅう〉にUV弾ミサイルの類いがまだ残っていたならば、それを使用することで糸を再生する間も無く絶ち切ることが出来そうなものだったが、今は無い物ねだりでしかなかった。

 仮に完全に糸を断ち切ることができたならば、ケイジの予測が確かならば〈じんりゅう〉船体に取り着いたトゥルーパー超小型・グォイドの活動能力、あるいは活動時間は、劇的に落ちるはずなのだが、それを確認することは叶わないでいた。

 それどころか、ホログラムに映る〈じんりゅう〉の艦尾方向への攻撃自体が、ケイジが見守る中、徐々に照準の正確性と出力が落ちていったかと思うと、しまいには発射自体がされなくなってしまっていた。

 なぜ〈じんりゅう〉は攻撃を止めたのか? その謎はすぐに解けた。


「…………やば」


 ケイジはホロ〈じんりゅう〉を拡大して思わず呟いた。

 〈じんりゅう〉艦尾に取り着いたトゥルーパー超小型・グォイドが、艦尾上方の第三主砲と、艦尾方向を指向できる対宙レーザー砲を黒く覆い、バリバリと食いちぎるようにして破壊し始めていたからだ。

 細切れにされた艦尾第三主砲と対宙レーザーの破片が、回転しながら〈じんりゅう〉から離れていく。

 自分らへの攻撃が途絶えたことにより、〈じんりゅう〉へと取りつかんとするトゥルーパー《超小型》・グォイドの勢いはさらに増した。

 〈じんりゅう〉へと伸びる黒い糸があからさまに太くなったのだ。

 〈じんりゅう〉艦尾後方へ向けられる武装を解体したトゥルーパー超小型・グォイド群は、次の目標を〈じんりゅう〉艦尾上部にある二基の補助エンジンナセルへと定めた。

 見る見るうちに補助エンジンナセルが黒い虫に覆われ、細かな火花を無数に散らしながら解体が始まったのがホログラムでも分かった。

 理屈から言えば先にメインスラスターを狙っても良い気がするが、メインスラスターを構成する一枚一枚のフィンは、オリジナルUVDの出力に耐えられるようノォバ・チーフによって特別に頑丈なものが使われている。

 ゆえにトゥルーパー超小型・グォイド群は、容易に破壊できる補助エンジンナセルの破壊をまず選択したのだ。

 たとえメインスラスターの破壊を辛うじて免れたとしても、今補助エンジンナセルを失ったことによってさらに減速をしてしまえば、いかな事態が待っているか? ケイジは考えたくは無かった。

 黒く覆われたのは艦尾上部の二基の補助エンジンナセルだけでは無い。

 続々と糸を伝わって〈じんりゅう〉に辿り着いたトゥルーパー超小型・グォイド達が、〈じんりゅう〉の艦尾に黒い染みを広げていく。


「エクスプリカ! 取り着いたトゥルーパー超小型・グォイドの数は?」

[現在約200体、ナオモ上昇中]


 ケイジにエクスプリカが答える最中も、先ほどから続くガツンガツンという連続音が、ドガガガガという工事現場じみた音に変わり、そのボリュームを増していった。

 その先に何が起きるか、ケイジには事が起きる前に分かったような気がした。

 ケイジの問いに対するエクスプリカの答から、導き出される未来は明らかだったからだ。


[キタゾ、けいじ]


 エクスプリカがこういう時に限って感情を感じさせない平板な口調で告げると、今までついぞ聞いたことも無い侵入者警報が、不吉な減圧警報と共に通路に鳴り響いた。










「侵入個所は!?」

[右舷船体中央の追加装備用ハードポイント部ダ]


 直ちにトゥルーパー超小型・グォイド侵入位置の艦内透視図と、迎撃に当たるヒューボをとらえた監視カメラ映像がユリノの傍のビュワーに映された。

 トゥルーパー超小型・グォイドは〈じんりゅう〉への侵入口に、先刻の【ザ・ウォール】との接触時に、〈じんりゅう〉の身代わりとなって爆発したUVシールド・コンバーターの右舷船体中央の接続部ハードポイントを選んできた。

 至近でのUVシールドコンバーターの爆発を受け、そこの船体装甲が一番脆弱になっていたからだろう。

 【ANESYS】のアヴィティラ化身は艦尾にある艦載機発進口が狙われる可能性を考えていたが、構造状弱点となりやすいが故に、逆に〈じんりゅう〉の発進口のハッチは頑丈に作られており、トゥルーパー超小型・グォイドはそこを侵入口に選らばなかったのだ。

 なぜ【ANESYS】の予測が外れたのかは、確かめている暇は無いが、おそらく通常以下のメンバー数で行ったことが原因だろう、

 それは僅かな位置の差であったが、【ANESYS】の指示により艦尾側を侵入口と予想し、迎え打つべく備えていたクルーにとっては死活問題であった。


 ――……カオルコ!


 ユリノは思わず叫びそうになって口元を両手で押さえた。

 カオルコは〈じんりゅう〉艦尾右舷側からトゥルーパー超小型・グォイドが来ると想定し、ヒューボ迎撃部隊の後方で待ちかまえていた。

 しかし実際にはトゥルーパー超小型・グォイドは船体右舷中央・・側面から侵入してきた。

 その位置は、カオルコがまさに待機している場所であった。


「カオルコ無事!?」


 ユリノはなんとか落ち着こうとしたが、結局上ずった声で叫ぶように訊いた。


「…………カオルコ!!」


 ユリノは船体コンディションパネル上で、彼女の位置を示す光点《ブリップ》を睨みながら再度訊いた。


「カオ――」

『――ブリッジへ、わたしなら無事だ。今のところはな』


 三度めに彼女の名を呼ぼうとしたところで、当人からの返事が響き、ユリノは安堵のあまり艦長席に沈みこんだ。


「ヒューボによる迎撃は間に合ったの!? 成功してる!?」

『手筈通りとは言えないが、ヒューボの到着はなんとか間に合った。


 今わたしの手前の区画で白兵戦の最中だ。

 だが迎撃が成功しているとは言えない。

 侵入を遅らせてはいるが、汎用ヒューボではトゥルーパー超小型・グォイドの前進を完全に止めることは不可能だ。

 汎用ヒューボは40秒につき一体の割合で粉々にされている』


「…………」


 ユリノはカオルコの返答に絶句した。

 直ちにトゥルーパー超小型・グォイド侵入位置の艦内透視図を睨むと、じわりじわりと艦内奥深くへと浸透していくトゥルーパー《超小型》・グォイドの姿が赤く示されていた。

 侵入トゥルーパー超小型・グォイドは右舷船体中央から二手に分かれ、一方は艦尾方向へ、もう一方はそのまま直進、船体の中心部へと向かっていた。

 一方、監視カメラやヒューボの頭部カメラがとらえた映像に目を移せば、身長3メートルはある黒いニッパーやハサミやナイフやらを束ねてできたようなトゥルーパー超小型・グォイドによって、ヒューボが次々とこま切れにされていく光景が映されていた。

 アヴィティラ化身トゥルーパー戦士・グォイドなどと命名するのも納得であった。

 基本的に銃などの飛び道具を持たない汎用人型ヒューボは、レンチやボルトカッター等の手近な道具を持って肉弾戦をしかけているが、それで対抗できるような相手では無かった。

 比較的有効だったのは、補修作業用レーザートーチと、亀裂補修用速乾充填剤ムーススプレーを装備した部隊であったが、数に限りがある為、遅滞行動にしかならなかった。

 敵の侵入が遅れているのは、ヒューボの活躍というよりも、トゥルーパー超小型・グォイドのサイズに対して、〈じんりゅう〉の船内通路が狭いからつっかえているだけのように見えた。

 ヒューボはそのつっかえたトゥルーパー超小型・グォイドに、補修用速乾充填剤ムーススプレーを吹きつけることで固定し、さらなる侵入を押さえこもうと試みていた。

 船体に空いた穴からの減圧を防ぐ為の装備である補修用速乾充填剤ムーススプレーは、背部タンクから専用ガンにて放たれるクリーム状の物質であり、ものの数秒で硬化し、真空宇宙から1気圧環境を維持するだけの強度ある個体へと変化する。

 補修用速乾充填剤ムーススプレーはトゥルーパー超小型・グォイドに対し比較的有効な装備であったようだが、その数は充分とはいえなかった。

 無数のトゥルーパー超小型・グォイド相手に、白兵戦の武器として使うことを想定していたわけでは無いのだから当然の話であった。

 トゥルーパー超小型・グォイドは、通路の狭さにつっかえた所に補修用速乾充填剤ムースをかけられ、一時は動きを止められたかに見えたが、その状態からでたらめに暴れまくると、己の手足がもげること構わず硬化した補修用速乾充填剤ムースと狭い通路の壁を破壊し、無理矢理前進を続けた。



「カオルコ! 危険過ぎるわ! あなたはすぐにそこから退避して!

 それからサティ! 至急主機関室に入ってオリジナルUVDを守って! あれを渡すわけにはいかないの!」


 ユリノはまずカオルコに指示すると、彼女の返事もまたずにサティに呼びかけた。

 艦内透視図を見る限り、艦尾方向へと向かったトゥルーパー超小型・グォイドの目標は主機関室だった。

 彼らが〈じんりゅう〉の主機関室にオリジナルUVDがあることを知っているのかは分からないが、どちらにしろ連中に渡すわけには絶対にいかない。

 サティはトゥルーパー超小型・グォイド雲が〈じんりゅう〉に襲いかかりはじめた時から、何度か『自分が外に出て闘いましょうか?』と言ってくれたが、トゥルーパー超小型・グォイドの総数からいって、彼女がトゥルーパー超小型・グォイドを食べる前に覆い尽くされてしまい、逆に食べられるか粉々にされてしまう可能性が圧倒的に高いため断っていたのだ。

 だが船内の狭い通路、あるいは破孔から数匹ずつ来るトゥルーパー超小型・グォイドだけならば、充分対応できるとユリノは判断した。

 言わば〈じんりゅう〉の恩人であるサティに、自分らの戦いの助けを頼むのは気が引けたが、今はそのようなことを躊躇っている場合では無かった。

 ユリノの指示……というより願いに、サティは『分かりましたっ!』と快く答え、直ちに主機関室へと移動し、オリジナルUVDと船穀との間に隙間なく納まって、トゥルーパー超小型・グォイドの侵入を防いだ。

 問題はカオルコが迎撃にあたっている個所だ。

 艦内透視図を見る限りでは、どう考えてもヒューボの数が足りない。

 予想外の場所からトゥルーパー超小型・グォイドに侵入され、分断されてしまった為だ。

 その少ないヒューボの守りが無くなってしまったならば、カオルコの身に何がおきるかなどユリノは考えたくなかった。

 だから大至急カオルコにそこから退避するよう言ったのだ。

 がしかし――、


『ユリノ、そうは言うが、ここから逃げるわけには絶対にいかないよ……ここを突破されたら、連中はバトルブリッジまで到達してしまうからなぁ』

「な! だけど……」


 ユリノは言い返そうとしたが、艦内透視図を見る限りカオルコの意見を覆す言葉は思い浮かばなかった。

 最悪にも、トゥルーパー超小型・グォイドに侵入位置は、船体中心部のバトル・ブリッジに程近く、その間で侵入を妨害できる位置にいるのは、カオルコと彼女のヒューボ部隊だけであった。

 もしトゥルーパー超小型・グォイドにバトル・ブリッジまで来られたら、ここにいるクルーはもちろん、この艦はお終いといって良いだろう。


『とはいえ……だ。補修用速乾充填剤ムーススプレー隊でなんとか抑え込んでみるが、ここが耐えきれるのはもってあと4~5分だろう。それまでになんとか良い対応策を考えてもらえると助かるなぁ』

 どこか他人事のようにいうカオルコに、ユリノは返って彼女が危機感を覚えていることを察した。

「あなただけ退けばいいじゃない!」

『もちろん、それしかなくなったらそうする所存だよ』


 ユリノの問いにカオルコはそう答えたが、ユリノには“なら安心ね”とは信じられなかった。

 艦内通信で届くカオルコの言葉の合間合間に、彼女の荒い呼吸音が混じっていたからだ。

 カオルコはたとえ目前にトゥルーパー超小型・グォイドが迫ったとしても、ブリッジを守る為なら決して退きはしないだろう。

 ユリノの知るりカオルコとはそういう女だ。

 だが、だからといって彼女が細切れにされることは許容できない、絶対に。

 しかし、ではどうすれば良いというのか?

 ユリノは沈黙することしかできなかった。

 だがその無為に過ぎた1秒1秒がが掛け替えの無い時間であり、生き死にを決めるターニングポイントになりかねなかった。


「艦長、時間がありません、ワタシがカオルコの元に加勢しに行きます!」

「はいぃ?」


 突然サヲリがそう宣言すると、彼女の言葉の意味をすぐに理解できないユリノの返答も待たず、サヲリは副長席から立ち上がりバトル・ブリッジの出口へ駆けだした。


「ちょ、ちょっとサヲリってば!」

「ユリノ艦長、一人より二人の方がより時間稼げます。武器庫を経由して武装の上で現場までは2分で行けます。ワタシも副長としてカオルコと同じ白兵訓練は受けています、適任です!」


 呼びとめるユリノにサヲリは一瞬立ち止まってそう答えると、無言を許可と受け取ったのか、一瞬ユリノに視線を送ると、「エクスプリカ、ミユミ少尉、フィニィ、艦長をお願い」と言い残しブリッジから駆けだしていった。

 ユリノは結局何も言えぬまま、額ををつたう汗を艦長帽を脱いでぬぐうことしかできなかった。

 サヲリの行いは厳密には規則に反することだが、確かに理屈では時間稼ぎに有効な手段であったし、数秒の躊躇が人命にかかわる現状では責めることなど出来はしなかった。

 ただユリノは猛烈に心細くなったのだ。

 サヲリもカオルコもいない中で、自分は艦長としてはたして適切な指揮ができるだろうか? と。

 〈じんりゅう〉のナンバーツーとスリーが稼ぐ貴重な時間で、トゥルーパー超小型・グォイドへの対処を考えねば、二人の人命はもちろん、艦を失う未来が確実に待っているのだ。

 だがユリノはサヲリが出ていった後も、何も思い浮かばないでいた。

 貴重な一秒一秒が過ぎていく……その時、


『こちら艦尾上部格納庫の昇電よりクィンティルラだ! ユリノ艦長、オレ達を出せ!』


 檻に閉じ込められた野生の獣じみた声が、バトル・ブリッジに響いた。

 

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